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法相が見る ための死刑執行 : 国民的議論を興すためなにひとつしてこなかった,反吐が出る千葉法相 (池田香代子ブログ)
http://www.asyura2.com/10/senkyo91/msg/634.html
投稿者 純一 日時 2010 年 7 月 31 日 06:57:26: MazZZFZM0AbbM
 

http://blog.livedoor.jp/ikedakayoko/archives/51451125.html

2010年07月30日01:29

取り調べの可視化、やらない。夫婦別姓、議論の道筋はつけたとは言っているけれど、実質やらない。入国管理問題、やらない。 やったのは、死刑執行。

千葉景子法務大臣のことです。


日頃、わかりにくい言い回しの人だと思っていました。死刑執行についての記者会見もわかりにくかった。動画はこちらです。
http://www.news24.jp/player/wm/300k.html?m_url=20100728_0063


千葉法相の言葉を少し抜き書きします。

「いずれの事件もたいへん残忍な事案でもあり、それぞれの被害者や遺族の方がたにとってもたいへん無念の事件であったかとは思います。」

私の感覚がずれているのかも知れませんが、まず千葉法相は、死刑を執行された2人を呼び捨てにした、そこから異和感があります。呼び捨ては慣例かも知れませんが、殺されることで罪をあがなったことにされた人は、すでに罪人ではないはずです。罪人ではないのに呼び捨てにされるのはおかしいと、私は思います。

そして上記の、事件への論評というか、感想です。それは司法の場で取り上げられることであり、法務大臣という、司法の決定を受けて淡々と刑を執行することを職務とする行政の人間が、ことあらためて口を挟むべきことではないのではないか。被害者や遺族の心情への言及も、なんだか「私が無念を晴らしてあげました」みたいに聞こえて、嫌悪感がじわりと悪い汗のように噴き出ます。

ついでに細かいことですが、「事案でもあり」の「も」、「方がたにとっても」の「も」はどういう意味でしょうか。とくに後者、被害者と遺族を措いてもっとも無念である人などいないでしょうに、「も」と付け足りのように言及されては、わたしが当事者だったら、怒りに逆上するのではないかと思います。

そして「事件であったかとは思います」、なぜ「事件でした」と言わないのか。「あったかとは思います」は、主観だがあるいはそうとも言えるだろう、という程度の、現実とは一線を画した表現です。「か」に、「は」に、いらっときました。

「今回の死刑の執行にあたりまして、わたくしはみずからが命令した執行でございますので、それをきちっと見届けることも私の責任だと考え、本日の執行に立ち会ってまいりました。死刑の執行は適切に行われ、わたくし自身みずからの目でそれを確認をさせていただき、改めて死刑について深く考えさせられるとともに、死刑にかんする根本からの議論が必要だということを改めて強く感じました。そこで、今後の死刑のあり方について検討するために、法務省内に勉強会を立ち上げることにいたします。」


これが、死刑廃止推進議連やアムネスティ議連に名前を連ねていた人の言葉かと、耳を疑います。死刑を見たから死刑について考えさせられた、ですと? 議論が必要と感じた、ですと? 改めて? 死刑なんか見なくたって、考えることはできます。自分は死刑を見た、考えた、「そこで」勉強会を立ち上げる、とは。千葉サンは、死刑について深く考えてきたはずですから、勉強会なら法務大臣になったときに立ち上げるべきでした。

国会でも記者会見でも、何度も死刑について訊ねられ、そのたびに「国民的議論が必要」と判で捺したように答え、でも国民的議論を興すためにはなにひとつしてこなかったのが、千葉法相という人です。これでは、勉強会を立ち上げる口実として、2人の命が必要だった、人がくびり殺されるところを千葉サンが見学することが必要だった、としか聞こえません。

ご自身は、この5分ほどの会見がそのような論理によって組み立てられていることに気づいておられるのか、どうか。グロテスクで、吐き気を催す、なんて上品なことは言っていられません、反吐が出る。鳩山元法相の「ベルトコンベアー」も十二分にグロテスクでしたが、それよりもグロテスクです。

じつはこの前日の27日、法務省の記者会見で、千葉サンは死刑について問われ、こう答えていたそうです。「マガジン9」の「フリーランスライター畠山理仁の『永田町記者会見日記』(もとはこちら)から抜粋します。
http://www.magazine9.jp/hatakeyama/100728/

民間閣僚として死刑をどうとらえるか、という質問に、すでに24日、国会議員の任期が終わる直前に執行命令書に署名し、翌日には死刑執行があることを知っていた千葉サンは、こう答えたというのです。

「これは、あのー、基本的には、特段、変わるものではございませず、えー、大変、重い刑罰であるということを念頭におき、しかし、民間であろうが、そうでなかろうが、大臣としての、まぁ、職責であると、いうことは、認識をさせていただいていると、まぁ、いうことでございます。 」

大臣の職責ですか。死刑執行命令書にサインをする職責のある大臣ポストと知って就任を受諾したのなら、自分は職責を重んじると決意して大臣になったのなら、その瞬間にそれまでの死刑廃止論を捨てたということでしょうか。

どうもそうらしい、とは保坂展人さんの観察です。「千葉法相の(死刑廃止推進)議連退会届は私が受け取った。死刑賛成になったのではなく、立場が立場だから一時休むと。だが当時から、『執行するのでは』という気はした。法相になって『国民的議論を起こしたい』と言うので手伝おうとしたら、彼女は乗り気でなかった。議連の申し入れ時も、なかなか会いたがらなかった」(7月29日付東京新聞「こちら特報部」より)

千葉サンの死刑廃止論なんて、大臣の職責とやらの前には、羽毛のように軽いものだったのですね。信念を貫き、そんな職責は引き受けなければよかったのに。法相にしてあげると言われても、ならなければよかったのに、と思います

。同じ東新の記事に、宗教観から死刑執行をしないと言明し、撤回はしたものの、結局、執行しなかった杉浦元法相の述懐があります。官僚は、死刑囚のなかから執行しようとする人を選んで着々と準備を進め、「大臣ご署名を」と書類をもってくるけれど、杉浦さんはそれを別に圧力とも受けとめなかったそうです。

「千葉さんは信念に忠実ではなかったということだ」と言う杉浦さんは、裏を返せば、法務大臣の椅子に座れば当然つきつけられる死刑執行命令書に、信念でサインをしなかったということです。信念を大臣の職責とやらに、結果、優先させたということです。


みずからの政治判断で、時には法律にも官僚機構の営みにも抗ってみずからの理念をかたちにし、その結果判断を民意にゆだね、時には血祭りにあげられる覚悟で責任を一身に負い、そうすることで社会を変えていくのが、マックス・ヴェーバーの言う政治家の使命です。そうするだけの胆力のない者は、政治家になってはいけないということです。

これは時として危険な思想です。たとえば小泉サンの「殺されたっていい」発言は、この文脈では典型的といっていいほど正当なのですから。権力を行使する政治家とは危険な存在だということを、さじ加減をひとつ間違えば猛毒にもなる存在だということを、政治家自身が自覚しなければなりません。

そして杉浦さんは、マックス・ヴェーバーの言う意味での政治家として、覚悟のふるまいをしました。小泉サンのように、大向こうを意識して空しい大見えを切るのではなく、ひとり孤独に耐えながら重い決断をした。


たとえ死刑についての議論が盛んになったにせよ厭な感じがつきまとう、そんな悪い予感のする死刑執行と法務大臣の弁でした。頭がぐらぐらして、常にも増して文章がまとまりません。ご容赦。


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コメント
 
01. 2010年7月31日 08:57:26: DmCC9k6hHM
 仕事らしい仕事をしなかった千葉が、最後っ屁のように「死刑執行」を行った。自身は「死刑執行反対派」に所属しながら。ぶよぶよとした不健康な身体で、怠けるだけの法務大臣である。

02. 2010年7月31日 09:37:20: MOs0SkJLZk
管さんにしても、辻元さんにしても、この千葉さんにしても、人権派や社会市民派という者が如何に胡散臭く内容のないものかを改めて思い知らされました。

でも千葉さんは酷い。記者会見の時の薄笑いのワンショットは、まるで三途の川の向こうからやってきた妖怪ババアのようで薄気味悪かったです。


03. 2010年7月31日 13:05:06: VDMm0fvKbU
政治家でもそうであるが、既に人間として失格であり、存在意義が無い!!
人間の仮面を被った醜い妖怪であり、オザワンにより早急に排除すべきである。

04. 2010年7月31日 13:56:55: s5uis36hXg
最後まで閣僚の思いのままに動いた千葉。大臣が魅力的だったのだろう。落選したにもかかわらず居座り続ける千葉。
国民のことなどどうでもいい。社会党から民主党へ。まあクリーンを装いながら国民を騙してきたものだ。
菅家さんはじめこれほど冤罪事件が多発しているのに。可視法案ひとつ議案に載せなかった千葉。全て録音等するのに経費がかかる?。馬鹿じゃないの。国民のために政治があるのに、菅家さん自身が最低限可視化は必要だ。と訴えているのに、法務大臣として耳も傾けない。大臣になるまえは可視化法案必要だと言ってきた。
死刑廃止論より、可視化法案が優先する。
(私は死刑は必要だと思っている。)
 本当に最後の最後まで、政治家失格。人間の屑だと思っている。
国民の前に顔を出さないでほしい。

05. 2010年7月31日 16:36:39: ZsUNOgGnko
 千葉法務大臣は二人の死刑執行を命令し死刑廃止論の生贄にしたとしか思えない。
戦時中の731部隊の生体実験や軍人の刀の試し切りのように目的のために命を奪った生贄行為と替わりないように思える。当時の実験体は反日分子やその家族と言われるがほとんどが無実であったろう。
 また、憲兵隊は新兵の度胸付けと称して震えおののく新兵に斬首させていた。斬首しなければお前を切ると脅されたという。法務官僚が死刑執行命令書の押印を大臣に迫る構図に似ている。
 千葉大臣は「死刑を執行すれば死刑廃止運動が始められます」という悪魔のささやきでも聞いたのだろうか?
 8月に刑場の公開を行い死刑廃止運動を推進するようだが、変説して2名を死刑執行した千葉大臣に同調する人はいないように思える。

06. 2010年7月31日 16:54:19: ydqpA50yI2
04、よく言った!!
左からも右からも非難ごうごう、政治家のずっと手前の人間のクズ。「人権」を売名とカネ儲けの道具に利用してきた典型的な日本の弁護士、大臣のイスがすべてのエセ左翼、千葉景子。

日本の恥である。顔をテレビにさらさぬよう、頭からジャンパーかぶって出てくるべし。


07. 2010年7月31日 16:57:25: ZsUNOgGnko
【週刊・中田宏】(30)死刑反対アピールで執行?千葉法相に疑問
2010.7.31 12:00

 二人の死刑確定者の死刑執行について会見する千葉景子法相=28日午前、東京・霞が関の法務省(寺河内美奈撮影) 「日本再生」を掲げて活動する政治家、中田宏氏に今の日本について語ってもらう「週刊・中田宏」。「今週の政治を斬る」では、千葉景子法相が就任後初めて死刑を執行したことについて聞いた。中田氏は、「問題提起するアピールとしてあえて執行したのではないか」と読む。

 一週間の主な活動3つを選んで紹介する「浪人日誌」では、市議会議員定数半減を掲げて再選を果たした山口県防府市の松浦正人市長の選挙報告会に出席したことなどを取り上げた。


今週の政治を斬る

【死刑執行、なぜこの時期に】

 死刑制度反対論者として知られてきた千葉景子法相が7月28日、就任後初めて2人の死刑囚の刑を執行した。判を押したのは、国会議員として法相を務める最終日前日の同24日だった。

 菅直人首相は「法務大臣として、法律に沿って適正な判断をされたと認識している」とコメント。

 これに対し、自民党は千葉法相が先の参院選で落選していることを指摘し、「国民にレッドカードを受けた人がすべきでない」と批判するなど、野党側からは反発や疑問の声があがった。

 中田氏は今回の執行について、「長年死刑に反対し、法相就任後も決済してこなかったにもかかわらず、なぜこの時期に急に執行したのか、さっぱりわからない」と話す。

 野党側からは、参院選での落選や同30日召集の臨時国会の直前という時期に執行することなどに対する批判が相次いだ。中田氏は民主党政権が誕生した昨年9月までさかのぼり、「そもそも法を執行するつもりのない人を鳩山由紀夫前首相は法相に登用すべきでなかった」と、前首相の任命責任を追及する。

 刑事訴訟法では、死刑が確定した場合、半年以内に執行することを定めている。再審請求などでこの期間は変わってくるが、千葉氏が今回執行するまで、死刑囚は109人にまで増えていた。

 千葉氏はさらに、法相として異例だが、執行に立ち会った。今回執行に踏み切った背景を中田氏は、「むしろ死刑反対を主張するためにやったのではないか。法相であるうちに、問題提起するアピールとしてあえて執行したのではないか」とみている。(以下略)
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/100731/stt1007311201004-n1.htm

死刑執行制度をもてあそんだ千葉法務大臣、でした・・・


08. 2010年7月31日 19:35:39: oYBRtd8X5o
07さん
>「問題提起するアピールとしてあえて執行したのではないか」と読む。

これに尽きると思います。
皆さんが書いているような単純な問題ではありません。最後に爆弾を落としていったと見るべき。
05さんの解説が一番近いと思います。


09. 2010年7月31日 19:48:34: ydqpA50yI2
>>08
07と05は同一人物だよ。IDをきちんと見よう。

コメントのどこが08の心の琴線に触れたのか知らんが、こいつは読売・産経などの「小沢叩きねつ造記事」を転写貼り付けで荒らし回る名物IDだ。
→ ZsUNOgGnko


10. 2010年7月31日 23:55:37: ZsUNOgGnko
『日常生活を愛する人は?』-某弁護士日記

千葉法務大臣の死刑執行−批判に関して  憲法・社会・官僚

--------------------------------------------------------------------------------

なんともまあ。下記のような批判。
それも、死刑維持派、廃止派の両方の一部から。

いわく
1−落選し民間からの法務大臣なのに。
2−法務大臣でいることへの批判を避けるために、死刑囚とはいえ命を利用した。

何を言っているのか、と。

1−法務大臣は、なっていることそれ自体で、もう「民間」ではありません。
国家として刑の執行を代表する立場です。

そもそも、「民間人」だとしても、なんら死刑執行を命令することに矛盾はないです。国家の刑罰権の独占は、国民から刑罰権を奪った代償であり、もともとは国民の権利に由来するのだから。

2−これが、落選したのに法務大臣でいることの批判を避ける材料になるはずがないではないですか。

実際、そんな材料になどなっていないのだし、なるはずがない。
そんな1―2か月法務大臣でいることの批判なぞより、死刑を自ら執行することの重さの方がはるかに重いのが当り前ではないか。

死刑維持派からそんな批判もありえることも覚悟で、執行したのでしょう。まして、親しかった死刑廃止論の方々から「裏切り者」にされることも覚悟で執行したのでしょう。文字どおり身を切られる想いだった筈です。
いわば、自ら泥水を飲んで、死刑制度を国民に問うた、のです。凄い覚悟だな、と私は敬服するのです。

重要なポイントは、
1−死刑廃止の立場に立っている自分だが、法務大臣であるが故に執行するということの重さ。
2−死刑の重さを、自分として、国民にも知ってもらうべく(まして、偶々国会議員ではなくなる)執行に立ち会うこと
にあるのです。

法務大臣になった直後から、死刑執行の案件について何件かは法務省刑事局から来ているはず。大量の資料とともに。そして時々進捗状況や意向を法務官僚から問われる。

中には、改めて確かに死刑しかない、執行する他ないと感じる酷い事案がある。

改めて自分の死刑廃止という思想と、違憲とはされていない現行法での法務大臣の職責を問いなおさざるを得ない。

前回の死刑執行から1年がたとうとしている。

このまま自分が法務大臣から離れれば、また死刑執行が始まる可能性がそれなりにある情勢となってきた。

後々の法務大臣で、慣例でもないのに、死刑執行に立ち会う人はいないだろう。

であるならば、自らが命じ、それも死刑執行に立ち会う以外の選択肢はない、と判断したのだろう、と思う。

(追加−直接には「法務大臣は、死刑執行に立ち会う覚悟がなければサイン・印をしてはならない。」とルール化させるため)

今、実に多くの意見が表立って出ているだけでなく、ご本人に直接にも、匿名ででも、実に多くの嫌がらせや攻撃が届いているでしょう。

私は、千葉さんの畏ろしいまでの苦悩と判断を理解しようとしないで批判するのは、間違っていると思います。

千葉さんは、ひどく真面目な人であり、心配します。
私は、退任された後、心から「お疲れさま」と言いたいです。
死刑求刑事案の刑事弁護はもうできないだろうけれど、でも、普通の弁護士に戻りましょう!、と。

(追加−こんな資料がありました。
「求刑した検事、判決を出した裁判官、それに法務大臣らが自ら執行すべきだ。それが責任だ」。28日に死刑を執行された尾形英紀死刑囚(33)は、死刑廃止団体「フォーラム90」が2008年に死刑囚77人から集めたアンケートの回答で、そうつづっていた。アンケートをまとめた本は千葉法相にも手渡されていた。
 尾形死刑囚は「ほとんどの死刑囚は反省し、被害者の事(こと)も真剣に考えている」としながら、自分については「死を受け入れるかわりに反省の心をすて、被害者・遺族や自分の家族のことを考えるのをやめた」と、自ら控訴を取り下げた心境を明かしていた。
 また、同じく28日に執行された篠沢一男死刑囚(59)も「いつ死刑になるのか、きもちのせいりがつきません。死刑はざんこくなものです。まい年、確定の日などはねむれません」と答えていた。 (asahi.com))
http://sky.ap.teacup.com/takitaro/984.html


11. 2010年8月01日 01:19:26: EJj3Xw6yF2
10さん、情報有難うございます。

それにしても、千葉はどえらい最後っ屁を嗅がせてくれたもんだ。
何故この土壇場に来てやったんだろう?躊躇していたのだろうか?


12. 2010年8月01日 01:28:59: ZsUNOgGnko
10.7.28 青山繁晴がズバリ
政権交代後 初の死刑執行
http://www.youtube.com/watch?v=wkzzQ3OA_X0&feature=related

13. 2010年8月01日 07:22:46: eZJ0d4PrdI
訳のわからない人間というものは少数ではあるが
いつの時代にもいる。おそらく、育ち方に問題があると推察される。
本柄 中身は空洞なのであり 魂と認めるものは存在しない。
ほんがらの集まり、永遠に議論の対象にしたところで中身が空洞な政党。 

14. 2010年8月01日 10:43:15: kWt8Avw8mQ
小沢冤罪事件、取り調べ可視化・・・
政治家としては何もせず、出来る内に、人が殺されるところを見たかっただけの変態婆だよ

15. 2010年8月01日 19:09:48: tPfQh3HZAs
なぜ、自民公明みんなの党は、森英介問題を糾弾しない?

大衆は感情で動くか?
烏合の衆は感情で動くか?

日本は法治国家だ。死刑は日本の法律で決められている。
しょうがないんじゃないの?
どうしたいの?
人殺しを税金で養う方が問題だと思うけどね。

人殺しを擁護する方が問題だよ。

自分が殺されかかっても、人殺しをさんづけで呼ぶの?
日本中を人殺しで埋め尽くそうってことか?
おまえら精神異常者か?

しかし、自民党の森英介は、再審を要求している無実の人間を、死刑執行したそうだね。
こっちの方がずっと大きな問題だろうよ。


16. 2010年8月01日 19:32:48: 8pvX0KLFBg
15さん同意です。

人を殺す権利を行使した人間に、殺されない権利を与えるの?


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