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山崎行太郎の「月刊・文芸時評」 今こそ小林秀雄や柄谷行人を読み直せ 「月刊日本」八月号
http://www.asyura2.com/10/senkyo92/msg/470.html
投稿者 明るい憂国の士 日時 2010 年 8 月 15 日 11:48:54: qr553ZDJ.dzsc
 

http://gekkan-nippon.at.webry.info/theme/f8d87a0196.html
月刊日本編集部ブログ
平成22年7月23日発行(転載了承済)

 山崎行太郎の「月刊・文芸時評」第74回
 今こそ小林秀雄や柄谷行人を読み直せ


■「大きな物語」から「小さな物語」へ
 70年代から80年代にかけての頃、文学だけでなく、政治や経済の世界にまで「大きな物語」から「小さな物語」への転換という現象が起こったことは、たとえば文学や思想のジャンルでの蓮實重彦や浅田彰等の活躍とその後、彼等のエピゴーネンが氾濫したことによってすでに明らかであるが、そしてその影響というわけではないが、政治や経済の世界でも「小さな政府」が唱えられ、「構造改革」なる政治思想が蔓延したわけだが、しかも未だに「小さな政府」を唱える政治家たちも少なくない。 しかしこの「大きな物語」から「小さな物語」への転換という問題を内在的に自己了解し、そしてそれを具体的な作品として描いたり、実践してきた作家や思想家、あるいは政治家は少ない。
 この転換は、さらに具体的に言えば、マルクス主義の終焉、共産主義国家の解体、あるいは東西冷戦の終焉という二元論的世界把握の時代の終焉と無縁ではない。これは、東西対立というような「対立が隠蔽していた差異の回復」、つまりイデオロギー的、国家間の対立よりも国内の宗教問題や民族問題等のような「小さな問題」の台頭と言うことも出来るわけで、それはそれで重要な歴史的意義を有するが、しかし、「小さな差異」にこだわりすぎるあまり、大きな問題を見落し、その結果、瑣末な言葉遊びや知的遊戯に耽ることにつながったことも否定できない。
 冷戦終焉後、闘う目標を見失った左翼論壇は、この種のポスト・モダン的な知的遊戯に耽り続けてきた。その際に、思想的なレベルはそれほど高くはないとはいえ、保守論壇の一部が大きな物語(歴史問題)を引っさげて登場し、多くの読者を獲得し、論壇やジャーナリズムの中心を独占することになったのは、その具体的な現象と言っていいだろう。
 さて、「文学界」に短編の連載エッセイなるものが何本かあり、私は、池田雄一や東浩紀の連載エッセイ等を中心に密かに愛読しているが、その中の阿部公彦なる未知の筆者(東大准教授、英米詩専攻)の「凝視の作法」だけは、いわゆる「大学准教授の書く批評もどきの批評‥・」という理由から、読む前から書いてあることは予想できるというわけで、まともに読んだことがなかった。
 だが、今回は、第八回目にあたり「柄谷行人と詩」というタイトルなので、腰を落ち着けて読んでみることにした。
読んでみて、すぐに私が気付いたことだが、阿部は、小林秀雄や柄谷行人という近代日本の文藝批評がたどり着いた極限的な言語表現(「大きな物語」)というものに対して、外国文学研究者としての悲哀とコンプレックスと優越感(「小さな物語」)を、心中深くに隠し持っているらしいということであった。
 阿部は「英米詩研究」が専攻だそうだが、それ故に、阿部は、小林秀雄や柄谷行人への高い評価を揶揄するかのように、その批評の持つ演技的な「男らしさ」という特質をとらえて、皮肉な、批判的な視線を向け、小林や柄谷のテキストが持つ中心的なテーマに対する本格的な批判を避けて、ひたすら周辺的な、瑣末な言葉尻を拾い上げるという手法で小林的・柄谷的批評を皮肉り、脱構築しようとしている。たとえば、ゴッホやピカソというような「求道者」的な天才たちの「美」を論じる小林秀雄について、中村雄二郎の稚拙な小林秀雄批判を援用しながら、こう言っている。
 《これは痛いポイントだ。たしかに小林秀雄が一番弱いのは、求道者と化したときの、その深刻さにおいてである。「美しい夕焼け雲」にはいかにも“男らしい”や通俗性が隠されている。小林のピカソ論からは、ピカソの「ノン・サンスな、即物的な楽しさ」は到底浮かび上がってこない。(中略)しかし、後の時代から、小林秀雄のレトリックを笑うのは容易い。ほんとうに気になるのはむしろ、なぜ小林があれほどの通俗的な深刻さを身にまとう必要があったのかということなのである。ランボオの官能性やピカソの南国的な戯れを語るのに、あれほどのゴチッと硬い仮面をかぶる必要があったのはなぜなのか。(中略)ソレガ、ドウシタ?
 批評家にとって一番怖いのはこの問いではないかと思う。》


 私は、阿部という「東大准教授」にして「英米詩研究家」が、かなりの「上から目線」で、ここで書いていることが、正解か間違っているかほどうでもいいが、ただ、これが、「元東大総長」にして「フランス文学研究者」「映画評論家」の蓮質量彦のスタイルの模倣であることだけは指摘しておきたい。「ソレガ、ドウシタ?」は、阿部に向けられるべき言葉である。言い換えれば、これこそ、最近●の文芸誌に蔓延する、毒にも薬にもならない、通俗的な知的遊戯の見本ではないのか。70年代に、この「文芸評論家」批判のスタイルを創始し、「文蛮評論家の死」を宣言し、外国文学者たちに活躍の舞台を提供したのが、『表層批評宣言』や『物語批判序説』の蓮実重彦である。つまり、小林や柄谷のような文芸評論家たちが、単なる文芸評論家としてではなく、思想家や哲学者として持て囃されることへの、「しがない‥・」外国文学研究者の「悲哀とコンプレックスと優越感」を、文藝の現場で強引に逆転して、文蛮評論家より外国文学研究者こそが文学をよく正確に理解しているかのように転換してみせたのが蓮実垂彦である。以後、文芸誌が、この種の「無能」な外国文学者たちの「言葉遊び」と「知的遊戯」の舞台となったことは誰の目にも明らかだ。


■文芸誌は知的遊戯空間から文学的闘争の空間に戻れ

 阿部は、蓮實重彦の名前は出していないが、蓮実重彦の「小林批判」をそのまま借用し、踏襲している。たとえば、「もう二十年も昔の事を、どういう風に思い出したらよいかわからないのであるが、僕の乱脈な放浪時代の或る冬の夜、大阪の道頓堀をうろついていた時、突然、このト単調シンフォニイの有名なテエマが頭の中で鳴ったのである。・・・」(小林秀雄『モオツアルト』)という有名な一節を含む小林秀雄の「モーツアルト遭遇体験」なるものを椰揶揄しながら、阿部はこう批判している。

  《「モオツアルト」のこの有名な一節は、おそらく小林秀雄を揶揄するのにもっとも頻繁に使われてきた箇所だろう。「自意識」は小林批評の大きなキーワードだが、ここで小林はおよそ恥ずかし気とか自意識といったものなしに、「仕方なく語る」批評家の像を演じてみせる。「どういう風に思い出したらよいかわからないのであるが」にしても、「テエマが顔の中で鳴った」にしても、「何を考えていたか忘れた」にしても、あるいは「自分で想像してみたとはどうしても思えなかった」にしても、向こうが勝手にやってきたのだ、自分は関与していない、と示す。それが「感動」なのだ。こちらの都合などにはおかまいなしに襲ってくる。小林秀雄の批評は、獰猛で手のつけられないこの「感動」と、それをやや遅れた時点から後日談として、あるいは敗戦処理として語る「感想」との時差として生ずる。》

 そもそも「『モオツアルト』のこの有名な一節は、おそらく小林秀雄を揶揄するのにもっとも頻繁に使われてきた箇所だろう。」という台詞が、不正確である。「『モオツアルト』のこの有名な一節・・・」を引用して小林秀雄を揶揄したのは蓮実重彦だけであり、それを仲間内で頻繁に繰り返してきたのは蓮實重彦の仲間や弟子、崇拝者達だけである。
 確かに批評の重要な役割の一つに、神話化された作家や批評家、あるいは思想家の伝説的物語に対する「脱神話化」という仕事がある。つまり、これなどもまさしく「小林秀雄神話」の解体の試みということが出来ようが、しかしその脱神話化を試みようとしている当人が、無意識のうちに、新しい、もう一つの「神話化」(「蓮実重彦という物語」の神話化)に加担しているとすれば、まさしく喜劇である。
 小林秀雄の『モオツアルト』論の主題はその遭遇体験の神話にはない。確かにモオツアルトとの遭遇体験には多少の演技や演出があるかもしれないが、しかしそれを指摘したところで、小林秀雄の『モオツアルト』諭の世界が、蓮実や阿部が妄想するように簡単に瓦解するわけではない。
 たとえば阿部は、柄谷有人についても、柄谷の『探求I』から引用した後、こう言っている。
《あらためて見てみると、この短い引用の中だけでも( )、「 」、《 》といった三種類のカッコが用いられ、傍点があり、そしてこのエコーなのである。いずれの記号もひとつひとつの語の指し示す意味をきわどくこちらに伝えるための標識として用いられている、そういう意味では著者のこだわりはあくまで“論理”にある。しかし、“論理”の明確化が狙いとはいえ、こうした標識がいずれも“音色”に依存していることも注意したい。》
 柄谷行人の提起する問題が「カッコ」の問題にあるかどうかは、例によってどうでもいい。「ソレガ、ドウシタ?」である。私も、柄谷の文章を愛読し、ある場合には熟読を繰り返すが、柄谷的問題が、「カッコ」の問題に収斂するとは考えない。文章や文体は重要だが、しかし「カッコ」の使い方が、柄谷的世界において本質的だとは考えない。阿部の「カッコ」論は知的遊戯としては面白い。しかしこの程度のポスト・モダン的な「トンデモ文学論」なら、東大の学会紀要にでも書いておけばよいのではないか。同好の仲間が読んでくれるだろう。むしろ、われわれが、今、読むべきなのは「大きな物語」としての小林秀雄や柄谷行人のテクストなのではないか。


山崎行太郎(やまざき・こうたろう)
1947年鹿児島生まれ。慶應義塾大学哲学科卒業。同大学院修了。東工大講師を経て、現在、埼玉大学講師。
著書に『小林秀雄とベルグソン』(彩流社)、『小説三島由紀夫事件』(四谷ラウンド)。

◆山崎行太郎の政治ブログ「毒蛇山荘日記」
http://d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/


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