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産経新聞も「逃げ腰」になって来た? 何故?  (毒蛇山荘日記)
http://www.asyura2.com/10/senkyo94/msg/801.html
投稿者 呆頭息子 日時 2010 年 9 月 13 日 16:43:45: PmmF2AZ8JuIBc
 

産経新聞も「逃げ腰」になって来た? 何故?

http://d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/

産経新聞9月12日号に、「気迫に満ちた小沢一郎氏の危うさ」と題する、「政治部デスク」による次のような不思議なコラムが掲載されている。札幌市での民主党代表選挙の立会い演説会での小沢演説を長々と紹介した後、聴衆や国民の間に「小沢ブーム」とでも呼ぶべき現象が起こりつつあることを仕方なく認め上で、苦言を呈したものであるが、これまでの産経新聞の小沢バッシング報道と、民主党代表選挙における「菅直人80%、小沢一郎20%」という菅直人の圧倒的優勢情報の垂れ流しからは想像も出来ないような内容である。産経新聞政治部に何が起こったのか? あるいは起こりつつあるのか? それとも、これは、産経新聞の敗北宣言なのか?

【政治部デスクの斜め書き】

気迫に満ちた小沢一郎氏の危うさ

2010.9.12 18:00


 民主党代表選の投開票を14日に控え、小沢一郎前幹事長がいつになく元気だ。11日も東京・築地や墨田区の商店街を練り歩き支持を訴えた。赤ん坊をだっこしたり、卵焼きをほおばったり…。いつもの仏頂面からは想像もつかない。

 これほど気合が入っているのは、政治家生活41年にしてようやく首相の座が見えてきたからなのか。それとも菅直人首相の優勢が伝えられていることで逆に奮起したのか。週刊誌のスキャンダル記事で吹っ切れたようにも見える。

 街頭演説も鬼気迫るものがある。9日の札幌市の大通公園でも声をからしながらこう訴えた。

・・・・・・・・・・・・・・・

 要約すれば「政治主導で地方にバラまく」と言っているだけという気もするが、その気迫はすさまじい。師である故田中角栄元首相が乗り移ったかのようだ。聴衆は万雷の拍手を送り、「オザワコール」がわき起こった。

 この後、演説に立った菅直人首相は左手を大きく振り上げながら、新成長戦略や中国人観光ビザ緩和、農業再生など政府の施策を切々と説明したが、迫力不足の感は否めない。案の定拍手も少なかった。

 報道各社の世論調査では菅首相続投を支持する声が圧倒的に多いが、街頭での反応はどうも違うようだ。この日本の閉塞状況を打開できるのは小沢氏しかいない。そんな声は少なくない。この聴衆の熱気と期待が小沢氏を元気づけ、政権のトップに躍り出ることへの自信につながっているのだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・

天下の産経新聞が、随分、弱気になったものである。なんだかこの記事は、これまで小沢批判と小沢罵倒を社一丸となって繰り返してきた産経新聞の記事としては不思議なもので、うがった読み方をすれば、これは、来るべき「小沢一郎圧勝」への言い訳染みたコラムのようにも読めるが、はたしてどうだうか。いずれにしろ、産経新聞政治部デスクも認めるように、菅直人の国民的人気なるものはマスコミが偽装した「上げ底」の人気であり、実態は皆無に等しいと言うべきで、反対に小沢一郎の場合は、民主党代表選挙立会演説会に集まった一般大衆の国民的は圧倒的なもので、今や、全国的に「小沢一郎ブーム」が起きつつあると見るべきではないのか。選挙結果は水物だから、投票箱を開けてみるまでは予断を許さないが、結果如何にかかわらず、今回の民主党代表選挙を通じて、「小沢一郎フィバー」が沸騰し、今後の政局の鍵を握るのは、やはりこの人、小沢一郎であることは、明らかである。逆に、菅直人は、政治家としての資質も才能も絶無だという事がバレバレになったわけで、民主党代表選挙に勝とうと負けようと、小沢一郎の敵ではなく、多くの小沢一郎に歯向かった政治家たちと同様に、近いうちに消えていくことだろう。
 

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コメント
 
01. 2010年9月13日 17:58:30: lVsxvE7RHU
TV/新聞が公器たる資質欠如により、各社政治部の1年間活動停止の処分を。
菅・前原・野田グループの除名もお願いしたい。

02. 2010年9月13日 18:42:01: WRWvZr5gi6
いやいや一年活動停止なまぬるい。各新聞およびtv局責任者はクーデター幇助罪で検察ともども重罪に値する。謀略の実態を国会にてすべて国民の前にさらされねばならない。小沢さんを謀略にて屠ろうとした罪は反民主主義罪とも呼ぶべき大罪だ。

03. 2010年9月13日 19:33:46: nDvUs6QQUg
正義の味方を装って捏造原稿をよむアナウンサー達にも虚偽報道幇助責任を問いたい。マスコミを信じて疑わない人たちはみんな報道を信用してしまうから。 

04. 2010年9月13日 20:20:55: GdJAMKBIOQ
て言うか、倒産すればいい。
「元産経」の肩書きでは、ジャーナリストとして信用されないだろうし、お先真っ暗ですな。

05. 2010年9月13日 20:40:55: v0KwE5CFVA
総理がコロコロ変わるのは良くない。
一般論である。
日本のこの難局を乗り越えられる人材が今まで現れなかっただけのことだ。
見かけ倒し総理、大ウソ総理、ちょっとなってみたかった総理、やったけどダメだった総理、これらの総理のうち誰が適任でしょうか?
適任者がいなければ適任者が出てくるまで辛抱強く総理を交代させましょう。
もし、それが嫌なら総理の椅子にはロボットを座らせて、実務は官僚がやればよい。しかし、大きな政治的決断は出来ない。なぜなら官僚だから。管だから。
そして、責任もとらない。なぜなら官僚の辞書にはミスがないから。管の辞書にもミスはないから。

06. 2010年9月13日 22:34:42: eLOWuzhYpM
実は、産経新聞と親しい関係にある幸福の科学の大川隆法総裁が、
「小沢一郎の本心を探る」と言う著書を出版。 その中で小沢守護霊なる者が
「安全保障と経済対策に力を入れる」と言うことを、言っていた。
小沢氏は本来は保守であることが産経側に分かり、まだ確定はせずに憶測に
過ぎないが、そういうのもきっかけだったのではと個人的には思っている。
幸福の科学も、基本的には保守的な宗教だから。

07. 2010年9月13日 23:06:38: syFVJWZ0n6
もういい加減本当の事、書けば新聞も
売れるのにwwww

08. 2010年9月14日 00:38:51: IZU8DIwE5M
倒産するかも・・とかは許されない。
今回は国民の手できっちり潰さなければならない。
何十年もこの国のマスゴミは国民を欺いてきた。
これは小さな罪ではない。
この異常なマスゴミの体質は葬らなければならない。
マスゴミで働いていた方は気の毒だが、貴方たちは国民の敵である。
この国を滅ぼす悪人である。恥を持って生きてください。

09. 2010年9月14日 00:39:53: ujtsRNSfCw
マスゴミは、身の危険を感じるほどの国民の熱狂を感じたのではないですか?

先週の大阪での小沢コールを目の当たりにした、宮根 誠司(みやね せいじ、1963年4月27日 - )の恐怖に引きつった顔みんな見たでしょう。
宮根は、平静を装っていたけど、内心、相当にびびっていたと思いますよ。
宮根は、自分とチャウシェスクをダブらせたのではないですか?
他のマスゴミも同じですね。

共同が、おととい、世論調査で、菅70%と言っていたのに、今日は、テレ朝、NHKが、突然、五分五分と言い出した。

平成の2・26事件、マスゴミのクーデターも失敗に終わったことを認めたということだ。

結局、小沢一郎が、今回、勝とうが負けようが、これだけの旋風を巻き起こしたのだから、いずれは、必ず、小沢一郎の時代が来るということだ。


10. 2010年9月14日 01:24:54: gwsspHyUbw
読んだ後、かなりガッカリしました。結果の如何にかかわらず・・・ですか。今日決まりますが、やはり厳しいということなのでしょう。西松事件でマスコミの報道にのっかって小沢先生を批判してる議員の多さと、官僚等からの攻撃に反論できる議員の少なさに失望し民主党には期待しなくなった者としては、多数の議員が機密費で買収された結果か、あるいはマスコミの作る世論に従った結果かは解りませんが議員が増えても相変わらずなのかという印象です。

ただ、日刊スポーツのインタビュー読みまして死なれるくらいなら選挙で負けたほうがいいのかなとも思いました。今の政権や執行部の連中もそうですが、小沢先生を批判して一時的に人気を得た輩は大勢いましたが振り返ると、批判する時にしかメディアに取り上げられない渡部恒三のような多数の国民の生活からはどうでもいいような方ばかりだったような気がします。彼らと小沢先生とはスケールが違いすぎるので比較すること自体、無意味な気もいたしますが彼らが残って小沢先生死んでしまうくらいなら、噂されるように来年の予算編成の頃に行き詰まるのを待ったほうがいいという気も致します。もちろん待っても状況がましになる可能性が高くなるだけですが。

まあ、選挙に負けて居座っている厚顔無恥な連中を支持する議員に「国民の生活が第一」なわけないでしょうからそういう輩がはっきりしたのは良いことでしょうが、彼らが勝てば小泉の時と同様に国民は高い授業料を支払うことになるのでしょう。どちらの選択肢も辛いですね。


11. 2010年9月14日 04:35:23: dFQfn0xMh2
日本人のナショナル・アイデンティティ
第 5 章:日本人のナショナル・アイデンティティを実証的に描き出した章である。
まず第 1節では、日本の歴史やネイションの類型、グローバリゼーションや多文
化主義の状況など 3について論じている。日本の歴史を概観すれば、江戸
幕府成立後に形成されていた民族的共同体(エトニー)が、1867 年の明治
維新を経て再編され、「国民国家化」を果たしたと言える。さらに日本は一民
族一国家の典型事例であり、エスニック・ネイションに分類され、また「公定ナショ
ナリズム」により成立した、と類型化することができるであろう。多文化主義につ
いては「象徴的」段階でほとんど実践されていないに等しい。さらにグローバリ
ゼーションについては人的交流少なく、政治的上位機関も存在しないことから
それほど進んだ国ではない、と位置づけられている。以上の理論的位置づけを
踏まえた上で、第 2節ではデータ分析を通じて日本のナショナル・アイデンティ
ティ像が描き出されている。まずネイションの成員条件については、「宗教」を
重要と見なす人は少なく、「国籍」あるいは「自己定義」を重視する人が多い。
一元的であることも特徴であろう。ナショナル・プライドについては、文化面と歴
史・経済に関して比較的多くの人が誇りを感じている一方、世界への影響力・
軍事力などについて日本に誇りを感じる人は少なく、因子分析の結果から政
治的側面と文化的側面の 2 因子が抽出された。自国中心主義については、
国際機関への期待感が高いことが特徴的であり、またある種の「国際化」と自
国中心主義が両立しうることが明らかになった。排外性については、外国人犯
罪に対して強い危機感を抱いている一方、外国人に職を奪われるという危機
感は弱いことが示された。 次に日本のナショナル・アイデンティティの概念構造
を検討した結果、ネイションの成員条件は、国際化志向以外の全て下位概
念との間に有意な相関関係が見られた。また自国中心主義的考えを持たな
い人々が戦前的な国家主義的主張への警戒感から政治的誇りにもまた拒
否感を抱くためか、政治的ナショナル・プライドが自国中心主義や排外性と正
の相関を示している。一方で文化的プライドは排外性と有意な関連がなく、
日本の文化的誇りという主張については戦前の排外主義的ナショナル・アイデ
ンティティの反省を踏まえており、安易には排外性とは結びつかない傾向がある
と推察されている。 さらに日本国内のナショナル・アイデンティティの類型差を見
るためにクラスター分析を行っている。その結果、まず日本の文化面に誇りを持
ちつつも、過度な排外主義や自国中心主義を抱かない「中庸」なナショナル・
アイデンティティを抱く人が多数派であった。しかし高齢者や低学歴者、農林
漁業者や自営業者の間には、国際化志向以外の全下位概念が強い「国粋
主義的」ともいえるナショナル・アイデンティティを抱く人が多かった。一方、比較
的若年の高学歴者、職業的には事務職や学生の多くは、ある程度文化的
側面に誇りを抱きつつも、それ以外は(国際化志向を除くと)全て弱い、国際
派的なナショナル・アイデンティティを抱いていることが明らかになった。

ドイツのナショナル・アイデンティティ
第 6 章:ドイツのナショナル・アイデンティティについて、前章と同じ構成で論じて
いる。歴史的には長らく分裂していたドイツ地方は、ナポレオンの衝撃を受けた
後、19 世紀後半に至ってプロイセンによって武力をもって統一された。そのドイ
ツのネイションの類型は、東欧型ナショナリズム、遅れてきたナショナリズム、ロマ
ン主義的ナショナリズムなどの代表格として扱われ、さらに民族型ネイションの
典型例とされている。また多文化主義については日本とあまり変わらず、主要
な政策となっていない。しかしグローバリゼーションの状況については、労働者と
して受け入れたトルコ系の人々の人口比率は高く、またEUという政治的上位
機関が存在していることなどからグローバリゼーションの進んだ国と判断された。
ドイツのデータを分析した結果、まずネイションの成員条件は、「法制度の遵守」
や「言語」を強く重視する傾向が見られ、一元的であった。ナショナル・プライド
は、「経済」や「科学技術」について比較的多くの人が誇りを抱く一方、軍事・
歴史に誇りを抱く人は少ない。また、全体的に自国中心主義的な回答をする
人が少なく、日本と同様「国際化」と自国中心主義が両立しうることが示された。
排外性については、不法移民には厳しい目を向ける人が多い一方、難民の
受入については積極的な人が多かった。ドイツのナショナル・アイデンティティの
概念構造については、まずネイションの成員条件が国際化志向以外の全下
位概念と相関しており、日本と同様にナショナル・アイデンティティの基礎的要件
となっていることが示された。次に政治的ナショナル・プライドは国際化志向と排
外性を除く下位概念と有意な関連が見られる一方、文化的ナショナル・プライ
ドに関しては排外性と比較的強く相関しており、これはドイツの文化的ナショナ
ル・プライドの中に「歴史」や「軍事力」という項目が含まれ、それらが象徴する
ナチズムと排外性の間の親近性を示す結果と考えられる。またクラスター分析の
結果、ドイツではネイションの政治的側面に誇りを持ちつつも、反自国中心主
義的で過度には排外的ではない、中庸なナショナル・アイデンティティを抱く人
が多数派であることがわかった。しかし高齢層、低学歴者、無職者には、下位
概念全般が強い「国粋主義的」ともいえるナショナル・アイデンティティを抱く人も
多い。そしてそのような人々が保守系のキリスト教民主同盟の支持基盤になって
いる様子がうかがえた。その一方、ドイツの政治的側面に誇りを感じつつも、そ
れと国際化志向以外の下位概念のスコアが全てマイナスというナショナル・アイ
デンティティを抱く人も、若年層や高学歴者、専門職従事者に多かった。また
彼ら/彼女らは中道左派の社会民主党支持者も多いが、より左派色の強
い政党である 90 年連合・緑の党の主要な支持層ともなっており、ドイツにおい
てはナショナル・アイデンティティごとの支持政党の棲み分けがある程度なされて
いることが示された。

アメリカのアイデンティティ
第 7 章:この章では、アメリカについて論じている。その歴史は 17 世紀に始ま
るイギリス系の植民に始まり、18 世紀末のイギリスからの独立戦争によって成
立し、その後南北戦争を経た「再統合」によって「アメリカが一つの国である」と
いう意識が醸成されていったといえよう。典型的な市民型ネイションであり、国
籍・市民権の制度についても出生地主義を採用し、「開放的」といえる。また
一部で多文化主義教育や積極的格差是正措置などが行われており、多文
化主義については一定程度進んだ国とみなしている。またグローバリゼーション
に関しては人的移動も多いが(比率はそれほど高くない)、政治的には単独
主義ということから、中程度と考える。 個別の下位概念を見ていくと、まずネイ
ションの成員条件の中では、「市民権」や「法制度の遵守」、それに「言語」が
重視されており、また他国と比較して「宗教(キリスト教)」を条件に揚げる人が
多いことが示された。さらに因子分析からは 2 因子が抽出され、帰属的条件
(出生地・居住年数・宗教)と獲得的条件(法制度遵守・自己定義)に分
けられることが明らかになった。ナショナル・プライドについては、全体的に誇りを
感じている人が多いが、「社会保障」と「集団公平性」については誇りを感じ
ている人が少なく、アメリカの人々が国への威信や誇りというものを政治的側面
と文化的側面という二つの異なる次元で捉えていることが因子分析によって示
された。自国中心主義については、外国製品の輸入制限について賛同する
人が多く、さらに「国際化」と自国中心主義が両立しうること 5が示された。
排外性については、日本やドイツで賛同する人が多かった「犯罪増加」とい
う項目について賛同する人が比較的少ない一方、「職の競合」についての危
機感は強かった。下位概念間の関連をみると、成員条件のうち帰属的条件
は自国中心主義や排外性と比較的強い関連を持ち、ネイティビズム的な発
想が自国中心主義や排外性と結びつき易いことが示された。一方、市民的
ネイションの理念で語られるネイションへの忠誠と誇りの結びつきを体現するよ
うに、獲得的条件は政治的ナショナル・プライドや文化的ナショナル・プライド
との関連が強かった。また、「アメリカ単独主義」的な発想がやはり多くの人々
の間にも存在するためか、国際化志向が政治的ナショナル・プライドと負の相
関を示している。さらにクラスター分析によってアメリカ内部のナショナル・アイデ
ンティティの類型化を行った結果、もっとも典型的で多数派を占めるナショナル・
アイデンティティの類型は非常に愛国的で、かつ自国中心主義や排外性を伴
う、「アメリカ第一主義」的なものであった。そのような類型のナショナル・アイデ
ンティティを抱くのは高齢者や低学歴者に多く、また専門職従事者は少なく、
生産工程・労務職に多かった。それと対照的なナショナル・アイデンティティの
類型としては、アメリカの政治・文化両面に一定以上の誇りを抱きつつも、自
国中心主義や排外性を拒否する類型であり、高学歴者や専門職の多くが
そのようなリベラルなナショナル・アイデンティティを抱いていた。

オーストラリアのナショナルアイデンティティ
第 8 章:続いてオーストラリアについて論じた章である。オーストラリアは 20 世
紀初頭に「連邦」が成立し、その後第 2 次大戦などを経つつ、徐々に「国民
国家」化したと言えよう。さらに市民型ネイションの典型の一つとされる。そして
多文化主義については、国是として掲げており、また実際の制作面でも教育
その他で実践されている多文化主義の代表国である。さらに人的流動性も高
く、政治的にもコモンウェルスに属するなど、グローバリゼーションが進展した国と
みなして分析されている。 まずネイションの成員条件はアメリカと同様に「市民
権」、「法制度の遵守」や「言語」をほとんどの人が重視する一方、宗教(キリ
スト教)を重視する人は少ない。また成員条件は帰属的な側面(出生地・居
住年数・宗教)と獲得的条件(法制度遵守・自己定義)に分けることができる。
ナショナル・プライドについては、文化面について誇りを感じる人が多い反面、
「世界への影響力」・「経済的発展」・「社会保障」・「集団公平性」などにつ
いては誇りを感じる人が少ない。自国中心主義については、外国製品の輸入
制限を求める人が非常に多かった。排外性についてはアメリカと同様の傾向で、
「犯罪増加」への賛同者は少なく、その一方「職の競合」への警戒感は強かっ
た。下位概念間の関連を見た結果、まず成員条件のうち帰属的条件は自国
中心主義や排外性と比較的強い関連を持ち、これは白豪主義的オーストラ
リアを理想とする人々が自国中心主義や移民排斥意識を持ちやすいことを示
す結果であった。また政治的ナショナル・プライドが排外性と負の相関を持って
おり、多文化主義を基盤とする現在のオーストラリアの政治的状況が排外性
よりも寛容性を醸成していることの結果かもしれない。さらにクラスター分析を通
じてオーストラリアのナショナル・アイデンティティの類型を検討した結果、まず排
外性は否定しつつも一定の帰属的条件も求める、Hage のいう「善良な白人
ナショナリスト」に近いと思われる類型が抽出された。それに対し、多文化主義
の理想を追求するかのような、帰属的条件は求めず、自国中心主義的要素
が弱く、反排外的傾向の強いナショナル・アイデンティティの類型も抽出され、そ
の類型の保持者としては比較的教育年数の長い人々や専門職の人などが
多かっ 6た。それと対照的に、学歴が低く生産工程・労務作業者の多くは、
排外的でかつ自国中心主義的なナショナル・アイデンティティを抱きやすい傾向
があることが示された。

第 9 章:この章では、前章までの各国の分析結果を踏まえつつ、4 カ国の分
析結果を比較し、分析視角として取り上げた@ネイションの類型、A多文化
主義、Bグローバリゼーションのナショナル・アイデンティティへの影響を検討して
いる。 ネイションの成員条件について民族的ネイションでは一元的なのに対し、
市民的ネイションでは獲得的条件と帰属的条件に分かれたように、ネイション
の類型が成員条件に影響を与えていると考えられる。多文化主義の影響につ
いては、それを採用しているアメリカ・オーストラリアではナショナル・プライドと排
外性の間の関連がみられなかったのに対して、多文化主義を採用していない
日本とドイツでは正の相関がみられるなど、ナショナル・プライドと排外性の間の
関連にその違いがあらわれている。さらにグローバリゼーションに関しては、比較
した 4 カ国の間ではその影響は特に見られなかった。 分析対象とした 4 カ国
は、大枠として「日本・ドイツ型」と「アメリカ・オーストラリア型」に分けることがで
きよう。それはネイションの類型や多文化主義といった要因が、個人のナショナル・
アイデンティティに影響を与えたことから生じた結果と捉えることができると結んで
いる。

第 10 章:結果と解釈の総括である。国際比較を通じて見えてきたナショナル・
アイデンティティの共通性と個別性について論じている。共通性に関しての知見
としては、4 カ国とも共通の下位概念がデータから析出されたばかりでなく、ナシ
ョナル・プライドの多次元性、「国際化」と自国中心主義が両立しえること、加
えて概念構造自体に類似性が見いだされた。さらに、どの国においても排外的・
自国中心的なナショナル・アイデンティティを抱きやすいのは、どちらかといえばそ
の社会において弱い立場にいる人たちである点はどの国においても共通した結
果である。一方相違点としては、成員条件が市民型ネイションでは 2 元的な
のに対し、エスニックネイションでは 1 元的であること、そしてネイションの類型に
よってナショナル・プライドと排外性の関連が異なることなどが挙げられる。 市民
型ネイションの特徴を示したアメリカとオーストラリアのナショナル・アイデンティティ
においても成員条件を厳しく求める人の多くは排外的で、自国中心主義的で
あり、「市民型ネイションは寛容である(=排外的ではない)」という認識とは異
なっているのは興味深い。また日本やドイツのナショナル・アイデンティティの類型
として多かった「中庸型」は、ネイションに対して一貫した態度や思想が存在し
ないため、むしろ簡単にポピュリズムに流されかねない脆さを抱えていると筆者は
推察している。
http://www.metro-u.ac.jp/gakui/0510_0603/0510_0603syakaikagaku/134_s_ron_sinsa_yo.pdf

グローバル的観点からしても、保守(右派)というのはどこの国も社会的弱者に
よって形成され、それに属さない人達は何らかの利益(利権)によって動かされて
いると言ってよいだろう。所謂、ネット右翼と呼ばれる人達は、恐らく前者であり、
彼らの母集団のボス(後者)によって動かされている駒に過ぎないのだと思われる。
これは、昨今のアメリカの草の根運動にも当てはまり、ロン・ポールなどは、政敵
を追い落とすために、草の根運動を操作(政敵を追い落とすため金を投じている
資本家とグル)していると言われている。つまり、ロン・ポールなどが支援して
いる草の根運動とやらに参加している一般市民は、単なる洗脳させられた駒なので
ある。


12. 2010年9月14日 04:47:02: dFQfn0xMh2
↑つまり、昨今のネット右翼や保守派という輩は、ごく一部の人間が
利益・利権保守のため、または政敵を追い落とすために洗脳・扇動
させられた、社会的弱者の凡人であると言う事である。これはどの時代
でも当てはまると思われ、恐らく、戦時中も同じ様な事が行われていた
のかもしれない。よって、彼らの勢いのある時代というのは、社会的に
混乱した時代であり、決して、国家が安寧な時には存在し得ないの
である。(逆に言えば、安寧であれば、逆に振れる)

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