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グラスピーメモの暴露によって、91湾岸戦争時に米国の誘導でフセインがクウェートに侵攻した可能性が明るみに
http://www.asyura2.com/10/warb7/msg/162.html
投稿者 gataro 日時 2011 年 1 月 06 日 09:43:14: KbIx4LOvH6Ccw
 

今回のグラスピーメモの暴露によって、91年の湾岸戦争は米国がイラクのフセインを引っ掛けてクウェート侵攻させ、報復を口実に起こした戦争だった可能性が高まった。 http://p.tl/x4on
5:50 AM Jan 5th webから

イラクのクウェート侵攻を米国が黙認するとサダム・フセインに思わせたと疑われていたグラスピー駐イラク米大使とフセインとの会談メモをウィキリークスが暴露。グラスピーは確かにフセインとの友好関係と、クウェート国境紛争に介入しないことを表明していた。 http://p.tl/x4on
4:38 AM Jan 5th webから


tanakanews_com
田中宇


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http://news.antiwar.com/2011/01/02/glaspie-memo-leaked-us-dealings-with-iraq-ahead-of-1990-invasion-of-kuwait-detailed/

Glaspie Memo Leaked: US Dealings With Iraq Ahead of 1990 Invasion of Kuwait Detailed(ANTIWAR.com)
Ambassador Assured Saddam of Bush's Friendship at July 25 Meeting

by Jason Ditz, January 02, 2011

One of the crown jewels of secret pre-Gulf War negotiations was unveiled tonight when the notorious Glaspie Memo, or as it is now known 90BAGHDAD423, was released by WikiLeaks

The cable, whose official title was “Saddam’s Message of Friendship to President Bush” details the meeting between US Ambassador April Glaspie and Saddam Hussein on July 25, 1990, just a week before the Iraqi invasion of Kuwait.

The meeting has long been a matter of speculation, as it had long been speculated that comments by Glaspie had led Saddam to believe that the United States was giving them the green light to invade Kuwait if diplomacy failed.

The memo reveals indeed Hussein expressing concern about the Bush Administration’s position on Iraq owing to its participation in military exercises with the United Arab Emirates and pledges to “defend its allies” in the region. He complained the US pledges were making Kuwait and the UAE refuse to negotiate with Iraq. He also expressed concern about negative media coverage in the US, which Ambassador Glaspie assured him did not reflect US policy and singled out a Diane Sawyer report on “nuclear bomb triggers” for condemnation.

Rather Glaspie assured Saddam of Bush’s friendship and expressed support for the negotiations being set up by Hosni Mubarak for the weekend of July 28-30. She also explicitly said the United States took no position on the border dispute between Iraq and Kuwait. Hussein assured that no action would be taken against Kuwait if the negotiations showed some progress, which seemed to suit the US at the time.

But the talks didn’t accomplish anything and by August 2 Iraq was invading Kuwait. Within hours the mutual friendship was completely torn up and US officials were railing against Iraq. A few months later the US invaded for the first time, sparking invasions, decades of enmity, sanctions which killed massive numbers of Iraqi civilians and, eventually, a full US occupation which continues to this day.


 

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コメント
 
01. 2011年1月06日 14:13:54: CrSPO7aj1k
”現物”証明されましたね!!(かつて、このニュースを著作にしたことを、今ではご自身の著作歴に、掲載しないお方も、おいでですが)

なにはともあれ、カレらの戦争の起こし方(のうちのひとつ)が、実証された意義はおおきい。    さて、

沖縄米軍の、グアムへの移転ーーー

これは、「米軍(自身の)戦略」に基づく、「米軍(自身の)再編」、ということになってます(米国内経済とからめたりなどして)。  が、

【ジャパン・ハンドラー】だけでなく【<チャイナとジャパン>・ハンドラー】にとっては、さあ、いったい、・・・
どうでしょうか?

中国のさる方面にたいして、どういうメッセージを与えているでしょうか?

アメリカの在中国の、21世紀の、”ピー”は、何と言っているでしょうか?特に、アメリカの要請に基づく日本の軍備の再編・増強が行われた時に。アメリカの要請に基づき、中国を仮想敵とした時に。はたして、”ピー”は、何と言っているでしょうか?



02. 2011年1月06日 21:14:13: 5Cz3C9Fl5c
アメリカの傀儡独裁者は、利用されて使い捨てにされるという典型ですね。

03. 2011年1月06日 21:54:18: 7RUvxI0hA3
これは出すと根拠希薄といわれて一笑にふされた真相として湾岸戦争の闇をめぐって必ず出てくる逸話であったがやはり事実であったのか。

ひょいひょい騙されたサダムの脇の甘さもさることながら、サダムをそこまでたらし込んだアメリカのイランイラク、ダブルでぶっ潰す作戦はその網の張り方の周到さと徹底さにおいて並大抵ではなかったということか。
サダム・フセインはイラク大統領に就任以来、幾度となくイスラエルの放った暗殺者に狙われながらイラクの治安組織はイスラエルの放った手練たちを寸でのところで捕らえ処刑し、時には首をはねてその首を梱包し小荷物にしてイスラエル諜報機関に送り返してイスラエルの諜報機関をしてイラクの秘密警察は中東随一だと舌を巻かせたほど情報の収集能力の高い組織だが、しょせんは元首の付き合いで信用が成ればそれでたらし込むほうが暗殺などより巧くいくのはいうまでもないにせよ、月並みなことを言わしてもらえれば「アメリカ汚ねぇぇ!!」ということである。


04. 2011年1月06日 22:17:38: MwD6vaXd0Q
湾岸戦争を始めた父親ブッシュの1991年9月11日の議会演説は驚愕すべき内容だった。
父親ブッシュの新世界秩序演説からちょうど10年後に911が起こり世界は、ブッシュが思い描いた通りの世界になっている。
http://www.youtube.com/watch?v=48V41HqIyRw&feature=related

05. 2011年1月06日 22:20:39: MwD6vaXd0Q
父親ブッシュ大統領のニューワールドオーダー演説から10年後に息子ブッシュ大統領が911を起こして父親から受け継いだニューワールドオーダー計画を実行した。
息子ブッシュも捏造して父親と同じように第二次湾岸戦争を起こしたのは偶然ではない。すべて計画通りだ。

06. 2011年1月06日 22:34:38: FFhzz40lf2
この情報は、前から暴露されていたが、問題はフセイン大統領が、

 鵜呑みにしたことなのだ。アメリカが味方だと、誤認したのだ。

よくある話しだ。信用させて土壇場で計画通り葬り去る。
結局儲けたのは軍需産業関連企業です。貧乏になったのはアメリカ一般人。

 さらに未確認情報では、フセイン大統領は、絞首刑で死んではいない。
絞首刑にされたのは、影武者。

もしこれが真実なら、世界は同一グループによる詐欺事件にダマされている。
整形技術は、進歩しているからね。
マスコミ情報は、即、信用してはいけない。
情報は漏れるものなのだ。


07. 2011年1月07日 03:02:00: 33MZeNUYTc
やったな」う田中
年間購読者が増えますように
ちぃなみに、音声のやつを配布と同時にお願いします。読むのが疲れますんで。


08. 2011年1月07日 19:37:45: FkibgtOFuf
フセインはだまされたわけじゃない。
だまされたフリ。
どうしても戦争を必要としていたアメリカさんに、貸しを作った。
みーんなグル、ぜーんぶ、出来レース。
ホンモノのフセインは、別人として第二の人生を謳歌している。

09. 2011年1月08日 13:10:24: DhtGT4Wu4U
 このようなことは当時ニュースにもなっていたんではないのか。目新しいものとも思われんがな。それに、当時はわても赤旗を取っていたが、フセインがCIAを雇っていたと書かれていて、鬼の首でもとったように喜んだものだが、一般紙はいっさい口をつぐんでたんでがっくりきた。CIAとイラクはイランイラク戦争時から湾岸直前まで蜜月関係であった。新聞テレビしか情報源のない人は知りもしないが。

10. 2011年1月08日 20:32:41: v7P6u87pwA
私は当時は、クェートの感謝決議に日本がないという新聞の報道だけ読んで、しおれ気味になってた多数派の普通の人でしたね。ネット時代でも、政治に関心があるなんて人は、残念ながらそう多くもないでしょう。

11. 2011年1月08日 21:12:12: v7P6u87pwA
政治に関心を持つと言っても、権力に野合しているだけの人たちも多いですしね。

12. 2011年1月09日 06:11:00: B5offegeiY
阿修羅さんへ
フセインは最初の爆撃で死んだんでしょ。
その後のイラク軍の統制を見れば、そんな感じ。
アメリカからしても、もう用済みでしょうから。
穴掘って潜ってたフセインはアメリカが用意した替え玉で、泥沼化したイラク戦争をやめるための口実だったんだと思う。

偽者だと判断してるから、インチキ裁判なんかどうでも良かったし。
(フセイン憎しには全くならずに、インチキ裁判?するアメリカに不信感がさらに増大したんだよね。)


13. 2011年1月09日 14:26:16: rnt8SJhzL2
サダムに関する不確かな逸話や怪情報はイラクにも風聞しているが、それは主に被支配を受けていたシーア派のサダムに対する憎しみと恐れから歩き出した都市伝説のようなものが多いと聞く。

アメリカ(ブッシュ)とイラク(サダム)の出来レースという立場をとる人は、2002年時点でフセインのイラク支配の大部分は支配政党バース党の水も漏らさぬ飴と鞭による懐柔の上に成り立っていたことを知っているのだろうか。
フセイン自身、アメリカが本気でイラクを侵略しようなどと考えているとは露ほども考えておらず、隣国イランの侵攻に目を奪われており911テロの余波をイラクに向けるのはいつものアメリカの常套句くらいにしか考えていなかったのである。

バース党はそれ以前からアメリカの侵攻を本気で予想しており、ゲリラ戦の下準備を進めていたことはイラク戦争の推移を見ればわかる。元首が獲られても細胞が行き続けるためには次の傀儡政権下でも血液や栄養を送り込む血管が必要である。
そのための血管の構築に勤しんでいたことは、今もなおすくなくなったとはいえ米軍に抵抗するゲリラ戦術が散発し続けるイラクで証明済み。

シーア派勢力が政権を握ったイラクでは旧バース党党員が排除されているために政治機構おもに官僚組織の再構築に著しい障害が生じ停滞したままだ。
スンニ派勢力も反サダムではあってもシーア派の横暴に指をくわえて傍観しているわけにもいかず、バース党を排除して国が機能するはずもなく大きな課題となっている。
バース党とはそれほどまでに優れた支配政党であったということだろう。


14. 2011年1月19日 08:43:19: wC4W14PLm6
サダム・フセイン替え玉説は幼稚な風評説。

アラブは風評が飛び交いやすい、それは部族社会抜きには考えられない。

13も書いているけれどもイラクで優れていたのはバアス党支配である。

フセインは2000年ごろにはイラク国民、とりわけスンニ派間でも支持は薄れて

代わってバアス党が実権を握っていた。

フセインがイランのイラク侵略を過度に恐れていたのもそのとおりで、アメリカと

盟約を交わしたのも単にイランの脅威を跳ね除けたいとの願いからだ。

アメリカの策謀を見抜けず墓穴を掘ったのも当然で、湾岸戦争以降20年余にわたり

アメリカを中心とした国連に経済制裁という名の虐めを受けてきたのにアメリカ

よりもイランの脅威に神経を尖らせていたのである。

バアス党の支配はスンニ派のみにかかわらずシーア派やクルドにも及んでおり、

イラク第二の大都市バスラのようなシーア派教徒が多数を占める南部の要所でも

クルドの多い北部の地域でもクルド自治区以外、住民構成を絶妙に配置するなど

クルドに配慮して懐柔していった。

地方が部族社会で因習が強いイラクでは宗教的な隔たりがあっても部族の間では

シーアとスンニがひとつの部族の村に軒を並べて住んでいることも儘である。

都会では世俗主義化が民族や宗教の違いを超え婚姻を結ぶのが習慣となったので

さらに宗教的対立は自然に抑制されていくようになっていた。

フセインが圧制だと批判されるのはこうしたイラクの暮らしを破壊し宗教や民族

の違いをはっきりさせ独立しようと主張する分離独立派を多く排除したからだ。

イラクの今の混乱を招いたのはこうした分離独立派が政権中枢を握り、アメリカ

とイランの傀儡を巡って熾烈な駆け引きがあり、かつイラク・ナショナリズムの

それらに抗する反駁が入り混じってのものである。



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