★阿修羅♪ > よいモノ・よい話1 > 171.html
 ★阿修羅♪  
▲コメTop ▼コメBtm 次へ 前へ
シャトル酋長のアメリカ大統領への手紙
http://www.asyura2.com/10/yoi1/msg/171.html
投稿者 アミ 日時 2011 年 2 月 22 日 09:10:30: ySEkXoM01ZpK6
 


http://blog.goo.ne.jp/hiro77_001/e/d0317d42407168842af2b25a933f65f0
より

転載はじめ

シャトル酋長のアメリカ大統領への手紙
2007-09-25 14:22:38 | デイトレ クロカン「生命の織物」
1854年
アメリカインディアン、シャトル酋長のアメリカ大統領への手紙


 ワシントンの大統領様のお便りによれば、我々の土地を買い上げたい、とのこと。友情と行為のお言葉も添えてあります。お親切なことです。我々の側からの友情はそれほど必要とはされていないということは我々もよく存じております。しかし、あなた方の申し出を考えさせていただきます。我々が売らなければ、白い人は銃を持って私どもの土地を取り上げに来るかもしれませんから。

 この申し出の考え方は我々にとっては不慣れなものです。大気の新鮮さや水の輝きが正に我々の所有物だというのでないのなら、どうしてそういう空気や水をおまえから買う、と言えるのでしょうか。この地域のどの部分もそれは聖なるものです。輝く松葉、砂浜、奥深い森の霧、すべての切り透かし、そしてハミングする虫たち、皆、この民の思いの中で、また体験の中で聖なるものなのです。木々をめぐる樹液は、赤い人の思いを運んでいます。

 だからワシントンの大統領様の、我々の土地を買いたい、という申し出は、我々にとってあまりに大きな要求です。我々が楽に暮らせる代替え地を用意する、と申されます。彼は我々の父となり、我々は彼の子供となるというわけなのでしょう。だから我々の土地を買いたいとのご希望は考えてみましょう。しかし、それは容易なことではありません。何故ならこの土地は我々にとって、聖なる土地だからなのです。

 小川や河に流れる輝く水は、ただの水ではなく、我々の祖先の血なのです。もしも我々がこの土地をあなた方に譲るとすれば、あなた方はあなた方の子供たちに、ここは聖なる土地であり、湖の清らかな水の一つ一つのかすかな照り返しは正に我々の民の生活の出来事と思い出を語っているのだということを必ず教えてやってください。

 水のささやきは私の父の父の声です。川は我々の兄弟であり、我々の渇きをいやしてくれます。川は我々のカヌーを運び、我々の子供たちを養います。もし我々のこの土地をあなた方に譲るとするなら、そのときあなた方は、川とは我々の、そしてあなた方の兄弟であり、どの強打意味の示すその親切を川にも示さねばならぬことを、必ず思い出してください。そしてそのことをあなた方の子供たちに必ず語り聞かせてください。

 白い人の死者は、星の間を歩き始めると、生まれ故郷を忘れます。我々の死者は決してこの美しい大地を忘れることがありません。何故ならそれは、赤き人々の母だからです。我々は大地の一部であり、大地は我々の一部です。香り高き花は我々の姉妹であり、鹿や馬や大きな鷲は我々の兄弟です。岩場の山頂、野原の霧、ポニーの温かい体、そして人間、皆、一つ同じ家族に属しています。

 今迄、赤き人々は、白人の侵攻の前にいつも退いてきました。丁度、山の霧が朝日の前から逃げるように。しかし、我々の祖先の遺骨は聖なるものであり、その墓地も、その丘も、その木々も、その土地も、我々にとって聖別されたものなのです。

 白い人は、我々の生き方を理解しない、ということは知っています。彼は夜やってくる異邦人のように、その土地から彼に必要なものを何でも取り上げます。土は彼の兄弟ではなく、敵なのです。そして征服が終わると次へと移ってゆくのです。彼は自分の祖先の墓も置き去りにします。気にもかけません。自分の子孫たちから土地を奪い取ります。気にもかけません。祖先たちの墓も子供たちの相続権も忘却の彼方に置き去ります。彼は母なる大地や兄弟なる空を、買い取ったりぶんどったりする物のように、また、売り渡す羊や輝く飾り玉のように扱います。彼の欲望は大地からすべてを奪い取り、後にはただ砂漠を残すだけでしょう。

 私には分かりません。我々の生き方はあなた方の生き方とは違うのです。白い人の都市の景観は、赤い人の目を痛めます。多分、赤い人が野蛮で、事情を理解しないからでしょう。白い人の都会には静寂な場所が一つもありません。

 春、木の葉の広がる音を聞き、虫の羽音に耳傾ける場所などありません。多分、私が野蛮人で、分からないからなのでしょう。そこでは騒々しい音だけが耳を侮辱しているように思われます。もし夜鷹の寂しい鳴き声や、夜の池の周辺の蛙の論争が聞こえないのなら、他に、人生にはどのような内容があるというのでしょうか?私は赤い人だから分からないのでしょうか。インディアンは、むしろ、池の上を走る風の優しい音や昼間の雨に清められたロッキー松の香りを運ぶ、その風そのものを大切にするのです。赤い人にとって大気はかけがえのない物です。だってすべての存在が、−動物も、木も、人間も− その同じ息吹を分かち合っているではありませんか。みんな同じ息吹を分かち合っているのですよ。白い人は自分の吸う大気に気づいていないように思われます。長い間死んでいる人のように、彼は、悪臭の気に無感覚です。

 しかし、もし我々が我々の土地を売るようになる場合も、あなた方は、大気が実にかけがえのないものであること、大気は、それが支えているすべての生き物と、大気の霊を分かち合っているのだということを決して忘れないでください。l我々の祖父に、その最初の息を与えた風は、彼の最後の吐息を受け取ります。そして風は、我々の子供たちに、その命の霊を与えねばなりません。もし我々の土地をあなた方に売るようになる場合、あなた方は、この土地を、白い人にとっても、野の花々の甘さを運ぶ風を味わいに行ける場所として区別し、聖なる土地として保ってください。

 我々の土地を買いたい、という申し出を考慮しますが、それを受諾する一つの条件を提示します。それは−白い人がこの土地の動物たちと、自分たちの兄弟として交わる−ということです。私は野蛮で、他の生き方を理解しません。私は牧草地で、千頭もの腐敗いている野牛を見ました。通りすがりの列車から、白人たちが射殺した野牛です。私は野蛮人です。我々がただ生命を支えるためにだけ殺す野牛よりなぜ煙りを吐く鉄の馬の方が大切であり得るのかわかりません。動物なしに人間とはなんなのでしょうか。すべての動物がこの地上から姿を消したら、人間たちも、霊の寂しさが大きすぎて死ぬでしょう。動物たちに起こることは、まもなく人間たちにも起こるのです。すべての存在は結び合っています。

 あなた方は、ご自分の子供たちに、足の下の大地は、我々の祖先たちの遺骨の灰であることを教えねばなりません。彼らが大地を尊ぶためです。子供たちに、地球は我々の親族の命で豊かになっているということを語り聞かせてください。我々が我々の子供たちに教えたこと、すなわち、大地は我々の母である、ということをあなた方の子供たちに教えてやってください。大地に降りかかることは、大地の子らの上に降りかかります。地上に唾を吐くことは自分自身に唾を吐くことです。我々は知っています。すべての存在は結び合っていることを。大地に降りかかることは何事であれ、大地の子らに降りかかります。人間が生命の織物を織ったのではありません。彼はただその織物の中の一本のより糸にしか過ぎません。彼が織物に対してすることは、自分自身に対してすることなのです。

 しかし、我々は、あなた方が、私どもの民に用意した指定地に行くようにという申し出を考えてみましょう。我々は別に、そこで平和に過ごしましょう。どこで残りの人生を送るかはたいした関心事ではありません。我々の子供たちは、彼らの父たちが敗北の中で卑下するのを見てきました。我々の戦士は恥を感じ、敗北の後、怠惰のうちに日を過ごし、その体は甘美な食物と強い飲み物に汚染されました。残りの日々をどこで過ごすかは大して重要なことではありません。残り少ない日々です。もう少しの時間、もう少しの冬が過ぎれば、かつてこの土地に生きていた大民族の子供たち、或いは、今、森の中で流浪している小民族の子供たちは一人の残らず消えるでしょう。今のあなた方のように、かつては力と希望に満ちていた人民の墓石への追悼はなくなるでしょう。しかし何故私は、我が民の過ぎ去りゆくのを嘆くのでしょうか?

 民族は人々から成り立っています。それ以上のことではありません。人間は、寄せては返す波のようなものです。
 友が友にするように、そのカミが共に歩き共に語る白人でさえ、共通の運命(さだめ)から逃れるわけにはゆきません。結局、私たちは兄弟たちかも知れません。あとでわかるでしょう。ただ一つのことを我々は知っています。白い人はいつの日か発見するかも知れません。

それは−我々のそれぞれの神は、同じ神だ−ということです。

我々の土地を所有することを欲しているように、そんな風にあなた方の神を所有しているとあなた方は今考えているかも知れませんが、そんなことは出来ません。彼は人間の神です。そして彼の憐れみは赤い人に対しても白い人に対しても平等です。この大地は神にとってかけがえのないものです。この大地を害することは、その創造者への軽蔑を積み重ねることです。白人もいずれ亡んでゆくでしょう。多分他のすべての民族たちよりも速やかに。寝床を汚染し続けるなら、或る晩、自分自身の屑留の中で窒息死するでしょう。しかし、あなた方が亡びるときは、明るく輝くでしょう。或る特別な目的のために、あなた方をこの土地に導き、この土地をそこの赤い人々とを支配させた、その神の手によって燃やされて。

 この運命は私共には神秘のヴェールの中にあります。何故って、野牛たちが全部射殺されたのも、野生の馬が飼い慣らされたのも、森のひそかな籠もり場に多くの人間の臭いが重く立ちこめるようになったのも、そして、爛熟した丘々が、おしゃべりのための多くの伝染で汚されたのも、我々には理解出来ない、からです。茂みは何処?もう消えた。鷲は何処?消えた。足の早いポニーや狩猟に別れを告げるということはどういうことなの?生きることの終わりで生き残ることの始め。
 
 我々の土地を買いたいという申し出を考慮してみます。若し我々が賛成するならば、それは、お約束になった代替え地を確保することを意味します。多分そこで残された短い日々を、望むように生きられるのでしょう。最後の赤い人が地上から消え、彼の記憶が、牧草地を通り過ぎる雲の陰のようになった時でも、あの浜辺や森たちは私の民の霊を保っていることでしょう。何故って、彼らは、生まれ出た赤子が母親の心臓の鼓動を愛するように、この大地を愛していたからです。

 だから、もし我々が我々の土地をあなた方に売るなら、我々がこの土地を愛したように愛してやってください。あなた方がそれを取り上げた時、そのままの土地の姿を心に刻んでください。すべての力を以て、すべての思いを以て、あなた方の子供たちのために、そのまま保存してください。そしてその土地を愛してください。

 
 ・・・・・・神が私共みんなを愛し給うように!


 ただ一つのことを我々は知っています。それは、我々の神は同じ神だという事を。大地は彼にとってかけがえのないものだということを。白人でさえ、共通の運命から除外されて降りません。とどのつまり、我々は兄弟でありうるのです。
今にわかるでしょう。

転載おわり  

  拍手はせず、拍手一覧を見る

コメント
 
01. 2011年2月22日 09:38:30: 1bI51T5To6
生まれ出た赤子が母親の心臓の鼓動を愛するように、この大地を愛していた

02. 2011年4月05日 11:07:29: K344MEznVk
父は空 母は大地

ワシントンの大首長へ、そして未来に生きるすべての兄弟たちへ


1854年アメリカの第14代大統領フランクリン・ピアスはインディアンたちの土地を買収し居留地をあたえると申し出た、1855年インディアンの首長シアトルはこの条約に署名。
これは シアトル首長が大統領に宛てた手紙である。

はるかな空は 涙をぬぐい
きょうは 美しく晴れた。
あしたは 雲が大地をおおうだろう。
けれど わたしの言葉は
星のように変わらない

ワシントンの大首長が
土地を買いたいと言ってきた。

どうしたら
空が買えるというのだろう。
そして 大地を。
わたしには わからない。
風の匂いや 水のきらめきを
あなたはいったい
どうやって買おうというのだろう。

すべて この地上にあるものは
わたしたちにとって 神聖なもの。
松の葉の いっぽん いっぽん
岸辺の砂の ひとつぶ ひとつぶ
深い森を満たす霧や
草原になびく草の葉
葉かげで羽音をたてる
虫の一匹一匹にいたるまで
すべては
わたしたちの遠い記憶のなかで
神聖に輝くもの。

わたしの体に 血がめぐるように
木々のなかを 樹液が流れている。
わたしは この大地の一部で
大地は わたし自身なのだ。

香りたつ花は わたしたちの姉妹。
熊や 鹿や 大鷲は
わたしたちの兄弟。
岩山のけわしさも
草原のみずみずしさも
子馬の体のぬくもりも
すべて おなじひとつの家族のもの。

川を流れるまぶしい水は
ただの水ではない。
それは 祖父の
そのまた祖父たちの血。
小川のせせらぎは 祖母の
そのまた祖母たちの声。
湖の水面にゆれる ほのかな影は
わたしたちの 遠い思い出を語る。

川は わたしたちの兄弟。
渇きをいやし カヌーを運び
子どもたちに
惜しげもなく食べ物をあたえる。
だから 白い人よ
どうか あなたの兄弟にするように
川に やさしくしてほしい。

空気は すばらしいもの
それは すべての生き物の命を支え
その命に 魂を吹きこむ。
生まれたばかりのわたしに
はじめての息を
あたえてくれた風は
死んでゆくわたしの
最後の吐息をうけいれる風。

だから白い人よ
どうか この大地と空気を
神聖なままに しておいてほしい。
草原の花々が甘く染めた
風の香りをかぐ場所として。

死んで 星々の間を歩くころになると
白い人は
自分が生まれた土地のことを
忘れてしまう。
けれど わたしたちは 死んだ後でも
この美しい土地のことを
決して忘れはしない。
わたしたちを生んでくれた 母なる大地を。
わたしが立っている この大地は
わたしの祖父や祖母たちの灰から
できている。 大地は
わたしたちの命によって 豊かなのだ。

それなのに 白い人は
母なる大地を 父なる空を
まるで 羊か 光るビーズ玉のように
売り買いしようとする。
大地をむさぼりつくし
後には 砂漠しか残さない。

白い人の町の景色は
わたしたちの目に痛い。
白い人の町の音は わたしたちの耳に痛い。

水面を駆けぬける 風の音や
雨が洗い清めた 空の匂い
松の香りに染まった
やわらかい闇のほうが
どんなにか いいだろう。
ヨタカの さみしげな鳴き声や
夜の池のほとりの カエルのおしゃべりを
聞くことができなかったら
人生にはいったい
どんな意味があるというのだろう。

わたしには わからない
白い人には なぜ
煙を吐いて走る 鉄の馬の方が
バッファローよりも 大切なのか。
わたしたちの 命をつなぐために
その命をくれる バッファローよりも。

わたしには あなたがたの望むものが
わからない。

バッファローが
殺しつくされてしまったら 野生の馬が
すべて飼いならされてしまったら
いったい どうなってしまうのだろう?
聖なる森の奥深くまで
人間の匂いがたちこめたとき
いったい なにが起こるのだろう?

獣たちが いなかったなら
人間たちは いったい何なのだろう?
獣たちが すべて消えてしまったら
深い魂のさみしさから
人間も死んでしまうだろう。

大地は わたしたちに
属しているのではない。
わたしたちが 大地に属しているのだ。

たおやかな丘の眺めが
電線で汚されるとき
藪は どうなるだろう?
もう ない。
鷲は どこにいるだろう?
もう いない。
足の速い子馬と
狩に別れを告げるのは
どんなにか つらいことだろう。
それは 命の歓びに満ちた
暮らしの終わり。
そして ただ 生きのびるためだけの
戦いがはじまる。

最後の赤き勇者が
荒野とともに消え去り
その記憶をとどめるものが
平原のうえを流れる
雲の影だけになったとき
岸辺は 残っているだろうか。
森は 繁っているだろうか。
わたしたちの魂の ひとかけらでも
まだ この土地に残っているだろうか。

ひとつだけ 確かなことは
どんな人間も 赤い人も 白い人も
わけることはできない ということ。
わたしたちは結局
おなじひとつの兄弟なのだ。

わたしが 大地の一部であるように
あなたも また この大地の一部なのだ。
大地が わたしたちにとって
かけがえがないように
あなたがたにとっても
かけがえのないものなのだ。

だから白い人よ。 わたしたちが
子どもたちに 伝えてきたように
あなたの子どもたちにも
伝えてほしい。
大地は わたしたちの母。
大地にふりかかることは すべて
わたしたち 大地の息子と娘たちにも
ふりかかるのだと。

あらゆるものが つながっている。
わたしたちが
この命の織り物を織ったのではない。
わたしたちは そのなかの
一本の糸にすぎないのだ。

生まれたばかりの赤ん坊が
母親の胸の鼓動を したうように
わたしたちは この大地をしたっている。
もし わたしたちが どうしても
ここを立ち去らなければ
ならないのだとしたら
どうか 白い人よ
わたしたちが 大切にしたように
この大地を 大切にしてほしい。

美しい大地の思い出を
受けとったときのままの姿で
心に 刻みつけておいてほしい。
そして あなたの子どもの
そのまた 子どもたちのために
この大地を守りつづけ
わたしたちが愛したように
愛してほしい。 いつまでも

どうか いつまでも。


「父は空 母は大地 インディアンからの手紙
FATHER SKY,MOTHER EARTH」


03. 清水義朝 2011年5月17日 11:57:07: Cc8lg/92wCyn6 : Vos4Btw12Y
私は前世がシャトル酋長であると、知り合いから告げられました。知り合いはシャトル酋長の妹だというのです。それは定かではないですが、この私にはインデアンの教えである事を理解し行動しています。
随分前の話ですが、私が初めて飛行機で北アメリカに行った時なぜだか初めての地はシアトルでした。随分後になって知った事ですが、シャトル酋長の名前がついているのだとわかりました。カールユングの世界では共時世とか言っていますが、まさに起こりました。我々に心がある事は大地に心があると言う事です。我々は自然ンの一部であり、我々は宇宙の塵と同じことなのです。

清水義朝


04. 清水義朝 2014年2月11日 10:13:38 : Cc8lg/92wCyn6 : Vos4Btw12Y
東京都の選挙があり、意外な結果となった。民主主義とは民意を反映させるとは言うものの、筆者は原発に普通の人より詳しく、静岡県でも西部までは大丈夫であるけれども、東部のお茶はフランスでセシュウムが見つかった。東京は住めない位置にあると思っている。国によつて平均的レベルの高い国は良いけれども、あのアメリカでさえうまくいっていない。日本は古来優秀な人たちにより運営されて来た、先の戦争で憲法もそうであるが、今の民主主義は日本では合わない。武士の血筋の人はごくわずかであるが故、理解出来ると思う、Yahooでこの文章を書いて投稿しようとしたら拒否された。民主主義とは変なフィルターがある事でもある。

  拍手はせず、拍手一覧を見る

この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます(表示まで20秒程度時間がかかります。)
★登録無しでコメント可能。今すぐ反映 通常 |動画・ツイッター等 |htmltag可(熟練者向)|(各説明

←ペンネーム新規登録ならチェック)
↓ペンネーム(なしでも可能。あったほうが良い)

↓パスワード(ペンネームに必須)

(ペンネームとパスワードは初回使用で記録、次回以降にチェック。パスワードはメモすべし。)
↓画像認証
( 上画像文字を入力)
ルール確認&失敗対策
画像の URL (任意):
 重複コメントは全部削除と投稿禁止設定  ずるいアクセスアップ手法は全削除と投稿禁止設定 削除対象コメントを見つけたら「管理人に報告」をお願いします。 最新投稿・コメント全文リスト
フォローアップ:

 

 次へ  前へ

▲このページのTOPへ      ★阿修羅♪ > よいモノ・よい話1掲示板

★阿修羅♪ http://www.asyura2.com/ since 1995
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。

     ▲このページのTOPへ      ★阿修羅♪ > よいモノ・よい話1掲示板

 
▲上へ       
★阿修羅♪  
この板投稿一覧