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日本の命運を左右する電力会社  村田光平(東海学園大学教授・元駐スイス大使)平成19年2月5日
http://www.asyura2.com/11/genpatu12/msg/727.html
投稿者 新世紀人 日時 2011 年 6 月 14 日 11:16:13: uj2zhYZWUUp16
 

日本の命運を左右する電力会社

平成19年2月5日

                   村田光平(東海学園大学教授・元駐スイス大使)

 現在、誰もが大きな時代の変化の到来を予感し、不安を強めております。経済至上主義は、リストラに見られる通り「人間排除」を生んでいます。
 今こそ人間復興を目指す文化の逆襲が必要とされます。この文化とは、揺らぎつつある戦後の政・官・財文化に取って代わる「地球市民文化」です。
 市民社会が支えることとなるこの新しい文化は、脱原発を含む地球の非核化を追求し、環境破壊に脅かされた地球を救うものとなりましょう。

核関連事業につきまとう「タブー」
 国民がこの目標に向かって歩み始めるには、大きな障害があります。それは、日本社会全体を覆う原子力のタブーです。これを破るものは不利益を被ることになる仕組みが存在するのです。このため国民は、原発の危険性について十分知らされないでおります。
 このタブーには、電力会社が深くかかわっていると指摘されています。
 今年の8月9日に発生した関西電力・美浜原発の死傷者を出した大事故は、「原発は絶対安全」としてきた原子力関係者に反省を迫るものです。これから国民は、例えば次のような原子力をめぐる異常性に目が覚めるものと思われます。このように明確な異常性に対し、見て見ぬふりをしている関係者の責任は重大です。

⑴ マグニチュード8を超える未曾有の巨大地震が予測されている東海地域のど真ん中に、中部電力の原発(浜岡原発)が存在すること。
⑵ 中央防災会議(会長・内閣総理大臣)は、東海巨大地震による被害予測の中で、最も懸念される浜岡原発の事故(原発震災)の可能性を全く無視していること。
⑶ 原発の建設や中間貯蔵施設の誘致を、隣接県・近隣県の参画のないまま一町長の実質的権限に委ねていること。
⑷ 青森県六ヶ所村の核燃料再処理工場(最悪の場合、原発一千基分の被害をもたらしうるとされている)で300余りの不正溶接が見つかったが、このズサン工事は単に監督強化で済ませることのできない体質の問題であるのに、結果的には不問に付されていること。
⑸ 40年として設計・建設されてきた原発の寿命を、限られた関係者のみの判断で60年に延長していること。

電力会社の無責任な体質
 このたびの美浜原発事故は、関電の管理体制が恐ろしい程ズサンであることを示しました。私は今年6月下旬に、関電が3600を上回る不正報告を行ったことを新聞報道で知り、衝撃を受けました。早速、政府関係者を始め、日本経団連、電気事業連合会等に対し、関電には原子力を扱う資格はなく、まして危険性の高いプルサーマル計画を実施することは論外である旨、訴えておりました。美浜原発事故は、その直後発生したのです。
 国民の安全を守るためには一切の妥協を排し、最も厳しい対応が求められることを改めて思い知らされました。
 このような立場からすれば、今年8月25日付の共同通信ニュース及び8月26日付の福島民報が報じた、東京電力のズサン極まりない管理体制には深刻な危機感を覚えます。東電は、8月18日に国と県に報告した配管点検状況の調査結果において1500を上回るミスを犯し、なおかつ、「点検漏れはないという結論に変わりはない」としていることが判明したのです。同社は、一昨年には「トラブル隠し」の不祥事を起こしており、また昨秋には圧力抑制室に1023個もの異物を放置していたことが報じられました。許されざる過ちを繰り返しているのに、自らの非を認めようとしないのです。
 このような事実は、東電の体質が関電と全く同じであることを示しています。しかし残念ながら、全国紙を始めマスコミは、このような重大な事実を、タブーの存在により大きく取り上げようとはしないのです。
 私は関電の場合同様、関係方面に東電に対し監察を行う必要性を訴えるとともに、東電のトップに対し記者会見で釈明するよう申し入れております。この際、徹底した対策を講じなければ、東電が管轄する17基の原発の安全は、到底確保しがたいと思われます。独占的公益企業である電力会社のあり方の見直しは急務の課題です。このような監察は全ての電力会社に対して実施する必要があります。
 原発推進をうたうエネルギー国策の中心的存在である電力会社の影響力は絶大です。国民の安全を脅かすものとなった原子力のタブーも、電力会社の協力なしには打破できません。日本の命運は、電力会社の手中にあると言っても過言ではありません。

世論は脱原発に動いている
 最も大切なことは、原発大事故がもたらす想像を絶する破局を未然に防ぐことです。
 現在、浜岡原発の運転停止を求める全国署名が進められております。この活動は、哲学者の梅原猛氏、京セラ名誉会長の稲盛和夫氏、田中康夫長野県知事などの賛同者(呼びかけ人)を得て、幅広い基盤の上に立った国民運動として盛り上がりつつあります。すでに25万人余りの署名を集め、来年3月には100万人を目指しています。
 世論がこうして脱原発への「雪崩現象」に向かうならば、マスコミも目覚めるはずです。原子力のタブーが打破されれば、国民は原発立地に関する財政的な「特典」などの罪深さを悟るでしょう。そして必ずや、原子力を推進するエネルギー国策の転換を求め、これを実現するものと信じて疑いません。
 皆様のご理解とご支援を、心よりお願い申し上げます。(以上)
村田光平氏 東海学園大学教授/(財)日本ナショナルトラスト(国土交通省所轄)評議員
京セラ顧問

サイト:http://homepage.mac.com/kurionet/murata.html
略歴:1938年東京生まれ。’61年東京大学法学部卒業、2年間外務省研修生としてフランスに留学。 分析課長、中近東第一課長、宮内庁御用掛、在アルジェリア公使、在仏公使、国連局審議官、公正取引委員会官房審議官、在セネガル大使、衆議院渉外部長96年より99年まで在スイス大使などを歴任。
現在、その広い世界的視野をもって、各種の国際会議に議長・パネリストなどとして参加。日本、そして世界に警鐘をならす活発な活動を行っている。特に近年は、被害の緊急性と規模を鑑み、浜岡原発の活動停止など核問題に。

著 書 「新しい文明の提唱−未来の世代へ捧げる−」(株)文芸社刊(2000年12月刊行) 氏の活動全体をおおまかにつかみ、また、あるべき社会の姿とそのもとになる新たな価値観を明示した書。現時点では「理想論」と言われることもあるが、こうした方向こそ、世界全体を救う道であることを明示。
・第一部 山積する問題・第二部 問題への取り組み・第三部 問題解決−新しい文明の創設へ
 「原子力と日本病」朝日新聞社刊(2002年6月刊行) 現在、急務の課題である「原子力」について主に取り上げた本である。原子力の取り返しのつかない危険性と、それにまつわる無数の欺瞞を明瞭に示唆。特に、地震国日本で54基もの原発が稼働していることの異常さと危険性を指摘し、「原発推進」を国策として掲げる政府に対し、元高級官僚である筆者が真っ向から異を唱えている。ほか、多くの環境問題をも取り上げ、それらの根本に「日本病」とでも称されるべき誤った価値観があることを述べ、その解決へ向けての価値観と具体的行動を記している。市民社会の一員として必読の書であるといえる。


 村田光平氏「最近の主な活動」

・自著送付−−約500冊−−歴代総理、現総理、主要閣僚、経団連会長・全副会長、電力会社9社トップ、原発立地県県知事、原子力 安全委員会委員長ほか
・原発不祥事に関連して、超党派による脱原発を訴える意見書を各党党首に提出(2002.9.30)
 ・論文掲載誌「月刊理戦70」11月号とともに、超党派による脱原発を訴える書簡を各党党首宛送付(2002.10.13)
小柴昌俊(ノーベル物理学賞受賞者)、長谷川晃(元米国別離学会プラズマ部会長)
二氏の意向を受け、「国際核融合実験装置(「ITER」)の誘致を見直すよう」との嘆願書を小泉純一郎内閣総理大臣宛提出(2003.3.10)「資料室」へ
  ・『講談&トーク チェルノブイリの祈り・未来への希望』講談師・神田香織さんとトーク・イベント(於/東海村文化センターホール・2003.5.18)
・京都大学学生主催の講演会にて「21世紀の指導者像」との講演を行う(2003年5.25)
・全国の各書店組合へ、核問題に関する書状を提出、意識向上と協力を要請(2003.6) 
・中部電力トップと会見(2003.7)
・日本経団連会長ほかに、浜岡原発・ITER誘致ほか内部情報を書面にて送付(2003.8.6)
    ・各マスコミ多数列席の元、記者会見、「原発震災の訓練をすべき」等を提言。朝日、静岡、中日新聞などに11日掲載、共同通信、時事通信配信(2003.9.10)
・全都道府県知事宛、脱原子力を訴える書簡を発出(2003.9)
    ・2ちゃんねる「浜岡原発をなんとかスレ」part2の213番に意見書き込み。関連して、小泉総理宛、書簡提出(2003.9.29)
・物理学者などの専門家へ、脱原発を訴える意見書を発出(2003.10.22)
・主要週刊誌編集長宛、核施設に関する問題提起と「浜岡原発を止める全国集会」の案内を発出(2003.10.28) 
・「浜岡原発を止める全国集会」(東海地震の前に浜岡原発を動かすな11.2全国集会)スピーチ(2003.11.2、静岡県浜岡町八千代公園) 
・日本経団連幹部数名と面談、核関連施設問題につき意見交換を行い、『脱原発への試案』を提出(2003.11.7) 
・原発問題を考える学習会「原子力と日本病」単独講演会を、あいちNPO交流プラザにて行う(2004.2.4)
・たまユネスコの企画・主宰により「原子力と日本病」単独講演会を行う(2004.2.21)
・緑丘会の企画・主宰により「新しい文明を求めて」単独講演会を行う(2004.2.28)
・全党党首宛、「浜岡原発対策チーム」の発足を提案。あわせて小論を発出(2004.3.18)
・尾崎行雄記念財団発行「世界と会議」4月号に論文を掲載(2004.4) 「文書室」へ
   ・出版社、新聞社、テレビ局など各マスコミの編集長・報道局長宛に、意見書および上記冊子(小論)を、計98通発出(2004.4.4)
   ・全国知事会会長・梶原拓氏、日本商工会議所会頭・山口信夫氏、経済同友会代表幹事・北城恪  太郎氏、連合会長・笹森清氏、日本経団連会長・奥田 碩氏、電気事業連合会会長・藤洋作氏、全電力会社(10社)社長宛、同意見書・同誌を発出(2004.4.5)
上記一連の文書発出により、政界指導者含め各界より返書・コメントが寄せられている。
 ・『原発震災を防ぐ全国署名』署名の呼びかけを、2ちゃんねるのスレッド二つと、映画「東京原発」のBBSに書き込む(2004.04.29)
 ・(財)日本ナショナルトラスト(国土交通省所轄/文化遺産・自然の景観等の保護を目的とする)評議員に就任(2004.5.25)

村田光平氏の 基本思想
−−現代世界は理想を失っている。民主主義の本来の目的であるべき「最大多数の最大幸福」は忘れられ、グローバリゼーションの進展する中で「最強者の最大幸福」が追求されるに至っている。現代の物質文明はどん欲に基づくものであり、このままでは人類と地球の将来をますます脅かすものとなる。また、新たな精神中心の文明を創設するために必要とされる新しい「知足経済学」のあり方と「文明の普遍的価値」について基本的考えを提示し文明観の対話のために具体的に発信することを願うものである。−−(論文「新しい文明の提唱--文明観の対話のために」より 抜粋、以下同様)
村田氏の現在の活動につながる基本思想は、アフリカ・セネガル(後に周辺4カ国も含む)の時代に築かれたと言っていいだろう。GDP的には極貧であるはずのそうした地域の人々が「幸福に」「豊かに」暮らすのを見、ルソーの「自然に帰れ」、ペスタロッチの「より質素な生活へ戻れ」といった方向への意識付けにとって決定的な体験であった。そして、化石燃料大量消費の時代から、エコエネルギー・精神の豊かさの時代へと志向性を強めたのである。
その後、スイスに赴任。スイスがソーラーエネルギーの先進国であることを知り、氏は数多くの計画を立案、援助。既にセネガル大使時代にも、ソーラーエネルギー開発・実現に対する日本政府の資金援助を勝ち取っている。
−−20世紀はいくつもの戦争と革命を経験し、大量の殺戮を招いたのみならず、地球環境を許し難いほど破壊した罪は大きい。また、未来の世代の利益を抹殺して繁栄を築くという罪をも犯している。こうした中で、地球と人類の将来に対して深刻な不安を持つ人の数は増えつつあり、行き先を絶望し、あきらめを隠さない人も指導者層の中に散見される。
 グローバリゼーションの名の下に押し寄せつつある新たな社会はエネルギーと天然資源を際限なく消費する社会であり、利潤を最優先に考え、躊躇なく労働者を回顧する熾烈な競争社会である。手段である経済成長が目的と化し、人間の幸福追求という本来の目的が忘れられている社会の如きである。−−
以上のような理念をもって、氏は現在、特にアメリカ合衆国におけるような自由資本主義経済に警鐘をならし、「GDP経済」(単に生産・消費の量のみによって数字で図られる経済)からの脱却を唱える。数少ない選民としての「勝者」が贅沢に生き残るような社会は、民主主義、人道の見地から言って、絶対に避けなければならない。求めるものは、最大多数の最大幸福である。
以上のような基本理念から、まず、最も短期間に、最も重大な、最も長期に渡る被害を起こしうる「原子力」(民事・軍事含む)に氏は反対し、再生可能エネルギーの開発を奨励している。 
−−新しい文明のあり方として(1)物質中心から精神中心へ、(2)どん欲から小欲知足へ、(3)利己主義から連帯へ、という三つの方向性が求められることが指摘できよう。以上をふまえ本稿は「倫理と連帯に基づき、環境と未来の世代の利益を尊重する新た文明の創設」を提唱する次第である。
 新しい文明は、上述の通り経済至上主義を生んだGDP経済学に取って代わる「知足経済科学」の導入を必要とする。また「文明の普遍的価値」の設定をも必要とする。−−
この思想を実現する具体的な施策については、著書をごらん頂きたい。なんにしても困難な道程には違いないが、可能性はあると考えられる。実現困難なことから目を背け、理念を忘れて行動することは愚かなことと思う。村田氏の言動は首尾一貫しており、また言動一致である。さまざまな観点からして、本サイトの運営者、協力者は、氏の言動を支持することを表明する。

●脱原発への試案● 平成15年11月  村田光平 http://homepage.mac.com/kurionet/murabunsho.html          

1 「国策」転換を必要とする理由

(1)浜岡原発の異常性
 マグニチュード8クラスの地震が予測される東海地域のど真ん中に、原子力発電所4基が建設され、さらに5基目が建設中という現実。地震学の権威である茂木清夫東大名誉教授および石橋克彦神戸大学教授は、すでに今年7月、札幌で開催された国際会議において、原発震災による未曾有の破局の可能性につき、重大な警告を発している。
(2)六ヶ所村の異常性
 六ヶ所村の下記のような動きは、青森県のみならず、日本全土にも影響を及ぼしうる重大な危険性をはらんでいる。
イ.再処理工場
 最悪の場合、原発1000基分、人間の想像をはるかに超えた事故となり、世界の人口の半分近くの犠牲者を生むと言われている六ヶ所村の再処理工場に、最近300ヶ所余りの不正溶接が発見され、ズサンな工事の実態が世間を驚かせている。当局による監視の強化で済まされる問題ではない。
ロ. ITER(国際熱核融合実験装置)
 六ヶ所村はITER(イーター)の誘致を決めているが、これに対しては、ノーベル物理学賞受賞者の小柴昌俊氏、およびマックスウェル賞受賞者の長谷川晃氏が、今年3月、連名で同装置が200万人を殺傷する可能性のあるトリチウムを使用することに言及しつつ、同誘致に絶対反対するとの嘆願書を、小泉総理宛に発出している。
(3)原発のズサンな管理体制
 管理体制のズサンさを示す事例には事欠かない。最近、新聞各紙は原発の圧力制御室に多数の異物が放置されていたことを報じている。10月26日付毎日新聞は、東京電力、中部電力、中国電力の三社11基に、合計610個の異物が見つかった旨伝えている。原発のトラブル発生件数も激増しており、2000年度は経済産業省および文部科学省関係合わせて55件であったものが、2002年度は経済産業省関係のみで102件を数える。このように老朽化が進んだ段階で東電の不祥事を契機として「維持基準」が導入されたことは、国の管理体制に信を置けないと言わざるをえない。

(4)巨大地震発生に伴う原発震災の可能性
 地震学者の多くは「大地動乱」の時代の到来を告げている。最近の東北地震は警戒地域ではない「空白地帯」が存在することを示すものであり、これにより「原発震災」発生の可能性は、日本中すべての原発について想定せざるを得なくなった。世界有数の地震国である狭い日本に、世界第三位という数の原発が存在すること自体、異常である。
(5)倫理と責任に欠ける原子力
「原発大事故の発生はない」という根拠なき大前提により、地震の被害予測において原発を完全に無視しているのは無責任の極みと言える。旧ソ連はチェルノブイリ事故に際しては事故鎮圧のため90万人近くの人員を動員したが、日本にはそうした対策は存在しない。スウェーデンは事故を想定し、16歳以上の国民の協力義務を立法化している。
 また、原発は正常に運転されている時も、原発での労働者や周辺の住民に放射能による被害を与えている。日本では、1970年から2000年までの31年間に、延べ140万人を超える被曝労働者を出している。その中には、帰国した外国人労働者は含まれていない。
 人類は未だに核廃棄物の処理方法を見出しておらず、恒久的に有毒な物を後世に残すことは倫理の根本に反する。劣化ウランの武器への転用・大量使用と小型原爆の実用化に対して、日本は非難の声をあげるべきである。唯一の被爆国として、日本は民事・軍事を問わない地球の非核化を世界に訴える責任と義務を有すると考える。
2 脱原発へ向けての具体的方策

(1)「三方一両損」の方式による脱原発のヴィジョンを打ち出すこと(一両の損)→(大きな利益)
  ・企業脱原発に伴う経済的損失→日本経済の壊滅的打撃の防止・国・企業に対する補償→回復不能な未曾有の大災害発生から逃れる
・国民電気料金の値上げ等、物質的不便→命・健康の損失等を防ぐ
(2)原子力関係組織の抜本的改組チェルノブイリ事故以来21基もの原発の建設を許した責任は重大である。
(3)独占的公益企業である電力会社のあり方の見直し 特に資金使途の管理強化
(4)核燃料サイクル政策の見直しに関する国会審議 数十兆円規模の経費が見込まれる同政策は国会審議を経ていない
(5)原発建設および中間貯蔵施設に関する近隣県の決定参画の立法化 町長の権限見直し
(6)エネルギー供給構造の抜本的再検討 新エネルギーや省エネルギー技術の開発、多消費型ライフスタイルの改革

●浜岡原発の運転停止を求める全国集会における発言●(2003.11.2)
1.私の立場
 みなさん、こんにちは。村田です。みなさんの心がけがいいから、このようなすばらしい天気に恵まれました。まず冒頭、日頃この浜岡の原発の問題で大変なエネルギーを注いでおられる皆様に心から敬意を表させていただきます。初めてお目にかかる方も多いと思いますので、私がどういう立場から他のこの原子力の問題に取り組んでいるか、そこから話に入らせていただきます。
 私は、スイスで未来の世代の代表を名乗っておりました。初めは冗談で言っておりましたが、スイス国民から激励を受けまして、今では真面目に未来の世代の代表と称しております。その時に気が付くのが、今の世代はどんなに罪深いことをしているかと云うことです。未来の世代に属する天然資源を乱用して繁栄を築いてる。そして永久に有毒な廃棄物をどんどん垂れ流してる。更に巨大な財政的つけを未来の世代に回している。これは大変罪深いことであります。そして私はこの罪深い世代で最も罪深いことは、原子力を使ってることだと思います。この負の資産を取り除くということが、現世代に与えられた責務であると考えているわけであります。私は長い間、外交官として政府、国、そして国民を代表する立場にありました。そういうことで私の役割は、政策を決定するのは政府でありますので、市民社会と政府の協力関係を深めること、そして市民社会と政府の間の橋渡しを行うことにあると考え、その心がけで活動を続けているわけであります。

2.「国策」の転換を必要とする理由
 今日は、みなさまにこれからの具体的な解決案というものを、私なりに考えてきたことを最後にご披露したいと考えております。私は、物事を逆算します。まず今の政策がこのまま続けば必ず破局が訪れる。しかし日本国民は必ずその破局を避けるであろう。その場合に大前提となるのは今の国策となっている原子力政策の転換であります。それではその政策の転換を果たすにはどうしたらいいか。これは世論の喚起しかない! みなさまが代表される世論の喚起しかない。そして世論の喚起に決め手となるのはマスコミであります。マスコミが動くにはタブーを破ることが大前提となるわけであります。そういうことで、今日のお話の中では私が取り組んでいるタブー破りにつきましても触れさせていただきたいと思っております。
 私は無限の楽観主義に基づいて活動しております。それは何故か? 私は一つの哲学を持っております。それは「善き思い天が助ける」という哲学であります。そして天の摂理ということも信じております。天の摂理というと、大学で教授をやってる者が非科学的だというふうに思われるかも知れませんが、文明の歴史を勉強すれば、いわゆる超合理的なところに真理があることに気が付きます。歴史は天の摂理が存在することを立証しています。日本国民は平家物語の「盛者必衰の理」という言葉で、素直にそのことを信じられるわけでありまして、そういう意味では学問、科学を乗り越えた天の摂理というものがあるということで、私はみなさんの運動の成果につきましては極めて楽観しているわけであります。
 それからもう一つ、私の支えとなっている先哲の言葉があります。それは「全ての人を短期間だますことは可能かも知れない。それから一部の人間を永遠にだますことも可能かも知れない。しかし全ての人間をいつまでもだますことは不可能である」と云うことです。原子力につきまして、また核融合につきまして、安全性については真っ赤なウソがある。日本国民は必ずこれに目覚める。そのように確信しておりまして、そこが私の楽観主義の源泉であります。私は今日、みなさんの熱気に支えられながら、今日の全国集会を手始めとしまして、力強く国策の転換を国民の皆様に訴えていきたいと思っております。そして浜岡がその突破口になるわけであります。
 なぜ私がこの国策は旗を降ろさなければならないと言うのか。これを言うのは私の立場としては非常に辛いものがあったわけでございますが、今はその覚悟ができております。私が思い出しますのは吉田茂元総理が軍部に反対し、戦争政策に反対して牢屋に入れられたことです。しかし彼の反対した国策は正に日本を破局に導いたわけであります。今原子力政策は破局を招きかねないということで、正に昔の軍部の政策と同じような面があるわけであります。これまでは、どのような事故が起きても国策は堅持されております。またその国策を口実に、国策に反対するものは町からでていけと言うような町長さんもいると聞いております。後ほど申し述べますが、このような現在の体制は見直さなければならないと
確信しております。

1)浜岡原発の異常性
 国策を変えなければならない理由として、私は今日、五つの点を挙げます。まず第一は浜岡原発です。国策がいかに国民の生命を脅かす存在になって、国策の名前に値しないかということを示す第一の事例が浜岡原発であります。昨年5月、私は6名の方々と一緒に浜岡原発を止める声明を出しました。その直後に検査を終え運転を再開した2号機が水漏れを起こしてしまいまして、私はそのとき確信を持ちました。やはり専門家よりも市民の直観のほうが正しいことを確認できたわけであります。これからは専門家よりも市民の時代であり、技術よりも市民の直観がより重要であるという考えを、私はそこで強固なものにしたわけであります。
 この浜岡につきましては、今年の7月札幌で開かれました国際会議で、予知連の会長を10年余りも務められた茂木清夫先生、それから神戸大学の石橋克彦先生、お二人が非常に強い警告を出されましたことは、みなさんがご存じの通りであります。石橋先生は、首都圏から2000万から3000万の避難民がでるとまで言われました。そして茂木先生は必ず地震には、起こってみなければ分からないことがあり、それを安全だというのは学者の慢心であるという趣旨のことも言われております。そしてもう一つ、耐震設計の審査指針はマグニチュード6・5までしか考慮にしていないのです。今予測されるのはマグニチュード8以上のものです。地震に対する措置は失格であるということはもう明白なわけであります。特に、石橋先生が指摘されていることですが、東海大地震は直下型地震でもあるということに対する配慮が全然ないということは、決定的な点だと思われます。

2)六ヶ所村の異常性
(イ)再処理工場
 2番目は六ヶ所村です。青森県六ヶ所村。ここでみなさんご存じの通り再処理工場が作られようとしております。私は浜岡と六ヶ所村は世界を壊す可能性があるということを、私の本の中で書いております。再処理工場は最悪の場合、原発一千機分の天文学的な事故を起こすということを、広瀬隆さんが本で書かれております。世界の人口の半分が犠牲になると。そこには広島原発100万発分の死の灰を集める計画である。その再処理工場のずさん工事は目に余ります。最近、なんと300余りの不正溶接がみつかったということであります。
 私はよく言うのでありますが、六ヶ所村の再処理工場は放射能を含んだ配管が総計で1500キロメートル。そして一つですら問題の多い溶接箇所がなんと40万カ所もある。そのようなものの安全を長期に確保できるという専門家が現れれば、私はその人の責任感を問いたいと思います。市民の直観で長期にそのようなものの安全を確保することは不可能であると断言できると私は確信しているわけであります。
(ロ)国際熱核融合実験装置(ITER)
 六ヶ所村にはもう一つ大変残念なことがあります。六ヶ所村が熱核融合実験装置(ITER)の誘致を決めていることであります。この核融合につきましては、私がスイスにいる頃、ドイツの元原子力研究所所長のクラウゼ博士から、いかにこれが危険であるかを聞いておりました。従いまして私は昨年6月出版しました『原子力と日本病』の中で、二人の学者の意見を引用しました。一人は小柴先生です。その後ノーベル賞をとられました小柴先生。もう一人はマクスウェル賞をとられた長谷川晃先生。このお二人の意見を引用したわけです。そういう経緯がありましたので、このお二人が嘆願書を書かれることになりまして、私はその転達役を仰せつかりました。
 トリチウムという大変危険なものがあります。その実験装置では2キログラムを使います。これは200万人殺傷する可能性がある。そして廃棄物は4万トン。これが残るわけであります。そして中性子による環境破壊。放射能による地下水汚染。こういったものが予見される。そういうことで小柴先生と長谷川晃先生は絶対反対であるという嘆願書を出されたわけです。しかしながら今日にいたるも政府の立場には変更が見られません。しかし私は大学で学生の意見を聞きますと、小柴先生が絶対反対とするものを進めるというのは、どのようないかがわしい理由があるのだろうということをみんな言います。みなさんもこの問題にぜひご関心を寄せていただきたいと思っております。

3)原発のズサンな管理体制
 3番目に挙げたいのが、原発の管理のずさんさであります。それから老朽化であります。この管理のずさんさにつきましては、東電の不祥事でも明らかになりましたし、最近、ある意味ではタブー破り的に日本経済新聞が、福島原発で圧力抑制室から40余りの異物が見つかったという記事を大きく出しました。その後朝日新聞が267まで辿りました。そうしましたところ今度は10月26日付毎日新聞が中国電力・中部電力・東京電力三社合わせて11基で610の異物が見つかったと報じました。作業靴からスパナまで、もう開いた口がふさがりません。なおさらにびっくりしたのが、そういう事態を前に電力会社は安全性には問題ないと言ったことであります。この感覚の麻痺は恐ろしいことだと思われます。
 私は一年前に出した本で、原発のトラブルの数がどれだけあるのか一覧表を載せました。そこは文部科学省と経済産業省の所管する原子力関係施設で55件が2000年に見られたわけです。それでも大変なことだと、私は本に書いたわけです。ところが2002年の数字が今年の4月に経済産業省から発表されました。その数字の中には文部科学省関係は含まれておりません。その数が102件でありました。これは老朽化を具体的に示すものとして、深刻に受け止めねばなりません。そういう中で、東電の不祥事件を契機に「維持基準」が導入されて、今後5年はたくさんのひび割れを抱えた原発の運転が許されることになりましたが、これを私は非常に危険だと受け止めております。ドイツでは、ひび割れがあったビルガッセン原発を廃止しました。このドイツの考え方と日本の考え方との違い、これは私は大変深刻な違いだと考えております。

4)倫理と責任に欠ける原子力
 それから4番目に、私は原発の存在そのものが倫理と責任に欠けると考えます。私は昨年『理戦』という雑誌に「倫理と責任に欠ける原子力」というテーマで小論を書きました。皆さんよくご存じですが、原発は存在するだけで煙突から放射能が出て周辺に被爆の害を与えている。これはいろいろな本が書いております。
 それから被爆労働の問題があります。私はその小論の中で、1970年〜2000年までの31年間に延べ人数140万人の被爆労働者が出たということを書きました。しかもその中にはアジア・アフリカなどから来て短期働き、そのまま本国に帰ってしまっている人々の数は含まれておりません。これは何と罪深いことであるかと、私はその中で書きました。
 それから無責任さです。要するにチェルノブイリの時には90万人近くを動員して事故の鎮圧に当たらせたわけですが、日本では大事故は起こらないとの根拠のない前提により、その対策も考えない。すべて民間の会社に委ねるのです。これほど無責任なことはない、と私は嘆いております。
 皆さん、スウェーデンではどのような措置をとっているかご存じですか。16歳以上の国民は事故が起きた場合には協力する義務がある、ということを立法化しております。私はこの立法化措置を日本で進めれば、国民はそんな危険なエネルギーを使用するべきではないという結論に達すると信じております。しかし日本ではそういうことを一切取り上げようとしないのです。

5)「大地動乱」の時代
 5番目には、この浜岡とも関連しますが、最近石橋先生が強調されている「大地動乱の時代」の到来と巨大地震が迫りつつあるという事実であります。これは浜岡のみならず日本で今運転されている52基全部に、原発震災の可能性があるということです。最近の東北地震が「空白地域」というものの存在を如実に示したということから、ますますその懸念が深まっているのです。

 以上5つ理由を挙げました。このように、わが国の原子力政策は、もう国策の名に値しないことは明白であります。そして国策の旗を降ろさないと、私は電力会社だけを責めても脱原発はなかなか実現しないのではないか、そのように考えております。

3.「欠陥原発」に関する情報
 それから皆さん。ここでひとつ重要な情報を改めて紹介いたします。それは原発の核心部分である圧力容器に、ひび割れがあるものが10基以上運転されているという情報が存在するということであります。これは1973年に欧米で大問題になったものであります。その製法によりますと、毛状の亀裂が無数生ずる、ということであります。そして圧力容器のその部分は、中性子によって鉄が劣化しておりますから、緊急炉心冷却装置が作動すると、240度の温度差によって鉄がパリンと割れてしまう、という実験結果が、アメリカのオークリッジ研究所に存在するというものであります。この情報はタブーのためかなかなか日の目を見なかったのですが、1年くらいたって今年8月初旬にようやく表沙汰になりました。しかし今日に至るも未だ、関係方面からの説明責任は果たされておりません。
 私は2週間ほど前、梶原拓全国知事会長に書簡を送りまして、国が説明責任を果たすよう、そして「欠陥原発」の安全の確認をするよう国に申し入れて欲しいと要請致しました。その書簡の中で同時に私は2点取り上げました。ひとつは地震の被害予測に原発の「げ」の字も入れていない、この責任放棄を是正するよう、国に申し入れるということであります。
 私はタブー、タブーとよく言いますが、それが最も見事に立証されるのは、地震被害予測で原発を完全に無視しているという点でありまして、これは到底許されないことであります。
 それからもうひとつは原発関係施設が及ぼす影響は、大変広い地域にわたるわけです。少なくとも関係県、近隣県を決定の参画に関与させなければならないわけです。ところが今、原発の建設や中間貯蔵施設の誘致を1町長の実質的権限に委ねている。これは到底国民が受け容れ得るものではなく、町長の権限を見直す法改正を国に申し入れて欲しいということです。
 この3つ、私はいずれも正論であると確信しますが、今のところ、全国知事会がどういうアプローチをとってくれるか見守っているところであります。私はこの3点につきましてはすでに国の方にもコピーを回しております。本来は国が率先してとるべき措置だと思っておりますが、こういった正論をこれから実施するように求めていきたいと考えております。

4.タブー破りの成果
 私はこの夏、「欠陥原発」に関する上述の情報を伝え、政策転換を訴える書簡を1000通くらい発出しました。お蔭で3sくらいスリムになりました。その中には小泉総理以下関係閣僚、国会、最高裁判所、日本経団連、経済同友会、マスコミ、政界、官界、学会、連合、市民グループなど各界の有力者が含まれております。その成果でしょうか、去る9月、私は静岡県庁で記者会見を求められました。そしてその結果が、これもタブー破りで私が原発震災の防災訓練を訴えるというかたちで写真入りで『中日新聞』に報道されました。その他、『静岡新聞』『朝日新聞』も報道してくれました。タブー破りの成果が少しずつ現れております。私の書簡はあちこちで転載され、また一部の雑誌や新聞にも全文が掲載されました。
 それから私は全国5万の会員を抱える日本青年会議所から講演依頼を受けまして、9月20日に講演し、全国から集まった評議員、役員の前で話すことができましたのは幸いでした。日本経団連にも私は来週話し合いに呼ばれております。それから先週ですが大変注目すべき記事が出ました。それは10月27日付『名古屋タイムズ』に「名古屋は居住禁止」と大きく出たのです。それは何かと思いましたら、京都産業大学の朴講師が、福井県の大飯原発が事故を起こした場合の50年にわたっての被害総額が最悪の場合460兆円。国の予算の10年分です。そして40万人が死亡、というような、大変ショッキングな記事が出ました。『中日新聞』もこれを書いておりました。これは大変注目される記事だと思います。これが新聞に出たということも、私はタブー破りのひとつの兆候ではないかと考えているわけであります。

5.脱原発への試案
 さて最後に、今日私が冒頭に申しました具体案について、説明致します。皆さんお若いので説明しますが、大岡越前守という名奉行が日本におりまして(笑)、「三方一両損」という解決方式でよく知られております。要するに大工さんが3両入った財布を落として左官屋さんがそれを拾って、どっちも受け取らないということで大岡越前の守が1両自分から出して、4両にして2両ずつ2人で等分させたという「三方一両損」ですね。私は日本の原発はこの「三方一両損」で具体的歩みを始めるべきであると思います。
 まず企業としては、脱原発により経済的損失を被るわけです。国が補償しなければ会社はつぶれてしまうと思います。ですから皆さんがいくら強く迫っても、企業が自分から自殺行為には出られない面があると思います。国も国策を転換する。そして企業に対してある程度の補償をしなければならない。ヨーロッパでは産業界と国が交渉して脱原発を歩んでいるわけです。それから国民ですが、国民はやはりこのエネルギー多消費型の市民生活を改める。もう過度な贅沢はある程度あきらめる。それから若干の電気料金の値上げには応じる。こういった3方が痛みを分かち合って、脱原発を達成していくという、具体的なビジョンを打ち出すことが必要だと言うことで、私はこの「三方一両損」による脱原発というものを、私の具体的提案として皆様にお伝えする次第です。
 そして中間措置として、私は3つの措置が必要だと考えております。
 1つは原子力関係組織の抜本的改組であります。チェルノブイリ以降、原発の建設を世界はどこも認めていない。それなのに日本だけが21基も認めている。これを許した組織の責任は重大だと私は思います。それから2番目、電力会社は公益事業であります。その電力会社のあり方の見直しです。特に巨大な資金の管理の強化が必要だと私は確信しております。皆さんご存じのように、住民の直感で破局の種だと感じたものを、カネをばらまいてその破局の種を植え付ける、これは罪深いことだと私は確信しております。
 それから3番目であります。これは先ほどの六ヶ所村の再処理工場とも関係するわけでありますが、核燃料サイクル政策は国会で審議されていないのです。今、八方塞がりの核燃料サイクル政策の見直しについて、国会で審議をすること。これを私は提案したいと考えているわけであります。

6.結論
 最後に私の理念の一端をご披露したいと思います。私は日本は地球の非核化を世界に訴える義務と責任があると考えております。地球の非核化、そのポイントは軍事利用と民事利用を分けない、区別しない地球の非核化であります。いろいろ平和運動や反核運動がありますが、核軍縮だけでは魂が入っておりません。北朝鮮、イラン等々、原発は核開発の拡散の元になっている、ということがもう天下に示されております。原発の廃止を含む地球の非核化、これが必要なわけであります。これを世界に伝えるべきは、放射能災害を体験し理解している唯一の被爆国たる日本をおいて無いわけであります。私の「日本病」という言葉を先ほどご紹介頂きましたが、今「日本病」は世界病になっております。劣化ウランの使用などはとんでもないことです。また小型原爆の実用化の動きが報ぜられておりますけれども、なぜこれにたいして轟々たる非難が出ないのでしょうか。とんでもないことだと考えております。
 私は理想を取り戻すことが、今最も世界で必要とされていることだと思います。ましてや日本においてをや、であります。そして私は今回のこの集会をきっかけとしまして、国策転換のきっかけとなる世論の喚起を図るために、全国の国民の皆様にできるだけ幅広く働きかけるよう、是非皆様のお力をお借りして努力していきたいと考えております。
 本日、ここで取り上げた深刻な問題の存在を承知しておりながら、見て見ぬ振りをすることはもはや許されないと信じます。私はこの原発、原子力の問題というものは、いつの日か指導者の資格を問うリトマス試験紙になると考えております。
 最後に、冒頭申しました「善き想い天が助ける」という確信の下に、未来を楽観しながら全方位の発信を続けてまいりたいと思います。どうもありがとうございました。


●「世界と議会」2004年4月号掲載●東海学園大学教授  村田光平(元駐スイス大使)
新しい文明を求めて−−人間復興をめざす文化の逆襲

はじめに
 現在、世界は理想を失い、誰もが大きな時代の変化の到来を予感し不安を強めている。民主主義の本来の目的であるべき「最大多数の最大幸福」は忘れられ、グローバリゼーションの進展する中で「最強者の最大幸福」が追求されるに至っている。貪欲とGDP信仰に基づく現在の石油文明は、「倫理観」「責任感」及び「正義感」という“三カンの欠如”からなる「世界病」とも言える状態を生むに到っている。激しさを増すテロにせよ、これに対処するための戦争にせよ、放射能兵器とされる非情な劣化ウラン弾の使用にせよ、この「世界病」の症状であり、その「根治」なくして世界の平和は望みがたい。
 イラク戦争及び北朝鮮危機に直面する今こそ、「石油文明から決別する新しい文明の創設」と、唯一の被曝国として追求すべき「地球の非核化」を世界に訴える好機であり、この理想を掲げることは、「根治」へ向けて第一歩となるべきものである。

1 現状と背景
 グローバリゼーションの名の下に押し寄せている現在の社会は、エネルギーと天然資源を際限なく消費するものである。利潤を最優先に考え、躊躇なく労働者を解雇する熾烈な競争社会であり、手段である経済成長が目的と化し、人間の幸福追求という本来の目的が忘れられている社会の如きである。企業においては、競争力強化という大義名分によりその社会的責任の放棄が正当化され、リストラによる失業者の増大は深刻な社会問題となっている。フランスの作家、ヴィヴィアンヌ・フォレステル女史の指摘するように、人間が搾取の対象どころか排除の対象になりつつある。
 このような現状を生んだ要因として、筆者は「倫理の欠如」「真の指導者の欠如」「GDP経済学の責任」の三つを指摘したい。

・倫理の欠如
 近代社会は、未来の世代に属する天然資源を濫用し繁栄を築き、半永久的に有害な廃棄物、膨大な債務という負の遺産を未来の世代に残す仕組みになっている。社会システムとして利己主義に陥っており、倫理の根本に反していることを認識する必要がある。倫理観の欠如は責任感及び正義感の欠如をも招いており、これが地球人類の将来を懸念させる大きな原因となっている。後日にツケを残すことを忌み嫌う日本の本来の文化に反して、後世にツケを残す原子力政策はその表れであり、もはや「国策」に値しないことは自明である。

・真の指導者(グローバル・ブレイン)の欠如
 先進工業国は、世界の三分の一以上の人口を占める中国とインドを含む途上国に対し、環境と未来の世代を犠牲にする従来型の工業化を今なお推奨している。例えば自動車の普及振りは環境にとって大きな脅威となっている。しかし指導者の誰一人、必要な改革をもたらそうと真剣に努力していない。このことは人類と地球の将来に責任を持つ「グローバル・ブレイン」ともいうべき真の指導者の欠如を示すものと言える。知性のみならず感性を備えた真の指導者を各界に幅広く育成することが必要である。

・GDP経済学の責任
 GDP信仰と経済至上主義を生んだGDP経済学は、本来資本として保全を要する天然資源を「所得」と見なすという大きな過ちを犯している。経済成長が環境破壊をもたらす原因はここに存する。しかもGDP経済学は文化、伝統、家族、社会正義といった計量化し得ず、貨幣に換算できない大切なものを全て無視している。このようにして人間の本性に潜む貪欲が煽られ、世界各国の関心事が経済成長に寄せられる結果を招いている。ガンジーが「地球は人類の生存に必要なものは満たし得るが、各人の貪欲は満たしえない」と正しく述べていることが想起される。
 岩井克人東大教授は「経済学は未来の世代を完全に無視している。未だ存在しない人の利益を代表するには最も高度の倫理が必要とされるが、倫理は世界で最も枯渇した資源である」との趣旨を述べている。
2 新しい文明の姿
 上記のような弊害を是正するためには、「新しい文明」の創設が不可欠となる。そのあり方として、・物質中心から精神中心へ ・貪欲から小欲知足へ ・利己主義から連帯へ、という三つの方向性を求められることが指摘できよう。本稿は「倫理と連帯に基づき、環境と未来の世代の利益を尊重する新たな文明の創設」を提唱する次第である。
 新しい文明は、経済至上主義を生んだGDP経済学にとって代わる「知足経済学」の導入を必要とする。幸福は富を欲望で割る数式で表され、富の有限性は小欲知足が幸福感を高める唯一の道であることを示すものである。これらは筆者の持論であるが、昨今日本の政治家にも同様の発言を見るようになってきた。小泉総理は「足るを知ることが大事」と仏教の「小欲知足」の考えを自らの幸福観として国会で述べた(本年一月二四日)。また民主党の小沢一郎氏は「功利・物質万能主義」の文明の見直しを主張している。政界トップ層がこうした発言をするようになってきたことは注目に値する。ガルブレイス・ハーバード大学名誉教授も、日本が成長至上主義に代わる「幸福」の新しいモデルを世界に示すよう呼びかけている。
 以下に、これからの時代のあるべき姿を主要項目ごとに略述したい。

・教育
 知性偏重を改め知性と感性のバランスを図ることが必要である。チャップリンは映画『独裁者』の中で「我々は考えすぎて感ずることが余りにも少ない。我々が必要としているのは利口さよりも思いやりと優しさである」と説いている。人類の危機に対応するために必要な正義感、責任感、倫理観はいずれも感性が育むものである。感性教育により人類の知恵を収めた右脳を開発し、滅亡の危機に直面する人類の危機を克服するのに必要な知識と判断能力を提供しなくてはならない。ビジョンと志を有する指導者を各界に育成する必要性を強く訴えたい。

・科学技術
 近代化を支えてきた合理主義一辺倒の科学技術の限界が認識されるに至っている。自然を支配しようとする人間の傲慢を生み、魂を忘れかねないことを示した科学技術は、道徳的方向付けを必要としている。例えば効率を求めるにしても、人的資源を活用し、天然資源の節約を図る効率を選び、人間を不要な存在にして天然資源を濫用する効率を排しなければならない。最近、わが国のノーベル賞受賞者小柴昌俊氏及びマックスウェル賞受賞者長谷川晃氏が「絶対に反対」だとする危険なプロジェクト・ITER(国際熱核融合実験装置)を国際的に進めようとする動きが存在するが、内外の市民グループから反省を求められている。

・文化と文化交流
 異文化・異文明の共存、文化と文明を決定的に性格づける諸宗教の共存が、今後の世界において大きな課題となっている。そのために文化間・文明間及び宗教間の相互理解を増進することが求められるが、文化交流はその決め手となる。人間の幸福は文化なしには考えられない。文化は基本的な倫理価値を増進し得るものであり、文明の見直しに重要な役割を演ずるであろう。また文化交流は寛容の精神を生むものであり、世界が必要としている連帯を生むために不可欠なものである。文化と文化交流を重視することは経済至上主義に対するカウンター・バランスとなり得よう。グローバリゼーションが人間を排除する動きを強める中で、内橋克人氏の説く「人間復興」をめざして文化の逆襲が早晩始まろう。

・経済の地位
 グローバリゼーションに端的に現れている経済至上主義は、是正されなければならない。経済至上主義の結果、国民の幸福という目的が忘れられ、手段であるはずの経済成長が目的となってしまっている。大都市に見られる過剰開発や原子力問題はこれを象徴しており、現状は厳しい反省を迫っている。競争社会では人間はコストを高める有害物であると見なされる。人間の能力を相互に高め合う協力社会への転換を図るべきである。経済界の指導層には、与えられた影響力に見合った役割を果たす責任がある。

・エネルギー
 エネルギーは環境問題の中心的課題である。省エネ、ライフスタイルの改革などによりエネルギー消費の削減を心がけ、太陽エネルギーや風力など、自然エネルギーを中心としたシステムに改めていくべきである。水素と酸素を結合させる燃料電池は、原発を早晩不要とする究極のエネルギーとなり得よう。地球環境を守る上で最も大切なものは「太陽エネルギーによって与えられる再生可能な賜の限度内で生活する」という心構えである。

3 地球の非核化
 北朝鮮の核問題は、原子力の民事利用としての原発が、核拡散を可能にしていることを改めて天下に示している。核技術が本来「民事」と「軍事」に分離し得ない一体のものであるという基本的事実をことさら無視していることに、全ての問題は由来しているのである。
 また二〇〇一年九月の同時多発テロは、原発の存在そのものを安全保障上の最大の脅威とする結果を招いている。日本は唯一の被爆国として放射能被害の恐ろしさを体験しており、今後国内においては、ドイツ、イタリア等を見習い脱原発へのビィジョンを示し、世界に向けては地球の非核化を訴える義務と責任を有するのである。
 日本は世界有数の地震国でありながら、世界第三位の原発大国である。類を見ない規模の大地震が予測されている東海地方、そのど真ん中に存在する四基の浜岡原発への対応は、日本の統治能力を問うている。いったん起こってしまえば鎮圧不可能で何百何千万人に被害を及ぼし、幾世代にも亘る大災害となりうる「原発震災」は、日本にとり現実の脅威となっている。
 大事故発生に対する処理体制を欠くままに国策として推進され、国民の安全を脅かすに到っている原子力政策の転換は、新しい文明の創設の大前提として早急に実現することが求められる。そのためには、タブーが存在するため、政府はもちろん、メディアも原子力の危険性を十分国民に知らせていない現状を改めることが急務となっている。

4 求められる具体的行動
 新しい文明の創設に向けて、政府・企業・マスコミ及び個人の各レベルで具体的に如何なる行動を取るべきかについて考えたい。

・政府レベル
 従来型の工業化から、自然と環境に十分配慮した「循環型社会」への方向転換を図ることが不可欠である。企業も消費者もその行動を変革するよう、政府は啓発活動を積極的に行う必要がある。また政府は、このような方向に沿った税制その他の措置を導入していくことが望まれる。新しい文明を支える知足経済学の導入には、政府の主導的役割が不可欠でる。

・企業レベル
 フランスに在住の著名な市民活動家スーザン・ジョルジュ女史は、その著書『ルガノ秘密調査』の中で、四万社を数える多国籍企業が実質的に世界の経済を動かしている現状は独裁制であると述べ、これに対抗するために国際民主主義を創造するよう呼びかけている。
 このように多国籍企業に対する批判が強まる中で、重要企業の経営者の中には商品価格に環境コストを反映させる、汚染者がそのコストを負担するなど、自然と社会問題について意識を高めている向きがみられる。企業は国民が受容できるような責任ある経営を行い、地域社会に貢献し、その一員となるよう心がけることが望まれる。利潤追求と環境保護の両立を可能とする技術革新への挑戦が期待される。

・マスコミの活動
 社会のあり方、国のあり方にマスコミが与える影響には計り知れないものがある。新しい文明づくりともなれば国民各人の参画が不可欠であり、マスコミを通じた国民啓発なしには考えられない。特に市民社会との協力を強め、新たな文明が必要とする価値観・倫理観の確立に役立つ材料提供に力を注ぐべきと思われる。このように市民社会と連携し政府を動かしていくという大きな役割を、マスコミは果たしうると考えられる。特に、上述の原子力のタブーを打破し、エネルギー国策転換へ向けて世論を喚起することは緊急の課題である。

・個人の活動
 政府関係者にせよ、企業関係者にせよ、マスコミ関係者にせよ、我々全員が市民社会の一員であることを自覚する必要がある。未来の世代の利益を考えることのできる市民社会が発展し、政府との協力関係を拡充することが、世界の明るい将来のために不可欠である。上述の如く現世代が倫理の根本に反し未来の世代の犠牲において繁栄を追求していることを反省し、これまでの生活習慣やスタイルを変え、新しい人間的な社会を追究することが一人一人に課せられた義務である。特に、タブーが存在するからといって、原子力という破局の種を前にしながら、見て見ぬふりをすることはもはや許されない。

5 日本の役割
 文明間の対話を進める際に最も必要とされるのは、宗教的寛容さである。この点に関しては、原理を異にする神道、仏教及び儒教の三つの宗教の分業と融合を実現した日本の右に出る国は存在しない。このようないいとこ取りを行う日本の特質は諸文明から普遍的価値を引き出し、新しい文明の創設を行う過程において真価を発揮することができるであろう。一方において先進工業国の一員として工業化を極め、他方においてリサイクルと武士道という倫理に社会の基盤が置かれた江戸時代を経験している日本は、産業中心型文明から精神中心型文明への転換を図り、各個人が幸福になる社会を目指すべきであることを訴えなければならない。日本はその役割を主導的に果たし得ると考える。
 マハティール・マレーシア前首相は、近著『日本人よ。成功の原点に戻れ』の中で、人類共通の諸課題の解決には「アジア的寛容性」が不可欠であり、これをリードできるのは日本であると期待を表明している。

おわりに
 世界の現実は本項の掲げる理想からますます遠ざかるかに見えるが、人類を滅亡から救うためにこの現実を理想に近づける「力」が必ず働くものと確信している。この「力」とは、「盛者必衰の理」など歴史の教えが科学を超えてその存在を傍証するかに思われる「天の摂理」である。人力を超えたこの「力」が人類と地球の将来に今なお希望を持つことを可能にしている。現に、放射能物質を撒き散らす「汚い爆弾」、原発テロ、小型爆弾の開発等、深刻化する核の脅威により崖っぷちに立たされた世界の存続は上述の理想の実現にかかっており、理想と現実は紙一重になっているのである。(以上)



“新しい文明”創設へ” http://www.chugainippoh.co.jp/doyo/d010210.htm

 駐スイス大使として勤務した平成八年から三年半の在任中、 村田光平氏(現在、東海学園大学教授・京セラ顧問)は、自ら「未来の世代の代表」を名乗り、 “新しい文明”の創設を訴えた。とくに、脱原発や環境税導入などスイスの先進的な 環境保護政策を学べ、といった原発の危険性に関する私的文書の配布は、 現役大使の異例の行動として、族議員の反発など波紋を呼んだ。が、 日本国内の相次ぐ原発事故により状況は一変、その先見性が両国内で改めて注目を集めるに至った。 大使を退任した現在、国内外における太陽エネルギーの促進や“ガンジー経済学”の 提唱など、“新しい文明”創設に向けての取り組みは、より旺盛さと明確さの度を増している。平成13年2月10日の中外日報紙面から

前駐スイス大使 村田 光平氏

新しい文明の創設を熱心に説かれているが。
 村田 二十世紀は多くの戦争や革命により、億単位の命が失われた。 また地球環境を許し難いほど破壊してしまった。二十一世紀は「償いの世紀」にしなければならない という自覚が必要だ。
 我々がなすべき柱は三つある。第一が新しい文明の創設。倫理と連帯に立脚し、 未来の世代と環境の尊重が新しい文明のポイントになる。もう一つの柱は世の中を明るくすること。 そのためにはしっかりとした市民社会を育て、市民社会と政府の協力を強化していかなければいけない。 三つ目の柱は、知性のみならず、感性と思いやりを備えたグローバル・ブレインともいうべき 指導者を養成することだ。
倫理となると、宗教の問題は避けて通れない。
 村田 宗教には二つの機能があると言われる。一つは救済の機能で、 もう一つが倫理としての機能。主要宗教の共通倫理規範と市民社会の良心を統合して、 地球倫理の構築ができるというのが私の考えだ。良心とは、人間を超越した“天”や“自然の摂理”という 目に見えない存在を信じるところに根ざしている。
 倫理学の世界的権威でもあるテュービンゲン大学のハンス・キュング教授は、 宗教間で世界共同体をつくることの必要性を説き、「地球倫理なくして人類の生存はあり得ない」 「宗教的平和なくして世界平和はあり得ない」「諸宗教間の対話なくして宗教的平和はあり得ない」 の三点を強調している。私の考えと非常に一致している。
 
ハンス・キュング教授との出会いは。
 村田 一昨年の十月。彼の本の中に、『西洋の没落』の著者である シュペングラーが、ペルシャの復興という問題に関連して白人と有色人種の対立という 観点から論じている個所があったので、その出典を尋ねた。このシュペングラーの話は、 ハンチントン教授が『文明の衝突』で述べた、石油文明が続く限り白色人種と 有色人種が対立するという文脈と同じである。危機感をあおりながら、 西洋諸国の結束を呼びかけている流れが感じられる。 白人と有色人種の対立など絶対に許してはならない。そのために何をすべきか。 石油文明と決別し、新しい文明をつくらなければならない。

石油文明との決別は現実的に難しいのでは。
 村田 石油文明という物質文明が続く限り、必ず資源不足になる。 そうなると資源をめぐる衝突戦、文明の衝突が起こりうる。石油文明からの転換は、 切実とした現実的な問題だ。
日本も当然、大きな責任を負っていると。
 村田 当然だが、今の日本は“日本病”が蔓延している。 “日本病”が一番端的にあらわれているのが、原子力エネルギーを主軸とする政策を変えないことである。 東海村のウラン加工施設での臨界事故があってもその教訓を学ばない、 それが“日本病”だと私は言っている。日本は原子力の軍事利用における唯一の犠牲国。 今度は原子力の民事利用の犠牲国になる。そんな悲劇はないのに、その道を行こうとしている。
 
脱原発とは言っても、代替エネルギーの確立が前提ではないか。
 村田 もちろん。原発を無くすため過渡期が当然必要となってくる。 さらに原発の関係者の補償も考えなければいけない。その意味で、壊滅的な事故か温暖化かの悪の 選択をする。過渡期には化石燃料を使うしかない。その場合、同時にエネルギーの使用を減らす ことも呼びかけなければならない。
 
過渡期の向こうにあるものは。
 村田 新しい文明は物質的豊かさより精神的な豊かさが重視される。 エネルギーは再生可能な太陽エネルギーや燃料電池など、再生可能な範囲しか倫理的にも許されない。 何をやればいいかはすでにわかっているのに、例えば原発に比べ太陽エネルギーの 研究開発に対する補助金の予算規模が小さ過ぎる。スイスでは、再生可能な エネルギーの自立を達成しようとする国民運動があり、私もその名誉会員だ。  そうしたスイスを支えるものとは。
 村田 私は新しい文明の哲学的基礎として、スイスの誇りである 二人を挙げたい。「自然に帰れ」のルソーと「もっと質素な生活に戻ろう」を唱えたペスタロッチだ。 二人の思想は、日本が江戸時代に築き上げた循環型社会とも共通する。 リサイクルと武士道に社会の基盤が置かれた江戸時代は、新しい文明の一つのモデルとなりうる。
 
最近提唱しておられるガンジー経済学とは。
 村田 今の世界はGDP経済学が支配している。 GDPでは離婚や犯罪、環境汚染物質の生産などまで、経済成長に貢献することになる。 汚染物質という無駄を処理しても、経済成長と見なされる。
  セネガル大使の時に、アフリカの奥地で、楽しそうに歌い踊って、 皆が愉快に笑っているのを目の当たりにした。世銀やIMFの統計からすれば、 アフリカ人は不幸でなければいけない。日本人の方が余程、不幸に見えるのはどういうことか。
 GDP経済学は、計量化されない人間的な諸価値、家族や地域共同体、健康や環境、 治安などを一切無視する。経済成長だけでなく、文化や人間の尊厳や価値を踏まえた経済学が、 ガンジー経済学である。
 
ガンジー経済学は誰が提唱したものか。
 村田 ガンジー経済学という言葉は昨年二月に、 私がパネリストで参加したインドのTATAエネルギー研究所が開いた「持続可能な開発のための サミット」の席上、旧知のフランス人作家・ソルマン氏から初めて聞いた。 インドにはガンジー経済学を研究している若手の学者もいるらしい。
 
新しい文明を志向することとなった原点と今後の夢は。
 村田 私は理想家だったのかもしれない。大学一年生の時、 築地本願寺が募集した英文の論文のコンテストで優勝したことがある。テーマは「仏教と平和」だった。 当時から、問題意識があったのだと思う。
 今後は中国とインドに太陽エネルギーを普及させていきたい。 脱原発の発言や活動で身の危険に晒されるかもしれないが、私は天のみを恐れる。 「良き思い天が助ける」、この信念があるからやっていける。(聞き手=東京本社・荻原哲郎

12・15 グラン・ワークショップでの発言から(於 社会文化会館)http://www.bund.org/opinion/1097-7.htm http://www.bund.org/index.shtml
私の夢は地球の非核化 脱原発社会への橋渡し 村田光平さん 2003-1-1 未来の世代に対する罪地球の非核化は可能 市民の直観 資源争いの戦争

寄稿 村田光平 http://www.bund.org/opinion/1124-3.htm 脱原発派のみなさん、人類の未来のため御尽力ください 2003-10-15

村田光平さん
 今、日本社会は、不況や北朝鮮問題などに目を奪われ、はるかに悲惨な日本の破滅≠ェ現実に迫りつつあることを知らずにいます。

 それはいったん起こってしまえば鎮圧不可能で、何百何千万人に被害を及ぼし、しかも何万年にも及ぶ大災害となりうるもの、つまり「原発大事故」の発生です。それを政府はもちろん、メディアも積極的に取り上げていません。タブーの存在により、国民に知られることが妨げられているのです。

 私は1年程前に次のような情報を得ました。1973年に欧米で問題となった製法による原発が、日本では10基余りもそのまま運転されているというものであります。この製法によれば、原発の核心部分である圧力容器に毛状の亀裂が多数生じます。このような欠陥のある原発は緊急炉心冷却装置が作動した場合、約240度の温度差が生じる結果、中性子で劣化した周辺の鉄がカルメラの如くパリンと破裂してしまうといいます。この詳しい実験結果は米国のウォークリッジ研究所によって実証されております。3年程前に原発の寿命が40年と定められていたものを60年へと独断的に変更されたことを想起すれば、この情報の重大性が痛感されます。(中略)

 「国策」として掲げられているわが国の原子力政策は、核燃料サイクル政策に見られる通り、八方塞がりの状況にありますが、世論の覚醒がない限り、政策転換は望み難いのです。その間、同政策が国民の生命の安全を脅かすものであることが、次の通り、益々明白になりつつあります。

●マグニチュード8クラスの大地震の発生がいよいよ身近に予測されている東海地方、そのど真中に存在する4基の浜岡原発の危険性は、国際的にも関心を集めつつあります。今年7月札幌で開催された国際会議でわが国の地震学の権威である茂木清夫元地震予知連会長及び石橋克彦神戸大学教授は、原発震災による未曾有の破局の可能性に言及しつつ、重大な警告を発したのです。これは昨年5月、私も参加し、下河内敦元国土庁事務次官他6名の連名で浜岡原発の運転停止を求める声明を発出したことに続くものであります。浜岡原発は日本のみならず世界を脅かす存在となっています。

●これと同様に世界を壊す可能性があるものとして注目すべきは青森県六ヶ所村の再処理工場であります。専門家によれば、再処理工場は最悪の場合、原発1000基分の大事故となり、世界の人口の半分近くの犠牲者を生む可能性があるとのことであります。2年半前に発生した同再処理工場関連施設の水漏れ事故は、最近257ヶ所もの不正溶接が疑われる個所が発見されるに至り、極めてズサンな工事が世間を驚かせています。当局による監督の強化で済まされる問題ではありません。

●六ヶ所村はこの他、国際熱核融合実験装置を誘致することを決めております。これに対しては、今年3月、ノーベル物理学賞受賞者の小柴昌俊氏およびマックスウェル賞受賞者の長谷川晃氏が、連名で同装置は200万人を殺傷する可能性のあるトリチウムを使用することに言及しつつ、同誘致に絶対反対するとの嘆願書を小泉総理宛に発出しております。

 このようにわが国の原子力政策は国民の生命の安全を脅かすものとなっており、もはや、「国策」の名に値しないことは明白であります。しかし、必要とされる政策転換には原発関係で生計を立てている多くの人達の生活保障の問題をはじめ、余りにも多くの困難が伴うこともあり、世論の抜本的喚起が不可欠となっております。

 このような現状をこれまでのように見て見ぬ振りをして何もしないということは、破局の到来を想像すれば、誠に罪深いことであり、もはや許されないのではないでしょうか。何卒、日本のため、未来の世代のため、そして人類のために御尽力をお願い申しあげます。(元スイス大使・東海学園大学教授)

未来の世代に対する罪
 皆さん驚くかも知れませんが、今の世界で未来の世代の代表を名乗っているのは私しかいないと思っています。私は今までたくさんの世界の指導者に会ってきました。結論は、未来の世代を代表する指導者がほとんどいないということです。それを発見しまして、私はことさら挑発的に「未来の世代の代表」を名乗っているわけです。
 スイスで最初そのように名乗りましたら──冗談まじりにそのように言ったんですね。そうしたらスイスの国民が本当に激励してくれました。未来の世代はあなたに感謝するだろうと言われまして、私は非常に勇気づけられました。
 未来の世代といえば今の若い方々、そしてこれから生まれてくる方々を思いますと、私の支持者の数は無限である。そういう大変な自信がありまして、どのような政治家を前にしても臆することなく話すことができるようになりました。
 私は今、世界には真の指導者がいない、グローバル・ブレインがいないと思っています。その例としてよく申しますのは、中国やインドには悪いんですが、例えば自動車の問題があります。今自動車をインドや中国の国民がどんどん持つようになっています。この先物質文明が続き、世界の人口の1/3以上を占める両国の全ての国民が自動車を持つに至れば環境が破壊されるということは、誰も異論を唱えることはできません。しかし現実に何が行われているか。先進工業国はどんどん中国やインドに出かけていって、自動車を作りモーターバイクを作る。そういうことを続けているわけです。地球の将来、人類の将来を考えている政治家はいない。まさにグローバル・ブレインが欠けているのが現状であるという危機感を私は持っているわけです。
 では私たちはどうすればよいか。もう答えは出ているわけですね。石油に立脚する文明からクリーン・エネルギーに立脚する文明。今の貪欲に基づく文明から、「足るを知る」という精神に基づいた、より精神的な文明に変えて行かなければならない。この答はもう見えています。
 私は今度雑誌『理戦』70号に書きましたが、今一番現実に脅威となっているのは核の問題、原子力の問題だと思います。世界に原発が430あるわけですが、原子力というのはまことに倫理と責任に欠けたものである。こういう表題の記事が雑誌『理戦』に載ったことは、私が始めている原発に関するタブー破りが広がりつつあることの一つのあらわれだと思っています。
 私は原子力の問題は、文明論を抜きにしては語れないと思っております。文明論を取り上げないと、すぐに反論が返ってきます。原子力発電を止めればエネルギー不足になって、我々は原始生活に戻ってしまうというような議論までがまことしやかに言われます。ここで私たちがはっきりと認識しなければならないのは、現在の世代は未来の世代に対して大変大きな罪を犯しているということです。私はそれを三本柱で説明しております。ひとつは未来の世代に所属する資源を濫用して今の繁栄を築いています。それから原発廃棄物、化学廃棄物──何十万年と有害であり続ける廃棄物をどんどん垂れ流しているわけです。それから3番目に、巨大な財政的負担を積み上げている。国債などの形でどんどん未来の世代にツケを回しているわけです。こういうことが可能なのは、現在の政治に未来の世代の代表がいないからであります。
地球の非核化は可能
 私はふたつの理想を掲げています。ひとつは民事・軍事を区別しない地球の非核化です。なぜ民事・軍事を区別してはいけないか。最近イラク、北朝鮮、その前にはパキスタン、インド、イスラエルの核開発が問題になっています。すべて民事利用、いわゆる平和利用から軍事利用に転用されている。核の技術は一体であって、軍事・民事に分離できません。私が非常に遺憾に思っておりますのは、平和運動・核廃絶運動が軍事利用だけに焦点を絞っている点です。これは大変に大きな間違いであると断言できると思います。
 2番目の理想は、今の文明が物質文明であり石油に依存していることからの転換です。人間の持つ貪欲を煽って、どんどん開発を進めている。今われわれは地球の有限性に直面した最初の世代であると言われております。これからの文明をどうしたらいいのかという際に、私は仏教の教えの一つをよく取り上げます。数式でいうと「幸福=物質的豊かさ÷欲望」。分母が欲望で、分子が物質的豊かさであります。物質的豊かさが有限であれば、幸せを増すためには欲望を減らすしか道はない。貪欲に代わって、足るを知るということを基本としなくてはいけない。
 もう究極のエネルギーは見えてきています。水素と酸素を結合させて電気を作る燃料電池が中心になるでしょう。有害物質を出さないわけですから。問題は、水素を作るには莫大なエネルギーが要ることです。これを自然エネルギー、例えば太陽エネルギーや風力などで作れば、完全に究極のエネルギーとなって、原子力など全く必要なくなります。
 原子力については、3つの基本的事実があります。まず原子力は非常に高くつく。それから危険極まりない。3番目は、必要不可欠なものではない。私は今年6月に『原子力と日本病』という本を出しましたが、その中で数字を挙げて立証しております。日本の発電設備能力は今、火力・水力が稼働率40%です。これを70%に高めれば十分夏のピーク時もやっていけるという数字が出ています。この数字は電力中央協議会が英文で出しているのですが、なぜか日本語がないんです。私はそれを日本語にしました。
 先ほど伊藤さんからご説明がありましたように、検査のため、浜岡は4基止まっており、東電も7基が止まっており、近く17基全部が止まる予定です。そういう状況の下でも火力・水力で補い得る。重大な支障は生じておりません。よく温暖化の問題で原子力を弁護する議論がありますが、私はその際には悪の選択が必要であると主張しています。多少の温暖化と、日本でチェルノブイリ級の事故が起きた場合を比べたらどうなるか。重大事故の可能性は決して否定することができません。日本は旧ソ連のように90万人を動員して事故を鎮圧する体制にない。これが意味することは、末代にわたる日本の破滅です。
 そして今、浜岡原発はマグニチュード8クラスの地震が起きると国の機関によって予測される東海地方のど真ん中にあります。そういう所に4基が建設され、なお5基目が建設中であります。常識からはどうにも説明のつかない愚行です。しかしこのようなことがまかり通っている。倫理と責任に欠ける原子力。これ以外には呼びようがありません。そしてこれは病気である。日本病であります。正義感・責任感・倫理観の欠如がいたるところに現れていますが、最も顕著に現れているのが原子力問題だと思います。
 私の本を読んで自分を患者と決めつけていると思う人は財界を含め各界にはかなりいるようでありまして、私はますます嫌われ者になっているようです。私は誰かを非難する意図は全然ないのですが、現状を認識することが極めて重要だと思います。財界でも私の本を虚心坦懐に読んでくれた方が何人もおりますが、その方々は自分の無知を恥じる、由々しき事態であると言ってくれております。そこまでは行くのでありますが、まだ組織だった力にあらわれてこない。それで私は、タブー破りに全力を挙げているわけです。
 『原子力と日本病』を出したことがいわばタブー破りの宣言だったわけですが、その後初めて私に発信の機会を与えてくれましたのは、幼稚園のお母さん方が読者の『クーヨン』という雑誌です。4万部くらい出ているとのことです。その後、『中外日報』や『熊本日日新聞』、『在家仏教』、『致知』、『週刊ダイヤモンド』などが取り上げてくれました。最近私は全方位発信ということで、私の本を読んで載せてよいかという問い合わせがあれば、すべて了承しております。

市民の直観
 日本がこれから明るい将来を築いていくためには、市民社会がどんどん育っていくことが不可欠であると思います。市民社会が政府と協力し、政府を引っ張っていく。結局物事を決めるのは政府でございますから、良識を持った市民が政府を引っ張っていくしかない。私はその橋渡しの役割の一端を演じ得るのではないかと思い、微力を尽くしているわけでございます。
 原子力政策が八方塞がりであることは、もう小学生でも分かるわけです。「トイレなきマンション」というものが現実になってきた。廃棄物の捨て場が数年後にはない。そのような状況のもとで、関係者は苦慮しているに違いない。けれども現実の問題として政策転換は仲々難しい。ですから世論を喚起して環境づくりをしていくことが、政策転換を可能にする最も良い方法だと思っております。
 私は今年の5月20日に有志を募りまして、浜岡原発の停止を求める声明を出しました。有名人の方はプレス・マスコミに抑えられておりますから、なかなか有志を獲得するのに苦労しましたが、元国土庁事務次官の下河辺淳さんをはじめ相馬雪香さん、水野誠一さん、長谷川晃さん、錦織俊郎さんと私6名の連名で声明を出しました。ところが浜岡原発はその5日後に停止中だった2号機を再開しました。が、その10数時間後に事故を起こしてしまいました。私はこれでひとつ、天下に示すことができたと思っております。市民の直観の方が専門家集団の知識・技術を時には上回るということを。
 これからの時代は専門家よりも市民、技術よりも直観が大きな役割を果たすべきだと思います。もうひとつ教育との関連で主張しているのは、知性よりは感性が重要な役割を演じなければならない時代であるということです。
 今日は若い方もおられるので強調したいと思いますが、われわれが今最も必要としている倫理・道徳、思いやり、連帯といったものは、感性からほとばしるものであります。知性はどちらかというと、エゴイズムに通ずるものであります。私が主張している新しい文明は倫理と連帯に基づかなければならず、未来の世代の利益と環境を尊重するものでなければなりません。こういった配慮がほとばしるのは、知性よりは感性であると確信しています。
 先ほど申しました市民の直観も、感性から来るものであります。私は「日本病」という言葉を使っておりますが、日本病は世界病でもあるという由々しき事態があります。これが癒されない限り、世界はさらに崖っぷちに立たされていくのは疑いない。先行きを嘆いております。
 このように悲観的なことばかり述べておりますと、本当にお先真っ暗という感を抱かれるかもしれません。ただ私の掲げている理想と現実がますます離れていく中で、ひとつの救いは「天の摂理」が存在するということです。
 天の摂理の存在というのは、科学的に証明することはできません。が、文明の歴史が傍証しているのではないでしょうか。日本人に一番分かりやすい言葉では「盛者必衰の理」ということがあります。これは日本人はみんな素直に受け容れることができると思います。貪欲に基づく文明は無限に続いていくことができない。悪は時間をかけていけば必ず成敗されるというのが天の摂理だと思います。

資源争いの戦争
 最近の世界の情勢を見ておりますと、本当に憂慮されます。今やイラク、北朝鮮、イランなどが核兵器を保有しているのではないかという疑惑がますます深まっております。そしてこうしたことを背景に、アメリカも核の先制攻撃もあり得ると示唆し始めております。このままではどうなってしまうのかと、誰もが思うことでしょう。
 こうした中でも最近、ひとつのことに気が付きました。昨年の9月、ちょうど同時多発テロの直後、スイスのバーゼルで自然エネルギーを促進する民間の国際会議がありました。そこにはアメリカのゴア前副大統領、カーター元大統領のエネルギー顧問であったデイビッド・フリーマン氏も来ておりました。特にこのフリーマンさんが、非常に注目すべき発言を行いました。「われわれは石油文明から決別すべきである」という発言をしたんです。
 私はおやっと思いました。その理由付けに彼はこう言います。「テロ対策をとるにあたって、中東の産油国に配慮することなく有効な措置をとりうるためは、これ以上の石油への依存はできない」。そういう理由付けだったのです。実利を求める立場と私の理想論は反対の方向を向いていながらも、奇しくも一致することがあり得るということを発見したわけです。
 そうしたところから今日の事態を考えてみましょう。原子力の問題は先ほど申し上げたように、必ず軍事利用に結びつく。北朝鮮も然り、イラクも然りということで、ますます危険性が指摘されています。そして原発の存在そのものがテロの対象になった場合に防ぐ方法はないというのが専門家の意見であります。私は今年4月バーゼルで行われた専門家の会合に出席しました。そこでフランスの大統領顧問やベルギーの政府関係者なども含めて、同じ結論を出しております。従って民事、軍事を問わず原子力は破局の種である。これを取り除かない限り安心はできないのです。
 物質文明がこのまま存続すれば、石油などの資源の争奪をめぐり紛争がますます激化します。そしてその紛争激化の中で、有色人種と白色人種の対決ということすら起こりうる。古くは『西洋の没落』の著者オズヴァルト・シュペングラーがプロシアの再興を主張する際に、有色人種からの攻撃に対する砦として復興するという論法を使いました。その後のハンチントンの『文明の衝突』は、イスラム文明と中国文明に警戒心をあらわにしています。石油文明が続く限り、対立の火種が絶えることはありません。日本はいま石油供給の93%を中東イスラム諸国に依存しております。中国もまたそういう状態に向かっているのも明らかです。そうするとアジア諸国は石油文明に立脚する限り、中東諸国と運命共同体とならざるを得ないわけであります。このような図式の対立は絶対に避けなければならない。その唯一の方法は、物質文明・石油文明からの決別です。
 このように迫りくる破局をさけるために世界は、実利を求める立場からにせよ、ますます理想の実現を必要としている。理想と現実が紙一重の状態になっている。ある意味では雨降って地固まる──危機は好機でもある状況が生まれています。
 日本はまだ国際社会に向けて堂々と掲げる旗を持っていません。唯一の被爆国として、また東洋的な哲学を備えた国として、地球の非核化と精神的な文明の創設を旗印に掲げていくことが、日本にとって最もふさわしいと私は確信しています。その第一歩は日本の原子力政策の転換です。私はこの2〜3年中にもこの政策転換が行われる可能性があると確信しております。さもなければ、末代にわたる破滅が訪れてしまう。そういう意気込みで私はこれからも、タブー破りに邁進したいと思っておりますので、是非ご支援を頂きたいと思います。

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むらた・みつへい,東海学園大学教授。1938年東京生まれ。元駐スイス大使。昨年5月「浜岡原発の運転停止を求める声明」を連名で出す。地球環境を守るための脱原発発言を続ける異色の元外交官。著書『原子力と日本病』などでは、地球の非核化と持続可能な新しい文明を提唱している。
http://www.bund.org/opinion/1124-3.htm

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