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高齢化と資産価格:先進国を悩ます問題
http://www.asyura2.com/11/hasan73/msg/414.html
投稿者 sci 日時 2011 年 9 月 29 日 00:29:53: 6WQSToHgoAVCQ
 

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/23983
The Economist
高齢化と資産価格:先進国を悩ます問題

2011.09.29(木)

高齢化が資産価格に及ぼす影響が先進国の問題を悪化させるかもしれない。

1990年代初めに日本の資産バブルが弾けて以来、日本は債務削減という、デフレをもたらす長いプロセスを経験してきた。日本の政策立案者たちはこの間、米連邦準備理事会(FRB)のベン・バーナンキ議長らから、景気を浮揚させる漸進主義的なアプローチについて批判を浴びてきた。
日銀、8兆円を即日供給 日経平均終値8605円15銭

日銀は対応の遅さを批判されてきた〔AFPBB News〕

 批判派の言い分はこうだ。日銀は、FRBやその他の中央銀行がその後追随した多くの政策――ゼロ金利へのコミットや量的緩和という錬金術によって準備預金を増やすことなど――に先鞭をつけたが、それでも日銀の対策は少なすぎ、実施時期が遅すぎたというのだ。

 当の日本では、状況が多少異なっているように見える。

 日本国内では、問題は資金供給の不足ではなく、負債に苦しむ民間部門の資金需要の不足にあると言う人もいる。これは、家計と企業が新たな支出を始めずに債務を返済していくプロセスを説明するために、野村総合研究所のリチャード・クー氏が考え出した用語「バランスシート不況」の顕著な特徴だ。
日本のバランスシート調整に時間がかかった理由

 日銀の西村清彦副総裁は今年、2度の講演の中で、日本のバランスシート調整になぜこれほど時間がかかったかを説明する一助とするために、この考え方を発展させた。

 西村氏は、長引く不況の原因は、日本で最も進んでいるがその他多くの経済大国でも起きている高齢化にあるとした。中心となる論旨は、高齢化が資産価格を押し下げるというもので、それが今度は債務返済を難しくするという。資産を購入するために背負った債務は、損失を被ることなく返済するのが難しいからだ。

 これは米国や欧州にも厳しい影響を及ぼすかもしれない、と西村氏は言う。

 高齢化と資産価格との関係を説明する理論は、国際決済銀行(BIS)のエロド・タカツ氏の最近の調査報告書で概説されている。簡単に言えば、若者と中年は、しばしば借入金によって資産を購入し、老年期に備えて貯蓄する。これに対して高齢者は、資産を売却して退職後の支出に充てるというのだ。

 例えばベビーブームの後に見られたように生産年齢人口が増加すると、需要が増えることで資産価格は高騰する。ベビーブーマーが定年を迎えると、逆のことが起きるかもしれな

タカツ氏は報告書の中で、この効果を定量化しようしている。同氏は、個別の国のデータよりも国際的なサンプルを調べることを選択している。その方が高齢化の影響をしっかりと識別できるからだ。また、金融資産よりも住宅価格に重点を置いている。住宅価格の方が、国境を超える資本の流れに影響される可能性が低いからだ。

 タカツ氏は、人口動態の2つの側面を、22の先進国からなるBISの住宅価格データに当てはめている。1つは、総人口。もう1つは、生産年齢人口に対する老年人口の比率、つまり老年従属人口指数だ。
住宅価格は今後40年間も逆風に直面?

 タカツ氏の分析では、1970年から2009年にかけて、1人当たり国内総生産(GDP)の1%増加と総人口の1%増加がそれぞれ実質住宅価格の約1%上昇に対応していることが分かった。一方、老年従属人口指数の1%上昇は、実質住宅価格の0.66%下落をもたらしていた。

 国連の予測を用いたタカツ氏の分析は、今後40年間にわたり、人口高齢化に伴って住宅価格が強い逆風に直面することを示している。例えば、米国の住宅価格の上昇率は、人口動態上の要因を除いた場合に比べて、年間に約80ベーシスポイント(bp、1bp=0.01%)低くなる、とタカツ氏は試算している。
少子高齢化対策、「イニシアチブ50プラス」 - ドイツ

ドイツや日本など高齢化が著しい国では、住宅価格の下げ幅が大きくなる〔AFPBB News〕

 日本やドイツ、イタリアといった急速に高齢化する国では、価格が年に1%以上下落するだろう。もっとも、その他の要因が人口動態上の影響を相殺する可能性があるとタカツ氏は指摘しており、価格の暴落は予想していない。

 金融資産の価格は、必ずしも不動産価格と同じ動きをするわけではない。人は中年期以降には、住宅を売買するよりも株式や債券を売買する傾向があるからだ。だが、高齢者は金融資産を売却して現金化するため、金融資産もやはり高齢化に影響される。

 サンフランシスコ連銀が開発したモデルでは、1954年以降、60〜69歳の米国人に対する40〜49歳の米国人の比率と、株式市場の株価収益率(PER)との間に高い相関関係があることが明らかになっている。この関係が将来の株価に及ぼす影響は弱気だということだ。

 標準的な人口動態と収益見通しに基づくと、サンフランシスコ連銀のモデルは、2010年から2021年にかけて株価が13%下落することを示唆している。米国にとっての朗報は、中年の相対的な割合が2025年に回復する見込みがあることで、これは株価の大幅な回復を示唆している。

 こうした推計は慎重に扱うべきだ。少なくとも短期的には、高齢化がかなり予測可能であるため、市場が既に資産価格への影響を織り込んでいるかもしれない。タカツ氏は、高齢者が最終的に今より長く働くかもしれないという事実に注目している。そうなれば、資産を売却する圧力は弱まる。

 だが、不確定要素は両方向に働く。タカツ氏が指摘するように、財政状況の厳しい年金制度は、退職者に予想以上に積極的な資産売却を促すかもしれない。日銀の西村氏は、その世界経済への参加が最近の世界的な資産価格ブームに火をつける一因となったロシアや中国のような国々の高齢化が価格に対する下げ圧力を強めるかもしれないと述べている。
グレーな市場

 高齢化がバランスシート不況のコストを増大させるのだとすれば、政策立案者はそれについて何ができるのだろうか。

 日銀は、リスク資産への投資を刺激するために格付けの低い社債や上場投資信託(ETF)を購入したり、銀行が高齢者向けの革新的商品・サービスといった将来性のある新たな分野で貸し付けや投資を行うための資金を供給するなど、「真に非伝統型な」金融政策を通じて、銀行セクターにおける貸し出しに関する専門知識の欠如やリスク回避といった影響に反撃を試みてきた、と西村氏は話す。

 だが、西村氏のメッセージは全体として厳しいものだ。バランスシートを修復するのは、人口が若い時より、人口が高齢化している時の方がはるかに難しいというのである。

 2008年以降の混乱を「束の間の悪夢」と見なす人もいる、と西村氏は警鐘を鳴らす。だが、高齢化が進んでいるところでは、正常な状態に戻ることはないかもしれない。西村氏の1つの論文の題名が不気味に語っているように、「今回は本当に違っているかもしれない(This time may truly be different)」のだ。  

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コメント
 
01. 2011年10月01日 16:02:16: Pj82T22SRI
確かに、見事にピークが一致しているな

http://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2011/ko110930b.htm/
2 0 1 1 年9 月3 0 日
日本銀行
日本銀行副総裁 西村 C彦
アジアの視点を踏まえた
マクロ・プルーデンス政策の枠組み
―― アジア開発銀行研究所・金融庁共催
コンファレンスにおけるスピーチ抄訳 ――
1
本日私は、このプレゼンテーションの中で、アジアの視点を踏まえ、また、
特に金融市場やマクロ・プルーデンス政策に焦点を当てつつ、マクロ経済政策
におけるいくつかの重要な論点を取り上げたいと思います。この中で私は、次
の2つの問題を提起させて頂きます。すなわち、@金融システムにおける、許
容できないリスクの蓄積をいかに見抜くべきか、また、A景気サイクルの中で
の金融安定の確保と、長期的な経済成長を支える信用仲介機能の効率性改善と
を、いかに両立させていくべきか、という問題です。
本日私は、これらの問題に対し、特定の理論に基づく最適解を求めるのでは
なく、実務的な「ベスト・プラクティス」としての解を求めていきたいと思い
ます1。マクロ経済と金融市場との関係の解明は相応に進んできたとはいえ、複
雑かつ時に暴力的な市場の動きを説明し得るに十分な理論を持つまでには至っ
ていない中、このような実務的な、特定の理論にとらわれないアプローチこそ
が重要であると考えるからです。
このような本質的に難しい問題への解答を試みる前に、今回の米欧における
金融危機の淵源、および約20 年前に遡る日本の金融危機の淵源を振り返ってみ
ることは有益です。金融機関の過剰なレバレッジングといった金融面での行き
過ぎには、既に多くの関心が向けられていますが、私は、底流にあるファンダ
メンタルズの変化、とりわけ、人口高齢化といった人口要因の重要性を強調し
たいと思います。実際、人口高齢化の問題は、アジアにおいても近い将来、重
要なインプリケーションを持つものです。私のプレゼンテーションにおける基
調的なメッセージは、アジアで急成長しているいくつかの国では近い将来、先
進国が経験したのに似た問題を経験する可能性を否定できないということであ
り、だからこそ、現段階から適切なマクロ・プルーデンス政策を実施すること
がきわめて重要だということです。
1 Clark and Large (2011)は、適切なマクロ・プルーデンス政策を形作る上での、10 項目
の問いを提示し、同政策がかかえる本質的かつ実務的な問題を明確にしている。このうち、
本講演では、アジアの視点を踏まえて特に関係が深いと考えられる幾つかの点に触れるに
とどめる。
2
第1部 アジアの視点:金融危機、その帰結とファンダメンタルズ
金融危機の背景にある人口要因というファンダメンタルズ
「リーマン・ショック」からちょうど3年が経過しましたが、我々はなお、
その原因や適切な政策対応の姿を追い求めている過程にあります。この点、既
に90 年代に金融危機を経験した日本やアジア諸国は、かつての自らの金融危機
と今回の金融危機を比較し、教訓を引き出しやすい立場にあるように思います。
実際、今回の米欧の金融危機と90 年代以降の日本の金融危機との間には、多く
の共通点があります。いずれの事例でも、高成長と低インフレが共存する時代
にリスクが蓄積され2、とりわけ不動産セクターでのリスクの蓄積が顕著であっ
たということです。
金融危機に関する最近の研究の殆どは、バブルの発生および実体経済への影
響というプロセスについて、金融機関のレバレッジングを通じた説明を試みて
います3。これらの研究の多くは、信用対GDP比率の長期的トレンドからの乖
離といったマクロ的な金融指標が有益な情報を持っており、マクロ・プルーデン
ス政策の指標となり得るのではないかと考えているようです。
しかしながら、私は敢えて、別の重要なファクターの重要性を強調しておき
たいと思います。それは「人口高齢化」という人口動態の変化です。実際、日
本、米国、欧州において、バブルの生成と崩壊、およびその後の金融危機は、
概ね人口ピラミッドの転換点に一致しているようにみえます。ここで、「何人の
生産年齢人口で非生産年齢人口一人を支えているのか」という「生産年齢人口・
非生産年齢人口比率」をみてみましょう4。日本の生産年齢人口・非生産年齢人
口比率は1990 年頃にピークに達しましたが、その翌年の91 年が、まさにバブ
2 米国ではこの時期をGreat Moderation と呼んでいる。
3 欧州中央銀行(2010)やバーゼル銀行監督委員会(2010)がマクロ経済と金融市場のリンケ
ージを正面からとらえた最近のモデルのサーベイを行っている。Bianchi (2010), Jeanne
and Korinek (2010a, 2010b), Stein (2011) は、信用の外部性に注目し、マクロ・プルーデ
ンス政策の効果を研究する試みを行っている。特に、Bianchi (2010)とJeanne and Korinek
(2010b) は、開放経済下における金融危機の研究を通じて、マクロ・プルーデンス政策によ
る対処法を提案している。ただし残念ながらアジアの視点は、まだ十分に取り込まれてい
ないように思われる。例外はHattori et al(2010)やHahm et al(2010)であろう。
4 計数はNishimura(2011b)による。なお、Nishimura(2011b)は中核国・周縁国を含む他の
欧州諸国の計数も掲載している。
3
ル景気のピークでした。米国の生産年齢人口・非生産年齢人口比率は2005 年か
ら2010 年の間にピークを迎えましたが、米国の「サブプライム・バブル」は
2007 年がピークでした(図表1)。現在、ユーロ圏で経済的に苦境にある国々
も、日本や米国と同様のパターンを辿っています。すなわち、アイルランドとス
ペインの生産年齢人口・非生産年齢人口比率は時間的に類似した経過を辿って
おり、ともに2005 年頃にピークを付けましたが、これは、それぞれの国におけ
る資産バブルのピークに対応しています(図表2)。ギリシャ・ポルトガルの生
産年齢人口・非生産年齢人口比率のピークは2000 年頃でした。ここでの重要な
ポイントは、近年の金融危機はいずれも、人口動態の転換点近辺で起こってい
るということです。
資産価格バブルはファンダメンタルズの大波の上で踊る
「ライフサイクル仮説」−より厳密に言えば「世代重複モデル」は、人口動
態の変化が資産価格の重要な変動要因の一つであることを示唆しています。す
なわち、資産とは、若者にとっての将来に備えた貯蓄手段であり、高齢者にと
ってはそれを取り崩して消費に充てる手段です。したがって、若者と高齢者の
比率は、これらの資産への需要と供給を決定する要因となります5。
最近の危機の歴史も、このような捉え方と整合的であるようにみえます。図
表3は、1955 年以降の日本の実質地価(全国・全用途平均)を、生産年齢人口・
非生産年齢人口比率と並べて示したものです。この図表が示すように、若年層
の相対的な多さは、地価の急上昇に一致しています。逆に、高齢層の相対的な
多さは、地価下落につながっているようにみえます。同様に米国でも、生産年
齢人口・非生産年齢人口比率の上昇は、資産価格バブルと一致しています(図
表4)。また、2007 年のバブル崩壊以降、資産価格は生産年齢人口・非生産年
齢人口比率の長期的な動きを追いかけているように見えます。同様のパターン
は、アイルランドやスペインでも同様に窺われます(図表5,6)。
5 学術的実証分析はこのことを強く示唆している。不動産価格についてはTakáts(2010)、
株価についてはLiu and Spiegel(2011)参照。なお、エコノミスト誌(2011)はこの問題を
わかりやすく解説している。
4
私は決して、この人口要因が、資産価格バブルの原因であり、それが危機に
つながったと言っているわけではありません。資産価格バブルではなく、公共
部門の「バブル」があったギリシャやポルトガルの例も示す通り、危機の原因
は他にも存在する可能性があることは言うまでもありません。また、同様の人
口動態の変化を経験しながら、それが金融危機にはつながっていない国々も存
在します。私の趣旨は、多くの国において、(生産年齢人口・非生産年齢人口比
率の増加といった)好都合な人口要因が過剰な楽観主義6に結び付き、経済主体
がリターンの増加を企図して様々な形で「レバレッジ」を増加する一因となっ
た可能性を指摘することにあります。別の言い方をすれば、資産バブルは、人
口動態の変化という長期の「波」の上で踊られた「ダンス」と言えるかもしれ
ません7。同様に、生産年齢人口・非生産年齢人口比率の急激な低下は、金融面で
の過剰な蓄積の解消を困難にし、金融危機後のバランスシート調整を、長期か
つ厳しいものとする方向に働いているように思います。
金融危機後の人口高齢化の下でのバランスシート調整
バブル崩壊後のバランスシート調整の影響を把握する観点から、まず、危機
に先立つバブル期に誰がレバレッジを拡大したのかを検証したいと思います。
日本においては、その主役は企業部門であり、企業向け貸出の対GDP 比率は
91 年のバブル崩壊に至る10 年の間に29%も上昇しています。一方、米国では、
レバレッジ拡大の主役は家計部門であり、家計部門の住宅ローン残高対可処分
所得比率は、2007 年のバブル崩壊前の10 年間に39%も上昇しました。これら
の部門は通常は金利感応的であり、通常の状況であれば金融緩和のトランスミ
ッション・メカニズムの「ギア」として働くことが期待されます。しかしなが
ら、バブル崩壊後、これらレバレッジが過剰となった部門は、厳しいバランス
6 Nishimura and Ozaki (2006, 2011)は、意志決定理論の立場から過度の楽観、過度の悲観
をもたらす構造を明らかにし、一見非合理に見える過度の楽観主義、過度の悲観主義を、(経
済学で扱う)合理的決定の枠組みでの分析を可能にしている。またBracha and Brown
(2010)も参照されたい。
7 一つの方法としては、Martin and Ventura (2010)の定式化による「バブル」を、Braun et
al(2009)における世代重複の枠組みに当てはめ、バブル崩壊とその後のバランスシート問題
の程度を把握することが考えられる。この点に関連して、Aoki and Nikolov(2011)も参照さ
れたい。
5
シート調整圧力の下、政策金利の低下が支出の増加にはつながりませんでした。
このことは、通常の金融緩和のトランスミッション・メカニズムが機能不全と
なったことを意味します。資産価格の下落は、日本の企業部門および米国の家
計部門のバランスシート調整圧力を大きく積み増すことになりました8。
先行きを展望した場合、私は、日、米、欧において、バブル崩壊後の民間部
門や公的部門のバランスシート調整が、まさに「人口高齢化が進む局面で」行
われざるを得ないことの大変さを強調しておきたいと思います。これは、近代
以降の経済成長の歴史の中でも先例のない、厳しいバランスシート調整となら
ざるを得ません。
アジアの立ち位置は?
アジアの経済や金融システムは、リーマン・ショック以降の金融危機を相対
的には上手に乗り越えることができました。2009 年以降の経済の回復はきわめ
て迅速であり、アジアの新興市場国は今や、世界経済の成長エンジンとなって
いますし、財政状況も多くの先進国と比べて遥かに良好です。加えて、これま
でのところ、日本を除くアジアの国々は、深刻な人口高齢化の問題にまだ直面
していません。
しかしながら、私はここで、アジアの先行きには潜在的な課題があること、
そのため、現在、慎重なアプローチが必要なことを強調しておきたいと思いま
す。ちなみに、中国の生産年齢人口・非生産年齢人口比率のグラフを日本や米
国のデータと並べて描いてみますと、中国の比率は引続き急上昇していますが、
米欧にやや遅れて、いずれピークを打つことが予想されます(図表7)。すなわ
ち、中国の生産年齢人口・非生産年齢人口比率は、2010〜15 年頃にピークアウ
トし、その後は急速な低下に転じる見通しです。他の多くのアジア諸国でも、
生産年齢人口・非生産年齢人口比率は中国と同様の推移を辿る見通しであり、
いくつかの国では、人口高齢化は中国以上に急激な形で進むことが見込まれま
す(図表8)。
8 バランスシート調整圧力の詳細については、Nishimura(2011a)参照。
6
第2部 マクロ・プルーデンス政策 −2つの”Do”と一つの”Don’t”−
リーマン・ショック以降の金融危機、および危機に先立つ”Great Moderation”
期の痛い経験は、従来のマクロ経済政策とミクロのプルーデンス政策の間に「隙
間」があることを示しました。「マクロ・プルーデンス政策」はまさに、そうし
た「隙間」を埋め得るものとして、現在脚光を浴びているように思います。し
かしながら、我々はなお、複雑かつ時に暴力的な金融市場を十分に考慮したマ
クロ経済理論を持ち合わせている訳ではありません。したがって、金融危機発
生から3 年が経過した今もなお、「マクロ・プルーデンス政策とは何か」という
定義すら定まっていない状況です。「マクロ政策」、「マクロ・プルーデンス政策」、
「ミクロのプルーデンス政策」という3つをどのように区別できるのか。リス
クを発見する上で有益な指標は何か。マクロ・プルーデンス政策のツールとは
何か。資本規制もマクロ・プルーデンス手段に含まれるのか。金融安定を維持
する上で、金融政策、マクロ・プルーデンス政策およびミクロのプルーデンス
政策の間でどのように役割を分担するべきなのか。これらの質問に対し、我々
は、なお満足な答えは持ち合わせていません。そこで私は、よりプラグマテフ
ィックなアプローチをとり、マクロ・プルーデンス政策における2 つの”Do”と
1つの“Don’t”を提示したいと思います。
2.1 “Do”:リスクを把握せよ −情報とインテリジェンス−
危機の再発および危機後の停滞を回避するためには、許容できないリスクの
蓄積を早期に発見する必要があります。システミックな危機の発生および拡大
においては、情報の伝播が常に決定的な役割を果たします。したがって、「情報」
と「インテリジェンス」、とりわけ、「マーケット・インテリジェンス」は、リ
スクの発見と危機回避の両方においてきわめて重要です。ここでは、「ボトムア
ップ」と「トップダウン」の両方のアプローチが求められます。
ボトムアップ情報:マーケット・インテリジェンス
歴史を紐解くと、システミックな金融危機は、大規模金融機関ではなく、−
7
日本における三洋証券(1997)や英国のノーザンロック銀行(2007)のような、
− 比較的規模の小さい金融機関の破綻によってトリガーが引かれる可能性が
あることがわかります(図表9)。このことは、金融仲介の中核的な要素、すな
わち、情報の重要性を示すものです。金融取引が情報フローの束である以上、
いかに小さな金融機関の破綻であっても、それが市場全体の不安感につながれ
ば、流動性危機や取り付けに結び付き得るということです。
したがって、リスクの発見および危機防止の両面において、市場参加者との
対面での接触や対話によって得られるマーケット・インテリジェンスは決定的
に重要です。この点、多くのアジア諸国の中央銀行は、個々の金融機関の活動
の把握および市場におけるミクロ情報の収集を一貫して続けてきており、これ
は誇れるものだと思います。しかしながら、金融サービスの高度化や技術革新
によって、リスクの把握はますます難しくなってきています。いくつかの事例
では、金融機関自身も、自らの投資活動や取引に伴うリスク−とりわけ、複雑
な証券化商品やデリバティブ取引に伴うリスク−を十分に把握していないよう
にも見受けられます。自らのリスク把握の能力に関する過信は、新たなリスク
の源になり得るものであり、当局は市場参加者に対し、リスク管理のスキルに
不断に磨きをかけるよう促していくべきでしょう。骨身を惜しまない情報の収
集や、虚心坦懐にリスク評価を行うとともにこれを継続的にアップデートして
いく作業は、全てマーケット・インテリジェンスに関わるものです。
この点では、「金融システムレポート」の公表を通じた市場参加者との情報の
交換も、情報とマーケット・インテリジェンスの活用のための新しい道筋を提供
するものという捉え方もできます。マクロ・プルーデンス政策は、市場参加者
と当局、さらにはマクロとミクロの政策との間の対話と協調を支援するものと
なってこそ、はじめて有効なものとなり得ると考えられます。
トップダウン情報:マクロのリスクや過剰を把握する指標
次に、マクロ的なリスクや過剰、さらにはこれらを把握するための指標につ
いて、お話ししたいと思います。殆どのバブルの生成・崩壊において、金融市
場と実体経済のスパイラル的な相互作用の背後には、心理的なスイングが働い
8
ています。経済主体はバブル生成期には過度に楽観的に、バブル崩壊期には過
度に悲観的になりがちです。日本の「バブル期」や今回の金融危機前の”Great
Moderation”期にみられたように、高成長と低インフレの共存は、生産性上昇の
幻想と低金利継続期待を生みやすく、このような楽観主義は、資産価格に対す
る桃源郷的な見方やリスクの過小評価につながりがちです。他方、経済の停滞
が続く局面では、経済主体は過度に悲観的となり、そうした悲観的な見方は自己
実現的に更なる経済の悪化を招きやすくなります。リスクの過度の蓄積を回避
するためには、このような極端な楽観論や悲観論の台頭を、さまざまな金融デ
ータから把握することが、きわめて重要となります。
このためには、我々は、特定のドグマや理論の虜となることを注意深く避ける
必要があります。信用対GDP比率や資産価格のトレンドからの乖離といった
いくつかの指標は、確かに有益な情報を含んでいるかもしれませんが、とはい
え、現時点で決定的な指標がある訳ではありません。過去に読み込んだ理論は、
過去に起こったことは上手に説明できても、将来起こることを上手に説明でき
るとは限りません。危機は常に、違う形をとってやって来るものです。特定の
指標に過度に依存すれば、存在する重要なリスクを見逃したり、あるいは、存在
しないリスクを存在すると誤解するおそれもあります。さらに、我々はいわゆ
る「グッドハートの法則」の拡張形についても考える必要があります9。もし中
央銀行が、特定の指標を注意深くみながらリスクテイクを抑制する措置をとる
とアナウンスすれば、市場参加者はこれらの指標に影響を与えずにリスクを取
ろうとする結果、これらの指標は情報価値を失ってしまうかもしれません。我々
が少数の指標を特に重視しようとするほど、この問題はより深刻になります。
したがって政策当局者としては、幅広い指標を、極力先入観を持つことなく
モニターしていくことが賢明でしょう。加えて、観察される価格データ自体は、
価格がファンダメンタルズを反映したものか、それともユーフォリアに影響さ
れたものかを示してくれるわけではないため、これらのデータを包括的に解釈
していく上で、前述のマーケット・インテリジェンスをフルに活用していくこ
とも必要です。
9 グッドハート(1975)が基になっている。最近の応用はグッドハート・トゥソモコス(2011)
を参照。
9
リスク把握のための日本銀行の枠組み
次に、リスクの把握に向けた日本銀行の様々な取り組みについて説明したい
と思います。日本銀行は、証券会社も含めた幅広い金融機関に対し、実地考査
やオフサイトでの日々のモニタリングを実施しています。これらの活動を通じ
て、日本銀行はマーケット・インテリジェンスも最大限活用しながら、リスク
の蓄積を把握するよう努めています。日本銀行はまた、公開市場操作の相手方
である市場参加者とも、密接な接触を維持しています。
加えて日本銀行は、マクロ・データとミクロ情報の分析を通じて、金融シス
テム全体のリスクの状況に関する包括的な評価を定期的に行い、そうした評価
を年2回公表される「金融システムレポート」の中で提示しています。さらに、
このレポートで提示された金融システムのリスクに関する評価は、後述する「2
つの柱」の枠組みを通じて、金融政策の意思決定においても有益なインプット
のひとつとなります。
日本銀行はまた、他の中央銀行同様、広範なデータの活用やマクロ・ストレ
ス・テスト、金融セクターを明示的に組み込んだモデルの構築などの面でも、
さまざまな努力を行っています。加えて、日本銀行のエコノミストである鎌田
および那須は最近、早期警戒指標として、革新的な「金融動向指数(FCIXs)」
を構築しました10。早期警戒指標は、特定の経済理論に依拠するのではなく、伝
統的な経済のトレンドと循環の分析に基づいています。現段階ではなお確定的
な評価はできませんが、金融動向指数の予測力はなかなか有望であるように思
えます。すなわち、金融動向指数は、日本の金融危機を予測していたほか、今
回の金融危機についても、約1 年前に予測していたようにみえます(図表10)。
金融動向指数は、過剰な楽観論や悲観論の早期警戒シグナルとして有益な情
報を提供し得るという意味で、マクロ・プルーデンス政策にとって有益なツー
ルとなり得るように思います。マクロ・プルーデンス政策の遂行上、最も困難
な課題の一つは、過剰な楽観論や悲観論といったものをいかに特定するかとい
うことです。なぜならば、心理が過剰に楽観的か、あるいは悲観的かを判断す
るための信頼に足る理論的枠組みはなお得られていないからです。この点、金融
10 金融動向指数の詳細については、鎌田・那須(2011)参照。
10
動向指数のアプローチが特定の経済理論に依存していないことは、理論が確立
していない状況では、むしろ利点となり得ます。こうした利点により、金融動
向指数は、マクロ・プルーデンス的視点からの金融システム全体のモニタリン
グに寄与することが期待される訳です。
2.2 “Do”:プロシクリカリティを避けよ
金融面でリスクの「風に逆らう」:金融政策とマクロプルーデンス政策の協調
次に、「プロシクリカリティの是正」という、マクロ・プルーデンス政策のも
う一つの重要な側面について、お話ししたいと思います。
リスクの蓄積を把握した後、次に政策当局者に求められることは、更なるリ
スクの蓄積を食い止め、リスクテイクの動きを鎮静化させることです。逆に、
市場参加者が過度にリスク回避的になっていることがわかれば、政策当局者は
市場のコンフィデンスを回復させることが求められるでしょう。基本的な考え
方はシンプルであり、「ブームの時には甘い顔をするな。厳しい時には怖い顔を
するな」ということです。そのためにも、金融政策とマクロ・プルーデンス政
策の協調が重要かつ効果的と考えられます。
この点、日本銀行は、金融政策運営において、「二つの柱」という枠組みを採
用しています。この枠組みは、2段階の政策判断を内包しています。すなわち、
第1の柱の下では、最も蓋然性が高いと判断される経済のシナリオについての
判断が行われます。同時に第2の柱の下では、メインのシナリオではないけれ
ども、発生した場合には経済に大きな影響を与える可能性があるリスク要因に
ついての判断も盛り込まれます11。この後者のリスク要因には、当然のことなが
ら、金融面でのシステミックなリスクも含まれることになります。このように、
日本銀行の金融政策の意思決定過程においては、インフレ率のような伝統的な
情報だけでなく、リスクの蓄積度合いを示すような金融関連の情報やマーケッ
ト・インテリジェンスを含む、広範な情報が考慮されます。日本銀行はこれら
の情報を包括的に判断し、テール・リスクに関する評価も含め外部にコミュニ
ケートするよう努めています。
11 詳細はNishimura(2007)参照。
11
言うまでもなく、コミュニケーションには別のスタイルもあり得ます。例え
ば、中央銀行のリスク評価を、より長期のインフレ予測の変化に関連させて外部
に伝えるやり方もあるでしょう。いかなるコミュニケーションのやり方が望ま
しいかは、各国の経済・金融構造の違いにも依存しており、唯一の解があるわ
けではありません。いずれにしても中央銀行は、伝統的な物価情勢の評価に加
え、金融面でのリスクを評価し、これを外部にコミュニケートしていくことが求
められています。
新たな規制の枠組みとプロシクリカリティ問題
次に、新たな規制枠組みとプロシクリカリティの問題を取り上げたいと思い
ます。最近の国際的な議論においては、金融規制が持ち得るプロシクリカリティ
−すなわち、規制が経済の変動を増幅してしまうという問題−にいかに対処す
るかが、一つの重要なテーマとなってきました。バーゼル委員会はいわゆる「バ
ーゼルV」において、「資本保全バッファー」および「カウンターシクリカル・
バッファー」を新たに導入し、この問題への対処を試みています。
ここで鍵となるのは、これらの規制がいかに上手に適用されるか、という点
です。仮に、銀行が「資本保全バッファー」を最低自己資本規制の一部と捉え、
景気のサイクル如何にかかわらずこれを常に維持しようとするならば、結局、
銀行部門全体として最適水準を越える水準の自己資本を抱えることになります
12。バーゼルVが、単に静学的のみならず動学的な観点からも最適な規制枠組み
となるためには、それが適切に実施され、妥当な監督によって補強される必要
があります。このことは、「カウンターシクリカル・バッファー」についても
同様です。
同じように、新たに導入される「システミックに重要な金融機関」、すなわち
SIFI の規制についても、起こり得る副作用を認識しておく必要があります。SIFI
に対する「追加的損失吸収力」、すなわち自己資本サーチャージの賦課は、同様
12 これはまさに、バーゼルVが最低自己資本比率規制とは「別建て」で固定資本バッファ
ーを導入した理由と考えられる。すなわち、資本保全バッファーと、これに伴う配当制限
などの規制は、カウンターシクリカルに運用されることが想定されているはずである。そ
うでなければ、資本保全バッファーと最低自己資本比率規制とを区分する合理性はないこ
とになる。
12
に、SIFI が動学的にみて最適水準よりも多くの自己資本を抱えつづけるリスク
を伴っており、このリスクは、景気後退期における信用収縮の加速といった形
で表面化し得ます。さらに、金融不安時に起こり得るSIFI への預金シフトは、
問題を一段と複雑にする可能性があります。実際、日本の金融危機においては、
相当額の預金が小規模銀行からマネーセンター銀行にシフトしました。仮に
人々が、SIFI 規制やSIFI への自己資本サーチャージ故に、「SIFI は非SIFI よ
りも安全である」と思えば、ストレスのかかる状況でのSIFI への預金シフトが
加速されることになるかもしれません。しかし、SIFI への自己資本サーチャー
ジは、そうした状況において、SIFI が非SIFI の果たしていた信用仲介機能を代
替することを躊躇させる要因となるかもしれません。こうしたことを踏まえて
も、新たに導入される金融規制の枠組みが、デザイン通りにプロシクリカリテ
ィを緩和する方向に働くかどうか、注意深く見極めていく必要があります。
2.3 “Don’t”:長期的な効率性を損なってはならない
古い悪癖の新しい言い訳?
次に、マクロ・プルーデンス政策において、とりわけ長期的な観点からの一
つの”don’t”について、申し述べたいと思います。
マクロ・プルーデンス政策やその政策手段について明確な定義がない以上、
いかなる政策手段も「マクロ・プルーデンス政策手段」として正当化され得る
リスクがあります。我々は、「マクロ・プルーデンス政策」を「古い悪癖の新し
い言い訳」としてしまい、長期的な非効率性を招くことのないよう、十分注意
しなければなりません。実際、「マクロ・プルーデンス政策手段」として言及さ
れることの多い、LTV 比率やDTI 比率の上限設定や資本流出入に影響を与える
税や規制といった手段は、資源配分を大きく歪めるリスクから無縁ではあり得
ません。したがって政策当局者は、個々のマクロ・プルーデンス政策が長期的
にもたらし得る影響を注意深く精査することが求められます。もし、中毒を続
けることになれば、長期的な影響は、比較的早期に表れるかもしれません。
13
SIFI 枠組みと長期的な効率性
こうした観点からも、SIFI 枠組みは、参加者の自主的な誘因と整合的に設計す
ることが重要です。リーマン・ショック以降の金融危機の根本的な原因の一つ
は、金融機関の行き過ぎたリスクテイクにあったわけですが、仮にSIFI 規制の
下で各行がバランスシートを縮小させつつROE を維持するた
め、”originate-to-distribute”型のビジネスモデルを通じた更なるリターンの追求
に走れば、金融システムはむしろ不安定化しかねません。この意味でも、SIFI
枠組みは、効率的な規制と監督の、包括的かつ長期的に維持可能なパッケージ
でなければなりません。
また、仮にSIFI 規制がSIFI の中核的な金融仲介機能を阻害することがあれば、
規制として非生産的なものとなってしまいます。金融サービスへの需要が実体
経済のニーズによって大きく規定される以上、SIFI への追加的な規制によって、
SIFI の金融機能を幾許か低下するか、あるいは、SIFI の果たしてきた機能が他
の主体によって代替されることは念頭に置かねばなりません。仮にSIFI と非
SIFI との間で規制の負荷に大きな違いがあれば、金融取引が規制の緩い主体に
シフトする結果、金融システム全体としてのリスクはむしろ増加することにな
りかねません、「シャドーバンキング」は、その典型的な問題の一つであるとい
えます。
とりわけアジアは、これらの問題を十分に認識すべきでしょう。すなわち、
現在、アジア新興市場国は世界の成長センターであり、高成長を支えるための
金融仲介への需要も増加すると考えられます。したがって、仮に新たな金融規
制がコアとなる金融仲介機能をグローバル・レベルで阻害することがあれば、
アジア新興市場国の経済への影響も大きくなり得ます。また、資産価格の上昇
がバブル的な状況に至りかねないいくつかのアジア新興市場国では、既に不動
産関連ローンのLTV 比率やDTI 比率の引き下げといったマクロ・プルーデンス
政策手段を現実に動員しています。したがって、これらの国々では、自らのマ
クロ・プルーデンス政策対応のベネフィットとコストを見極めるとともに、こ
れらが長期的な非効率性に結び付くことのないよう、適切な出口政策を持つ必
要があるでしょう。
14
第3部 テール・リスクとマクロ・プルーデンス政策:「安全神話」の危険性
近年の金融危機、および、悲劇的な東日本大震災は、テール・リスクは我々
が生きている間に現実化するものであり、その意味でもはやテール・リスクで
はないことを、まざまざと示しました。通常の景気循環の枠内における「普通
の」ショックしか想定していない政策の枠組みは、現実にテール・イベントが
発生した場合のインパクトに十分に対応することは困難です。とりわけ、今回
の金融危機を経て、政策当局者は、自らの政策枠組みを再考し、いかにテール・
リスクを把握しテール・イベントに対処すべきか、真摯な検討を迫られていま
す。
しかしながら、現段階では、我々はテール・リスクを把握するための十分に
信頼できる指標も、テール・イベントがもたらす病魔への万能薬も持ち合わせて
いる訳ではありません。マクロ・プルーデンス政策は、いかなる政策当局者に
とっても知的に刺激的な分野ではありますが、同時に我々は、マクロ・プルー
デンス政策が、適切なマクロ政策や有効な金融監督を代替するものではないこ
とを認識する必要があります。日本のバブル経済の経験は良い例であり、日本
は、資産価格バブルを、銀行の不動産向け貸出への上限設定といったマクロ・
プルーデンス的政策手段だけで防ぐことが難しいことを学びました13。
したがって、テール・リスクを把握し、テール・イベントの発生に対処する
上では、我々はマクロ・プルーデンス政策の枠組みに対する過信から「安全神
話」を作り上げてしまうことを避けなければなりません。仮に、金融面でのリ
スクの蓄積を特定の指標によって把握できるとか、マクロ・プルーデンス政策
は金融システムの安定を確保する上で非常に有効であるといった誤った安心感
が広がってしまうと、そのこと自体が新たな不安定化要因となりかねません。
最後に、テール・リスクへの対応の難しさを物語る一助として、北日本の釜
石港に建設されていた、世界最大の津波防波堤をご紹介したいと思います(図
表11)。この2009 年3 月に完成した防波堤は、長さ1,960 メートル、深さ63
メートルにも達し、世界最深の防波堤としてギネスブックにも掲載されていま
した。しかしながら、完成からちょうど2 年後、この防波堤は、250 機のジャ
13 日本におけるマクロ・プルーデンス政策については、Nishimura(2011c)参照。
15
ンボジェットが時速1,000 キロで衝突するのと同様の力を持つ、まさに真のテ
ール・イベントであった巨大津波によって、破壊されました。
振り返ってみると、一見不滅の巨大防波堤や、その他の津波を食い止める建
造物が、いつのまにか「安全神話」を作り上げてしまい、そのため津波という
テール・リスクを過小評価してしまうことになってしまった、ということは否
定できないように思います。そのため、日本の津々浦々にある、いわゆる津波
石碑(図表12)の警告から結果的に目をそらすことになったのかもしれません。
「安全神話」に寄りかかって暮らすことの危険性とコストを今回の出来事によ
って我々は改めて思い知らされることになったといえるでしょう。
ご清聴ありがとうございました。
以 上
16
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