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「成長論」から「分配論」へ移行しなければならないもう1つの理由 トリクルダウンの無効と格差・貧困の拡大  日経BP
http://www.asyura2.com/11/hasan74/msg/257.html
投稿者 ダイナモ 日時 2011 年 11 月 22 日 18:51:43: mY9T/8MdR98ug
 

 これまで本コラムでは、日本が経済成長を図ることが構造的に難しくなってきたことを指摘して来た。それをふまえて、成熟段階を迎えたこれからは“手元にあるものをより賢く分配する”という分配論によって、豊かな生活と安定した社会を目指すべきであると提起した。この主張は主として、人口の減少、高齢化の急速な進展、主力産業の競争力低下、財政余力の限界、金融・財政政策の効力の消失など、マクロ的視点からの分析とアプローチによる結果であった。

 今回は「分配論」を基軸にした政策の必要性について、国民の日々の生活や所得の実態というミクロ的なスコープから検証してみよう。


戦後日本は分配論を基に“一億総中流”を実現した

 戦後日本社会の最も際立った特徴だと言われたのが“一億総中流”という分配形態である。国民皆が3C(カー、クーラー、カラーテレビ)を手に入れ、夏休みには2泊3日の家族旅行を楽しみ、98%が高校進学を果たす均質で平等な社会を実現した。所得格差を示すジニ係数は0.31と世界でも最も低い水準で、“世界で唯一成功した社会主義経済”と称されるほどであった。ちなみにジニ係数は所得の格差を示す指標で、値が大きいほど格差が大きい。0.4を超えると格差が顕在化してくると言われている。

 これは高度経済成長と、高額所得者には90%以上の懲罰的な高率の税金を課すなど結果平等型の分配政策の賜物であった。この分配論の背景には強力な再分配政策だけでなく、格差の小さい年功序列賃金制度が効いていた。戦前は新入社員の100倍と言われた大企業の社長の給料も、日本型社会モデルが完成した70年代には10倍程度と平準化が進んだ。つまりこうした分配政策の背景には、同じ日本人としてあまり大きな格差を良しとしない文化や価値観があったと考えられる。

 こうした日本型平等社会のメカニズムが90年代に入って変調をきたした。80年代の最後のイベントとしてのバブルが崩壊した後、失われた10年(後に20年と言われる)に突入した頃から一億総中流が崩れ始めた。一億総中流を実現してきた車の両輪が高度経済成長とジニ係数0.3そこそこの分配論だったのだから、その片輪である高度経済成長が止まってしまったらうまくいかなくなるのは当然である。


バブル崩壊後、日本はトリクルダウン政策に走った

 バブル崩壊以降、沈滞の続いていた日本が新局面を迎えたのは、失われた10年を経て2000年代に入った時である。バブル崩壊後の失われた10年の間、従来型の経済対策をあれもこれもとやってはみたものの、日本経済が再び成長軌道に戻ることはなかった。それどころか、バブル崩壊で大量に発生した不良債権の解消すら遅々として進まなかった。そこでEUの本格的始動や中国の台頭という経済競争激化のプレッシャーの下で、従来の日本型経済運営とは全く異なる経済政策アプローチに踏み切ったのである。それが、かつて一億総中流を実現した日本型経済政策の主柱であった平等型分配論との決別である。

 所得税と法人税の税率を下げ、規制緩和を推し進め、社会保障費をカットした。企業や高額所得者という競争強者にインセンティブを与えて、彼らの生み出すパイの拡大によって経済の活性化を図った。その恩恵が二次的には社会的弱者に及ぶという「トリクルダウン」と呼ばれる方法論である。

 この方法論は、80年代当初の米英が、社会/経済の構造的閉塞状況から抜け出すために、レーガノミクス、サッチャリズムの名の下に取った政策だ。中国のケ小平が90年代初頭に、社会主義的経済政策の限界を突破するために採用した“黒い猫でも白い猫でも”政策もこの考え方に基づいている。

 トリクルダウン手法を一般論として全否定するべきではないとは思う。80年代のレーガノミクス、サッチャリズムも、90年代の“黒い猫でも白い猫でも”政策も実際に成果を上げ、社会と経済の沈滞から抜け出すことに成功したのだから。

 しかし、この新自由主義的な思想に則ったトリクルダウン政策は日本においてどういう結果をもたらしたのか? 言い換えると、従来からの結果平等型の分配論政策を逆転させることによって、日本は失われた10年/20年から脱却できたのか? 強者が牽引する経済活性化の恩恵が社会的弱者にも及んで、一億総中流が復活したのか? 結果は全くそうではなかった。


所得は減少、貧困率は上昇

 幾つかデータを示しておこう。

 まず90年代〜2000年代の所得税、法人税を見ると、90年代は最高所得税率(住民税含む)は65%であったが、1999年に50%へと引き下げられた。これは1997年に消費税率を3%から5%へと引き上げたのに伴う措置である。また90年代半ばまでは37.5%であった法人税率も99年には30%へと引き下げた。これらの政策は典型的な強者優遇策で、分配論の観点からすると“逆進型”の政策である。

 このようなトリクルダウンを狙った強者優遇策の結果、景気、国民の所得、税収、そして格差はどうなったか。

 景気については多少の効果が表われたと言ってもよいだろう。90年代後半の平均成長率が0.8%であったのに対して小泉政権時の2002年〜2006年の平均成長は1.2%までに回復した(ただし、このパフォーマンスには2000年のITバブル崩壊による不況から世界全体が回復してきたこと、とりわけ中国が目覚しい経済成長を開始したことによる恩恵も含まれていることも考慮するべきであろう)。

 では国民の生活を直接左右する所得はどうなったのか? こちらには十分な成果は表われていない。1世帯当りの平均所得金額は1996年には661万円もあったのに、失われた10年の中で2000年には617万円まで低下していたが、トリクルダウン政策を採用した以降もその低下トレンドが止まることはなかった。

 2000年からリーマンショック前年の2007年までを見ても、556万円までずっと下がり続けた。トリクルダウン政策の下、7年間で約1割もダウンしたことになる。2000〜2007の間デフレも継続していたので、それを考慮して実質所得で換算しても2%ダウンである。トリクルダウン政策に舵を切った以降も、名目でも実質でも所得は減少し続けたことになる。

 このように国民の生活が良くならなかったことに加えて、格差と貧困は着実に拡大していった。

 ジニ係数は、再分配前(納税や社会保障給付のやり取りをする前)の当初所得で見ると1999年に0.472だったものが2008年には0.532まで上昇した。再分配後のジニ係数は、1999年が0.381であったのに対して2008年は0.376とわずかばかり低下したが、80年代初頭には0.314であったことと比べると大きく拡大している。一億総中流の分配状態は明らかに消失してしまった。

 貧困の問題はさらに深刻である。所得の中央値の半分以下(2010年で約112万円以下)の所得しか得ていない世帯の割合を示す相対的貧困率は、1998年には14.6%であったものが2010年には16.0%となり、ジリジリと上昇してきている。それと並行して、生活保護を受けている人数は1999年には100万人であったが、2011年には200万人に達し、この10年余りで倍増した。

 ちなみに相対的貧困率の高さはOECD30カ国中ワースト4位(2000年代半ば)。1人当り国民所得は18位(2009年)で十分に豊かな国であるはずであるのに、貧困に苦しむ人の比率がこうも高いのは、明らかに健全な分配がなされていないということなのだ。

 以上見てきたように、80年代までの日本は成功した社会主義国と言われ、一億総中流という世界でも珍しい国民意識を実現した。90年代初頭には世界一の1人当り国民所得を誇った。しかし、失われた20年の間に所得金額が名目でも実質でも減少してしまったばかりか、文化や社会の仕組みを支えていた平等型の分配のあり様も完全に姿を変えてしまったのである。

 前回までのコラムで見て来たように、マクロ的視点からも成長論的政策はもはや有効ではなく、分配論を軸にした経済政策によるしかない。我が国の国民意識と社会の仕組みを形作ってきた平等型の分配論が変容してしまっている現実を見ると、安定した社会に不可欠な格差の是正と貧困の解消を実現するために、大胆な分配論政策が今こそ必要なのである。


http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20111107/223679/
 

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コメント
 
01. 2011年11月23日 01:11:26: dPZ7CJutOs
波頭亮さんの言っていることはほとんど賛成。
ただ一点、経済成長と再分配を対立させるのは、よくないと思う。
経済成長かつ再分配強化、経済成長と再分配強化の両立がより正しいのでは。

■成長と分配を対立概念として捉えるのはまずい。
http://twitter.com/#!/namiheiAMURO/status/125719136528633857
Economist,PhD Econ(ANU),Teaching:Jpn Econ(Sophia), Finance(Komazawa) etc.
former senior economist at a French securites co.,major interest:Jpn Polit Econ
アムロ波平教授


■貧困撲滅策=国民手当ての支給

■国民の誰もが医・食・住を保障される国づくり
■生きる不安を取り除くことが新しい社会インフラ 波頭亮(経営コンサルタント、経済評論家)
80年代までは通用した “一億総中流社会”を築き上げる方法論――
公共事業で産業インフラを整備して経済のパイを拡大し、経済成長がもたらす配当を国民全員に分配する
――は完全に過去のものである。
成熟期に入ったら、成長期だったからこそ成立した政策もライフスタイルも通用しなくなると覚悟しなければならない。
では、どういう国家ビジョンを描き、どういう政策を実施し、どういう社会でどういう生活を営んでいけばよいのか?
これらについて「成熟日本のアジェンダ」として提起していこう。
▼「国民全員に医・食・住を保障する」という社会インフラ
そもそも国家の使命とは、国民に安心・安全で豊かな生活を提供することである。
それは成長期も成熟期も変わらない。
そのために国は税金を集め、そのカネで社会インフラを整え、公共サービスを行い、法律や制度を制定して世の中を回しているのである。
では人口も経済も成熟した社会において、国民に安心・安全な生活を提供するために国家は何をすればよいのか。
その答えを端的に言うと「国民全員に、医・食・住を保障すること」である。
人が生活の中で最も深刻な不安を感じるのは、食べることの不安、住むことの不安、病気になった場合の不安、
そして老いて介護が必要になった場合の不安である。
逆に言えば、もし失業しても、病気になっても、食べること、住むこと、そして病院にかかることが、
国民全員に保障されていたならば、どれほど安心して人生を送ることができるだろうか。
医・食・住が国家によって保障されていれば、人はこの国で安心して生まれ、育ち、働き、老後を送ることができる。
国民がこの国で安心して人生を送っていくための「医・食・住の保障」というサービスを提供することこそが、
これからの時代に求められる公共財であり、新しいタイプの社会インフラだということができる。
「医・食・住の保障」という社会インフラは国民の生活を豊かにするという目的に対して、
経済の面でも国民の満足度の面でも、これまで行ってきた産業インフラへの投資よりも明らかに効果が大きい。
経済成長を通して国民の生活を豊かにするという方法論が効力を失った成熟社会においては、
手元にある経済資源を産業インフラの整備に投入するのではなく、国民の医・食・住を保障するために使う方が合理的である。
成熟日本が目指すべき国家ビジョンとして「国民の誰もが医・食・住を保障される国家」を掲げて、
その実現のためにお金の集め方と使い方を変え、新しい社会インフラ/公共財として整備していくべきなのである。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20110920/222708/?ST=top&rt=nocnt
以前、提案しましたように自殺者を減らすには、“うつ病”になる主因のひとつ、
生活不安・経済不安を解消することが必要。
(お金がなければ、厳寒をしのぐ温かい部屋で寝ることもできない、飯を食べることもできない、病院にも行けない。
これでは、就労も困難)
つまり、憲法25条の問題です。
「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」。
「派遣村住人」、ホームレス、そしてネットカフェ難民の類には、25条(生存権)が保障されていません。
行政の現状は、憲法に違反しています。
25条を国民に保障するためには、
短期的には、生活保護法の改正や運用改善による生活保護制度の拡充(水際作戦の禁止など)、
中〜長期的には、負の所得税のような基本所得保障制度の導入が必要でしょう。

■負の所得税の予算と財源 −財源はある(かも)!
http://d.hatena.ne.jp/ColdFire/20100206/1265421463
>すなわち負の所得税に必要な予算額は5.5兆円である。
控除額300万円、助成率50%の負の所得税に必要な予算額は5.5兆円だから、
控除額や助成率を引き下げれば、さらに予算が少なくて済む。
控除額150万円、助成率40〜50%ならば、予算額は2兆円台で済むだろう。
これなら、十分実現可能であり、生活保護制度よりははるかに公平・公正・効率的な制度である。

ネーミングがよくないので、「国民手当て」(仮称)としてはどうか。


02. 2011年11月23日 10:04:29: XJL2YLIhEs
金持ちになったからって胃が三つになったり足が八本になったりするわけではないので、ローマ人のように食っちゃ吐き食っちゃ吐きするか、イメルダのように靴博物館でもやるしかない。
普段からハレの食事をしてると、正月のお節がご馳走に思えなくなってワケ解らないメニューになる。
健康の為に、食欲を失せさせる青紫色のフリカケがあるらしいけど、既にイッチャッテる。
私はベストセラーになった『いつまでもデブと思うなよ』の、ポテトチップを食べすぎないように途中で流しに持ってって水に漬ける、というくだりで吐き気がした。餓死してしまえと思ったわ。

03. 2011年11月24日 13:37:54: HcfJUgzDQk
分配論は負け犬の考えとしてよいと思います。しかし今現在千兆円を超える借金を政府が持っています。分配論ではこの借金は返せません。

デフレはそうこうしているうちにさらに進捗していきます。現実離れをした議論にすぎません。分配しただけで総額が増えるわけではありません。いずれ変事が起こり、にっちもさっちもいかなくなります。現実の津波被害のように。


04. 2011年11月26日 09:26:41: 41eVkRplQI
1%未満のものが世界中の富を独占している、という状況では、
逆に「富」(貨幣という単なる記号)の意味が問われてきます。

実際、米国に仕掛けられて経済が崩壊しかかった国々では、
物々交換に近い地域経済が復活して日常生活を維持したと言われています。

そろそろ、米国そのものが、そうなる段階に来ているような気がします。


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