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日本と朝鮮の因縁の歴史・nandakorea(露・中・朝・韓・台・日が結束すると、米・英・以を撃退する事が可能です)
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak46/msg/302.html
投稿者 小沢内閣待望論 日時 2011 年 4 月 22 日 16:34:40: 4sIKljvd9SgGs
 

http://nandakorea.sakura.ne.jp/html/nikkanrekisi.html
日本と朝鮮の因縁の歴史★ このサイトはフレームです。検索などできた方は【ココを】クリックしてください。 ★

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rx178様のところで見つけたoza002様のNAVERでの投稿をちょっと補足する形で紹介します。
 日本は歴史教育で韓国・北朝鮮に「悪いことだけしかしてない」かのように贖罪意識を植え付けるように教えてます。
 韓国(北朝鮮)は歴史教育で「日帝36年の史上最悪の植民地政策」と日本を非難します。また、当時の李朝時代を天下泰平の世だったと捏造し、「日本は朝鮮の近代化の道を阻害した。」「韓日合併がなければもっと発展していたはずだ。」と大真面目に子供に教え込んでます。
しかし、そもそも侵略されたり支配されたりしないための近代化なのに、支配されたから近代化できなかったと言うのでは順序が逆だと思います。
清国も日清戦争の敗北で洋務運動の破綻が明らかになりましたが、それを「日清戦争で負けてなければ洋務運動は成功していた」というようなものです。順序が違うと思います。  支配されたから自力で近代化できなかった×
 自力で近代化できなかったから支配された○
迫りくるロシアの脅威や各地を植民地化する欧州列強の世界情勢で朝鮮が自力で近代化を終えるまで待つ猶予なんて日本にはなかったのではないでしょうか?
歴史にIFはつきものですが、冷静に当時の日韓併合に至った日本と半島、そして当時の世界情勢を分析する必要もあると思います。

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清の属国明治維新 編 


長い間、朝鮮は隣の大国清の属国になっていた。


迎恩門
清皇帝から受けた恩に、感謝して迎えるために作った門。
ここで朝鮮王は、9回頭を地面に叩きつけて、ひれ伏し、清の使者を迎えた。


三田渡碑(土下座碑)
清の太宗が要求したのが、九叩三拝(頭を地にこすりつけて、土下座して謝罪)という屈辱的な礼。
太宗は、朝鮮王朝がこれを忘れないようにと、わざわざ、モンゴル語、満州語、漢語の碑文を作って、その場所に建てさせた。
(文禄慶長の役の後始末がつきかけたのも束の間・・)


大国清の属国高麗国旗

貧しい李氏朝鮮時代

1880年代のSeoul 南大門大通り(中心街)


通りに面した藁葺きの建物は、商店


1897年のSeoul 南大門大通り 城門の前は商人の店




Seoulの様子



Seoulの韓国人・Color補正版


そんな中1840年清と英国との間でアヘン戦争が勃発。


41年に、エリオット総司令官ひきいるネメシス号が中国船を砲撃している場面


しかし、1842年清がアヘン戦争に敗れ、衰退化しているのにもかかわらず、

朝鮮は清の属国という地位に甘んじていた。

そんな時、日本は1853年のペリー来航で開国した。


小田原に来航する黒船群 『たったいっぱいで夜も眠れず』


日本は欧米列強に対して危機感を持ち、

明治維新を成し遂げ自力で近代化を成しとげた。

アジアで唯一、自力で近代化を成し遂げたのも江戸時代から受け継いだ庶民レベルにまで浸透していた藩校や寺子屋の教育レベルの高さを受け継いだ明治政府が
更に教育の近代化を強化したことが大きい。明治期は数多くの偉人、才人が登場する日本史でも特に面白いところだと思います。
江戸時代の数学『塵劫記』・日本の文化・伝統と教育


明治維新の立役者 坂本竜馬

だがそんな日本を清と朝鮮は『華夷秩序を乱す蛮行』として

疎ましく思うのみであった。

当時の海外の新聞の風刺画
両班(朝鮮)に耳打ちする清


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甲申事変と福沢諭吉 編 

朝鮮半島が列強に占領されたら、

日本は国を守る手立てがない!

相変わらず呑気な清の属国朝鮮に対して

日本の明治政府は朝鮮が自力で

自分の国を守れる近代国家になるよう、強く望んだ。


明治天皇の写真・内田九一撮影(明治6年)

その時、朝鮮の中にも『日本に見習うべき』

という一組織があって、李氏朝鮮に対して

甲申事変というクーデターを起こすも失敗

朝鮮版明治維新は実現にならなかった。



 開国後、朝鮮人自身の手で近代化をしようとした金玉均(キム・オクキュン・写真)
 らがクーデターをおこした。金玉均は、失敗して上海に逃亡し暗殺された。

3日天下の金玉均

「昔の自分のようだ」と言って、支援していた金玉均が革命に失敗。

慶応義塾(福沢が作った大学)に受け入れていた朝鮮人留学生60人は学問を放棄し、遊んでばかり・・・。

最後には、慶応大学の金庫を荒らしてしまう!

朝鮮に対する希望を失った福沢諭吉は有名な『脱亜論』を発表する。


『悪友を親しむものは

共に悪名を免れるべからず』

「独立の気概のない者にかかわりあっていると
とも倒れになる。」


福沢諭吉


さすが『学問のすすめ』の福沢諭吉。
伊藤公がインフレを整備したのに対し、学問の普及を促進した。
「近代ハングルの父」福沢諭吉


そんな中ロシアは不凍港を求め

朝鮮半島を狙っていた・・・・・


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日清戦争 編 


虎視眈々とロシアが朝鮮を狙っている中

日本は朝鮮を清から切り放つため

1894年日清戦争が勃発


第2軍の旅順要塞攻略(明治27年11月17日〜21日)



日清戦争旅順口砲台乗取之図 尾形月耕画



黄海開戦



黄海開戦陣形



兵力では圧倒的に多い清(欧米から「眠れる獅子」と恐れられていた)に日本は連戦連勝

見事にあっけなく朝鮮の宗主国 清を打ちのめした。

1895年4月に日清講和条約(下関条約)が締結された。


1895年3月の日清講和会議

下関条約
・清国は朝鮮の独立を認める。
・遼東半島、台湾、澎湖島を日本へ割譲する。
(注:遼東半島は、後に三国干渉により放棄させられる。)
・2億両(テール)の賠償金を日本へ支払う。
・日本人は各開市場・開港場において、製造業に従事できる。
・片務的最恵国待遇を日本に与える。


以後朝鮮は独立の道を歩むこととなる。


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大韓帝国 編 


日本に独立させてもらった朝鮮は

国名が李氏朝鮮から大韓帝国にかわった。

独立して迎恩門が壊され独立門が作られた。


迎恩門


独立門


現在の独立門

だが、朝鮮の独立国としての行動はそれまでとなった


大国ロシアの圧力により

日本には三国干渉を迫られ
(遼東半島を清に返すこと)
三国干渉→大国ロシアとフランス・イギリスによるアジア蔑視の当時だからできた常識外れの恫喝的内政干渉

日本がそれに屈することをみるや否や


今度はロシアに事大しロシアの属国になろうとした。


高宗(国王)の妃閔妃らは大国ロシアに接近して
( 韓国政府をロシア公使館内に置くという事大っぷり!)

日本を牽制しようとし、親日派を追放した(1895.7)。


高宗(国王)の妃  閔妃

その後、日本公使・三浦悟楼らが閔妃を暗殺した。

当然、非難されるべきではあるが・・・
日本大使館を襲ったから、閔妃事件が起こった
明成皇后 とはどのような人物であったのだろうか ?
閔妃の経歴(閔妃美化ドラマを見ている韓国人へ)

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日露戦争編 


ロシアが朝鮮に干渉し始める

このままでは日本も危ない

こうした状況の中で日本は、

極東でのロシア進出を脅威とするイギリスと

1902年1月に日英同盟を結んだ。

1904年に日露戦争が勃発。


旅順港内に停泊中のロシア艦



黄海海戦(左から富士、朝日、三笠)



蔚山沖海戦で撃沈するリューリック



日本軍入城の日の遼陽西門



乃木第3軍、旅順入城(午前10時20分)



3月15日、満州軍総司令部が奉天入城。先頭から4人目が大山巌元帥。



樺太完全占領(降伏を伝えるロシア軍の使者)



日本海海戦 戦闘直前の三笠艦橋 中央は連合艦隊司令長官東郷平八郎大将



連合艦隊司令長官東郷平八郎大将

若き日の東郷平八郎


日露戦争中の秋山真之首席参謀中佐。



日本海海戦を指揮した連合艦隊司令部。



新橋駅に凱旋した東郷平八郎ご一行


←日本人必読の書


日本はロシアに苦戦しながら辛勝(日本海海戦大勝利)。

1905年10月にアメリカの仲介で締結された

ポーツマス条約により正式に終戦

ポーツマス条約
・日本の朝鮮における優越権を認める
・日露両国の軍隊は、鉄道警備隊を除いて満州から撤兵する
・ロシアは樺太島の北緯50度以南の領土を日本へ譲渡する
・ロシアは東清鉄道の内、旅順−長春間の南満州支線と、付属地の炭鉱の租借権を日本へ譲渡する。
・ロシアは関東州(旅順・大連を含む遼東半島南端部)の租借権を日本へ譲渡する
・ロシアは沿海州沿岸の漁業権を日本人に与える

日本国内では、国民が大幅な増税に耐えてこの戦争を支えたのに対して、
賠償金がまったくとれなかった条約に反対し不満をつのらせ、
1905年9月5日の講和反対国民大会では暴徒化し日比谷焼き討ち事件がおこった。

 一方、日本勝利は、ヨーロッパ・アジアの国々に大きな影響を与えた。
特に、ロシアの影響に苦しんでいたヨーロッパ諸国は日本の勝利を喜び、
東郷ビールや東郷通りなどがつくられ、トルコなどでは子供の名前にTOUGOUとつける人までいた。

「ロシアの植民地になっていたら」親日派教授の意見

すぐに言論弾圧されましたが・・・


その後朝鮮は日本の保護国となる

1905年2月22日は島根県が竹島を編入した年ですが、100年後の2005年に「竹島の日」を制定したことに韓国が猛抗議しているのは皆さんご存知の通りだと思います。竹島や欝陵島は無人島で現在の島根県や鳥取県の漁民の方たちがアザラシ漁の基地などとして実効支配してきた場所ですから自然な成り行きだと思いますが、韓国ではこの年(1905年)は日本の保護国となり、外交権を奪われた屈辱の年だから無効だ!!反対だ!!というほとんど感情的な理由としか思えない抗議をしてます。(竹島が日本の領土だという明確な説明はコチラを見てください。)そもそも日本は大韓帝国の外交権なんて奪ってません。日本の保護国となる以前、大韓帝国政府はロシア公使館の中にあり、ロシアに事大してたのです。ポーツマス条約を見てください。ロシアから朝鮮の優越権を委譲されただけです。それに竹島編入は2月22日であり、大韓帝国を保護国としたのは同年10月です。時系列からおかしいです。韓国(北朝鮮)が朝鮮半島を太古より独立国であり李氏朝鮮時代を「東洋の理想国」だったと歴史を捏造する限り、このような齟齬はこの先も絶対解決しないでしょう。
 今でもノムヒョンは中国・ロシアにつこうか、日本・アメリカにつこうか優柔不断な動きを見せてますね。歴史は繰り返すということでしょうか?

宗主国がロシアから日本になってから・・・


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伊藤博文と朝鮮 編 


日露戦争後、朝鮮は日本の保護国となった。

初代統監伊藤博文は朝鮮に以下のような改革をすすめた。



【朝鮮近代化の父】伊藤博文


司法制度の整備

朝鮮総督府


平壌控訴院地方区裁判所


大邱地方法院

金融制度の整備

朝鮮銀行


拓殖銀行大田支店


第一銀行釜山支店

産業開発

京城通信管理局


朝鮮窒素肥料・日本マグネシウム・朝鮮鉱業などの工場が次々に進出した。


水豊ダム 当時出力世界二位のダムで、朝鮮及び満州の電力をまかなった。

教育振興

京城高等尋常小学校


京城帝国大学予科


大田幼稚園


羅南公立高等女学校

伊藤博文は朝鮮を近代化させた後

独立させるつもりでいた。


朝鮮併合には反対だった。
朝鮮併合 反対派 朝鮮併合 賛成派
 初代朝鮮統監 伊藤博文
第二代朝鮮統監 曽祢荒助
(日露戦争時の大蔵大臣)
山県有朋
寺内正毅陸軍大臣

伊藤ら反対派の主張「朝鮮併合後の維持には日本の国力を超えた莫大な金が掛かる」


伊藤博文・山県有朋・陸奥宗光の朝鮮半島に対するそれぞれのスタンス

しかしそのころ、朝鮮では・・・・・・・

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日韓併合 編 


朝鮮では近代化は『小中華主義』に反する
(今まで未開の島国の倭猿、弟だと思っていた国に支配されるのは儒教の教えから我慢ならなかった)

蛮行と捉え反日活動が続出

韓国皇帝は日本に全面協力する態度

を装いながら、ロシアなど列強国に

蜜史を送るという裏切り事件を起こした

伊藤はこの有様に失望しこのように述べた

かくの如き陰険な手段を似て

日本保護権を拒否せんとするよりは

むしろ日本に対して

堂々と宣戦を布告せらるるのは

捷径なるにしかず


(上記の要約)
こんな陰険な方法で日本を拒否するなら
日本に宣戦布告して来い。

「明治日本の対韓政策」(著:深谷博治)から、伊藤博文の言葉を抜き出してみよう。
「韓国人の誰が、自ら、その独立を主張したのだろうか?そして、韓国人の誰が、自ら、韓国の独立を承認したのだろうか?あるならば聞きたい。韓国人は、数千年来、固有の独立を有していたと主張するが、私はこれを認めることは出来ない。」
「日本は出来るだけ、韓国を独立させようとしてきた。しかし韓国は遂に独立できなかった。そのため、日本は、日清・日露の二大戦役を開く羽目となった。その結果として、日本は韓国を保護国とした。これを日本の侵略だと言うなら言うがいい。日本は自衛上、本当にやむを得ず韓国を保護国としたのである。」

「そして、世界の大勢を見るがよい。どんな大国も、今日まで一国で世界の平和を維持できる物ではない。僅かに、地域ごとに平和を維持しつつあるだけだ。これは、つまり、同盟国の必要な所以であって、もし一衣帯水(距離が近い事を示す)の韓国に外国勢力が影響力を行使するような自体になれば、日本はその独立を危うくするものである。日本は、絶対に韓国が日本に背くことを許すことができない。」

「しかし、日本は非文明的、非人道的な行為をしてまでも韓国を滅ぼそうとするものではない。韓国の発展は大いに日本の望むところであって、韓国自身が国力を身につけ、発展するためならば、韓国は自由に行動してよい。ただ、ここに一つの条件がある。すなわち、韓国は日本と提携するべきであるということだ。日章旗と巴字旗(韓国旗)が並び立てば、それで日本は満足である。日本は何を苦しんで韓国を滅ぼすことがあるだろうか?」

「自分は、本当に日韓の友好を深めるために、誠心誠意尽くそうとしている。しかし、日清・日露の両大戦の際に、韓国は一体何をしたのか?陰謀以外の何をしたというのか?戦争中は傍観者に徹していたではないか?君たち(韓国人)は、日本が、突然やってきて韓国を滅ぼそうとしていると思うのは、一体どのような根拠に基づくものか聞いてみたい。」

「日本は韓国の陰謀を断ち切るため、韓国の外交権を日本に譲れと主張した。だが、日本は韓国を併合する必要はない。併合は甚だ厄介である。韓国は自治を要する。しかも日本の指導監督が無ければ、健全な自治を遂行し難いと考える。」


朝鮮は近代化を拒否しかつ

独立や自立という概念がなかった


あるのは中華文明の誇りと事大主義だった

もう日本を守るには朝鮮併合しかないというときに


併合反対論者の伊藤博文を

独立運動家の安重根が暗殺

流れは一気に朝鮮併合へ進んだ
朝鮮併合 反対派 ⇒ 朝鮮併合 賛成派
 初代朝鮮統監 伊藤博文
(安重根が暗殺)
第二代朝鮮統監 曽祢荒助
(1910年に曽祢統監は胃ガンで倒れ、
同年解任)
山県有朋
(伊藤亡き後、最長老として
軍政両界に権勢を振う)
寺内正毅陸軍大臣
(第三代朝鮮統監に任命される)

「朝鮮銀行」 多田井喜生 2002年 PHP新書
明治42(1909)年10月26日、伊藤博文は、ハルビン駅頭で韓国人の独立運動家の安重根にピストルで暗殺された。『馬鹿な奴じゃ』これが伊藤の最後の言葉になった。捕えられて旅順に送られた安は、検察官の訊問に対して、『人の国を取り、人の命を取らんとする者あるを、袖手傍観するということは罪悪でありますから、その罪悪を除いたのです』と陳述した。

伊藤遭難の報せを聞いたドイツ人医学者エルビン・ベルツは、「伊藤博文をしのぶ」と題した一文をすぐドイツの新聞に発表した。ベルツは東京医学校に招かれて明治9年に来日して肺臓ジストマを発見し、宮内省御用掛として明治天皇の侍医をつとめ、明治38年に帰国していた。

『伊藤が、人もあろうに韓国人に暗殺されたことは、かれが日本における韓国人の最上の知己であっただけに、いっそう悲劇である。日露戦争の後、日本が韓国に干渉の手を差しのべたとき、思いがけない抵抗に突きあたった。暴動と日本人殺害は、いつ果てるともみえなかった。そこで東京の軍部と新聞は、思い切った処置と、武力による圧制を要求した。しかし伊藤は、穏便な出方を支持したのである。かれは、腐敗し切っていた韓国の国家制度に有益な改革を加えることにより、日本の統治下にある方が優っていることを、韓国民に悟らせることができると信じていた。……ヨーロッパでは、韓国における日本側の過酷な仕打ちについてのみ聞かされているが、学校を建てたり、合理的な農業や養蚕を教えたり、鉄道や道路や港湾を設けたり、勤勉で熟練した日本の職工や農夫の手本を示したりして、日本側の挙げた業績については、何も知らされていない。しかし筆者は、3回この韓国を訪れて、親しくその事実を確かめたのである。……いつか韓国民自身が、恐らくこの暗殺を悔やむことだろう。――だが、日本にとっては、伊藤博文は掛替えがない。その老練無比の政治家を、国家は失い、無二の信頼すべき顧問を、天皇は失った』

世界中から暴徒を非難する声
■ドイツ人の言葉
韓国人が伊藤を暗殺した事は、とても悲しい事である。
何故なら、伊藤は韓国人の最も良い友であったからだ。
日露戦争後、日本が厳しい態度で韓国に対応すると、意外の反抗に逢った。
陰謀や日本居留民の殺傷が連続して起こった。
その時、日本の強硬派と言論機関は、「もっと厳しい手段を行おう」と絶叫した。
しかし、伊藤は穏和方針を固持して動かなかった。
当時、韓国の政治は、信じられない程、腐敗していた。
伊藤は時代を理解し、正しい改革によって、日本統治が幸福である事を理解させようと勤めた。
その為に、60歳を超えた高齢で統監という多難の職を引き受けたのだ。

※エルウィン・ベルツ博士「伊藤博文の思い出」

■ロシア人の言葉

考えれば考えるほど「恥ずかしさの極限」である。
最後の大戦争(日露戦争)以前に伊藤が言った事を、もし、ロシアが聞いていたら、あの悲惨な戦争も、ロシアの敗戦という不名誉もなかった。
(中略)
伊藤は「ロシアは満州から去れ」という、強引な主張をする人ではない。
尊敬すべき「年老いた大偉人」の逝去は、日本の損失だけではない。
我がロシアの損失である。
韓国の大損失である。
  
※ホルワット少将「ハルピン・ウェストニツク紙」

■イギリス人の言葉

伊藤を西洋の政治家と比較してみよう。
伊藤はビスマルクのような武力主義ではなかった。
平和的であり、グラッドストーンと同じタイプだった。
財政の知識が豊富であった事はビール(政治家の名前)に似ている。
政策を行う時の機敏と大胆さはビーコンスフィールドに似ている。
伊藤は西洋全ての偉大な政治家の特徴を抜粋して合体させた様な人だった。
そして彼は驚嘆に値する将来の見識を持っていた。
このような人が40年間の長期間に渡って、国家の指導的役割を担っていたのは、本当に「人類史に残る偉大な光景」と言うべきだろう。

※「伊藤の性格」ブリンクリー主筆 イギリス紙「ジャパーン・メール」


■韓国皇帝の言葉

伊藤を失った事で、東洋の偉人がいなくなった。
伊藤は我が国に忠実と正義の精神で尽くしてくれた。
自分の骨を長白山に埋める覚悟で、韓国の文明発達に尽くすと言っていた。
日本に政治家はたくさんいるだろう。
しかし伊藤のように国際政治を理解し、東洋の平和を祈った者はいない。
本当に伊藤は韓国の慈父だった。
その慈父に危害を加える者があるとすれば、物事を理解できない流浪人だろう。
10月27日   韓国皇帝(高宗)


伊藤を失った事は、我が国だけの不幸ではない。
日本だけの不幸ではない。
東洋の不幸である。
その暴徒が韓国人である事は、「恥ずかしさの極限」である。
10月28日   韓国皇帝(高宗)





逮捕直後の安重根
国債報償期成会と安重根
安重根と断指血盟
伊藤公を暗殺した理由らしいです。
一体どこから独立するつもりだったんですか?
伊藤博文が韓国人の実力者とパーティーを開いた時の言葉 1908年6月19日
私は韓国を立派な国にする為に韓国に来た。
韓国を滅ぼす為に来たのではない。
独立運動家を自称する暴徒達の心は理解できる。
しかし、彼らは国の滅亡に怒りを抱いているだけだ。
この国を存続する為の方法、展望を全く持っていない。
だから、彼らが「独立」を達成しても結局は国を滅すだろう。
韓国の事を愛する気持ちは、私も彼らも同じだ。
ただ、その為の手段が異なる。
NAVERより
伊藤博文が韓国の新聞記者を招いたパーティーでの言葉  1907年7月29日
私の考えを理解できない人間は「日本は伊藤を使って韓国の独立を奪った」と言って独立運動家を名乗り、一般人に馬鹿な考えを宣伝し、
「内容が無い、名前だけの独立」を達成しようとしている。
日本は韓国から搾取をする事を考えた事は無い。
韓国人は日本の考えを直ぐに誤解する。
また、今回の事件(ハーグ密使事件)が起こった事で「韓国を併合するべき」と主張する日本人がいると言う。
私はその必要は無いと考えている。
併合は問題を増加させてしまう。
それよりも韓国政府の統治能力を高める方が日本と韓国に有益である。
日本の指導、支援の結果として韓国が「強く、豊かな国」になっても、日本の脅威にはならないと信じる。
日本は韓国が「強く、豊かな国」になる事を望む。
その為の日本の努力、支援の見返りとして日本が韓国に求める事は1つだけだ。
それは韓国が日本と友好国であり、信頼できる同盟国である事だ。 
それは、きっと日本の利益になるだろう。
NAVERより


テロリスト賞賛映画に寄付するお隣の芸能人

そして1910年日韓併合

先ず、併合は韓国側の請願によって合法的に進められた。
また、原因は朝鮮王朝に国家を運営する能力が無く、
日本との信頼関係を裏切り、国際的な信用を無くしたあげくの併合であった事実を忘れてはならない。
国を治める力が無く、陰謀と裏切りと変節の果てに国を失った朝鮮王朝の自業自得である。

世界が日韓併合をどのように捕らえたか。
日本は思いやりの態度で韓国に接していると思う。今度こそ、韓国を中国からの呪縛から解放しようとしているようだ。韓国国民に平和と繁栄と文明開化をもたらすことによって、力の弱い隣国韓国を安定した独立国にしようと考えている。こうした日本の動機は韓国知識層で ある官僚の多くが歓迎している。アメリカにも異存はないと思われる。

1 904年10月4日 ロンドンタイムズ紙
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「十二月八日− 日本が米英に宣戦布告した1941年、昭和十六年十二月八日 大東亜戦争勃発の 日(後世、太平洋戦争と呼称されている)
1910年、日本が韓国を併合したのは(韓国の)新皇帝が 「請願」したからであっ た。パールハーバー以前は、日韓関係について語る歴史家は、日本が欧米列強から 教わった国際関係の規則を、実に細かいところまで几帳面に守っていた、といってほめるのだ。トリート教授によれば、日本は「一つ一つの手続きを外交的に正しく積み上げていた。そして、・・・宣言ではなく条約で、最終的な併合を達成したのである。」
事実、列強の帝国建設はほとんどの場合、日本の韓国併合ほど「合法的」手段を踏んでいなかった。

アメリカの鏡・日本ー ヘレ ン・ミアーズ
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朝鮮の王室と政府は腐敗堕落しきっており、、頑迷な朋党は、人民の財を略奪して い る.その上、人民はあまりにも愚昧である。これでは国家独立の資格はなく、進んだ文明と経済力 を持つ日本に統治させなければ、ロシアの植民地になるだろう。
伊藤博文総監の施策は、朝鮮人にとって有益で、人々は反対していない。

アメリカ人の朝鮮外交顧問  ドーハム・スティーブンソン


↑南大門の前に新たな門が立てられ、その上に大韓帝国の旗と日本の国旗が。門にも日本の併合を強力に推し進めた一進会の文字。
「韓日合邦を要求する声明書」一進会
日本は日清戦争で韓国を独立させてくれた。
日露戦争でロシアに食べられる寸前の韓国を救ってくれた。

それなのに韓国はこれを感謝しなかった。
あの国に着き、この国に着き・・・結局は外交権を奪われる事になった。
しかし、これは我々が自ら招いた事態である。
丁未条約を締結する事になったのも、やはりハーグ事件を起こした我々に責任がある。 
伊藤博文が韓国の国民を見守ってくれ、皇太子を導いて韓国の為に尽くしてくれた事は忘れられない。

それなのに暗殺事件が起こってしまった。
今後、どんな危険が到来するのかわからない。
これもまた韓国人が自ら招いた事態である。
(中略)
だから劣等国民として保護されるよりも、日本と合邦し大帝国を作ろう。
世界の1等国民として日本人と全く同じ待遇を受けながら暮らしてみよう。
※1909年 12月4日「韓日合邦を要求する声明書」一進会(百万の朝鮮人会員)

当時の朝鮮の外交官 李成玉 の言葉
現在の朝鮮民族の力量をもってすれば、
とても独立国家としての体面を保つ事はできない。
亡国は必至である。

亡国を救う道は併合しかない。
そして併合相手は日本しかない。

欧米人は朝鮮人を犬か豚のように思っているが、
日本は違う。

日本人は日本流の道徳を
振り回してうるさく小言を言うのは気に入らないが、
これは朝鮮人を同類視しているからである。

そして日本は朝鮮を導き、
世界人類の文明に参加させてくれる
唯一の適任者である。

それ以外に我が朝鮮民族が、
豚の境遇から脱して、
人間としての幸福が受けられる道はない。

そして朝鮮は日本の善政の元、急激に近代化へ

一方、日本が1945年の敗戦までに
朝鮮半島につぎ込んだ資本・資産は現在の価値になおして
80兆円以上のとんでもない額になってしまった。
結局、黒字になることのない赤字経営であった。
(日本国は世界でただ一国、植民地に対して国家予算を持ち出した国)

伊藤公の先見性は正しかった。まさに優れた政治家であった。
伊藤公が暗殺されたのは日本はもちろん、朝鮮にとっても不幸だったのではないだろうか?
>>管理人もごく最近まで伊藤公は日韓併合を行った悪人、安重根は「抗日の英雄」だとなんとなく誤解してました。
本当にすいません。心から哀悼の意を捧げます。

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