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〔社説〕 裁判員制度3年 民主主義の学校になれ(東京新聞)
http://www.asyura2.com/11/nihon30/msg/308.html
投稿者 gataro 日時 2012 年 5 月 22 日 09:30:11: KbIx4LOvH6Ccw
 

取り調べが全面可視化されすべての証拠が開示されれば、無実の被告を罰してしまう冤罪をなくす手掛かりになるのは間違いない。

もうこんなことを許してはならない。

模索しながら死刑囚役/仲代達矢 名張毒ぶどう酒事件のドラマ/「無罪信じて」演技(中日新聞)
http://www.asyura2.com/11/nihon30/msg/213.html
http://ameblo.jp/heart-clone/entry-11230556134.html

5月25日、再審可否の決定が出る。

名張毒ぶどう酒事件元被告再審開始へ期待(日刊スポーツ)
http://www.asyura2.com/11/nihon30/msg/275.html

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http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2012052102000116.html

【社説】
裁判員制度3年 民主主義の学校になれ

2012年5月21日


 裁判員制度開始から三年がたち、二万人以上の市民が判決にかかわった。「民主主義の学校」として、司法への市民参加が、さらに育まれるのを望む。

 「刑事裁判が国民に近いものになり、関心が高まったことは大きなことです」と、元裁判官である木谷明さんは語った。

 「裁判がビジュアル化され、口頭でのやりとりが徹底されたことで、誰が見ても理解されるようになったことも良い点でしょう」

 もともと日本の刑事裁判は、99%以上の有罪率で、「検察官が事実上の裁判官だ」とも、「裁判所は有罪であることを確認するところだ」とも批判されてきた。

◆二重の不正義を防ぐ

 だが、木谷さんは違った。裁判官時代に数多くの無罪判決を出し、すべて無罪確定させた稀有(けう)な存在だ。一件の例外を除いて、検察側の控訴を許す余地を残さないほど緻密な判決を書いた。たった一件の例外である検察官控訴も「控訴棄却」となったほどだ。

 あえて無罪を出そうとしたのではない。捜査機関が証拠物に作為を加えるケースがあったり、任意になされたはずの自白が虚偽だったりする−。この信じ難い事実に忠実に向き合った結果なのだ。

 強い信念もあった。無実の人を罰することは何を意味するか。木谷さんはこう考えた。

 「無実の人を罰することは、不正義である。無実の人を罰すれば真犯人を取り逃がすことにもなり、二重の意味で不正義となる」

 市民が入ることで刑事裁判に風穴があくのではないか。多様な価値観で事実を見極めることが望ましいのではないか。これが制度の大きな眼目であったはずだ。

 確かに法廷の様子は激変した。木谷さんは、そのことを評価しながらも「裁判官が本当の意味で謙虚になったといえるかが問題」と問いを投げかけている。

◆市民に誤判させぬため

 「裁判員の都合を考慮するあまり、審理を急ぎすぎていないか。評議にもっと時間をかけるべき事件があるのではないか。争点を絞り込む公判前整理手続きで予備知識を得た裁判官が筋書きを立てて、裁判員を誘導しているように見える事件も散見される」

 何よりも無実の人を罰しないことを実践するには、まだ課題が山積しているのだ。

 例えば、取り調べ過程の全面録画だ。やってもいない犯罪を自ら認めてしまうことがある。密室で長時間、自白を強要されると、その場から逃れたい、裁判で疑いが晴れるだろう、そんな心境になるようだ。冤罪(えんざい)事件は取り調べ自体に問題があったケースが多い。

 全面可視化は今後の刑事司法を改革するうえで、避けては通れないテーマだ。同時に全面的な証拠開示も求めたい。被告に有利な証拠、あるいは被告が犯人でないことを示す証拠を検察側が意図的に隠す場合がある。

 せめて全証拠のリストを弁護側が手にすれば、被告が無実である証拠を探り出す手掛かりになるのは間違いない。裁判員に誤判をさせないためにも、争点整理の段階で、それらの全証拠をオープンにするのは基本でないか。

 被害者や遺族が裁判に参加する仕組みにも欠陥がある。犯人かどうか分からない段階で、むき出しの遺族感情を述べると、被告が犯人である印象を持たれかねない。有罪の評決をしたうえで、遺族の意見陳述をする「中間判決」の方法でも採用しない限り、無罪判決を受けうる人に反省を求める矛盾状態が生じる。

 裁判員に過度な守秘義務を背負わせているのも疑問だ。自由な評議を妨げない範囲で、むしろ適切な情報開示をする仕組みをつくった方が社会の蓄積財産となる。

 三年を経て、裁判員制度が社会に定着してきた。法曹界や学識者、市民らで検証機関を設け、制度をよりよく育みたい。

 十九世紀のフランスの政治思想家トクヴィルは「アメリカの民主政治」(講談社学術文庫)で、陪審制度を「人民の審判力を育成し、その自然的叡智(えいち)をふやすように役立つ(中略)無料の、そして常に公開されている学校のようなものである」と看破した。

 民主主義の学校−。確かに市民の司法参加は、もっと潜在力を秘めている。トクヴィルは陪審が民事にも拡大されるとき、生活の慣習にまで入り込み、「正義の理念と結合する」とも述べた。

◆民事にも拡大すると

 刑事裁判に限らず、民事訴訟や行政訴訟にも、市民が加わることを検討してはどうか。

 原発の稼働問題や一票の格差問題…。国民生活や民主政治に直結する、さまざまな難題が裁判所に持ち込まれる。ここに市民の良識を活用すれば、お互いに公共心が培われ、民主主義の基盤をつくる「みんなの学校」となろう。

 

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コメント
 
01. 千早@オーストラリア 2012年5月22日 21:17:09 : PzFaFdozock6I : KzqwfLEQGQ
> 被害者や遺族が裁判に参加する仕組みにも欠陥がある。犯人かどうか分からない段階で、むき出しの遺族感情を述べると、被告が犯人である印象を持たれかねない。有罪の評決をしたうえで、遺族の意見陳述をする「中間判決」の方法でも採用しない限り、無罪判決を受けうる人に反省を求める矛盾状態が生じる。

↑ここがすごく問題だと思います。
加えて秋葉原の事件でも、確か「被害者」である証人の「心情を察して」衝い立てを置き、
被告の顔が見えないようにして裁判をやっていましたよね。
#「自分を刺した人間ではない」ことがバレては困るから

まだまだ冤罪を生む要素はしっかり残されたまま、下手すると増やされたようなものです。


02. 戦争とはこういう物 2012年5月26日 10:48:51 : N0qgFY7SzZrIQ : 2Nz9es4L5M
 裁判員制度が裁判を解りやすくするためなら、「東電OL殺し」「毒ぶどう酒事件」など冤罪疑惑の有る事件が再審されない不可解はなぜ放置されているのか。
 現実には死刑判決に繋がる部分のみ素人を入れることで「死刑制度」維持の為に導入されたとしか思えない。
 裁判員は良い盾とされている。

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