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TBSを告発する山崎氏への共感と疑問が交錯する火山断層
http://www.asyura2.com/11/senkyo105/msg/800.html
投稿者 wordblow 日時 2011 年 1 月 29 日 16:08:50: 0b5D99uguBdUI
 

「亀ちゃんファン」さんに先行されてしまったが、少し論点が違うだけで、二重投稿は免れるかどうかは、皆様と管理者のご意見に従います。だって、1時間20分もかけて準備したんだ(泣)。

TBSは誤報「目撃証言報道」に責任をとったのか?
 (山崎行太郎氏の『毒蛇山荘日記』より)

【要約】いわゆる政権交代の直前、TBSは突如、「水谷建設に近い関係者という男性が、石川知裕衆院議員の5000万円授受の瞬間を目撃した…」と報道した。2009年1月27日(水)の、昼と夕方と夜のニュース番組だった。その続報がなく、TBSは報道の検証を怠っているのではないか、と山崎氏は告発する。

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続報はないが、もちろんTBSから視聴者に向けた訂正、お詫びもない。事実に反する自社の報道に対して、ただちに謝罪するのが放送倫理(「万一、誤った表現があった場合、過ちをあらためることを恐れてはならない」)に沿った方向であり、この点に関してTBSは重大な違反を犯している。ひいてはマスコミ全体への信頼を瓦解させる現在のトレンドに、明らかにTBSは加担してさえいるのである。山崎氏が告発するのは当然だろう。

しかし、その一方で、上にあげた山崎氏の論考には問題も感じる。
以下、その点についてメモ的に検討する。

問題を感じる箇所は、
「この一連の事件(小沢事件/投稿者注)において、忘れてはならない問題として、フリージャーナリストを含む『マスコミ報道』の問題がある」
と書き出された、承ないし転の中心部分である。

そこで氏は、
「フリージャーナリストたち…(略)…の歴史的意義は認めないわけではない」
と評価するかたわら、

「フリージャーナリストこそ、実は、『マスコミ』に依存し、『マスコミ』のオコボレを落ち穂拾いしながら、『マスコミ』周辺に巣くう『弱い存在』であるが故に、一番、権力や時代の風潮に流れやすい、言い換えれば『洗脳』されやすく、『付和雷同』しやすい存在である」

と彼らの存在を一律に規定することで、記者クラブを批判して情報の公開を戦い取ろうと工夫するフリージャーナリストたちに批判を向ける。
そして、ついには、
「彼等にとっては、小沢バッシングに荷担することも、小沢擁護論的報道に荷担することも、…(略)…『メシの種』『金蔓』の問題が大きい」
と述べるまでに至るのである

こうしたフリージャーナリスト批判には、氏なりに根拠がある。まず、
「彼等がよく話題にする大手マスコミ主体の『記者クラブ制度』…(略)…はマスコミ問題における諸悪の根源ではない」
とする問題理解の枠組み。

その上に、
「実は、『小沢バッシング報道』の先陣を切っているのもフリージャーナリストたちである」
といった現状の解析結果がある。

山崎氏といえば、ここに見られる辛らつな口調にもかかわらず、その政治哲学は保守本流、保守リベラルと考えられ、その点は投稿者の立ち位置に類似している。にもかかわらず齟齬が生じるのか。

理由のひとつは、上に引用した
「フリージャーナリストこそ、実は、…(略)…『マスコミ』周辺に巣くう『弱い存在』である」
との視点にあるだろう。

投稿者は、「弱い存在」ではないと反論したいのではない。事情はまったく逆であり、フリーたちが「弱い存在」であることを、すなわち山崎氏の指摘を、全面的に認める。

話は、フリーたちが「弱い存在」であることから始めるべきである。

とすれば山崎氏の論考に、フリーたちは弱い存在だから主体性のおぼつかない人種であり、ゆえに彼らも信頼に値しない、と述べる言説の基本構図が見えてくるだろう。もっと簡単にいえば、弱いからダメ、である。もっと強くなければダメダメなのである。これでは、「弱い存在」といった指摘が話のきっかけになっているが、始まりには、主要な論述内容と深刻にリンクした認識にはなっていない。ただ捨てられるだけの「事実」なのである。

強さを求め、強い立場から考察したいと望む山崎氏の立ち位置、願いは理解できなくない。しかし「弱い存在」とは、そんなに軽々と捨て去って済ませられるものだろうか。そうではなく、「弱い存在」にも可能な行動は何かについて、思考のすべてを賭けるべきではないか。そこに深刻な思考が試されているのではないか。こうした点に、第一の疑問を感じる。

もうひとつの疑問は、これも上に引用した
「大手マスコミ主体の『記者クラブ制度』…(略)…はマスコミ問題における諸悪の根源ではない」
とする問題理解の枠組みにある。

氏の論考に、「マスコミ問題における諸悪の根源」について明示的には言及されていない。あるいは小沢氏がネット会談で触れた、国民のメディア・リテラシーかも知れない。とすれば、それは正しい。

しかし、飢えに倒れた者にたいして、政府・自治体の社会保障に欠陥があるからだと指摘するのも正しい。その指摘が正しくないのは、目の前の飢えた者を放置して、死に至らしめるからである。この場合の正しい行為は、新鮮な水や食物を与えるなど可能な救済措置のほかにはない。すなわち理論的には正しいが、行為遂行上は正しくないのである。この点に第二の疑問があるのだが、あとは読者のみなさまにお任せする。もちろん投稿者への筋が通った批判も言論の自由である。
 

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コメント
 
01. 2011年1月29日 16:34:22: P3cVGXXfy6
疑問に回答するよう手紙を出してみよう。メールはクリック一つで消去できる。何度か朝ズバにメールしたが今度は別の手でやってみる。

非正規社員になった日本郵便の配達員が届けてくれるだろう。


02. 2011年1月29日 17:55:52: dSlW8zOT6k
山崎というひとは、ブログを読めばわかるように頭のとろい人だ。
ときどきわたしはこのひと、酒で頭がやられているのかなとすらおもうときがある。
たとえば政治評論板であるのに、突如、教え子の女のことを語りだし、その女のどこやらでの映画上映会を宣伝しはじめたりする。
読んでみるとなんのことはない。要するにこの三十歳ほども歳の違う若い女に遠まわしに「おべっか」をつかって
内心、個人的な交流を望んでいることがわかる。
いわゆる文学好きなスケベおじさんなのだな、こいつは。政治もその程度のノリで、深い洞察よりも、
熱い感情で語っているだけ。

今回の記事でいえば、たしかにフリーのライターは権威権力に弱いところがある。
あの立花隆も最初はフリーライターからはじまっている。
貧乏青年で新宿西口なんかでぼさぼさの頭で、廃れた服装でしがないルポライターをやっていた時代の写真が残っている。
そこで文春に釣られたわけだ。
だけど、こんなのは極一部の阿呆であって、たとえば竹中労のようなひともいる。
フリーライターは弱いけど、また強いのだ。
神保のようなのはすぐに転ぶだろうけど、上杉はある程度信頼できる。

いずれにせよ山崎のような頭の弱いのが何をいおうと参考にできるとは思えない。


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