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障害者郵便割引不正：証拠改ざん あす初公判 元特捜エース、何を語る
◇前部長らは徹底抗戦
「正義の砦（とりで）」であったはずの検察庁への信頼を根底から揺るがした大阪地検特捜部主任検事による証拠品改ざん事件。最高検に証拠隠滅容疑で逮捕、起訴された元主任検事、前田恒彦被告（４３）の初公判が明日１４日、大阪地裁で開かれる。特捜のエースと呼ばれた前田元検事が、法廷で何を語るのか関心が高まっている。証拠改ざんを巡っては、検事総長をはじめ検察幹部５人が辞職。前田元検事の証拠改ざんを隠蔽（いんぺい）したとして上司の前特捜部長ら２人も犯人隠避罪で起訴された。特捜捜査の見直しを迫るうねりを作った証拠改ざん事件の経過をまとめた。【玉木達也、村松洋】
昨年９月１０日、大阪地裁で厚生労働省元局長、村木厚子さん（５５）に無罪判決が言い渡された。大阪地検で控訴するか断念するか検討が進められる中、衝撃の事実が報道された。「検事証拠改ざん」
最高検が異例の捜査に乗り出し、同２１日、村木さんの事件を指揮した大阪地検特捜部の前田元検事が証拠隠滅容疑で逮捕された。前田元検事は最高検の取り調べに、村木さんの事件の捜査で関係者の自宅から押収したフロッピーディスク（ＦＤ）のデータを、検察に都合のいい内容に書き換えたと認めた。
検察庁は激震に見舞われたが、事態は前田元検事の逮捕では収拾しなかった。前田元検事は０９年７月、村木さんを虚偽有印公文書作成・同行使の罪で起訴し、その直後、一緒に捜査をした後輩の国井弘樹検事（３６）＝懲戒処分＝に「ＦＤデータ書き換え」を告白。村木さんの裁判が始まった昨年１月末、国井検事は他の同僚検事にその話を打ち明け、裁判を担当する公判部検事も巻き込んで大阪地検内部で騒動になっていたことが最高検の捜査で判明した。
前田元検事の上司だった前特捜部長、大坪弘道被告（５７）と元特捜部副部長、佐賀元明被告（５０）は、昨年１月末から同２月初めにかけて、検事らから報告を受けており、最高検は同１０月１日、大坪前部長と佐賀元副部長を証拠改ざんを知りながら隠蔽したとして、犯人隠避容疑で逮捕した。この上司２人は最高検の取り調べに「誤って書き換えてしまったと報告を受けた。改ざんしたとは聞いていない」と述べ、犯人隠避容疑を否認。供述調書に一切、署名しない徹底抗戦を貫いた。
大坪前部長と佐賀元副部長は今年１月２９日、保釈申請が認められ、大阪市内で記者会見。大坪前部長は「検察と戦わざるを得ないのは残念。しかし名誉回復のためにはやむなしという気持ち」と述べ、佐賀元副部長は「最高検の任意聴取の段階から記憶にあることを言ってきた。前田元主任検事を隠避した事実はない」と話した。
２人は起訴内容を争っているため、裁判の争点を整理する公判前整理手続きが長引くとみられ、初公判までにはまだ数カ月かかる見通しだ。今月１４日に始まる前田元検事の裁判での検察側の立証内容や関係者の証言は、大坪前部長、佐賀元副部長の反論が成立するのかを判断する上でも注目を集めている。
この事件では、検察トップの大林宏・前検事総長と伊藤鉄男・前次長検事が辞任。証拠改ざんに関する監督責任などで懲戒処分された三浦正晴・前福岡高検検事長、小林敬・前大阪地検検事正、玉井英章・前大阪高検次席検事も辞任した。
昨年１１月、検察の再生と信頼回復のため、１５人の有識者で法相の私的諮問機関「検察の在り方検討会議」（座長・千葉景子元法相）が設置された。村木さんの事件では、証拠改ざんだけでなく、取り調べで検事が一方的に供述調書を作成して署名を迫ったことや、ずさんな裏付け捜査など数々の問題が指摘された。取り調べを録音、録画する「取り調べの可視化」や特捜捜査のチェック態勢など検察改革の論議は大詰めを迎えている。
◇「郵便不正」ずさん捜査 ストーリー矛盾、解明せずに立証
前田元検事が証拠改ざんをしたのは、厚生労働省元局長の村木さんが無実の罪で逮捕、起訴された「郵便不正事件」だ。０４年６月ごろ、障害者団体向けの低額郵便「低料第三種郵便」の利用を認める厚労省の証明書が、実体のない障害者団体「凜（りん）の会」に発行された。０４〜０８年、広告会社がこの証明書を悪用し、家電量販店のダイレクトメール（ＤＭ）を低料金で大量発送。大阪地検特捜部は０９年、郵便法違反容疑で捜査に乗り出す。捜査の過程で、悪用された証明書は省内で発行記録がなく、誰かが勝手に作成したものだと判明した。
偽証明書が発行された０４年当時、村木さんは厚労省障害保健福祉部企画課長で、低料第三種郵便の利用を認める証明書の決裁権者だった。担当窓口は当時、企画課社会参加推進室の係長だった上村勉被告（４１）。上村元係長は特捜部の取り調べに「省内の稟議（りんぎ）を経ず勝手に証明書を作った」と話した。しかし、特捜部は係長が独断でするわけがないと決め付け、上村元係長に「村木さんの指示でやった」とする供述調書に署名させて、村木さんを逮捕した。
０４年６月８日、凜の会の関係者は低料第三種郵便の手続きをしに郵便局に行き、「厚生労働省の証明書が必要」と言われていた。その２日後の同１０日、凜の会の関係者は厚労省の証明書を持って再び郵便局を訪れ、手続きを取った。郵便局の記録からこうした凜の会の行動が分かり、特捜部は６月８日〜同１０日の間に、村木さんが上村元係長に指示して証明書をパソコンで作らせたというストーリーで事件を組み立てた。
しかし、上村元係長の自宅から押収された証明書のデータが入ったＦＤの記録では、証明書は６月１日の深夜に出来上がっていた。特捜部はこの矛盾を解明せず、０９年７月、村木さんと上村元係長を虚偽有印公文書作成・同行使の罪で起訴した。
６月１日に証明書ができているのに、なぜ凜の会の関係者は同８日に証明書を持たず郵便局に行ったのか、その理由は不明だ。元検察最高幹部は「関係者の行動や証拠のつじつまが合わず、よく分からないから『６月上旬』で立証している。この時期の出来事は重要で、解明せずにごまかすようなものではない」と捜査のずさんさを指摘する。
前田元検事は２人を起訴した後、上村元係長のＦＤのデータを書き換えた。証明書データの最終更新日時が「０４年６月１日１時２０分６秒」となっているのを「書き換え専用ソフト」を使い、検察のストーリーと合うよう「０４年６月８日２１時１０分５６秒」に改ざん。更に、このＦＤを上村元係長側に郵送で返却した。重要な証拠品は判決が確定した後に返却するのが通常だが、検察で保管している証拠品は、被告側から裁判に提出するよう求められれば出さなくてはならない。前田元検事は、ＦＤのデータが検察のストーリーに沿うものであれば、被告側が裁判の証拠に出すことはないと考え、「改ざんした」うえで「返却する」という選択をしたとみられている。
しかし、村木さんの裁判では、改ざん前のＦＤデータが法廷に出た。捜査の過程でＦＤに関する「捜査報告書」が作成され、改ざん前のデータが印刷して添付されていた。この捜査報告書は村木さんに証拠開示され、検察のストーリーと矛盾する「６月１日」の記録は村木さんの無罪の決め手になった。捜査報告書に改ざん前のデータが添付されていることを、前田元検事は認識していなかった。
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毎日新聞 2011年3月13日 東京朝刊
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