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らくいち 「政府は小さければ小さいほど良い・・・らしいが」
http://www.asyura2.com/11/senkyo114/msg/762.html
投稿者 rakuiti 日時 2011 年 6 月 10 日 11:57:07: nXmHjw2sPAolE
 

古典的自由主義者のささやき
http://ameblo.jp/rakuichiza/entry-10784275654.html

地方政府は小さければ小さいほど良い

テーマ:地方分権・道州制

小さな地方政府が林立するのは不経済だ、小さな地方政府を統合して効率化を図り、
同じサービスを提供するのに必要な税金を減らすべきだという意見をよく聞きます。
地方政府統合を主張する人たちは、「規模の経済」、つまり生産の規模を拡大すれ
ば生産費が下がるという一般的傾向、が政府によるサービスの生産と提供にも当て
はまると主張しています。

確かに、自動車などは、一台一台別々に作るよりは大きな工場で大規模生産したほ
うが一台当たりの価格が安くなります。今地方政府が提供しているサービスの中に
も、例えば消防のように、小さな村が独自に消防車や水槽車や梯子車などを買い揃
えるよりは、幾つかの市町村が共同で購入した方が安上がりな場合があります。そ
のような例からは、規模の経済を根拠に地方政府の合併や統合を進めるべきだとい
う意見はもっともに聞こえます。
今回は、地方政府の統合が住民の税負担を下げるために本当に有効かどうか検討し
てみます。


税は政府の活動を支えるために強制的に徴収されるお金です。人と人とが取引をし
た時に政府が税として売り上げの一部をピンはねすると、人々の取引活動が妨げら
れます。従って税は少なければ少ないに越したことはありません。しかし、流石に
減税を主張する人も、普通は税の廃止までは求めていません。それは、彼らの間に
も、世の中には政府に頼らないと提供されないサービスが存在し、そのサービスを
政府が提供するためには税を強制的に集める必要があるという暗黙の了解があるか
らです。

ここでまず、強制的に税を徴収してまで政府が提供しなければならないサービスと
はどういう性質のものなのか考えてみましょう。なぜなら、どのようなものは政府
に頼む必要があり、逆にどんなものは政府にやらせる必要がないという線引きをし
ないと、不要な政府の業務を削減することによる減税を実現することが出来ません。


我々が日常消費している多くの物やサービスは政府によって供給されてはいません。
例えば、民間会社が製造した自動車を我々は購入しています。車を買う側である我
々は自分の目的や予算に合った車を選び、売る側である自動車会社は車を購入する
我々の目的や予算に合うように車を提供します。車を買う一人一人の目的や好みは
自分で車を選ぶことで満たされます。一方、車が必要でない人は車を購入しないで
しょう。政府によって供給されていない物やサービスの場合は、車に限らず、一人
一人が自分自身で支払う金額を決め、また自分の目的に合う物やサービスを選択す
ることが出来ます。

これに反して、政府にサービスの提供を任せると、まず全員が強制的に税を払わな
ければならないだけでなく、個人個人が自分の好みや目的に合ったサービスやその
量を選択することが難しくなります。選挙や議会を通じて我々が購入する自動車の
一括購入を政府に任せると、政府が提供する車の型、色、燃費、安全性、価格に不
満を持つ人たちが必ず出てきます。だから、自由な物の交換を基礎とする市場社会
では、殆んどの物やサービスの生産と購入は個々の製造者と消費者の自由判断に任
せられています。


消防という広く政府の業務だと考えられているサービスを例に取りましょう。A と
いう人は、年間5千円以上自分の市の消防に出費するつもりがなく、消防よりもむ
しろ火災保険を購入して自宅の火事に備えたいと考えていたとします。しかし、A
の住む市の住民の大多数が、市議会を通じて一人当たり年間1万円払ってでも市の
消防を充実させると決定したならば、A は不満があっても住民の多数決に従って年
間1万円の消防税を市に払うほかありません。

住民集会を開こうが、市会議員を選挙によって選ぼうが、多数決で決められる政府
のサービスの質や量を自分の目的に合わせて個々人が選ぶことは出来ません。たと
え全会一致で消防署の拡大が決まったとしても、具体的な税額やどんな形で消防を
充実させるかについては、住民の間に様々な意見があるでしょう。では、多数の決
定にいやいや従わされる少数派を生んでまで、なぜ政府が消防のような特定のサー
ビスを提供する必要があるのでしょうか。


政府に頼まなくとも、火災に遭ったときのために民間の消防会社と家主が個別に事
前契約を結んでおくということは可能です。自宅が火事になれば契約している消防
会社に連絡し、消防会社は事前に契約金を払っている家々の火事だけを消火するの
です。

ところが、家々が密集している地域の場合には、消防会社に契約金を支払っている
家を火災から守るためには、契約金を払っていない家の火を消して延焼を防ぐ必要
が出てきます。そうすると、住宅の過密地域では、周囲の家々が消防会社と契約を
結んでいるから、自分自身は契約金を払わなくても、自宅や近所が火事になれば消
防会社がどっちみち火を消しに来てくれると、高を括って消防会社に契約金を払わ
ない家主も出てくるでしょう。

多くの人が他の人の消防契約金に「タダ乗り」を始めると、契約金を払う人が減っ
てきます。契約金が減れば、消防会社にとっては消防車などを購入する資金が得ら
れにくくなるので、契約金を払っている家主にとっては、タダ乗りがない場合に較
べて質の悪いサービスを同じ金額で購入することになります。そうなってくると、
契約金を払う家主がますます減ってきます。

上で述べたように、政府が強制的に住民全員から税を徴収して消防署を維持する場
合には、住民の中には多数決に不満を持つ人が必ず出てきます。少数派の不満があ
ることを承知の上で政府に消防を提供させるのは、家屋密集地域ではタダ乗りによ
って民間の消防会社による消防が成り立ちにくいということが予想されるからです。


家屋密集地域での消防のように、政府に頼らざるを得ないことに住民が同意するサ
ービスが存在する場合には、税を完全に無くすことは不可能です。この場合には、
一人一人の住民は「政府に提供してもらうしかないサービスを、出来るだけ自分自
身の必要に合う形で、出来るだけ安い費用負担(税金)で提供する」ことを政府に
求めます。要するに、本来なら、地方政府の改革というものは、ただ税を下げるだ
けでなく、この住民の要望を満たす方向で行われなければなりません。

ところが、実際には、政府に特定のサービスの提供を任せると、費用が増大するだ
けでなく、サービス内容に関する住民の不満も募ってゆくという悪い傾向がありま
す。従って、地方政府の改革を論ずる際には、この傾向に歯止めをかける策をあら
かじめ考えておく必要があります。
では、なぜ政府のサービスは高価な上に質が悪いのでしょうか。


質が悪くしかも価格が高いサービスしか提供できない民会会社は顧客に逃げられ
ます。だから、民間会社は常に経費の削減に努めるとともに、顧客が何を求めて
いるかに注意を払っています。つまり、民間会社が提供する物やサービスの質が
向上し価格が下がるのは、民間会社はいつも競争にさらされているからです。

しかし民間の会社と違って、政府の役所には倒産も競争もありません。民間会社
と違って、役所の経費は税として強制的に住民から集められています。住民を満
足させなくとも経費が滞ることはありません。それに、多くの場合、役所には同
じ地域で同じサービスを提供する競争相手はいません。高くとも質が悪くとも、
住民は税を払って役所のサービスを利用するほかありません。役所のサービスが
民間に較べて割高で質が劣るのはこのためです。


さらに、役所のサービス内容は拡張する傾向があります。民間会社は物やサービ
スを過剰に生産することを避けようとします。余った製品は売れ残って会社の損
失を生むからです。ところが、強制的に集められた税金で賄われている役所では
、予算の割り当てさえあれば、住民が望んでいなくとも、新しいサービスを業務
内容に加えたり、サービス提供のための職員を増やしたりすることが出来ます。

市町村が大きくなるほど、つまり住民の数が多ければ多いほど、また徴収できる
税が多額になればなるほど、住民の意向に関係なく役所のサービスがどんどん増
える傾向があります。人口の大きな市は、博物館、美術館、スタジアム、コンサ
ートホール、花壇の立派な公園など、政府による提供の理由を上記の「タダ乗り
」の有無では説明できないサービスを多種提供しています。

住民と集税額が多いと地方政府が肥大し税率が高くなるのには理由があります。
多数の投票者の中の一人に過ぎない住民は、自分の一票の無力さを自覚している
ので、政治に関心を持たず、従って自分の税がどのように使われているかに注意
を払いません。住民の無関心の裏で、利権団体が政治家と役人に取り入ります。
建設に多額の費用がかかる博物館や維持費が必要な花壇などは請け負い業者に大
きな利益をもたらすので、業者は政治家に導入を強く働き掛けます。

大きな地方政府では政府に雇われている役人の数も増えるので、彼らも大きな政
治勢力になります。市町村や都道府県の合併によって自らの政府が大きくなれば
、そんな地方政府の役人にはさらに大きな権限がもたらされます。従って、地方
政府合併の提案は、合併することによって権限が増大する立場にある役人によっ
て強く推進されることが多いのです。

地方政府の合併によって役人の数を削減し、税を減らすことが出来るという意見
がありますが、実際には役人数の削減はなかなか起りません。なぜなら、職権上
、税の使い道を決める過程に深く係わる役人は、自分たちの終身雇用を獲得して
いることが多く、また、自らの職を無くすような役所の再編成に強く抵抗するか
らです。だから、地方政府を多数合併することでは税を下げることは困難です。
むしろ、地方政府の統合によって、政府の業務内容が今後増大し政府支出がさら
に増えます。

地方政府が統合してより多額になった予算に、利権団体が群がり政治家や役人と
結びつきます。この利権の構図を変えようとすると、住民は大きくなった地方政
府にまたがる改革運動を組織する必要があります。政治運動に参加しても得ると
ころが少ない大多数の一般住民に較べて、利権団体の構成員は自分たちの収入源
を政府事業に頼っています。利権団体が政治家に寄付する選挙資金の額では、一
般住民はかないません。従って、地方政府が大きくなると、利権の構図の改革は
より困難になり、政府の肥大を防ぐことが難しくなるのです。


これに反して、以下に説明するように、管轄の範囲も住民の数も小さい地方政府
の場合には、政府の肥大を押さえて税の増大を防ぐのは、大きな地方政府を相手
にするより容易です。従って、人々が政府に払う税を下げるためには、税金の徴
収と使い道を決める権限を納税者に最も近い地方の政府に与えるとともに、地方
政府の大きさを地理的にも人口の上でも小さくすることが有効です。

意思決定が多数決で行われる政府の性質上、少数派の意見がないがしろにされる
こと自体は、地方政府を小さくしても完全になくすことは出来ません。しかし、
少なくとも、小さな地方政府の住民は、大きな地方政府の住民に較べれば、政府
に提供してもらうしかないサービスを、自分自身の必要に合う形で安く受け取る
ことが出来ます。
ではその理由を説明します。

例えば、人口30万人の市に較べて、人口が500人の村の方が住民の一票に重
みがあります。また、人口が500人の村の場合は、十世帯、約50人の賛同者
を集めるだけで、大きな政治勢力になり得ます。これが、人口30万人の市で同
じ割合の賛同者を得ようとすれば、3万人もの住民の賛同が必要になります。つ
まり、小さな地方政府の構成員は、たとえ自分が少数派になったとしても、多数
派を説得して自分たちに同意させたり妥協させたりすることが、大きな政府に属
しているよりも容易に出来るということです。

また、地理的な面でも、政府の単位が小さければ、どうしてもその地域での多数
派の決定に従うのがいやな人は、新しい仕事を見つけなくとも地域外に引っ越す
ことができます。引越しによって政府の決定に服従することを避けることを英語
では「足で投票する」と表現します。地理的に小さな地方政府は、住民が納める
税の額に見合うサービスを提供するように、経費の削減に努めると同時に住民の
要望にも常に敏感になります。なぜなら、サービスの質や高税率に不満を持った
住民は直ぐに引っ越して出てゆくからです。

住民がいないと収税額が減り、村役人の数や給料を減らす必要が出てきます。人
々が地方政府の間を移動しやすい状態では、地方政府の間で、納税者である住民
を獲得するため税額とサービスの質をめぐって競争が生まれます。上では役所に
は競争が無いと書きましたが、地理的に小さな地方政府に収税と税を使う権限を
与えると、政府の間に競争が生まれます。もちろん競争を嫌がる役人は地方政府
を統合して大きくし、低い税と質の良い政府のサービスを求めて住民が地方政府
間で移動するのを妨げようと努めます。これも役人が地方政府の合併を推進する
理由の一つです。

さらに、小さな村では、その少ない税収が、何のために、また、誰のために使わ
れているか追うのは比較的容易です。もしも、村の5軒の床屋が結託して村人の
税金から補助金をせしめれば、直ぐに村人たちにばれて糾弾されるでしょう。要
するに「収税と政治決定の単位としての地方政府」が地理的にも人口の上でも小
さい場合には、常時、経費を節約しながら住民の要望に答えられるサービスを提
供させるような圧力が政府に働くのです。


これまで、地方政府の統合は政府機能の肥大を生むこと、また、税率を下げ住民
が満足する形で政府サービスを提供するためには地方政府が小さいことが必要で
あることを説明しました。しかし、この時点で、小さな地方政府では「規模の経
済」という経済の仕組みを利用できないという反論がありそうです。
実は、「収税と政治決定の単位」としての地方政府が小さいままの方
が、規模の経済を活用して政府費用を安く抑えることが出来るのです。

地理的にも人口の上でも小さな村の消防を例にこの問題を考えてみま
す。この村では一軒一軒の家屋が離れて建っているとすれば、家屋密
集地帯のタダ乗りの問題は起りません。この場合、村人たちは村民集
会を開いて消防を政府の業務から除き、消防会社と契約したり火災保
険を購入するのを個々の家主の判断に任せるよう決定することも出来
ます。要するに、「収税と政治決定の単位」が小さければ、住民の判
断で特定の政府の業務を不必要だと判断して廃止し、その分税を下げ
ることが出来るのです。この村が合併によって都市部を含む大きな市
の一部になっていたならば、この選択は不可能です。

もし村民集会が村人から徴収した税によって住民に消防サービスを提
供することを決めても、サービスの提供方法にはまだ色々な選択肢が
あります。まず、村が自ら消防士を雇って消防車を購入するのが一つ
の方法です。また、民間の消防会社の中から費用とサービス内容で最
適の会社を選んで5年間の契約を結ぶという手もあります。5年の間
にこの会社に不満が出てきたり、他にもっと安くて良い会社が現われ
れば、5年の契約が切れるときに他の会社に変えればよいのです。

消防会社の中には、全国に商売を展開する大企業もあれば一地方に特
化した小さな会社もあるでしょう。高層ビル専門の消防会社や住宅地
専門の消防会社もあるでしょう。それぞれの専門に応じて最も効率の
良い規模を民間会社は自ら選んでいるはずです。費用とサービス内容
から会社を選ぶことで、この村は「収税と政治決定の単位」を小さく
保ったまま規模の経済の利得を得ることができるのです。

また、村が契約を結ぶ相手は民間会社に限りません。この村が大きな
二つの市に挟まれていたとしましょう。また、その両方の大きな市が
自前の消防組織を維持しているとします。既に多数の消防車と消防士
を擁するこれらの市にとっては、人口も面積も小さいこの村を自分の
消防署の管轄下に入れてもたいして費用が上がる訳ではありません。
もしも、この村が自前で消防署を維持したなら住民一人当たり年間2
万円必要だとします。この場合、この村にとっては住民一人当たり年
間2万円よりも安い費用で両隣の市が消防サービスを提供すると言う
のであれば、民間会社とともに両隣の市も契約対象の選択肢に入れれ
ばよいだけです。この村からの消防契約という収入を巡って、両隣の
市の間で値下げ競争があるかもしれません。

隣の市の大規模な消防組織が安くつくのであれば、この村は参加を決
めればよいし、逆に消防ヘリコプターを購入したり高価な通信網を導
入したために隣の市の消防サービスが高価になりすぎれば、この村は
「一抜け」すればよいのです。村が小さくても規模の経済の恩恵を受
けられるし、「収税と政治決定の単位」としての地方政府が小さいか
らこそ、この村は必要な時には一抜けが出来ます。


消防の場合には一つの組織と独占契約を結ぶのが安上がりでしょう。
しかし、この村が税金を使って村の子供たち全員に学校教育の補助を
出すことに決めた場合には、学校教育を提供する組織をたった一つの
学校運営組織に限る必要はありません。親が自分で送り迎えをすると
いうのであれば、村から学校への距離さえも制限する必要がありませ
ん。地理的に様々な学校組織が重なり合っていてもかまいません。

この「義務教育」に関する村の政府の仕事は、村の児童一人当たりの
村の教育補助金の額、例えば年間50万円を設定し、親が児童を通わ
せた学校それぞれに児童一人当たり年間50万円を村役所から支払う
こと、他には、村の子供たちが村人の税金から出ているこの50万円
を使って通学出来る学校を村が認定するすることだけです。

村が認定する学校は、村の集会で決めた基準を満たせば私立でも他の
市町村が運営する学校でもかまいません。村の学校認可基準は、例え
ば、校舎の防災設備から始まって、教師の体罰を許さないとか、人種
国籍によって生徒を別々の教室に入れるようなことは許さないとか、
また、外国の独裁者を児童に崇拝させてはならないとか、憲法の基礎
は教えなければならないとか、一定割合の体育の時間を入れなければ
らないなど、村民集会で議論して決めればよいことです。

村人が支払う税から出される教育補助金の額と学校の認可基準の設定
には、最終的に多数決が使われます。この多数決の決定に不満を持つ
村人が出てくることは避けられません。しかしこの制度のもとでなら
、学齢期の子供を持つ村の住民には、村が認可した学校の中で自分が
子供に適すると考える学校を選ぶという自由が生まれます。好きな学
校を児童と親が選べるならば、同じ市の学校に子供を通わせなければ
ならない親たちの間に起る教育内容をめぐる争いも最小限に食い止め
ることが出来ます。さらに、高い私立学校に子供を通わせても、この
学校を村が認可している限り、親の出費は年間50万円を超える分だ
けで済みます。

また学校側も、この村の児童を獲得するために児童の必要性に応じた
教育内容を提供しようと努力します。児童と親が学校を選ぶようにな
ると、学校の間に競争が生まれ教育内容が向上するのです。

多数の学校を運営する私立学校組織の中には、児童心理学者などの専
門家を多数の学校で共有することで、きめの細かい教育を児童に安く
提供することが出来るようになるところも出てくるでしょう。このよ
うに、この村は村を小さく保ったままで、つまり住民の一票一票の重
さを軽くすることなく、この規模の経済を利用することが出来ます。

逆に、教職員組合に守られた巨大な公立学校制度を持つ大きな地方政
府では、児童と税金を私立学校や他の市町村に逃がしかねないこんな
制度の導入は、教職員組合の強い反対に会って頓挫するでしょう。児
童を持つ親に幅広い選択肢を許すこの制度も、「税収と政治決定の単
位」としての地方政府が小さいからこそ導入できることです。


今まで消防と学校教育の例で示したように、村の収税と政治決定の単
位は不変であっても、村政府はサービスの性質に応じて、最適のサー
ビス提供機間に業務を「外注」すればよいのです。経済的に最も効率
の良い規模の選択は、これらのサービス提供機間が決めることです。
収税と政治決定の単位である地方政府の大きさと、政府サービスを提
供する組織や会社の大きさが同じである必要は全くありません。


大きな河川の上流で垂れ流された汚染物質が下流域で被害を及ぼすと
いうような問題に関しては、地方政府がこの河川流域全体を治めるく
らい大きいほうが効率よく問題に対処できるという意見があります。
この意見の誤りを指摘して今回のコラムを終えます。

上流で流された汚染物質で下流域の住民が被害にあっている場合には
、この被害を取り除く、つまり汚染物質の垂れ流しを止めさせるとと
もに、汚染物質を流した上流域の住民が被害を受けた下流域の住民に
賠償を支払わない限り問題の解決にはなりません。垂れ流しの停止と
賠償の支払いを求めるためには、被害者である下流域の住民が、たと
え小さくても自らの代表である地方政府と村長を持っている方が有利
です。逆に、汚染の被害者が流域全体を管轄するような大きな地方政
府の中で少数派であれば、政治家や役人にとっては問題を「効率よく
処理」出来るかもしれませんが、この場合、彼らの言う効率の良い処
理とは、被害者である少数派を泣き寝入りさせるだけです。少数派で
ある被害者を押しつぶす政府は、ただの圧政を強いる支配者の道具で
す。


政府の決定は、多数決によって少数派を多数派に無理に従わせる結果
を生みます。少数派が多数派に無理やり従わされる度合いを少なくす
るためには、政府は出来るだけ小さい方が良いのです。「収税と政治
決定の単位」としての地方政府が小さい場合には、住民の一票の重さ
は増し、ある政府の業務が必要か否かを住民は小さな政府の単位で決
定できます。地理的にも地方政府が小さければ、不服な住民は最終的
に「足で投票」出来ます。税率を低く保ち、政府サービスの質を向上
させる仕組みとしての競争が小さな政府の間に働きます。また、外注
という方法を導入することで、収税と政治決定の単位を小さく保った
ままで、規模の経済を利用することが出来ます。逆に、地方政府が大
きくなればなるほど政府肥大とサービスの質の低下を食い止めるのが
難しくなるのです。

 

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コメント
 
01. 2011年6月10日 12:32:59: SGsjiyrBiR
以上。マルクス主義は間違っていなかったが
ソ連の肥大した官僚=大きな政府が間違っていたのだと考える
「元新左翼で元トロッキストのrakuitiさん」が
自由主義転向後に選択したイデオロギーでした。

元東欧系ユダヤのトロッキストたちが
アメリカ移民後に小さな政府主義者に転向し
ネオコンのイデオローグとなっていった構図とそっくりですね。
「元新左翼で元トロッキストのrakuitiさん」は
今頃、みんなの党の信者になっていることは予測できます。

問題は「大きな政府」とか「小さな政府」などの
単細胞な政治的イデオロギーに過ぎない二元論ではありません。
どのような選択をするにせよ、
名目GDP成長率を最低でも3%は維持し続けないと
財政破綻を招来することは明確です。
国債金利より名目GDP成長率が下がってしまえば
確実に予算は組めなくなります。

政治的イデオロギーは冷厳な経済の現実の前には
意味を持ちません。
しょせん、ミクロ経済学は円高もデフレも
1ミリも解決できないのです。
政府と中央銀行たる日銀が、具体的かつ、現実的に
適切な財政政策と金融政策を遂行する他には
財政破綻を避ける道はありません。


02. 2011年6月10日 12:42:04: SGsjiyrBiR
>>01訂正

×しょせん、ミクロ経済学は円高もデフレも1ミリも解決できないのです。

◎しょせん、政治イデオロギーも、政府を企業経営や家計と同一とみなす幼稚なミクロ経済学も、
円高やデフレ、また将来の財政破綻懸念を1ミリも解決できないのです。


03. 2011年6月10日 13:33:04: pNBzGFnHZA
「小さな政府と大きな社会保障」が正解だ。
“鍵”は、ベーシックインカムや負の所得税(大人手当て)。


■大きな政府、小さな政府、シンプルな政府。
http://www.be-styles.jp/archives/3213
■イメージ図
http://www.be-styles.jp/wp-content/image697.png
■大きな政府・小さな政府の議論は、福祉の大きさと、行政の大きさに話を分けて行うことが重要だ。
そうしないと、国民のニーズを正確に汲み取ることができない。
▼均等な「ばらまき」か、行政による「事業」か
この点に関しては、できるだけ偏らない配分で、使い道が自由な「お金」を再配分してくれる方が、
公平感があるし、行政コストが掛からないのではないか。
国や自治体がハコモノを作ったり、福祉関係の事業に補助金を出したり、
教育費などに使途を限定した支出を行ったりするのは、時に便利であるかも知れないが、
お金の使途が不自由であり、生活スタイルへの介入でもあるし、
何よりも、多くの行政関係者の関与を必要とする分コスト高だ。
こう考えると、何の権限にも天下り先の確保にもつながらずに予算を食う「子ども手当」を
官僚及びその周囲の利害関係者(大手マスコミなど)が目の敵にする理由がよく分かるのではないか。
尚、子ども手当に対する所得制限は事務を複雑にするし、不要だ。
お金持ちにも手当が支給されることが問題なら、お金持ちの資産なり所得なりにもっと課税すればいい。
手当の仕組みはシンプルに保って、公平性の調整は課税の見直しで行えばいい。
(経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員=山崎 元)
http://diamond.jp/articles/-/11333?page=3
民主党政権は、小さな政府でも、大きな政府でもなく、
官僚・公務員・族議員差配の複雑な政府でもない
効率的でシンプルな政府=公正な政府を目指してください。


04. 2011年6月10日 13:38:19: pNBzGFnHZA
■大きな政府、小さな政府、シンプルな政府。
一般的に、政府の大きい小さいは “予算規模”で区別される。
けれど、ブログ界隈で議論される政府の大きい小さいの場合は必ずしも予算規模の話ではなく、
政府を構成する組織・人員の大きさが焦点になっている場合が多い。

「小さな政府」を主張すると、(予算規模の話だととられて)
「福祉の切り捨てだ」「弱者の切り捨てだ」「所得の再配分ができない、格差を増大させる」と言われたりするけれど、
所得の再分配・福祉と(規模の意味で)小さな政府は両立可能だと思う。
ただ、それは小さな政府というより「シンプルな政府」なんだと思うけれど。

たとえば、ベーシックインカムや負の所得税を導入して年金・保険・育児教育補助を根本的に整理しなおして
厚生労働省の役割を1/5以下に縮小したら、それは予算的には「大きい政府」だけど、
機能的には「小さな政府」であり、よって「シンプルな政府」だ。
予算も機能も福祉もない“夜警国家”へ立ち返るのはやりすぎだと思うけれど、
18世紀から積み上げた経済学的知見や計算機科学を活用すれば、
規模を大きくせずに機能のみを伸ばした政府を実現するのも不可能ではないと思う。

複雑な政府では、みんなの目が届かないところでルールが悪用されたり、理不尽な運用がなされたりすることが多い。
一方、シンプルな政府はシンプルであるがゆえに悪が露見しやすい。
シンプルな政府は公正な政府により近い。
シンプルであるがゆえに行き届かない部分は、“時限的な”例外を設けて対処すればよい。
                    ◇
政府機能は所詮必要悪だ。税金なんか払わずに済むのならばそうしたい。
しかし、それでは公共的な財やサービスの供給がなされず、長期的にみれば多くの可能性をコロしてしまう。
だから、社会的ゆるやかな合意のもと、みんなの信頼の上に政府という機構を構築している。

しかしそこで、複雑で規模が大きいがゆえ政府のX非効率、機能不備、汚職が増大すれば、
政府への信頼が揺らぎ、公共の仕組みとしての政府が支持されず、結局は破綻してしまう。
だから、いつの時代もヒトは本能的な嗅覚として政府の汚職と無能を嫌悪し、公正な政府を求めている。
http://www.be-styles.jp/archives/3213


05. 2011年6月10日 15:48:57: 4zrKx5azeY
多くの人が誤解していますが、日本は先進国では公務員が最も少ない
国の一つです。ただし、公務員一人一人の待遇が良すぎるのは問題です。

実は、公務員の中でも「正職員」と「非常勤」との格差が無視できない
問題になりつつあります。千葉県で中国人に襲われ大火傷を負った女性
職員もこのような「非常勤」公務員だったようです。

欧州ではすでに、「職は守らないが生活は守る」という方向が確立して
います。10年ほど前、福祉大国であるはずの北欧スカンジナビア航空が
日本人CAを集団解雇した事例がありましたが、向こうでは失業者を救済
するのは国の仕事、という分担が当然なので、民間企業は逆に容赦なく
不採算部門を切り捨てられるのですね。日本でいう「常勤」「非常勤」
の区別は、外国では理解されないでしょう。


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