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7・31 東北復興と日本再生を小沢一郎に託そう! <浅草デモ>  中継写真・中継動画
http://www.asyura2.com/11/senkyo117/msg/391.html
投稿者 愚民党 日時 2011 年 8 月 01 日 03:35:32: ogcGl0q1DMbpk
 

中継写真
sakura_tokyoさん

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IWJ_TOKYOさんによる中継動画

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7・31 小沢一郎氏の名誉回復と復権を求める街頭行動 <東京・浅草>

わたしの役割は記録動画を撮影することでありました。
後日、アップロードいたします。

スピードにおいては、やはり携帯電話であることを、あらためて教えられました。
中継写真と中継動画が、すでにアップロードされております。

7月28日の自由報道による小沢一郎氏の記者会見。
小沢さんは、日本国家存亡の危機における国民力について言説していたと感じました。

国民の力とは、この日本に生活している、ひとりひとりの個人の根源的な力でもあり、個人の存在の力でもあります。

先頭の横断幕は「東北復興 日本再生を小沢一郎に託そう!」でありました。

わたしは昨年秋から小沢一郎支持デモに参加させていただきましたが、7月31日浅草デモで、<国民の力、ひとりひとりの個人の根源的な力、個人の存在の力>を動物的t直感で感じました。おのれが地の底から立ち上るという自立と共生であります。

根源の力とは自分自身が立つ、その地点からの出発であります。自分自身を信じる力であります。そこから他者との共生という情感が誕生いたします。

申し訳ありませんが、阿修羅政治版に画像、動画をアップロードするためには、テキストの量も必要であります。そこで過去に書いた<浅草>という場所をめぐる政治演劇論も掲載いたします。

心の友が新潟から、神戸からも参加してくれました。

小吹さん、東京のスッタフのみなさま、ありがとうございました。
藤島さんとも再開できました。

小沢一郎支持デモに参加すると、梁山泊、昨年からの心の交流、人々、多様な顔なじみと再開することができ、元気がでます。ありがとうございました。

デモが終わり、浅草でホッピーを飲みながら交流もできました。ありがとうございました。

浅草とは渥美清など、大いなる芸能人を鍛え、スターとして世に送り出してきた場所であります。

舞台に関わってきた人間として浅草で、小沢一郎支持デモに参加できたことは、喜びと歓喜がからだと心の地底から、わきあがったきました。役者とはお客様の応援の「一言」で、あと10年頑張れると、舞台関係では言われてまいりました。

わたしも鎌倉の野良犬でありますが、浅草デモ参加によって、あと10年、がんばれます。


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金久美子(キム・スンジャ)哀悼

http://www.asyura2.com/0406/bd37/msg/903.html

投稿者 愚民党 日時 2004 年 11 月 15 日 04:18:39




今年はよく生存できたと思う。この思いが根底にある。
デジタルそしてインターネットとは、おのれをさらけだすことにある。
これが出来なくなったとき、人は表出者から撤退する。

金久美子(キム・スンジャ)の哀悼文を読んだのは
京都から帰る電車のなかだった。夕暮れ。
妹とおなじ世代である。45歳。ガン・・・
妹が死んだのは今年5月20日。
金久美子が死んだのは10月1日。

黒色テントから新宿梁山泊の女優そしてフリー。

彼女の舞台を最後にみたのは新国立劇場。
彼女は平清盛の妻を演じていた。
1998年12月、「野望と夏草」
http://www.nntt.jac.go.jp/season/s46/s46.html



「野望と夏草」へ遊行舎「中世悪党伝第2部」のおりこみに行ったとき
自分は新国立劇場の楽屋入り口ロービで折り込み開始時間を
待っていた。そのとき金久美子と目が合った。

あれから6年がたとうとしている。

自分は根底からの総括の時期を迎えている。
崩壊から出発しなければならない。




新宿梁山泊92年9月公演「リュウの歌」感想


テキスト存在とは何か?それは固有の人間存在がテキストそのものであ
るということである。学問から程遠い、われわれ民衆にとって、学ぶべき
大学とは社会であり、場所と格闘する人間こそが教師である。ロシア文学
者ゴーリキーの言葉は私の中で生きている。労働者の協働形態とは教え・
教えられる伝導にある。日本の現在においては階層としての知識人なども
はや存在しない。だから知識人攻撃をしたところで、主体はどうしようも
ない虚無に落下するだけであろう。問題はマス・メディアや知識人たちの
文体や批評構造には何ひとつ期待はしないという、腹のくくり方である。


 やはり日本のマス・メディアと批評構造は、昭和から平成の記号代替わ
りに置いて、日本的平面知覚に回収されてしまい、本質を追及する言葉を
自壊させたのである。それはおのれの知的実存世界を自ら崩壊させ、現世
利権の古代部族構造に総屈服したことでもある。記録者は現象を回収し本
質を追及するのであるが、この現象が永遠につながるメディア・レイプと
して一般・画一化・規格化の深層空間に回収されれば、記録者はもはやテ
キスト存在を表出することはできない。テキスト存在とは場所と格闘する
人間のことである。その意味で演劇はダイレクトに場所と人間を表出する。
こうして演劇思想とは場所と人間の固有の関係性を思考し、言語の連結・
連動によって、現在と肉体関係を結ぶ。


 ここでは新宿梁山泊9月公演「リュウの歌」と場所性を思考していきた
い。演劇にとって過去のできごとは交換のプロローグであり、現在のでき
ごとはエピローグである。そして演劇の空間は未来を胎動させる。演劇を
語るものは記憶装置を呼出し、すでに過ぎ去ったある演劇の時間と空間に、
己の身体と妄想をファクさせ、ある固有の空間世界を物語るのである。場
所・人間・演劇とは三者連関構造に生成する。
                   

 金久美子(キム・スンジャ)にあえる。なつかしい人間と再会するかの
ように私は浅草フランス座に歩いていた。金久美子を初めて見たのは俳優
座劇場であった。82年の夏、黒テント「灰とダイヤモンド」に彼女は出
演していた。その時私は舞台に仮設された階段式の観客席から舞台を上か
ら見降ろす形で体験していた。金久美子はまだ恥ずかしさが抜けていない
役者であったように思える。あれから10年がたった。92年春、テレビ
で金久美子を見た。私は彼女の額が好きになった。私は思考する女の額が
好きなのである。


 「日本民衆からの真の叫び声はあるのか?」黒テントが発行していたA
5版の小雑誌に、韓国民衆演劇マダン劇の報告が掲載されていた。82年
の頃で、私の遺伝子は発動した。私の存在を投企したこの言葉は、場所と
人間をめぐるテキスト存在となった。黒テントから私は民衆的想像力の存
在を学んでいったと思う。


92年夏、フジテレビ深夜放送のドキュメンタリーで、金久美子を見た。
チョゴリを着た彼女は美しかった。「私達の演劇は日本の現在を表現する」
NHKの朝のニュース番組でのインタビューで彼女は答えていたが、フジ
テレビのドキュメンタリーでも、私は彼女の光のような言葉に魅せられた。


 浅草フランス座で私は金久美子の声と身体を感受しながら、新宿梁山泊
における彼女の場所性を思った。私がここでいう場所性とは、ある人間が
ある集団である位置を独占化しようとする、アトミズム政治的な意味での
場所ではない。歴史的に生成させてきた人格としての場所である。私がこ
こでいう場所とは協働的世界形成の格闘としての現在のことである。近藤
優花・村松恭子たち新宿梁山泊の若手女優人は、声の質と身体の質におい
て、金久美子が切り開いた地平を継承し飛躍させようとしているように思
える。私は彼女たちの鍛えられた声の質が好きだ。草原の匂いがするので
ある。


 ダンボール城の高台において、近藤優花が演じたリュウの死にざまを、
抱きかかえた金久美子はすぐ近くから、顔にライトを浴びていた。それ
は幻想には程遠い金久美子のリアリズムと彼女の現在が、私には映像化
された。彼女は恥ずかしさに揺らぎながらも自己存在の現在と観客存在
の現在を、裸と裸の対決として連結連動しようとしたのではないかと今、
私は思う。10年前の「灰とダイヤモンド」の金久美子もそうであった
が、彼女は揺らぎを感受させる女優である。この揺らぎとは主体形成途
上者の背骨のエネルギーといってもよいだろう。


 私は格闘し対決するものとして、金久美子に注目していくだろう。彼女
は世界を体験している、しかし私は今だ世界を体験していない。彼女はす
でにテキスト存在として表出している。しかし私は今だサブ・テキストと
妄想の過程に閉じ込められている。私の金久美子に対する欲望は、それが
モンゴル草原でも中国でも韓国南部でも日本でも、古代東アジアに、動的
中心の移動として、馬と鉄と風と人間が、一心同体となって活躍した、騎
馬民族の女王またはシャーマンを演じる彼女をいつか感受したいとゆう妄
想にある。天と場所と人間の動的中心の移動その関係構造を、東アジアそ
のもののダイナミズムを体現する女として彼女が演じたとき、私は彼女の
白い長い足に唇を押しつけなめまわし、仮想現実においてセックスをする
だろう。騎馬民族の戦闘甲をとったとき、金久美子の長い黒髪は、ハラリ
と肩に落ち風に揺らぐのだ。その時、天幕の窓からは広大な真昼の草原が
表出し、天幕の外に出た金久美子の天には圧倒的な星がきらめいているの
である。


 演劇を語る言葉とは、観客と役者の妄想の肥大化においてしか生成はし
ない。今や演劇の客観的批評など存在しないし、今だ通用しているとすれ
ば、それはスターリン言語であり、唯一、日本システムがスターリン統制
資本主義であることを持って、主体欠落の言語が生き延びているだけなの
である。裸と裸の対決、それこそが演劇を語る言葉なのであり、テキスト
存在として表出できるのである。民衆演劇とは観客と役者の思い入れ・思
い込みによってのみ生成する。なぜならわれわれ貧乏人である民衆は、数
多くの演劇を体験できない。演劇批評誌「MUNSKS」の佐伯隆幸の
「劇場日誌・パリ篇」によって私は民衆演劇とは何かを逆説的に教えられ
た。 ・・
 
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  ある階級の「ゲストゥス」とか、「集団的想像力」とでもいうもの
・いまなら、きっと集団心性という・の似姿としての劇場。わたしはど
うもその関係性に関心があるのだ。(略)安い席をもとめて売場のオバ
サンとやりとりあって、憤然と帰っていった老婆。クリスマスにフェー
ドーを観ようとすると同時に自分の懐具合に徹底してこだわる情熱。わた
しはそれをいいと思う。悲しいかな、わたしには、これだけの芝居を観て
いて、そうした生活としての演劇がない。まあそれはともかくとしても、
老婆にはとんと無愛想だった売場のオバサンは、高い席を買うわれわれに
は、一転、手の平を返すような微笑みを振り向けた。わたしは、ああマリ
ニーもブルジョア劇場だなと当たり前のことを思った。ことのついでにい
っておくと、こういう微笑みはこの頃よく見かける。それどころか、われ
われサル・ジャポネは、金を払う場では、いつもこういう微笑みで遇され
ているのではないか。
                             佐伯隆幸

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 全世界にはこうした老婆や私のように、徹底して脳の計算装置は自分が
現在、生存維持のための通貨簿記を、シュミレーションしながら、演劇や
映画を観る人間が存在している。観劇代にビビリながら金を払うのだ。こ
うした通貨簿記をなんら脳の計算装置に回路を持つことなく、生存の通貨
簿記から解放され、安心して観劇できる人間は、絶対的に少数者であろう。
全世界の絶対多数者は、観劇に払った金は、何倍にしても取り返す、ふと
どきな、がめつい、根性を持って楽しもうとするのである。こうして民衆
演劇は、観客の妄想と思い込みが限りなく肥大化する。役者と観客の腹の
くくった、騙しあいこそ、緊張した情熱なのだ。


 村上龍は日本の近代から現代文学は、病気と貧困の物語生成であったと、
主張している。しかし彼は、病気と貧困こそが戦略的準備のエレルギーで
あることを忘れている。問題は日本のサブ・テキスト構造こそ憎悪するべ
きなのだ。それが上部であり下部であれ、したたかな悪魔の如きテキスト
存在と人間を、日本サブ・テキスト文体は隠蔽してきたのである。


趣味的文化人の実態が、もろくも自壊し、
高度消費文化とは、高級品の買いあさりであり、どち
らも経営スキャンダルの下品な人格を、テキスト存在として表出した。要
するに彼ら趣味的文化人が領導してきた80年代の浮かれたバブル気分と
は、何ら歴史に蓄積できぬ無作為の権力だったのである。戦略的準備なき
浮ついた気分であり、ヘドロの死んだ湖に、底から現出するガスの泡だっ
たのだ。消費広告戦略を構築してきた鉄パイプ足場の根本は、腐食し立ち
腐れと生成し、巨大組織の背骨はへし折られ瓦壊しようとしている。


 しかし今から戦略的後退をしようとしても、遅いであろう。日本スター
リン資本主義の日本的経営その巨大組織は、かつての日本軍と同じ運命を
たどるであろう。中国大陸と東南アジアにおいて戦線を拡大した日本軍は、
毛沢東反日坑戦戦略と、アングロ・サクソン各個撃破・陣地奪回戦略によ
って、徹底して敗北させられてきたのである。中国大陸では、10万人か
ら延安にたどりついたときは1万人しか生き残ることができなかった革命
軍が、この長征という戦略的後退によって生成させたガイストによって、
日本軍の戦線をズタズタに分断した。この中国戦線の日本兵は生き残れた
が、東南アジア戦線では90%がアングロ・サクソンの戦略によって殲滅
させられてしまった。アングロ・サクソンとは固有の闘争者であり、一度
彼らがおのれの生死観において戦争を決意すれば、徹底して敵を壊滅させ
る。



 日本経済の幻想が、夢の残骸として立ち腐れしつつある90年代
は、いかなる意味構造においても、70年代80年代の浮かれた気分に止
めをさすだろう。その歴史が自己欺瞞・他者欺瞞の歴史であろうが、結語
は必ず表出するのだ。私の現在の精神的危機とは、終わりの始まりの過度
期に、自己動物的本能が未来から規定されていることによる。


 記録者の原点とは皇帝権力に、おのれのきんたまを切って落されても、
徹底した執念で歴史を叙述した、司馬遷「史記」の表出形態であろう。あ
る体系を創造するためには十年単位で仕事を孤立無援でしなくてはならな
い。クラウゼッヴィツの「戦争論」、マルクス「資本論」、こうした人間
の長期持久のパワーに私は興味がある。


 新宿梁山泊のシンボルは龍である。司馬遷「史記」の言葉は蛇身人首で
神聖の徳がある神龍から物語が開始される。龍とは人間に言葉を伝導する
神話的動物なのである。この11月初頭、日比谷通りの松岡美術館で中国
中世の水墨画を観た。荒々しいユーラシア大陸の空間が記録されているの
である。仙人画であっても他者関係としての空間の匂いがあるのだ。本質
が持つテキスト存在と人間を、力ずよく感受できるのである。中国水墨画
を模倣したサブ・テキストの日本画は、あらかじめ他者関係としての空間
が、隠蔽されナルシズムの生成として歪曲されてきた。テキスト存在とし
て表出したのは、鎌倉時代の美術である。江戸時代においてはより空間が
消却され、平面の単一化として形態化される。


 圧倒的な日本コミック雑誌の発行部数と、消費する読者の平面知覚、そ
のナルシズム構造は江戸時代からの延長形態にある。日本の映画・テレビ
番組で世界に売れるのは、唯一アニメーションである。平面の線画とその
色づけによる動画。他者関係性を隠蔽する平面知覚こそ、日本イデオロギ
ーの本質なのである。しかしもはや日本語を読み書き話せる他者は、世界
に数多くなってきた。彼らの空間知覚は、これまで日本が隠蔽してきた空
間をあばくであろう。日本スターリン資本主義のマフィア構造をあばいた
のも彼ら西洋人エコノミスト・ジャナーリストとしての他者である。記録
者とは固有の空間と場所と人間を教え伝導する人間である。日本のマス・
メディアが本質的な情報を、われわれ貧乏人に流さなくても、「島」にと
ざされた民衆はこうした他者から本質的な情報を受信し、この「島」の構
造を相対化することができるのである。もはや、日本語によって世界から
日本システムを隠しとうしてきた構造は、日本語を話し読み書きできる圧
倒的な在日国際人の出現によって崩壊している。


 新宿梁山泊の「リユウの歌」は場所性をめぐる演劇であった。江戸とい
う世界都市の形成において、台東区浅草一帯は下層民衆の町として、身分
制度化されてきた。「リュウの歌」は山谷の演劇でもあったのである。プ
ロローグはフランス座前の路上演劇からはじまった。梶村ともみがホーム
レスとして、観客の後に並んでいた私の前に現われたとき、寿町の恵子さ
んが何故ここにいるのだろう?と、私の記憶装置・判断回路は混乱してし
まった。釜ガ崎で見た人だろうか?それとも笹島で見た人だろうか?しか
し寿町の恵子さんに似ている。私は梶村ともみがフランス座の舞台に現わ
れたのを見て、はじめて彼女が役者であったことを知覚できたのであった。


 私はプロローグの路上演劇、リアリズムあるホームレス労働者として登
場した彼女の出現に緊張した。寄せ場は私が仲間達と労働し生活してきた
場所であったからである。浅草は山谷の労働者が歩くところであり、梶村
ともみが演じた人間がフランス座の路上に存在していたとしてもおかしく
はない。梶村ともみに衝撃を受けた私の構造こそ問題なのである。私の動
揺した身体は、すぐ近くにいた鄭義信(チョンウイシン)によって確認さ
れたにちがいない。新宿梁山泊と私の関係はおそらくテキスト存在と人間
としての格闘の関係なのである。演劇のリアリズムとは場所に閉じ込めら
れ、場所世界と生活そのものが生存闘争であるテキスト存在としての人間
の空間表出であることを、私は梶村ともみから教えられた。しかし彼女は
もっと役者として腹をくくるべきであろう。彼女はやがて路地のはじでう
つむいてしまったからである。寄せ場で生存闘争をしている人間は、市民
社会の人間に対してうつむいたりはしない。もっと対決的なのだ。路上に
おける梶村ともみの武装的身体は最後まで貫徹されるべきであったと思う。


 しかし私は主体の破産と重いうつ病に落ち込み、寄せ場の仲間達の前か
ら逃亡したのである。動的中心が移動してしまった私は、いかに残酷な人
間・裏切りもの・最低な人間・非人間とののしられようと、寄せ場に労働
者として復帰することはできぬであろう。不況で寄せ場には、経済の構造
的矛盾が押し寄せ、労働者の生存はおびやかされている。街頭で日雇い労
働者は殺されていく、むきだしの日本経済。

しかし私は復帰できない。私は最もずるい卑怯な人間なのである。



1992年12月4日




 

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コメント
 
01. 2011年8月01日 04:58:23: A13TtQ2Nsg
投稿者のしっかりした精神の骨太さを感じさせる意志の強さと、正義感を感じました。何処かの首相とは天と地の差以上の物が有ります。

政治家としての新しい舞台が用意されているように思います。
新天地でのご活躍を期待致します。


02. 2011年8月01日 06:44:12: 82elLZiCBs
主催者はあの”小吹”さんなんですね。

元極左の人達が最近しきりに民主批判と小沢氏待望論をぶち上げてますが、

右も左も結局、宗主国や売国勢力に飼われているということでしょうか?

ヤクザ、在日右翼、共産党、極左、部落左翼、創価・・・・・
フジサンケイ、読売、日経・・・・

なるほどね。おかげで裏の世界が読めてきました。

ありがとうございます。


03. 2011年8月01日 07:03:45: GEK4WpKrsg
■代表選に勝利して、「国民の生活が第一」政権をつくろう!

解散になれば、その「ヤクザみたいな自民党」が政権を取って、菅派も小沢派も関係なくオシマイ。
民主党マニフェスト全否定、小沢全否定の自民党が政権を取ってオシマイ。

原発推進、東電の無条件救済、そして消費税大幅引き上げが国民のお墨付きを得るだけの結果になる。(報道各社の世論調査等)
民主党の責任は、解散せずに、脱原発派と脱デフレ派(脱「日銀・財務省レジーム」派)が党内の主導権を握る政権をつくること、
あるいは、第三第四の流れが現れて、有権者に選択肢として認識されるまで選挙しないで粘ることだ。

すでに、自民党は次期総選挙での勝利を確信しているのか、
菅内閣案について「遅い。もっと早く消費税を10%にすべきだ」(自民党の田野瀬良太郎幹事長代理)
「(自民党政権樹立後)速やかに消費税を税率10%に引き上げる」(自民党の石破政調会長)と発言。
野田毅・自民党税調会長に至っては、「消費税は税率15%必要」と発言している。

■自民党、総選挙に勝てば、消費税率を15%に引き上げることを表明!

■自民党幹事長代理は「遅い」 政府の消費税引き上げ時期
自民党の田野瀬良太郎幹事長代理は30日夜、政府・与党が消費税率引き上げを
「2010年代半ばまでに段階的に10%まで引き上げる」とすることを正式決定したことについて
「遅い。もっと早く10%にすべきだ」と批判した。
また、引き上げ時期を「経済状況の好転が条件」としたことに対し
「そんなことをいっていたら、いつまでたっても消費税を上げることはできない」と述べた。
都内で記者団の質問に答えた。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110701/stt11070101050000-n1.htm
■消費税:速やかに税率10%に…講演で石破氏
自民党の石破茂政調会長=宇多川はるか撮影 自民党の石破茂政調会長は5日、党本部で講演し、
2010年参院選公約に掲げた「消費税率10%」について
「できるだけ速やかに上げる。今のところ、7%、8%と段階的なことは考えていない」と述べ、
政権復帰を前提に、現行の5%から一気に引き上げる考えを示した。
http://mainichi.jp/select/photo/news/20110706k0000m010024000c.html

自民党は支持率上昇で、政権奪還を確信し、
消費税増税に強気になっている。
◆「消費税15%必要」野田毅・自民党税調会長が講演
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/economy/policy/426454/
http://sankei.jp.msn.com/economy/news/110109/fnc11010921410126-n1.htm
◆消費税10%、自民が明記 税制改革案
自民党は9日、来年度税制改正の「基本的考え方」をまとめた。
参院選の公約を踏襲し、消費税を10%に引き上げ、法人税率を20%台に引き下げることを明記。
http://www.asahi.com/politics/update/1209/TKY201012090454.html

自民党が総選挙に勝って、政権を奪還すれば、東電救済&原発推進のための消費税率15%引き上げ+大企業優遇税制導入は、もはや確実。
検察とマスゴミも自民党の味方なので、もう二度と政権交代できない独裁体制を築こうとするだろう。
自民党独裁政権下で、国民は徹底的に搾取され、官僚の奴隷になるだろう。

よって、反小沢・自民党工作員が望んでいる「解散→谷垣政権樹立→財務官僚・経産官僚・日銀官僚第一の政治」ではなく、
「国民の生活が第一の政治」を実現するため、党内政権交代を実現することがもっとも上策。

党内政権交代で「脱原発・東電解体」「脱『失われた20年』」を掲げた「国民の生活が第一」派主導の政権を作ることがもっとも大事なのである。


04. 2011年8月01日 09:34:41: KHdaR3Nsjq
>>02
>元極左の人達が最近しきりに民主批判と小沢氏待望論をぶち上げてますが、

なるほど、たしかにそうですね。

極左と言えば、エセ人権屋、共産主義狂信者の集団。
人権ヤクザなどがまさにそう。

小沢はそういう連中の教祖だったわけか。

恐ろしい。


05. 2011年8月01日 12:23:43: XRPqRsbP5E
 02、04よ(東海アマが指摘しているような)洗脳された頭では無理かも知らんが、サンデー毎日(7/30)をじっくり読んでみたら。
 どだい、小澤も同じだったら引きずり下ろせばいいだけのことだろ。民主的な国なんだから、日本は。
 なんで、小澤についてだけ狂信的に食いつくのだ。物事の流れを公平に見ていけば(そういう力があれば、だが)、誰でも事の不自然さに容易に気づくよ。匿名性の陰に隠れてこんなことするのはもうやめたら。

06. 2011年8月01日 17:31:10: DtVsLuQ5uI
浅草デモに参加しました。 
「小沢氏と三人の秘書さん達の無罪」と、「この国難に際し、国民には小沢一郎氏が必要だ」、と訴えました。
反原発の賑やかなデモから見れば、ささやかなデモではありましたが、参加者達の一心の思いは、浅草の沿道の多くの方々に、伝わったと思います。

ちなみに、私は、なんの組織にも属していない,また属したことも無い、タダの一市民です。
小沢氏にし掛けられた攻撃のあまり非道さ、無法さに、こんなことが民主主義国家と言われていたこの国でおこなわれたというショックから、デモに参加するようになりました。
「デモに参加して、おかしいことには抗議する、」タダの市民にできることは、これくらいのことですから。


07. 2011年8月01日 17:35:34: w1xwZFkhPU
>>05
>なんで、小澤についてだけ狂信的に食いつくのだ

何をムキになってるの?

ここの投稿は小沢についてなのだから、コメント欄も小沢について書かれるのは当然のこと。
それを書くなと圧力をかける方が狂信的でしょう。

中国政府のように批判を押し潰そうとしてもムダです。
国民はきちんと見ています。


08. 2011年8月01日 17:40:41: w1xwZFkhPU
>>06
>。ヨ小沢氏と三人の秘書さん達の無罪」と、「この国難に際し、国民には小沢一郎氏が必要だ」、と訴えました。

よくわからないのですが、始まってもいない小沢の裁判について何で無罪と断言できるのですか?

裁判に提出されるすべての証拠、証言を検証した上でなければ、無罪、有罪を断言することなどできません。
それができるのは、盲目的に信じる狂信者だけです。

つまり、麻原を無罪だと叫んでデモするオウム信者と同じですね。


09. 2011年8月01日 18:22:29: DtVsLuQ5uI
06さん
「私達は」は、「小沢氏と3人の秘書さん達は、無罪であると確信している者です」とちゃんと、断ってデモをしています。
でも、無罪であると確信しているのは、私達だけではありません。
無罪でなく、無実と言った方が正確ですね。
確信するに足る理由はたくさんありますが、ここにはくだくだ書くのは辞めておきます。
ご自分で、勉強してください。
以下のことだけ書いておきます。
事実として、新旧2人の検事総長が、「小沢氏には起訴するに足る証拠は無い、これは将来も覆らない」とはっきり記者会見で明言しているのですよ。検察庁が起訴できないといっているのを、どうやって有罪にできるのですか?
有罪を立証する責任は検察にあるのですよ。
検察審査会ですか?
指定弁護士は、検事総長の「証拠は無い、将来も此れは覆らない」」を道理的に覆すことができますか?三十億の税金を使い、一年以上の時間をかけ、国中の検事を総動員して得られた結果を、どうやったら、たった1人の捜査経験もない指定弁護士が、覆せますか?
無罪であると、確信しているのは、私達だけではなく、2人の検事総長も、です。
つけ加えれば、陸山会の収支報告書を問題なしとして、受け入れた総務省も、小沢氏の無罪を確信していると、思いますよ。

10. 2011年8月01日 19:59:46: w1xwZFkhPU
>>09

先ほど書いたように、小沢の事件についてはまだ裁判が始まっていません。
どのような証拠が裁判に提出されるかわからないのです。

裁判の証拠を検証できないこの段階で無罪、有罪を断定するなど誰にもできないのです。

それから、検察が常に正しいとは限らないことは最近の事件で明らかですよね。
にもかかわらず、裁判に証拠を検証もせず、検察トップの発言を鵜呑みにする根拠はどこにあるのですか?

さらにいえば、必ずしも正しいとは限らない検察の判断が正しいか否かをチェックするのが検察審査会です。
そして検察の判断は間違っているとの結論が出ました。

つまり検察審査会によるチェック機能がきちんと働いたわけです。

以上のような状況の中で、裁判に出る証拠も検証しないで無罪と断定などとてもできるものではありません。

できるのは、論理を無視して教祖様を盲信する信者だけです。

そして裁判で提出される証拠を否定する姿勢は、法治国家を否定するものです。
恐ろしい狂信者としか言いようがありません。

論理的に考えれば以上となります。


11. 2011年8月01日 20:04:55: c0FbhHZ2vo
小澤氏が記者会見で訴えていたように、誰でも狙われたら刑事被告人になります。私は道路交通法や、其の他の刑法規定においていつも刑罰に該当する行為をして生きているんです。児玉龍彦東大の先生も自分が犯罪者だと厚生委員会にて自認している。
 小澤の贈収賄は立件もされていないんだ。
 総務省が、「年度は何時でもいい。提出されていれば」と言っている。些細なことを取り立てて其の政治生命を奪い政権交代の価値を破壊ような愚かしいことを繰り返してはならない。
 宗男だって刑務所に入れて給食係をさせるのは国家的の損失である。小澤が立件の事件で有罪であろうとかまうことは無い。政治家の価値は政治的行動で評価しなくては、道徳の先生が政治家になるよりしょうがないことになる。
 政治は核物質のような汚濁にまみれたものでもあるんだから、何時まで「政治と銭」というな馬鹿の一つ覚えいい加減止めにするといい。

12. 2011年8月01日 21:44:33: w1xwZFkhPU
>>11
>小澤が立件の事件で有罪であろうとかまうことは無い。

法を守らず、金の汚さだけは人一倍。

そんな人間は議員を辞めるべきだろう。

小沢は政策はブレまくるわ、マニュフェストは速攻で破るわで、政治家として論外だ。


13. 2011年8月02日 00:37:21: 3MQ2ESGCEg
>07,08,10,12 w1xwZFkhPU

おまえのムキさ加減がキモい。


14. らく 2011年8月02日 03:53:25: pYRb8CglbIM7g : 5Eacq4CzbM
俺も参加しました。愚民党さん。皆様御疲れさまでした。又デモりましょう!
これを読めば小沢一郎冤罪が分かるでしょう。
最近阿修羅覘いてないので重複したら失礼!
郷原信郎氏
陸山会事件での検察の論告についての私のコメントをツイログにまとめました。⇒(cont) http://t.co/7LA4jip

15. 2011年8月02日 11:52:37: kacz9s5WlM
小吹です。報告とりまとめました。

愚民党さまこのたびもお世話になりありがとうございました。

7・31 小沢一郎支援デモ 報告
http://ozawa-risen.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/post-28db.html


16. 検察審査会っておかしい 2011年8月02日 18:06:34: Z7x.qMmx.J0Xg : Kf9MoiQtPk

10)さんへ
あなたの検察審査会のチェック機能している、論理的に考えればというのは
考えれば考える程、矛盾していて論理的ではありません。


小沢氏への「報告」調書却下 元秘書裁判、任意性を否定 小沢氏公判へも影響
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110701/trl11070110260003-n1.htm

>不採用とした調書に「小沢元代表に収支報告書の虚偽記載を報告し、了承を受けた」とする石川被告らの調書も含まれていたことが1日、関係者の話で分かった。
>小沢元代表については、検察審査会がこれらの調書の信用性を認定して、強制的に起訴された経緯がある。今回、調書採用が退けられたことは、今秋にも始まるとみられる小沢元代表の公判にも大きな影響を与える可能性がある。


上記他、いろいろなところで報道されていますが検察審査会が小沢氏の起訴の根拠とした調書が秘書の裁判で却下されています。
つまり、検察審査会の起訴の前提がくずれたと言えます。
小沢裁判とは違うかもしれませんが同じ内容ですので重要です。
裁判菅が変われば見解が変わる可能性もあるかもしれませんが、
日本の裁判は判例、事例重視なので180度変わる程ではないでしょう。

なので10)さんの論理的に考えればというほど、検察審査会は正しく機能していません。

検察審査会自体も一回目と2回目と平均年齢が同じというのも確率的にほとんどありえない事が起きてますし、これこそ不自然と言えます。
2回目の平均年齢は何回も訂正がありましたし。

裁判員制度は始まるまでかなり慎重でしたが検察審査会は絶大なる力を持っているわりにかなり乱暴のような気がします。
せめて選ばれた方の性別、年齢や議事録は公開されるようにすべきです。
そうでなければ魔女狩り裁判し放題となります。
また、この制度はもともと、検察に対して説明責任などや反省を求め検察をチェックするものであり、個人攻撃するのが目的ではないと思います。 
魔女狩りのために利用するのは本来の趣旨に反します。

陸山会事件は有罪だとしても他の例では形式犯や修正申告で終わっているケースがほとんどであるので悪い事だとしても収賄としては立証されていないのでこれほど、騒がれる事件ではない。菅の外国人献金など明らかなケースなどもあるなか。

また、報告書通り、期ずれであれば特に問題はないと思う。
最終的には裁判所の判断であるが検察は推定のみで実証はできず論告求刑している。


17. 2011年8月02日 20:15:16: 09UY9pDPBU
デモ行進の皆様
ご苦労様
プラカードも横断幕もそれぞれ工夫されていて
自立した民衆のデモですね。

16さんの説明は正しいのですが
10さんは建前だけで述べているので、理解できないかもしれませんね。

建前1、裁判の判決がくだるまでは無実かどうかわからない。
建前2、検察審査会は、検察への民意によるチェック機能である。
これがこの人の建前で、これは建前としては正しいのです。

でも、この人のコメントは、建前の枠内だけでの理解なので
この事件には、多くの問題点があることを理解できていないのです。
たとえばですが、
1.西松事件が実体のない団体からの迂回献金として大久保秘書が逮捕され、
小沢氏は「政治とカネ」で攻撃され代表を辞任せざるを得なくなったのですが
その西松事件は、検察側証人の、この団体は実体があると証言して、逮捕起訴理由が消滅したことをご存じないようです。
大久保氏は西松事件においては無罪となるはずでしたが、
検察は別の水谷建設からの献金証言を出して、裁判の訴因変更をして
裁判を続けているのです。
このことを知っていましたか、知っていたなら、西松事件における
大久保氏はどういう罪ですか。

2.小沢氏は政治とカネで検察・マスコミ・世論・他党政治家から攻撃されつづけました。新聞赤旗や朝日新聞は、小沢氏には20億円もの政治資金規正法違反があると書き、報道しました。しかし、そんな虚偽記載はどこにもなく、
小沢氏に関していえば、4億円の土地取引に関する政治資金報告書に「共謀」(同意)したかどうかだけなのです。
知っていましたか。
それとも、小沢氏には20億円の虚偽記載があると思い込んでいますか。


3.検察審査会の民意は公平にアトランダムに選ばれた市民からが原則ですね。
それの場合が民意なのです。
ところが、第五検察審査会の市民の第一回の議決の際の平均年齢と
第二回の平均年齢が同じということを知っていますか。
これは、選ばれた市民が操作されて選ばれているとは考えませんか。
この時点で第五検察審査会が公平な市民目線での判断でないことにきがつきませんか。
まだ第五検察審査会には、11人がそろっていなかったとか
強制起訴議決やった代表選の日のあとに検察官がでかけていって日付の
帳尻を合わせたとも言われていますよ。
 それから、第一回の補助員弁護士が米沢敏雄という人で、この人は自民党系法律事務所ですから、誘導したことも十分考えられますね、
 市民目線というのは正しいのですが、この第五検察審査会がほんとうに
公平な市民の代表と考えているとしたら、勉強不足です。
森ゆう子議員のブログを読んで、自分の目で確かめて、本当に第五検察審査会が
建前通り市民の代表であったかどうか、よく調べてからまた、ここに書いてください。

4.判決がでるまでは無罪かどうかわからない、それは推定無罪の原則といいます。いま、小沢さんは、そういう推定無罪の原則を踏みにじられて、犯罪者扱いされていることを知っていますね。
 その意味で、あなたの推定無罪の原則は正しいし、その原則をマスコミも皆守らないといけないのです。
 そして、裁判の根拠がくずれたとしたら、どうですか。
小沢さんを強制起訴に持っていった第五検察審査会の根拠は、石川さんが
収支報告書に期日ズレ(検察は虚偽記載)することを小沢さんに相談(検察審査会は共謀)したので、政治資金規正法違反とされて、いろいろわからないから
裁判でしろくろつけたらという強制起訴議決になったのです。
 小沢氏の強制起訴の根拠となった証拠である石川氏の調書が、裁判所で証拠として採用しないとなったことは知っていますね。
裁判所に出された証拠のうち、、小沢さんと石川さんの「共謀」という証拠(供述調書は、裁判所検証して証拠として採用しないとなったのです。
 この意味はわかりますね。論理的に考えると
裁判所が検証して石川氏と小沢氏の共謀はないと認定したと判断できるのです。
 つまり、裁判所が検証して却下した調書を、まだ、事実として主張したりすることは、狂信者とか法治国家を無視したとか、いうようなあなたのような言葉は使いませんが、そういうたぐいの人なのです。

 あなたが、狂信者、たとえば、検察側の4人の証人が整合性があるから
正しいなというこりかたまった人ではない、まともな判断ができる人だと
思いましたから、ながながと書いてみました。まだまだこの事件の問題点は
たくさんあるのです。
 小沢氏事件については、小沢氏を好きだとかきらいだとかでなく
検察による冤罪事件という視点がないと間違えます。
 お元気で。


18. 2011年8月03日 01:27:14: DjexLqnowo
西松事件を正しく審判して、法治国家として日本が立ち直らなければ、
今後どのような政権が出来てもまともな国家運営は出来ません。
政治を好き嫌いの問題で論じようとする人は、日本国民の資格が無い
ように思います。自分の生活、将来もまともに考えられない精神薄弱
者としか言いようがありません。
政治は生活、生活は政治です。

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