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社会、そして政治に理想を希求する教育を求めて。ドイツの教育(前編)。
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投稿者 msehi 日時 2011 年 9 月 11 日 07:18:22: MaTW.8vfzXWdQ
 

投稿者msehi

ドイツの教育はナチズムの反省から、戦前の世界に名高いエリート教育が廃止され、教育の民主化と教育の平等の権利が求められたことに根ざしている。
もっとも教育の民主化や平等化が、直線的に押し進められたのではなかった。
 戦後、ナチズムに関与した多くの教員が大学から追放された後は、ナチス以前のワイマール時代への回帰もあって、少数エリートをギムナジウム(高等学校)で教育する三分岐型学校制度が再建されていった。この三分岐型学校制度とは、四年間のグルントシューレ(小学校)卒業後、三種類の学校に分かれる制度である。
 ドイツの子供達は一〇歳で、大学進学を目指す九年間のギムナジウムと、マイスター(親方職人)を目指す五年間のハウプトシューレ(基幹学校)、そして中間の専門学校を目指す六年間のレアルシューレ(実科学校)に分かれ、その選択は60年代の教育改革まで成績評価で一方的に学校によって決められていた。
60年において、ギムナジウム進学者は全体の6分の1ほどで、7割近くの生徒はハウプトシューレへ通い、ギムナジウムがエリート養成の温床となっていた。
 しかし戦後のドイツ経済の発展は、高い教養と技能を修得した多数の若者を求め、教育の民主化と平等化を復活させていった。
そして60年代の初めには教育改革に着手し、小学校から大学にいたるまでの学校の授業料は、遅くとも70年代の初めまでには廃止されていった。
問題の三分岐型制度に対しては、三つに分岐していた中等学校を一つに統合した総合制学校が建設されていき、具体的に教育の民主化と平等化がはかられていった。
総合制学校では、15歳までは均等な教育を与えることが目標とされ、大学進学を希望する生徒は、さらに3年間の上級学年に進む形態が採られた。
 この教育改革では、教育の目標は競争や選抜のためではなく、個人が市民社会に生きていく生活の質を高め、連帯してよりよい平等社会を築くためにあることが強調された。
 すなわち教育は、グループ学習などを通してレベルの高い生徒がレベルの低い生徒に教えることで格差を小さくし、連帯して学び合うことを求めていた。
そこには、まさに連帯を通して格差の小さな健全な市民を育成する理念があった。
そのような教育理念は、60年代の教育改革のリーダー的存在であったヘルムート・ベッカー教授の「競争より連帯を育む教育」として幅広く知られている。
 連帯を育む教育は徹底した機会均等を求め、進学が親の教育水準や経済状態に左右されることまで追求していった。
親の教養などによって子供に格差が生じないように、難しいラテン語やゲーテなどの文章が授業から削られ、平明な言語教育をすることに配慮がなされた。
また親の経済状態に依存しないように、71年に奨学金制度(Bafog)を成立させた。
 このような連帯を育む教育の中でドイツの高等学校の生徒は、各学校の裁量に任された卒業試験(アビトゥア)に合格すれば原則的に志望する大学の志望する学部へ入学できるようになっていた。
 具体的な卒業試験の成績は、3分の2は最後の二年間の平常点で評価され、その平常点の評価には連帯を求める教育の理念が関与していた。
また3分の1は卒業試験の成績であり、その試験も口頭試問が半分近くを占め、決して百科全書的な知識を求めるものではなかった。
 たとえば歴史の口頭試問であれば、ヒットラーの演説文が渡され、それをもとに当時のドイツ及びに世界の情勢を述べるといったものであった。
 またドイツの大学では、大学自身が学生を選抜出来ないことから、ほとんど学校間の格差がなかった。
90年代初めの週刊誌の大学のランク付けでさえ、歴史を誇る大学よりむしろ教師一人あたりの学生数が少ない地方の新設大学が、高く評価されていた。
これは大学間に格差を生じないように、大学自身も様々な工夫をしてきたからである。
たとえば若い学者が末席の教授に昇格する際は、師事した教授のいる大学への就任は禁じられていたり、昇格する時は必ず他大学へ移らなければならないことが法律で定められていた。
また大学の予算にしても同様であり、人材や財源で格差をつくらない配慮がなされてきた。

そうしたなかでは、教育は社会、そして政治に理想を持つことが求められ、
学校教育だけでなく、各州の政治教育機関は市民や学生対象の市民講座の開催や生徒スピーチコンテストを毎年実施し、民主政治への関心を喚起していた。
 しかし連帯を求めるドイツの教育は、90年代に入り競争原理を求める潮流の高まるなかで、内外において厳しく批判にさらされた。
特にその批判は、教育財源の不足を通して学生の溢れる大学に集中した。出版物においても、無力な政治家を非難し、競争原理の必要性を訴えるものが多くなっていった。
 たとえば社会民主党(SPD)の長老政治家であるペーター・グロッツが、『芯まで腐ってしまったのか(ドイツ大学は深夜五分前)』でドイツの大学危機を訴え、ドイツ国内で論争を引き起こした。
 グロッツは、ドイツの大学が機能面でも研究面でも二流化したと断言し、競争原理の必要性を強調した。
具体的には社会民主党の教育政策に反対して、大学自身で学生を選抜出来る制度と、無料の授業料制度を廃止して、大学自身が授業料を決定できる制度を求めた。
グロッツの求めている大学制度とは、まさにアメリカや日本の大学制度であり、戦前のエリート大学を復活させることでもある。
これは、戦後の理想を求めてきたドイツ教育を否定するものであった。
そのような背景を基にして、97年に従来のドイツの連帯を求める潮流と新自由主義の競争原理を最優先する潮流が激突した。

「推奨投稿文」
「何故日本の国会議員報酬はドイツの連邦議員よりも10倍高いのか」
http://www.asyura2.com/11/senkyo119/msg/148.html
「ドイツから学ぶ日本の危機克服と新自由主義の克服」
http://www.asyura2.com/11/senkyo119/msg/288.html

 

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