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戦争責任者の問題 「だまされるということ自体がすでに一つの悪である」 (阿修羅コメントより)
http://www.asyura2.com/11/senkyo124/msg/662.html
投稿者 明るい憂国の士 日時 2012 年 1 月 13 日 08:26:05: qr553ZDJ.dzsc
 


とても貴重な文章をご紹介いただきました。
一読して、是非皆さんにも読んでいただきたく下記に転載させていただきます。
まずは一部転載いたします。


≪「だまされていた」といつて平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう。いや、現在でもすでに別のうそによつてだまされ始めているにちがいないのである。
 一度だまされたら、二度とだまされまいとする真剣な自己反省と努力がなければ人間が進歩するわけはない。この意味から戦犯者の追求ということもむろん重要ではあるが、それ以上に現在の日本に必要なことは、まず国民全体がだまされたということの意味を本当に理解し、だまされるような脆弱(せいじやく)な自分というものを解剖し、分析し、徹底的に自己を改造する努力を始めることである。≫

≪ また、もう一つ別の見方から考えると、いくらだますものがいてもだれ一人だまされるものがなかつたとしたら今度のような戦争は成り立たなかつたにちがいないのである。
 つまりだますものだけでは戦争は起らない。だますものとだまされるものとがそろわなければ戦争は起らないということになると、戦争の責任もまた(たとえ軽重の差はあるにしても)当然両方にあるものと考えるほかはないのである。

≪ そしてだまされたものの罪は、ただ単にだまされたという事実そのものの中にあるのではなく、あんなにも造作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己の一切をゆだねるようになつてしまつていた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである。≫


http://www.asyura2.com/11/senkyo124/msg/659.html#c1

01. 2012年1月13日 07:20
2万パーセントの嘘つきに期待するのがおかしい。
 ここで私はその疑いを解くかわりに、だました人間の範囲を最少限にみつもつたらどういう結果になるかを考えてみたい。
 もちろんその場合は、ごく少数の人間のために、非常に多数の人間がだまされていたことになるわけであるが、はたしてそれによつてだまされたものの責任が解消するであろうか。
 だまされたということは、不正者による被害を意味するが、しかしだまされたものは正しいとは、古来いかなる辞書にも決して書いてはないのである。だまされたとさえいえば、一切の責任から解放され、無条件で正義派になれるように勘ちがいしている人は、もう一度よく顔を洗い直さなければならぬ。
 しかも、だまされたもの必ずしも正しくないことを指摘するだけにとどまらず、私はさらに進んで、「だまされるということ自体がすでに一つの悪である」ことを主張したいのである。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000231/files/43873_23111.html


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(転載開始)

戦争責任者の問題
伊丹万作
http://www.aozora.gr.jp/cards/000231/files/43873_23111.html

 最近、自由映画人連盟の人たちが映画界の戦争責任者を指摘し、その追放を主張しており、主唱者の中には私の名前もまじつているということを聞いた。それがいつどのような形で発表されたのか、くわしいことはまだ聞いていないが、それを見た人たちが私のところに来て、あれはほんとうに君の意見かときくようになつた。
 そこでこの機会に、この問題に対する私のほんとうの意見を述べて立場を明らかにしておきたいと思うのであるが、実のところ、私にとつて、近ごろこの問題ほどわかりにくい問題はない。考えれば考えるほどわからなくなる。そこで、わからないというのはどうわからないのか、それを述べて意見のかわりにしたいと思う。
 さて、多くの人が、今度の戦争でだまされていたという。みながみな口を揃えてだまされていたという。私の知つている範囲ではおれがだましたのだといつた人間はまだ一人もいない。ここらあたりから、もうぼつぼつわからなくなつてくる。多くの人はだましたものとだまされたものとの区別は、はつきりしていると思つているようであるが、それが実は錯覚らしいのである。たとえば、民間のものは軍や官にだまされたと思つているが、軍や官の中へはいればみな上のほうをさして、上からだまされたというだろう。上のほうへ行けば、さらにもつと上のほうからだまされたというにきまつている。すると、最後にはたつた一人か二人の人間が残る勘定になるが、いくら何でも、わずか一人や二人の智慧で一億の人間がだませるわけのものではない。
 すなわち、だましていた人間の数は、一般に考えられているよりもはるかに多かつたにちがいないのである。しかもそれは、「だまし」の専門家と「だまされ」の専門家とに劃然と分れていたわけではなく、いま、一人の人間がだれかにだまされると、次の瞬間には、もうその男が別のだれかをつかまえてだますというようなことを際限なくくりかえしていたので、つまり日本人全体が夢中になつて互にだましたりだまされたりしていたのだろうと思う。
 このことは、戦争中の末端行政の現われ方や、新聞報道の愚劣さや、ラジオのばかばかしさや、さては、町会、隣組、警防団、婦人会といつたような民間の組織がいかに熱心にかつ自発的にだます側に協力していたかを思い出してみれば直ぐにわかることである。
 たとえば、最も手近な服装の問題にしても、ゲートルを巻かなければ門から一歩も出られないようなこつけいなことにしてしまつたのは、政府でも官庁でもなく、むしろ国民自身だつたのである。私のような病人は、ついに一度もあの醜い戦闘帽というものを持たずにすんだが、たまに外出するとき、普通のあり合わせの帽子をかぶつて出ると、たちまち国賊を見つけたような憎悪の眼を光らせたのは、だれでもない、親愛なる同胞諸君であつたことを私は忘れない。もともと、服装は、実用的要求に幾分かの美的要求が結合したものであつて、思想的表現ではないのである。しかるに我が同胞諸君は、服装をもつて唯一の思想的表現なりと勘違いしたか、そうでなかつたら思想をカムフラージュする最も簡易な隠れ蓑としてそれを愛用したのであろう。そしてたまたま服装をその本来の意味に扱つている人間を見ると、彼らは眉を逆立てて憤慨するか、ないしは、眉を逆立てる演技をして見せることによつて、自分の立場の保鞏(ほきよう)につとめていたのであろう。
 少なくとも戦争の期間をつうじて、だれが一番直接に、そして連続的に我々を圧迫しつづけたか、苦しめつづけたかということを考えるとき、だれの記憶にも直ぐ蘇つてくるのは、直ぐ近所の小商人の顔であり、隣組長や町会長の顔であり、あるいは郊外の百姓の顔であり、あるいは区役所や郵便局や交通機関や配給機関などの小役人や雇員や労働者であり、あるいは学校の先生であり、といつたように、我々が日常的な生活を営むうえにおいていやでも接触しなければならない、あらゆる身近な人々であつたということはいつたい何を意味するのであろうか。
 いうまでもなく、これは無計画な癲狂戦争の必然の結果として、国民同士が相互に苦しめ合うことなしには生きて行けない状態に追い込まれてしまつたためにほかならぬのである。そして、もしも諸君がこの見解の正しさを承認するならば、同じ戦争の間、ほとんど全部の国民が相互にだまし合わなければ生きて行けなかつた事実をも、等しく承認されるにちがいないと思う。
 しかし、それにもかかわらず、諸君は、依然として自分だけは人をだまさなかつたと信じているのではないかと思う。
 そこで私は、試みに諸君にきいてみたい。「諸君は戦争中、ただの一度も自分の子にうそをつかなかつたか」と。たとえ、はつきりうそを意識しないまでも、戦争中、一度もまちがつたことを我子に教えなかつたといいきれる親がはたしているだろうか。
 いたいけな子供たちは何もいいはしないが、もしも彼らが批判の眼を持つていたとしたら、彼らから見た世の大人たちは、一人のこらず戦争責任者に見えるにちがいないのである。
 もしも我々が、真に良心的に、かつ厳粛に考えるならば、戦争責任とは、そういうものであろうと思う。
 しかし、このような考え方は戦争中にだました人間の範囲を思考の中で実際の必要以上に拡張しすぎているのではないかという疑いが起る。
 ここで私はその疑いを解くかわりに、だました人間の範囲を最少限にみつもつたらどういう結果になるかを考えてみたい。
 もちろんその場合は、ごく少数の人間のために、非常に多数の人間がだまされていたことになるわけであるが、はたしてそれによつてだまされたものの責任が解消するであろうか。
 だまされたということは、不正者による被害を意味するが、しかしだまされたものは正しいとは、古来いかなる辞書にも決して書いてはないのである。だまされたとさえいえば、一切の責任から解放され、無条件で正義派になれるように勘ちがいしている人は、もう一度よく顔を洗い直さなければならぬ。
 しかも、だまされたもの必ずしも正しくないことを指摘するだけにとどまらず、私はさらに進んで、「だまされるということ自体がすでに一つの悪である」ことを主張したいのである。
 だまされるということはもちろん知識の不足からもくるが、半分は信念すなわち意志の薄弱からくるのである。我々は昔から「不明を謝す」という一つの表現を持つている。これは明らかに知能の不足を罪と認める思想にほかならぬ。つまり、だまされるということもまた一つの罪であり、昔から決していばつていいこととは、されていないのである。
 もちろん、純理念としては知の問題は知の問題として終始すべきであつて、そこに善悪の観念の交叉する余地はないはずである。しかし、有機的生活体としての人間の行動を純理的に分析することはまず不可能といつてよい。すなわち知の問題も人間の行動と結びついた瞬間に意志や感情をコンプレックスした複雑なものと変化する。これが「不明」という知的現象に善悪の批判が介在し得るゆえんである。
 また、もう一つ別の見方から考えると、いくらだますものがいてもだれ一人だまされるものがなかつたとしたら今度のような戦争は成り立たなかつたにちがいないのである。
 つまりだますものだけでは戦争は起らない。だますものとだまされるものとがそろわなければ戦争は起らないということになると、戦争の責任もまた(たとえ軽重の差はあるにしても)当然両方にあるものと考えるほかはないのである。
 そしてだまされたものの罪は、ただ単にだまされたという事実そのものの中にあるのではなく、あんなにも造作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己の一切をゆだねるようになつてしまつていた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである。
 このことは、過去の日本が、外国の力なしには封建制度も鎖国制度も独力で打破することができなかつた事実、個人の基本的人権さえも自力でつかみ得なかつた事実とまつたくその本質を等しくするものである。
 そして、このことはまた、同時にあのような専横と圧制を支配者にゆるした国民の奴隷根性とも密接につながるものである。
 それは少なくとも個人の尊厳の冒涜(ぼうとく)、すなわち自我の放棄であり人間性への裏切りである。また、悪を憤る精神の欠如であり、道徳的無感覚である。ひいては国民大衆、すなわち被支配階級全体に対する不忠である。
 我々は、はからずも、いま政治的には一応解放された。しかしいままで、奴隷状態を存続せしめた責任を軍や警察や官僚にのみ負担させて、彼らの跳梁を許した自分たちの罪を真剣に反省しなかつたならば、日本の国民というものは永久に救われるときはないであろう。
「だまされていた」という一語の持つ便利な効果におぼれて、一切の責任から解放された気でいる多くの人々の安易きわまる態度を見るとき、私は日本国民の将来に対して暗澹たる不安を感ぜざるを得ない。
「だまされていた」といつて平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう。いや、現在でもすでに別のうそによつてだまされ始めているにちがいないのである。
 一度だまされたら、二度とだまされまいとする真剣な自己反省と努力がなければ人間が進歩するわけはない。この意味から戦犯者の追求ということもむろん重要ではあるが、それ以上に現在の日本に必要なことは、まず国民全体がだまされたということの意味を本当に理解し、だまされるような脆弱(せいじやく)な自分というものを解剖し、分析し、徹底的に自己を改造する努力を始めることである。
 こうして私のような性質のものは、まず自己反省の方面に思考を奪われることが急であつて、だました側の責任を追求する仕事には必ずしも同様の興味が持てないのである。
 こんなことをいえば、それは興味の問題ではないといつてしかられるかもしれない。たしかにそれは興味の問題ではなく、もつとさし迫つた、いやおうなしの政治問題にちがいない。
 しかし、それが政治問題であるということは、それ自体がすでにある限界を示すことである。
 すなわち、政治問題であるかぎりにおいて、この戦争責任の問題も、便宜的な一定の規準を定め、その線を境として一応形式的な区別をして行くより方法があるまい。つまり、問題の性質上、その内容的かつ徹底的なる解決は、あらかじめ最初から断念され、放棄されているのであつて、残されているのは一種の便宜主義による解決だけだと思う。便宜主義による解決の最も典型的な行き方は、人間による判断を一切省略して、その人の地位や職能によつて判断する方法である。現在までに発表された数多くの公職追放者のほとんど全部はこの方法によつて決定された。もちろん、そのよいわるいは問題ではない。ばかりでなく、あるいはこれが唯一の実際的方法かもしれない。
 しかし、それなら映画の場合もこれと同様に取り扱つたらいいではないか。しかもこの場合は、いじめたものといじめられたものの区別は実にはつきりしているのである。
 いうまでもなく、いじめたものは監督官庁であり、いじめられたものは業者である。これ以上に明白なるいかなる規準も存在しないと私は考える。
 しかるに、一部の人の主張するがごとく、業者の間からも、むりに戦争責任者を創作してお目にかけなければならぬとなると、その規準の置き方、そして、いつたいだれが裁くかの問題、いずれもとうてい私にはわからないことばかりである。
 たとえば、自分の場合を例にとると、私は戦争に関係のある作品を一本も書いていない。けれどもそれは必ずしも私が確固たる反戦の信念を持ちつづけたためではなく、たまたま病身のため、そのような題材をつかむ機会に恵まれなかつたり、その他諸種の偶然的なまわり合せの結果にすぎない。
 もちろん、私は本質的には熱心なる平和主義者である。しかし、そんなことがいまさら何の弁明になろう。戦争が始まつてからのちの私は、ただ自国の勝つこと以外は何も望まなかつた。そのためには何事でもしたいと思つた。国が敗れることは同時に自分も自分の家族も死に絶えることだとかたく思いこんでいた。親友たちも、親戚も、隣人も、そして多くの貧しい同胞たちもすべて一緒に死ぬることだと信じていた。この馬鹿正直をわらう人はわらうがいい。
 このような私が、ただ偶然のなりゆきから一本の戦争映画も作らなかつたというだけの理由で、どうして人を裁く側にまわる権利があろう。
 では、結局、だれがこの仕事をやればいいのか。それも私にはわからない。ただ一ついえることは、自分こそ、それに適当した人間だと思う人が出て行つてやるより仕方があるまいということだけである。
 では、このような考え方をしている私が、なぜ戦犯者を追放する運動に名まえを連ねているのか。
 私はそれを説明するために、まず順序として、私と自由映画人集団との関係を明らかにする必要を感じる。
 昨年の十二月二十八日に私は一通の手紙を受け取つた。それは自由映画人集団発起人の某氏から同連盟への加盟を勧誘するため、送られたものであるが、その文面に現われたかぎりでは、同連盟の目的は「文化運動」という漠然たる言葉で説明されていた以外、具体的な記述はほとんど何一つなされていなかつた。
 そこで私はこれに対してほぼ次のような意味の返事を出したのである。
「現在の自分の心境としては、単なる文化運動というものにはあまり興味が持てない。また来信の範囲では文化運動の内容が具体的にわからないので、それがわかるまでは積極的に賛成の意を表することができない。しかし、便宜上、小生の名まえを使うことが何かの役に立てば、それは使つてもいいが、ただしこの場合は小生の参加は形式的のものにすぎない。」
 つまり、小生と集団との関係というのは、以上の手紙の、応酬にすぎないのであるが、右の文面において一見だれの目にも明らかなことは、小生が集団に対して、自分の名まえの使用を承認していることである。つまり、そのかぎりにおいては集団はいささかもまちがつたことをやつていないのである。もしも、どちらかに落度があつたとすれば、それは私のほうにあつたというほかはあるまい。
 しからば私のほうには全然言い分を申し述べる余地がないかというと、必ずしもそうとのみはいえないのである。なぜならば、私が名まえの使用を容認したことは、某氏の手紙の示唆によつて集団が単なる文化事業団体にすぎないという予備知識を前提としているからである。この団体の仕事が、現在知られているような、尖鋭な、政治的実際運動であることが、最初から明らかにされていたら、いくらのんきな私でも、あんなに放漫に名まえの使用を許しはしなかつたと思うのである。
 なお、私としていま一つの不満は、このような実際運動の賛否について、事前に何らの諒解を求められなかつたということである。
 しかし、これも今となつては騒ぐほうがやぼであるかもしれない。最初のボタンをかけちがえたら最後のボタンまで狂うのはやむを得ないことだからである。
 要するに、このことは私にとつて一つの有益な教訓であつた。元来私は一個の芸術家としてはいかなる団体にも所属しないことを理想としているものである。(生活を維持するための所属や、生活権擁護のための組合は別である)。
 それが自分の意志の弱さから、つい、うつかり禁制を破つてはいつも後悔する羽目に陥つている。今度のこともそのくり返しの一つにすぎないわけであるが、しかし、おかげで私はこれをくり返しの最後にしたいという決意を、やつと持つことができたのである。
 最近、私は次のような手紙を連盟の某氏にあてて差し出したことを付記しておく。
「前略、小生は先般自由映画人集団加入の御勧誘を受けた際、形式的には小生の名前を御利用になることを承諾いたしました。しかし、それは、御勧誘の書面に自由映画人連盟の目的が単なる文化運動とのみしるされてあつたからであつて、昨今うけたまわるような尖鋭な実際運動であることがわかつていたら、また別答のしかたがあつたと思います。
 ことに戦犯人の指摘、追放というような具体的な問題になりますと、たとえ団体の立場がいかにあろうとも、個人々々の思考と判断の余地は、別に認められなければなるまいと思います。
 そして小生は自分独自の心境と見解を持つものであり、他からこれをおかされることをきらうものであります。したがつて、このような問題についてあらかじめ小生の意志を確かめることなく名まえを御使用になつたことを大変遺憾に存ずるのであります。
 しかし、集団の仕事がこの種のものとすれば、このような問題は今後においても続出するでありましようし、その都度、いちいち正確に連絡をとつて意志を疎通するということはとうてい望み得ないことが明らかですから、この際、あらためて集団から小生の名前を除いてくださることをお願いいたしたいのです。
 なにぶんにも小生は、ほとんど日夜静臥中の病人であり、第一線的な運動に名前を連ねること自体がすでにこつけいなことなのです。また、療養の目的からも遠いことなのです。
 では、除名の件はたしかにお願い申しました。草々頓首」(四月二十八日)
(『映画春秋』創刊号・昭和二十一年八月)


底本:「新装版 伊丹万作全集1」筑摩書房
   1961(昭和36)年7月10日初版発行
   1982(昭和57)年5月25日3版発行
初出:「映画春秋 創刊号」
   1946(昭和21)年8月
入力:鈴木厚司
校正:田中敬三
ファイル作成:
2006年5月5日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。


(転載終了)


(コメントのあった投稿)
橋下徹が 原発住民投票署名の5万筆≠ドブに捨てようとしている (反戦な家づくり)
http://www.asyura2.com/11/senkyo124/msg/659.html

 

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コメント
 
01. 2012年1月13日 08:29:03 : rysEXQtRTo
 
あの国民を苦しめた戦争は何故起こったか。

それは、天皇とその取り巻き連中の欲望の為である。
 


02. 2012年1月13日 08:31:10 : LqKs0SqPUQ
つまらねえ個人的つぶやきを書きたいのなら、雑談板でやれよ。
頭の悪い、支離滅裂な文章みせられて迷惑だ。

03. 2012年1月13日 08:49:21 : jiYi8LTq9U

http://image.search.yahoo.co.jp/search?ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&p=iraq+masaccre
http://kknanking.web.infoseek.co.jp/mondai/gyakusatu.html

イラクやアフガンで数十万の家族が虐殺され続けている。
有事法成立後、霞が関の軍部や外務の官僚たち、中東に送り込まれた日本の多くの若者たちが、その家族虐殺の共犯者となった。
米英軍の使い走り要員、作戦補助派遣員とされて、殺戮共犯の犯罪者となったのだ。
殺された家族の絶叫に耳を塞いだまま侵略強盗殺人の共犯者として日本国内に帰還したのである。

イラクやアフガンで家族を虐殺した殺戮の共犯日本人がいま我われの町のどこかを平然と歩いている。
侵略強盗殺人の共犯者に成り下がった若者が何食わぬ顔で日常に回帰しているのである。
ある日突然家族を虐殺されたイラクやアフガンの人たちがこの共犯日本人を許すはずもない、
一生、許すことはないだろう。
侵略強盗殺人の共犯犯罪者として以後の人生を送り、侵略強盗殺人の共犯犯罪者として老い、侵略強盗殺人の共犯犯罪者として死ぬ。

http://blue.ap.teacup.com/97096856/3306.html
国のために戦うなどということがいかに甘ったれた犯罪であるかということが以下に語られている。
語ったのは帝国陸軍少将、関東軍参謀、陸軍省兵務局長田中隆吉氏である。
田中隆吉
『敗因を衝く 軍閥専横の実相』(中公文庫)
賄賂は公行した。虐殺と掠奪と暴行は枚挙にいとまがなかった。私の親友遠藤三郎中将は、漢口より兵務局の私宛に私信を送り来て、「高級将校にしてその心懸けを改めざる限り、戦争は絶対に解決の見込なし」と憤慨した。
http://esashib.web.infoseek.co.jp/tuzimoto04g.htm
内地においても、大東亜戦争の中期以後における軍隊の暴状は、あたかも外地に似たものがあった。暴行もあった。収賄もあった。掠奪もあった。拳銃をもって威嚇し、人民の家屋を強奪したものもあった。ある大隊長は民がひと月五合の酒に舌鼓を打ちつつあるとき、常に四斗樽を備えて鯨飲日も足らなかった。国民が乳幼児と病人のため、牛乳の入手に多額の金を工面しつつあるとき、健康なるある連隊長は、配給所に対し1日五合の牛乳の配給を強制した。国軍の将校を養成すべきある学校の高級将校は、生徒に配給せられたる石鹸数百個をその家庭に運び、これを米麦と交換して一家の生活の資とした。

ある兵工廠の経理官は、地方のボスと結托し、軍需品の横流しを行い、巨額の金を私した。熊本では外出した兵が女学生を強姦した事件があった。しかもこれらはわずかにその二、三の例に過ぎぬ。

 海軍もまた、概ねこれと同工異曲であった。否、陸軍よりもさらに腐敗していた。呉の工廠では数年にわたって工廠長以下が出入り商人と結托し、多額の収賄を行った事件があった。ある地方では、海軍の兵が婦女子を強姦した。


04. 2012年1月13日 08:57:22 : FUviF2HWlS
騙されるな。橋下氏は独裁者なんかじゃない。

(参考)
■”ゆりひなな”さんのブログ「軒づけ日記」
「橋下人形と新自由主義の大実験 その1〜その4」

http://yurihinana.blog.fc2.com/blog-entry-177.html
http://yurihinana.blog.fc2.com/blog-entry-178.html
http://yurihinana.blog.fc2.com/blog-entry-180.html
http://yurihinana.blog.fc2.com/blog-entry-181.html


05. 2012年1月13日 09:04:20 : C6829zQzTc
小沢さんも以前著書のなかで、 [ 国民レベル以上の政治家は、生まれない。国民全体の意識改革を。]と書いていました。

この事だったのですね。


06. 2012年1月13日 09:15:18 : c3nHyIjuMo
 

日の丸にしがみ付き、天皇万歳、天皇万歳やってた結果だな

 


07. 2012年1月13日 09:58:56 : FMdMRKf5Fw
過去に目を閉じる者(02氏)は、未来に対しても盲目。

08. 2012年1月13日 13:10:22 : yeZ5OFsh2w
ルーズベルト大統領の娘婿であったカーチス・B・ドールは「操られたルーズベルト」に次のように書いている。

ホワイトハウスで一九四一年一一月二五日に聞かれた運命的な会議の記録を読み返してみて、私の以前の岳父、ルーズベルト大統領および彼の側近たちの戦略は、平和を維持し保障することではなく、事件を組み立て、あるいは引き起こさせて、アメリカを日本との戦争に巻き込むという陰謀にもっぱら関わっていたと、私は悟ったのです。それを知って私の心は張り裂けんばかりでした。これは「裏口」からヨーロッパの戦争に入ることを可能にする計略でした。

「戦争への道はまったく直線的であった。
全局面を通ずる戦争工作の建築家であり大指揮者だったのはフランクリン・デラノ・ルーズベルトだ」
ーーー

つまり、日本を騙し戦争へ引き込んだのはフランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領。
騙されたのは日本政府と日本国民。
「だまされるということ自体がすでに一つの悪である」と主張するのは在日?


09. パルタ 2012年1月13日 13:48:01 : BeExvDE2jO5d2 : KWEa32Be12
>>04
ヒトラー、スターリン、金正日が独裁者なら橋下も独裁者である。
ヒトラーは財閥に支援されていた。金正日が死んでも体制は全く変わらない。
橋下は府民には間違いなく良い意味で独裁者に見えるはずである。
中曽根から橋本までの政権時代は左派抱き込み戦術を取っていた。
その究極である村山内閣成立時点で何かファッショ的な悪い事が起こる予感はしていたが、
小渕の時代についに左派壊滅戦術に変えた。橋下改革はこの延長線上にある。
それでも橋下の政治は独裁者の形で表現される。

10. パルタ 2012年1月13日 13:52:52 : BeExvDE2jO5d2 : KWEa32Be12
>>08
でも、本当は分かってたんだよね薄々。
ガーター騎士団の昭和天皇はどうか知らないが。
あ、それ戦後の今もずっとか。「私はアメリカにだまされた被害者なんだ」
「私は原発推進派にだまされた被害者なんだ」
最低でもカネ、最高でもカネ 金

11. 2012年1月13日 14:17:11 : nOjRfNNkeM
それをわざとやっておきながら、「だまされていた。」とか「過失だった。」
で責任を逃れる“テクニック”がよく使われるからね。政治でも。1qmOy4Hy0U

12. 2012年1月13日 14:21:54 : yeZ5OFsh2w
>>10. パルタ 2012年1月13日 13:52:52 : BeExvDE2jO5d2 : KWEa32Be12
> でも、本当は分かってたんだよね薄々。

在日には、本当は日本を騙し戦争へ引き込んだのはフランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領だと分かっていた?

> あ、それ戦後の今もずっとか。「私はアメリカにだまされた被害者なんだ」

在日、あ、それ戦後の今もずっとか。「私は日本にだまされた被害者なんだ」

> 最低でもカネ、最高でもカネ 金

在日、日本に今でも最低でもカネ、最高でもカネ 金


13. 2012年1月13日 14:33:43 : 47ymqusthI
だますだまされるという構造でとらえているようだが、もしこの戦争で勝利していたら、この方はどのようにとらえたのであろうか。


14. 2012年1月13日 18:09:41 : FMdMRKf5Fw
〉、もしこの戦争で勝利していたら、この方はどのようにとらえたのであろうか。

興味深い問題設定ではあるが、負けても、自虐史観とか云って侵略を認めない勢力が多くいるのだから、日本は完全ファシズム社会として、かってのソ連以上になったであろう。そうだとすると、収容所列島の旧ソ連の中でソルジェニーツインのような苦難のもとにあったであろう。


15. 2012年1月13日 18:30:39 : hUzICeMFz2
この前の戦争中(大東亜戦争or太平洋戦争)戦後、多くの人はこう言った。

私は発表を聞いて日本が勝っているなどとは思っていなかった。戦後人々は口々に言ったらしい。

そうだろうか、ほかに事実を知る手段もなく自分で考えてみることをしたのだろうか。今多くの方法で知る方法がある、今ならネットでも本でも外国メディアからでも情報がはいる。それでも大新聞を信じているのならある意味この国の多数の人は救いがたい。


16. 2012年1月13日 19:14:09 : ZF4TFLGfvI
どうしてマスコミや御用タレントはこぞって橋下を必死で応援するのでしょうか。

ネットウヨたちはもちろんの事、最近ではあのvaka氏に至るまで・・・(笑)。


もうお分かりでしょう。

>4さん
読んでみると2万%分かりますが、何もこのブログ主さんは別に橋下氏を肯定しているわけではなく、ただ単に将来を心配しているのはお分かりですよね
それを“騙されるな。橋下氏は独裁者なんかじゃない”なんてタイトルで露骨なミスリードを図るなんて・・・・。

こんなの全文章を読めばバレバレじゃないすか(笑)!



17. 2012年1月13日 20:15:17 : F2mCedJqVk
>>15
>私は発表を聞いて日本が勝っているなどとは思っていなかった。戦後人々は口々に言ったらしい。

それは事実だよ
地域差が物凄くあるだろうけどね

===================================
正しい主張のようで間違っている

一億層懺悔は絶対にやってはいけない
少なくとも岸や児玉、731部隊などはキッチリ断罪しておくべきだった

当時
GHQは天皇が殉教者となるのを恐れて戦争責任を問わなかったというが
しかし国民が非常に疲れていたあの時代
そんな流れが本当に出来ただろうかと最近考えるようになった

つまりアメリカへの協力者たちが、いや売国奴が
親米右翼ということを考えると
日本の支配の仕方という点にだけを考え
天皇の戦争責任を問わなかったのではないか


18. 2012年1月13日 20:22:17 : F2mCedJqVk
困ったことに
マッチポンプとしての戦争責任問題が残ってしまった
これは意図的に残したと見るのが妥当

日本、アジア、世界の分断統治

>>16
>ネットウヨたちはもちろんの事、最近ではあのvaka氏に至るまで・・・(笑)。

いや、vakaがネトウヨだし


19. 2012年1月13日 20:46:21 : yeZ5OFsh2w
> まず国民全体がだまされたということの意味を本当に理解し、だまされるような脆弱(せいじやく)な自分というものを解剖し、分析し、徹底的に自己を改造する努力を始めることである。≫

その通り。歴史を正確に知ることが必要不可欠である。

(私達の先人は大東亜戦争を戦ったのです)
http://nandakorea.sakura.ne.jp/html/daitoua.html
H・G・ウェルズ(イギリス、歴史学者)

「この大戦は植民地主義に終止符を打ち、白人と有色人種との平等をもたらし、世界連邦の礎石をおいた。」

アーノルド・J・トインビー(イギリス、歴史学者)

  第二次大戦において、日本人は日本のためというよりも、むしろ戦争によって利益を得た国々のために、偉大なる歴史を残したと言わねばならない。その国々とは、日本の掲げた短命な理想であった大東亜共栄圏に含まれていた国々である。日本人が歴史上に残した業績の意義は、西洋人以外の人類の面前において、アジアとアフリカを支配してきた西洋人が、過去二百年の間に考えられていたような、不敗の半神でないことを明らかに示した点にある。(1965年十月二十八日、英紙「オブザーバー」)

ダグラス・マッカーサー(アメリカ、日本占領連合軍最高司令官・元帥)

 日本の潜在労働者は、量においても質においても、私がこれまで知っている中の最も立派なものの一つである。しかし、彼らは労働力はあっても生産の基礎素材を持たない。日本には蚕のほかに取りたてていうべきものは何もないのだ。日本人は、もし原材料供給が断たれたら(経済封鎖されたら)一千万から一千二百万が失業するのではないかと恐れていた。それ故に、日本が第二次世界大戦に赴いた目的は、そのほとんどが、安全保障のためであった。(1951年5月3日米上院の軍事外交合同委員会の聴聞会における発言)

グラバイ・デサイ(インド、インド弁護士会会長・法学博士)

 このたびの日本の敗戦は真に痛ましく、心から同情申し上げる。しかし、一旦の勝負の如きは必ずしも失望落胆するに当たらない。殊に優秀な貴国国民においておやである。私は日本が十年以内にアジアの大国として再び復興繁栄する事を確信する。  インドは程なく独立する。その独立の契機を与えたのは日本である。インドの独立は日本のお陰で三十年早まった。これはインドだけではない。インドネシア、ベトナムをはじめ東南アジア諸民族すべて共通である。インド四億の国民は深くこれを銘記している。 インド国民は日本の国民の復興にあらゆる協力を惜しまないであろう。他の東亜諸民族も同様である。(1946年、デリーの軍事裁判に参考人として召還された藤原岩市F機関長に対する挨拶)


20. 2012年1月13日 22:51:25 : alIlaBmfGA
>日本を騙し戦争へ引き込んだのは

その前に日本は中国に対する侵略戦争をやってたんだよね。
そんなことも知らないの?

度重なる、「もう侵略戦争やめような」と言う警告を無視し、アジアで日本は侵略戦争を続けていた。
その同盟国であるドイツ、イタリアはヨーロッパで。
自由主義国の盟主としては、放って置けない状況になって来ていたんだな。

因みに、南京大虐殺の司令官は、天皇の伯父の朝香の宮。
天皇家が率先して戦争を推進していた証拠の一つだな。
 


21. 2012年1月13日 23:07:52 : yeZ5OFsh2w
>>20. 2012年1月13日 22:51:25 : alIlaBmfGA
> その前に日本は中国に対する侵略戦争をやってたんだよね。

中国共産党が日本軍と国民党軍の戦争へ引き込んだ。
そんなことも知らないの?

日中戦争の真実 
http://www2.biglobe.ne.jp/~remnant/rekishi05.htm
日本は、内戦に明け暮れる中国を救おうとした
ローマ法王も、日本の行動を支持していた

中国民衆を虫けらのように殺した中国軍

中国人民の本当の敵は、日本軍ではなく、中国軍だったのです。中国軍は、蒋介石の国民党軍も、毛沢東の共産軍も、その頭の中にあったのは中国人民のことではなく、権力奪取のみでした。しかし日本は、なんとか中国を救おうと奔走していたのです。


22. 一隅より 2012年1月13日 23:25:08 : PnbUj1IYwR18o : ErQdBkXZLA
だました騙された、なんて話は戦後になって出てきたのだろう。

戦中、教育に染まり感激しやすい生徒や若者たちは別だ。
多くの方が、盲目的に、英雄的に戦さに向かい、犠牲になられた。

しかし大人たちは、じつは少しも騙されたりなどしていなかったのではないか。
戦争のよいも悪いも、勝ち目がないことも、勝ち目がない中にも何かおいしい思いもできそうだというようなことも、かなり承知だったのではないか。
>>17さんが、「地域差が物凄くある」といっている。
 たとえば空襲のあった都市部ではたいへんだったろうが、田舎では戦争のうまみのようなものもあったらしい。老人たちから聞いたこともある。伊丹万作も、「郊外の百姓」という。)


戦後、政府・文官・新聞その他もろもろ(と、GHQと)が、みんな「軍部が悪い、軍部にだまされた」ということにしておこう、と方針を出した。
多くの人たちはそれに乗っかって、「だまされた」ということにしておこう、と頬かむりを決め込んだ。
(そんなことを続けているうちに、中には本当に心から、だまされたと思い込むようになってしまった人たちもいるだろうが。)


伊丹万作や、「明るい憂国の士」さんの指摘は重要だ。

しかし問題の取り上げかたとしては、「だまされた国民も悪い」「騙されるということ自体が問題だ」とか、戦争中はお互いが「だまし騙され、苦しめあう存在だった」とかいうだけでは、まだ足りないのではないか。

本当に問題にしなくてはならないのは、戦後、国民に「だまされたふりをすることにしよう」とエサを投げかけて、自らは責任を逃れ、延命をはかった連中と、(さらにその背後でその連中を戦後政策に利用したアメリカ、GHQと)、
それに跳びついて、「だまされた」ふりを決め込んだ国民ではないか。

>>11さんにもあるが、共犯者はつねに、自分は主犯じゃない、騙された、使われただけだ、というものだ。


23. 2012年1月14日 00:05:15 : JrPYjVYQO2
戦争を愛国心で正当化し扇動したのは新聞、マスコミの力です。原子力が安全でクリーンなエネルギーと洗脳したように。

24. 2012年1月14日 12:49:39 : BnPQDnro5g
>21
満鉄爆破による、旧満州軍閥張作霖の爆殺は、紛れもなく関東軍参謀川本大作の独断犯行だ。
それを口実に、関東軍司令官本庄繁が参謀次長の石原莞爾に、張作霖軍の討伐を命令し、所謂「満州事変」を捏造し、瞬く間に戦線を拡大していった。

1931年の所謂「満州事変」から始まった、日本の満州全土の制圧に対し、国際連盟はリットン調査団を派遣し、'33年に国連特別総会に於いて、日本に対し満州の中国返還と、所謂「独立」と称する、傀儡国家の不承認を求めたリットン報告書が、
43対1圧倒的大差で採択され、可決された。
それを不服とした外相松岡洋右は、即時その場から退席し、同年3月に国際連盟より脱退を表明し、その後所謂「日独伊三国同盟」を締結し、自ずから米英との決定的対決の道を選んだ。           
                          
かかる関東軍の暴走に始まる、中国への侵略と戦線の拡大、見通しのない長期泥沼化が、全てその後の第二次大戦へと至る、悲劇の発端なのだ!!!
                          (半藤一利著 昭和史)

因みに如何なる理由があろうと他国へ兵を進め、現地軍の抵抗を口実に反撃し、戦線を拡大し地域を占領することが、侵略でなくて一体何なのだ。

他国の主権領域内で武力衝突が起これば、先ず兵を引き揚げる撤退交渉に入るのが常道だ。

中国本土に先に兵を入れていたのは、疑いもなく日本側なのだ。


                         
                           
                          


25. 2012年1月14日 16:01:38 : BnPQDnro5g
>21

@「全ての日本人へ公開質問状」1942/7/26 <ハリジャン>誌に掲載された、マハトマ・ガンジーのメッセージ

その中で、日本軍国主義のひどい堕落と、中国侵略戦争を徹底批判、ジャワハルラル・ネルーは、ゲリラ戦での対日抵抗を主張。

「わたしの非暴力」第2巻 みすず書房 M.ガンジー著 森本達雄訳

A「自分史、私と戦争と」鹿田正夫著(自費出版)

鹿田正夫、元陸軍少尉、1942年中国湖北省派遣連隊に配属、抗日軍と激戦の後負傷、連隊の「三光作戦」に小隊長として攻撃に参加し、村落の住民殺戮を指揮。
更に連隊本部の所謂「宣撫班長」を命ぜられ、情報収集、捕虜の拷問、密偵の駆使等を行い、密偵への転向を拒否する捕虜は部下らの眼前で、自ら試し斬りと称して
斬殺をする。
戦後、戦犯として、中国撫順戦犯管理所で教化と裁判を受けながら、自分の犯した罪と向き合い、死刑受容は当然と覚悟していたが、1956年に寛大処理の起訴免除となり、帰国を許された。
以来、正に「鬼畜」であった当時の自己の心境を、ありのままに告白吐露と、中国侵略戦争の実態を伝え続ける活動を展開中。
                 (国民学校一年生の会ニュース、NO.50)

B「敗因を衝く、軍閥専横の実相」 中公文庫 田中隆吉著
田中隆吉(元陸軍少将、関東軍参謀、陸軍省兵務局長)

アジア太平洋戦争下に於ける、陸海軍上層部、及び現地高級将校らの極度の腐敗乱脈ぶり、暴状行為多数の、余すところない実相暴露。


26. 2012年7月11日 22:09:31 : mTiOcbFEGQ
騙されてもいますが、それ以前にバカでした、英米連合にかなうわけがありません。
そのためいまだに主権回復もできません、国として信用されてないからです。
陰謀論で人がどうこうとか言う人は、自分の足元が見えないバカです。

27. 2013年12月08日 07:27:27 : QnmPQJUwu6
 
825 :名無しさん@13周年:2013/12/07(土) 09:39:56.33 ID:uf5+tRtX0
そう、
エンタメ系は、
サクラ、記事広告、人気吊上げ隊、露出維持舞台設置隊、
自演炎上、御用学者動員、マンセーコメント権威付け隊、などなど、
これらは全てセットです。
このセット一式を上手く機能させないと、商売が回らないという事、つまり、
人気を、ランキングを、ベストセラー詐欺を、維持できないという事を嫌と言うほど良く知ってます。

そして、これらセット一式を維持運用できるが、大資本なのです。権威付けは大資本のなせる業。
だから誰もが皆、無意識に大資本力を、大資本力に裏打ちされた商品を拝むのです。

その、人間の「無意識」性を利用しているのです。
 


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