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第2次大戦末期 米軍は日本本土上陸作戦でサリン攻撃準備 (SAPIO) 
http://www.asyura2.com/11/warb8/msg/438.html
投稿者 赤かぶ 日時 2011 年 12 月 11 日 17:08:43: igsppGRN/E9PQ
 

第2次大戦末期 米軍は日本本土上陸作戦でサリン攻撃準備
http://www.news-postseven.com/archives/20111211_74662.html
2011.12.11 16:00 NEWSポストセブン


今年で日米開戦70周年を迎えるが、第二次世界大戦末期の1945年5月、米統合参謀本部は日本軍へのとどめの攻撃となる日本本土上陸侵攻作戦(ダウンフォール作戦)の実施を決めた。まず同年11月に九州南部に上陸し、翌年3月には神奈川県相模湾、千葉県九十九里浜に上陸、一気に首都東京を制圧するというもので、陸海軍合わせて180万人以上の兵力を動員する米軍史上最大規模の作戦だった。

ところが発令から2か月後、米国は原爆実験に成功し、広島と長崎に投下。日本はポツダム宣言を受諾して無条件降伏し、同作戦は幻に終わる。

もし日本が降伏せずに、米軍の侵攻作戦が実施されていれば、どんな事態になっていたのか。実は米軍は「恐るべき兵器」を用意していた。オウム真理教事件で使われた、神経ガス、サリンである。

当時の状況が、米軍化学戦部隊の極秘資料を入手した米ソルトレークシティ市の新聞『デザレット・ニューズ』(1994年8月4日付)によって、明らかにされている。

同紙によると、米統合参謀本部は、神経ガス(サリン)を使用すれば、日本に侵攻してもほとんど死者を出さずにすむと信じ、ドイツ崩壊後から米軍が太平洋で毒ガス戦を展開できるよう、マスコミと協力して世論づくりをしていた。またジュネーブ協定で毒ガスの使用は禁止されていたが、日本軍が中国で使用したという事実が、米国側の罪悪感を軽減したとも指摘する。

米軍は戦闘意欲を失わない日本軍はもとより、玉砕思想を叩き込まれた一般国民にもかなりの脅威を感じていた。原爆にしろ、サリンにしろ、その作戦の底流には、日本の一般市民を殺戮しても構わないという思想があったことは間違いない。


※SAPIO 2011年12月28日号

 

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コメント
 
01. 2011年12月12日 11:24:58: I5kAVGQI8c
http://kknanking.web.infoseek.co.jp/mondai/gyakusatu.html

第2次大戦末期 米軍は日本本土上陸作戦でサリン攻撃準備していたのか、我が日本皇軍はアメリカ兵を焼いて食ってやったぞ。
侵略強盗国家同士、どっともどっちだな。

http://www.zkaiblog.com/kokugoryoku/33631
日本皇軍の実体。
http://kknanking.web.infoseek.co.jp/mondai/gyakusatu.html
http://kknanking.web.infoseek.co.jp/butaibetu/114D.html
参考文献
秦郁彦「昭和史の謎を追う」(文春文庫)下巻 ISBN 978-4167453053
堀江芳孝「闘魂 硫黄島―小笠原兵団参謀の回想」(光人社)

有名な父島人肉食事件・・
陸軍、海軍の上層部がアメリカ人捕虜を殺害してその肉を酒の肴にして大宴会。
第109師団の師団長は栗林中将である。
本来は師団本部は父島にあったが、米軍が上陸するのは硫黄島とにらみ栗林は自ら硫黄島で戦う決意をして父島には堀江を残した。ここには師団とは別に陸海軍があった。陸軍混成第一旅団立花少将9000人と海軍6000人であった。
堀江少佐は、ホール中尉という捕虜を、自分の英語教師として身近に置くことで守っていた。しかしそのホール中尉も遂には連行され、喰われた。だが堀江少佐は『闘魂硫黄島』の中では、立花少将を頭の鋭い実行家、的場少佐をマレーの勇者、森少将を自らケーキを作り振舞うなど気さくな人物という風にしか書いていない。
吉井静雄海軍大佐が捕虜殺害人肉食を部隊でみんなで食った。
硫黄島と違い父島には食料は十分にあったのにである。
・・・最初は海軍が処刑した捕虜を喰ったが、そのうち喰うために処刑するようになった。
またその処刑も、一思いに殺すのではなく、木に針金で縛り付けて行われるなど、残虐なやり方であった。
旅団長命令で、嫌々捕虜を斬った召集の60歳代の中佐は、後に絞首刑となった。
一方海軍の森中将は、米内光政の参謀を務めていたことがあり、非常に米内を尊敬していた。しかし「人間の肝は日清日露の戦役では薬用として食べられ、征露丸と呼んでいた」というような怪しげな知識を振り回していたという。そのせいか、海軍は陸軍に対して、「今度捕虜を処刑したら肝臓を持ってきてもらいたい」というようなことを頼んでいる。
戦後、遂にこの事件を嗅ぎつけた米軍は、果たして怒り狂った。
森中将だけは死刑を免れたが、立花、的場、吉井を含む5人が絞首刑となった。ちなみに、ここで処刑を逃れた森中将もマカッサルの裁判に於いて刑死している。岩川隆『孤島のつちとなるとも』によれば、立花少将、的場少佐は、処刑の前日まで、踏む、蹴る、殴る、壁に叩きつける、気絶したら水を浴びせかけるといった凄まじい虐待を受け続けた。
二人は這うように処刑台を上がったのではないか。ただ父島の通信隊司令であった吉井大佐は、「無差別空襲をするパイロットは処刑されて当然。人肉は戦意高揚のために食した。命令はすべて自分が出した。部下に責任は無い」という態度を崩さなかった。そのせいか、海軍で極刑となったのは彼一人である。
参考ー「昭和史の謎を追う」〈下〉 秦 郁彦
    「父島人肉事件の封印を解く」梯久美子

http://esashib.web.infoseek.co.jp/tuzimoto39.htm
http://www1.odn.ne.jp/kamiya-ta/eirei.html


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