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韓国の「日帝侵略館」 拷問シーン再現は歴史捏造の極みとの評(NEWS ポストセブン)
http://www.asyura2.com/12/asia14/msg/837.html
投稿者 赤かぶ 日時 2014 年 3 月 29 日 07:22:18: igsppGRN/E9PQ
 

韓国の「日帝侵略館」 拷問シーン再現は歴史捏造の極みとの評
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20140329-00000002-pseven-kr
NEWS ポストセブン 3月29日(土)7時6分配信


 韓国の「反日」は今に始まったことではない。話題の新刊『日本人が知っておくべき嘘つき韓国の正体』(小学館)では、20年以上にわたって国際情報誌『SAPIO』が報じてきた韓国関連リポートを収録。2003年には、韓国人ノンフィクション作家・金完燮(キム・ワンソプ)氏がソウルから車で約1時間半のところにある天安市の「独立記念館」を訪れ、以下のようにリポートしている。

 * * *

 この記念館は、1982年に日韓の政治的懸案にまでなった第一次教科書問題が発端となって全斗煥大統領(当時)が韓国民からの募金で建設した博物館である。日本の侵略行為を永遠に記憶しようという意図による。

 韓国全土からやってくる子供たちが見学する独立記念館の展示内容は、端的に言えば「日帝蛮行博物館」である。これでもかこれでもかと日本が残虐行為を犯した様子を見せつける博物館である。しかし、その多くは史実ではなく捏造された物語である。

 独立記念館は全部で7館あるが、その一つに「日帝侵略館」という名の展示館がある。その中の蝋人形による拷問シーンの再現は歴史捏造の極みである。拷問場面は複数あるが、中でも性的拷問は筆舌に尽くしがたい内容となっている。日本の憲兵が女性の衣服を剥ぎ取り暴力的に陵辱しているシーンには思わず目を覆った。これらの拷問シーンは、『韓国独立運動の血史』というオカルトまがいの全く信憑性に欠ける資料を参考に再現されている。

 また従軍慰安婦の説明場面ではほとんどすべての朝鮮の若い女性が挺身隊という名目のもとに騙され、従軍慰安婦となり日本軍の性的奴隷となったと描写している。これを見学する子供たちにとって「日本=悪」という構図が刷り込まれていくのである。

 朝鮮総督府による土地調査事業に関しても総督府が朝鮮全土の60%を収奪したというとんでもない数字をデッチ上げ、事実として紹介している(実際は数%にすぎない)。土地私有の概念自体が存在しなかった日韓併合前の朝鮮半島において、近代的な土地所有概念を定着させるために必要な事業だったということにも一切触れられていない。

 さらに日清戦争の発端となった東学党の乱(1894年)についての解説も明らかに歴史的事実を著しく歪曲したものだ。実際には李朝時代の圧制・搾取に対する反発から全国的な一揆へと広がったにもかかわらず、東学党蜂起の原因を義兵闘争と関連づけて抗日闘争へと巧妙にすり替えているのである。

 以上紹介したのは反日教育のごく一部だが、このような悪質な歴史的事実の捏造によって日本のイメージは著しく傷つけられている。また、苦難に耐えながら日本と共にあの戦争を戦った韓国人自身の先祖にも失礼である。

 幼少時から不必要な被害者意識を執拗に注入されれば、被害妄想に取りつかれ冷静かつ客観的に物事を判断できなくなっても不思議ではない。日本統治時代が全くの暗黒時代であり肯定的側面は皆無であったと子供たちに教え続ける韓国政府の意図的な反日洗脳教育は、すべての失敗や短所の責任を他者になすりつける無責任な国民を大量生産する結果となる。

※『日本人が知っておくべき嘘つき韓国の正体』(小学館)より


 

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コメント
 
01. 2014年3月29日 08:01:09 : S2UNHcosi6
ベトナムのホーチミン市に、南朝鮮の残虐行為を永久に伝える展示館を建設しよう。ついでに南朝鮮の自動車をハンマーでぶっ潰せるコーナーも設置して欲しい。

02. 2014年3月29日 09:31:08 : 2D6PkBxKqI
日本人はこういうのが好きだからね


拷問の光景を見てみよう。

  土地の者ではないということが、怪しいとみた理由だが、功名心にはやる土屋にとっては、それで十分だった。抗日分子なら大手柄だ。「オレが張った綱にかかった」のである。名前を張文達といった。三十三歳の近くの農村の農民で、「この街に買い物に来ただけ」と、おびえた目で話した。「いやいや、これは怪しい。この男は抗日軍の物資調達係だろう。貫禄から見て班長級だな」ど、士屋は決め込んだ。「何としても本拠地を吐かせ一網打尽にしたい」「これは大変な功績になるぞ」。思いだけは駆け巡るのだが、土屋は実際の取り調べをしたことがなかった。それて先輩格の伍長に取り調べを頼んだ。・・・
 
 まず、伍長が命じたのは、「こん棒を持ってこい。それも生木の丈夫なのだ」。これで殴りつけろ、という。土屋の頭に浮かんだのは、「何も生木のこん棒でなくても。相手は人間なのだから、せめて竹刀ででもいいではないか」という思いだった。だが、伍長の、それも実務を教えてくれようとする上官の命令だ。士屋ど同僚の上等兵とで、こん棒を振り回した。男は殴りつけるたびに、「ウッ」「ウッ」と声を立てたが、何も言わなかった。着ている綿衣からほこりだけはあがった。

 効果がないのが分かると、伍長は、机を二列にして、積み重ねさせ、上に棒を渡した。いわば器械体操をする鉄棒のような形だ。この棒に、両手足を麻縄で縛った男を後ろ手にしてつるした。体の重みを不自然な形の両腕で支えるのだから、苦しい。それも一時間、二時間の単位だ。はじめ真っ赤になった男の顔は、青ざめていき。脂汗をにじませてきた。だが、何もいわない。「こんちくしょう」と、伍長は十キロもある石を軍馬手に持ってこさせ、浮いていた男の足に縛りつけた。両肩の関節がゴクッとなった。「ウーン」とうなり、男は気絶した。舌打ちをした伍長は「今日はもういい、明日は必ず吐かせてやる」と言い残して自分の部屋に戻ってしまった。・・・

 二日目もひどい拷問が続いた。指南役の伍長は、どこからか焼きゴテを探して持ってきていた。これをストーブで焼け、という。「赤くなるまでだ」と、次の場面を予想して躊躇する土屋に付け加えた。男を留置場から引き出し、上着をはがし、背中をむき出しにした。赤く焼けたコテを男に見せて脅し、自白を強要するのか、と士屋は思った。ところが違った。伍長はいきなり背中に押しつけた。ジューッという音と、煙、それに激痛に思わず口をついた男の叫び声があがった。と同時に、何ともいいようのないにおいが部屋にも充満した。

 「お前の本拠はどこだ。仲間は?言え!言わないか!」。伍長は、怒鳴りながら何回となく男の背中を焼いた。「苦しい」を繰り返し、男はついに、「話す。話すからやめてくれ」といった。伍長は手を休めたが、相手は、肩で大きく息をするだけで、結局、何もいわない。伍長が再び赤く焼かせたコテを使った。部屋には鼻をつく臭気がこもり、断続的な男の低いうめき声が床をはった。・・・

 拷問は、さらに続いた。逮捕して二日間というもの、男に何も食べ物を与えていなかった。水すらも飲ませなかったと思う。それが三日目は水責めだった。弱り果てた男を裸にし、長椅子にあおむけに縛りつけた。そして、水を入れた大きなやかんで口と鼻に水をジャージャーと注ぎ込んだ。絶え間ない水のため、息ができず男は口をパクパクさせて水をどんどん飲み込む。みるみる腹が膨らんでいった。すると、拷問指南役の伍長は、「腹に馬乗りになって水を吐かせろ。そして、また注ぎ込め」という。この繰り返しだった。何回やっても同じだ。相手は気絶している。自白を得るという効果はなかった。・・・

 三日目は水責めで終わり、四日目は、いわゆるソロバン責めだった。「丸太を三本持って来い」と、伍長がいい、軍馬手に三角柱になるように削らせた。三本並ペ、その中でも鋭角の部分を上にし、男を座らせた。足はズボンを脱がせ素肌である。いわゆる弁慶の泣きどころに角が当たり、体重がかかる。男はこれまでの苦痛とは別の痛みで、悲鳴をあげた。その上だ。伍長は、男の上に乗っかれ、という。しかも土屋と同僚二人一緒にだ。そして、体を揺すれ、といった。ゴキッと音がし、男はうなるような声を立てた。もはや、脂汗も出ないほど弱っていた。男のすねの状態を、どう表現したらいいか。「生ぬるい。足に板をはさみ、両端に重石をのせろ」。すでに別の世界にいたのか、伍長は、さらに命令した。・・・

 足を痛めつけた翌日、伍長は、何を思ったか、太い針を買って来いと命じた。通訳が布団針を四、五本求めてきた。この針を男の手の指に刺せという。指といっても爪と肉の間にだ。映画でみたか、話に聞いたか、そんな拷問があるとは知っていたが、自分がやることになるとは思いもしなかった。ためらっていると、ほおのこけた伍長が病的な目でにらんだ。やらなければならない。男はこれから何をされるのかを察し、腕を縮めた。この腕を同僚に押さえつけてもらい、土屋は、右手中指の爪の間に針を刺した。だが、実際はろくに刺さらなかった。相手はあれだけ痛めつけられていたのに満身の力で手を引こうとした。それに、土屋はおっかなびっくりだった。それで、腕を押さえるのに伍長も加わった。だが刺さらない。男も自白らしいことは、むろん何も言わない。そのうち血やら汗やらで針がすべり出した。それでも刺そうとすると、針を持つ土屋の指のほうが痛くなってきた。

 男はすでに死を覚悟していたらしく、悲鳴もあげなくなった。ただ、ものすごい形相で土屋たちをにらんでいた。足がすくむような思いに襲われながらも、伍長の命令で続けた拷問だったが、ついに伍長もあきらめた。「張文達三十三歳、近くの農村から買い物に来ただけ」ということ以外、何の自白も得られなかった。班長格の軍曹は、すでに男を抗日分子としてハルビン憲兵隊に報告していた。だが、拷問の限りを尽くしても、本拠地の所在など肝心なことは何一つ聞き出せなかった。かといって、拷問によって半死半生になっている男を、このまま釈放するわけにはいかなかった。男の処分はどうするのか、土屋にはわからなかった。

 こういう時の処分で悩むのは、土屋のような新米憲兵ぐらいである。土屋が初年兵時に公主嶺で経験したように、仕掛けがあった。針の拷問から二日後だった。平陽鎮にいた満州国軍歩兵十五師団の日系軍官である中尉が訪ねてきて、男を連れて行った。「日本刀の試し斬りに」だった。男が墓地で首を落とされるのを土屋も見た。(p.81-86)
http://www.ne.jp/asahi/kuma/radical/dokusyo/special/kenpei_kiroku.htm


広東州の中央憲兵隊へ補助憲兵として私は派遣された。野戦補助憲兵といって、憲兵と同伴の時だけにかぎって憲兵の資格を有していた。主な任務は、保全地区(駐留日本軍の勢力圏内)での治安維持であった。特に、思想犯に目を光らせた。思想犯を捕え、拘留し、洗脳するのであったが、そのやり方は目を覆うものであった。

 コンクリートの上に、真っ赤に焼けた木炭を敷きつめ、その上に裸にした“囚人”を転がした。喚き、のた打つ“囚人”は隅へ隅へと転がってくるが、周囲には日本兵がいて、それを蹴飛ばして再び中央へ戻した。“囚人”の反応の仕方は、もはや人間のものとは思えなかった。多くの“囚人”は三日目を境に死んでいった。

 女に対してもその残虐度は同様であった。やはり全裸にして、獣のように四つん這いにさせ、丸太で打ちのめした。

私は、そればかりはどうしてもできなかった。すると、

「これしきのこと、できんのかッ」

 一人の憲兵が私を蹴飛ばしてから、丸太で渾身の力を込めて女を打ちすえた。

中国人は人間に非ず、否、生き物にさえ非ずとでも思っているような拷問であった。彼らの抵抗は死以外の何ものでもなかった。
http://page.freett.com/sokagakkai_komei/www.sokagakkai.or.jp/sokanet/HBK/Heiwa/hansen-7.html


日中戦争証言 車河堡 王さん(69歳)柳河口

 1回だけ見たことがあります。強姦したのは普通子どもには見せないんです。

1回見たのは、若い女性に沢山水を飲ませて、お腹を膨らませたり、

鉄の棒を火で焼いて、赤い鉄の棒を乳房に当てたり、女性の生殖器に差し込んだり、

あるいは銃剣の先を焼いて乳房や生殖器をえぐり取ったりしました。

http://www.jade.dti.ne.jp/~kaworu/syogen/syakaho.html


03. 2014年3月29日 16:34:44 : yy7D5jhcis
慰安婦の話にはとんでもない誇張があることは間違いが、戦前に日本の憲兵隊が小林多喜二ら社会主義者にどういう拷問をやったかを思い起こせば、この程度の拷問を朝鮮人に対してやっていたであろうことは想像に難くないね。

04. 2014年3月29日 20:22:17 : J9xmArOINA
保守系のブログなどでは日清・日露・第2次世界大戦全てが日本にとって共産主義と対峙する戦争だったという見立てで論じているものがある。第1次世界大戦を含めて各々の戦争はそう単純なものではないのに中韓を軽視して慰安婦問題などの責任回避をしたいが故に無理な理屈を並べて武装をしているように見える。明治維新以降は江戸時代に比べて天皇にも国民にも負担がかかり兵役も含め奴隷的な扱いがあったことは否定できないはずだが勝っていれば無問責で済んだという思いが燻って砂上の楼閣の理論を組み立てているようにも感じられる。せっかく理論武装をするなら明快に説得的に行うことこそ意味がある。

05. 2014年3月30日 05:43:02 : 8fXqxxYwsT
大東亜戦争をアジア太平洋戦争などと言った時点で
末端の兵隊の証言なんぞ嘘八百と誰でも分かるよ。
だから左巻きのクルクルパー売国奴の話は説得力は全くないのね。
末端の兵隊を左翼の思想教育をし内地帰還を餌に
日本軍は大陸で悪い事をしたと嘘の話を作り
手帳に書かせさらに中共の手先に仕立て上げ
日本に返し日本は中国侵略をしたなどと嘘を戦後ずっと言い続けて来たんだよ。もちろんアメリカ、国民党、ソ連もグルになり日本人を悪者扱いしてきたんだよ。

06. 2014年3月30日 09:12:06 : 2D6PkBxKqI
右翼も虐殺証言してるからなあ

07. 2014年3月30日 18:59:11 : Moz325yFMA
このように恨みを掻き立てるばかりの反日記念館は醜いものだと思います。

しかし靖国神社の遊就館の展示も同じようなものです。

どちらも同じような思考法の者が展示運営しております。はい。


08. 2014年4月01日 11:11:53 : 7CacKTUh7k
韓国も民主化した事だし、朴チョンヒとKCIAが自国とベトナム人にどういう事をしてきたかを展示する記念館はあってもいいね。

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