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単純な発想
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投稿者 金十字架 日時 2013 年 3 月 13 日 18:38:31: mfAWtS4GF8MpY
 

(回答先: 「偽ユダヤのシオンの議定書」 これがNWOですね (サンジェルマン伯爵さんの日記) 投稿者 真理を愛する者 日時 2013 年 3 月 10 日 09:50:22)

簡単な比喩を用いて例えばこう考えてみて欲しい

我々は遠く離れて山を見ているとき、そのものが一切動いていない様をありありと感じている
まさに「不動」であると言える、と

しかしその視点は全体としてのものを広く眺める視点から認識された山である
所謂「巨視」に生まれた山の姿である

しかしその山もまた、構成する土の中を顕微鏡の倍率をあげるようにし、
その「微視」視点をどこまでも潜り込ませれば、
その山を構成する物質の粒子は一定に止まってなど居らず
目まぐるしく動きまわっているものである事が分かる

つまり「微視」では、不動ものなど一切存在しておらず、
山もまた常に変化し続け「動いている」ものであることがわかる

どんな鋼の合金でさえも顕微鏡で見れば物体の密度は"すかすか"である
特に「金(gold)」などは、人間の皮膚組織を構成する分子とも直に"解け合って"結合してしまう

意識というものもまた同じである

「微視」点では世界は振動して動き回って
ものはひとつとしておなじ場所には留まっていないことが理解出来る

だがあなたの現実的世界への理解とは「堅いテーブル」は「堅い」ままである
それはあなたの肉体と意識がつまりそのレベルの「視点」に在ると言うことなのである

理解しなければいけないことは、物事はすべて自己の意識による「求め」が先で、
肉体として生み出される行為とは、その内なる表明の「結果」としての現れであり、
それらはすべて「事後」のものである

テーブルが堅いのは利便性として求められた必要性に依るものである
堅いものを叩けば痛いのも、事前に期待された結果を求めたが故にそれらは生まれているのである

つまりあなたが「求め」の段階で、そこに求められた「物事の本質」が、
「事後」の段階では、結果としてあなたの体験しうる経験に反映されているという訳である

だがあなた方の現実認識の枠組みの外では、それらは「堅い」というイメージを維持していない

あなた方の多くが未だ誤解したままであるのは、「求めるもの」を
既に生まれてしまったどうにもならない「事後」に於いて
その結果をなんとか変えようとだけしている、という点である

あらゆる問題の全てがそうで在る

「求め」としての段階とは常に「現在」に当るということを
はっきりと理解しなくてはならない

敵が居ると感じ続ければ、それが「求め」の本質として、
敵を感じ続けるだけの「事後」が生まれる

外在化された神など居らず、すべては人々の意識の中に創造されたものである
その意味に於いて、敵も悪魔もまた自分の信念に依って作られる
それぞれの信念を維持する為に事件が作られるだけである

人々に自分の中に在るそうした敵視する感情が外部の存在として切り分けられ、
他者に投影されているのである

その行動原理の中では、どんな行動でも自分を正しいと看做しているのである

人々が自分達の支配を自らに望めばそのようになるというだけのことである

あらゆる理由を付けて自分達を蔑んでいるだけのことである
それが「求め」としての、人々の心の姿勢になっているのである

全体性に通じたあなたと云う意識の、現在あるレベルの視点からの求めに応じて、
あなたの理解できる現実世界的認識の枠組みの中に、物事は物質的交わりを伴って現れる
(逆を言えばその出現方法を限定しているのはあなたの意識だけである)
ということを理解しなくてはならない

では次にこの二つの視点をもちいて
物理宇宙というものをもまた同じ様に捉えてみよう

あなたが見上げる宇宙のいわば中心にあなたのいる地球がある

あなたにとってこの地球の様相は「巨視」というよりは「微視」点によって認識されていると言えるだろう

そしてそこから遠く離れて観察できる星々の輝きは
そのあなたの巨視によって認識されているものである

さて更にそのあなたの住む地球をも「巨視」点の中に捉えてみよう

あなたはその視点から、宇宙そのものとしての自己の姿を眺めている

そこで言えるのは、あなたの理解出来る現実として、
これらは「同時に存在している」ということである

その宇宙の中の何処にでも"想像行為を使って"意識を滑り込ませれば、
すべては自分の内側の意識に通じてあり、すべての粒子もまた自分の姿であることが理解出来る

あなたが"現実に"今居るのは、地球人としてのあなたであるが、
それとは別に、あなたはやがてかつてないほどに意識を拡大した生命として、
この宇宙の何処かに自分の分身を誕生させるかも知れないと仮定しよう

あなたが信じるかどうかは知らないが、輪廻と云ったものとして捉えてもいい
(今理解しなくとも良いが、この輪廻の存在としてのあなたもまた意識の拡大の中に同時進行している)

そしてその時が来て、そのように誕生したとするだろう

現在地球に居るあなたと、そのように未来世に"誕生した"あなたとの間には
当然ながらあなた方の時間の概念によって"時間差"というものが存在している

つまりあなた方の解釈では、その"二人"は同時には存在しない、と言う訳だ
だがいままでの話の流れを通して考えるとき、本当にそう言えるだろうかと
疑問が湧くのではないだろうか

例えばこう考えてみればどうだろう
宇宙空間を航行する何万光年という距離とは
我々の概念による解釈では多大な時間というものに置き換えられている

現在見ている遠く離れた星の光は時間差を生んで届けられている

しかし先程の宇宙の視点から全体を眺めれば、「すべて同時に存在している」

現在の我々では光の速度というものを超えられないと考えている
だから遠く離れた星に我々が目指して行ったとしても、その途中で寿命が就きてしまう
しかしその光を越えて航行するとき、時間は短縮される
この現実認識を超えない限り、我々の住む地球は孤独な星と云う事になるだろう

しかし我々の想像、そして意識のスピードはゆうに光を越えたものだ

これは意識と云うものが生態的な視点から見て、どの時点で発生したか
という理解(誤解)によっておおきく解釈が分かれているものだと考える

次の様に考えることが望ましい

宇宙の求めによって星々が生まれ、
そこに於ける粒子の意識の求め、鉱物の意識の求め、植物の意識、そして動物と
それぞれの生育の発達の段階すべての過程に於いて、「求め」は生まれ
その意識が遍くすべての環境を作り整えていったと言えるのであり、
そこに偶然はないのである

そしてそれはすべて、尚もあらゆるレベルに於ける意識の求めによって
宇宙全体の求めによって「同時進行」していると言えるのである

自分の「求め」に真摯に耳を傾けて助けてくれるのは誰だと言えるだろうか
「自分」はどのような体験を通じて、どのような「求め」、そして
その叶えてくれる対象を造り出していると言えるだろうか

あなた方が現在信じて居ることとは、
「何者からの支配からも逃れられない」と云う事や
「何者からの悪行に苦しめられている」と云う事だったりする

あなたが創造した人の悪もまた自分の内側のものである
あらゆる意識は意識の中に内包され永続するものだから

そこに意識を向けて集中しない限りは、あなたの中からそれらの概念は消滅する
あなたの認識によって、悪とせしものもまた生きつづける
その為の空気や餌を与え続けているのはあなたである

あなた方はそのようにして自分達のふがいなさをあらゆる理由をつけて
咎めては罵り、自分を否定して、その対面に否定する根拠を生み出し、
自分を救うべき存在などというものをどのような立場に置いているのかと云う事だ
もしかすると中には自らが死滅することだけが救いであると感じている者もいるかも知れない
(というか現実に居るだろう)

我々が予測することは全て存在する
かつて架空の存在として我々の認識の中に生まれた「核の脅威」を
想像のレベルから実在のレベルのものとして感じる様になるまで
あなた方はその興味から自分達の意識を離すことは出来なかった

戦争に関してもそうだ

人々の感情的在り方というものがどうした現実を生み出すのか、
人々はどうした認識の中に耐えられるものなのか、また
耐えられないかについての議論とは、そこに対する興味を持って観察し続ける限り進行するものである

環境の悪化に関しても同様である
あらゆるものがエスカレートし続けるまで
人々の怖れに対する興味と関心は消えることはない

既に生まれたどうにもならない(「事後」の)ものに対して
抗えば抗うほど、闘えば闘うほど、挑めば挑むほど、
それは余計問題としては大きく膨れ上がる

そしてようやく「もはやそれがどうなるかは十分に知っている」となる頃には
我々は累々とした死体の山をどうすることもできないという訳だ

それはある意味、死後の世界に対して
言い換えれば、生きることへの恐れが生み出しているとも言える

あらゆる自然なものへの認識の取り違え
つまり自己から切り離され、外在化された自然に対する脅威だけが
そうしたバランスを崩した人の在り方を生み出していると考えられる

すべてはあらゆる自然の成り行きの中に「進行している」
人々は真実に触れつづけている
単にそれを正しく解釈してこれていないだけである

善と悪の概念が真実を歪めている
それなくしては今のあなた方は何一つ秩序を齎せないと考えている
だがそのことが人々に誤った価値観を与え続け、支配の必要性を感じ続け
体罰を生み出し、差別を生み出し、不要な主張を生み出すのである

尚も正義と至善を取り違え、神の力と権威の暴力とを一緒くたに
混同視することに繋がっているのである

すべて「事後」に於ける結果としてのものを変えようとするから生まれる間違いである

さて、そうしたあなた方の在り方は
意識の"別の領域でのあなた"にはどう捉えられているだろうか

あなたの生命として存在する意識は今、尚
"現在を通じて"この地球に誕生している意識と繋がりがある

あなたの今の意識がこの今の地球を育んでも居るのだ

あなたはゆくゆく何になろうとしていると言うのだろうか
自然は自分を常に支配し続けようとなどするだろうか

神は人々を支配して何を楽しむというのだろうか?
果たして何の為に?

その答えがあなたの中に在るとしたら
それはあなたの中だけに在るものである  

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