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困った時の”おまじない”
http://www.asyura2.com/12/bd61/msg/553.html
投稿者 初心に帰るお天道様に恥じない生き方 日時 2014 年 9 月 10 日 23:40:19: 4hA5hGpynEyZM
 


本当にいつその環境暴露がおさまるのかわからない福一放射能禍問題、世界恐慌、ウクライナ、ガザ地区で起こっている大量無差別殺人やエボラ出血熱、ワクチン、ケムトレイル、GMO、医療、地球寒冷化?対策等、ヒト・ホモ・サピエンスの実質支配層の演出にこれ以上もうついていけない、耐えられないって憂いてるアナタは必見!!


あの、困った時のおまじない、が、私達自身や他種、環境等、地球全体を救う可能性があったのです。


それは、あの、困った時のおまじない、テロや革命なんて荒っぽい所業にうってでる必要もない、しかも合法的活動による社会変革の方法でもあるんじゃないかな-?


で、そのおまじないはこう、



       ”お金のない労働奉仕のやりとりのできるコミュニティーを作って生活しよう-

ただし、所有と残高については忘れてちょーっていうくらい、

カネの使用を控えるの継続実行”


たったこれだけ、簡単でっシャロ


これを全世界的に広げていければ、たらればだけど、


本当に変わるカモ



らっきーデタラメ放送局★第112回『世界は八百長!世界の戦争シナリオ集!』
http://www.youtube.com/watch?v=LUR7dA6IHlc



関連投稿


ハイパーインフレなんて全然怖くない/藤原直哉の「日本と世界にひとこと」 2014年5月7日 政府が企業と争う時代
http://www.asyura2.com/14/hasan87/msg/565.html「日本と世界にひとこと」 


2014年5月14日 安倍内閣は株価が唯一の命綱/年金喪失博打と75歳支給対抗策
http://www.asyura2.com/14/senkyo165/msg/418.html
 

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コメント
 
01. 2014年9月11日 11:19:35 : nJF6kGWndY

ヤマギシズムだなw


http://togetter.com/li/440156
カルト教団「ヤマギシ会」で一週間合宿をした話


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B8%E7%A6%8F%E4%BC%9A%E3%83%A4%E3%83%9E%E3%82%AE%E3%82%B7%E4%BC%9A
幸福会ヤマギシ会(こうふくかいヤマギシかい)とは、とは農業・牧畜業を基盤とするユートピア[1]をめざす活動体(農事組合法人[2][† 1])。 通称は「ヤマギシ会」「ヤマギシ」。1953年(昭和28年)、山岸巳代蔵の提唱する理念の社会活動実践母体「山岸式養鶏会」として発足、約10日後に「山岸会」に改名[4]、1995年(平成7年)に名称を「幸福会ヤマギシ会」と変更[5]。 所有の概念を全否定し[6]、「無所有一体」の生活を信条としている。アーミッシュと並べて例えられる場合もある。
売り上げ規模では農事組合法人のトップに位置している[7]。 ヤマギシズム[† 2]社会を実践する場であるヤマギシズム社会実顕地が全国に26か所あり、約1500人が共同生活を営んでいる[9]。また、ブラジルやスイス・韓国・オーストラリア・アメリカ合衆国・タイなど[10]日本国外にも6箇所[9]の社会実顕地があり、社会実顕地に未参画の会員が5万人ほどいるとされる[11]。 ヤマギシズム社会実顕地では野菜や果物、家畜などが育てられており[12]、農産物加工品を全国販売している[9]。最近では、「エコビレッジ」の先駆者として評価されることもある[9]。

成長期[編集]

1959年頃の山岸会の活動
1958年(昭和33年)「百万羽科学工業養鶏」構想が発表され28名が参画する。その3ヵ月後には三重県阿山郡伊賀町にて「ヤマギシズム生活実践場春日山実験地」が発足。
1959年(昭和34年)7月、特別講習研鑽会の受講者を監禁したり、ニセ電話で家族を呼び出して強制的に受講させていたとして幹部12名が監禁・脅迫の疑いで逮捕される(山岸会事件)[170][171](後述)。この事件はマスコミによって大きく取り上げられ、会のネガティブなイメージが全国に広まった[172]。しかし一方で事件後、左翼系文化人による「思想の科学」の支持を得る[173]。山岸巳代蔵はもともと、アナキズムやマルクス主義に影響されたことのある人物であった[174]。
1961年(昭和36年)5月、巳代蔵が他界。会の指導者の地位は杉本利治に引き継がれた[175]。同年「ヤマギシズム中央調整機関」、「ヤマギシズム研鑽学校」が発足。その後1968年(昭和43年)頃より始まった全共闘時代にコミューン運動としてヤマギシが捉えられ、従来の農家出身者に代わり、学生運動経験者などの先鋭的な左翼思想を持った若者が多数加入した。特講を受講した哲学者の鶴見俊輔は、ヤマギシ会にベトナム戦争の脱走アメリカ兵を長い間預かってもらったと語っている。
山岸会事件の影響から会は「冬の時代」を迎えたが、1970年代に「自然食品を生産するコミューン」として再び注目を集めるようになり[176]、自然食ブームに乗って生産物の流通体制を整えていった[177]。以降1990年代まで会の経済規模は拡大を続け[178]、その一方で生産に携わる会員は幹部からの指示を全面的に受け入れ、長時間労働することを余儀なくされていった[179]。同じく1970年代には学生運動に挫折した者[180]や「コミューン志向の学生」[181]が会に参画した。ジャーナリストの斎藤貴男によると、1970年前後には革命運動に挫折した全共闘の学生が「最後のユートピア」を求めて大量に流入したという[173]。
1980年代には「心あらば、愛児に楽園を」と謳い、子育てや教育への不安や関心を背景に一部の教育者や子供をもつ者からの支持を得、発展を遂げた[182]。1983年から1990年にかけて10の社会実顕地 が新たに建設され[123]、1984年に子供を除き740名であった社会実顕地への参画者は1995年には2270人にまで増加した[123]。その一方、社会実顕地内では1979年9月に食事や入浴の作法など生活の細部にわたる「生活法」が定められ[183]、さらに1980年代に入り「真実の生き方に酒・タバコは必要ない」として禁酒禁煙が言い渡されるなど、規律が強化されていった[123]。「ハイでやります」「よく聞いてその通りやります」というスローガンが掲げられ、規律に従わない参画者は「何故その通りやらないのだ」と昼夜を問わず「研鑽」の対象となった[184]。
退潮・内閉[編集]
1980年代以降、ヤマギシ会は社会から好意的にみられ[185]、1986年以降[要出典]は百貨店における生産物の販売も始まっている。しかし1994年(平成6年)にヤマギシズム社会実顕地の元参画者が「ヤマギシを考える全国ネットワーク」[† 20]を結成し、幸福会ヤマギシ会が抱える負の側面を告発すると[186]、会に対する批判や疑惑を取り上げるメディアが続出した[187](なお、「ヤマギシを考える全国ネットワーク」結成前の1991年8月、4000人が参加した「子ども楽園村」の開催中に幼児が送迎バスのなかに放置されたまま死亡する事故が起こり、マスコミによって報道されている[要出典])。1995年以降、同会に対し10件を超える訴訟が提起され、原告側は「被告法人」が「理事・幹部による参画者に対する支配管理」、「監視の常態化」、「日々の研鑽という名目の参画者に対するマインドコントロール」によって「参画者の思考停止状態を維持し、物言わぬ労働ロボットを生産している」と訴えた[188]。
さらに、「ヤマギシを考える全国ネットワーク」結成と時を同じくしてオウム真理教が起こした事件の捜査が進展し、幸福会ヤマギシ会を同種の危険なカルト集団として批判する風潮が生まれた[189]。1994年(平成6年)に500名いた年末年始の特別講習研鑽会(正月特講)への参加者は、1995年(平成7年)に400名、1996年(平成8年)に130名、1998年(平成10年)に20名と減少を続けた[189]。幸福会ヤマギシ会が生産する農産物の売り上げについても、幹部が減少を認めるに至った[190]。
加えて1997年(平成9年)には国税局の税務調査を受け、書類上でのみ支給され実際には支払われず組織内の機関にプールされていた社会実顕地参画者に対する給与[† 21]について贈与にあたると指摘され、200億円の申告漏れを理由におよそ60億円の追徴課税が課された[191]。
幸福会ヤマギシ会は1998年(平成10年)10月、「村から街へ」をスローガンに、「中高年は20代30代の若者のために、実顕地を出て街で暮らそう」と呼びかけ、40歳以上の参画者を「出精平使」と称し外部社会に送り出す方針を打ち出した[192]。さらに実顕地の中では、「子供が〈学園〉でやれなくなった場合、親は子供と一緒に村を出る」という不文律が布かれ[193]、離村勧告の対象となりうる矯正機関への入所者を増やす[194]など、参画者を増やすよりも減少させる動きを見せるようになった[194]。近藤衛によると、1999年(平成11年)に約2150名だった参画者は、2001年(平成13年)1月には子供を除き1700名にまで減少した[195]。こうした動きについて近藤は、集団農場の経営効率化策だと分析[196]するとともに、会が内閉期[† 22]に入ったと指摘している[198]。
村岡到『ユートピアの模索――ヤマギシ会の到達点』によると、外部からの批判を受け幸福会ヤマギシ会は以下のような改善を行ったという[199]。
1998年4月から、学校に通う子どもが朝食を摂れるようになった(それまでは二食)。
1999年からメンバーに月1万円の小遣いを支給するようになった。
1999年春からは、「ヤマギシズム学園高等部」に進学した者が通信制高校に入学できるようになり、翌年春からは、全日制高校にも入学できるにようになった。
2000年2月からは「もっと親が子育てに関わった方が良いのではないか」ということになり、夕食は親と一緒にするとか、毎週末には親とともに過ごすようになった。
飲酒についてもほぼ全面禁酒からほどほどに飲酒する人も増えてきた。(6)脱退者への「返金」についても、出資金に応じて生活準備金を用意するようになった。
島田裕巳は、「ヤマギシ会は日本企業の究極形?」と題して、こう述べている。「ヤマギシ会は無所有の制度を確立し、それを効果的に運用することで、急激な拡大を実現した。無所有の共同体では、組織と個人が融合し、極めて効率的な形で大きな力を発揮する。一般の社会がそうした仕組みで動いていないなか、人材や経済力をもっとも効果的に活用できる仕組みをもつことは、最大の強みだった。しかし、あまりにその発展が急であったために、組織のなかにさまざまな問題が生まれることになった。さらには、外部からの批判も受けるようになる。そうなると、社会とは異なる独自のシステムを採用していること自体が裏目に出て、そのあり方そのものが批判の対象になっていった。 ちょうどそれは、日本社会が急速な経済発展をとげて、世界第二の経済力を身につけた時点で、アメリカと経済摩擦を起こしたのに似ている。日本は、組織と個人を一体化することで極めて効率的な企業組織を作り上げ、生産力を向上させたが、それはアメリカにとって大きな脅威となった。アメリカ企業の雇用に悪影響が及び、日本は批判にさらされることになった。ヤマギシ会は、そうした日本社会のミニ版であったとも言える」[200]

トラブル・事件[編集]
山岸会事件[編集]

山岸会事件を報じた毎日新聞(1959年7月5日付)
ヤマギシ会が1958年(昭和33年)に三重県に設立した共同体「山岸式百万羽科学工業養鶏株式会社」が、同県阿山郡伊賀町で百万羽の鶏の飼育を目的に開拓を目指したものの難航する中、構成員の知人らを「ヨウアリ、スグコイ」など真意を隠した内容の電報で呼び寄せ、1959年(昭和34年)7月の特別講習研鑽会に参加させた事件。「家族が監禁されて講習を受けさせられている」といった訴えが数多く寄せられ、7月10日に山岸会幹部9名が三重県警に逮捕された[201][202]。山岸巳代蔵にも逮捕状が出たが行方をくらまし[176]、9か月の逃亡生活を送った末に逮捕された[173]。山岸会は「謎めいた思想集団」、「謎の革命集団」として報道された[203]。「春日山50年のあゆみ」によると山岸会事件が実顕地に与えた影響は甚大で、春日山実顕地の財政は逼迫し、食料や衣料にも事欠き、多くの構成員が出稼ぎに出たという[204]。1961年4月28日、逮捕された14人に禁固1年から10カ月、執行猶予2年の判決が下った[204]。
ヤマギシズム学園にまつわる問題[編集]
1985年(昭和60年)、ヤマギシ会は同会の広告塔であった元早稲田大学教授・新島淳良の提唱により[205]、子供が24時間の集団生活を送る私塾「ヤマギシズム学園」を設立した[206]。ヤマギシズム学園は幼年部(5歳児が対象)、初等部(小学生が対象)、中等部(中学生が対象)、高等部、大学部からなり、入学できるのは会員の子、または親の少なくとも一人がヤマギシズム特別講習研鑽会を受講した者の子のみである[207]。学園は「人間としての基礎的な一般知識・教養については、義務教育である中学校までにしっかりと学習できていれば十分」という考えに立ち、高等部では進学のために必要な授業を一切行わない[208][† 23]。また、大学部は高等部卒業後、実顕地参画を決めた者のために用意された部門である[210]。ヤマギシズム社会実顕地参画者の子については学費がかからない[210]。幼年部と高等部の生徒は、実顕地の外に出ることが一切できない[211]。初等部と中等部の生徒は義務教育を受けるために実顕地の外に出ることができる[211]が、非会員と遊ぶことや放課後のクラブ活動は禁じられている[212]。生徒は常に集団行動をとることが求められ[211]、米本和広によると6-10人が一つの部屋で過ごし、2人が一つの布団で一緒に寝なければならない[213]。親との面会が許可されるのは2か月に一度だけである[211]。こうした「子供を親元から離して群れに放つ」方式は、ヤマギシ会が一般家庭の子供を対象に行っている学育イベント「子ども楽園村」でも採用されている[214]。元実顕地参画者の松本繁世によると、幸福会ヤマギシ会は無所有の概念を子供にも適用し、「子供も誰のものでもない」と考えている[215]。
生徒には「作業」として畑仕事や動物の世話が課せられ、時間は中等部生で週25時間、年1300時間[216]、高等部生で1日16時間[217]に及ぶ。米本和広は、「作業が単なる労働だとすれば、児童労働を禁じた労働基準法にも抵触する」と指摘している[217]。さらに米本によると、生徒は実顕地で採用されている間食・夜食・朝食なしの1日2食という食生活を強いられる[218]。
1994年(平成6年)、ヤマギシズム社会実顕地の元参画者が「ヤマギシを考える全国ネットワーク」を結成し、学園での子供に対する暴力問題を告発した[186]。これを受けて日本テレビ系列のニュース番組『NNNきょうの出来事』が問題を追及し、「包丁を突きつけられて脅される」、「風呂に連れていかれ熱湯をかけられる」、「竹刀で20回も殴られる」、「部屋に呼ばれて裸にされて殴られる」という被害者の証言を報道した[186]。
ヤマギシズム学園は学園の目的を「によって子どもたちをに成長させること」とし、「に育っていくための」として「実学的姿勢」、「タダ働き」、「異性(男らしさ、女らしさ)」、「明るいのが正常」、「楽しいのが本当」、「研鑽態度」、「我執がない」といった項目を掲げている[219]。学園出身の子どもや学園生徒と接した経験のある教師、さらにヤマギシズム学園事務局から聞き取り調査を行った米本和広は、得られた証言に基づき学園の目的を解釈すると「子どもたちからを取り除き、で決まったことを実行するロボット的な革命戦士[† 24]に育成する」ということになり、そのために拘禁、正座、暴行といった体罰が用いられている[† 25]と指摘[222]し、「学園で行われていることは、社会的に言えば『組織的な児童虐待』以外のなにものでもない」と批判している[223]。
前述のように米本によると、実顕地内では「若い女の子の方が優秀な子どもを産む」、「男は何歳でもいい」という考えのもと、「20代前半の女性と30、40歳代の男性」という組み合わせの結婚が担当者からの「提案」に基づいて多く行われる[151](調正結婚[149][153])が、新規参画者には30、40代の主婦が多いため、結婚の「提案」の対象となる女性はヤマギシズム学園高等部を卒業して2、3年の女性である[152]。このことについて米本は、「彼女たちは『我』を主張することを長い間禁じられてきたため、『イヤ』と表現することができなくなっている。……脱走しない限り、女の子たちは中年男性の快楽と『優秀な子』を産む道具と化す」と批判している[152]。
広島弁護士会は広島県三次市のヤマギシズム学園花見山初等部に対して、「憲法や子どもの権利条約で保障された人権が侵害されている」として警告書を提出した。これに対し学校サイドは「子供を預かっている学校が、担任が子供たちを見ているときに、おなかがすいて輪ゴムを食べたりとか、あるいは体が悪くないのに長期に休ませるとか、放課後部活もできない、そういうことを見て、これは子供が普通じゃないんじゃないか」と、広島弁護士会の方に相談し、広島弁護士会も、「平手打ちなどの体罰、あるいは反省させる名目で数時間から数日間も狭い一室に一人で閉じ込めた。また、通学日に朝食を与えず、十八時間も食事をさせなかった、子供の手紙を無断で開封し閲覧した、無断で私物を検査し、取り上げた、家族との交流は月一回に制限され、休日も学園のスケジュールどおりで、テレビ、新聞の視聴、閲覧を制限した」と警告書を出した。同様の事例が過去に岐阜県の武並小学校でもあったと広島弁護士会はしている。岐阜では食事を抜く、雨の中裸で外へ出す、登校させない、会の中での暴力行為がある等が子供たちの様子から感じられて警告書を提出するに至ったとしている。池坊保子はこれらの問題を衆議院議員予算委員会で取り上げ、両事例において警告書が出されると当事者児童は強制的に三重県へ転校させられた[† 26]と述べている[225]。池坊は、幸福会ヤマギシ会が学校法人設立の要望書を提出した際に行われた子供を対象に行った無記名のアンケートにおいて、8割が暴力を受け、したくない労働をさせられている旨回答したと指摘し、これに対し宮下創平厚生大臣は「大体御指摘のような事実が極めて高い確度で想像され」ると回答している[225]。米本和広によると、地域の学校や教育委員会の中には実顕地で歓待を受け、生徒の保護者を親権者ではなくヤマギシズム学園の担当者にすることを認め、親族が学校を経由して生徒に手紙を渡そうとしてもそれをヤマギシズム学園に手渡してしまうなど、幸福会ヤマギシ会と癒着関係にあるものがある[226]。
財産返還問題[編集]
前述のように、近藤衛によると、ヤマギシズム生活実顕地の中で暮らす者は私有財産のすべてを幸福会ヤマギシ会に「無条件委任」し、実顕地の中での労働に対し賃金[† 21]が支払われることもない[17][† 13]。しかしながら帳簿の上では賃金が支払われていることになるため、実顕地を去った者には財産が残されていないにもかかわらず、帳簿上の収入に基づき税金が請求されることになる[108]。さらに近藤は、生活実顕地を去る者について、以下のように述べている。
もし彼らが集団農場を去ることになれば、その末路は暗い。持ち込んだ私財は返されない。仮に数千万円を委任しても、脱退時には数十万円が手渡されるのみだ。
ヤマギシ会はバラ色の理想を掲げる一方で、脱退者をほぼ無一文で外部社会へ放り出してきた。彼らは離村者が路頭に迷おうとも、どんな経済的な辛苦が待ち受けようとも、決して私財を返そうとしない。
― 中野2004、近藤2003、4頁。
1995年(平成7年)以降、ヤマギシズム生活実顕地の元参画者が委任した財産の返還を求める裁判が起こされるようになった[227]。弁護士の松本篤周によると、幸福会ヤマギシ会は入会者に全財産を寄付させた上、退会しても一切返還に応じないという姿勢をとっており、社会問題化している[228]。松本は幸福会ヤマギシ会に入会するにあたっては全財産をヤマギシズムに渡し、退会しても返還されない旨の契約を結ぶ必要があると警告している[228]。米本和広によると、幸福会ヤマギシ会は財産を「無条件委任」させるにあたり、特定の金融機関に個人口座を作らせ、そこに現金や現金化した資産、さらに給与を振り込む手法をとっているが、名義人である元参画者が口座の状況を確認しようとした際に、金融機関が「実質的預金者はヤマギシ会の調正機関である」として要求を拒んだため、返還を求める金額の把握・証明すら困難になったケースが存在する[229]。
2004年(平成16年)11月5日、ヤマギシ会の集落を離れた女性が入村時に放棄したとされた財産の返還を求めた裁判において、最高裁第二小法廷(滝井繁男裁判長)は二審東京高裁判決を支持し女性側の上告を棄却した。これで女性が請求した一部の1億円の返還を命じてヤマギシ会を敗訴とした東京高裁の判決が確定した。ちなみに、「この女性(原文ではX)が平成元年六月の参画に際し、自宅及びアパートを含む全財産を幸福会ヤマギシ会(原文ではY)に交付したその総額は、二億九一六四万七九九三円となる」[230]
 Xは「平成六年一二月に脱退を申し出て、平成七年始めにはYの同意を得て脱退した。脱退時には、Xは3人の子の分として、少なくとも九三〇〇万円の返還を求めたが、Yは長女の分として四〇三〇万円を返還したにとどまった」[231]
 そこでXはYに対し、(1)特講・研鑽学校でのマインドコントロールという不法行為により交付した財産相当額の損害賠償、(2)Xの全財産の交付はYへの信託契約・消費寄託契約によるもので、同契約の終了による財産の返還請求、(3)財産の交付の原因となった契約は公序良俗違反・詐欺取消・錯誤で無効として不当利益の返還を請求し」[232]東京地方裁判所に訴えをおこした。東京地裁の一審判決は、「Xのアパート生活の期間中に、Yがこの女性(原文ではX)に支払った生活費などを出資額から控除して、二億四一三四万七九九三円の返還をYに命じた」[233]というものだた。
 さらに、Yが控訴した東京高裁の判決は、「脱退時に返還した四〇三〇万円に加えて一億円を返還すべきで、この一億円を返還しない場合は参画契約の不返還特約は公序良俗違反となると判示した」[234]ものだった。「Xは上告受理申立てをしたが、上告棄却された」[235]
 東京高裁は、次のように判じている(抜粋)。「本件では被控訴人(Xのこと)の特講・研鑽学校への参加、参画へと続く一連の過程に関与した控訴人(Yのこと)の担当者について、被控訴人が主張する社会的相当性を欠く違法な行為があったと認めることはできず、参画への勧誘等がその目的・手段・結果に照らして違法であるとはいえず、したがって、被控訴人に本件出捐行為をさせたこと自体及びその原因となった本件参画契約自体が公序良俗に違反するということはできないし、本件出捐行為をさせたことにつき控訴人に社会的相当性に欠く行為があったことを前提とする被控訴人の信義則違反の主張も採用することはできない」[236]『本件参画契約のうち被控訴人が控訴人を脱退する場合にいかなる事情があっても被控訴人の出資した財産を「一切」返還しないとする部分(以下「不返還約定」という)は、「一切」返還しないとする点において公序良俗に反するものといわなければならない』[237]
 最高裁は、「Xの出えん行為は、Xの脱退により、その法律上の原因を欠くに至ったものであり、Xは、Yに対し、出えんした財産につき、不当利得(〈法〉ある人が法律上の原因なしに他人の財産または労務によって利益を受け、その結果として他人に損失を与えること」[238])返還請求権を有する」[239]としたが、「XがYに対して出えんした全財産の返還を請求し得ると解するのは相当ではない。Xの不当利得返還請求権は、Xが出えんした財産の総額、XがYの下で生活していた期間、その間にXがYから受け取った生活費等の利得の総額、Xの年齢、稼働能力等の諸般の事情及び条理に照らし、Xの脱退時点で、Xへの返還を是認するのが合理的、かつ、相当と認められる範囲に限られると解するのが相当である」[240]と判じている。ただし、最高裁は「Xが出えんした財産の返還請求等を一切しない旨の約定があるが、このような約定は、その全財産をYに対して出円、Yの下を離れて生活するための視力を全く失っているXに対し、事実上、Yからの脱退を断念させ、Yの下での生活を強制するものであり、XのYからの脱退の自由を著しく制限するものであるから、上記の範囲の不当利得返還請求権を制限する部分は、公序良俗に反し、無効というべきである」[241]と判じている。
 このような最高裁の判決について、北海道大学の藤原正則教授は、「『無所有共用一体社会』の実現を活動の目的としている団体に加入するに当たり全財産を出えんした者がその後同団体から脱退した場合に合理的かつ相当と認められる範囲で不当利得返還請求を有するとされた事例」[242]と題して、次のように評釈している。
「本件でまずXは、Yの担当者の勧誘行為は不法なマインドコントロールであり、不法行為を構成すると主張しているが、本件でのYの不法行為の肯定は困難であろう」[243]とし、さらに、「XのYへの出捐が信託契約・消費寄託によるという主張も、一審・原審で退けられているとおり、出資明細書の文言「権利主張・返還請求等一切申しません」からは、その認定は不可能であろう」[244]
 さらに、「返還義務の範囲の決定の考慮の要素は、(略)Yの下での生活が長期化するほど、精算されるべきXの出捐は消尽していく。これは決して偶然ではなく、全財産を出捐して共有し、他の構成員のためにも出捐財産が使用されるという団体への加入は、婚姻関係に近いと考えることができる。その意味で、判示のYの返還義務の範囲の評価は、本件のY団体の特性を十分に考慮した基準だと考える」[245]とし、さらに、次のようにも述べている。「Xの出捐の返還請求権は不当利得というようり契約上の精算、請求だと考えることもできる」[246]
 また、藤原正則教授は、出捐を一切返還しないという約定については、次のように述べている。
「やむを得ない事由による組合(ヨットクラブ)の脱退を禁じた規定や、ユニオンショップが公序良俗に違反するという判例を前提とするなら、本件での、Xの出捐を一切返還しない約定は、公序良俗違反と評価されよう。本件では全財産を出捐しており、かつ、返還が拒絶されれば生活基盤が脅かされるという状況にXが陥るとなれば、本件の不返還特約が事実上は脱退を不当に制限しており、公序良俗となるのはむしろ当然である」[247]
 なお、この財産返還請求裁判の東京高裁の判決内容等ついては「判例時報」1792号の63頁から73頁に、また、最高裁の判決内容等については「判例時報」1881号の67頁から76頁に、それぞれ詳しい。

ドイツ[編集]
詳細は「政府の文書によってカルトと分類された団体一覧#ドイツ」を参照
1996年(平成8年)、ドイツ連邦政府はすべての州と協力し、パンフレット"ドイツ連邦共和国のいわゆる若いカルトと精神異常グループ"(Sogenannte Jugendsekten und Psychogruppen in der Bundesrepublik Deutschland)を作成し、当時増加傾向にある新宗教団体などをあげた。その中にヤマギシ会が掲載された[248]。 ヤマギシ会は、「ヤマギシ (スピリチュアルと環境の要素を持った日本の新宗教)」 Yamagishi (Japanische Neureligion mit spirituellen und ökologischen Elementen)と紹介された。
幸福会ヤマギシ会とユートピア[編集]
近藤衛は、アメリカの社会学者ロザベス・カンターが19世紀のアメリカで栄えたユートピア集団(シェイカー en:Shakers、ハーモニー、アマナ、ゾアル、ソウノウヒルなど)の特徴として挙げている「脱会しても拠出した財産を返還しない」、「親子が分離して生活する」、「プライバシーの余地がない」など100の項目のうち、およそ90%が幸福会ヤマギシ会についても当てはまると指摘し、ユートピア集団と多くの類似点がみられると述べている[249]。
近藤は、幸福会ヤマギシ会を「歴史的にも類をみない特異なユートピア集団」であり[250]、そのような集団を組織できた要因は創始者である山岸巳代蔵の思想にあったと分析している[251]。山岸は、食糧増産のためにと伝授を求められた独自の養鶏技術を「真の幸福社会建設のため」秘匿し、養鶏よりも精神論を説き、精神論に耳を傾ける者にのみ若干の技術を教えた。技術を会得しようとする者は研鑽会を開き、山岸自身の難解な言葉の中から「真理」を得ようと必死になった。近藤は、「秘密」の存在をほのめかすことで山岸が人心を掌握していったのだと分析し[252]、その後も「秘密の呪縛」が組織を維持する原動力になっていると推察している[253]。さらに近藤によると、山岸の言葉には矛盾が多く、後に幸福会ヤマギシ会は山岸の言葉のうち組織運営に都合のいいものを選んで会員の〈観念〉を操作しようとした[254]。
近藤は「ユートピア共同体が成立するには、外部社会とその集団を隔てる『境界』が高く設定されなければならない」とし[255]、1998年(平成10年)10月に「村から街へ」をスローガンに40歳以上の参画者を外部社会に送り出す方針を打ち出した[192]ことで幸福会ヤマギシ会と外部社会とを隔てる境界は弱められ、会のユートピア集団としての存立基盤に変動が生じる兆しが出てきたと指摘している[255]。
近藤は特別講習研鑽会の中で冒頭部に「宗教に非ず」と書かれたテキストが配布された経験を明かし、「『宗教に非ず』と断ること自体、ヤマギシ会がいかに既存の宗教団体と似ているかを示している」とも述べている[256]。ジャーナリストの斎藤貴男は「その宗教性は否みようもない」としつつ、ヤマギシ会側は宗教を固定観念だと非難し、宗教団体として扱われることに強い反発を示すと指摘している[257]。
米本和広は、変性意識状態に陥った山岸巳代蔵が脳内に思い浮かべ、他の人たちと共有したいと願った「現実世界とは異なる『真実の世界』」としてのユートピア社会こそが幸福会ヤマギシ会の本質であると推測し[258]、変性意識状態を他の者にも体験させるために考案されたのがヤマギシズム特別講習研鑽会であり[259]、「『特講』で解離状態になった」ときに脳に浮かんだイメージ上のユートピア社会を、実際にこの世に顕した『村』」がヤマギシズム社会実顕地であるとしている[260]。その上で米本は、幸福会ヤマギシ会を「『イメージ世界』に私たちを引きずり込み、自分たちと同じような脳内回路をもった人間を仕立て上げようとする」集団であると定義する[261]。米本によると、イメージ世界を共有できている者とできていない者とでは物の見え方すら異なる[262]。米本は、「イメージを現実化した村」、「『日本国』のなかにありながら日本とはまったく別の国家内国家」というべき集団が数十年の間発展したことを「驚異」、「正直なところ畏敬の念すら覚える」と述べている[263]。
島田裕巳は、「ヤマギシ会の実顕地を作りだしたのは日本人であり、そこには個人を集団と融合させることに価値をおく日本的な価値観が生きている。日本人は、企業経営を行うにしても、それを批判してユートピアを作ろうとしても、最終的には同じような組織、同じような集団を生み出してしまったのだ。ヤマギシ会の成長と繁栄は、実顕地が現在の経済システムにもっとも適合するようなかたちに変化してきた、つまりは企業化してきた結果なのである。ユートピアとは、『どこにもない場所』のことである。古来からユートピアを建設する試みが数多く生まれてきたが、ほとんどは中途で挫折し、場合によっては逆ユートピアを生んできた。これに対して、ヤマギシ会は確固たる経済基盤を確立することによって、繁栄し、その試みは成功したかに見える。しかし、実顕地に生きる人間は、自己を集団に委ねることによって、個人の自由を放棄してしまったのだ。私たち日本人は、やはり自由の放棄という代償を支払うことによってしかユートピアを実現できないのであろうか。私たちがヤマギシ会の実顕地生産物を通して感じるユートピアの味がほろにがいのは、ヤマギシ会が決して特異な集団ではなく、企業などに見られる日本的な集団主義の理想を極限まで推し進めたものだからである」[264]


02. 2014年9月11日 11:27:03 : nJF6kGWndY

まあ、グローバル化した高度資本主義の超生産性の恩恵を受けず、

やりたい人がやる分には、悪いことではないだろうが


現実の日本社会で増えつつある生産力のない老人を大量に受け入れることなど無理であり

米国の金持ち都市と対比すれば、障碍者や老病者は排除する健常者村としてしか
存在しえないだろうな


03. 初心に帰る 2014年9月11日 13:41:51 : inYWYT8X1fasw : wgkF71md2A

なんか長々とコメントもろたけど、ヤマギシなんかと一緒にしないで欲しいな。

私が言っているのは、国際金融資本に対抗するために、お互いが労働奉仕のやりとりのできる部分と、カネに頼る部分をもつ、地域に根ざしたさほど大きくないコミュニティーを世の中にいっぱい作ることができれば、全市場-即ち地球規模で見た時のカネの流通使用量を大幅に減らすことができ、それが合法的な有効な手立ての一つだと言っています。

財産全てを拠出せよとか、家族を分断して、コミュニティー内を強制的な共産主義的体制にもっていこうとするような、カルト団体と変わらぬヤマギシと一緒に考えないでいただきたい。


私が目指そうとしている、それぞれのコミュニティーは相互が連帯する必要もなければ、個人や家庭を破壊するようなルールは全くありません。 


これができれば、グローバル企業にも対抗できるし、互いの需要のある一定部分をカネのやりとりなしでやりとりができる---即ち金融資本禍(わざわいでいい---の部分を大幅に減ずることができる)=彼等の力を削ぐことができると申しているだけです。


ソリューションにケチをつけるはそちは、グローバル側の回し者と言われてもしゃーないのとちゃいまっか。



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