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放射能の怖さをなぜ人より早くわかることができたか・・説得のヒント - 院長の独り言
http://www.asyura2.com/12/genpatu23/msg/673.html
投稿者 千早@オーストラリア 日時 2012 年 5 月 13 日 21:48:17: PzFaFdozock6I
 

2012年05月12日
http://onodekita.sblo.jp/article/55810378.html

 周りの人にいくら放射能が怖いと説明しても、鼻からバカにしてわかってくれない。
一体どのようにして説得すればいいのでしょう?

と言う質問をよく受けます。何か特効薬があれば、もちろんお教えしますが、そんなものはこの世にありません。何しろ、私だって実家はいざ知らず、兄弟の家庭にすら話を聞いてもらっていないのですから。キサゴータミーの話ご存じでしょうか?
 詳しくは、リンク先を読んでいただくとして、子どもを死なせてしまった金持ちの母が、その現実を受け入れられずに、死人を生き返らせようと狂ってしまう。お釈迦様が、それを教え諭す話です。

 現実を受けいられない人をどう導くのか、宗教問題とも似た難しさがそこにあります。散々口やかましく言っても、「もう、いい。うるさい。わかった」と言われるだけの日々が続いているのではないしょうか。

 その説得の一つのヒントとして、自分がなぜ、放射能の危険をすぐに察知することができたのか。それを考えてみるのはどうでしょうか。私は放射能から避難された方に会うと、なぜ避難することができたのか、聞くようにしています。なかなかその時にはピンと来る答えをもらえないこともあるのですが、

・お父さんに小さい頃から原爆の展示会に連れられていってたから
・もともと原発反対運動に加わっていたから、知識があった
・はだしのゲンの怖さが身に染みていた

等々。その理由は人によって違うでしょう。私の場合をご紹介します。

 私の母の実家は、広島市にありました。祖父母が、母をかわいがってくれていましたので、私は小学生の間ずっと長期の休みの時には、広島に遊びに行っていました。当然8月6日の原爆が落とされた日のサイレンと、原爆記念式典はテレビでいつもそれとなく見る−そんな夏休みだったのです。祖父母、母ともにピカの被害は受けておらず、原爆投下後1年近く経ってから広島市に戻ってきたようです。祖母はABCCで検査を受けたことがあるのですが、直接そのことを存命中に聞いたことはありません(母から、先日初めて聞いて大変驚きました)。そして、ヒロシマ、ナガサキの原爆資料館にも行ったことがありますが、その時の記憶は殆ど残っていません。
 知識はないが、とてつもない爆弾を米国が使ったという感覚だけはあったのだと思います。

 原子力は、とんでもない技術だと思ったのは、ゴルゴ13 2万5千年の荒野


ゴルゴ13
さいとう たかを
ロープライス ¥394
or 新品 ¥510

<1984年7月作品>




(↑拡大図)

定量的な内容を書き出します。

・アポロン1号の核燃料ウランの総量は170トン、分裂能力は8000万キューリー
・そのうち1%が漏れ出るくらい(公式発表では、チェルノブイリは1億8000万キューリー、フクシマは1000万キューリー)
・炉から2マイル(3.2キロ)いないは全員1日目に脳をやられて死亡
・ガンマ線被曝量は1日で320レム(3.2Sv)1週間で1万4千レム(140Sv)以上になりますから・・
・20マイル(32キロ)離れた地点にとどまった人は、第1日目に72レム(0.72Sv=720mSv)、90日で4600レム(46Sv)に達し、重傷の放射能障害が出ます。急性白血病で髪は抜け皮膚は落ち、50%が1州下院いないに死亡
・50マイル(80キロ)離れても、1日目に15レム(150mSv)、90日で250レム(2.5Sv)
・甲状腺では濃縮され、被曝量は1週間で、1240レム(12.4Sv)一週間で発病する人もいます
・子々孫々までも、長期の影響が現れます。誰も、住めないでしょう。
・桁が違います。ヒロシマの原爆の全放出量は数十万キューリーに過ぎません。原発はその200倍から400倍あるんです。それに死の灰で、地表や海、川、大気・・・あらゆるモノが汚染されます。
・数百マイル離れても、農作物は作れなくなります。・・・死の世界です・・・

どうでしょうか?私はこのマンガをチェルノブイリ前に読んでいました。実際に事故が起きて、ウクライナは終わったと確信したのですが、その後事故被害報道は尻すぼみ。あのマンガは、大げさだったか・・と思って、その後東電原子力に入社してしまいました。

 今改めてこの本を読んで、その正しさがよくわかります。

それ以外の本としては、


〔コミック版〕はだしのゲン 全10巻
中沢 啓治
ロープライス ¥5,500
or 新品 ¥7,140


ひろしまのピカ
丸木 俊
ロープライス ¥200
or 新品 ¥1,575

皆さんもなぜ、放射能の怖さを知り得ていたのか、コメント欄で教えていただけますと幸いです。


◆関連ブログ
仏教聖典から・・・キサゴータミー2011年06月15日
結論の押し売りではなく、導きを2011年10月29日


この記事へのコメント

「国策」と称するモノはアヤシイという雰囲気が70年代初頭までは確実にありました。それ以外に公害、薬害、、の経験でしょうか。国家に裏切られた世代が膨大にいましたから。

宮城県では早くから女川に原発をつくるなら県庁のある勾当台に原発をつくればいいという議論はありましたね。

Posted by コニー猫 at 2012年05月12日 23:53


私が本当に目を覚ましたのは、あるブログサイトで【美浜事故の数年後の地元と他市町村の病気の比較グラフ】を見た時。心疾患を含め明らかに他の町より増えていました。
あの時始めて恐ろしさがわかりました。
Posted by たお at 2012年05月12日 23:58


私の世代の熊本の小学校の修学旅行は長崎。
中学は広島、必ず原爆資料館に行っていました。
小学校のころにはやはり「はだしのゲン」を読みました。
祖父は中国大陸で戦争をしていましたので、毒ガス兵器の話を子どものころによく聞かされました。

また、子どもが生まれてからは、鹿児島の知覧特攻記念館や長崎の原爆資料館に何度も連れていきました。
ですから、息子は絶対に自衛隊には就職しないと言うようになりました。

ただ、私の私論ですが、核であれ通常爆撃であれ、戦地での争いであってもその人にとってはどちらも同じ「死」である事から戦争だけは絶対にいけない。との信念を持っています!
Posted by kawasaki at 2012年05月13日 00:04


追記します。
長崎の原爆資料館には、小学生の時に行った時に見た、内側にこびりついた人骨があるヘルメット(鉄カブト)がありましたが、今でも展示してあります。
あれはショックでした。
Posted by kawasaki at 2012年05月13日 00:08


私がなぜ東京東部から九州へ移住までしたのか。

それは歯科大で放射線の勉強をしたからです。
先生もご存じかとは思いますが教科書の最初の方で確定的影響と確率的影響という言葉が出てきます。
もちろんその内容は国家試験にも出ていたので大変重要な事で、放射線という物を扱う上で知らなければいけない必須事項だと思っておりました。

そして今回の事故、東京の水に数百ベクレルの放射性物質が混入し、その後100mSV以下は安全だとか平気で言う医者や学者が出てきた上に国までもそれに従う事に私は驚きを隠せませんでした。その時点で確率的影響は学問から抹消されたようです。

子供がいる私には到底納得ができず、十二分に引っ越す理由になりました。

ご参考にしていただければ幸いです。
Posted by 歯科医師の一人 at 2012年05月13日 00:26


小野先生初めまして!
私は1960年代前半の生まれで、小学生当時も、広島長崎の事は授業等でよく聞かされましたし(多分平和学習が盛んだったんだと思います)、「はだしのゲン」は学校の図書室にもあってよく読みました。
いや、今思い出しました。当時少年ジャンプで「はだしのゲン」は連載されていたのでした!それで目に触れる機会があったのです。今思うと、60年代から70年代にかけては、ジャンプだけでなく「りぼん」などの少女誌でも戦争体験や公害反対を叫ぶ作品はとても多かったのです。あのお陰で自分の中に貴重なベースが出来たと思っています。
そして80年代に大学生になると、ちょうど反核の機運が盛り上がっており、現代書館から出たグラフィカルな『反原発』という本をきっかけに、いくらでも反核・反原発を学ぶ環境がありました。(政治的に原水禁とか原水協とかあるのは知っていましたがあまりよくわからず...)
そしてチェルノブイリ事故。
でも、その後急速にその機運はいつの間にかしぼんで行ってしまい、私も自身の生活にかまけて?いる間に原発が55個も造られてしまいました。福島に原発がある事も311以前までは知らなかったくらいです。反省しきりです。
小学生の娘は、学校で平和教育を一応学んでおり、夏休みには自分で何か平和(戦争や原爆の事など)について調べ物をし、「平和新聞」という形で毎年1枚残していきます。そして6年生の修学旅行で広島を訪れ、6年間の仕上げをする事になっています。こういった取り組みがきちんとなされているのは大切な事だと、今回つくづく思いました。それがたとえ形の上だけであっても、各人がそれを最大限に生かしさえすれば、貴重な体験を子ども時代に残す事ができるのでは、そしてそれが核や放射能の事を体で知っている事につながるのでは?と考えています...
長文になってしまい誠にすみません!
Posted by wakana at 2012年05月13日 01:02


私の場合は「黒い雨」「この子を残して」「チャイナ・シンドローム」「シルクウッド」などの映画や、チェルノブイリに関するテレビのドキュメンタリーを見ていたことでしょうか。どれも特に一般の人がアクセスしにくいようなデータや知見が含まれるものではありません。

3/12の時点では政府も東電も単にパニックを防ぐために「落ち着いて」と言っているだけだと思い、彼らの言葉を善意に受け止めつつも、3/14深夜に車で西に移動し始めました。

私にとって驚きだったのは、そのあと、3/10まで普通に「恐ろしい」とされていた事の多くが「じつはそうでもない」(レントゲンや飛行機etc…)とメディアが言い出したことでした。

「あの爆発では、もう関東には戻れないかもしれない」と思って避難したわけですが、結局、放射能への不安よりも、メディアと政府の暴走が恐ろしかったし、今も恐ろしいです。(3/16のヘリで水を撒く作戦も恐怖でした。知識が無くてもピカを見ていなくても、あんな水撒きで解決するなら元から誰も原発反対もしないし、チェルノブイリの問題が今も問題のままでいるなど考えられないと感じました。)

ということで、早く気づいたのは3/10までのメディアのおかげで、「避難」から「移住」に気持ちが固まったのは3/11以降のメディアのおかげ、ということになる気がします。(「死の灰」が「定時降下物」に変わったから、という感じです)

あまり参考にならない気がしますが、参考まで。
Posted by 元神奈川住民 at 2012年05月13日 01:34


度々の書き込み申し訳けありません。
小5くらいのころTVドラマで
山口百恵さんと三浦友和さん共演の
「赤い疑惑」
を思いだしました。

たしか、幸子(百恵ちゃん)が地下室のレントゲン室に光男さん(友和さん)を探しに行ったときに爆発事故があってコバルト60を浴びてしまって急性骨髄性白血病になりました。

そのとき、強い放射線を浴びると白血病という血液のガンになるのかと11歳ころに思いました。
「テーマソング」も「勿忘草をあなたに」もカラオケで歌えます。(ちょっと、脱線)
Posted by kawasaki at 2012年05月13日 01:35


わざと、泣き寝入りせざるをえない被曝の被害者を増やす為、一億総被曝政策(放射能瓦礫広域処理と食べて応援等)を進める政治。後世、ホロコーストと並び称される悪業という評価を受けるでしょう。被曝の均一化は、当然、被害の均一化であり、これから各地で増えてくる癌や先天異常等が、何の影響による癌や先天異常なのか確定しにくくし、後々の福島被曝者集団訴訟の被害者認定を最小限に抑えようとしているのです
Posted by ちわわマン at 2012年05月13日 01:35


私も首都圏から移住して、首都圏の親戚知人だけでなく、移住先でも驚かれました。私の方としては、なぜ私の行動がそんなに変わっていると見なされるのか理解できませんでした。もちろん、避難は私にとっても思い切った行動で大変なストレスでしたが、フクイチの原子炉が次々爆発する中で、避難するのは当然の行動に思えました(3.11以前は原発の危険など全然頭にありませんでした)。

他の避難しなかった方たちと違う点を強いて挙げれば、新聞・テレビなどの大メディアからのインプットがなかったことかもしれません。新聞は取っていませんでした。テレビは最初の揺れの一撃で転落・全壊してしまいました。ラジオは持っていませんでした。そのため、情報源は、ゆれの収まったときに恐る恐る開くインターネットと街の声、そして自分の実感だけでした。
Posted by 避難民 at 2012年05月13日 02:06


先日、数年ぶりに会ってゆっくり話が出来た友人が、やはり「放射脳」だと知って喜しかったんですが、周りは「気にしない」「知ろうとしない」人が多くて・・・と言う嘆きも同じでした。

で、私も好奇心にそそられて、その友人に「なぜ、放射能の危険性に敏感に反応出来たと思うか」と聞いた所、以前に広瀬隆さんの「危険な話」を読んでいて、原発の危険性を知っていたと答えてくれました。

私は・・? 日本の高度成長期に育って、公害やその裁判の話を常に耳にしていた、宇井純氏の本を読んだり、彼の「公害原論」の講義を東大に聞きに行ったりしてた、常に政府や官僚、(御用)学者、大企業に不信感を持っていた、大人になってからだが「はだしのゲン」を読んでいた、etc.

でも、これだけでは、何故数多い本の中から、彼女が「危険な話」を選んで読んだのか、私が「公害原論」や「はだしのゲン」を読んだのか、は説明出来ませんね。

院長先生のブログも、その他のたくさんのインターネットの放射能の危険性を訴える情報も、「気にしない」人達は読もうともしないでしょう。この差は、ホントにどこから来るのでしょうね。

ただひとつだけ、言える事があります。

私はアメリカ在住なので、新型(豚)インフルエンザ騒動の時に、日本のドタバタを恐怖感さえ覚えながら、見ていた記憶があります。この件では、アメリカの政府関係機関もマスコミも、非常に冷静でした。危険性は普通のインフルエンザと同じ位、ただ普通のインフルエンザ自体が、危険な病気だから注意をしなければいけない、というスタンスでしたので、国民にも不必要なパニックはほとんどありませんでした。日本では政府が大騒ぎして、マスコミが、今もそうですけど、大本営発表垂れ流し、独自の調査も知見もなしで、さらに国民の恐怖を煽りました。

マスコミは、患者の「魔女狩り」もしていましたよね。騒動初期に罹った高校生とその学校は、「なぜ、この時期に海外に行かせたのだ!」的なつるし上げに遭っていました。マスクは、売り切れになりました。海外在住組は、日本への一時帰国を、近所が怖いからと実家に断られたと言う話もありました。

これらのことは、日本人が基本的に「のん気」なのではなく、政府が「大騒ぎ」して、マスコミが乗れば、大多数の人々も、危機感を持つようになる、と言う証拠だと思います。(不必要な、科学的でない差別的な言動は困りますけどね。)

残念ながら、今の状況では政府は「大騒ぎ」してくれそうもないですし、当然マスコミもそれに右へならへですから、「知っている」私達が、一人でも多くに知らせる努力をしなければならないわけですが。「知ろうとしない」のが家族だったりすると、苦労も多いでしょう。

あ、今、思いつきました。「のん気」な人達の多くは、お上の言うことは常に正しい、マスコミはいつも正しく必要な情報を知らせてくれている、と信じている人が多いのではないでしょうか。だから、自分で積極的に何かを調べる必要はなく、与えられた情報だけで充分と思っている。そして、このブログに来る人達は、そんな信頼感を持っていない。自分で学ばなければ、知らなければ、他人頼りでは、安心して生きられないと思っている人達なのではないでしょうか。


5年後、10年後、30年後に、社会や歴史家が今の日本の、「教えない・知らせない・わからせない」状況にどう評価を下すのか興味がありますが、少なくとも「自分は知ってたけど、何もしなかった」と言わずに済むように、出来る事をしたいと思います。30年後に、まだ住める環境の日本が、存続していることを願って。
Posted by あじさい at 2012年05月13日 03:58


小学生の頃、「原発ジプシー」を読んでいたからです。書評で取り上げられていて興味を持ち、図書館で借りました。
 それ以前には、太平洋戦争の本(庶民や、兵隊の記録)を読み漁っていた(学校図書館の戦争物は全部読んだ)ため、日本政府の卑劣さを十分知り、反感を持ってました。はだしのゲンも小学校図書館にありました。
 小学生の頃から政府を信用せず、原発は危険だと思う素地ができてました。
Posted by 同年代です at 2012年05月13日 04:17


放射能が怖いと思った最初は、高校生の時におきたチェルノブイリ事故でした。
http://www.usio.co.jp/html/paetone/index.html
http://blog.goo.ne.jp/mcsammy/e/5e01ae564d6ca61d653522c44a4fd47c
http://www.amazon.co.jp/dp/4893930575/?tag=hatena_st1-22&ascsubtag=d-737v

ちょうどマンガ大好き時代だったので、たくさんの原発関連マンガと、岩波新書のチェルノブイリ事故関連本を貪るように読みました。
その時の感覚で、怖いと本当に思いました。

今も怖いと思いますが、水、食べ物には気をつけていますが
抜本的な移住ができず、日々悩んでいます

http://isinokai.blogspot.jp/2012/05/25who-2-1.html
Posted by 翠 at 2012年05月13日 06:03


福岡県ですが、小学校の修学旅行で行った広島だと思います。それから毎年夏休み中の終戦日近辺に学校に行き、戦争の悲惨さについて教わりました。映画を見ることが多かった記憶があります。
今考えると、あの時の積み重ねだと思います。尊敬する大人から伝えられる真実を、子供は忘れません。
Posted by 2児母 at 2012年05月13日 06:27


私は放射能についてほとんど知識はありませんでしたが、フランスの政府関係の仕事をしている友人の電話で「明日政府専用機が出る」と聞いて反射的に千葉を出ました。何故放射能を恐れたのかは、チェルノブイリの事故当時の日本での騒ぎに影響されていると思います。輸入食品が汚染されている、日本での被曝対策にワカメうどんを「チェルノブイリうどん」として売り出した、等こんなに遠く離れた場所で騒ぎ過ぎと思っていたのが、震災後は逆にこんなに近くで事故があったのにあまりにも騒がない、食べて応援のキャンペーンに恐しさを感じました。また放射線の影響を受ける仕事をしていた複数の知り合いにたまたま自身が不妊、子供が小児がんといったことが見られたこともあり、避難を決断しました。感覚的なところで判断していますが、核先進国が自国民救済に乗り出す、それだけで放射能の恐ろしさを知るに十分でした。
Posted by しぶがき at 2012年05月13日 07:31


熊本出身の私の修学旅行は、小学校が長崎 中学校が広島でした。もう40年以上前に見た長崎の写真や被爆した方の詩が目に焼き付いています。今は 佐賀県に住みプルサーマル反対の署名運動にも協力しました。あの爆発をテレビで見て もう胸騒ぎが凄くて 東京に居る娘と愛知の娘家族の為に 情報収集をインターネットでしてました。
娘は東京から福岡勤務になり、愛知の娘家族には食材全てを送っています。
Posted by miyamoto at 2012年05月13日 07:49


いつも情報をいただいており感謝申し上げます。
以前移住の相談をさせていただいた新潟市民です。
先日、地物のきゅうりが巨大化しているのが販売されていて、新潟も心配だとの声を聞かぬようにしてきた不安が再び沸き起っております。かといって移住は。。。
今後ともどうぞ宜しくお願い申し上げます。
ご活動心より感謝とご尊敬を申し上げております。
Posted by 佐藤ゆき at 2012年05月13日 08:41


私が放射能の存在に気付いたのは、随分経ってからなので、ひとより早くではないですが・・・。

去年の初夏ごろからか、変異や奇形した昆虫を見ているから、いくらぼーっとしている私でも、気付かない訳にはいきません。まさかこんなに早く?と思って、写真を撮らなかったのが悔やまれます。

植物も、一季咲きのはずの山野草が、年中咲いていたり、もっと酷い奇形が見られるようになったのは、ご存じの通りです。

鳥はもっと早く、みるみる居なくなりました。原発事故の前までは、この時期ウチの近くには、「あいつら全部に団結して襲われたら絶対死ぬな」と、冗談ではなく思うほどの数のスズメが、素晴らしい活力を放って生きていた。

少なくとも、自然を相手に暮らしている人の中に、この違いが判らぬということは考えられません。
そういう人が「判らない」と言ったとしたら、明らかに故意です。
Posted by しろがねどり at 2012年05月13日 09:07


私の場合は、『放射能で首都圏消滅』を読んでいたからです。

読んでいるうちにあまりに怖くなって、周囲にも絶対読むように勧めましたが、全く相手にされませんでした。結局、本の通りのことが福島で起きてしまいました。

もっとさかのぼると、私の原点はたまたま読んだ船瀬俊介さんの著書です。

合成洗剤や化粧品のまやかし、「産・官・学の癒着」(薬害エイズの原因)を知って、目から鱗が落ちる思いでした。それでテレビや雑誌の洗脳から解けたのです。

それ以来、スポンサーがついている組織の言うことや、常識と思わされていることを疑う癖がつきました。(花王もライオンも資生堂もコーセーもインチキばかりですね)

私が『放射能で首都圏消滅』を信頼したのは「食品と暮らしの安全基金」で出している本だからです。スポンサーなどなく、会員からの会費で運営されている団体だからこそ、発言に信頼がおけます。

でも、みんなに同じように期待するのは無理かもしれません。放射能の怖さは分かっている人でも、普通に合成洗剤(と同じ成分で)頭を洗ったり顔に塗りたくったりしてる人は多いんじゃないかな。合成洗剤の出発点はナチスの毒ガスだなんて、誰も教えてくれないですから。

これも突き詰めると、原発推進と構図が一緒ですね。
Posted by doranyago at 2012年05月13日 10:21


いつもありがとうございます。

 子供の頃、スーパーファミコンで「シムシティ」というゲームで遊んでしました。

 市長になって、街づくりをするゲームですが、時々、町を災害が襲います。

 数ある、災害の中でも最悪なのが「原発のメルトダウン」

 原子発電所が爆発。周囲が汚染され、人が住めなくなり(発展しないです)、どうしようもなくなります。

 この時の感覚が、生きたのかもしれません。
Posted by nakai at 2012年05月13日 10:22


冷戦時代に青春時代を過ごした事。
その頃、SF小説やPS小説、その手のアニメ・特撮物にハマっていた事。
同時期、今よりははるかに良心的だったNHK製作のドキュメンタリーを良く見ていたこと。
いわゆるミリタリーヲタクだった事。
その癖、政治的思想や歴史観がどちらかといえば左寄りだった事。

これらが今の私を形成したと思っております。
Posted by 新潟県民 at 2012年05月13日 10:28


3.11の後、テレビで民法各社が同じような報道ばかりが続いていたため、CNNを視聴してみた。

これまでずっと見ていた日本の報道内容と大差ないはずと思っていたところ、早くから聞いたこともない単語「メルトダウン」してるはず。とか、福島は壮大な人体実験が始まった。とか、ぞっとする内容が流れていて、その後、日本の報道とCNNの内容の差に気づき、自分から疑問を感じるところに対し、別の角度から探っていった結果、素直に、引っ越そう。と決めることになった。
別の角度から探っていった結果、政府も大手新聞も、民放のテレビも、NHKも、行政も、学校も、大手スーパーも、JRも、信じられなくなってしまった。絶対的に信頼を寄せていたものに、不信感を持つことが、本当に悲しい。

それでも引越を決める事に、転職をすすめることになんの抵抗もないほどの、危機感を抱いた。
Posted by ロンロン at 2012年05月13日 10:43


はじめまして。
いつも詳細な情報をご提供いただきありがとうございます。

私は高校の頃に物理学に興味を持ち、大学では理論物理学を専攻しました。
理論物理学の中には、原子核反応の学問もありますが
そこでは放射能の話はあまり大きく取り上げられません。
しかし、わたしはそこから原爆、水爆に興味を広げて書物を読みあさりました。

そもそも、物理に興味を持った高校生の頃(チェルノブイリ事故以前)から
原発が安全だなどどは信じていませんでした。
不安定な状態で制御しているのだから、小さな事故で何かきっかけがあれば
大事故につながるのは当然と思っていました。
その小さな事故を起こさないために、原発の職員はがんばっているのだと
高校生の私は漠然と考えていたものですが、
事実はそうではなかったと。
小さな事故は日常茶飯事に起こっていたということですね。

高校の物理の教科書にも、最後の章に、ほんの申し訳程度に
原子核反応についての記載がありましたが
大学受験に忙しい高校生は、そんな最後の章の、しかも入試の出題率の低い分野は
勉強する気にならないでしょう。
一方、受験しない高校生は、教科書の最後の章まで行かずに高校生活が終わってしまう
のではないでしょうか?
原子核反応を教科書の最後に持ってきているのは
何か作為を感じてしまうのは私だけでしょうか?
Posted by yamaguchi at 2012年05月13日 11:01


院長先生、いつも情報ありがとうございます。私はアメリカに4年おりますが、311の時から1年あまり、常に日本にいる家族には放射能の恐ろしさについて警鐘を鳴らしてきました。友人たちには、ほとんどが「放射能?気にするほどじゃないよ」と脳天気ですので、もう何も言う気は失せましたが。

さて、私が反核・反原発・「放射脳」である理由は、小4で広島を訪れて原爆資料館を見学したことと、小学生のときに読んだ「はだしのゲン」と中学生のときに読んだ広瀬隆さんの「東京に原発を」によるものが大きいです。核の恐ろしさ、原発の恐ろしさがしっかりと胸に刻みこまれました。
Posted by モル at 2012年05月13日 11:09


小野先生、日々貴重な情報を掲載していただき、また講演会など精力的な活動に感謝しております。

漫画はほとんど読んでいなかったのですが、このような正確な情報が含まれていたのですね。私はたまたま広瀬隆氏の「億万長者はハリウッドを殺す」で、現代社会を動かす巨大な利権の存在を、原発関係の氏の著作から、原発の恐ろしさを知りました。何かあれば、巨大な利権が隠蔽に動くことも。そのため、周囲にはあきれられましたが、311直後に関東から避難しました。

 現在九州におりますが、自治体に抗議したり、チラシを作ったりしていますが、周囲の人はほとんどが、原発事故や瓦礫問題は聞きたくないか、無関心です。関東の友人には、情報を集めて覚悟を決めて暮らしている人も少数いますが、その他の友人たちには原発の話はできません。不安になる話は、最初から受けつけないからです。福島だけでも28万人の子供が暮らしていると思うと、気持ばかりあせります・・・
Posted by がじゅまる at 2012年05月13日 11:20


私の場合は、海外にいたため、日本のテレビや新聞を読んでいなかったことと、海外のニュースを見ていたことで、きちんと現状を把握することが出来た。
また、東電の英語の発表と日本語の発表の内容が違うこと(報道陣の質問の内容等含め)おかしいことが一目瞭然であった。

それから、人生において一度離婚という大きな失敗をしたことが私にとっては今回の大きなポイントではないかと思う。
失敗した理由として、自分で余り物を考えず、相手の言ったことを鵜呑みにして結婚。その大きな失敗の後、自分で色々考えるようになってきたこと、再婚した相手が、自分で物を考えることを大事にしているため、さらに、日常的に物を考える習慣がついた。

最後に、我が子供たちはイギリス系のインターナショナルの学校にいっているが、5歳のわが子の宿題は、例えば、「植物が育つ過程の絵を書きましょう。」や、「始まり、真ん中、終わりの3つに分けて構成を考えた後に、物語を作りましょう」というように、考える宿題ばかりでこの年齢でこんな宿題!というものばかり。私がこのくらいの時は枠からはみ出さないように一生懸命ひらがなを練習した記憶しかありません。日本人は特に、教育課程で、論理的に物を考える力がついてないことが原因ではないかと思った。
Posted by 子育てママ at 2012年05月13日 11:36


神奈川県から九州へ移住しました。

チェルノブイリ原発事故のとき私は子供でしたが、母が当時ヨーロッパからの輸入食材を警戒し、イタリア製のスパゲッティ、オランダ産やフランス産のチーズ、スイスやドイツ製チョコレートなど乳製品を避けていた姿が今回まず思い出されました。なので、福島事故に際してはこの逆をしなければならない(=国産を警戒する)ことはすぐに理解できました。

あと私はかなりの映画好きで、本橋成一監督「ナージャの村」「アレクセイと泉」などの作品やトークショーを通してチェルノブイリ事故のもたらした現実を知る機会があったこと、また山形ドキュメンタリー映画祭等で上映されていた「六ヶ所村ラプソディー」で青森の現実について知る機会があったことぐらいが、私が放射能の危険性について事故前に考えるきっかけになったほとんど唯一の機会だったかもしれません。

しかしこれが大きかったのです。私の周りを見ていても、たぶんこういう経験のあるなしが避難行動に出る出ないを分けているという気がしますから。

しかし今回のような大きな事故では、何か見えない力が働いて、としか言えないような部分もありますね。最後に後押ししてくれたのは天国の母と父でしょうか。祖父母とかそういう存在のエネルギーを感じることができなかったら私も動けなかったかもしれません。過去と未来への大きな責任を背負っているような感覚です。
Posted by elisabethkirche@hotmail.co.jp at 2012年05月13日 11:42


いつもお話しありがとうございます。学んだ放射能の危険が周りに、肉親にも伝わらないことに焦りと絶望も覚えております。
私の危険性の認識のきっかけは、はだしのゲンでなく、京大の小出先生の同僚だった故瀬尾健さんの「原発事故‐その時あなたは?」という本でした。
はだしのゲンは小学生の頃から兄弟で愛読していましたが、内部被曝に思いが至りませんでした。原爆と原発は別物と思い込んでしまいました。漫画にも入市被曝もぶらぶら病も出てますのに。
その後、成人して週刊金曜日の購読者になりました。広瀬隆さん、高木仁三郎さんなどの寄稿を読んでる中、書評で「原発事故」が取り上げられて読んだところ、過酷事故の場合、とんでもない範囲で癌死が出るということを知った次第です。
放射能の危険性が伝わらないことを改めて考えると、自分も既に十数年も前に危険性を認識しながら生活に忙しいと核反対の具体的行動をしてきませんでした。福島の事故が起こって、少しは、というところです。周りを責められたものではないですね。
Posted by BY at 2012年05月13日 12:00


ゴルゴ13にとても引き込まれました。やはり作品の吸引力がすごいです。

放射能や戦争の怖さを教えてくれたもの・・・
小学校での原爆写真パネル展/広島原爆の絵本/火暮るの墓/月の子(少女マンガ)/猿の惑星/夢(黒澤明)/教科書掲載の「ラッキー・ドラゴン」/チェルノブイリ由来白血病の子供達の日本ホームステイ特集地方番組/はだしのゲン/黒い雨(井伏鱒二)/野火(大岡昇平)/白痴(坂口安吾)

※ラッキードラゴン・・・ベン・シャーンの第五福竜丸を題材にした絵画
http://www.nikkei.com/life/review/article/g=96958A9C93819497E2E7E2E3E38DE2E4E2E6E0E2E3E0E2E2E2E2E2E2;p=9694E0E5E2EBE0E2E3E3E6E1E4E0

問題は原爆写真パネルや夢、猿の惑星などは多くの人が目にしているという事です。
しかし放射能危険派はまだ少数な現状です。不可思議です。
私は幼少から色々な想像が止まらなく、戦場に自分の身が置かれたらどうしようなどと寝る前に考える子供でした。そのため放射能も怖くて仕方ありません。

タイプによって有効な説得法が違うのでしょうか。
私は今の酷い政府の対応に怒りと反発心が湧いてきますが、
母は「情報を知ったってしょうがない、自分では何も出来ないし何も変えられない。政府に従うしかない。運命として受け入れるしかない。」といいます。
普段から怒りが湧かず脅しに弱いタイプで、今まで何度も騙されています。
こういうタイプの人が、どのように放射能危険論を受け入れてくれるのか日々悩みます。

親はテレビへの信頼度が高いです。ゲームや漫画に触れた私の世代と違い、真のテレビっ子は団塊の親だと感じます。
目には目をで、信頼の高いテレビにて放射能の危険を訴えている動画をiPadで見せようと考えています。
NHKの「低線量被ばく 揺らぐ国際基準」にしようと思っています。
Posted by マミ at 2012年05月13日 12:31


私の場合、今回の事故が起きるまで
原発や核兵器にはあまり関心がありませんでした。

ただ私は子供の頃からアトピー体質で、
これが人格形成に多大な影響を及ぼしてきたと思います。
雑誌やテレビで宣伝している化粧品やシャンプーは使えませんし、
安いお店の揚げ物やコンビニ弁当を食べると目まいと頭痛に見舞われます。

去年は頂き物の千葉産の魚を食べて背中一面に蕁麻疹が出ました。
(九州産として売っていたらしいです)

去年から今年にかけて
放射能被害に関する本を読み少し勉強しましたが、
基本的には自分の体が教えてくれる事がすべてです。
こういう体質は不便ですが、
情報が錯綜する時にも迷う必要がないという点では
幸運なのかもしれません。
Posted by ゆうり at 2012年05月13日 12:38


はじめまして。若い頃、市川定夫教授の本を出版する会社に勤めていました。微量の放射線がムラサキツユクサに与える影響について書かれていました。「廃炉」という言葉を知ったのも、その頃からです。豚インフル、BSE、ダイオキシンなどとは比べものにならないほどの恐怖を感じています。
Posted by ワミコ at 2012年05月13日 13:04


私の子供の頃は、毎年8月になると、テレビで広島・長崎の被爆者の映像が一日中流れていました。
また核実験の頃は、「雨にぬれると禿げる。」と子供同士で言い合っていました。
やはり映像、写真など視覚に訴えるものは深くに残ります。

もう1つは、実際自分に起こっていることに繊細になったこと。
おできがよくでき、治りにくくなった。
外食すると皮膚にプツプツできるようになった。
外出時、また、北の物品を買ったり、送られてきた時、喉がいがらくなったりくしゃみが出ること。
自分の身体に気をつけるようになり、だんだん体感として汚染が分かってきました。

Posted by 西の風 at 2012年05月13日 13:20


決定的だったこと。

震災当日 大阪の自宅は揺れなかったので、それから数日間テレビにかじりつく余裕がありました。どの放送局の学者も、「メルトダウンはありえない、格納容器は健全。建屋はあまり意味のない箱です」と言っていたが、次々と爆発。

爆発してもなお、「爆発的事象」といい、首をかしげながら「それでも格納容器は健全です」とコメントする場面で、テレビを切った。失望した。

それで、テレビも新聞もやめて、ネット検索した。できるだけ危険を訴える情報を探して、放射能防護プロジェクト、SAVE CHILDなど、などを見つけた次第。

こちらの院長のブログは、飛行機の危険(上空の放射能)を感じて検索をかけたら、行き着きました。
Posted by 大阪在住 at 2012年05月13日 13:43


小野先生、はじめまして。いつもブログ拝見させていただいてます。
私は子ども2人を連れて、主人の実家のある京都に今年三月に避難してきました。
私の場合、放射能の危険に気付いたのは四月頃。母乳からセシウムの報道がされてから、私も粉ミルクに切り替えようと思い、メーカーに問い合わせた結果に非常に疑問が残り、そこから自分で調べるようになりました。当時一歳の娘のおかげかと考えてます。
昨日宇治市の病院に子供の血液検査と心電図を診てもらうため
行ってきました。最初から何でこんな検査するの?と怪訝な顔で言われましたが、息子の口内炎、口角炎が通院しても治らず、給食を止めて完治したことを話し、夜中に溢れ出る鼻血の話をしたらようやく画面に向かって検査の手配をしてくれました。この辺では1番大きく信頼されてる病院だったのと、最後に先生自ら被曝についてこう思う、と話をしてくれて、勇気を出して行ってよかったと思いました。心電図は異常なく、小野先生の尿検査も異常はなかったです。が、三月の事故の日、何も知識なく川崎に住んでいて学校に薄いマスク一枚で行かせてしまったこと、しばらくはテレビの情報を鵜呑みにしていたこと。後悔してます。今後も検査はしていこうと考えてます。
Posted by りょうもも at 2012年05月13日 14:08


政府の戦時中の被爆者への対応、公害訴訟での姿勢を知っていれば、もともと政府のいうことを鵜呑みにはできるはずもありません。

ですので、自力で資料を集めて比較検討してみれば、3・11までは年間1ミリという法律が厳然と守られてきていたこと、低線量被曝の影響がわかっていないこと、その2点ははっきりしています。

これだけわかっていれば、自分には関東でたいせつな子供を育て続けることは、できませんでした。

強いて挙げれば「闘病」というもののつらさ(本人にも、周囲にも、精神的にも、経済的にも)を知っていることが、強力に後押ししてくれた気がします。「ちょっと体調が悪い」だけで、社会で自立して生きていくことは大変なことです。そんな目にはわが子を遭わせたくないです。もちろん、日本中の子がそんな目に遭ってほしくないのですけれど・・・・・・・
Posted by ろーむ at 2012年05月13日 14:14


福島県在住の私は、日々放射線の恐怖を抱えています。
原発事故以前から、放射性物質が人知を超えた怖いものだと強く感じていたのは、隣県の東海村JCO臨界事故の犠牲者大内さんの闘病記録を見たからです。彼の壮絶な死を決して無駄にしてはいけません。人間は核を制御出来ると本当に思っている人がいるのだとしたら、何と傲慢なことでしょう。
後の時代に私たちは負以外の何物でもない遺産を残してしまっているのです。
Posted by mio at 2012年05月13日 14:29


埼玉から、熊本に夫婦で移住してきたものです。
ブログや院内勉強会での貴重なお話、ありがとうございます。

僕が放射能の危険性を知ることが出来たものは、漫画の「はだしのゲン」、アニメの「風が吹くとき」、スーパーファミコンの「シムシティ」のメルトダウンシナリオ、です。全部子供の頃に読んだり観たりしたものです。
福島の原発事故後、事態の深刻さを共有出来る友人の1人から、今回のブログにある「ゴルゴ13」の話も聞きました。
それでも、移住を決断するのに1年近くかかってしまいました。夫婦揃って、体調の異変が多発してようやくでした。
これからも多くの人達が、ジワジワと被害が広がりながらも、何事も無いように過ごして行くのだろうと、自分の体験を振り返り、そう思ってしまいます。
Posted by たくモン at 2012年05月13日 15:15


私の場合は、潜在的には「はだしのゲン」と修学旅行で行った広島の「原爆資料館」ですが、直接的には、10年程前に週刊誌で「チェルノブイリのその後」みたいな企画の記事がありまして、その中に「奇形」の子供の写真が沢山ありました。やはり映像には言葉にないインパクトがあります。

この経験から言うと、衝撃的な写真や映像をもっと前面にだした方が大衆には理解しよすいと思います。
イヤラシイようですが、わたしは理性的、論理的な説明には限界があると痛感しています。

勿論、爆発した翌日には、東京に住んでいた子供をつれて関西に引き上げました。
Posted by まつもと at 2012年05月13日 16:06


原発というものの危険性を知ったのは25年前、現在25歳の娘が生後6ヶ月のときの事です。チェルノブイリ事故が起き、新聞で毎日のように事故の詳細が報道されていました。 
乳児にあたえる粉ミルクも汚染の可能性があることを知り、情報を得る為手に取ったのが広瀬隆氏の「東京に原発を」でした。初めて知った原発の実態にじっとしていられず、友人にも本を回覧をして読んでもらいました。その後十数年たちイラク戦争でアメリカが劣化ウラン兵器を使ったこと、イラクの子供、戦場の兵士が次つぎと被爆したことを知りました。7年ほど前に初めて広島の原爆記念館を訪ね、廃墟と化した広島の街の写真を見て、これまで自分自身が本当の広島の被害を理解していなかったと思いいたりました。
3月14日成田空港でのこと、水素爆発のニュースをみていた数人の作業着姿の男性たちが、「これ、やばいよ」とぼそぼそと話しているのを耳にし、今から思うと彼らは関係者の方たちだったのかなと。丁度同じときTVからは「直ちには影響ありません」と流れており、そのことが事故と同じ位不気味に感じられました。1537
Posted by ハワイ在住 ダヤン at 2012年05月13日 16:08


海外在住です。7年ほど前に、ネットで偶然、原発技術者の平井憲夫さんの講演記録を見つけました。実は、原発は、神戸で倒れた高速道路と同様に、地震には弱いこと、いかに原発現場で人為的ミスが見過ごされているか、被曝労働者が見捨てられていること、原発社会に将来はないことなど。これを読んで、一見平和で奢れるこの世は狂っているのだと思い知らされました。海外から、津波の映像を見ているとき、フクシマと言う名前を聞き、もう地球は駄目だ思いました。

更に、こと放射能の障害に関しては、政治の力で、隠蔽されてきています。戦争で使う劣化ウランや、核実験で犠牲にあっても、認められてきていません。チェルノブイリを経験したロシア、ウクライナの知人も、事故後に、家族が病気で苦しんでいる話をしてくれます。
Posted by 黒猫 at 2012年05月13日 16:31


原子力技術者であり、お医者様でもある専門家としてのご意見をいつもありがとうございます。 私ども家族は、三号機の爆発映像を見たことがきっかけとなり東京から熊本県に避難してまいりました。 爆発による最悪のシナリオを想定する材料となったのが、娘がスイスに留学していた際に購入した「スイス民間防衛マニュアル」でした。核攻撃に対する対策、飲料水、食料に関する注意、武力を伴わない戦争についてなど大変参考になっております。 また、私自身が末端神経障害の難病患者であることで、健康な子供たちの将来を考え、避難が最優先課題であると判断できました。私には、関東在住の姉妹家族が居る為、繰り返し放射能の危険を知らせているのですが伝えきれずに今もおります。姉妹といえどもそれぞれの家族の考え方の違いがあり、日頃より真理を追究する癖のついている主人の行動力に感謝しております。
Posted by 3kidsママ at 2012年05月13日 17:23


千葉県から沖縄に母子避難した者です。
私は広島市内で育ちました。小学生だった1970年代、8月が近づくと被爆経験者の方が学校にやってきて怖い話をするのがイヤでした。

けれど今は「放射能は見えないけど怖い。遺伝子をズタズタにするんです」と教えてくださった方に感謝しています。

20年以上前ですが、近くで水爆実験が行われた島の様子がテレビで放映されました。何気なく画面を見ていた私は凍りつきました。島の子供は笑顔いっぱいなのだけれど、手がなかったり足がなかったり。五体満足な子がいないのです。

東海地震の予想震源地あたりに原発があることに気づかされたのは大学の通信教育のサマースクールでした。2002年です。ひとたび事故になれば300キロ圏内には人が住めなくなると。

慶応大学の藤田祐幸先生(今は退官されていますが)が続けてこられた活動にも感謝です。

小野先生にも感謝しています。論理的かつ理解しやすいブログのおかげで、正気を保てています。実名で活動されることは大変だと存じますが、心より応援しています。

友人知人には危険を訴えましたが誰にも相手にされず、身近な子供たちが被曝し続けていることが悪夢のようです。
Posted by ホアンホアン at 2012年05月13日 18:33


西日本に住む50歳代の男性です。
昨年の3月12日は昼のニュースで原発の事故を知り、東京の大学に通う子供にすぐに帰省するように連絡したため、爆発したときには新幹線の車中でした。
50年以上を生き、多くの書物を読んできたので直感的に原発事故の恐ろしさは知っていました。

先生のブログは毎日拝見しています。
私には3人の娘がいますが、放射能の影響は今後数十年以上続くこと、少しでも被爆を減らす方法等を折に触れ説明しています。
論理的な先生のブログは、子供に説明するときに非常に役に立ちます。
今後ともよろしくお願いします。
Posted by カマクラ at 2012年05月13日 20:10


小学生の夏休み、原爆投下日に登校、黙とう、話し合いしていました。日にちは忘れました。修学旅行で、長崎の原爆資料館に行きました。

見学終了後、男子も女子も、何人か泣いていました。
中学か高校の時、外国のアニメ観賞会がありました。内容は、近所に原爆が落とされた夫婦が、死ぬ間際に放射能に気づく。麻袋に駆け込ん

でDeadend。でした。教室に戻り、先生「感想ある人」生徒「シーン」。凹む映画でした。

安全厨か危険厨かの違いは、放射能の怖さを、身近に感じられるかどうか、と思います。人間が人間でなくなって、ヒバクシャ差別始まる頃

には、安全厨も気づいてくれると思う。本当に悲しいです。
Posted by 福岡出身です at 2012年05月13日 20:14


私は、広島出身の祖母がいて(本人は原爆の一週間前に東京に戻って来たそうです)、小さいころから”雨にぬれるな〜放射能が入ってるから禿げる”と言われて育ちました。
チェルノの事故の時、事故の様子を撮影しにヘリで入った人が3日後に亡くなったというのを聞いて、その頃から原発の本を読むようになりました。しかし日々の忙しさに、頭から薄れていましたが単純に皆原発嫌だよね?怖いよねと思っていたのですが、3.11後これだけ、皆が恐れないのが不思議でたまりません。
Posted by manami at 2012年05月13日 20:24


父は広島の尾道出身です。30数年前の小学校6年生のとき、広島の原爆記念館に行ったことで、放射能のと恐ろしさを心に刻みつけました。その頃の展示は今とは異なります。アメリカ軍の行為に正当性はないと子供ながら強く憤りました。
父は関東に移りましたが、父の兄は50台で胃がん、姉は60代で食道がんになりました。原発事故後、広島周辺の瀬戸内海の放射線量は高かったことを知りました。伯父も伯母も野菜は好まず、魚が好物でした。
低線量の放射線の被曝の恐ろしさはイラクの劣化ウラン弾による被害のひどさをDVDなどで見たからです。
小野先生のDVD購入させていただきました。
「はだしのゲン」の映画があること、初めて知りました。きちんと見てみたいです。
Posted by khad at 2012年05月13日 21:04
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私がここで紹介したケアンズの領事館との通訳を務めた、私のブログ読者の男性も、小学生のときに広島の資料館を見て、チェルノブイリ事故が起きたときに「これはヤバイ」と悟って豪州に移住なさったとおっしゃっていました。

やはり小さいうちから何かしらの情報があることは重要な鍵とも思うし、
かといってそれらの情報を与えられた側がすべて同じように反応したとは言い難い。

政府、メディアの洗脳に負けない「疑問を持つ」&「自分で考える」ことのできる人々が、恐怖を拒絶するのではなく、直視して対処する行動に出られるのではないかと思います。

しかし何が「疑問を持つ」&「自分で考える」ことのできる人々とそうでない人々を作り出しているのか? となると...皆さんはどう思われますか?  

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コメント
 
01. 2012年5月14日 00:55:56 : O8gQcM0Keg
千早@オーストラリアさま

小野先生の情報をありがとうございました。
先生の問いかけで、自分が放射能の危険を知ったのは、漫画で繰り返し知ったことがあったと思いました。ゴルゴ13のあの章も知っています。他の章でも度々出てきます。
ゴルゴ13に関連して、「何が「疑問を持つ」&「自分で考える」ことのできる人々とそうでない人々を作り出しているのか?」という貴方様の問いを考えれば、ゴルゴ13では当たり前なのですが、権力(に属する者)はそもそも、始めから正直な生き方はムリだということでしょう。

自分の父親が学生運動に身を投じていたので、新聞社が如何に権力の所有物であるのか、小学生から聞いておりましたし、直感的に現代社会は「人間が元々持っている能力を殺す」と感じていましたので、教育と言うものが如何に害毒なのかと認識しておりました(そんな子供を母親は、ニヒルで将来が不安な子供と心配だったようです。現在はむしろ自分の方が分かっていなかったと思うようです)。

『何が「疑問を持つ」&「自分で考える」ことのできる人々とそうでない人々を作り出しているのか?』と言うのが、教育にあると思うのですが、では具体的にどのような教育によって、奴隷思考(自分で考えない)に貶められていくのか、なのですが、当方の考察は「科学というカルト信狂(わざと狂と書いてます)」による「唯物観念、還元論思考」の強化にあると、20数年間考察してきております。

唯物還元論思考を絶対疑わない人間の頭と心の中に、成り切って考察することで、何ゆえそれ(唯物還元思考)が、奴隷思考を人間の頭に決定的に染まるのか。

世界はその全てが物質であるという前提に、日本のほとんどの方々は信じて疑わないように感じますが、その唯物還元思考について、当方の尊敬するH氏の言葉を引用させて頂くと、

「『略…考えてもみてほしい。137億光年になんなんとする広大な宇宙空間、そのなかの取るに足らぬ一つの土くれであるところの地球…、そして、その表面に細菌のようにへばり付いて居住する今や60億にも達しようとする人類…、さらには、その中のたった一人の個人……。それがあなたやわたしという存在なのだ。

このような空間イメージの中で捉えられる人間観は、宇宙から見れば限りなく矮小で無力で、はかなくもろい存在にしか映らない。パスカルが言ったように、それは盲目的で悲惨で空虚でさえある。絶えず外界にさらされ過酷な環境の中で生きていかなくてはならない人間。彼にとって世界はつねに克服していかねばならない存在であり、おまけにそこには自分と同等の力を持った他者という競争相手が待ち受けている。わたしたちはその厳しい過酷な環境の中、適者生存の原理に則って、生存本能まるだしのエゴマシーンを余儀なく演じさせられてしまうのだ。そしてあげくの果てには、その欲望機械の特徴は、水素、炭素、窒素、酸素などの諸元素に還元されてしまうという始末……。

このことだけ考えても、内部や外部という空間イメージがいかに閉塞や解放という自由度のイメージに分かちがたく結び付いているのがわかる。』引用終わり

と、唯物還元論などと自分では呼ばないし考えもしないけれども、確かに唯物還元論になっている戦後の日本人の人生に対する認識とは、上記にあるように、「自分という存在は、如何に無意味で無価値で無力であるか」という思い込みに、無意識に支配されていると、当方は考えるわけです。

自らの存在に対して、三無(無意味無価値無力)という認識の上に立って生きることを余儀なくさせられた結果は、自ら考えることに対し無意味を感じ、お上、大メディアの言うことを信じることで安心感を得るようになり、人生のプロセスとして先祖、自分、子孫と継続はする慣習には習うが、先祖がどう生きたか、子孫がどう生きるかなど、考えることを無価値に思うのであって、全て体制に対して無力である自分を強く意識する、そのような人生観が自分にも家族にもコンセサスが敷かれ、人生と生命に矜持を持つなど無意味であり、「我さえよくば、今さえ良くば」の価値観が、年限と共に強化されていく、その根本、背景に、「唯物還元論の絶対信仰」、それを教育により教化するば、人間は自動手的に「虚無」の住人に成り果て、「村からの離脱は許せない」と言う、「奴隷が奴隷を管理制約」する、自動支配構造が産み出される仕組み、そのように考えております。

それがもし真実を突いているならば、この支配構造を、市民自ら裏返す(ひっくり返す)のは、「反:唯物還元論」の世界観、人生観がコンセサスを得ることにあるのではないのか、とも考えるわけです。

その「反:唯物還元論」のヒントになるものが、(皮肉にも)「量子力学」の知見にあるというのが当方の主張です。

実は約100年前より、人間の知性と知見に立ち上がった量子力学によって、現在の「コンピュータテクノロジー」と「核物理学」は発展を遂げた背景があります。

物質的な世界観(そこから立ち上がる物質的人生・存在観念)の「根源」とも思える量子力学ですが、この「物に対する究極の探求」が行き着いた「世界は一体何によって出来ているのか?」の探求は、全く意外な、人間の存在の根幹を揺るがす知識となって、当時の(今もそうですが)物理学者、科学者を混乱の渦に落とし込んでいきました。

そこから物理の世界(研究者達)は、「発見を見ないことにする」商業主義科学屋が政治的影響をうけて幅を利かせる時代になって行きます。

今さえよくば、我さえ良くば…の時代の到来。

正義の名の下に、他を排除し、自然を支配し、不安と恐怖を行動原理として、世界は「熱的死」の最終局面へと突き進んできたと言う考察です。

もとより、唯物還元論の最終局面とは、「全ては原子に還元される」=消滅をその根底に持っている世界観です。それに支えられてきたいかなる観念、価値観、構造であろうと、それらが完成する(完全支配の確立)と言うこと自体が、その意味するものが、「完全なる消滅」であることは自明です。

そのように考えますと、疑問を持たない、考えない、奴隷の群れと、疑問を抱かさない考えさせない支配構造が、迎えている現在の局面とは、「自虐的自滅的」であることは、悲しいかなこれまた自明であると言うしかないでしょう。

説明に応じない(耳を貸さない)人間が、家族であろうと友人であろうと、人生とは「意識、その人そのものが一つの宇宙そのもの」であり、「誰もが唯一完全オリジナルな存在」(量子力学の知見からそうなる)であるがゆえに、聞く耳を持たないというのも、その人間の人生(宇宙)、自ら選んでそうしている、と言うのが事実(と言わざるえない)。

放射能の危険を認知し、他人を説得しようと腐心する方々は、そのほとんどの方が「自他を分けて考えられない」方々であろうと想像します。
「自他を分けて考えられない」人生観というものが「反:唯物還元論」の世界観がもたらす思考だと思うのです。

人間と言うものは、決して死んだら消滅ではない。先祖より受け継ぎしものあり、子孫より借り受けしものあり、時間は今だけではなく、全ての物事は過去と未来を併せ持っている、「永遠の今」というのが時間の本当の姿ではないだろうか、と。

故に、子孫より借り受けし、地球も身体も同胞も、責任を持って次の時代に受け渡すのが、自分の務めなり、と「誰からも強要されることなく」そのように「努め」を自覚するのだと思うのです。

原発、もとい10万年殺人廃物製造機の推進者達の頭の中には、先祖無視、子孫無視の思想がべったりと染み付いていますよね。今さえ我さえ、です。そりゃそうです、「自分など、結局はチリになって消滅するのだ…今さえよければ自分さえ良ければ、何も誰にも文句など言われたくない・・・」と。

日本の官僚も政治やも、軍産複合体の傘下起業も金融機構も、アメリカを看板とする支配構造に恫喝されて、奴隷(日本国民)から搾取し、それを貢ぎ、僅かなおこぼれを掠め取る権利だけを飴として与えられ、逆らえば抹殺の恐怖に震えながら現在に至りました。

故にこの一見独立主権の国に見せかけられてきた日本の政治は、その存在目的である「奴隷の利用価値の見切り」役であり、既に世界経済ATMとして貢ぐ力量に陰りが見えたとたんに、「実験台」への変更へ、と役割を切り替えられたということが真相ではありませんか。悲しいかな、そのように読み込んでいけば、現在の地獄のような状況が読めるように思っています。

繰り返しますが、その転換は、世界観人生観の変更という、窮めて「教育的」(つまり知識として)な行動に鍵は在ると思います。決して観念的ではなく、もちろん闘争的でもありません、市民革命は自分革命であり、人間が世界観、人生観(=時間観念)を一変させる、そういう時代に到達したと思うのです。
それが、時間のマスターであったマヤの人々が、カレンダーを今年で区切った意味のようにも思われます。


02. 2012年5月14日 03:32:41 : DcCL5cIxbg
今日、昨日?
バイクで走ってきました。
70kmくらいでしょうか?

新緑がさわやかでした。

近くにはコンビにもスーパーもありません。
農家のかたがたが、田植えの合間に一服して休んでいる光景を何度も見ました。
川に石を投げているガキンチョとか、

このあたりよりも、もっと北が、川も土も犯されて、

自然ものも人手ものも多くが出荷規制です。

さくつけしていましたので、米はいいんですね?
山菜は、次々バッテンですが、野菜はいいんですね?

まあ、出荷したいと、がんばればできるでしょう。
うそついて、目先の金で。

続かないので、死に、廃れるのは、解りますよね。


03. 千早@オーストラリア 2012年5月14日 16:27:19 : PzFaFdozock6I : WpgwN29ggo
01さん、

お返事、ありがとうございます。

>権力(に属する者)はそもそも、始めから正直な生き方はムリ

大体このイルミナティ(と呼んでおきますが、絶大なる権力を持つ大金持ちの極悪犯罪者たち)に支配された世の中で、そこからの影響を受けない職についている人のほうが多分少数だろうと思うのですよ。そうなると、自分の生活が彼等の嘘に乗って存在している(とは言い過ぎなところもあるだろうけど)から、それを直視すると自分の生活も危うく(本当は変えればいいだけだが、それって大変だから)なるので、見ないのですね。

01さんの書いてることとはズレがあるかもしれないが、9/11の疑問を広めているときに、知人から
言われましたよ。成長した息子等も、すでに歯車に入っているから、見ないと。

>科学というカルト信狂

これには同意。
医療板にも転載した

「初のエイズ予防薬」、FDAが問題なく認可するであろうこの薬を開発したのは、誰か?と思って見てみたら...
http://insidejobjp.blogspot.com.au/2012/05/fda.html

も同じ伝ですね。
小出さんが以前、温暖化人為説の嘘についてのやり取りをしていたときに
「科学者というものは疑って疑って、疑い尽くして、それで絶対に100%『こうだ!』と
言えない限りは、そう言う者ではない」という主旨のことをおっしゃったのですが、その通り。

本来はそうあるべきなのに、誰かに都合のいいような"事実"を出してきて、それを
「科学的に証明されている」などと偽って人々を騙している。

>新聞社が如何に権力の所有物であるのか、小学生から

やはりそういう下地があったからこそ、ゴルゴを見たときに点と点が繋がっていくのですよね。
そういうものがなければ、たとえば上の院長サイトのコメントにあったけど、離婚した経験が
いい影響になったというような、何かしら人生上の出来事によって開眼するということもあるだろう
と思います。

>「自分という存在は、如何に無意味で無価値で無力であるか」という思い込みに、無意識に支配されている

これまでも何度か書いているのですが、日本人の場合、それに加えて「お上と下々」の感覚が
抜けていないと思います。それが余計に人々を、権力者やメディアの言うことしか信じないように
していると思う。

最近は、それこそが米国であらゆる面での「愚民化」が非常に強力に展開されてきた利用だろう
と思うのですよ。豪州も同類だけど、米国より日本にちょっとだけ近いかな。
つまり比較すると、アメリカ人というのは日本人などよりよっぽど独立独歩で疑問を呈する傾向が
強い。そうした彼等を支配するために、あらゆる「愚民化」攻撃をされて、今に至ったと思う。

日本人はその点、手なずけ易い、洗脳しやすい、誤誘導しやすいという傾向はあったと思います。

>人生とは「意識、その人そのものが一つの宇宙そのもの」

他方、インドで修行してきたみたいな人たちは、「全部繋がっていて、ひとつなのだ」と
主張していますよね。それと、01さんの言う「自他を分けて考えられない」とはちょっと別物だ
という気がしますけど。

>日本の官僚も政治やも、軍産複合体の傘下起業も金融機構も、アメリカを看板とする支配構造に恫喝されて、奴隷(日本国民)から搾取し、それを貢ぎ、僅かなおこぼれを掠め取る権利だけを飴として与えられ、逆らえば抹殺の恐怖に震えながら現在に至りました。

故にこの一見独立主権の国に見せかけられてきた日本の政治は、その存在目的である「奴隷の利用価値の見切り」役であり、既に世界経済ATMとして貢ぐ力量に陰りが見えたとたんに、「実験台」への
>変更へ、と役割を切り替えられた

↑ここには全く、100%同感です。
利用されるだけ利用された挙句に、その利用価値がなくなってきたから
ひとつ、やってやれ という感じです。同じ人間と思っていないから出来る超・蛮行。

>人間が世界観、人生観(=時間観念)を一変させる、そういう時代に到達した

多くの、教えられてきたことが嘘であったと気づかないと
変革も難しいです。

02さんは、福島県内を走ってきたのですか?

>さくつけしていましたので、米はいいんですね?

そうではない人もいるかもしれないが、作れば出荷したいでしょうし
偽って売って商売するために買う人はいるだろうし。


04. 2012年5月14日 16:32:27 : Py5Z7phwaA
この機会にバカの子供と、バカが減るってことになる。
私の場合は配偶者と親族がバカすぎで子供が死にやすくなってる。

バカは理論で考えれないので話しても無駄だった。子供のために頑張ったけど。バカは死なないと無理、バカの筆頭がはやく○んでくれることを願ってる。子供が手遅れになるまえに。


05. 2012年5月14日 18:58:29 : sSCOqQmPq6
夫婦間・親子間等、身内同士ですら認識が違いすぎ精神的に参ってしまいますよね。

昨年、我が家もこのままだと最悪、離婚や親子断絶まで繋がりそうな気配でした。

理系で放射線関連の資格も持つ相方ですが、TVによく登場の専門家同様、相変わらずの安全神話に立っています。

悩みに悩み眠れない日々を過ごしましたが・・ある境地(これから先、夫・子供に何が起ころうとも想定内)に行き着き、気分的にかなり楽になりました。

夫(単身赴任)及び子供は関東圏暮らし、私はものすごく西の方面暮らし。
うちでは基本的にメールで放射能関連の話題はタブー・・

保険金を今一度確認し、一人残された時のシュミレーションも時に頭に浮かんでいます。



06. 2012年5月14日 19:14:41 : tg9RMrQBeJ
千早@オーストラリアさま

レス頂きまして、ありがとうございます。>>01さんの書いてることとはズレがあるかもしれないが、9/11の疑問を広めているときに、知人から
言われましたよ。成長した息子等も、すでに歯車に入っているから、見ないと。

いえいえ、全く持っておっしゃるとおりです。
このシステムを確立すれば、気がついた人間でも、支配体制に反旗を翻さないわけですよね。巧妙です。

>>人生とは「意識、その人そのものが一つの宇宙そのもの」

>他方、インドで修行してきたみたいな人たちは、「全部繋がっていて、ひとつなのだ」と
主張していますよね。それと、01さんの言う「自他を分けて考えられない」とはちょっと別物だ
という気がしますけど。

これも、別物ではないと思いますよ。「全ては一つなのだ」というのが、量子力学に到達した人間の知りえたものでしたか。つまり、「世界とは自分が観察することで、初めて存在する」ということでした。
修行を通じて到達した世界の実相とは、世界と我はそもそも分かつ事などありえないという理解と同義です。

ただ、その理解に至るまでに段階というのもはあって、ごく普通の日常を送る人々の意識では、完全には世界が我(意識)とは自覚されていなくて、でも物質オンリーではないということは、自分の中で根付いている意識状態で、普通に「他人を放ってはおけない」という想いがある、そういう段階にあるということです。

見ることが世界を成り立たせている、だから自分とは関係ないという世界の状態が、そもそもありえない、ということに、修行を経て到達し、自覚した意識(もうこの状態では人間とは呼べないです)と、まだ唯物観念も持っているけれども、「我さえよくば、今さえよくば」とも思えない、という新たなる世界観の芽生えを持っている状態の人々ということだと思います。

>同じ人間と思っていないから出来る超・蛮行。

恐ろしい蛮行ですね。人類家畜化計画と言うと、ほとんどの人間は、「アニメ?空想しずぎ!」と、見ようともしないですね、しかしまさに家畜化に邁進して来たわけです。人間とは思っていない。

優性種という驕りですが、この発想の根底はやはり「恐怖」だと思うのです。唯物観念とはその元々からして消滅のシステムです。自己否定と自己破壊にその根底を持っている以上、存在自体が恐怖なわけです。
その恐怖を何とかしたくて仕方がないから、態度はその真逆で、高圧的で暴力的で刹那的にならざるえない。

常に自己の観念により、恐怖が増幅し、他人を支配せずにはおられない。それが蛮行に至らしめる背景と思えます。


07. 2012年5月15日 01:10:50 : O8gQcM0Keg
05さま

01+06ですが、まったくおっしゃるとおりです。
親子夫婦兄弟姉妹と言えども、「人間は、一人ひとりがユニークな、オリジナルな宇宙そのもの」だと言えます。それゆえ、その一人ひとりがどのような世界観、人間観を持つに至ったか、まさに10人十色ですね。

このような分断をもたらす根源が、「自他を区別する世界認識」である唯物還元論ではないか、と言うのが当方の主張です。

「俺のせいではない、あいつが悪いのだ」「あいつが変わればいいのだ、俺が変わる必要などない」「俺が知らないことなど、無いのと同じ。どうして俺が心配などしなくてはならないのだ」という我よし今さえよしの程度の差こそあれ利己主義の元凶が、唯物還元論の世界認識より始まると。

対して反:唯物観念であると人間はどうなるのか。
世界は物ではなく、目の前の存在と自分と言うもの(意識)は分かちがたい。
他人を貶め汚せば、それは自分をそうしているに等しい。

母親であれば、子供の存在を通じて、自他一体の感覚が自ずと刻み込まれているようにも思うのです。(対して男性は、後から学習、理解する)

わが子に起きたことは、自分の事の様に感じ、他人と自分に明確な区別など抱けない感性を、男性は得にくい。歯車に成り切ってしまうと、子供さえも所有の概念で捉えやすい(※ここで一般化する意味はない。話を分かりやすく言っているだけで、全ての男性が、女性がそうだと言うのではない)。

相方と言えども、見ている世界(宇宙)が違うのですね。唯物論なんですが、実態は見ている本人が世界を生み出している真実は、量子力学の知見から導かれるわけです。でも唯物論で世界を見ているから「お前と俺には、関係性などない」と言う無意識の「壁」が厳然と存在させられているのだと思います。

安全神話を握りしめて手放さない心理とは、「失うのが怖くて身動きが出来ない」ということではないでしょうか。
物質概念が強化されればされるほどに、「所有」の概念が強化されていきます。所有が強化されれば喪失に恐怖心を抱きます(執着)。

日本の中間管理=世界支配の奴隷の中の奴隷長である官僚、政治屋、大企業経営層が、どうして10万年殺人廃物製造の再稼動に執着するのか、地元議会がそれに賛成するのか、それで職を得ている市民が賛成するのか、全ては「失うことの恐怖」故だと思います。

反対する人々は、遺伝子を犯されたくないと感じていると思います。これは自分の肉体のことに限定する思いではなく、無意識に子孫への想いが込められていると思います。そこには過去と現在と未来という「生きている時間」の観念があります。

一方、失うことへの恐怖は、一見将来を心配する思いにあるようにも思われますが、焦点は「今」なのであって、未来のために今、執着を絶つという発想が出来ない精神の膠着状態です。

安全神話の狂信者は、「遺伝子」を見てみぬふりをすることが多い。実は遺伝子とは物質とは言えない奥深いものです。化学的には物質以外の何者でもないのですが、その振る舞い(機能)には「精神」を感じざる得ないものです。

原子、素粒子と物質究極を求めてたどり着いたのが、観察者の意識であったように、生命の暗号である遺伝子の存在も、それを単なる物質として語らないのなら、遺伝子の何も分からないのと同じだと言うことです。

それゆえ、放射能が遺伝子に及ぼす影響に敏感に成り得る人々は、無自覚のまま、精神、子孫にまで受け継がれるナニモノかに思いを至らせていると言えるわけです。

自分の肉体が消滅しようが、精神が受け継がれていくのが人間だと、更には自分という意識には死はないとまで思える方も多いと想像されます。
片や物質至上主義の人間には、「今、所有する物が多ければ多いほど(かりそめの)安心感が増す、何か生きている気がする」という、根拠無き「空虚感を埋めている気がするもの」が物質でもあると言うことではないでしょうか。

当方の人生観には、武士道の精神と言うことがあるのですが、それは「無為自然(むいじねん)」ということなのです。あえて言えば、「自分と言う概念を消失させれば、世界と一体となり全てを我が物としていると言える」と言う一面が語れます。

それゆえに、武士道とは死ぬことと見つけたり、という精神に結びつき、武士(もののふ)は「生きたまま死人(しびと)となり」という心境へと至り、「切る切られるの思いから離れ」相対せず、不戦(たたかわず)へと昇華するというわけです。

肉体を我(われ)とは全く概念しない、見ている世界がイコール自分そのものである。

そうなりますと、「所有」という概念がそもそも成り立たないわけでして、千変万化する自然に応じて、自在に己を変え、自由に生命の進むままに流れる(生きている)という心境まで、剣の達人は至ったように想像されます。(ここは勝手な解釈です)

生命を考える視点でも、肉体の所有の喪失を恐れるのと、他人も自分も傷つかないで居て欲しいと思うのとでは、その「心の中身」が180度違う。片や世界は単に物質であり、全ては消滅の定めから逃れられない、虚無に寄って立つ者、片や生命は過去現在未来をあわせもっていて、人間は真価を発揮すれば共生共鳴し、更に発展していける命そのものだと考えられる、そういう人々であるかと思うのです。

後者の人々の意識の中には、他人は既にありません。あるのは「向こう側の自分自身」であり、紙の裏と表の関係に過ぎない、他人を殴れば自分が痛み、他人を殺せば自分も死ぬ。ゆえに自発的に選ぶべき道は、共生、共感、共鳴の「弥栄(やさか)」だと、自然(自ら、然るべく)に選択する大勢の人々が、これからの時代を担う、そのように思うのです。


08. 2012年5月15日 03:03:52 : qhq1NG9Qjo
>>07
今は武士の時代ではありません。

>>共生、共感、共鳴の「弥栄(やさか)」だと、自然(自ら、然るべく)に選択する大勢の人々が、これからの時代を担う、そのように思うのです。

それで?具体的にキチ外な電力会社や政治家や官僚とどぉやって共生していくのですか?

教えてたもれ?


09. 2012年5月15日 06:11:12 : D6gLfKUOhc
なぜ人は恐れるのか。

これはいうまでもなく、保存のためです。

種や個の保存のために恐れる感情があるからです。

見ることのできない放射能は恐れを抱きづらい。しかし、その被害を見ることは
できます。それをどんどんだせばいいのです。写真、文章でその被害のひどさを
知れば、しちめんどくさい話は必要ないのです。

発明王エジソンの助手クレアンス・ダリーは、]線をあつかっていて、手の皮膚が醜悪な潰瘍になり、
言葉で言い表せないほどの苦痛を感じた。が、どんな治療も効果はなかった。足の
皮膚を移植する手術さえ受けたが、不成功に終わった。6年後、左手全体と右手の
4本の指と手のひらの一部を切断してもらうしかなくなった。さらに2年後ダリー
が、死亡したときには、右腕は肩のところで、左腕はひじで切断されていた。

こういう長い苦痛と、一寸刻みの体の切断というような目に直面した人はたくさん
いる。その話を出せばいい。


10. 2012年5月15日 13:20:38 : kejlwA5Rsw
さて、3.11以前にあの津波の映像を見せたと仮定して、
こんな巨大津波がありうると言ったとして誰が信じるでしょうか?

よく出来た映画のワンシーンと受け取られるのがオチでしょう、
変な強迫観念に襲われている変な人ととられるかもしれません。

そういう事だと思います。


11. 2012年5月15日 18:04:06 : OAGpv1WYDQ
武士道であれ、量子力学であれ、人間は一つの認識としての進化を避けえないのです。認識とは、この世の見方であり、人生観、死生観でもあるが、人が常に現在を生きるというその究極の行為において、必要不可欠な存在前提なのです。残念ながら、人は考えることなしには生きてゆけません。どうしても、そこに言葉がついて廻ります。原発推進も反原発も同じ言葉によっていますが、言葉に脅迫され、被害妄想・観念に脅かされて柔軟性を欠いているのが原発利権者達なのです。彼らは哀れです。対して、言葉に使われず、言葉を創り世界を新たに構築してゆくのが、反原発も含めたこれからの私たちの生きざまなのだと思います。
そう考えると、未来は明るいのです。たとえ、人類の未来が暗かろうと、そんなことはどうでもよいのです。結果論から逃れましょう。少なくとも、滅亡するまでは、精一杯生きるのです。そうすれば、その暁には、その先を私たちは「見る」ことができるでしょうから。

12. 2012年5月15日 19:09:35 : cFInTxLSGE
11さんの、ここでの発言に、同意です。

彼らは哀れですね。上から目線という意味ではなく、せっかくの「存在」を、自滅の方向性に膠着しているという意味で。

>言葉に使われず、言葉を創り世界を新たに構築してゆくのが、反原発も含めたこれか>らの私たちの生きざまなのだと思います。

本当におっしゃるとおりですね。
抗争や対立の術を求め彷徨う、そういう方向性も人間にはあるでしょう。
しかしやってみると誰でもお分かりになるが、戦い方のその先に、戦わない、否、戦いという言葉さえ意識しないで、世界を新たに構築していくのが、「脱人間・ヒトの再生」だと思うのです。

08さんが過去の書き込みでこのような一文を残しています。
「太古の昔我々の想像を絶する大地殻変動を経て、我々の国が出来た。
これは、恐らく壮大な意見になりますが、宇宙に於いてもどんな惑星等も寿命があるという事が表してます。」
と。
今は武士道の時代ではない、おっしゃるとおりですね。武士道の時代ではないけれども、「常ならず」という真理は今ココの時代でも底で通じている。
「キチ外な電力会社や政治家や官僚とどぉやって共生していくのか」と言う嘆きも、私達に共通した気持ちでしょうね。「それはありえない」とも考えられるし、途方にくれる。

そのこと自体、全体を自分の意識が包み込んで「あれはおれ自身だ」という明らめ(現象の出自を明らかにする)ことなのですが、ここは言葉では共感しがたいところですね。

戦うことから自分の置き所の階層を変えて、俯瞰してみる。
いずれにせよ、惑星にも終わりがおとずれるように、キチガイな官僚、軍産複合体の狂人支配構造は、まもなく熱的な死を迎えるのは必定だと思うのです。

そのキチガイを相手にすること(戦いも、共生も、他のなによりもそれにかまっている次元)は、同じ穴のムジナといえるでしょうね。

戦い方、ではなく、戦わずにして勝利する、否、勝利という言葉もない心境へ、そのようにお話しているのですがね。ちょっと観念的すぎる表現が多くて申し訳ないですが。

あくまで戦い方を求めていらっしゃるのでしたら、問う相手を間違っていますよ。
既に「その人なりの戦い」を繰り広げていらっしゃる方々が、阿修羅のなかでもちらほら見受けられると思うのです、それも素晴らしいことです。「自分はこう思う」と言う明確な意思には感銘を受けますね。

帝国を倒すものは、また帝国になる、という歴史の証明を受け止めて、11さんのおっしゃる「言葉に使われず、言葉を創り世界を新たに構築してゆく」生き方に、当方も歩みたく思います。

qhq1NG9Qjo さんも、11さんも、ご意見をありがとうございました。


13. 2012年5月16日 13:17:32 : FC5OBmnz9g
1985年8月12日のJAL123便ソ連自衛隊核攻撃惨事を振り返れば、避難することになります。

14. 千早@オーストラリア 2012年5月16日 14:22:10 : PzFaFdozock6I : nldITAsqXU
06さん、

ズレはなかったようで、結構でした。(^^;
量子力学だの量子論はよく知りませんが、常温核融合なんぞとも繋がっているのかな?
その辺はあの詐欺師森田玄が高く評価していたので、変てこなのだろうと。。

>このシステムを確立すれば、気がついた人間でも、支配体制に反旗を翻さないわけですよね。巧妙

奴等は非常に巧妙です。
人間の心理を極めつくして、それを悪用しまくっています。

>世界と我はそもそも分かつ事などありえないという理解と同義

でもそこを出発点にすると、奴等極悪犯罪人たちと私たちが同じ!?

>「我さえよくば、今さえよくば」とも思えない、

という人はここにも相当数いるし、世間にもいると思いますよ。
あまりの悪行が続くので、目覚める人も増えているし

>恐ろしい蛮行ですね。人類家畜化計画

そのものですね。
多少の奴隷は必要だが、多くは欲しくない。
だから大量に殺す。

>優性種という驕りですが、この発想の根底はやはり「恐怖」だと

ものすごく強い劣等感であるとか、虐げられた報復という意識が強いと思っています。
ここの図書館にあった本で、タイトルに「イルミナティ」と入っているので読んだのがあるのですが
そこにはあの「ネルソン提督もイルミナティに殺された」という話が書かれてあって、大元は
そうした彼等が、言ってみれば弾圧に遭ってきたため、報復活動を展開というようなことが
書かれていたのです。恨みですね。下手すれば逆恨みかもしれない。

08さん、

>具体的にキチ外な電力会社や政治家や官僚とどぉやって共生していくのですか?

そうなんですよね。
上の方や、9/11でも活躍していた(最近は彼女とビデオを色々作っている)服部さん、また最近
読んでいるブログのccplusさんなどは、そうした極悪犯罪人たちと仲良くやっていかなければ
というような(正確ではない)ことを主張している。しかしその前に、彼等に「どれほどの悪行を
行ってきたのか」を自覚してもらって、やめてもらわなければいけない。

でも、彼等がそんなことを簡単に理解するとは到底思えませんよね。
だから数を集めて阻止するしかない と思っているのだけど。

09/10さん、

>よく出来た映画のワンシーンと受け取られるのがオチ

そのあたりも結局は「想像力のあるなし」にかかっているのかな?と
「共感能力」というか、それがあるかないかで判断が違ってくるだろうと思います。

11さんの

>滅亡するまでは、精一杯生きる

それしかないですよね。
自分は悔いの残らないように、出来ることを精一杯やるしかない。


15. 2012年5月16日 19:23:48 : 8WkttE4x1I
千早@オーストラリアさま

再びレスありがとうございます。

>そうした極悪犯罪人たちと仲良くやっていかなければ
>というような(正確ではない)ことを主張している。

と、(自分が知らない方々ですが)おっしゃっている方々が居るとのことですね。
私は全くそうのようには思わないし、主張もしたことが無いのです。
戦わないことを言っていますから、そのように読み取るのは当たり前かな〜と、思うのですが、戦わないことは「自分」の中(意識)のことですので、武士道を持ち出していますが、挑まれても戦わないのでいなしてしまいますが、しつこく相手が命を取ろうとすると、その「いなし」度合いが高まって、結果的に「力を入れた人間が自滅する」展開となると想像してみてください。

雰囲気としては(あくまで雰囲気で)「合気道」(大道流合気柔術なども)の立会いで、師匠から攻撃は一切無い、稽古生が力任せに、襲い掛かるけど、やってもやってもまるで自分から飛んでいくように、飛ばされてしまいます。
余りしつこくやれば、自ら出した力が還ってくる度合いが、自分自身を破壊するんです。師匠は息一つ乱れないのに。

衝突が無いのです、けれども仲良くしているのではないのです。まあ、これはあくまで人生を学ぶという次元で、素手と素手、素手と刃物程度でのことで、飛び道具ですと、本質的には変わらないですが、もっと先の展開を見据えた自分の行動が必要なので、ココは省略です(すみません)。

>でも、彼等がそんなことを簡単に理解するとは到底思えませんよね。

全くです、というより、理解しないでしょう。無情のようですが、「縁なき衆生は度し難し」で、自分の意識には置かない(無視とは意味が違います)。
極悪の輩のことを考えている「自分の意識状態」は、自分の大切な人生の時間を、そのもの達に提供している状態。(無視も実は同じ穴のムジナ)

相手に分からせる、という「相手を変える」という思いから離れるということです。それは自分のためです、もったいない。下らない奴のことを意識に置くこと自体が自分を無駄にしている、分けです。

それが「参加しない」という運動の、背景と思うのです。(ガンジー提唱の運動)

皆さんが、「キチガイをどうして相手にする!」という憤りを持つのは、当方も同じです。でも上記の理由で、次の瞬間にはキチガイから手を離し、「共生」をしないことです。

共生を語りながら共生しないとは矛盾かと思われますが、共生は全員既にしているわけで、同じ地球に生きているのだから「共生」です。(だから迷惑!)

当方が共生を持ち出すとき、三つがセットなのです。共生共鳴共感。
共生は「仲良くする」意味ではなく、もう既にしている状態です。
共生だけで、新しい生き方を語ることはないので、共生という既成の上で、
共鳴する人々、共感する人々、共鳴共感する人々のネットワークを構築するってことに、注力するってことで、キチガイはやがて、人々の参加を失い、エネルギーが枯渇し(キチガイのエネルギーは我々の虚無なので)、熱的な死を迎えて、彼らの絶対的立脚前提である「世界は物質である」という世界認識において自滅(還元)されるのは、当たり前(法則)だと。

だから「>目覚める人も増えているし」という人々は、キチガイの土俵に立たないで、いなし、かわし、するするっと「力を抜ききって」自由に生きていくと、もしかしたらキチガイになびいていた日和見な人々は、「何で同じ地球に生きていて、そんなに自由なのですか?」と、気がつくかも知れませんね。

>人間の心理を極めつくして、それを悪用しまくっています。

という極悪の仕組み、その仕組みが成り立つのは、「同じ土俵に乗っている」から、というのが当方の主張の一つなのですね。
我々も、存在の不確かさゆえの恐怖(背景に唯物還元観念)を持っているならば、悪行の輩の基本的な観念と同等だということを言っています。
帝国を倒すものは、再び帝国になる、というように、中国当局は「革命政府」って自分達を呼称するのはブラックユーモア?wと思うくらい、力で成し遂げることは連鎖する法則だよってことです。

でも、ノー天気とでは駄目です、阿修羅住民のように、知っていかないと、相手の手の内を十分分かって、分かった上で「その逆をいけばよい」ってことです。

>でもそこを出発点にすると、奴等極悪犯罪人たちと私たちが同じ!?

という問いは、凄く大事な問いだと感じます。同じであっては、上記に言ったようになるわけですから、同じではない自分に変わることが(宇宙に)求めらているって思います。
量子力学について、正確に…は無理なのですが(唯物観念をひっくり返さないとならないので)、不正確を承知でちょっと書きます。

物質の究極とは何か?という人間(物理学者)の探求は、分子の発見から原子の発見にまで至りました。では原子は「何で出来ている?」と問うことで、原子核と電子の軌道モデルが理論的に探られました。やがて計測機械などの発達の要因により、原子核の構造まで探られて、陽子と中性子という姿がはっきりして来ました。

素粒子という概念で呼ばれ、現在では陽子も中性子もそれぞれの構成要素がはっきりしているのですが、問題はこれら素粒子の「振る舞い」と「その観察」に、物理学者達は大きな壁にぶつかったわけです。

量子と呼ぶそれらの存在ですが、「粒子性と波の性質を併せ持つもの」という、古典的物理学では説明が困難な振る舞いをすることが分かり、さらに、「観察することが結果に影響を与えてしまう」ことが、誰が実験してもそうなってしまうことが分かったわけです。

実験、観察結果に「観察者を含まない」のが古典物理学ですが、「観察者の観察を抜きには量子は、『確率』でしかない(記述出来ない)といえるので、「ある」とはいえない。観察者が観察することで量子は、確定的な状態を持つ(位置を決められて「ある」といえる)ことが出来る」と、そう分かったのです。

「見ていない時には、月(ムーン)は無いのか」と、量子の振る舞いを受け入れられなかったかのアインシュタインは問うたという逸話がありますが、原爆を作っていった科学者は、その探求はやめて、理論的に明確な量子記述の数学を駆使して、核物理学を「物体(原爆)」へと転化していった分けです。

そのような「見ている自分が世界を決定する」という量子論を素直に見つめていった「少数」派(非御用学者)は、宗教者になったのかと揶揄されていきます。
「見ている世界と俺とは何の関係があるというのか、あいつはあいつ俺は俺だ」と
、世界を成り立たせている「基」を、自分の意識に置けないで、あくまで見ている世界は自分とは関係ない存在し、たとえ自分が居なくなっても、世界は世界としてそのまま存在すると、古典物理的に考え続けるようにしていったわけです。

当方は、量子力学そのものを重視しているのではないのです。厳然と実験観察された世界(物質)の真相が実は「自分が見るから世界はある」という事実に、人類は世界の認識の発信点を置く、(つまり古典的な世界認識は「思い込み」の世界認識であるといわざるえない)そういう次元に進むことを、お話している、と言うことです。

キチガイと同じなのか!?は、古典的な世界認識から、試しに(面白がって)量子論的世界認識に遊んでみてみると、面白い(世界の見え方が面白い)ですよ〜
ということなのです。(冷たく言えばご自分で確かめて!ってことで〜す)。


16. 2012年5月16日 23:28:31 : O9UUduHj2w
>>15
精神論はいいから。
具体的に日本国民が良くなる方策を教えてけろ。

17. 2012年5月17日 01:21:04 : D876U9Jwrc
16さん

レスありがとうございます。
お読みなったのですね、精神論は結構な方に、苦痛な時間と取らせまして申し訳ありませんでした。
精神論はいい、というのには同意致します。私も精神論は結構と思っています。

ということで、精神論を書いておりません。これは何かと問われれば、あえて言いますとエンターテーメントです、とお答えしております。

人間は意識なのか、物質(肉体)なのかと考えますと、当方は意識です、とお答えいたします。いや肉体が自分だろう、とお考えの方なれば、物質とお答えになりますでしょう。

人間は物質だとお考えであれば、上記の駄文が「精神論、うぜー」と言うことになるのではないかなーと想像致します。

当方は人間は意識だと認識するので、意識の転換による一人ひとりの世界認識の変更というエンターテーメントは、精神論でなく実践論なのです。本体(意識)の行動論ですから。

でも、なーんも知らない当方に、「具体的に日本国民が良くなる方策を教えて」とそのような人生の一大事を問われることを軽くは見ることは出来ません。
真剣にそれを模索されている方だと想像いたします故。

当方の試み(エンターテーメント)に、ちょっと絡んで、世界認識を古典物理から量子力学的にシフトしちゃおうかな〜、というお遊びにお付き合い頂ける方ではない前提で、貴方様のレスにお応え致しますと、

>福一の責任を取る奴もいねーのにw
>先ずは徴兵制とか言った、石原のぱしり猪瀬のたわごとか。
>心配するな、もしこんな異常な事が起こりだしたら戦うさ。
>原発で死ぬより、屑のような国家の庇護にある官僚と政治家と原発を運転してきた>奴らと刺し違えても戦うさ。

>ここは、日本国である。

と言うお覚悟をお持ちの方でしたら、当方のようなエンタメに興じるようなチャラい者に尋ねるまでもないかと存じます。上記の文脈に、「自分はどうすればよいのか」が色濃く書かれていらっしゃいます。

高尚な精神をお持ちになっていると感じます(皮肉ではありません)。
利他の為も含んでのお覚悟とお見受けいたします。
方策はそれで十分ではないでしょうか、その行いはこの国を良くされる方策だと、私は思うのです。あえて言えば、行いと言うよりその精神が、です。

そのようなお方なので、当方のようなチャラい精神論(貴方様にとって)が我慢ならないとお感じになったのかも知れませんね、誠に申し訳ありませんでした。

あえて生意気を申し上げますと、日本人、何々人と言うカテゴライズから、そろそろ脱却していい、とそのように思っている者です。子供時分より、誰でも地球人だろー、と思って育ちました。(宇宙は広大なので、地球人しか居ないと考えることに当時から無理を感じて育ちました。)

どうしたら人間は、それぞれが持てる能力を、色とりどりに発揮して、誰もが輝いた顔で生活が出来るのだろう?と考える子供でした。
世界国民?が良くなる方策は何かないのか、どうして持っている力が阻害されるのか?と考え続け、思想や歴史、哲学、数々の宗教も遍歴し、医学や技術にも関心を抱き、原子の核分裂、核融合について始めて知ったのは、小学4年の夏頃でした。

夏休みの自由研究に、核分裂について発表したのですが、クラスが「???」となってしまいました。空気が読めない(笑)子供でした。

武道の師に二十歳過ぎに師事いたしまして、師匠から、武士道の精神について実践(稽古)と理論を叩き込まれました。(防具とかなしで、マジに突いたり蹴ったりいたします!)。戦い方を稽古し、そこから戦わない(いなす、かわす)、力を入れない生き方を体得していくのが稽古でした。

人の立ち振る舞いというのは、精神(意識)の顕現だと身体で体感する日々でした。精神の運動が人間の具体性そのものだと、身体を使って使って使いまくって、もうだめだ、という処まで至ると、その精神性としての自己存在に思い至るのです。

強大な力(例えば黒人の人々など)に、力で立ち向かっていくのは、別にいいのですが、やってみれば無理だと骨身に染みります。
それが、発想、認識を入れ替えまして、「力を徹底的に抜いてしまう」と、力を入れた人間の方が、勝手に倒れてしまう事実を経験いたします。

自分自身がすることとは、己が中心を保つ、これだけです。
相手の力には、乗らないこと、自分が同じ次元には住まないこと。
それが実体験として経験され、徐々に自分と言うものが、身体から精神(本体)へと認識が切り替わっていく、という人生を経過しております。

それゆえ、精神を語ることは実態であり、そのことが量子力学により到達した「世界(物質)とは何か」の知見と、一致を見る、のです。

唯物論者であろうが無かろうが、科学的(?笑)に突き詰めれば、「自分の意識により、世界は成り立っている」のが事実だということです。

古典的な世界観である、観察者が居なくても、世界は世界としてある、と言う、自他分離の「形態認識」が、実は100年前に老朽化した認識論に陥っていたことを知る人はほとんどいらっしゃらない。

かなり以前から、世界の在り様は、自分の意識にその根拠があると、実験、観察、実証として分かっていた、ということなのです。つまり、世界そのものが精神論なのですね。世界は物質だ!という精神(認識)によって、その意識には世界が物質になっている、というロジック、いやいや「トラップ」だよな〜、それは。


18. 2012年5月17日 01:31:36 : hHQkeBGFAI
>>17
で?

19. 2012年5月17日 02:21:22 : D876U9Jwrc
>18. hHQkeBGFAI
>>17
>で?

ん、で?


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