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たとえSPEEDIが作動していなくても、私なら事故の規模を5秒で予測して、避難の警告を出せると思います。(元責任者)
http://www.asyura2.com/12/genpatu24/msg/370.html
投稿者 TORA 日時 2012 年 6 月 03 日 15:16:19: CP1Vgnax47n1s
 

株式日記と経済展望
http://www5.plala.or.jp/kabusiki/kabu265.html
http://blog.goo.ne.jp/2005tora/
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たとえSPEEDIが作動していなくても、私なら事故の規模を5秒で予測して、避難の
警告を出せると思います。(全国の原発事故の対策システムを設計した元責任者)

2012年6月3日 日曜日

◆福島第一原発事故を予見していた電力会社技術者 5月31日 鳥賀陽弘道
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/35339

──「全交流電源喪失」はどの時点で分かるのですか。どこから起算すればいいのですか。

 「簡単です。『原子力災害対策特別措置法』第15条に定められた通り、福島第一発電所が政府に『緊急事態の通報』をしています。3月11日の午後4時45分です。このときに格納容器が壊れることを想定しなくてはいけない。つまり放射性物質が外に漏れ出すことを考えなくてはいけない。ここからが『よーい、スタート』なのです」

 私はあっけにとられた。そういえばそうだ。法律はちゃんと「こうなったら周辺住民が逃げなくてはいけないような大事故ですよ」という基準を設けていて「そうなったら黙っていないで政府に知らせるのだよ」という電力会社への法的義務まで作っているのだ。「全交流電源喪失・冷却機能喪失で15条通報」イコール「格納容器の破損の恐れ」イコール「放射性物質の放出」なのだ。

 そして、それは同日午後2時46分の東日本大震災発生から、わずか1時間59分で来ていたのだ。すると、この後「全交流電源喪失〜放射性物質の放出」の間にある「メルトダウンがあったのか、なかったのか」という論争は、防災の観点からは、枝葉末節でしかないと分かる。

 「15条通報」があった時点で「住民を被曝から守る」=「原子力防災」は始まっていなくてはならなかったのだ。

原子炉を助けようとして住民のことを忘れていた?
 「甲状腺がんを防止するために子どもに安定ヨウ素剤を飲ませるのは、被曝から24時間以内でないと効果が急激に減ります。放射性物質は、風速10メートルと仮定して、1〜2時間で30キロ到達します。格納容器が壊れてから飲むのでは意味がない。『壊れそうだ』の時点で飲まないといけない」

 ところが、政府が原子力緊急事態宣言を出すのは午後7時3分である。2時間18分ほったらかしになったわけだ。これが痛い。

 「一刻を争う」という時間感覚が官邸にはなかったのではないか、と松野さんは指摘する。そういう文脈で見ると、発生から24時間経たないうちに「現地視察」に菅直人首相が出かけたことがいかに「ピントはずれ」であるかが分かる。

──首相官邸にいた班目春樹(原子力安全委員会)委員長は「情報が入ってこなかったので、総理に助言したくでもできなかった」と言っています。SPEEDIやERSSが作動していないなら、それも一理あるのではないですか。

 「いや、それは内科の医師が『内臓を見ていないから病気が診断できない』と言うようなものだ。中が分からなくても、原発災害は地震や台風より被害が予測できるものです」

「もとより、正確な情報が上がってきていれば『専門家』は必要ないでしょう。『全交流電源喪失』という情報しかないから、その意味するところを説明できる専門家が必要だったのです。専門家なら、分からないなりに25時間を割り振って、SPEEDIの予測、避難や、安定ヨウ素剤の配布服用などの指示を出すべきだったのです」

 ひとこと説明を加えるなら、福島第一原発が全交流電源を失ったあと、首相官邸が必死になっていたのは「代わりの電源の用意」(電源車など)であって、住民の避難ではなかった。本欄でも報告したように、翌日3月12日午後3時前の段階で、原発から3キロの双葉厚生病院(双葉町)での避難すら完了せず、井戸川克隆町長を含む300人が1号機の水素爆発が噴き出した「死の灰」を浴びたことを思い出してほしい。

 「ERSSの結果が出てくるまでの間は、SPEEDIに1ベクレルを代入して計算することになっています。そのうえで風向きを見れば、避難すべき方向だけでも分かる。私なら10の17乗ベクレルを入れます。それで住民を逃がすべき範囲も分かる」

──どうして初動が遅れたのでしょうか。

 「地震で送電線が倒れても、津波が来るまでの1時間弱は非常用ディーゼル発電機が動いていたはずです。そこで東京にあるERSSは自動起動していたはずだ。このとき原発にはまだ電源があったので、予測計算はまだ正常に進展する結果を示していたでしょう。しかし、ERSSの担当者が、非常用ディーゼル発電機からの電源だけで原子炉が正常を保っている危うさを認識していれば、さらに『ディーゼル発電機も故障するかもしれない』という『全電源喪失』を想定した予測計算をしたと思います。この計算も30分でできる。私がいた時はこのような先を読んだ予測計算も訓練でやっていた。原子力安全・保安院のERSS担当部署がそれをやらさなかったのではないか。この最初の津波が来るまでの1時間弱のロスが重大だったと思う」

──すべてが後手に回っているように思えます。なぜでしょう。

「何とか廃炉を避けたいと思ったのでしょう。原子炉を助けようとして、住民のことを忘れていた。太平洋戦争末期に軍部が『戦果を挙げてから降伏しよう』とずるずる戦争を長引かせて国民を犠牲にしたのと似ています」

──廃炉にすると、1炉あたり数兆円の損害が出ると聞きます。それでためらったのではないですか。

「1号機を廃炉する決心を早くすれば、まだコストは安かった。2、3号機は助かったかもしれない。1号機の水素爆発(12日)でがれきが飛び散り、放射能レベルが高かったため2、3号機に近づけなくなって14日と15日にメルトダウンを起こした。1号機に見切りをさっさとつけるべきだったのです」

──その計算がとっさにできるものですか。

 「1号機は40年経った原子炉なのですから、そろそろ廃炉だと常識で分かっていたはずです。私が所長なら『どうせ廃炉にする予定だったんだから、住民に被曝させるくらいなら廃炉にしてもかまわない』と思うでしょう。1機1兆円です。逆に、被害が拡大して3機すべてが廃炉になり、数千人が被曝する賠償コストを考えると、どうですか? 私は10秒で計算します。普段から『老朽化し、かつシビアアクシデント対策が十分でない原子炉に何かあったら廃炉にしよう』と考えておかなければならない」

このままうやむやにすると、また同じことが起きる
 私にとって不思議だったのは、これほど事故を予見し尽くしていた人材が電力業界内部にいたのに、その知見が無視され、死蔵されたことだ。松野さんにとっても、自分の長年の研究と専門知識が現実の事故対策に生かされなかったことは痛恨だった。

 「私の言うことは誰も聞いてくれませんでした。誰も聞いてくれないので、家で妻に話しました。しかし妻にもうるさがられる。『私の代わりにハンガーにかけたセーターにでも話していなさい』と言うのです」

 松野さんはそう言って笑う。

 「このままうやむやにすると、また同じことが起きるでしょう」

 「広島に原爆が落とされたとき、日本政府は空襲警報を出さなかった。『一矢報いてから』と講和の条件ばかり考えていたからです。長崎の2発目は避けることができたはずなのに、しなかった。国民が犠牲にされたんです」

 「負けるかもしれない、と誰も言わないのなら(電力会社も)戦争中(の軍部)と同じです。負けたとき(=最悪の原発事故が起きたとき)の選択肢を用意しておくのが、私たち学者や技術者の仕事ではないですか」

 そして、松野さんはさらに驚くような話を続けた。

 そもそも、日本の原発周辺の避難計画は飾りにすぎない。国は原子炉設置許可の安全評価にあたって、格納容器が破損して放射性物質が漏れ出すような事故を想定していない。もしそれを想定したら、日本では原発の立地が不可能になってしまうからだ。

 そんな逆立ちした論理が政府や電力業界を支配している、というのだ。

(私のコメント)

福島第一原発事故に対する菅前総理や枝野前官房長官の発言がニュースになっていますが、どうも腑に落ちない事ばかりだ。しかしJBプレスの記事を見れば分かるように緊急時の支援システムは出来上がっていた。しかし今回の福島第一ではそれがほとんど機能しなかったのはなぜなのだろう? いったん事故が起きれば待ったなしにしなければならないことが決められていたにも拘らず機能しなかった。

松野氏はそのシステムの室長だった人ですが、3,11当時は既に退職していなかった。なぜ情報を共有できなかったのだろうか。記事によれば『原子力安全基盤機構(当時は原子力発電技術機構)の緊急時対策技術開発室長だった当時、「ERSS」(緊急時対策支援システム)の改良と実用化を担当したという。ERSSは、原発事故が起きたときに、原子炉の圧力や温度、放射性物質放出量の予測といったデータをオフサイトセンターや東京の関係部署に送る重要なシステムだ。』とあるように、事故マニュアルは出来ていた。

各電力会社では防災対策の研修なども行っていたと言うことですが、福島第一ではそれが生かされた形跡が無い。原子力安全委員会も原子力安全保安院も適切な助言が出来なかったことは不思議でならない。記事によれば、『また「原子力防災研修」の講師もしていたという。この研修には、原子力発電所の防災対策を「監督」する経産省の原子力防災専門官も参加する。つまり松野さんが書いた本は「教科書」であり、3.11で国は「教科書レベル」のテストにすら落第したということなのだ。』と言うように機能しなかった。

松野氏のような原子力災害の専門家がいたにも拘らず、当時は現場も官邸も電源の復旧にかかりきりで住民の避難は後回しにされてしまった。記事では、「率直に言って、たとえSPEEDIが作動していなくても、私なら事故の規模を5秒で予測して、避難の警告を出せると思います。『過酷事故』の定義には『全電源喪失事故』が含まれているのですから、プラントが停電になって情報が途絶する事態は当然想定されています」と言うように最悪の状況が想定されていた。

原発災害は一刻を争う問題であり、官邸が専門家の助言を得て次々と指令を発しなければなりませんが、菅総理は情報が上がってこないと言うことで、直接現場に出向いた。次々と指令を発しなければならない司令官が官邸を留守にして現場に行ってしまうのは、松野氏の発言でも「ピンと外れと」言うことだ。つまり松野氏のような原発災害の専門家が官邸にいなかったというのはどういうことなのだろうか?

記事では、『首相官邸にいた班目春樹(原子力安全委員会)委員長は「情報が入ってこなかったので、総理に助言したくでもできなかった」と言っています。』と言う質問に、「もとより、正確な情報が上がってきていれば『専門家』は必要ないでしょう。『全交流電源喪失』という情報しかないから、その意味するところを説明できる専門家が必要だったのです。専門家なら、分からないなりに25時間を割り振って、SPEEDIの予測、避難や、安定ヨウ素剤の配布服用などの指示を出すべきだったのです」と批判していますが、そのとおりだ。

SPEEDIにしても枝野官房長官は、漏洩した量がわからないのだからSPEEDIで計算できないことを公表できなかった理由にしていましたが、松野氏によれば、「ERSSの結果が出てくるまでの間は、SPEEDIに1ベクレルを代入して計算することになっています。そのうえで風向きを見れば、避難すべき方向だけでも分かる。私なら10の17乗ベクレルを入れます。それで住民を逃がすべき範囲も分かる」のに、政府は何の手配もしていない。

東電サイドでは、何とかして廃炉にするような事態を避けることに注意が集中してしまって、周囲の住民への配慮が東電では考えが及ばなかったらしい。それがごてに回った原因であり、「何とか廃炉を避けたいと思ったのでしょう。原子炉を助けようとして、住民のことを忘れていた。太平洋戦争末期に軍部が『戦果を挙げてから降伏しよう』とずるずる戦争を長引かせて国民を犠牲にしたのと似ています」と言う理由なのだろう。

原発を一基を廃炉にすると1兆円が無駄になるから東電のトップの決断が遅れたのだろう。1号基の廃炉にする決断が遅れたことで水素爆発が起きて、2号基と3号基の作業が出来なくなり3号基の水素爆発や2号基の破損にまで広がってしまった。現場がいかに混乱していたかは想像がつきますが、松野氏の書いた「原子力防災」を読んだ人はいなかったのだろうか?

少なくとも原子力安全委員会や経済産業省の原子力安全保安院にはいなかった。5秒で予測がついて、30分もあれば全停電事故が起きればどれだけ被害が広がるかが計算が出来るそうですが、現場からデーターが上がってこないことを理由にして東電も保安院も安全委員会も官邸も動かなかった。動いたのは動いてはいけない菅総理であり、司令部から司令官が消えてしまった。

全停電事故が起きれば格納容器が壊れることはすぐに分かることであり、そうなれば放射能が漏れ出すから住民の避難が最優先のはずだ。大戦の末期も、「広島に原爆が落とされたとき、日本政府は空襲警報を出さなかった。『一矢報いてから』と講和の条件ばかり考えていたからです。長崎の2発目は避けることができたはずなのに、しなかった。国民が犠牲にされたんです」と言うように、政府は国民の生命財産の事など考えない。


 

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コメント
 
01. 2012年6月03日 16:23:48 : JRIHHFqYsw
>松野氏はそのシステムの室長だった人ですが、3,11当時は既に退職していなかった。

事故当時、その後任は誰が務めていたのですか?


02. 2012年6月03日 19:15:00 : CTSizzUnDg
本当にこの後任を知りたい。そして当時の状況はどのような事だったのか?
こういった情報を事故調査員会は知っているのだろうか?
この事だけでも十分に原発の管理が不可能なことを語っている。それなのに再稼動というのは理論的にも破綻している事がわかる。政府もメディアも分かっているのだろうか?日本の学力がというが、「考える力」が低いのは彼らの事である。

いつも、きれいに単純にできている本質を複雑にしているメディアや政府の言い訳にあきれる。ほとんど馬鹿の言い訳である。

あの当時、廃炉にするかどうか、そのアメリカの支援があるとかないとか情報もネットでは出ていた。また、すこしでもプラントなどの技術に携われば、インターネットの福一のモニタリングデータが2時46分で止まっていることでその危機的な状況が分かるはず。1号炉の被害が2,3号炉の被害に寄与しているということであれば本当に当時の担当者を含めて刑事的な責任を取る必要がある。


また、現在でも基準値越えの食や製品の情報があるが、それも刑事責任を追及する問題である。なんでこんな簡単な事が原則として言えないのか?

福島に住んでいること自体、いや、関東も同じかも知れないがなんとか移住を進める政策を考える人はいないのだろうか?
特に今、「黒い物質」は放射能問題の本質そのものである。これを報道する機関は無いことが


03. 2012年6月03日 19:56:35 : OTOSIyOeKE
松野 元さんが、居られたのは、JNES 原子力安全基盤機構(→http://www.jnes.go.jp/index.html)のようです。組織図(→http://www.jnes.go.jp/shoukai/soshiki.html)からみると、緊急事態対策部(計画G、防災システムG、防火訓練G、防災基盤G、直轄で緊急技術支援室→緊急事ネットワーク監視センター) ですので、緊急技術支援室だったと推定されます。

役職が、緊急時対策技術開発室長となっていますので、今の組織図とは少し違うのかもしれませんね。緊急事態対策部の業務は、こちら(→http://www.jnes.go.jp/shoukai/gyoumu/bousai.html)です。


04. 2012年6月03日 20:15:31 : JlhOElFGlE
自民党時代だったら、廃炉コストなんかはさっさと計算できたろう。
東電も撤退なんて言わなかったろうし、官僚もサボタージュしなかったろう。
東京都消防隊もすぐに駆けつけることが出来たろうし、自衛隊もへっぴり腰で逃げ出したりはしなかったろう。
気象庁も壊れた風向計を直しに出かけたろう。
住民避難用のバスがすぐに30KM圏に入れたかどうかはわからないけど、少なくとも何十台かは編成はされたろう。

民主党が被害を拡大し、4基の原発を吹っ飛ばしてくれたおかげで、日本が原発廃止に向けて動くきっかけを作った。
今、被害に遭われている福島県民300万人、これから徐々に影響が出てくる東日本3000万人の方には災難としか言いようが無いが、怪我の功名ではある。


05. 2012年6月03日 21:58:35 : kejlwA5Rsw
>>04
多分、福一事故自体が無かった事にされている。
民主党政権下で出来なかった事が自民党政権下だったら
出来ただろうなんて夢想するなよ。

日本の原子力行政の事故に対するタコさ加減は
長年の原発推進の努力の賜物なんだから。


06. 2012年6月03日 22:02:37 : CTSizzUnDg
自民とか民主とかは関係ないだろう。
JCOの事件のことを知っていての発言なのだろうか?
すぐに政局にこじつける思考はマスメディアと同じ。
この記事の内容を理解できる考える能力が残念ながら無いと言える。
こういった思考の能力が今の福島(いや関東も含むか)の悲劇を続ける原因になっている。。。

この記事が示しているのは本来機能するはずの国の機能が動かなかったという事。
もちろんいわゆる多くの人が持っている経験を上回った現象があったからだが、それでも想定されたシステムも法律もあったという事である。

それが動かなかった原因は何だったのか?
それが解明され、対策が施されなければならない。
緊急事態対策本部の責任者は誰だったのであろうか?


07. 2012年6月03日 23:58:30 : fA7KHNx8Uk
日本のどこかで、また原発事故が発生したら、福島原発と同じことを繰り返すだろう。

08. 2012年6月04日 01:06:13 : FEC1zKK4NY
05さんに同意します。

自民党政権だったら、東電と密接な協力のうえ「ボヤ」程度ですまされている。
もちろん、国民にはいまだに放射能被害の観念すら無かっただろう。
御用学者・風評被害という言葉もなく、「ただちに健康に〜」の声も聞かずに
いたことだろう。

深く静かに、国民全体が健康を損ね、命をけずられていく。今でもそうだが。


09. 2012年6月04日 07:39:15 : JlhOElFGlE
例えが悪かったかな。

松野さんみたいなエキスパートがいれば事故は防げた、ということでは無くて、
多少のボンクラが管理していても大丈夫なようなシステムになっていなければ、
原発の破局事故は防げないということだよ。

5、6号機やフク2の4基も合わせて暴走しだしていたのに、1号機の対処をすればよかったというのは結果論でしょ。

あるいは、今回の地震が日没後に発生して、作業員が総出で復旧をしているときに津波が来たら、どんなに優れた人が指揮/管理していてもダメだったろうと思うよ。


10. 2012年6月04日 11:33:49 : hHecdIsSRU
吉田所長は本店に逆らっても、現場の専門家として踏ん張った。
ある部分について誰より詳しい人が、それぞれいたはずだ。

11. 2012年6月04日 13:18:21 : HH0BG0NF6g
>>04
自分で民主党だったからサボタージュしたって書いているじゃん。
国民の危険よりイヤガラセが優先する様な奴らだとすると、
自民党だとすると自分たちの利益優先なのは目に見えているわな。

12. 2012年6月04日 17:11:32 : PcpY0dFWq4
>>9
どんなシステムを作ったにしても、それが壊れたら原発の事故を防ぎようがない、と言うのが福島の教訓だと思うのですが?

13. 母系社会 2012年6月05日 07:14:37 : Xfgr7Fh//h.LU : 1cbPNroH2c

この松野さんのような人も含めて、地震多発地帯に原発を造ったのは、
世界でも日本の科学者だけということが、今回の事態の本質を示している。

大学で何年も研究した学者どもより、各地の原発反対運動に参加した
「無学」の庶民の方が、実は賢かったということ。

日本の科学者は、科学主義者ばかりで、専門馬鹿集団ということ。

奴らは、科学主義の意味さえ知らないだろう。


14. 2012年6月05日 10:00:28 : vVbgXfpbeI

人間性なき科学

15. 恵也 2012年6月05日 12:00:43 : cdRlA.6W79UEw : NBsueGtusY
>> 発生から24時間経たないうちに「現地視察」に菅直人首相が出かけたこと
>> がいかに「ピントはずれ」であるかが分かる。

ピントはあってるよ。
現場の発電所がどうなってるのか、必要な情報がまったく官僚から上がってこず
東電の官邸連絡員はバカで、居ても居なくてもいいような人間。

緊急時に役に立つ現場の幹部をつかむ必要は大きい。
菅直人の最大の功績は、現場を無視する本社に対して、現場幹部吉田所長
の発言力を総理が会うことで高めたことだ。

現場が東電本社に報告を上げても90%は、非公開になってると現場は言ってます。
総理に対し斑目委員長は「爆発はない」と断言してたし、保安院職員は逃げ出
すような連中で必要情報を報告すべき官僚が存在しないのだからね。
しかし爆発した時に総理が居なくて良かったよ。

ーーーー引用開始ーーーー
福一から本店には毎日膨大な量の情報が報告されているが、
いま国民に公表されているのは、その10%、いや、1%位かもしれない。
実際現場は当初からメルトダウン、メルトスルーの可能性があると情報を挙げても、
本店(東電の本店)は発表しなかった。
http://www.asyura2.com/12/genpatu23/msg/816.html

>> 周囲の住民への配慮が東電では考えが及ばなかったらしい。

くだらない配慮はしてます。
福島県知事の申し出で住民の避難が確認されるまで、ベントは行わないと
いう約束を東電は結んでる。

本音はパニックになり、責任の追及が怖かっただけの話だけどね。
1分1秒を争う重要な時期に、こんな確認行為を求めるなんて幼稚園児並みの対応。
1号機でこれがなかったら、ベントはもっと簡単に早くできたかもしれない。
これが本当のピントはずれ。


16. 2012年6月05日 14:22:58 : kejlwA5Rsw
東電本社にも原子力行政機関にも、
情報を整理し分析する能力が無かったのかもしれない。

メルトスルーしているか否かを発表することはさほど重要じゃないだろう、
している事を前提として事故対処していたかどうか、
避難させていたかどうかが重要じゃないだろうか。


17. 2012年6月05日 23:00:46 : CXit8maYyw
ふるさとの街やかれ
身よりの骨うめし焼土(やけつち)に
今は白い花咲く
ああ許すまじ原爆を
三度(みたび)許すまじ原爆を
われらの街に

三度目の原爆が福島で爆発した日、新橋のタクシー運転手は官庁の退却命令
で大変忙しかったそうだ。自分たちだけ逃げて、我々は知らずに働いていた
訳だ。


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