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委員長所感(「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」−「最終報告」−「W 総括と提言」」より抜粋)
http://www.asyura2.com/12/genpatu25/msg/851.html
投稿者 無段活用 日時 2012 年 7 月 25 日 13:04:29: 2iUYbJALJ4TtU
 

(回答先: 重要な論点の総括(「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」−「最終報告」−「W 総括と提言」」より抜粋) 投稿者 無段活用 日時 2012 年 7 月 25 日 12:57:53)


http://icanps.go.jp/post-2.html


委員長所感

 当委員会として1 年1 か月にわたり調査・検証を行った結果は、中間報告と最終報告に記載したとおりであるが、この調査・検証を通して様々な事実を確認することができた。それらの事実から浮かび上がった問題点については、中間報告Zと本最終報告Yで考察を加え、それを踏まえ、原子力災害の再発を防ぎ、被害の発生・拡大を防止するための具体
的施策や取組の在り方について、多くの提言を行った。

 当委員会の調査・検証については、いまだ放射線量が高いため原子炉周辺への立ち入りが不可能なことなど現地調査の困難性や時間的制約等のために、起こった事故の事象そのものについても解明できていない点も残った。1 号機から3 号機の耐震性のほか、多数の使用済燃料が保管されている4 号機の耐震性についても強い関心が寄せられているが、この点についても時間的制約から調査・検証を行うことはできなかった。

 また、委員長就任当初に考えていた「再現実験」を行うこともできなかった。特に再現実験が必要と考えられるのは水位計の誤表示及び水素の発生とその漏えい経路についてである。なお、再現実験というと実物を使った大掛かりな実験を想起する人もいるが、ここで述べた再現実験とは、実験可能な材料を用いて実際の事象と等価な条件で、現象を端的に再現する小規模のものである。再現実験は、起こった事象の確認等に有用なだけでなく、これを行うことによって新たな事実や新たな視点を発見できることもあり、理解を深め、将来の有効な対応策を探る上でも極めて有用である。今後、原子力に関係する様々な組織・機関において、当委員会の調査・検証結果を参照しつつ事故の全容解明及び原因究明を継続し、真に有効な事故防止策を包括的に構築するために必要な知見を得る努力が継続されることを強く希望する。そして、その際、再現実験も行われることを期待したい。

 今回の事故及びこれによる被害は現在も継続しており、今後も様々な局面で対応が必要になると思われる。その大きな課題の一つが廃炉問題である。事故を起こした福島第一原発の4 基の原子炉については廃炉が決定したが、廃炉作業は少なくても数十年以上かかると考えられている。廃炉にはこれまでになかった新しい技術が必要となり、長期間にわたり有能な技術者を養成し供給し続けることが必要となる。また、廃炉作業に携わる作業員の安全確保、地域の問題なども重要な課題である。事故処理が終わって事故が完全に終息したと言えるようになるまで、政府を始めとした関係機関が継続的に廃炉作業の監視を行わなければならない。

 また、放射線の影響は今後長期間にわたって継続すると考えられる。被害の実情を踏まえた被害者の救済・復興支援のための取組を、政府を挙げて進めるべきである。放射線による被害が実際にどのような影響を生ずるかなどについては、相当長期間の観察を経なければ確認が困難である。当委員会は、事故による被害の実情やこれに対する対策も調査・検証の対象としているが、時間的制約から、取り上げることのできなかった項目も少なくない。このような被害の状況やこれに対する対応についても、当委員会の調査・検証をもって終わりとせず、政府を始めとした関係機関が継続的に調査・検証を行っていくことを強く希望する。

 以上のような限界はありながらも、当委員会は、1 年余りの作業の中で、事故と被害の経緯を相当程度明らかにすることができたと考える。今回の事故で様々な知見が得られたが、これらの知見は、原子力に限らず、様々な技術を社会生活の中で活用するとき、それによる事故や被害を防止する上でも有用なものとなろう。

 今回の事故で得られた知見を、他の分野にも適用することができ、100 年後の評価にも耐えるようにするためには、これを単なる個別の分野における知見で終わらせず、より一般化・普遍化された知識にまで高めることが必要である。そのような知識は、後々の我々社会が新たな技術との共存を図っていく上で重要な参考になるものである。以下、福島原発事故という未曽有の災害についての調査・検証を締めくくるに当たり、今回の事故からどのような知識が得られるかについて整理し、その主なものを示しておくこととしたい。

(1)あり得ることは起こる。あり得ないと思うことも起こる。
 
 今回の事故の直接的な原因は、「長時間の全電源喪失は起こらない」との前提の下に全てが構築・運営されていたことに尽きる。しかし、本来は「あり得ることは起こる」と考えるべきである。当委員会が中間報告を取りまとめた後の平成24 年2 月に海外の専門家を招いて開催した国際会議においてフランスの専門家などから、原子力発電分野では“ありそうにないことも起こり得る(improbable est possible)、と考えなければならない”と指摘された。どのようなことについて考えるべきかを考える上で最も重要なことは、経験と論理で考えることである。国内外で過去に起こった事柄や経験に学ぶことと、あらゆる要素を考えて論理的にあり得ることを見付けることである。発生確率が低いということは発生しないということではない。発生確率の低いものや知見として確立していないものは考えなくてもよい、対応しなくてもよいと考えることは誤りである。
 さらに、「あり得ないと思う」という認識にすら至らない現象もあり得る、言い換えれば「思い付きもしない現象も起こり得る」ことも併せて認識しておく必要があろう。

(2)見たくないものは見えない。見たいものが見える。

 人間はものを見たり考えたりするとき、自分が好ましいと思うものや、自分がやろうと思う方向だけを見がちで、見たくないもの、都合の悪いことは見えないものである(*)。東京電力の自然災害対策において、津波に対するAM 策を整備していなかったことや、複数の原子炉施設が同時に全電源喪失する事態への備えがなかったことにも、このような人間の心理的影響が垣間見える。このようなことを防ぐには、自分の利害だけでなく自分を取り巻く組織・社会・時代の様々な影響によって自分の見方が偏っていることを常に自覚し、必ず見落としがあると意識していなければならない。
 このことは、当委員会の報告書についても当てはまる。当委員会が公表した報告書は福島原発事故の全貌を明らかにしたものではなく、あくまで事故の事実解明への一里塚に過ぎない。今後、福島原発事故の原因究明に努力する人々によって、見落としや誤りがないか事後点検がなされ、これを踏まえて更に事実解明と事故防止に向けた努力が継続されることを要望する。

* ユリウス・カエサルは、部下の総督代理サビヌスがガリアのウェネティ族に仕掛けた計略が奏功したことを描写した『ガリア戦記』第3 巻18 において、fere libenter homines idquod volunt credunt(人間は自分たちが望んでいることを大抵勝手に信じてしまう)と記した。このフレーズが、「人は自分の見たいものしか見ない」又は「人は見たいと欲するものしか見ない」などと意訳され、カエサルの格言とされるようになった。

(3)可能な限りの想定と十分な準備をする。

可能な限りの想定と十分な準備をすることが重要である。さらに、思い付きもしないことが起こり得る可能性を否定せず、最悪の事態に至らないような備えをしておくことが必要である。今回の事故では、調査の結果、地震に対する備えは相当程度行われており、地震自体によって重要設備が機能を喪失したことは確認できていないが、想定を超える津波に襲われた場合の備えがなかったために対応できず、大事故に至ったと考えられる。確立していないものであっても新たな知見を受け入れて津波の想定を見直し、それに対して十分な準備がしてあれば、又は予期せぬ事態の出来に備え十分な準備がしてあれば、今回のような大事故には至らなかった可能性がある。
 後から考えてこのようなことを言うのは容易であるが、まだ起こっていない時にこのような考え方をするのは非常に難しい。しかし、設計段階など過去のある時点での想定にとらわれず、常に可能な限り想定の見直しを行って事故や災害の未然防止策を講じるとともに、これまで思い付きもしない事態も起こり得るとの発想の下で十分な準備をすることが必要である。

(4)形を作っただけでは機能しない。仕組みは作れるが、目的は共有されない。

 事業者も規制関係機関も地方自治体も、それぞれの組織が形式的には原発事故に対応する仕組みを作っていた。しかし、いざ事故が起こるとその対応には不備が散見された。それは組織の構成員がその仕組みが何を目的とし、社会から何を預託されているかについて十分自覚していなかったためと考えられる。各構成員が何をしなければいけないかを自分の問題として自覚している状態を作らなければ、仕組みを作っても全体としては機能しない。目的が共有されないからである。緊急時のために構築されたSPEEDI のシステムが避難に活用されなかったのは正にこの例である。
 構成員全員が目的を共有するには、それぞれが社会から何を預託され、自分が全体の中でどこにいるのか、また自分の働きが全体にどのような影響を与えるかを常に考えているような状態を作らなければならない。その状態を更に維持するためには教育と訓練が必要である。社会がそれぞれの構成員に預託している事柄をきっちり自覚できるような社会運営をしなければならない。

(5)全ては変わるのであり、変化に柔軟に対応する。

 与条件を固定して考えると、詳細にしかも形の上では立派な対応ができる。しかし、与条件は常に変化するものであり、常に変化に応じた対応を模索し続けなければ実態に合わなくなる。例えば、地震や津波についての調査研究が進展し、福島県沖について、従来考えられていたものより大規模な地震・津波が発生する可能性を指摘する見解もあらわれていた。関係者も、このような新たな見解をキャッチし、それなりの対応を講じてはいたが、災害の未然防止という観点からは結果的に十分な対応を講じるには至らなかった。今後、このような事態を生じさせないためには、全ての事柄が変化すると考え、細心の注意を払って観察し、外部の声に謙虚に耳を傾け、適切な対応を続ける以外にない。

(6)危険の存在を認め、危険に正対して議論できる文化を作る。

 危険が存在することを認めず、完全に排除すべきと考えるのは一見誠実な考え方のようであるが、実態に合わないことがままある。どのような事態が生ずるかを完全に予見することは何人にもできないにもかかわらず、危険を完全に排除すべきと考えることは、可能性の低い危険の存在をないことにする「安全神話」につながる危険がある。原子力発電は極めてエネルギー密度が高く、元来危険なものであるにもかかわらず、社会の不安感を払拭するために危険がないものとして原子力利用の推進が図られてきたことは否定できない。原子力防災マニュアルが今回のような大規模な災害に対応できるものとはなっておらず、事前の防災訓練も不十分であったなど、原子力防災対策が不十分であったことの背景に、我が国の原子力発電所では大量の放射性物質が飛散するような重大な事故は起きないという思い込みがあったことは否定できない。
 危険の存在を認めなければ、考え方が硬直化して実態に合わなくなるばかりでなく、真に必要な防災・減災対策を取ることができなくなる。危険を完全に排除しようとするために余計なコストを抱え込むことになったり、危険が顕在化してしまった後の被害の拡大を防止し影響を緩和するための減災対策を議論し、実施することができなくなる。原子力に限らず、危険を危険として認め、危険に正対して議論できる文化を作らなければ、安全というベールに覆われた大きな危険を放置することになる。
 このように考えると、一つの物事を見るとき、それのもたらす利便と危険の二つを同時に正視し、それらのバランスを考慮して判断することが必要となる。その時、対立する考えを否定し、真の討論を行わずに一方の考えのみで物事を処すれば、最悪の道をたどることになる。今回の大事故は我々日本人に考え方を変えることを求めている。

(7)自分の目で見て自分の頭で考え、判断・行動することが重要であることを認識し、そのような能力を涵養することが重要である。

 頼りとするマニュアルがないような想定外の事故・災害に対処するには、それに関与する人々がそれぞれ入手した情報からあらゆる可能性を考えて、いかに対処すべきか判断し、行動しなければならない。今回の事故対応では不適切な対応が多々あったが、他方、例えば周囲にあった自動車のバッテリーをかき集めて応急の電源として計測器を動かし、必要最小限のデータを収集するなど、臨機の工夫と判断で事態を打開するための努力がなされた例も多い。そのような対応は、関与した人たちが、実現したい事柄に向けて自ら考え、判断し、行動することによって可能になったものである。頼りとなるものがない状況で最善な行動を可能とするには、自ら考えて事態に臨む姿勢と柔軟かつ能動的な思考が必要である。平時からこのような資質や能力を高める組織運営を行うとともに、教育や訓練を行っておくことが重要である。

 今回の福島原発事故は人間の歴史の中でも際立った大事故である。津波による浸水後に発電所内で起こったことは、我が国の原子力発電関係者がこれまでに遭遇したことがない事象の連続であり、発電所で事故対処に当たった関係者の身を賭した活動がなければ、事故は更に拡大し、現在よりはるかに広範な地域に放射線物質が飛散したかもしれなかった。中間報告及び本最終報告で述べたとおり、個々の事象への対処には不適切なものがあったことは否めないが、他方で、現場作業に当たった関係者の懸命の努力があったことも是非ここに記しておきたい。

 原子力発電所の事故は、事故発生から廃炉作業などの必要な措置が終了して真に事故が終息したと言えるまで、非常に長い期間を必要とするだけでなく、飛散した放射性物質によってその周囲に生活していた人々を全く理不尽にその場所から引きはがし、広範な地域において人間の生活と社会活動を破壊してしまう恐ろしいものである。現に、福島県の十万人以上に上る人々が避難を余儀なくされているなど、多数の人々が現在もこの事故の被害を受け、国民生活にも大きな影響が続いている。世界の人々も、今回の事故に強い衝撃と不安を感じた。我々は、この事故を通じて学んだ事柄を今後の社会運営に生かさなければならない。この事故は自然が人間の考えに欠落があることを教えてくれたものと受け止め、この事故を永遠に忘れることなく、教訓を学び続けなければならない。

平成24 年7 月23 日

東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会
委員長 畑村 洋太郎  

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コメント
 
01. 2012年7月25日 14:04:25 : 4wQHigiXKg
畑中のは、単なる「誰のせいでもない。社会の仕組みが悪かった。あなたも私も悪かった。一億総懺悔しましょう。そして学術上及び歴史的財産として事故史を編纂しましょう」という演説だ。

02. 2012年7月25日 17:16:39 : FNI20KUlvE
教訓を学び続けて、原子力発電を継続していきましょうって感じだな。

汚されたのが自分の故郷じゃないと、こういう文書になるわけだ


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