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被曝とエネルギーリスクの比較  武田邦彦 
http://www.asyura2.com/12/genpatu27/msg/845.html
投稿者 赤かぶ 日時 2012 年 10 月 11 日 12:25:19: igsppGRN/E9PQ
 

被曝とエネルギーリスクの比較
http://takedanet.com/2012/10/post_b539.html
平成24年10月10日 武田邦彦(中部大学)



1970年代のアメリカで「フォード・ピント事件」が発生した。欠陥車を製造したフォードが「回収して修理するか」、「犠牲者が出たら補償するか」を検討して、「修理費用より補償費用が安いので、修理しない」という結論になり、その結果、多くの死者を出すことになった。この事件はフォードが批判されて結局、回収・修理を行った。

この例のように「人の健康とお金」を同じ軸で天秤にかけることはできなくなったが、一方ではまだ交通事故が根絶できないのに自動車は製造されている。個別の会社では「命と金」の交換はできないが、社会単位ではまだ可能なことを示している。

原発を運転して被曝のリスクを認めるか、エネルギーを化石系燃料に転換するリスクに賭けるかが「エネルギーの選択問題」として今、日本で議論されている。また医療用被曝と治療の問題も一部の医師の不見識な発言によって危機を迎えている。

低線量被曝と疾病の関係は明らかではない。膨大な研究が報告されているが、チェルノブイリ近郊の疾病数は事故後、27年を経て増大を続けているが、一方でも健康にさして影響を与えないとする学説もある。科学的に言えば「結論が出ていない課題」であり、社会的には「予防原則が適応される例」でもある。

予防原則とは水俣病をはじめとする多くの公害を防ぐことができなかったという反省から1992年に世界的に宣言されたもので、「科学的な根拠が曖昧で、大きな被害が予想される時には、科学的結論を待ってはいけない」という基本的なスタンスである。

一方、原発を中止するリスクには、エネルギーの確保と現在の原発の金銭的損失の2つがある。エネルギーの確保の問題はより具体的には「ウラン燃料と化石燃料の寿命と入手の問題」であり、私は資源を専門としているが、「化石燃料とウランは1000年以内に枯渇することはなく、国際的に供給が途絶えることもない」という考えである。

そうすると、この問題は「まだ使える原発を使わない損失」をどのように考えるかだが、毎年約5000億円の税金を原発の開発と諸問題の解決に使用していることなどを考えると、原発の中止は国家の損失にならないと考えている。


 

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コメント
 
01. 2012年10月11日 13:20:01 : TdxMEWkV1Q
浜岡原発:住民投票条例案否決 原発再稼働めぐり

毎日新聞 2012年10月11日 12時57分(最終更新 10月11日 13時06分)

http://mainichi.jp/graph/2012/10/11/20121011k0000e040210000c/001.html
中部電力浜岡原発=静岡県御前崎市で、本社ヘリから撮影

拡大写真

 政府の要請で運転停止中の中部電力浜岡原発(静岡県御前崎市)の再稼働の是非を問う住民投票条例案が11日、同県議会で採決され、原案など2案はいずれも反対多数で否決された。東京電力福島第1原発事故後、原発再稼働の是非を問う住民投票条例案が否決されたのは、大阪市議会と東京都議会に続き3例目。

 原案は投票実施時期を条例施行後半年以内、投票資格を18歳以上などと定め、市民団体「原発県民投票静岡」(鈴木望代表)が約16万5000人の賛同署名を集めて直接請求していたが、全会一致で否決された。投票実施時期を「国が再稼働検討時」に変え、投票資格を20歳以上などとする議員提案の修正案も反対48、賛成17で否決された。

 川勝平太知事は直接請求を受けた首長として初めて「多くの県民の思いの表れ」と賛成の意見を付け県議会に提案したが、過半数を占める自民改革会議が、市町に投票事務を義務づけるなど法的不備がある▽住民投票実施に10億円以上の経費がかかる−−などを理由に反対に回った。

 住民投票条例制定を求める直接請求は、東京電力柏崎刈羽原発を抱える新潟県でも手続きが進んでいる。【樋口淳也】

http://mainichi.jp/select/news/20121011k0000e040210000c.html


02. 2012年10月12日 04:47:00 : rp15NX4adk
こういう交通事故と比較するようなとぼけた議論がたびたびでる。推進派の工作員が
だす議論だ。

原発事故では、最悪国家が滅びる。福島でもまったくの幸運でぎりぎり回避できただけ
だ。2号機爆発の際、放射能の大放出はあったが、原発敷地内からの作業員総員退避
となるようなものではなかった。これは爆発箇所が津波の水で水封されたからと見ら
れる。

また4号機の使用済み核燃料の過熱・崩壊は、震災直前の工事の不手際と、意図しない
仕切り壁のずれという二つの偶然もあって救われていた。

上の2つの幸運のどちらがなくても日本は破局をむかえていた。

1,3号機の爆発、2号機は設計限度を超える高温・高圧、高線量で作業も困難となった
時、東電は撤退を政府に申し出た。この撤退があっても、東日本は消滅、日本経済は崩壊
の憂き目にあったはずだ。

こういう破局がおきるときは、医療もなく死ななくてはならなくなる。いろいろな死が
あるが、これほど絶望的な死はない。

他にも武田氏の論はおかしな議論だらけだが、とりあえずこれだけ。


03. 2012年10月12日 15:05:36 : EoXlNNJLwY
比較するって、そもそもどういうことか?比較するには単位が決められて、それと比べどのぐらいかということだ。国際メートル原器やkg原器何個分の長さや重さか?というのが比べるという行為だ。

ところで、恣意的な解釈で自分の都合のよい結果だけを導くというのは似非科学だとよくいわれる。マルクスやフロイトの理論がその例である。こう考えると、リスクの比較というのも、都合の悪い地震や津波や太陽フレア、コロナ質量放出による原発の爆発リスクを不当に低く見積もるなどもそうだといえる。

バーンスタインの「リスク」にはそういった確率まで計算に入れなかったことが破局をまねいたのではないか?と書かれている。いまの人類の数学理論だけではリスクを見積もるのは、まだ難しい。

ウラニウムやプルトニウムは発電よりも宇宙船燃料に使ったほうが良い使い方なのだ。宇宙に移住する前に核燃料を使い果たせば、地球が放射能汚染されて地下都市に何万年もひきこもるならば、もはや宇宙へと進出する余裕は人類には存在しない。いまここで、全員で協力して宇宙移住を全力で達成しなければ人類は地球に引きこもって衰退する種族として終わる運命。数百年なぜ宇宙進出を選択せず、核戦争や原発爆発で自滅への道を歩むのか。みんなで力をあわせて、恒星間文明、銀河間文明が実現できれば世界の問題など、全て解決すると定まってしているのに。


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