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主婦が世界 動かした 原水禁運動発祥の地・杉並区(東京新聞)
http://www.asyura2.com/12/genpatu29/msg/414.html
投稿者 みょん 日時 2012 年 12 月 23 日 08:47:34: 7lOHRJeYvJalE
 

<「政地」巡礼>原水禁運動 発祥の地 「オーロラの碑」(杉並区)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/thatu/list/CK2012122302000114.html
2012年12月23日 東京新聞[TOKYO発]


◆主婦が世界 動かした

荻窪駅に近い住宅街に、二股大根のような不思議な碑が立っている。58年前、原水爆の禁止を求める署名運動が世界規模で起こった。発信地は広島でも長崎でもなく、杉並区の主婦の読書サークルだった。その活動の場所で、歴史を伝える「オーロラの碑」だ。

読書サークル「杉の子会」が誕生したのは、1953(昭和28)年11月。杉並区立公民館の会議室に、地元の小学校のPTAを中心に主婦24人が集まり、公民館の館長で国際法学者の安井郁を講師に読書会を始めた。

当時、朝鮮戦争が起こり、日本は再軍備に突き進んでいた。「二度と息子を戦争に送り出したくない」 「どうすれば戦争は防げるのか」。そうした思いから普通の主婦たちが読み慣れない社会科学の本を勉強した。メンバーはすぐに100人を超えた。

4カ月後の54年3月1日。米国が南太平洋のビキニ環礁で水爆実験を行い、近海で操業していた静岡県焼津市のマグロ漁船「第五福竜丸」が「死の灰」を浴びる事件が起きた。乗組員23人が被ばく(後に無線長の久保山愛吉が死亡)し、全国で魚の放射能汚染への不安が高まった。

お母さんたちには子どもの命と将来にかかわる切実な問題だった。杉の子会の4月の例会はこの話題一色になった。自分たちに何ができるか真剣に話し合い、「署名運動をしよう」という声が上がった。

数日後に開かれた区内で活動する婦人団体の集まり「杉並婦人団体協議会」の例会も、同じような熱気に包まれた。そして、国際法学者としてこの問題に取り組んでいた安井が先頭に立ち、主婦たちを中心にした手づくりの署名運動が始まった。

まだ署名運動になじみがなく、もちろんインターネットや携帯電話もない時代。主婦たちは一軒ずつ回って署名を頼んだ。話を聞いた主婦が運動に加わり、署名簿が公民館の館長室にどんどん積み上がっていった。わずか1カ月で26万6,000人分が集まり、当時の杉並区の人口39万人の約7割を占めた。20万人分は女性が集めたといわれる。

反核の声は杉並から全国へと拡大していった。署名運動の全国協議会が結成され、安井が事務局長に就任。公民館の館長室が拠点となり、主婦の手作業で集計された署名は3,000万人を超えた。世論のうねりは、米国への抗議をためらう吉田茂政権の基盤を揺るがし、年末には内閣総辞職。国会では原水爆実験の禁止を求める決議が採択された。

主婦たちの思いから始まった運動は外国の人びとの心も動かし、全世界で6億7,000万人が署名した。55年には被ばく地の広島市で第一回原水禁世界大会が開かれた。

だが、原水禁運動は60年代に分裂し、杉の子会も解散。公民館も老朽化に伴い、89(平成元)年に解体。名前の由来は分からないが、跡地に建設された荻窪体育館の前庭に「オーロラの碑」が建てられた。

安井の長男の妻、節子は「これからの女性は自分で何が正しいかを考え、子どもに教えられるようにならなければいけない。そうした思いから、杉の子会はできた。そして、何が正しいか考えたら、それを行動しよう。お母さんたちの純粋な気持ちが署名運動となったのではないか」と語る。

「3.11」以降、原発ゼロを求める市民の抗議活動が首相官邸前をはじめ、各地で続いている。58年前の反核運動と共通するのは、子どもたちの将来を憂う母の思いと、諦めずに小さな力を合わせて信念を貫く勇気だ。時代は変わっても、民の心が社会を動かす。


[安井郁 やすい・かおる]
1907(明治40)年大阪府生まれ。東京帝国大(現・東京大)卒。40(昭和15)年に同大教授(国際法)。戦後、神奈川大教授を経て法政大教授となる。53(同28)年に初代の杉並区立公民館長。草の根の原水爆禁止運動のリーダーとして活動し、原水爆禁止日本協議会の初代理事長に就く。その後、原水禁運動の分裂に伴い、辞任。80(同55年)に72歳で死去。


*オーロラの碑はJR・地下鉄丸ノ内線荻窪駅の南東約500メートル。杉並区立中央図書館に隣接する荻窪体育館の前庭に立っている。
近くには旧近衛文麿邸「荻外荘」(非公開、昨年9月25日の本欄)のほか、音楽評論家・大田黒元雄邸を再整備した大田黒公園や家人の与謝野寛(鉄幹)・晶子夫妻の旧居跡(与謝野公園)=写真=がある。園内には夫妻の好んだ樹木が植えられ、二人が詠んだ11の歌碑が並ぶ。

また、杉並区の原水禁署名運動の歴史は区立郷土博物館の常設展示室の一角で紹介されている。署名簿やイタリアの女性団体から贈られた旗を見られる。

博物館は毎週月曜と毎月第3木曜休館。開館時間は午前9時〜午後5時。観覧料100円(中学生以下は無料)。京王井の頭線永福町駅から徒歩15分。問い合わせは、博物館=03(3317)0841=へ。
 

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