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<エトス・プロジェクト>の実態/フェルネックスの証言 <鍵となる嘘> いかにチェルノブイリに刻まれた記憶を消し去るのか
http://www.asyura2.com/12/genpatu29/msg/884.html
投稿者 mainau 日時 2013 年 1 月 30 日 07:50:45: GgaPs4QXWLwO2
 

「エートス・プロジェクト」とは何か?

コリン・コバヤシ@パリです。
以下、転載歓迎です。
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 現在、福島県で動き始めている「エートス・プロジェクト」が原子力ロビーを背景にして動いている計画であるにもかかわらず、あたかも,住民が必要な、住民と対話し,住民が参加する優れた国際的な復興支援計画のように語られている事態に対して、看過しているわけにはいかないので、以下に、画像、テキストなどアップしました。

 「エートス」計画の主体を担っているのは,仏原子力ロビーの仏電力公社、仏原子力庁、アレヴァ社、IRSN が創設し、運営にかかわっている、いわばロビーの民間向け窓口の NPO, CEPN (原子力分野における防護評価センター)です。
 この CEPN の代表ジャック・ロシャール氏は、ICRP の委員も兼任していて、ICRP の主催の会議に彼が出て来る背景が分かります。こうしたプロジェクトによって、「善意の」大学人、研究者はことごとく利用され、原子力ロビーの目的遂行に,結局は協力していることになってしまうのです。

 「エートス」などという倫理的な言葉や美辞麗句と多額の助成金がちらつくとき、また住民が帰郷の願望と再建の念に燃えているとき、人々はそれらをつい受入れてしまうのです。ここで,事実をもう一度確認しておくことが必要です。
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@ベラルーシでの「エートス・プロジェクト」を見て来たミッシェル・フェルネックス/バーゼル大学医学部名誉教授が 10 年前にクリラッドの機関紙 22 号に掲載した「エートス・プロジェクト」糾弾論考和訳

<エトス・プロジェクト>の実態/フェルネックスの証言

今、フランスの(というより国際)原子力ロビーの民間窓口ともいえるCEPNが福島で<エトス・プロジェクト>に本番を展開しようとしている。
実際にベラルーシで行なわれたこの計画の実態を、10年前に、フェルネックスが糾弾している。
(クリラッド機関紙トレ・デュニオン22号からの抜粋)

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******原子力ロビーが犠牲者に襲いかかる時
<鍵となる嘘>、あるいは、いかにチェルノブイリに刻まれた記憶を消し去るのか*****

ミッシェル・フェルネックス(バーゼル大学医学部名誉教授)
2002年2月22日


保健衛生の分野で、誤った結論を導き出す科学的作業をアングロ・サクソン系の著者は<キー・ライズ>という。つまり<鍵となる嘘>である。この手の研究に資金をたっぷり与えているタバコ産業ロビーは、こうした研究のおかげで、ロビーがタバコ中毒への闘いに介入しようとする衛生当局や、とりわけ世界保健機関に対して、数十年の間、抵抗することができたのである。

2001年に経験した出来事は、もう一つのロビー、タバコ産業ロビーより相当強力で、チェルノブイリの痕跡を消し去ろうとする原子力ロビーのやり方を再考させずにはおかない。国、あるいは保健衛生部局(米国ならFDA)の介入から原子力産業を陰で擁護する刊行物を出版するために、このロビーは、健康問題にストップをかけなければならないのだ。

原子力ロビーは、とりわけ、専門家に言わせると避けることができないであろう来たる原子力事故に備えるために、ガイドラインを作ることを目指している。事故が起こった時に、まず優先してすることは、経費の節約である。これは、放射線の低線量被曝は有毒性がないとする教義が不可侵と考えていることを意味するのである。
2001年以来のいくつかのベラルーシの事例は、この目的のためにロビーが行なおうとしていることを明らかにする。それは、NGOの形体を持った組織によって表現され、大学などの学際的研究グループの仲介(<エトス・プロジェクト>、<チェルノブイリの交差点>)を経て、現場で介入することになる。

-事故が起こると、まず優先されるのは、経費削減

農学、社会学、技術、物理学などのエトス・プロジェクトにまとめられた教員や博士課程の学生たちは、汚染地域で働いた。ロビーが彼らに課した役割は、そしてそれについて彼らは恐らく無意識だったことは、存在していた住民のための放射線防護の機構の排除である。実際、この国の放射能汚染の重大性について、また住民の健康に対する影響について注意を喚起する政策は、原子力ロビーにとって、許容できないことなのだ。

-チェルノブイリの真実をねじ曲げること、あるいは、故意の言い落としによる嘘

エトス・プロジェクトで行なわれた研究は、ストリン地区のいくつかの村々に限定される。原子力事故と長期に放射性核種で汚染された地方の管理について、得られたデータで、本を書くことは可能だろう。この本は、欧州連合から資金を出して出版されるほど、特権的なものとなるだろう。

このような出版物を読んで、読者は、子供たちの健康悪化や若死の増加に気づかないわけにはいかないだろう。それは、この地区が最も多量の放射性降下物に見舞われた地方と同じほどの人口の激減を示すからだ。

二つの行事で、エトス・クラブのメンバーを知ることになった。一つはパリ第七大学が催したもので、2001年4月26日(チェルノブイリ記念日)に、もう一つは、同年、11月15-16日、ベラルーシ南西部のストリンで、CEPNによって、雇用された大学人たちが、政府と行政責任者たち、また国際組織や国、とりわけ欧州連合の代表者たちに対して行って来た作業の成果を発表した。
パリ第七大学が4月26日、プレス資料でCEPNを紹介した。この組織の正式名は、<原子力分野における防護評価の研究センター>という名で、1901年の法律に基づいた非政府組織NGOであり、NPO(非営利市民団体=アソシアシオン)である。フランス電力公社(EDF)、原子力庁(CEA)、それにラ・アーグの再処理工場を管理しているコジェマ社(Cogema社。訳注:現在は発展再編された原子力産業複合企業体Areva社となっている)によって、創設された民間団体だ。原子力ロビーのこの組織は、チェルノブイリによって汚染された地域に派遣されているいくつかの研究グループ、とりわけエトスのグループの連携を調整している。

<エトス>の創始者の一人は、現場へのチームの介入を示唆しつつ、学際的なチームが介入した地域での継続的調査がないことを悔いていた。これらのプログラムの医学的構成要素が弱いという説明しがたい欠点を嘆いてみせた。

-放射線防護チームの作業に終止符を打つのを<援助する>こと

2001年に完了することが予定されていた計画で、ストリン地区に介入しながら、<エトス>の責任者たちは、ベラルーシのチェルノブイリ問題省に、ワシーリ・B・ネステレンコ教授に率いられたベルラド放射線防護独立研究所に取って代わるよう依頼したのである。<エトス>の責任者たちは、この研究所の測定データを、数年前から使っていたのだ。
2001年1月25日にヴァレリー・シュヴチュークが署名したチェルノブイリ問題省のベルラド研究所所長宛の手紙は、ストリン地区の一連の村々の管理は、<エトス2>のために、彼らの依頼によってベルラド研究所から取り上げる故の通告であった。

ベルラド研究所が食糧や牛乳の放射能を測定するために養成した人材を使った<エトス>は、時折、仕事が倍になってもこれらの技術者達に、残業手当を支払うべきだとは考えなかった。<エトス>が、放射能防護センターに測定データを記録するために導入したコンピュータは、今、国の行政に移管されている。こうして、ネステレンコが設置した組織は、次第に、消滅しつつある。発展のための技術援助の正反対である。

事実、数年前から、国と民間財団の援助を受けていたこれらの放射線防護の小さな組織のおかげで、ベルラド研究所は、住民に食糧と牛乳の放射能を無料で測定してあげていたのだ。ベルラドが養成したこの仕事をしていた職員達は、放射線防護について、住民家族にアドヴァイスを与えていたのである。

その他、ホール・ボディーカウンターを設置してあるベルラドの移動式研究所は、年に二回、人口放射性核種、とりわけ学校の子どもに蓄積していたセシウム(Cs137)の量を計っていた。子供たちの中で最も汚染のひどい子供たちに対しては、間欠的に施されるペクチン剤の療養を行なっていた。ペクチン剤はりんごをベースにした補完剤で、臓器にあるセシウムの排除を促進させる。

1991年に創設されて以来、政府からの財政援助を受け、ベルラド研究所に管理された370の地域放射線防護センター(CLCR)がベラルーシの最も汚染のひどい町や村に設置され、関係官庁は、ネステレンコの公表する測定結果を定期的に受け取っていた。1996年から、これらの報告は、季刊の報告書となった。
しかし、同じ年から、CEPNの様々な刊行物の共同著者、チェルノブイリの政府委員会の副会長I.V. ロルヴィッチは、現在ある83のCLCRに数を減らし、そのうち、56だけが政府の財政支援を受けている。他の27はドイツのNGOの支援を受けている。ベルラドの測定報告21号は現在、印刷中だ。これが最後になるだろう。というのもアメリカの財団からの6000ドルは刊行物を出すことを可能にしてきたのだが、それが打ち切られたのだ。

-開発援助の逆

貧しい国を援助しようとするとき、基本原則の一つは、一時的であっても、現存する構造を他のものにおき替えることなしに、むしろ、それを強化することである。こうして、外国チームが帰った後、現場には、よく教育され、設備も得て意欲のある人材が、必要な継続作業をすることになる。

パリ第七大学で、そしてその後の電話で、<エトス>の責任者たちは、彼らがやろうとしたことは、ネステレンコのチームを排除することではなかったと私に表明した。そして、将来、ベルラド研究所は、すでに立案されていた未来のヨーロッパ・プロジェクト<エトス3>に包括されるというのである。ネステレンコは、<エトス2>のプログラムの成果が発表されるストリンの国際セミナーに招待されるであろう、と言うのだ。

この時期、ネステレンコを<エトス3>プロジェクトに組み入れるという<エトス>の責任者たちの約束は誠実なものに見えた。フランスの大学人にしてみれば、ベラルーシのNGOを、2002年1月26日に企画書提出予定の彼らのプロジェクトの中に組み込むことは、欧州連合から大きな予算を獲得するためにも、有効だと思えたのだ。このプロジェクトのなかに、ベルラドが場を獲得するとネステレンコへ公式に通告されることになっていた。口頭による励ましを受けて、彼は、放射性降下物によって非常に汚染された村々の子供たちを支援するための具体的なプロジェクトを提出した。

しかしながら、秋になると、2001年11月にストリンで予定されているセミナーの予告プログラムには、約束されていたようには、ネステレンコの名前は掲載されなかった。
私が介入した後、この<忘却>は修正された。しかし、セミナーに続く11月20日にミンスクで行われた会合にも、またそれに続く2002年3月6日の会合にも彼は招待されなかった。

-ベルラド研究所を現場から追い出すこと?

2002年1月13日、つまり2001年に告示された欧州プロジェクトの計画書の申請日(2002年1月26日)の数日前、ネステレンコはエトスから連絡を受け、今から5日以内、1月18日までに返事をするように要請された。それは、ベルラドの移動式放射線測定チームの欧州プロジェクトへの編入ではまったくなく、放射能防護のマニュアルのひとつの章の執筆参加への要請だった。課題だったベラルーシ南部の子供たちの放射線防護への援助計画には一言もなく、エトスへネステレンコ教授がこの問題について提出した実施要領にも触れられていなかった。失望したにもかかわらず、ネステレンコは、この依頼について、期限内に前向きな返事をしたのである。

2002年1月25日、エトスのために仕事をしている<ムタディス・コンサルタント>事務所は、今後の計画についてヴァンサン・ヴァレールの署名付き手紙を送付し、4月11日にパリで、宛先人達を<エトス>クラブの会合へ召集した。ネステレンコ教授は、ここでもまたもや、2001年ストリンのセミナーに言及しているこの手紙の宛先人とはならなかった。私が驚いたので、ムタディス事務所は私に、ネステレンコはパリの4月11日の会合に招待されるだろうと、返答して来た。そして、確かに、後になって招待状は送られたのだった。

-原子力ロビーの執拗さ

 この状況を見ると、仏電力公社、原子力庁、アレヴァの代理をしているNPO,CEPNは、チェルノブイリの記憶を何としてでも消去したい国際原子力ロビーの確固不動たる論理に協力しているように見える。日々の食品の汚染測定、年に二度の放射性セシウムのホール・ボディ・カウンターによる測定結果は、この惨事からの耐え難い警告である。毎年、ネステレンコ教授は、これらのデータを公表し、政府に提出する。だが、食料品と住民への放射能状況、とりわけ、子どもの状況は、改善されるにはほど遠く、悪化していることを認めざるを得ない。

 食品のセシウム137による汚染の増加は、農業者が肥料をより少なく使用し、とりわけ、植物によるセシウムの吸収を減退させる役割のあるカリウムをあまり使わないからだ。
そのうえ、非常に汚染された土地を以前にも増して開墾しているからである。農作物が全国に流通されるので、人工放射性核種の負荷は住民全体に増加しているのである。ネステレンコは、首都ミンスクにおいても、現在、体重一キロあたりのセシウム137が50Bq以上の数値で測定され、10年前にはなかったことだと警告を発する。

 この事実を覆い隠そうとする原子力の推進者たちは、<測定計器を壊さなければならない>のであり、汚染源を取り除くためではなく、誰もがこの事実を知らないようにするためなのである。高熱や、あるいは子どもたちの臓器に蓄積された放射能を測定することはもはやできない。ネステレンコは、彼が実施している事業を止めなければならないのだ。

-健康に対するセシウム137の放射性毒性の効果を無視すること

 9年間、ユーリ・バンダジェフスキーとゴメリ医科大学の協力者たちは、セシウム137の放射性毒性について研究し、他の組織体に比べ、多いときには50倍までも、内分泌腺や心臓のようなある特定の臓器に濃縮することを発見した。セシウム137が一平方キロあたり5キュリー(185,000 Bq/m2)以上で汚染された地域において、健康への有害な影響は、ほとんど全ての子どもたちの健康を害しているのである。
 放射性セシウムの蓄積による病気に関する研究活動により、バンダジェフスキー教授は、後になって取り下げられるが、最初は汚職の罪状告発によって、8年間、強制収容所に送られる(アムネスティは<沈黙する学界>と言う。〔訳注:この裁定を批判する声は医学界から湧き起こらなかった〕)。バンダジェフスキーによって創設されたばかりの医学部の医者や、昔の協力者たちは、職を失った。彼らは、彼との共同著者として、これらの刊行物に名前を連ねるべきではなかったのだ。

 ストリンのセミナーでは、<エトス>は上質光沢紙にカラー印刷された図表を配り、ほとんど全ての発表者のプレゼンテーションは、デジタルデータで上映された。資料の57ページに、反論を受けたセシウム137の臓器への均質的な分布の仮説を元に、体内線量が計算されてある。

 それに反して、小児科の女医のひとりが手に持っていた説明用の手書きの図表は、他の人たちの報告に反し、デジタル化されておらず、上映されなかった。それらの図表は、入院数が増加しており、1986年-87年に1000人の子どもに対し、約150件/年、1990年に500件/1000人・年、2000年では1200件/1000人・年(入院の繰り返し)の増加を示しており、上昇カーブは、下降する気配は全くない。

 重症化し慢性化する疾病は増加しており、おおよそ健康だと言える子どもの比率は80%以上から20%以下に落ち込んだ。しかしながら、子どもたちは、ストレス状態ではなく、家族は移住しておらず、彼らは相対的に食糧の摂取はよかった。すなわち、幼稚園から全ての学校教育の期間中、教育に当てられた予算のうち、50%は、一日2-3食、週4-5日の食材に当てられている。

 つまり、子どもたちの健康は悪化が継続していくようにみえる。この悪化の原因は、環境中の放射能汚染と関係がある。子どもたちは、一平方キロあたりセシウム量が5から15キュリー(185,000 Bq/m2〜555,000 Bq/m2)の汚染地域では、正常に暮らす、生き延びることができるように見えない。

この小児科責任者の女医が説明した医学報告も、図表も、<エトス2>の報告書には、掲載されていなかった。たぶん、それらのデータは、原子力ロビーに不都合だったからだ。
フランスの専門家の発表では、ストロンチウムにわずかしか関心が表明されていないのに驚いた。しかし、大地にも、水の中にも、ストロンチウムは発見されているので、当然、食物連鎖の中にあるのである。ストロンチウム90は、セシウム137と同じように、半減期が約30年である。ストロンチウムとセシウムの放射性毒性における相乗作用を研究することは本質的なことだ(この主題は、ある時期、ゴメリ医科大学で研究されていた)。<エトス>の他の専門家の中で、チェルノブイリ事故によって拡散された他の放射性核種を取り上げるものは、だれもいなかった。

 <エトス>参加のフランスの大学人による限定された農場への関与は、提供された質のいい種子や完璧に配合された肥料や、必要な時期に散布された農薬により、農作物の生産の向上に貢献した。ジャガイモの生産は以前より豊富になった。この農作物はセシウムは少ないので、販売することもできた。2002年以降、農業に対する投資は、10家族ほどの農家に限らず、数千人の子どもたちが暮らす関連地域に拡大されるべきであろう。

 不幸にも、これらが住民、とりわけ子どもたちの健康状態を向上させることを示すことはできなかった。すでに、パリ第七大学で、<エトス>の農学責任者アンリ・オラニョン氏は、私に言った。「私たちはいい仕事をしたよ。しかし、子どもたちはますます病気になったんだ!」と。この意味で、<エトス2>の経験は、失敗と言えるのである。

 <エトス>報告書のなかに、セシウム137の体内線量の継続調査と子どもたちの健康状態の悪化を示す曲線を、全面的に統合しない限り、プロジェクトの結果の提出は、本質的な部分を欠落させた不完全なものと判断せざるを得ない。つまり、健康についての基本的なデータの不在と、放射性核種の体内の線量負荷についてのデータの不在は、<故意の言い落としによる嘘>、あるいは原子力ロビーが欲しがって止まない<鍵としての嘘>であると、ますます私たちを信じ込ませずにはいないだろう。

 チェルノブイリの影響評価において、<故意の言い落としによる嘘>は、実際、タバコ産業ロビーが、世界保健機関による反タバコ・キャンペーンをさせないようにするために、何十年もの間、大々的に実行して来た<鍵となる嘘>に似ている。同じ動機(まず優先的にロビーを守ることだが)によって、一部を排除した資料は、原子力管理当局や市民に対して、原子力産業が情報を遮断するのを容易にし続けるにちがいない。

 この文脈で、2002年2月12日に『フィガロ』紙に掲載されたファブリス・ノデ=ラングロワの記事は、イスプラ(イタリア)の欧州連合研究センターによって刊行されたヨーロッパのセシウム汚染分布図は、35万数地点の測定に依拠したものだが、フランスからは35地点のデータしか受け取っていない。この作業を行った責任者ド・コール氏は、フランスの貢献があまりにも中途半端なものであることを嘆いている。『フィガロ』紙によると、IPSN[訳注:原子力防護と安全研究所は1990年以来、原子力庁の研究機関であったが、今日OPRIと合体して、2001年、IRSN(仏国立放射線防護と原子力安全研究所)となった。産経省、防衛省、厚労省の外部独立機関]の代表者アニー・シュジエ女史は、作成された欧州の汚染分布図は不完全であるゆえに、偽造だと表明した。「この嘘についての告白は、厚生省から独立した責任者によって行われた」とOPRI(ペルラン教授のSCPRIの後継ぎ組織。訳注:OPRI仏国立放射線防護局で1994年に設立された組織で厚生労働省に従属していた)会長ジャン=フランソワ・ラクロニックは、上司であるベルナール・クシュネール厚生労働相に提出されたメモで強調した。メモの中では、その場にいた者たちから国家が嘘を言ったかどうかを尋ねられて、背中を押された形になったラクロニック自身、自ら、これは<故意の言い落としによる嘘>だと言い放ってしまったことを、故意に書き落とした。

 2001年末まで、<エトス>の責任者たちは善意であると私は思って来た。<エトス>に集まった大多数の大学人たちは、そうだと私は確信する。それにしても、健康に対する体内に取り込まれた放射性核種の影響の研究、あるいは子どもの放射性セシウムの体内の負荷を測定するベルラド研究所の測定班を支援すること、または環境の放射能汚染度によって子どもたちの健康に関するデータを発表することを意味するとき、それは原子力ロビー、ここではCEPNが最後の言葉を握っているのだ。

 大学人たちが帰国して、住民は振り出しに戻った。しかし、放射線防護のための援助は<エトス>介入前より少なくなった。すなわち、地域放射線防護センターは、それらの設備の一部を失い、全てのデータを取り込んだコンピュータはなくなり、測定技師たちはやる気をなくした。彼らの仕事に対する報酬は支払われなかった。
CEPNは、科学的厳格さを大事にする大学人たちに満足できる枠組みを与えるだろうか。

-ベラルーシにおける原子力ロビーのその他のプロジェクト

 仲介者たち(その時々の必要性に応じて、名前が変わるのだが、ここでは「チェルノブイリの交差点」という組織)のおかげで、原子力庁の専門家に2001-2年の冬の間支援された原子力ロビーは、ストリン地区よりもっと汚染されたチェルノブイリにより近い地方を今こそ復興させねばいけないと、ベラルーシの行政といくつかの官庁の代表者たちを説得しようとした。目標は、一平方キロあたり40キュリー(1,480,000 Bq/m2)まで、あるいはそれ以上の汚染のあるところでも、生活し、仕事し、耕作することが可能なことを見せるためである。また助言や教育用ツールを提供することによって、これらの土地は、子どもたちの健康に何の危険もないのだと示すことである。

 この間、ネステレンコ教授にそもそも約束されていた住民防護の活動支援を悪用されて、それでも、ネステレンコ教授は2001年、春に住民防護のプロトコール〔所定動作〕を確立していたのだが、心臓専門医と眼科専門医が増強されたベルラド研究所の45人の技術士、放射能測定技師、科学者に対する助成を受けられる可能性はあまりない。、チェルノブイリの降下物のせいで高度に汚染された地域に生活せざるを得ない子どもたちの健康改善に当てられた、住民にとって非常に有用なこの作業に対するCEPNの支援は、ユートピアに過ぎないことが証明された。

もし、原子力ロビーの指令に従う専門家たちが、一平方キロメートルあたり5から40キュリー(185,000 Bq/m2−1,480,000 Bq/m2)のセシウム137によって、あるいはそれ以上に地域が汚染された放射能の状況下においても、ジャガイモを栽培できるし、観光業のために保全された自然保護地域として、もうじきチェルノブイリ原発の30キロ以内を含む退去させられた土地すべてをもう一度、住む目的のために、労働者とその家族が定住もできますよということを、今から短期間に公表するというなら、彼らの報告書は、子どもたちの惨劇的な状態に関する全てのことを故意に言い落とさなければなるまい。

 結果的に、能力があり独立した小児科医、眼科医、内分泌腺科医、免疫科医、そして充分設備を持った測定技師たちを排除しなければならないのである。健康の専門家の不在は、<故意の言い落としによる嘘>に基づいた<鍵の嘘>に行き着く。言い落とされたものとは、つまり、根本的な資料〔訳注:測定データや他の基本データ〕のことであり、原子力ロビーが16年間、何としても必要だったものなのである。

 ある<故意の言い落とし>を含んだプロジェクトを前にして、諮問され、またたぶん同時に共同出資者でもあった大学人たちは、「ノン」(否)と拒否すべきではないだろうか。

ミッシェル・フェルネックス
(スイス、バーゼル大学医学部名誉教授)

5キュリー/km2= 185 000 Bq/m2
15キュリー/km2= 555 000 Bq/m2
40キュリー/km2= 1480 000 Bq/m2

(仮訳:コリン・コバヤシ)

copy from ( http://echoechanges-echoechanges.blogspot.fr/2012/07/blog-post_16.html )
 

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コメント
 
01. mainau 2013年1月30日 07:56:22 : GgaPs4QXWLwO2 : 85rTG3hiJk
小出先生の言葉を思い出しましょう。
「だまされたあなたにも責任はある」

もう一度、だまされますか?


02. 2013年1月30日 09:28:02 : 9LgaJ3PvWI
何が、え〜トスだ!
そんなものバレーボールのセッターにまかしとけば良い。
問題はヘッポコ政府であり、税の徴収制度を即刻廃止して
必要経費分を銀行券製造で賄え!
無能をひた隠しにする官僚など河川敷きのテントぐらし
の価値もないので強制排除しろ!

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