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放置される「マクロ経済スライド」未実施分
政府が2011年12月24日に決定した来年度予算案のなかで、年金の特例水準を2012年度から3年間で解消し、その第一弾として2012年度の年金を0.9％引き下げることが正式に明らかになった。
デフレに突入して消費者物価が下がっているのにもかかわらず、高齢者の生活に配慮して年金支給水準を引き下げなかったため、いまの年金水準は本来より2.5％割高になっている。持続可能な年金制度とするために、それを解消するというのが年金削減の理由だ。
しかし、以前にも本稿で指摘したように、「物価スライド」の未実施だけではなく、いまの年金制度は2004年に導入した「マクロ経済スライド」も一度も発動していない。
マクロ経済スライドとは、年金を支える現役世代が減少する分（毎年0.6％）と平均寿命が伸びることによって年金受給者が想定以上に増える分（毎年0.3％）は、年金給付の削減でまかなうというものだ。つまり少子化・高齢化の影響を年金給付の水準を引き下げることで調整しましょうという仕組みで、これにより毎年0.9％ずつ年金給付を下げないと年金制度がもたない。
割高な年金水準は当面続く
だが、これも年金の実額を下げられないという理由で、すでに7年間、6.3％分の引き下げが見送られている。物価スライド未実施分を加えると、いまの年金は本来より8.8％も高い水準になっているのだ。それを解消しないと、年金財政がもたないのは明らかだ。
2011年12月18日のNHK日曜討論に出演したので、小宮山洋子厚生労働大臣にこの問題にどう対処するのか直接尋ねてみた。小宮山大臣は、「物価スライド未実施分の解消が先決で、マクロ経済スライド未実施の分はその後だ」と回答した。
この点は非常に重要だ。なぜなら、物価スライド未実施分を解消に向かう間も、マクロ経済スライドの未実施分は毎年0.9％ずつ積み上がっていくからだ。
今後もデフレは続くだろう。そうなると物価スライド未実施分が積み増されるから、3年で解消できる保障はない。つまり、割高な年金水準は、しばらく続くことになる。
マネー雑誌のご託宣も気にせず、年金繰上受給に殺到
そこで考えなければならないのが、年金の繰上受給だ。いま、年金の繰上受給を選択する人が増えているのだ。
いまの年金制度では、金額を減らせば本来の支給開始年齢よりも早く受給することができる。例えば本来65歳から支給開始となる基礎年金は、1か月受給を繰上ると0.5％年金給付が減額される。60歳から支給を受ければ30％減額される計算だ。
この減額率は、平均余命に基づいて計算されているので、通常は繰り上げても得にはならない。一方、1か月受給を繰り伸べると0.7％年金給付は増額となる。大雑把に言うと、年金受給者は60歳から30％減で年金をもらうか、65歳から普通にもらうか、70歳から42％増でもらうか、この3つの選択肢がある。
いろいろなマネー雑誌は、何歳から年金受給を開始するのが得かを試算している。それらを総合すると、男性は66歳、女性は70歳でもらい始めるのが有利とされているようだ。
しかし、現実がそうしたシミュレーションを否定している。70歳からの繰延支給を選択する人はほとんどいない一方で、60歳から受給を開始する人が圧倒的に多いのだ。
割高な水準を先食いするのは合理的な選択
これは、60歳以上の高齢者にはまっとうな働き口がなく、生活が苦しいという事情もあるが、60歳から年金をもらうほうが有利だということに多くの人が気付き始めたことが大きい。
なぜなら、いまは年金給付の水準が本来よりも1割近く高いのだから、それが解消されるまでの間は、繰り上げて年金をもらってしまった方が割高分を享受できるため、得になるのだ。もちろん長期的には割高な水準は解消されるだろうが、それまでの高止まり分を政府が後から遡及して取り返すのは、政治的に不可能だろう。
先ほどの小宮山厚生労働大臣の発言に戻ると、よほどの物価上昇がない限り、少なくとも3年間はマクロ経済スライドの実施はない。だから、この3年間に60歳を迎える人は考えどころだ。特に男性は、ここで割高な年金水準を先食いし、年金受給額を確定してしまうのは、ひとつの老後設計の戦略として大いにあり得るのではないかと私は考える。
もうひとつ繰上受給が有利になる可能性がある。
政府は年金支給開始年齢を68歳に繰り下げる検討を水面下で始めている。もしそれが実現したとしても、繰上支給を選択してすでに年金受給者になっていれば、支給開始年齢が繰り延べられたとしても、年金給付を停止することは政治的にできないだろうから、繰上受給が圧倒的に有利になるのだ。
年金はもらえるうちにもらっておく
もちろん、繰上受給で受ける年金の3割カットは大きい。しかし、生活費を思い切って削り、少ない年金でも暮らせるようにすれば、老後を早く楽しめるのだ。例えば、都心の自宅を売って郊外で暮らし、生活費がかからないようにするという選択もあってよいだろう。
こうした事情を考えると、この先10年、特にこの3年間で60歳を迎える人は、政府の年金改正論議を慎重に見極めて、これはまずいと思ったらすぐに繰上受給を申請して年金受給額を確定させることは、合理的な選択と言えよう。
もちろん、こうした選択を皆がするようになったら年金制度の崩壊が促進されるが、別に法律違反をするわけではない。その責任は、ひとえに割高な年金水準を政治的圧力に屈して放置している政府にあるのだ。
2004年に政府は「100年安心」の年金改革を行なったが、それが10年足らずでもろくも崩れ去った。10年、20年後どころか5年後にすら政府の約束通りの金額、条件で年金をもらえる保証などどこにもない。現状の年金財政は破綻寸前であり、年金の繰上受給ブームは政府への不信の裏返しでもある。
この期に及んで増税を検討している今の政府には、デフレからの脱却はできない。デフレが続けば、年金受給者からの不満を避けたい政府は年金の給付額をカットできず、積立金を取り崩していかざるを得ない。積立金が枯渇すれば年金制度が破綻する時期は確実に早まり、破綻した場合は年金の支給額が大きく下がる。
年金制度改悪がいつやってくるか分からないから、年金はもらえるうちにもらっておいたほうがいいというのが、私の偽らざる感想だ。
森永卓郎
http://www.nikkeibp.co.jp/article/sj/20120221/299821/?bpnet
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