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白川日銀総裁の怠慢  「成長率低下がデフレの原因」見解は正しい?
http://www.asyura2.com/12/hasan75/msg/616.html
投稿者 MR 日時 2012 年 4 月 14 日 13:39:00: cT5Wxjlo3Xe3.
 


# 改革の停滞は、総裁の説明力不足と、政治家の無知、官僚や既得権益者の意図的な妨害、合成の結果


小笠原誠治の経済ニュースに異議あり! 

白川日銀総裁の怠慢
2012/04/14 (土) 11:36


 政府は昨日、デフレ脱却等経済状況検討会議の初会合を首相官邸で開き、デフレ脱却に向けた経済政策のあり方を議論したのだとか。

 何故、今改めてデフレ脱却の方策などを話し合うのかといえば、ご承知のようにそうしないと消費税増税を実現することができないからなのですよね。

 そして、出席閣僚らはどんな意見だったかと言えば、デフレに陥りやすい日本経済の構造問題を是正することが重要との見方で一致したのだ、と。

 へー、そんな結論に達したのですか? 

 もし、それが関係閣僚の真意だとすれば、彼らの知的レベルは相当に高いかもしれません。でも、普段政治家がそんな発言をするのは殆ど聞いたことがないので、疑いたくなってしまうのです。


 同時に私は、こんな話を聞くとしらーっとしてしまうのです。何故かと言えば、デフレ脱却の問題は、もう10年以上も政府や日銀が何とか克服することができないかと必死で頑張ってきたけれでも、どうにも芳しい結果が得られていないという経緯があるからです。民主党政権になってからも、菅さんが戦略担当大臣や財務大臣などの立場でデフレ脱却を声高に叫び、そしてあの勝間女史が菅さんに向かって、日銀総裁に談判に行きましょう、とまで言ったものの、どうにもならないまま過ぎている問題であるからです。

 そういうことをよく知っている人からすれば、今更関係閣僚が集まって話をしたところで、どんな効果が期待できるの?と思う以外ないのです。

 まあそれでも日銀バッシングに熱心な方は、とにかくお札を刷ってばら撒けばいいのだと主張する訳で、そのような趣旨のことを主張する政党や政治家もいるのです。ですから、それが合理的かどうかは別として、デフレ脱却のためにもっともっと国債を日銀が引き受けるようなことをすべきだ、というような意見が出たというのであれば、賛成はできないものの一応理解はできるのです。

 しかし、出てきた答えは、日本経済の構造問題を是正することが重要なのだ、と。

 この結論を支持する国民はどれほどいるのでしょう?

 多くの人は、なんのこっちゃいな、と。恐らくその会議に出席した閣僚の面々でも、本当にそうだと思っている人が何人いることか?

 だって、そうでしょう? 構造問題の是正に成功したとして、それでどうして物価の下落傾向に歯止めがかかるのか、と。

 ところで、その会議には日銀の白川総裁もオブザーバーとして参加したと言われていますが、この白川総裁のデフレ脱却に関する長年の主張というのも、一般の人にとっては大変わかりにくいものであるのです。

 皆さんは、白川総裁が、デフレ脱却のためには何が必要だと言っているかご存知でしょうか?

 お札をどんどん刷ること?

 もちろん、彼がそんなことを言うはずはないですよね。もし、彼がそんなことを言っていれば、彼はリフレ派のアイドルになっているでしょう。

 白川総裁が言うのは、デフレ脱却のためには日本経済の生産性を上げることが必要だ、と。

 この意味お分かりになりますか?

 多くの人は、ここではたと考え込んでしまうのです。生産性を上げるということは、少ない人手で
より多くのモノやサービスを提供することができるようになるということで、その結果、物価は下がるのではないか、と。そして、そうなれば、益々デフレにのめり込んでしまうのではないか、と。

 我々は、経済の発展とともに、さまざまな製品の価格が下がる現象を見てきている訳なのです。
例えば、スーツ。昔は、スーツ1着を買うのに、どれだけの大金を支払ったか。腕時計もそうです。
カラーテレビもそうです。

 しかし、今や新社会人が生活に必要なものを買いそろえるにしても、大変に安くて済むのです。何と有難いことか!

 ということで、生産性が上がるのはいいことだというのは分かるものの、それでは物価が下がり続けるだけではないのか、と。しかし、白川総裁は生産性を上げるべきだと言い続けているのです。そして、そのことについて新聞社やテレビ局が文句を言ったこともなければ、解説を試みたこともない。

 従って、一般の人は白川総裁の真意は分からないまま。白川総裁も、その意味するところを国民に向かって分かりやすく説明することをしない。

 私、思うのですが、内容の適否はともかくとして、アメリカのバーナンキ議長は大変に分かりやすい話をすることに意を注ぐ訳ですが、日銀総裁の場合にはどうもそういう姿勢が薄い。というか、はなから分かってもらおうという努力をしない。

 何故、そんなことになっているのでしょうか?

 その原因の一つは、余りにも政治家の言い分に不合理なものが含まれ、下手に政治家に説明しようとしても、言い訳をしているだけだと勘違いされるので、必要以上のことは言わないようにしているように思われるのです。

 しかし、敢て言いたい!

 白川総裁! 貴方は、自分が考えていることを国民に分かり易く説明する義務がある。

 何故、分かり易く説明しないのか? それでは、幾ら貴方の考えていることが正しいとしても、貴方は自分の責務を果たしたことにはならない、と。

 では、白川総裁は何を言いたいのか?

 ここで、私がその答えを示すことはしませんが、ヒントを与えるとすれば、それはデフレに関する定義が人によって区々であるいうことなのです。
 
 政府自身も、デフレ脱却を重要視するのであれば、先ずデフレの定義をはっきりさせることが必要なのではないでしょうか。そうでなければ、ちゃんとした議論などできる筈はないのですから。

 白川総裁の意見の弱みは、幾ら生産性の低い国であっても、デフレに陥っていない国が大勢あるということです。そして、インフレターゲット論者の弱みは、幾らインフレにしても、経済が活性化するという保証はないということです。むしろ、インフレになることによって益々労働者の生活が苦しくなる恐れもあるのです。

以上
http://www.gci-klug.jp/ogasawara/2012/04/14/015523.php


2010年12月20日
白川日銀総裁、「成長率低下がデフレの原因」見解は正しい?
JMM [Japan Mail Media]  2010年12月20日  http://ryumurakami.jmm.co.jp/
村上龍、金融経済の専門家たちに聞く

 日銀の白川総裁は先週末に日本経済新聞のインタビューで、我が国のデフレ長期化
の原因について「過去十数年の趨勢的な成長率の低下にある」と指摘し、「成長力が
底上げされて初めて物価のマイナスが消える」という考えを表明したようです。白川
総裁の見解は正しいのでしょうか。

    □真壁昭夫  :信州大学経済学部教授
    □菊地正俊  :メリルリンチ日本証券 ストラテジスト
    □中島精也  :伊藤忠商事金融部門チーフエコノミスト
    □北野一   :JPモルガン証券日本株ストラテジスト
    □杉岡秋美  :生命保険関連会社勤務
    □山崎元   :経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員
□中空麻奈  :BNPパリバ証券クレジット調査部長
    □金井伸郎  :外資系運用会社 企画・営業部門勤務
    □津田栄   :経済評論家
    □土居丈朗  :慶應義塾大学経済学部教授
=====================================
※JMMで掲載された全ての意見・回答は各氏個人の意見であり、各氏所属の団体・
組織の意見・方針ではありません。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 ■ 真壁昭夫  :信州大学経済学部教授

 わが国のデフレ長期化に関する、白川・日銀総裁の見解に基本的に賛成します。経
済は、需要と供給がバランスよく均衡して初めて、円滑な成長過程を歩むことができ
るはずです。90年代初頭に、資産バブルが崩壊して以降、そのバランスが崩れてい
ることがデフレを長期化させた主な原因だと思います。

 まず、90年代以降、わが国がデフレに落ち込んだ理由について考えます。最も大
きな要因は、1980年代後半のバブル期に行われた企業の設備投資に、顕著な競争
力がなかったことが考えられます。バブル期、景気は堅調に推移しますから、そのト
レンドが続くことを前提にして設備投資を行うことになります。ところが、バブルが
崩壊すると、景気は大きく落ち込みますから、需要が減少することになります。その
結果、供給が需要を大きく上回る現象が起きることになります。

 供給が需要を上回る分をデフレギャップと呼びます。デフレギャップが拡大すると、
モノやサービスを売りたいという人が、買いたいという人を上回ることになりますか
ら、どうしても物価水準には下押し圧力がかかります。一旦、物価水準が下落傾向を
示し始めると、「待っていれば価格が下がる」という期待が形成されることもあり、
人々の購買意欲が減退して、物価水準の下落圧力が加速されることも考えられます。

 本来、経済学では、物価水準が下落すると、給与の実質価値が上昇して消費が促進
されるはずなのですが、多くの人々は実質的な価値ではなく、名目ベースで給与や消
費活動を考えることが多いですから、短期的には、なかなかそうした行動様式を取り
にくくなります。

 また、89年の秋にベルリンの壁が崩れて、旧共産圏諸国が世界経済の枠組みに入
ってきた=グローバリゼーションの加速によって、世界全体の生産能力が拡大したこ
とも見逃せないと思います。生産能力が拡大することによって供給力も増加します。
需要がそのペースで拡大すればよいのですが、通常、給与水準の上昇などのパスを通
って、生産能力の拡大が需要を増加させるまでにはタイムラグが発生すると考えられ
ます。その結果、この時期には、世界的に、デフレ圧力が顕在化したと思います。

 わが国の供給能力が余っているのであれば、本来、生産物を海外に輸出すればよい
のですが、80年代後半に行った設備投資に競争力が十分でなかったため、過剰供給
能力をすべて輸出に振り向けることが難しかったのです。それに加えて、当時、中国
等の新興国が強力な競争力を背景にして、わが国企業のライバルに育っていったこと
も、わが国にとって大きな痛手になったと考えられます。

 さらに、わが国の場合、グローバリゼーションの進展によって給与水準に下方圧力
がかかる、いわゆる賃金デフレが顕在化したことも、デフレを加速させた要因の一つ
といえます。人々の給与水準が上昇しないわけですから、なかなかモノを買おうとい
うことにはなりにくかったはずです。

 そうした状況下、日銀がいくら潤沢な流動性を注入しても、デフレ圧力に歯止めを
掛けることは難しいと考えます。大きなデフレギャップが存在するわけですから、実
体経済の面から見て、物価水準を下げ止めることは至難の業といえます。

 また、「デフレやインフレは貨幣的な経済現象だから、中央銀行が十分な流動性を
注入すれば、デフレは解消できるはず」との見解があります。確かに経済学の定義か
ら言えば、インフレやデフレは貨幣の現象であることは間違いありません。しかし、
90年代以降のわが国の様に、大規模なバランスシート調整を行い、その間、多額の
不良債権の処理に苦しめられると、人々の心理を改善することがかなり難しいと思い
ます。

 特に、政治が構造改革を行うことをためらい、年金、介護、医療などの問題を放置
していると、どうしても人々の心理が成長に向かいにくくなります。人口が減少し、
少子高齢化が加速する現在、人々が、なかなか前向きな発想ができないのは当然とい
えるかもしれません。いくら日銀が奮闘して多額の流動性を供給しても、人々が、そ
のお金を使う気にならなければ、通貨の流通速度は低下します。それでは、本格的な
デフレ脱却は難しいと思います。

                       信州大学経済学部教授:真壁昭夫

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 ■ 菊地正俊  :メリルリンチ日本証券 ストラテジスト

 12月11日の日経に掲載された白川日銀総裁のインタビューは、従来からの日銀
理論を繰り返したものであり、新鮮味はありませんでした。デフレの主因が、不十分
な金融政策にあるのではなく、需要不足に基づくものだという言い分は、歴代の日銀
総裁によって繰り返されてきた考え方です。白川総裁は以前も、「デフレの背後にあ
る根本的原因には、成功期待の低下がある。日本経済の実質成長率や生産性を引き上
げていくことが重要な課題だ」と述べられていました。バブル崩壊期に日銀総裁を務
めて、「平成の鬼平」と呼ばれた三重野康元総裁も、「長期停滞は金融政策と関係な
い。経済が変わり目にきた際に適応できなかったことが大きい。経済が成熟期を迎え、
グローバル化や情報技術の進歩で世界もがらっと変わった。いずれも対応が遅かっ
た」と述べられていました。

 一方、海外には、インフレやデフレは貨幣的な現象であるとのマネタリスト的な考
え方を持つ人が多くいます。米国のバーナンキFRB議長が民間時代に、日銀はトマ
トケチャップでも買うべきだと発言した有名な逸話があります。バーナンキ議長は、
米国経済が日本同様のデフレに陥るのを防ぐために、大規模な国債購入(いわゆるQ
E2)を決めました。マネタリストの大御所だったミルトン・フリードマンは「イン
フレはいつでもどこでも貨幣的現象だ」と述べました。人口減少がデフレの主因なら
ば、日本以上に少子高齢化が酷いロシアや韓国は日本以上のデフレになってもおかし
くありませんが、両国ともインフレ気味です。

 白川総裁は今回の日経インタビューで、「フロントランナーだと自負している」と
述べられましたが、市場では日銀の金融政策はtoo small&too lateと見なされるこ
とが少なくありません。リーマン・ショック以前に比べて、FRBの総資産の米国の
名目GDP比が大きく膨らんだのに対して、日銀の総資産の日本の名目GDP比はあ
まり増えませんでした。日銀資産の名目GDP比が、米国より高いのは事実ですが、
最近の為替は中央銀行の資産の名目GDP比の変化に反応していました。量的金融緩
和の程度の指標としてみられる日銀の当座預金残高は、2004〜5年時には35兆
円程度でしたが、2010年に半分程度に減りました。海外には日米のマネタリーベ
ースの伸び率の差で、円ドルレートを説明するソロス・チャートの信奉者が多く、円
高は日銀の資金供給が十分でなく、円がドルに対して不足しているから起きたと考え
た投資家が多くいます。

 白川総裁は、インフレ目標を採用しない理由として、「インフレ目標の良い面を取
り入れ、中長期的な物価安定の理解としての目安の数字を示している」と述べられま
した。日銀は理解という難解な言葉を使い、ターゲットでないことを強調しているよ
うに聞こえます。日銀は、物価が上昇してくるまでゼロ金利を維持すると言っている
だけであり、デフレ脱却の目標達成の期限が設定されていないという欠点があります。
政界では、日銀法を改正して、日銀に抜本的なデフレ対策を求めるべきとの意見が出
ています。2010年3月に、民主党デフレ脱却議連が150名弱の国会議員が参加
して誕生し、7月に「デフレ脱却・経済成長プログラム」を提言しました。「政府は
毎年、年末の予算編成にあわせて、次年度の物価上昇目標(消費者物価変化率2〜3
%)を決定・公表し、日銀に目標の上下1%以内に維持する目標を課す」という内容
でした。

 現在の日銀法における日銀の目標は「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健
全な発展に資すること」とされていますが、FRB同様に「雇用の最大化(失業の最
小化)」も目標にいれるべきとの意見もあります。日銀法が改正された1998年よ
り以前はコアコアCPI(生鮮食品とエネルギーを除く消費者物価変化率)はプラス
傾向でしたが、日銀の独立性が強化された1998年以降、コアコアCPIは安定的
に0%を下回るようになりました。白川総裁が就任された2008年以降は、消費者
物価変化率のマイナス幅が拡大しています。日銀の金融政策は、実質的なデフレター
ゲットを行っているかのように見えます。しかし、菅内閣の支持率低下で政治混乱に
拍車がかかりそうな2011年は、日銀法改正が成立する可能性は低そうです。

               メリルリンチ日本証券 ストラテジスト:菊地正俊

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 ■ 中島精也 :伊藤忠商事金融部門チーフエコノミスト

 白川総裁の見解は正しいと思います。「デフレの根本的な要因は需要の低迷。経済
の力が底上げされて、需給ギャップが改善して初めて物価が上がる。将来の成長力は
労働人口と労働生産性の伸びで決まる。労働参加率を上げる、生産性の伸びについて
は企業の新たな市場創造などで一段の向上を目指す。成長期待が高まらなければデフ
レも是正されない。」 この通りでしょう。

 需給ギャップ(GDPギャップ)は過去長期にわたりほぼマイナスが続いてきまし
た。リーマンショック後にはマイナス8.3%まで悪化し、直近の10年7〜9月期
でもまだマイナス3.5%、15兆円ほどのギャップがあります。これだけ雇用や設
備が過剰であれば、賃金が抑制されて消費は低迷するし、設備投資が低調になるのも
止むを得ません。結果的に需給ギャップがなかなか解消しないというデフレのループ
から抜け出せないことになってしまいます。

 ここまでデフレの罠に陥ってしまった日本経済ですが、それではそのデフレの根本
原因である需要、特に内需の低迷をもたらしたものはなにか。もちろん、バブル崩壊
後の深刻なバランスシート不況が元凶であったことは申すまでもありません。しかし、
それを克服してもなお今日までデフレが継続しているわけです。私はその最大の理由
はグローバル化の進展にあると見ています。ポスト冷戦で東西の壁が壊れ、東の安価
な労働力が市場に大量に供給され始めたことに発端があると見ています。

 世界の労働市場の需給が突然、供給過剰となったわけですから、企業にとり、グロ
ーバル競争への対応としては1つは価格競争力を維持するために、手っ取り早く海外
に工場進出して安価な現地の労働力を使用することです。しかし、これは国内設備投
資の減少と、国内雇用の減少すなわち消費の減少を招きます。もし、海外進出を選択
せず、国内に残留するならば、製品価格を引き下げるために、日本人従業員の賃金を
はじめ、徹底的なリストラでコスト削減に注力することになります。これは価格下落
と同時に消費の減退を招きます。

 第2は質の競争力を高めるために、R&Dに注力して、高品質かつ価格支配力のあ
る製品を作り出すこと。この場合は、国内設備投資は増加しますし、国内雇用も維持
され、消費も増加します。しかし、この品質競争は各国ともしのぎを削る分野ですの
で、政府のバックアップも不可欠ですが、硬直した予算編成の結果、望ましい資源配
分にはなっていないように思われます。

 日本企業は競争力維持のため、上記の対策に取り込んでいますが、どちらかという
と、価格競争維持により大きなウエイトが置かれてきたという印象です。その結果、
内需が恒常的に低迷するという図式がビルトインされてしまい、デフレの長期化をも
たらしていると考えています。しかし、途上国との絶対的な賃金格差がある以上、価
格競争力の維持だけで対処しようとすれば、極論すれば途上国との賃金格差がなくな
るまで、デフレが続くということになりかねません。

 やはり、日本は途上国との賃金格差は所与と受け止めて、できる限り質の競争で勝
ち抜いていくしかないし、同時にそれがデフレ脱却の道になると思います。そのため
には政府サイドもFTA、税制、規制面でのブレイクスルーが必要だし、予算も重点
的に人と技術、成長分野に配分するなどのメリハリが必要でしょう。これにより官民
一体となって成長を押し上げることで、デフレ脱却が実現することになるでしょう。
成長期待がないのにマネーだけで出しても、実物に行かないで投機に使われるだけで
す。先ずは成長期待を高める施策を実行することが先決でしょう。

               伊藤忠商事金融部門チーフエコノミスト:中島精也

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 ■ 北野一   :JPモルガン証券日本株ストラテジスト

 白川総裁の考えは、半分正しいと思います。デフレ長期化の原因は、(1)白川総
裁が指摘している「過去十数年の趨勢的な成長率の低下」に加えて、(2)低下した
成長率(≒低い自然利子率)に見合うように金利を下げることができなかったからだ
と考えております。従って、デフレを克服するためには、白川総裁が指摘している
「成長率の底上げ」に加えて、金利を下げる努力も必要になると思います。白川総裁
は、(1)と(2)のうち、(1)だけを指摘しているので、半分だけ正しいという
評価になります。

 さて、私は「金利を下げる」という時の「金利」という言葉を、かなり広い意味で
使っております。日本銀行が操作できるコールレートのような短期金利に加えて、株
主から要求されるリターンも金利に含めて考えております。グローバル化した現在の
金融市場においては、後者の株式に対する要求リターンのような「金利」は、一国の
金融市場の都合では決まらなくなっております。そのことへの理解が、依然として乏
しいと思います。

 例えば、最近出版された「バリュー株投資は「勝者のゲーム」!」(井手正介、日
本経済新聞出版社)は、株式投資に興味のある方に推薦したい良書だと思いますが、
次のようなさりげない記述は気になります。株式資本コストの計算に関するところで
す。「多くの専門家は、リスクフリー金利として長期国債の平均利回り(日本1.5
%、アメリカ6%)を、リスク・プレミアムとして日本4.0%、アメリカ6.0%
といった数値を用いている」。

 アメリカの長期金利6%というのも、やや古い話だと思いますが、それは良いとし
て、問題は、このリスク・プレミアムです。仮に、この日本4.0%、アメリカ6.
0%の通りなら、その逆数であるPERの日米比率(アメリカ÷日本)は、6%÷4
%=1.5にならねばなりません。しかし、過去10数年、日本が大赤字になった時
を除いてこんな数字(1.5)になったことはありません。例えば、今現在は、日本
とアメリカのPERはほぼ同じ値なので、日米比率は1です。

 要するに、株式市場では、日本もアメリカも同じ「金利」を要求されていることに
なるのです。本来は、日本とアメリカの国情の違いを反映して、アメリカは日本より
も1.5倍の金利を要求されても不思議ではないというのが教科書的見解です。こう
した現実と教科書の違いが、冒頭で申し上げた(2)低い自然利子率に見合うように
金利を下げることができなかったということの背景にあります。金融市場のグローバ
ル化、言い換えると欧米化が、デフレの一因であると言えます。

 ところで、白川総裁が指摘する(1)の背景も、実は欧米化であるといえます。
「将来の成長力は、労働人口と労働生産性の伸びで決まる」と白川総裁も言っており
ますが、このいずれもが欧米化によって鈍ったと言えます。まず、労働人口ですが、
より正確には労働投入量と考えるべきでしょう。労働投入量は、労働人口×労働時間
です。1990年代の日本において、大きく減少したのは、後者の労働時間です。週
休二日への移行もあって、労働時間は10%以上も減少しました。いくら人口減少社
会でも、日本の労働人口はこれほど激しくは減っておりません。では、なぜ、週休二
日に移行したのかといえば、週休二日を楽しんでいる欧米人を羨ましく思ったからで
しょう。

 次に労働生産性ですが、これは付加価値額÷労働者数です。分子の付加価値額には、
利益に加えて賃金等のコストが含まれます。バブルの崩壊への反省から株主への分配
を重視するようになった日本企業は、株主への分配(収益)を増やすために、安易に
賃金などのコストを削減しました。当時は、「ROE革命」(渡辺茂、東洋経済新報
社)に代表される「ROE本」が流行りました。その結果、確かに収益は増えました
が、賃金が減ったので、結局、付加価値額は増えることなく、むしろ少し減りました。
要するに、生産性が改善しなかったということです。株主を重視する姿勢は悪くはあ
りませんが、他のステークホルダーの犠牲のもとに株主に応えたのであれば、行き過
ぎた欧米化であったと言えるでしょう。

 ここで、もう一度、議論を整理しましょう。デフレの原因は、(1)趨勢的な成長
率の低下(自然利子率の低下)に見合うように、(2)金利を下げることができなか
ったこと。(1)、(2)ともに欧米化が、その背景にある。(1)に関しては、労
働時間の減少と賃金の減少が、週休二日、株主重視という欧米化によってもたらされ
た。(2)は、株主重視→要求リターンの欧米化→外国人株主増加→要求リターンの
欧米化によってもたらされた。

 従って、デフレから抜けだすためには、この全てを逆転させねばなりません。それ
は、起こりつつあると思います。その表れが、「賃金本」の流行です。「賃金本」と
は、私が勝手につけた名前ですが、デフレ脱却に向けて賃金の引き上げが重要である
ことを説く本の総称です。具体的には、「デフレの正体」(藻谷浩介、角川ONEテー
マ)、「デフレ反転の成長戦略」(山田久、東洋経済新報社)、「人口減少時代の大
都市経済」(松谷明彦、東洋経済新報社)です。これらは、従来のリフレ派(デフレ
は日銀のせいだと主張する方々)の主張と一線を画しております。

 こうした「賃金本」は、バブル崩壊の反省として出てきた「ROE本」の対極にあ
る現象でしょう。バブル崩壊の反省として「ROE本」が流行、欧米化に傾斜しすぎ
てデフレになって、今度はその反省として「賃金本」が流行っているのです。何事も
中庸が重要なのでしょうが、中庸を実現するのは難しくは、我々は極端から極端に揺
れ動きます。

 かつて、ケインズは、「経済学者と政治哲学者の思想は、それが正しい時でも間違
っている時でも、一般に考えられているよりはるかに強い影響力をもっている。自分
はどんな知的制約とも無関係だと考える実際的な人間も、知らないうちに何かいかれ
た経済学の奴隷になっているほうが普通だ」と言いましたが、確かに、こうした「思
想」が、バブルやデフレを生み出しているのかもしれません。ビジネス本の流行りす
たりにも、「思想」の変遷をみることができるように思います。

                 JPモルガン証券日本株ストラテジスト:北野一

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 ■ 杉岡秋美  :生命保険関連会社勤務

 デフレを阻止するためには金融を緩和しつつ、需要を喚起しなければなりませんが、
即効性を期待されるケインズ財政政策が封じられている状況では、長期の潜在成長率
を上げる政策を政府に期待することになります。この枠組み自体は、長期の均衡状態
を前提として政策判断をする実務の上からは常識的なもので、間違っているとは言え
ませんが、ともすると、現状が設備や労働力が完全に使われていない、非完全雇用の
状態にあることが忘れられてしまいます。

 白川総裁は、「成長力が底上げされて初めて物価のマイナスが消える」とコメント
し、官民上げての潜在成長力の回復を急ぐ必要性を強調したと伝えられるので、日本
銀行は政府による潜在性成長力向上策の方に議論を誘導したいのかなという印象をも
ちました。これを、デフレ脱却のためには潜在成長率の底上げ以外に途はないという
意味だとしたら、それはトンチンカンなのかなと思います。

 潜在成長力を高めるために、少子化に歯どめをかけ、科学技術の振興を行いなどと
議論をして実行していたら成果が出るまで最短で20年はかかるでしょう。それはそ
れで大切でしょうが、デフレの現実下での政策ニーズとしては悠長すぎます。現在は、
失業が存在する状態なので、潜在成長率の構成要素のうち、人口は制約条件になって
いないはずですし、ものづくり技術は世界最先端を自負する日本が、技術面での制約
が大きいわけではないでしょう。

 人口だとか技術革新よりは、もう少し直接的で短期的な政策、たとえば、内需が足
りなければ外需をひっぱってきたりだとか、もっと、直接的に需要不足を解決するた
めの(日本銀行以外の)官民の努力を促したということでしょう。

 日本銀行は10月に、世界中の金利緩和競争に追従するような恰好で包括的緩和策
を打ち出し、従来の保守的な政策と比べればずいぶんとマネタリスト的貨幣膨張策に
踏み込みました。その文脈で、このコメントを眺めると白川総裁は、「日銀はここま
でやっているのだから、あとは実際の需要がでて来るのを待つしかないが、そこから
先は政府の役割でしょう。」と言いたのだという印象を受けます。これだけ金融緩和
に踏み込んだのだから、あとは金融セクター外の問題だということです。

 もっとも白川総裁は、もう金融政策の出番がないといっているわけではなく、米国
経済については厳しい認識をしめしていますので、さらにデフレが進むようであれば、
包括的金融緩和をさらに進め、リスク性の資産の購入をさらに進める可能性があるこ
とを否定したわけではありません。

 まことに官僚的な意味で優等生で、外から見ていると、「遅すぎて小さすぎ」の批
判に共感をおぼえます。もう少し踏み込んで欲しいという気もしますが、日本の風土
からすると無い物ねだりでしょう。

                       生命保険関連会社勤務:杉岡秋美

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 ■ 山崎元   :経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員

 個人的な話で恐縮ですが、白川日銀総裁は、私が大学時代に所属していたゼミナー
ルの数年先輩です。日銀総裁になられたことはたかだか世俗の人事の綾なので、どう
でもいいことですが、「優秀な」白川先輩は、なにかとうるさいゼミの後輩たちから
も一目置かれています。ゼミナールの指導教官は、かつて東大からエール大学に転職
された、浜田宏一現エール大学教授です。不肖の弟子の記憶を辿ると、デフレ・イン
フレの問題に関して、浜田先生は「不換紙幣は人工的に作られた制度なのだから、通
貨の価値を変えられないはずがない」と仰っていました。

 編集長ご指摘の「日本経済新聞」に載った白川総裁へのインタビューには、賛同で
きる箇所が多々あるように思います。今や、デフレ脱却のための日銀の政策が財政の
領域に踏み込んでおり、金融緩和を有効なものにするためには、広義の財政政策が必
要だ、という指摘などは、まさにその通りと言いたいポイントです。ただ、総裁の発
言には、不出来な後輩から見て、一カ所だけ不完全な点があるように思います。幸い、
職業上の立場として、私は日銀に気を遣う必要がありません。不完全な点を率直に指
摘しましょう。

 白川総裁は、デフレの原因について、「根本的な原因は需要の低迷だが、大きな背
景は国民が成長期待を持てないことだ。そうした中では消費が増えず、投資も伸びな
い」と仰っています。「デフレギャップがあると物価は上昇しない」という意味で、
この言明は間違ってはいません。

 しかし、「需要の低迷」、特にマネーサプライの拡大に関係の深い借り入れ需要の
低迷の原因は、労働力人口と労働生産性といった成長期待だけの問題ではありません。
他ならぬ、デフレが解消すること、より正確にはデフレ期待がマイルドなインフレ期
待に変化することがあれば、「需要」にポジティブな影響があるはずなのです。

 では、現時点で需要が低迷する中で、インフレ期待を作ることができるでしょうか。
この問いへの答えは、浜田先生が仰るように、「所詮、不換紙幣なのだから、でき
る」ということではないでしょうか。

 確かに、銀行が保有する国債を買うようなオーソドックスな公開市場操作で「お金
を刷る」だけでは、市中銀行の日銀当座預金に「ブタ積み」が積み上がるだけで、有
効な金融緩和にはならないでしょう。白川総裁の仰るとおり、「財政政策の領域に近
づく」ことが必要です。

 それなら、財政政策を絡めた金融緩和をもっと積極的に行えばいいのではないでし
ょうか。最も直接的な政策を採るなら、国会で認められた減税あるいは給付金のため
の資金調達の国債を日銀が引き受けるなら、国民にインフレ期待を醸成することは可
能でしょう。そして、日銀が政策金利を抑えた状態でインフレ期待が支配的になれば、
投資需要、消費需要が喚起されることは、そう難しくなく想像可能です。

 思うに、経済環境の変化に適合するためには、財政収支が硬直的であってはならな
いのでしょう。金融危機後で需要が低迷してほぼゼロ金利の下で「流動性の罠」的状
況にある現在なら財政赤字は拡大されなければならないし、インフレ率が限度を超え
て上昇した場合には、財政収支を速やかに黒字方向に向ける必要があるのではないで
しょうか。こうしたドラスティックな財政運営は、財務省の得意とするところではな
いはずですが、例外的な状況にあっては、財政政策が金融政策をサポートせずには、
適切な「環境整備」ができません。

 察するに、「包括緩和」政策をもって既に財政政策の領域に踏み込んだ白川総裁は、
上記の事情を全て了解しておられる。たぶん、そうにちがいありません。そうでなけ
れば、包括緩和など持ち出すはずがありません。包括緩和が有効だと信じるなら、よ
り積極的な財政政策のサポートによるデフレ脱却を目指していいのではないでしょう
か。現状の問題はインフレではなくデフレなのです。

 そうであるなら、今声を上げるべきは、「成長期待が無いと、デフレは脱却できな
い」という話ではなく、「財政政策に柔軟性が無いと、デフレ脱却が遅れ、そのこと
が、日本の成長を阻害する」と言って、頭の固い財務省の人々に経済学を教ることで
はないでしょうか。

 失礼ながら、人事的に、白川先輩は日銀の総裁ではなく副総裁となる筈の方でした。
しかし、民主党の国会運営によって半ば押し出されるように総裁に就任されたことは、
まだ国民の記憶に新しいところです。そして、白川先輩は、ポストに固執されるお人
柄のようにはお見受けしません。

 この際、政府側から政策協調を強要されるのではなく、日銀側から政府にあるべき
政策を説くのがいいのではないでしょうか。それでお立場がまずくなるのなら、そん
なつまらない国はさっさと捨ててしまわれればいい。エール大の浜田先生を訪ねたな
ら、きっと白川先輩のお好きな研究に専念できる環境を整えて下さるのではないでし
ょうか。

 世のしがらみを前提とすると、不換紙幣は、人工物なのになかなか手強い相手では
ありますが、今こそ「不換紙幣の価値はコントロールできるものなのだ」ということ
を天下に示すべき時なのではないでしょうか。白川先輩のご英断に期待しています。

              経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員:山崎元
                 ( http://blog.goo.ne.jp/yamazaki_hajime/ )

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 ■ 中空麻奈 :BNPパリバ証券クレジット調査部長

 白川総裁の見解は正しいと思います。もっとも、それは特異な意見というより、そ
れしか答えようがないという常識的な回答であるとは思います。

 デフレというのが、モノやサービスの値段が連続して減少すること、だとすると、
我々の生活は日々楽になっています。明日買うほうが値段の安いものが多いので、今
日の消費を取りやめて、明日消費しようと考えるからです。しかし、これでは景況感
はよくならない。しかも、モノやサービスの値段が連続して減少することがわかって
いれば、企業業績は必ずや悪化するため、モノやサービスの値段が下がっても利益が
出るように限界的にコストを下げていかねばならないのです。日本企業はこのところ、
ずっと、何かに取り憑かれたように"リストラ"をしています。コスト削減もあとどこ
からするんだろう?というくらいに徹底したリストラをしているので、従業員の給料
は下がっていかざるを得なくなります。給料が下がることが織り込まれた消費行動は
当然どんどん控えられることになるため、景況感は悪くなる、というわけです。

 いわゆるデフレによるダウンサイド・スパイラルが生じてしまうことになるわけで
すが、これを単純に言ってしまえば、不景気に陥ること、になります。こうした日本
の状況が長く続いているわけですが、ということは景況感がいい悪いと言えど、結局、
デフレによるダウンサイド・スパイラルの呪縛から逃れられていないということが構
造的に続いているということを示すということになります。

 長らく不況や不景気が続いているのは、消費が奮わないこと、お金が使われないこ
と、に依拠していくわけですが、これは、不動産のような財産も含めて、モノやサー
ビスの値段が今日より明日、上がると思えない起こる現象です。そうです。結局物価
のマイナスを止めるには、消費行動が活発にならなければならないのですが、その消
費行動が活発になるには、景況感がよくならないとだめなわけです。

 我々の日本経済は、人口構成からいって、衰退の一途をたどるしかありません。そ
れでは、こうしたデフレが継続すれば、長期的なダウンサイド・スパイラルから逃れ
られないことになります。そこに歯止めをかけようとすれば、一人あたりの収入や所
得をあげていくしかありません。そうでなければ消費行動を伴った成長などできない
からです。結局、成長力の底上げが必要になります。成長力が底上げされない限りは、
日本のデフレによるダウンサイド・スパイラルは継続してしまうことになるのです。

 白川総裁の見解は、デフレを止めるには→消費行動が活発化しなければならないが、
→消費行動が活発になるためには、先進国で人口構成が歪になっていく日本において
は、一人あたり収入や所得を上げる必要がある→それは、成長力が底上げされること
が必要である、と分解されます。逆から見れば、成長力が底上げされれば→一人あた
り収入や所得があがるので→消費行動が活発になりやすく→デフレに歯止めがかかる、
ことになります。

 ところで、世の中のデフレ現象はまったくとどまるところを知らない感じがします。
昨日、ファッションモールのようなところで、ぶらぶらしていたのですが、ほとんど
のものが値下がりしていました。冬物製品は洋服からお鍋に至るまで30%から40
%値下がりしていましたし、クリスマスの装飾品などはまだクリスマスが終わったわ
けでもないのに、すべて半額、となっていました。とはいえ、このすべて半額になっ
ている商品をつい買ってしまうのも事実で、その点だけ取れば、消費者の財布のひも
は必ずしも固くはありません。企業側にとっては、より早く値下げしたほうが、手っ
取り早い現金回収になることも実感できます。デフレ現象は、こうした点だけに注目
すれば、幸せな現象であるがゆえ、なかなか、脱却できないことにつながっていると
思います。そのため、クリスマスのデコレーションを半額だからという理由で、いろ
いろ物色しながら、デフレ現象が来年もきっと続いているであろうことを実感した次
第です。

成長力の底上げは簡単なことではありません。第三の分野は、どれだけしっかりした
成長を遂げたとしても、全体の成長力を底上げするほどの市場規模はないと考えられ
ます。白川総裁の見解は、誰も驚かない常識的見解です。しかし、"だから誰も手が
打てないのですよ"というお手上げ状態を訴えただけに見えてしまうのは、あまりに
もうがった見方でしょうか。

                 BNPパリバ証券クレジット調査部長:中空麻奈

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 ■ 金井伸郎  :外資系運用会社 企画・営業部門勤務

 現在のデフレの背景には複数の要因が併存していると考えられます。白川総裁の指
摘と見解は、その一つとして「正しい」解釈ではありますが、唯一の正解というわけ
ではありません。むしろ、中央銀行の総裁としての立場では、その見解が示唆する金
融政策のポジショニングに対して、是非が評価されることになります。

 従来の考え方では、実際の成長率が潜在成長率を下回る状況、すなわちGDP
ギャップあるいは需給ギャップの存在がデフレの要因とされ、需給ギャップを埋める
財政政策による需要創出や金融緩和策などの短期的な政策が必要かつ有効と見られて
きました。今回のリーマンショックによる国際金融危機の影響で世界経済が減速し、
日本経済にとっては急速な外需の落ち込みに直面するなかでは一時的な経済対策が実
施されたことは適切であり、日銀にも金融緩和が求められたことは当然と言えます。

 09年半ば以降は世界経済は曲がりなりにも回復基調にありますが、先進国経済は
回復期としては異例な低成長にとどまる一方、新興国が高成長を持続するという、
「追い越し車線」と「走行車線」が並行するハイウェイのように2つの速度帯が共存
する状況となっています。そのなかで、白川総裁が指摘される「趨勢的な成長率=潜
在成長率の低下」が存在するのであれば、需給ギャップは従来想定されたほど大きく
なく、一時的な需要創出策の必要性も有効性も低下することになります。白川総裁の
見解を、一段の金融緩和要求に対する牽制と解釈しますと、当然、金融緩和促進論者
からの反発はあるでしょう。

 一方で、日銀に対して有効なデフレ対策を求める声は強く、その程度の反論でかわ
せるほど状況が甘くないことは、当然ながら、日銀としても認識されており、成長分
野への資金供給の強化を目指した「成長基盤強化支援の資金供給」などへの取り組み
も日銀としての回答の一つでしょう。白川総裁の「成長力が底上げされて初めて物価
のマイナスが消える」との見解は、そうした取り組みの正当化するものでしょう。

 また、長期国債や社債、不動産投資信託など計5兆円分を買い入れるなどの中央銀
行による積極的な資産購入にも踏み切っていますが、こうした動きは米国連銀や欧州
中央銀行などでも見られます。政府債務残高の拡大は先進国に共通する問題ですが、
こうした財政の制約が、中央銀行の金融政策を財政政策の領域まで拡大させている背
景となっています。

 日銀も、成長基盤強化支援の資金供給に当たっては、成長分野に資金を配分する金
融機関に資金供給する形を取ることで、金融政策の財政政策化=資金配分への直接関
与という批判を回避しようとしています。ただし、中央銀行の信用は究極的には政府
の裏付けによって成り立っているだけに、政府財政がひっ迫する中での中央銀行によ
るバランスシート拡大の危険性が高いことは認識されるべきでしょう。

                外資系運用会社 企画・営業部門勤務:金井伸郎

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 ■ 津田栄   :経済評論家

 白川総裁の見解は、基本的には正しいといえます。確かに、日本のデフレ長期化は、
「過去十数年の趨勢的な成長率の低下にある」に原因があるといえます。それは90
年に入ってのバブル崩壊が切っ掛けですが、そもそも80年代の低成長期において既
にデフレ要因を日本経済は抱えていたといえます。その大きなものは少子高齢化と人
口伸び率の低下です。それは、将来の成長率の低下を示唆していたといえます。

 そうした中にあって、80年代後半、円高を契機に大幅な金融緩和と景気刺激策を
行って、過大な設備投資により需要を上回る供給過剰な状態を生み出し、土地や株式
などの資産が実勢をはるかに超えた価格で取引されて、バブルを発生させたため、本
来ならば緩やかな成長率低下であったものが、バブルにより経済を実態以上に膨らま
せて成長率を高めてしまい、それが先食いした分バブル崩壊で一気にしぼみ、需要を
スパイラル的に縮小させる結果となりました。つまり、デフレを顕在化させたといえ
ましょう。

 しかし、こうした国内要因だけであれば、いずれその要因が落ち着いて、輸出によ
り経済は回復していたはずですが、もっと大きな世界的な流れが、日本のデフレを定
着させ長期化させていったといえます。それが東西冷戦の終結と経済のグローバル化、
そしてIT技術の進展でした。89年のベルリンの壁崩壊により東西対立が消える一方、
アメリカの押し進める経済のグローバル化が、貿易摩擦による日本たたきに加えて、
旧共産圏だけでなく、開発途上国まで巻き込んで、生産から消費まで、世界を一つの
市場に化していったといえます。それは、旧共産諸国や開発途上国などが安い労働力
を提供することになって、東西冷戦時の西側先進国間での日本の優位性を奪ってしま
い、供給過剰を解消するのに時間が掛かってしまったといえます。

 もちろん、日本は、バブル崩壊以降十数年バブル時に抱えた過剰な設備投資や債務、
そして雇用を調整し、解消しようと努力してきました。しかし、経済のグローバル化
で低賃金諸国からの低価格による世界的な供給過剰状況が続くことになれば、一国の
努力も逃げ水を追いかけるようになってしまい、いつまでも供給過剰から抜けだせな
くなってしまっているといえましょう。それは、企業が、世界的な競争力維持のため
に価格低下を目指して、賃金カットや正規雇用から非正規雇用へのシフトなどのリス
トラを行うことで企業収益確保に走ることになり、結果として個人の所得減少に伴う
消費の伸び悩みを生み、世界的な供給過剰の中で国内的な需要の低迷を構造的に作り
出しています。しかも、いよいよ少子高齢化、人口減少が本格化して構造的なデフレ
から抜け出せなくなっています。それが、長期的な需給ギャップにつながっていると
いえましょう。

 そう考えると、「経済の力が底上げされ、需給ギャップが改善して初めて物価が上
がる」というのも、その通りです。ただ、問題はこの経済の力を底上げする手段です。
白川総裁は「将来の成長力は労働人口と労働生産性の伸びで決まる」と言っています。
労働人口は、白川総裁も指摘しているように、今後減少幅は拡大していくことになり
ますから、このままで行くと成長力を底上げするというよりも低下させる要因といえ
ます。そこで、女性や高齢者を中心とした労働参加率を上げることが必要になります
が、既に女性の労働参加は少しずつ上昇しており、また少子高齢化も同時進行してい
ては、それも一時的な解決にすぎないのではないでしょうか。やはり、根本的には、
これ以上の少子化、人口減少を食い止めなければ、趨勢的には成長率低下の一要因は
解決しないのではないかと思います。

 もう一つの成長力の要因である労働生産性ですが、白川総裁は米国と遜色ないなが
ら、今後は、「企業の新たな市場創造などで一段の向上を目指す」べきだとし、「F
TA(自由貿易協定)などの展開や税制や規制のあり方」の「実体的な問題に取り組
まない限り、成長期待が高まらず、デフレも是正されない」と言っています。その通
りです。まさに、日本のデフレの隠れた根本的な要因の一つは、規制などの経済の構
造問題にあります。この規制緩和をも含めた構造改革なくして、そしてそれをもとに
FTAやTPPなどへの参加によって競争力を高めるような工夫がなければ、成長期
待が高まらず、需要も回復せず、構造的になっているデフレは一向に改善しないとい
うことになります。つまり、経済を含めた国のあり方を根本的に改めることが求めら
れており、それはもはや政府の仕事ともいえましょう。

 しかし、一方で、白川総裁の意見は、これまでの日銀の小出しで後出しの金融政策
の正当性を語っているようにもみえます。日銀が、もっと素早く大胆な対応をしてい
れば経済の様相は今と違っていたかもしれません。とはいっても、それはもう終わっ
たことで、日銀としては、この先にどうするかという問題がありますが、白川総裁の
発言からは、少し抑え気味に見え、もっと一歩踏み込むことが必要ではないかと感じ
ます。そういった点で、包括緩和政策としてETF(上場投資信託)などのリスク資
産を買って金利に影響させようとしているなら、もっと大胆に行って、市場を刺激し
たほうがいいのではないでしょうか。同時に、そうした財政政策の領域に大きく近づ
くことになりますから、政府にもっと積極的な政策を行うように働き掛け、協調を図
るべきではないでしょうか。

                             経済評論家:津田栄

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 ■ 土居丈朗  :慶應義塾大学経済学部教授

 金融政策の方向性としては悪くないですが、コミットメントが足りません。極言す
れば、日本銀行が自ら、日本経済の「成長力を底上げ」できるわけではないのに、そ
のせいにしてデフレが止まらないといっているようでは、デフレは他人のせいにして
いるように見えてしまうので、その点では白川総裁の態度は問題があると思います。

 Q:1131の私の回答でも述べたように、日本銀行は、デフレは「止められない」
のではなく、「優等生的に止めるのが難しい」ということをもっと周知させる必要が
あると思います。そのためにも、日銀はコミットメントをもっと強く示すべきです。
より具体的に言えば、「●年後までにデフレを止める」と期限を明言して金融政策の
方向性をより強く打ち出すべきです。

 ちなみに、財政政策では、閣議決定された「財政運営戦略」で、国・地方の基礎的
財政収支を、遅くとも2015年度までに赤字対GDP比を2010年度から半減さ
せ、遅くとも2020年度までに黒字化させることを明記しています。さらに、20
21年度以降において、国・地方の公債等残高の対GDP比を安定的に低下させるこ
とも明記しています。もちろん、これをどのように実現するかについては明示が不十
分とはいえ、少なくとも財政健全化にコミットしたことを内外に打ち出したといえま
す。

 これと比べると、金融政策は、そこまで強いコミットメントはしていません。「中
長期的な物価安定の理解」等で対外的に示しているといえども、明確さという点では
「財政運営戦略」と比べて不十分であり、誰が読んでも同じ意味にしか取れないよう
に、変な解釈の余地のない形で、日銀はコミットメントを示すべきです。

                     慶應義塾大学経済学部教授:土居丈朗
                 < http://web.econ.keio.ac.jp/staff/tdoi/ >

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        ■■ 編集長から(寄稿家のみなさんへ)■■

 Q:1142への回答、ありがとうございました。今年の大晦日、テレビ東京では
紅白歌合戦の裏で『カンブリア宮殿スペシャル版』をオンエアします。現在、その打
ち合わせをやっているのですが、「経済停滞が長期化する中、多くの国民が、節約疲
れ、貧乏疲れを感じている」という前提で、企画を考えることになりました。ただ、
わたしには、日本は本当に貧乏になったのだろうか、という本質的な疑問があります。
ワーキングプアなどがよく話題になりますが、バングラデシュやグァテマラなど最貧
国よりは経済力があるのではないかと思われます。

 そもそも「貧乏」「貧困」の定義もはっきりしません。とりあえず死なない程度に
衣食住が足りている状態を基準とすると、貧乏・貧困の割合はぐっと低下するはずで
す。凍死せず、また風邪を引かない程度の衣料と住居、厚労省が定めている食事摂取
基準を満たす食事などがあれば、貧乏・貧困ではないという考え方もあるでしょう。
しかしわたしたちの生活は衣食住だけではありません。まず重要な問題として、他人
とのコミュニケーションがあります。まったく誰にも会わずに、仕事や生活が成立す
るのは、閉じこもって執筆している小説家ぐらいではないでしょうか。

 そう考えると、貧乏・貧困の定義は「人間とはどういう生き物なのか」という哲学
的、社会学的な定義に結びついていることがわかります。人間にとって、他者とのコ
ミュニケション・交流が必須ならば、PCや携帯電話がない状態はひょっとしたら貧
乏・貧困なのかも知れません。また他者と会うときには最低限に整った装いが必要だ
と仮定すると、適当な衣服を持っていない状態は貧乏・貧困だということになります。
さらに、成長してからは子孫をもうけるために結婚するのが人間だという定義があれ
ば、結婚し子育てする経済力のない人々は貧乏・貧困だということになるのかも知れ
ません。

 しかし、一方で、「節約疲れ」する人々は本当に貧乏なのかという違和感もありま
す。たとえば難民キャンプの住民たちは、日々困窮した状況にあり、「節約疲れ」な
どは感じる余裕がないと思われます。そして、海外から日本を訪れる外国人たちは、
日本に貧乏人があふれているとはとても思えないと口をそろえて言います。「本当に
貧乏なのか」考えれば考えるほどわからなくなってきます。

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■次回の質問【Q:1143】

 政府は税制改正大綱を閣議決定し、国と地方を合わせた法人税の実効税率が5%引
き下げられ、その代わりに高額所得者、富裕層に対しては実質的に増税ということに
なりました。ちなみにアメリカでは、オバマ政権がブッシュ減税の継続を決めたよう
です。今回の日本政府の税制改正ですが、どのような経済効果があるのでしょうか。

                                  村上龍

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 ●○○JMMホームページにて、過去のすべてのアーカイブが見られます。○○●
          ( http://ryumurakami.jmm.co.jp/ )
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コメント
 
01. 2012年4月14日 15:47:15 : mHY843J0vA

これが総裁のまとまった見解としては比較的にわかりやすいですね

http://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2011/ko111222a.htm/
グローバリゼーションと人口高齢化:日本の課題
日本経済団体連合会評議員会における講演
日本銀行総裁 白川 方明
2011年12月22日

全文 [PDF 988KB]
図表 [PDF 728KB]
目次

1.はじめに
2.過去15年間の日本経済
グローバリゼーションの進展
急速な高齢化の進行
変化への対応の遅れ
3. 日本経済の課題をどう設定するか
現状を放置することの深刻な帰結
働くこと、そして価値を生むこと
「産業空洞化」をどう考えるか
緩和的な金融環境を成長につなげる必要性
4.中央銀行の役割と課題
金融のグローバリゼーションと中央銀行
日本銀行の政策運営
5.おわりに―変化への対応と成長力強化の重要性―
1.はじめに

日本銀行の白川でございます。本日は、わが国経済界を代表する皆様の前でお話し申し上げる機会を賜り、誠に光栄に存じます。

今年も残すところ1週間余りとなりました。わが国にとって今年最大の出来事は、何と言っても3月11日に発生したあの悲惨な東日本大震災でした。経済の面に限っても、生産設備の損壊、サプライ・チェーンの寸断、電力の不足などにより、日本経済は突然大きな下押し圧力に直面しました。こうした供給面の障害は、多くの企業の経営者や現場の方々の大変な努力と工夫により、夏場にかけて予想以上の速さで解消していきました。しかし、そうした震災による影響の克服に徐々に目途がつき始めた正にその頃、今度は欧州の債務危機が日本経済に新たな問題を突き付けることになりました。言うまでもなく、海外経済の減速と急速な円高の進行です。この結果、わが国の景気は急速な持ち直しの後、徐々にその動きが鈍化し、現在は、持ち直しの動きが一服しています。

先週公表した短観の業況判断をみますと(図表1)、新聞で大きく報道された大企業の製造業は悪化しましたが、他方で、非製造業は改善しました。中小企業は製造業、非製造業とも改善しました。このように、全体としては業況感は改善しましたが、その幅は鈍化しています。この短観の結果にも示されているように、輸出や生産は海外経済減速や円高の影響を強く受けて横ばい圏内の動きとなる一方、内需は個人消費が堅調であるほか、震災からの復旧・復興に伴う需要も見込まれるなど、相反する動きがみられています。日本銀行としては、先行きのわが国経済について、当面は、前者の要因が勝る形で、横ばい圏内の動きになると判断しています。さらにその先を展望しますと、新興国を中心に海外経済の成長率が再び高まっていくことなどから、景気は緩やかな回復経路に復していくというのが日本銀行の現在の判断です。しかし、こうした見通しには様々な不確実性があることは十分認識しています。最大のリスク要因は、言うまでもなく、欧州債務危機が国際金融資本市場や世界経済を通じてわが国に与える影響です。

こうした景気の先行き見通しは重要なテーマではありますが、この点については既に様々な機会にお話していることでもあり、また、本日は年末という区切りのよいタイミングでもありますので、本席では中長期的なスパンで日本経済を捉え、わが国の直面する課題やその下での中央銀行の課題について、日頃感じていることを申し述べたいと思います。

2.過去15年間の日本経済

グローバリゼーションの進展

先行きの中長期的な課題を認識するために、最初に、1995年と現在を比較してみます。この年を出発点として取り上げたのは、阪神淡路大震災という大きな地震に見舞われ、また1ドル80円を切る円高を経験したという点で、本年と類似点があるからです。この過去15年の間に、様々な変化がありました。

第1の大きな変化は、モノ・カネ・ヒトの面でグローバリゼーションが一段と進展したことです(図表2)。モノの面では、世界貿易は価格変動の影響を除いた実質ベースで、1995年を100としますと2011年には253に達する見込みです。このことは、世界貿易量が年率6.0%と、この間の実質GDP成長率3.7%をはるかに上回るペースで拡大し続けたことを意味しています。その基本的な背景は、冷戦の終焉によって世界の広い地域が市場経済化し、先進国の技術・資本と新興国の豊富な労働力を結びつけて最適生産を追求する国際分業の可能性が広がったことです。この過程で、中国、インド、ブラジル等の新興国は急速に成長しました(図表3)。

カネの面では、世界の外国為替市場における1日の平均取引額をみますと、比較可能な最も古い1998年時点では1.5兆ドルであったのに対して、2010年には4兆ドルへと膨らんでいます。これは世界の1日当たり名目GDPの20倍弱に相当します(前掲図表2)。

ヒトの面では、国境を越える観光客が1995年の5.3億人から2010年には9.4億人へと、大幅に増加しています。移民第一世代の数も、1995年の1.7億人から2010年には2.1億人に拡大しています(前掲図表2)。

急速な高齢化の進行

わが国経済を巡る第2の大きな変化は、高齢化が急速に進行したことです(図表4)。生産年齢人口、すなわち15歳から64歳までの人口は、1995年にピークを打ち、その後は減少トレンドに転じています。1995年と2010年を比較しますと、生産年齢人口は15年間で−7%、年率にして−0.5%減少しています。一方、人口全体に占める65歳以上の比率は、1995年には15%程度でしたが、2010年には25%程度まで上昇しています。

諸外国に例をみない急速な高齢化は、日本経済に様々な面で大きな影響を及ぼしています。第1は潜在成長率への影響です。生産年齢人口は労働力として経済活動の中核を担う年齢層ですので、その減少は労働供給面から経済成長を押し下げる要因となっています。第2は財政バランスへの影響です。高齢化により労働所得からの税収が増えにくくなる一方、年金・医療・介護といった社会保障経費は、給付水準を維持する限り高齢化とともに増加しますので、財政赤字の拡大圧力が強まっています。第3は消費者のニーズ、サービスの多様化です。高齢層はそれまで生きてきた人生が多様ですので、医療・介護はもちろん、より幅広く趣味・教養も含めたシニアライフの充実に関して、個別性の強いニーズが幅広く存在しています。言うなれば、高齢化の進展はマスとしては捉えられない市場の拡大を意味します。

変化への対応の遅れ

このように過去15年間、グローバリゼーションと高齢化という大きな環境変化が進行しました。いつの時代も変化は困難とチャンスの両方をもたらしますが、いずれにせよ、社会全体としての変化への対応能力如何が経済のパフォーマンスを大きく左右します。この点では、政府も企業も様々な対応を進めてきました。しかし、残念ながら、経済成長率は趨勢的な低下が続き、その下で、物価は緩やかな低下を続けました。政府債務も大幅に増加しました。こうした事実をみれば、日本の経済システムは大きな環境の変化に十分迅速には対応することはできてこなかったと言わざるを得ません。

成長率が低下した1つの理由は、1980年代後半に発生した未曾有のバブルの後遺症です。バブルの影響は甚大です。この点で、リーマン・ショック発生以前は米国のエコノミストや政策当局者の間では、バブルも崩壊後に積極的に金融財政政策を発動すれば、経済の大きな落ち込みは回避できるという楽観論が支配的でした。しかし、現在、米国でもそうした楽観論はすっかり後退しています。バブル期に積み上がった設備や債務などの過剰が解消されるまでの間は、経済活動は停滞します(図表5)。もっとも、このバランスシート調整は、少なくとも2003〜2004年頃には、日本経済にとっての大きな制約ではなくなっていました。その後の日本経済の低迷のより本質的な理由は、グローバリゼーションと高齢化という大きな環境変化への対応が遅れてしまったことに求められます。先ほど、1995年に言及しましたが、この頃はバブル崩壊からの立ち直りを懸命に模索していた時期であり、グローバリゼーションや人口高齢化が日本経済に対して持つ意味の重さを、後に我々が実感するほどには、十分には認識できていなかったように記憶しています。言い換えますと、対応の遅れは、「解決策が分かっていても実行が難しかった」というより、「問題そのものの深刻さを十分には認識していなかった」ことによる面の方が大きかったように思います。同じことは、今後の15年間についても起り得ます(図表6)。例えば、急速な高齢化は日本の経済成長や財政の姿をどう変えていくのでしょうか。あるいは、経常収支は長く黒字を維持してきましたが、今後も黒字構造を保てるのでしょうか。

3. 日本経済の課題をどう設定するか

現状を放置することの深刻な帰結

そこでただ今の第1の問いかけを考えてみます。比較的見通しやすい人口動態だけに焦点を絞っても、日本経済の成長を支える条件が劇的に変化していくことが確認できます。過去の経済成長率を10年単位の平均成長率で申し上げますと、1980年代の+4.3%から1990年代は+1.5%、さらに2000年代は1%にも満たない成長率まで低下しています(図表7)。

経済成長率は、就業者数の増加率と、就業者一人当たりがどれだけ付加価値を増やしたかを意味する労働生産性の上昇率、この2つに分解できますので、そのことを手掛かりに先行きの姿を計算してみます。まず就業者数の増加率については、2000年代に年平均−0.3%と減少に転じたあと、現在の人口動態や男女別・年齢別の労働参加率がそのまま反映された場合、2010年代は−0.6%、2020年代は−0.7%、2030年代は−1.3%と、減少が加速していく見通しになります。こうした人口減少の影響は地方圏では特に深刻です(図表8)。もう一つの労働生産性上昇率については、過去20年間の平均は+1.0%程度となっています。バブル崩壊による影響の残る1990年代を除き、2000年から2008年という比較的良好な時期をとると、+1.5%となります。他の先進国でも、近年における労働生産性の上昇トレンドにそれほど大きな違いがないことも踏まえて、今後もこれが+1.0%から+1.5%程度で変わらないと仮定しますと、先ほどの就業者数の減少率と合わせた経済成長率は、2010年代は年平均+0.5%から+1.0%程度にとどまり、2030年代はゼロ%近傍となる計算となります。中長期的な成長力如何は、財政にも大きな影響を与えます。欧州債務危機は、財政に対する信認が非連続的に変化することを示す貴重な教訓です(図表9)。それだけに、強い決意で成長力の強化に取り組んでいく必要があります。

働くこと、そして価値を生むこと

それでは、成長力の強化のためには何を行うべきでしょうか。先ほどの就業者数と労働生産性という2つの要因に即して考えてみます。まず、就業者数の方は、人口動態が変わらない限りはっきりした改善は難しいですが、高齢者や女性が働きやすい環境を整えることにより、就業者数の減少スピードを和らげることは可能です。2つ目の労働生産性の上昇率引き上げについては、1人当たりが生み出す付加価値を高めていくということですから、常に人々の潜在的なニーズを掘り起こし、人々が対価を支払っても良いと思う財やサービスをこれまで以上に提供できるかどうかが鍵を握ります。やや具体的に申し上げれば、3つほどポイントがあるように思います。

第1は、グローバリゼーションという大きな流れを最大限に活用することです。成長著しい新興国の需要を中心に、海外需要を積極的に取り込む必要があることは言うまでもありません。同時に、日本の市場や社会を積極的に開放することも重要です。内外双方向で、モノ、カネ、ヒトの往来が活発になれば、アイディアやビジネス・チャンスが生まれる可能性も高まると考えられます。

第2は、内需掘り起こしへの挑戦です。先ほど述べた高齢層に限らず、国民の価値観やライフスタイルは多様化してきています。企業がそれらの潜在ニーズを現実の市場拡大につなげていくよう取り組むとともに、規制緩和の推進などによって企業がチャレンジしやすい環境整備を進めていくことが重要です。

第3は、以上の外需・内需の両面作戦をダイナミックに展開していくために、労働や資本を成長の可能性が高いビジネスへと円滑に移動させていくことです。これは、企業内における人材や資本の有効活用に加えて、経済全体での活発な新陳代謝を促していくことにほかなりませんが、それを過度な社会的ストレスを伴わずに進めていくには、転職や起業をサポートする仕組みの強化やセーフティーネットの充実が求められます。そして何よりも重要なことは、新陳代謝を受け入れ新しいことへの挑戦を社会全体で応援する価値観を共有することです。

「産業空洞化」をどう考えるか

ここで今述べた新陳代謝にも関連するため、最近の「産業空洞化」を巡る懸念について、私の考えを少し述べさせていただきます。

まず、海外生産の拡大は現局面に特有の現象ではなく、20年以上にわたる趨勢的な変化です(図表10)。1980年代の半ばごろまでは、日本はもっぱら輸出によって世界市場のシェアを拡大してきましたが、1980年代後半以降、激化する貿易摩擦への対応もあって、現地生産を増やしてきました。さらに、その後は、グローバル化の下での需要構造やコスト構造の変化を踏まえ、内外拠点の最適化を意識して生産体制を不断に見直してきました。そうした経営判断の結果として、需要の伸びが大きい海外での生産拡大ペースが速くなり、その流れは現在も続いています。

こうした海外生産シフトは製造業の雇用減少を引き起こしましたが、そこから生じた労働供給を雇用誘発効果がより大きいサービス業など内需産業が活用して成長していくことにより、経済全体で雇用の吸収を図っていくことが必要となります(図表11)。また、製造業の内部でも、人件費の内外格差が大きいことを考えると、海外で加工・組立の量産拠点を拡張する一方、国内拠点ではより収益力の高い分野に注力し、新しい技術やアイディアで世界の先端を走るという分業を進めることが必要となります。

もちろん、海外生産シフトが、趨勢的な現地需要への対応の範囲を超えて円高などの理由で一気に加速する、あるいは中核的な企業や工場までもが国内に見切りをつけるという状況になれば、国内経済への影響が懸念されますので、この点には十分な注意が必要です。

このように、円高は輸出産業に厳しい調整を迫ることは事実ですが、同時に円高のメリットも存在します。例えば、原発の稼働停止から原油やLNGの輸入金額が急増していますが、円高による輸入代金の節約効果は確実に発生しています。企業買収の面でも、最近は、円高を活かした海外企業買収などでグローバル戦略を強化する動きが目立っています(図表12)。現在、対外直接投資収益の受取は年間3.4兆円、名目GDPの0.7%と、以前に比べると随分増加しましたが、国際的にみると、対外投資は量的に少ないだけでなく、収益率も低水準です(図表13)。国内の投資機会が乏しくなっている状況下、対外投資、特に直接投資収益による所得の引き上げは重要な課題です。いずれにせよ、わが国では円高がもたらす厳しさがより強く実感されるのは、本来円高メリットが期待できるはずの内需関連企業でも、成長の姿が描けず円高のメリットを実現しにくいといった面があるからではないかと考えられます。言い換えれば、「産業空洞化」の懸念を克服するには、結局のところ中長期的な成長力の強化に取り組んでいくことが重要であるように思います。

緩和的な金融環境を成長につなげる必要性

ここまで申し上げてきたことから明らかだと思いますが、成長力の強化は、働いて価値を生むという実体的な努力によって実現するものです。この点、一部の論者からは、「デフレを止めるのが先であり、それは金融緩和で容易に実現できる」という見方が示されることがあります。

しかし、実質成長率は上がらず単に物価だけが上がっても生活水準は上がりませんし、財政バランスも改善しません。問題はどのようにして実質成長率を上げるかということです。過去の経験をみても、実質成長率が上がる中で、物価は遅れて上昇しています。たとえて言えば、物価は経済の体温であり、成長力は経済の基礎体力に当たります。基礎体力を改善せずに、体温だけを単独に引き上げることは無理ですし、仮に一時的に成功したとしても副作用が発生します。実際、日本のデータをみると、潜在成長率と予想物価上昇率の間には高い相関関係が観察されます(図表14)。

かつては米国の有力な経済学者の中にも、「日本の低成長やデフレの問題は大幅な金融緩和で簡単に解消できるはずだ」という主張がみられました。しかし、そう主張していた学者も、リーマン・ショック後における米国経済立て直しの難しさを経験してからは、かつての日本への批判を撤回して謝罪を口にするなど、認識が随分変わってきています。

いずれにせよ、日本の金融環境自体はきわめて緩和的です。名目金利水準はもとより、企業の実際の資金調達金利、例えば社債金利を予想インフレ率を勘案した実質ベースでみても、米欧に比べて低くなっています(図表15)。この点に関連して、「日銀のお金の出し方が足りないことが円高やデフレの原因である」といった議論がなされることがあります。そうした主張の論拠として、中央銀行が供給する通貨であるマネタリーベースの大きさが取り上げられることがあります。FRBのバーナンキ議長も指摘するように、私もこれが金融緩和の適切な指標と考えているわけではありませんが、このマネタリーベースの大きさを対名目GDP比率でみても、日本では米欧よりも大きくなっています(前掲図表15)。本席におられる皆様が企業経営の現場で感じられているように、現在は保有する現預金の量や金利水準が制約となって、投資が起きないとか外貨資産の購入が行えないという状況ではありません。きわめて緩和的な日本の金融環境を成長力の強化にどう活かしていくか、これが直面している課題の本質だと言えます。

4.中央銀行の役割と課題

実は、日本銀行に限らず、他の先進国の中央銀行も同じような状況に直面しています。欧州は債務危機問題、米国はバランスシート調整問題です。その下で、FRBのバーナンキ議長も、ECBのドラギ総裁も、中央銀行の政策措置が万能薬ではないことを繰り返し指摘しています。このように述べたからといって、私の意図は中央銀行の果たす役割の重要性を否定することではありません。その逆です。中央銀行にしかできないことが多くあります。重要なことは、政府、民間、中央銀行それぞれが自らの役割を適切に果たしていくことです。問題は何が中央銀行の役割かという点です。

金融のグローバリゼーションと中央銀行

中央銀行が、適切な金融政策運営を通じて物価の安定を図っていく上で、近年はグローバルな視点が一段と重要性を増しています。金融緩和が需要刺激効果を持つ原理に立ち返ってみますと、一つは金利の低い今のうちに投資を行うという企業行動を促し、将来の需要を現在へ持ち込ませることです。もう一つは、低金利で自国通貨が安くなれば、輸出を通じて海外需要を自国に引き寄せることができる、というチャネルです。

ところが、金利水準が概ねゼロまで低下してしまうと、現在の投資をそれ以上有利にすることが難しくなりますし、現在のように他の先進国も金利がゼロに近づいている状況では、少なくとも先進国同士では相手の需要を活用できる余地も限られます。すなわち、金融政策のいずれのチャネルも働きにくくなります。もちろん、新興国は成長力も金利水準も高いですから、先進国の金融緩和により先進国通貨が全体として新興国通貨に対して安くなれば、先進国から新興国への輸出が増加することを通じて刺激効果が発揮されることになります。しかし、米ドルにペッグした固定的な為替制度を採用している新興国が少なくなく、そして米国自身もバランスシート調整に直面しているもとで、米国の金融緩和が米国国内の景気を刺激するというよりも、むしろ新興国の景気過熱や国際商品市況の上昇を通じて、米国自身のインフレ圧力を強め、個人消費を下押す、というような問題が生じました。

このように、グローバリゼーションが進むもとでの金融政策は、海外の経済や市場を経由して思わぬ形で自分自身に跳ね返ってくるという可能性を伴っています。各国の中央銀行は、もちろん最終的には自分の国・地域における経済・物価動向を点検して政策を決定することは当然ですが、複雑な相互依存関係を意識した上での決定が以前にも増して重要になってきています。

グローバリゼーションが進展する下で、中央銀行にとって、金融政策と並んで重要なことは、金融システムの安定を図るという仕事です。外国為替取引の金額が示すように、国境を越えて膨大な金額の資本が動いています。資本が移動しない場合でも、デリバティブ取引によって、リスクは国境を越えて移転しています。こうした金融取引を非常に否定的にみる見方もありますが、実体経済のグローバリゼーションが進展し、あらゆる経済取引において、金利や為替、信用リスクが随伴しヘッジのニーズが存在する以上、金融取引を否定するだけでは事態は改善しません。さらに、本年は欧州債務危機が示すように、ソブリン国家自体の信認が問われるような事態になりました。このような状況の下で、グローバルな金融システムの安定を維持することは、世界経済全体の発展の最も重要な前提条件となっています。グローバルな金融システムの安定という点では、各国政府の強いコミットメントが必要ですが、中央銀行も最大限の努力をしています。その一例が、11月末に、日本銀行を含む6つの中央銀行が米ドル資金の面で発表した協調対応策です。また、不測の事態への対応措置として、米ドル以外の外貨についても中央銀行間で融通し合って市場に供給できるよう、多角的なスワップ網を構築することとしました。金融面での不均衡の蓄積を未然に予防し、リーマン・ショックのような金融危機を再び起こさないようにするために、金融の規制や監督面での見直しを進めています。各国中央銀行は、この面でも重要な役割を担っています。

日本銀行の政策運営

最後に、日本銀行の最近の金融政策運営についてご説明します(図表16)。

第1に、日本銀行は、昨年秋に導入した「包括的な金融緩和政策」のもとで、強力な金融緩和を推進しています。資産買入等の基金については、累次にわたって増額し、向こう1年間にさらに13兆円程度買い増し等を進めていく予定です。

第2に、日本銀行は、金融市場の安定確保に万全を期すよう努めています。震災直後の大量の資金供給や先ほどのドル資金供給はその典型例です。

第3に、中央銀行としては異例ですが、日本銀行は、成長基盤強化を支援するための資金供給を実施しています。これは、金融機関に低利かつ長期の資金を供給し、金融機関の目利き力を活かしながら、緩和的な金融環境の利用を企業に促していくものです。

5.おわりに―変化への対応と成長力強化の重要性―

そろそろ時間がなくなってきました。本日皆様に申し上げたかったことを改めてまとめますと、次の5点です。第1に、日本経済はグローバリゼーションの進展と急速な人口高齢化という大きな変化に直面しており、その影響は非常に大きいことを認識する必要があります。第2に、次世代の生活水準を守るためには、こうした大きな変化への対応力を高め、日本経済の成長力を強化していくことが不可欠です。第3に、デフレは成長力の強化を通じて克服されるものです。第4に、成長力強化のためには、企業のチャレンジ精神が重要であり、それを引き出すための環境整備が必要です。第5に、日本銀行も、物価安定のもとでの持続的成長に向けて、金融面からの貢献を粘り強く続けていきます。

ところで来年2012年の10月には、IMF・世銀総会が日本で開催されます。これは現在187か国に及ぶ加盟国から1万人以上が参加する、非常に大きなイベントです。わが国では1964年に一度開催されていますが、当時の日本はまだ新興国の段階にあり、高度成長のエネルギーに溢れていました。この年を振り返ってみますと、4月28日に日本はOECDに加盟し、9月7日から11日にかけて今申し上げたIMF・世銀総会を開催、10月1日には東海道新幹線の開通、10月10日は東京オリンピックの開幕と、国民の自信につながる歴史的なイベントがいくつもありました。それから半世紀弱を経た来年秋は、日本は成熟した先進国として、様々な難問を抱える世界の首脳が議論を交わす場を提供することになります。日本はバブル崩壊を約20年前に経験し、今は世界に先駆けて急速な高齢化に直面しています。その意味では、日本は成熟国であると同時に、高齢化のフロントランナーとして、新たな成長モデルを世界に示しうる立場にあります。日本が成熟国として輝き続けるビジョンと決意を世界に向けて発信し、何よりも日本人自身が希望と勇気を取り戻す――2012年がそういう年になるよう、皆様と力を合わせていきたいと考えています。

本日は、ご清聴ありがとうございました。


02. 2012年4月14日 15:51:17 : mHY843J0vA

世界的な通貨安競争や、ユーロ危機のリスクを最近は重視し

金融システムの安定性のために量的緩和を増やすスタンスが強まってきているのがわかりますが

人事を通した政治圧力も、かなり効いているでしょう

http://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2012/ko120217a.htm/
デフレ脱却へ向けた日本銀行の取り組み
日本記者クラブにおける講演
日本銀行総裁 白川 方明
2012年2月17日

全文 [PDF 1,005KB]
図表 [PDF 761KB]
目次

1. はじめに
2. 「中長期的な物価安定の目途」
物価安定の数値表現
「理解」、「目途」、「目標」
3. 時間軸政策の強化
金融緩和姿勢の明確化
「時期」の約束、「条件」の約束
インフレーション・ターゲティングとの関係
4. 資産買入等の基金の拡大
国債買入れの10兆円増額
緩和的な金融環境の確保
5. デフレ問題の考え方と対応
デフレの原因
成長力強化に向けた取り組み
6. 経済・物価情勢と先行き見通し
1. はじめに

日本銀行の白川でございます。本日は、伝統ある日本記者クラブでお話しする機会を賜り、誠に光栄に存じます。この席でお話しするのはこれで3回目になります。ちなみに第1回目は2008年5月、私の総裁就任後の初めての講演でした。第2回目は2010年5月、ギリシャ危機の発生を発端に欧州債務問題が国際金融資本市場に影を投げかけ始めた時期でした。そして、今回は、日本銀行が一段の金融緩和強化措置を講じた直後であり、この最新の政策決定についてまとまったお話を申し上げる最初の機会ということになります。前々回、前回とも、皆様方から示唆に富むご意見・ご質問を多数頂戴し、私自身、考え方を整理する貴重な機会になりました。本日も、この後の意見交換を楽しみにしていますので、よろしくお願い致します。

さて、ただ今申し述べたとおり、私どもは、今週14日に金融政策決定会合を開催し、わが国経済のデフレからの脱却と物価安定のもとでの持続的な成長の実現に向けて、日本銀行の政策姿勢をより明確化するとともに、金融緩和を一段と強化するため、3つの措置を決定しました(図表1)。第1に、日本銀行の考える物価安定について、新たに「中長期的な物価安定の目途」という数値表現を採用しました。第2に、当面の金融政策運営に当たって、「消費者物価の前年比上昇率1%を目指して、それが見通せるようになるまで強力に金融緩和を推進していく」という方針を示しました。そして、第3に、一昨年秋に開始した「資産買入等の基金」による長期国債の買入れを10兆円程度増額し、基金の規模を55兆円程度から65兆円程度に拡大することとしました。

そこで、本日は、まず前半では、今回の決定の狙いや考え方をご説明します。後半では、こうした政策の目的であるデフレからの脱却という政策課題に焦点を当て、デフレの原因や、デフレ克服のために必要な対応の考え方などを申し述べることとします。わが国を含め主要国の短期金利が実質的にゼロ金利になってからは、金融政策の運営手法が、伝統的な「金利の上げ下げ」から、様々な金融資産の買入れなど「非伝統的政策」といわれる領域に拡大しているため、話がどうしてもやや専門的、技術的になる部分があるかもしれませんが、この点はご容赦頂ければと存じます。

2. 「中長期的な物価安定の目途」

物価安定の数値表現

まず初めに、「中長期的な物価安定の目途」からご説明します。これは、中長期的に持続可能な物価の安定と整合的と判断できる状態を物価上昇率の数字で示したものです。具体的には、「消費者物価の前年比上昇率で2%以下のプラスの領域にあると判断しており、当面は1%を目途とする」こととしました。

日本銀行の行う金融政策運営の目的は、日本銀行法上、「通貨及び金融の調節の理念」として明確に定められています。それは「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資すること」というものです。その際の「物価の安定」とは、後ほど詳しく説明しますが、中長期的に持続可能なものでなければなりません。それでは、この「物価の安定」とはどのような状態を指すのでしょうか。概念的には、「家計や企業などが物価水準の変動に煩わされることなく、経済活動にかかる意思決定を行うことができる状況」ということができますが、金融政策運営に当たっては、これを数字で表現することが必要になります。各国の中央銀行は、名称は異なりますが、物価安定の数値表現を有しています。例えば、イングランド銀行は「目標(target)」、欧州中央銀行やスイス国民銀行は「定義(definition)」、米国FRBの場合は、これまで採用していた「物価の長期的な見通し(longer-run projection)」、あるいは先般新たに導入した「長期的な目標(longer-run goal)」が、物価安定の数値表現に該当します。

「理解」、「目途」、「目標」

日本銀行も、今から6年前の2006年3月に、「中長期的な物価安定の理解」という名称で、物価安定の数値表現を導入しました。その後、何回かの表現の変遷を経て、最近では「消費者物価指数の前年比で2%以下のプラスの領域にあり、中心は1%程度」というものとなっていました。

この「理解」という表現を選択したことには、明確な理由がありました。当時は、2001年以降5年間続いた量的緩和政策を終了するという段階にあり、新しい局面における物価安定の考え方については、政策委員の見解にかなりばらつきがありました。それでも、政策委員会としておよその数値的イメージを伝える必要性は全員認識していました。この結果、物価が安定していると各委員が理解している物価上昇率を個別に提示してもらったうえで、それらを包含する範囲で数値表現を行い、これを「理解」と命名し公表するという方法をとることにしました1。

しかし、各委員の見解の集合体という位置づけであったため、日本銀行としての判断がわかりにくいという声が、時が経過するにつれ、多くなってきました。また、「理解」という言葉の語感からは、物価安定の実現、現在の状況に照らしていえばデフレ脱却に向けての日本銀行の政策姿勢が読み取りにくい、といった意見も出ていました。今回、そうした様々な意見も踏まえ、新たに導入した「中長期的な物価安定の目途」について、これまでの「理解」との違いを整理しますと、第1に、今回の「目途」は「各政策委員の見解」ではなく、「日本銀行としての判断」であるということです。第2に、物価安定の領域として「消費者物価の前年比上昇率で2%以下のプラス」としたうえで、「当面は1%を目途とする」ことを明確にしました(図表2)。第3に、後で詳しく申し上げますが、実質的なゼロ金利政策などの強力な金融緩和政策の継続期間に関する約束、いわゆる時間軸政策との結びつきを強めました。

さて、ここまでご説明すると、なぜ「目標」あるいは「ターゲット」という表現を使わなかったのかというご疑問が生じるかもしれません。今回の「目途」は、中央銀行の使命と整合的な物価上昇率を数値的に示し、それを中長期的に目指していくという点では、「ターゲット」という表現を使っている国の中央銀行と、考え方そのものに大きな違いはありません。しかし、わが国では、「インフレ目標」という言葉が、一定の物価上昇率と関係づけて機械的に金融政策を運営することと同義に使われることも未だ多いように思われます。実際には、後ほど詳しく述べるように、インフレーション・ターゲティングの採用国を含め、金融政策運営は、そうした機械的な運営ではなく、中長期的にみた物価や経済の安定を重視して行われるようになっています。私どもとしては、そうした金融政策運営の実態にもっとも相応しい日本語の言葉は、「中長期的な物価安定の目途」であると判断しました。

また、日本の場合、これまで、長期間にわたって低い物価上昇率が続いてきている一方、将来は成長力強化への取り組みの成果が挙がっていけば、持続可能な物価上昇率が次第に高まっていく可能性もあります2。こうした構造変化の可能性や国際的な経済環境などを巡り、先行きの不確実性が大きいことを踏まえますと、中長期的に目指すべき物価上昇率について、固定的なイメージの強い「目標」という表現を使わずに、「目途」と位置づけて、原則として1年ごとに見直していくことが適当と考えました。

1 「物価の安定」についての考え方(2006年3月10日)、金融政策決定会合議事要旨(2006年3月8、9日開催分)参照。
2 政府が今年1月に公表した「経済財政の中長期試算」においては、消費者物価上昇率の試算結果について、(1)内外の経済環境について慎重な前提を置いた場合は「1%近傍(2020年度までの平均1.1%)」、(2)堅調な内外経済環境の下で、「日本再生の基本戦略」において示された施策が着実に実施され、2020年度までの平均的な成長率が2%程度まで引き上げられる場合は「2%近傍(2020年度までの平均1.7%)」という計数が示されている。
3. 時間軸政策の強化

金融緩和姿勢の明確化

次に、2番目の措置として、先ほど少し触れた時間軸政策の強化についてご説明します。時間軸政策と呼ばれる政策は、将来の金融政策運営方針を何らかの条件に結びつけて約束する手法です。短期金利がほぼゼロ%まで低下し、それ以上の引き下げ余地がなくなると、伝統的な短期金利操作に代わる方法を使って、長めの金利を含むイールドカーブ全体に働きかけることが必要になります。一般に、長期金利は、市場参加者による将来の短期金利の予想にリスク・プレミアムを乗せて形成されると考えられます。したがって、中央銀行が金融緩和政策を長期間にわたって継続すると約束し、政策金利である短期金利の低い状態が長く続くという約束が市場参加者に信頼されれば、それによって、長期金利を引き下げる力が働くことになります。

日本銀行は、1999年以降のゼロ金利政策時代や2001年以降の量的緩和政策時代にも、時間軸政策を活用していました。最近では、先ほどご説明した「中長期的な物価安定の理解」に基づき、「物価の安定が展望できる情勢になったと判断するまで、実質ゼロ金利政策を継続していく」という方針を明らかにしていました。この方針も長期金利の安定的な形成を図るうえで一定の役割を果たしてきましたが、今回、日本銀行のデフレ脱却に向けた政策姿勢をより明確にするという観点から、2つの点で見直しを図りました。第1に、時間軸の条件として、「中長期的な物価安定の目途」で示した当面の目途である1%という物価上昇率に明確に結びつけることとしました。第2に、具体的な政策運営指針については、実質的なゼロ金利の継続だけでなく、それ以外にも実際に行ってきた政策措置を踏まえて、より能動的な表現とすることが適当と判断しました。この結果、新しい時間軸政策として、次のような方針を採用しました。すなわち、「当面、消費者物価の前年比上昇率1%を目指して、それが見通せるようになるまで、実質的なゼロ金利政策と金融資産の買入れ等の措置により、強力に金融緩和を推進していく」というものです。ただし、わが国のバブルの発生と崩壊や、近年の世界的なバブルや金融危機などの経験を踏まえ(前出図表2)、物価が安定している場合であっても、金融面での不均衡の蓄積を含めたリスク要因を点検し、経済の持続的な成長を確保する観点から、問題が生じていないことを条件とすることとしました3。

3 バブル期の日本の消費者物価上昇率(除く生鮮食品、消費税調整済み)をみると、1987年度は0.4%、1988年度は0.6%、1989年度は1.6%であった。
「時期」の約束、「条件」の約束

こうした時間軸政策は海外の中央銀行でも採用されています。その1つに、米国FRBのように、特定の時期に言及する手法があります。すなわち、FRBは、政策金利が例外的に低い水準となると見込まれる期間について、経済・物価見通しによって変わりうるという大きな条件をつけたうえで、「少なくとも2014年終盤まで」という表現をとっています。これに対して、日本銀行の方法は、緩和政策の出口に関する特定の「時期」ではなく、消費者物価の上昇率という「条件」に結びつける約束です。これは、現在の日本のように経済・物価見通しについて不確実性が高い状況を踏まえると、金融緩和の出口の時期を特定するよりも、目指している物価上昇率を示すほうが、「約束の信頼性」、ひいては金融政策の有効性という点で優れていると判断したことによるものです。経済・物価見通しが不確実である以上、緩和政策の「出口」の具体的な時期を特定することはできませんが、「出口」に至るまでの、日本銀行の金融緩和推進の姿勢は確固としたものです。現在の日本の状況を踏まえると、こうした時間軸政策の方が、デフレ脱却に向けた強固な政策姿勢を示すうえで有効と考えています。

インフレーション・ターゲティングとの関係

それでは、以上のような「中長期的な物価安定の目途」と「消費者物価上昇率に結びつけた強固な時間軸政策」の組み合わせは、いわゆるインフレーション・ターゲティングとの関係でどう位置づければよいでしょうか。

まず指摘したい点は、各国とも、日本のバブルや近年の世界的な金融危機の経験を含め、そこから得られる教訓をお互いに学び合いながら、金融政策運営の枠組みの改良に努めてきているということです。その結果、各国中央銀行の金融政策運営の枠組みは以下の3つの点でかなり収斂してきています。

第1に、自らの責務と整合的と考えられる物価上昇率を数値で示すことです。先ほど述べたように、イングランド銀行の「ターゲット」、欧州中央銀行やスイス国民銀行の「定義」、FRBの「ゴール」、日本銀行の「目途」など、言葉は異なりますが、いずれも同様です。

第2に、より重要な点として、今申し上げた物価安定の数値表現を政策運営において活用する際に、短期的な物価動向ではなく、中長期的にみた物価や経済・金融の安定を重視する度合いを強めてきていることです。多くの場合、バブルは物価の安定を謳歌している時期に発生し、結局、バブル崩壊後には経済活動や物価の大きな変動をもたらします。また、原油価格の変動といったサプライ・ショックを短期的にコントロールしようとすると経済活動に大きな負荷がかかり、結局、長期的な物価安定が実現できません。これらの近年の経験は、すべて、持続可能な物価安定を中長期的な視野で達成することの重要性を裏打ちするものです。英国のように、金融政策の枠組みをインフレーション・ターゲティングと称している国であっても、実際の運営については、物価目標を短期間で無理に実現するのではなく、経済や金融の安定を図ることを意識して物価目標を中長期的に達成していく、という色彩が強まってきています。

第3に、それとの関連で、主要中央銀行が公表する経済・物価見通しは、従来よりも幾分長い期間を視野に入れたものになってきています。ただし、見通しは遠い将来になるほどその信頼性は低下しますので、見通しの数値そのものを過度に強調するのではなく、見通しの背後にあるメカニズムについての考え方やリスクの評価において、中長期的な観点をより重視するようになってきています。

このように、主要中央銀行の間で金融政策運営の枠組みが収斂してきていることを踏まえますと、それぞれがインフレーション・ターゲティングに当たるかどうかという分類学は、本質的な論点ではなくなってきています。実際、FRBが今回採用した「ゴール」についても、バーナンキ議長自身は、インフレーション・ターゲティングではないと言っている一方で、論者によっては、これをインフレーション・ターゲティングと呼んでいます。そのうえで申し述べれば、もし、今回のFRBの金融政策運営の枠組みをインフレーション・ターゲティングと呼ぶのであれば、日本銀行の方法もそれに近いと言えると思います。

4. 資産買入等の基金の拡大

国債買入れの10兆円増額

次に、今回決定した3番目の措置である資産買入れの拡大について申し述べます(図表3)。

日本銀行は、一昨年の10月に導入した包括的な金融緩和政策の一環として、「資産買入等の基金」を通じた多様な金融資産の買入れを進めてきています。すなわち、日本銀行は、バランスシート上に分別管理した基金を設定し、期間が長めの資金供給オペに加え、長期・短期の国債、さらには中央銀行としてはきわめて異例ですが、CP、社債、指数連動型上場投資信託いわゆるETF、あるいは不動産投資信託いわゆるJ-REITといった、リスク性資産の買入れを進めています。その狙いは、長めの市場金利の低下と各種リスク・プレミアムの縮小を促すことによって、最終的な資金調達主体である企業や家計が直面する金融環境を、一段と緩和的なものにすることです。この「資産買入等の基金」の総枠は、2010年10月に35兆円程度でスタートした後、累次にわたる金融緩和の強化を経て総額55兆円程度まで拡大していましたが、今回、長期国債の買入れを10兆円程度増額し、総額65兆円程度とすることとしました。これで、スタート時と比べ、基金の規模は累計で30兆円程度増額したことになります。

なお、日本銀行はこの基金とは別に、長期安定的な資金需要を満たす観点から、長期国債を月間1.8兆円、年間21.6兆円のペースで買入れています。そうした長期国債の買入れ分と基金を通じた買入れ分を合わせますと、本年末まで、月3.3兆円、年率換算で約40兆円のペースで大規模に長期国債を買入れていくことになります。ちなみに、昨年末時点の日本銀行の長期国債保有残高は66.1兆円、対名目GDP比率でみれば14.2%という高い水準になっています。大胆に国債を買入れているというイメージが強い米国FRBの場合でも、昨年末におけるこの比率は10.8%ですし、一昨年に国債買入れを開始したECBは2.2%です。

これほどの大規模の国債買入れですから、それに伴って一段と留意しなければならない点もあります。すなわち、中央銀行による国債の買入れが、金融政策運営上の必要性から離れて、財政ファイナンスを目的として行われていると受け止められると、かえって長期金利の上昇や金融市場の不安定化を招きかねないということです。日本銀行としてこれまでも繰り返し申し上げてきていることですが、財政ファイナンスを目的とした国債買入れは行いません。

緩和的な金融環境の確保

さて、以上のような積極的な資産買入れに加え、実質的なゼロ金利政策も含めた包括的な金融緩和政策により、わが国の金融環境はきわめて緩和的になっています(図表4)。具体的には、金融機関間で資金の貸し借りを行う短期金融市場の金利は長めのものも含めて非常に低い水準で推移しています。社債やCPの信用スプレッドも低水準で落ち着いています。銀行の貸出金利も既にかなりの低水準ですが、なお緩やかに低下を続けています。各種のアンケート調査によれば、企業からみた金融機関の貸出態度および企業の資金繰りについても、改善の動きがはっきりしています。

一方で、日本銀行のバランスシートや、中央銀行の供給するお金であるマネタリーベースなどの量的指標は、リーマン・ショック以降の局面でみると米欧に比べれば拡大が緩やかであるため、日本銀行の金融緩和は不十分ではないか、との誤解を受けることがあります。そもそも、金利がきわめて低い水準まで低下すると、人々がお金を抱え込む傾向が強まります。すなわち、「流動性のわな」と呼ばれる状態です。そうなると、金融の量的な指標では金融の緩和度を測ることはできなくなります。実際、わが国の企業経営者の皆さんに直面する経営上の問題を聞いてみても、手元流動性が不足しているという声はほとんど聞かれません。仕事の量あるいは需要そのものが不足していることを訴える方が多いのが実情です。いずれにせよ、そういう状況の下では、金融面で言えば、企業の実際の長期、短期の調達金利がどうなっているのか、企業などが直面する資金調達環境がどうなっているのかなど、広い意味での金融環境(Financial conditions)がどの程度、緩和的であるかが鍵を握ります。米欧の場合、リーマン・ショックの後、金融市場の機能が著しく毀損したため、その安定回復には中央銀行のバランスシートの大幅な拡大が不可欠でした。そして一旦供給されたお金は、きわめて低い金利水準の下、保有コストはほとんどかからないため、中央銀行の預金口座にそのまま滞留します。これに対し、わが国では、リーマン・ショック時も金融市場の機能低下は米欧に比べれば限定的で、金融システムの安定も維持されていたため、米欧ほど極端な量的拡大を行わなくても、むしろ米欧以上に緩和的な金融環境を実現することができました。昨年は欧州債務問題により、再び国際金融資本市場で緊張が高まりましたが、そうした中でもわが国の金融環境については、緩和的な状況をしっかりと保持できました。さらに、今回の国債買入れの思い切った増額により、長めの金利を含むイールドカーブ全体への影響を通じて、金融緩和効果は一段と強まるものと見込んでいます。

5. デフレ問題の考え方と対応

デフレの原因

以上、日本経済がデフレから脱却し、物価安定のもとでの持続的成長経路に復することを狙いとした、日本銀行の新たな措置を説明しました。それでは、このような金融政策運営により、デフレ脱却に向けてどの程度の効果が期待できるでしょうか。あるいは、デフレからの脱却を確実にするためには、日本全体としてどのような対応が必要でしょうか。そこで、残された時間を使って、デフレ問題に関する私どもの考え方をご説明したいと思います。まず、日本のデフレの根本的な原因は何か、ということを正確に理解することが出発点になります。

わが国のデフレの原因については様々な議論が行われてきました。例えば、ある時期までは、内外価格差是正という政策課題のもとで、規制緩和や流通合理化が物価引き下げに寄与していました。また、わが国では、企業も労働者も雇用の確保を優先し、賃金調整を受け入れる傾向が強いため、厳しい経済調整のもとでも失業率は米欧ほど大きくは上昇しない一方で、賃金の下落傾向が顕著になります。こうした賃金の下落傾向も、わが国のデフレを説明する要因の1つです。

この間、おカネの量が不足しているから、言い換えれば日本銀行の金融緩和が不足しているからデフレが続いているという意見も聞かれます。しかし、この主張については、事実をきちんと点検する必要があります(図表5)。代表的な指標として、企業や家計が保有する現預金、すなわちマネーストック(M2)をとってみます。マネーストックが実体経済活動に比べてどの程度の規模かを測る指標として、マーシャルのk、つまりマネーストックの対名目GDP比率があります。わが国では、1990年代半ばまでこの比率は1.1倍くらい、つまり、名目GDPとマネーストックはほぼ同じくらいの規模でした。その後、長引く金融緩和基調のもとでこの比率はどんどん上昇し、いまや1.7倍、つまり、名目GDP約467兆円に対し、マネーストックは約805兆円にのぼっています。この比率は、主要国の中で最も高くなっています。同様の計算を、マネタリーベースや中央銀行のバランスシートの規模で行ってみても、日本の比率は、主要国中、最も高い水準になっています。

先ほど申し述べたとおり、欧州債務危機を背景に国際金融資本市場が緊張度を増す中でも、わが国の金融環境は緩和的な状態を維持できています。その意味で、日本経済の問題は、おカネの量が足りないということではなく、むしろ、おカネを有効に使うビジネスチャンスや成長機会が乏しくなっているということにあるのではないでしょうか。

結局、デフレとは一般物価水準の下落ですので、その背後にあるマクロ経済全体としての需給バランスが崩れていること、つまり供給に対して需要が不足していることが原因となっているはずです。実際、需給バランスの指標として、一定の前提を置いて需給ギャップを計算すると、2000年以降ごく一時的な期間を除き、恒常的に需要不足の状態が続いています。

やや長い目で日本の実質GDP成長率を振り返ってみると、1980年代は4.4%、1990年代は1.5%、そして2000年代は0.6%と、次第に低下してきています(図表6)。このように成長率が低下してきた理由としては、いくつかの要因が考えられます。まず、1990年代入り後、バブル崩壊の後遺症が日本経済に重くのしかかっていました。もう少し具体的に言うと、企業や金融機関がバランスシート調整という課題の対処に追われている間に、日本経済全体として、グローバリゼーションの進展と人口の急速な高齢化という環境変化への対応に遅れをとりました。とくに、2000年代入り後は、世界に例をみない急激な高齢化の影響が一段と顕著になってきました。先ほど述べた需給ギャップの拡大は確かに供給能力に対する需要の不足を意味するものですが、その場合の供給能力は既存の財やサービスにかかる供給能力を指しています。しかし、新しい環境のもとでの新しいニーズ、例えば高齢者の需要に十分応えていないという意味では、需給ギャップというよりは、需給のミスマッチ拡大の表れと解釈すべきかもしれません。

いずれにせよ、このように趨勢的に成長率が低下してくると、家計部門では将来の所得に対する不安が強まり、個人消費が伸びない原因となりますし、企業部門では将来のための投資活動を抑制することになります。そうなると、企業や家計の支出活動の委縮がさらに現実の成長率を引き下げ、それが成長期待の低下をもたらすという悪循環につながってしまいます。

経済活動と物価の関係は、人間の基礎体力と体温の関係に喩えることができます。体温を正常な状態に上げるためには、基礎体力を上げる必要があります。これと同様に、物価を適度に上げるためには、日本経済の成長力、成長期待を強化することが不可欠であり、それなしにデフレ問題の解決はできないという事実を直視する必要があります。もちろん、物価だけが先行して上昇するケースもあります。例えば、1970年代から1980年代にかけての2回の石油ショックがそれに相当します。しかし、原油価格の高騰が物価にはねてくるようなケースを考えればわかるように、物価だけが上がったとしても、それで企業業績や人々の暮らしが改善するわけではありませんし、そうした状態を我々が望んでいるわけでもありません。要は、実体経済が改善し、それが自然に物価上昇につながっていくという順番で望ましい状態を実現することが大事です。

成長力強化に向けた取り組み

しかし、成長力を強化するという課題は、日本が直面している急速な人口高齢化という条件のもとではたいへん難しいチャレンジです。簡単な試算をお示しします。経済成長率は、就業者数の増加率と、就業者一人当たりの国内総生産、つまり生産性の上昇率に分解できます(前出図表6)4。まず就業者数の増加率は、2000年代に年平均で−0.3%とマイナスに転じた後、最近発表された国立社会保障・人口問題研究所の推計値などを基に試算すると、2010年代に−0.7%、2020年代には−0.8%、そして2030年代には−1.2%と減少テンポを加速させていきます。一方、生産性の上昇率はリーマン・ショックの影響もあって振れもありますが、最近のトレンドをみると過去20年平均は1%、2000年代に入ってリーマン・ショック前までの平均で1.5%程度です。ちなみに、この生産性の上昇率自体は現在でもG7諸国の中でも遜色はなく、2000年代に入ってリーマン・ショック前までの時期では最高水準です。しかし、この生産性上昇率を就業者数の減少率に足し合わせて経済成長率を算出してみると、2010年代には年平均0.5%程度にとどまり、先行きはもっと低下してしまうという厳しい計算結果が得られます。

それでは、経済成長率を高めるにはどうしたらよいでしょうか。まず、就業者数を直ちに増やすことは難しいですが、高齢者や女性が働きやすい環境を整えることにより、減少テンポを和らげることは可能です。そのうえでやはり鍵となるのは、生産性の上昇率を引き上げる努力です。そのためには、まず、グローバル需要の取り込みと、多様化する国内需要の掘り起こしのための企業努力が必要です。政策面では、規制緩和などにより企業の挑戦を促す環境整備が重要になります。また、そうした企業努力を資金面から支えるうえで、金融機関の目利き力やリスクマネーの供給力も大事です。そして何よりも、日本経済がこうした厳しい現実と重い課題を抱えているという認識を社会全体で共有し、変化や新陳代謝を前向きに受け入れていく価値観を共有することが不可欠です。

成長力強化という点で中央銀行がなしうる最大の貢献は、緩和的な金融環境を維持し、金融面から企業が新分野にチャレンジしやすい環境を整えることです。今後とも、本日申し述べた「中長期的な物価安定の目途」をしっかり踏まえ、強力な金融緩和を推進していく方針です。また、欧州債務問題など、国際的な金融情勢を巡る不確実性が高い中で、海外で何らかの波乱要因が生じた場合でも、国内金融資本市場や金融システムへの影響を最小限にとどめ、安定確保に万全を期すことも、私どもの大事な役割です。さらに、日本銀行は、中央銀行として異例の措置ですが、金融機関の目利き力を活かして、企業の新分野への挑戦を後押しする仕組み、つまり、成長基盤強化を支援するための資金供給という新しい試みも行っています。

いずれにせよ、成長力強化のために、魔法の杖があるわけではありません。グローバリゼーションや人口高齢化というわが国経済を取り巻く環境変化を直視して、民間企業、金融機関、そして政府、日本銀行がそれぞれの役割に即して取り組みを続けていくことが重要です。わが国のデフレからの脱却も、こうした成長力強化の努力とそれに対する金融面からの後押しを通じて達成されるものです。

4 各種の生産性上昇率については、白川方明「デレバレッジと経済成長――先進国は日本が過去に歩んだ「長く曲がりくねった道」を辿っていくのか?――」、London School of Economics and Political Scienceにおける講演(アジアリサーチセンター・STICERD共催)、2012年1月10日の図表13 [PDF 940KB]を参照。
6. 経済・物価情勢と先行き見通し

最後に、デフレからの脱却という観点からみて、日本経済が現在どこまできているのか、最近の経済・物価情勢と先行きの見通しについてお話しします。

日本経済は、昨年後半には、大震災後の大きな落ち込みから急速に回復しましたが、最近では、海外経済の減速や円高の影響による外需の下押し圧力と、個人消費など内需の底堅さという2つの力が拮抗するかたちで、横ばい圏内の動きとなっています。当面そうした動きが続くとみられますが、春先以降は、新興国・資源国に牽引されるかたちで海外経済の成長率が再び高まるとみられることや、震災復興関連の需要が徐々に強まっていくことなどから、緩やかな回復経路に復していくとみています。消費者物価の前年比は、当面はゼロ%近傍で推移しますが、先行き2年程度の期間でみればゼロ%台半ばまで高まっていくとみています。ちなみに、日本銀行が先月公表した2013年度までの経済・物価見通しを申し上げますと、実質GDP成長率は、2011年度は−0.4%とマイナス成長を予想していますが、2012年度は+2.0%、2013年度は+1.6%という見通しになっています。また、消費者物価の前年比は、2011年度が−0.1%、2012 年度は+0.1%、2013 年度は+0.5%と徐々に上昇率が高まる見通しです(図表7)。

振り返ってみると、消費者物価(除く生鮮食品)の下落率は、最近では、2009年半ばに、−2.4%と近年でもっとも大きな下落を記録しました。その後、緩やかではありますが景気が回復基調をたどり、需給ギャップが縮小する中で、物価の下落率も小さくなっており、ようやく、前年比でゼロ%近傍まで到達しました。その意味では、デフレ脱却に向けての歩みは進んでいるのですが、「中長期的な物価安定の目途」で示した当面の目途である1%を見通せるような状況までには、まだまだ距離があると言わざるをえません。

さらに、日本経済を取り巻く環境には様々な不確実性が存在します。欧州債務問題の今後の展開によっては国際金融資本市場の緊張を通じて日本に影響が及ぶ可能性は排除できません。国内要因をみても、電力需給や円高の影響に加え、復興関連需要の増加ペースなど、多くの不確実性が存在します。しかし、同時に、このところ内外経済に明るい兆しが出始めていることも見逃せません。欧州債務問題を巡る国際金融資本市場の緊張は、昨年末頃に比べると幾分和らいでいます。米国経済では、バランスシート調整の重石はあるものの、このところ雇用情勢などに改善の動きがみられています。国内に目を転じても、公共事業と民間需要の両面で震災復興関連の需要が動き出していますし、昨年の震災後の支出抑制の反動もあって、このところ個人消費が底堅さをみせています。

今回の私どもの金融緩和強化策も、こうした前向きの動きを金融面から後押しするという狙いを込めて実施したものです。日本銀行としては、今後とも、わが国経済のデフレからの脱却と物価安定のもとでの持続的成長の実現に向けて、最大限の努力を講じていく方針です。同時に、繰り返しになりますが、日本経済の成長の基盤を強化するためには、こうした緩和的な金融環境を活用する民間企業や金融機関の積極的な取り組み、それを後押しする政府の政策など、各方面の努力を結集する必要があります。その際、わが国が急激な人口高齢化という世界最先端のチャレンジに直面している以上、その対処方法も世界最先端でなければなりません。問題解決の事例や政策対応のお手本を海外に求めることはできません。このことを肝に銘じて、自ら道を切り拓いていく構えが必要ですし、それに成功すれば、わが国は、かつての高度成長モデル以来、再び、世界に対して経済社会運営の規範を提供できることになるはずです。自らの知恵と意思による問題解決の重要性ということを強調して、本日の私の話を終えることとします。

ご清聴ありがとうございました。


03. 2012年4月14日 15:52:41 : mHY843J0vA
http://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2012/ko120326a.htm/
セントラル・バンキング ―危機前、危機の渦中、危機後―
Federal Reserve Board と International Journal of Central Banking による共催コンファレンスでの講演の邦訳
日本銀行総裁 白川 方明
2012年3月24日

全文 [PDF 547KB]
図表 [PDF 275KB]
目次

1.はじめに
2.危機前:金融的不均衡と金融政策
3.危機の渦中:最後の貸し手の重要性
4.危機後:積極的な金融政策の効果と限界
5.おわりに――今後の金融政策運営上の課題――
1.はじめに

世界的な金融危機とそれに先立つバブルは、中央銀行に多くの課題を突き付けている。日本銀行は、先進国の中で戦後において最初にこの問題に直面した中央銀行であった。日本の経験は海外の政策当局者や学界でも知的な関心を呼び、日本銀行は非常に実験的なものも含め多くの政策提言を受けてきた。しかし、ごく少数の例外を除くと、バブル崩壊後の日本の低成長は、大胆な政策を迅速に実行することに失敗した日本に固有のエピソードとして簡単に片付けられることが多かった。ご記憶の方も多いと思うが、FRBの多くのエコノミストの共著による"Preventing Deflation: Lessons from Japan's Experience in the 1990s"と題する論文が、2002年に公表されている1。この論文は、金融政策の効果について、当時の私からみると、下記のように楽観的な見方を提示していた(図表1)。

「我々の感覚では、金融緩和が資産価格の下支えや景気回復につながらなかったのは、下振れショックを十分にオフセットしなかったからであって、金融政策の波及メカニズムが棄損してしまったからではない。 ...1990年代前半の日本において、金融の脆弱性が、追加金融緩和の有効性を取り除いたわけではない。」

それからしばらく時が経過して、今度は米欧で住宅・信用バブルが崩壊し、金融危機が発生した。米国で不動産価格がピークを記録した後、あるいは、リーマン・ショックという形で大規模な金融危機が発生した後の実質GDPの推移を1990年代の日本と比較すると、両国は驚くほど似通っている(図表2,3)2。政策面でも、実質的なゼロ金利や中央銀行のバランスシートの大幅な拡大は言うに及ばず、非常に似通っている(図表4,5)。日本銀行がゼロ金利政策や量的緩和政策、将来の金利水準についてのコミットメント、今日の言葉で言う信用緩和政策等の政策を苦労しながら導入した頃、同じような政策を数年後にFRBが採用することになるなどとは私自身、想像もしていなかった。我々は過去四半世紀における各国の経験をもっと真剣に研究し、そこから将来の政策運営に役立つ真の教訓を引き出す努力をしなければならないことを痛感する。

論点は金融政策、規制・監督、決済システム等多岐にわたるが、以下では、マクロ経済の安定に対する中央銀行の役割について、金融危機の前、渦中、後の3つのフェーズに分けて、幾つかの論点を提起することとしたい。

1 下記論文を参照。
Ahearne, Alan, Joseph Gagnon, Jane Haltmaier, Steve Kamin, and others, "Preventing Deflation: Lessons from Japan's Experience in the 1990s," International Finance Discussion Papers, No.729, Board of Governors of the Federal Reserve System, June 2002.
2 バブル崩壊後のデレバレッジのプロセスについては、下記資料参照。
白川方明「デレバレッジと経済成長――先進国は日本が過去に歩んだ「長く曲がりくねった道」を辿っていくのか?――」、London School of Economics and Political Scienceにおける講演(アジアリサーチセンター・STICERD共催)の邦訳、2012年1月10日
2.危機前:金融的不均衡と金融政策

最初に、金融危機前のフェーズを取り上げたい。ここで私が特に提起したいのは金融政策の役割についてである。標準的な考え方に従えば、金融政策の変更を迫るトリガーは物価変動である。実際、どの中央銀行も先行きの物価上昇率を左右する要因として、需給ギャップや予想物価上昇率に多大な注意を払っていた。しかし、バブルの発生から金融危機に至る過程を振り返ってみた場合、事後的にみると、その後のマクロ経済を不安定化させることになった最も大きな不均衡は、物価上昇ではなく、金融的な不均衡――すなわち、資産価格の急激かつ大幅な上昇、信用やレバレッジ、期間ミスマッチの拡大――という形をとって現れていた。金融的不均衡は、最終的に金融機関や金融システムに大きなショックをもたらし、経済活動を急激かつ大幅に収縮させた。そうした急性期の症状は、危機発生後に採られた政府や中央銀行の積極的な政策措置で解消したが、バランスシートの修復に伴う低成長という、慢性症状は現在なお続いている。明らかになったことは、バブル崩壊後に積極的な金融政策を実行しても経済活動の長期間にわたる低迷は回避できなかったということである。その意味で、政策の力点は、バブルの後始末ではなく、金融的不均衡への事前対応に置く必要がある。

金融的不均衡への事前対応という点では、「ティンバーゲンの原理」や「マンデルの割当て原則」に基づき、金融政策は物価安定に、規制・監督は金融的不均衡の是正に割り当てるべきという見方がある。しかし、そうした割り当て論が妥当するのは、物価の安定と金融システムの安定という政策目的が互いに独立な場合であろう。一連の経験を経て明らかになったのは、二つの目的が独立ではないということである。物価が安定しマクロ経済環境が安定すると、経済主体のリスク認識は徐々に緩み、そのリスクテイク姿勢も変化していく。また、物価安定の下で低金利の持続予想が強まると、金融機関は「利回り追求」の行動を強め、レバレッジや、資産・負債の期間ミスマッチ、通貨のミスマッチを拡大させる(図表6)。こうした不均衡はある閾値を超えて拡大すると、金融システムを不安定化させ、ひいては実体経済や物価を不安定にすることになる。

日本銀行を含め多くの中央銀行はこのような金融的不均衡に気付いていなかった訳ではなかった。中央銀行にとって厄介だったことは、不均衡が拡大する過程において、皮肉にも物価上昇率が上がらない、ないし低インフレが続いたという事実であった(図表7)。少なくとも、日本の場合は、高成長と低インフレが続く下で、後の時代の言葉で言う「ニューエコノミーの到来」という見方が利上げに対する強力な反対論として立ちはだかった。低金利の持続は金融的不均衡を生みだす一つの要因であり、中央銀行が非対称的な金融政策の運営――すなわち、金融的不均衡が拡大しても物価が安定している限り政策対応しないが、バブル崩壊後には積極的に利下げを行うこと――に予めコミットすると、以下の経路を通じて、事態はより悪化する可能性がある。第1の経路は、そうしたプット・オプション型の金融政策が金融機関の過度のリスクテイクを助長することである。第2の経路は、物価安定のみに焦点を当てた政策スタンスによって、マクロ経済環境が安定化すると、様々な経済主体の支出増加やリスクテイクを更に後押ししていくことである。金融政策自身が高成長と低インフレをもたらしているにもかかわらず、見た目には、ニューエコノミーの到来と識別困難な状況になる。この点を十分意識せずに、中央銀行が緩和的な政策を継続すると、物価安定がみかけ上維持されたまま、民間部門の支出増加や金融的不均衡は増幅され、その分、バブル崩壊後のショックも大きくなる。「物価安定のパラドックス」とでも言うべき現象である。

もちろん、金融的不均衡は金融政策だけで起こる訳ではなく、発生のメカニズムは複雑である。この面では、規制・監督の果たすべき役割は大きい。また、その際、マクロプルーデンスの視点が重要なことについても異論はない。それでは、「割当て原則」に従って、金融的不均衡に対しては、規制・監督で対応すべきという議論については、どのように考えるべきだろうか。私の答えは、適切な金融政策と規制・監督の両方ともが必要という単純なものである。低金利という水道の蛇口を開いたまま、ひたすらバケツから溢れ出る水を汲み続ける、すなわち、金融政策はそのままにして、マクロプルーデンス政策や規制だけで対応するというアプローチが有望であるとは思えない。

3.危機の渦中:最後の貸し手の重要性

次に取り上げるのは、危機の渦中のフェーズである。このフェーズにおいて、中央銀行に求められる本質的な役割は「最後の貸し手」である。その重要性は歴史が証明しており、今回も、危機時における中央銀行の積極的な行動は経済活動の大きな落ち込みを防ぐ上で非常に効果があった。日本銀行の量的緩和政策、FRBの信用緩和政策、ECBの3年物LTRO、いずれもその有効性は本質的に「最後の貸し手」としての役割に根差している。

「最後の貸し手」に関連して、ここで強調すべきは決済システム政策の重要性である(図表8)。民間経済主体が無条件で受け取ることのできる通貨を発行できるのは中央銀行だけである。このため、カウンターパーティに対する信認が低下する危機においては、中央銀行の役割は非常に大きくなる。危機の渦中にあっては、金融機関や投資家が意識するカウンターパーティ・リスクは1日の最後の与信残高だけではなく、日中与信までもが問題になる。中央銀行は過去20年近くにわたって、「銀行の銀行」として、自らの決済機能を活用しつつ、決済システムの安全性と効率性の改善のために様々な努力――即時グロス決済、資金・証券の同時決済、外国為替の同時決済等――を積み重ねてきた(図表9)。仮に、こうした努力なしに、リーマン・ショックに直面していたとすれば、金融取引は完全に止まりかねない事態になっていたと想像される。私は経済・金融の安定確保という点で中央銀行が過去四半世紀に果たした最も大きな貢献は何かと問われれば、決済システム改善に向けた弛まぬ努力であったと思っている。

4.危機後:積極的な金融政策の効果と限界

最後に取り上げるのは、金融危機後のフェーズ、より具体的には、急性症状は終わったがバランスシート修復が続く慢性症状期の金融緩和政策の役割である(図表10)。金融緩和に当たっては、本来意図した便益と意図せざるコストに関する注意深い分析が不可欠である。バブル崩壊後の積極的な金融緩和政策はもちろん必要であるが、副作用や限界についても意識する必要がある。結論は国や時期によって異なり一義的な答えはないが、危機前の議論において十分な注意が払われていなかった側面として、以下の4点を指摘したい3。

第1は、バランスシート修復の重みである。過剰債務を抱えた経済主体は、金融が緩和されても、債務を適正水準に戻すまでは、支出を増やしたり、リスクテイクを積極化させることはない。金融緩和は、バランスシート修復に伴う痛みの緩和剤でしかない。しかも、この緩和剤は長く服用すれば、過剰債務の削減インセンティブを低下させ、最終的に必要なバランスシート修復の達成時期の遅れというコストを伴う側面もある。もちろん、低金利の効果はバランスシートの毀損していない経済主体にも及ぶ。そうした経済主体が現在の低金利を利用する形で、将来の需要を現在に繰り上げるならば、需要創出効果が期待できる。しかし、バランスシート調整が長期間にわたって続くと、低金利のもとでも、現在に繰り上げることのできる需要は次第に減ってくる。過剰債務の削減インセンティブの低下は、政府についても当てはまる。増加した政府債務の水準が持続可能でないとみられるようになると、欧州債務問題が示すように、物価安定と金融システム安定を脅かすことになる。

第2は、経済の供給サイドに与える影響である。金融緩和によって誘発される需要が、異例の低金利下によってのみ採算が合う投資案件である場合には、資源配分が非効率になり、経済全体の生産性や潜在成長率への悪影響も無視できなくなる。これまで、中央銀行は、潜在成長率を外生変数とみなして金融政策運営を行うことが標準的であったが、バランスシート調整という長期にわたるショックが加わる場合には、低金利の継続が経済全体の生産性に影響を与え潜在成長率を下押しするリスクについても考慮する必要があるかもしれない。

第3は、金融仲介機能への影響である。金融緩和政策の効果は、通常は、企業や家計が低金利に刺激されて支出を増加させることによって実現する。しかし、中央銀行の行う金融政策と支出を行う企業や家計との間には、両者を繋ぐ銀行や金融市場が存在し、これらの仲介機関が適切に機能しなくなると、金融緩和の効果も期待できなくなる。例えば、満期変換は、銀行の果たす重要な仲介機能の一つであり、同変換による利鞘収入は銀行の収益源である。銀行行動を通じる金融緩和効果の波及経路のひとつは、政策金利の低下による長短金利スプレッドの拡大、すなわち、利鞘の拡大による金融仲介意欲への刺激であるが、緩和度合いがある臨界点を超えると、逆に利鞘の低下をもたらし、金融仲介機能も弱まり得る。その結果、資源配分の効率性も低下し長期的に経済の成長力を弱めることになる。同様の問題は、機関投資家にとっては、資産の運用利回りが長期負債の予定利率を下回る「逆鞘」という形で発生する。

第4は、金融緩和の国際的波及と自国経済へのフィードバック効果である。自国経済がバランスシート調整下にある場合、金融緩和は自国の民間経済主体の支出増加を促すというより、グローバル投資家の利回り追求や為替レートの減価圧力を通じて効果を発揮する傾向が強まる。新興国市場がグローバル投資家の利回り追求の受け皿となる場合は、固定的な為替レート運営とも相俟って、新興国の景気拡大や国際商品市況の上昇につながりやすい4。商品市況の上昇がグローバルな金融緩和の影響を受けているにもかかわらず、各国の中央銀行が、国際商品市況の上昇を純粋に外生的なサプライショックとみなし、石油製品や食料品を除くコア・インフレを重視して政策運営すると、国際商品市況がますます不安定化する可能性もある。これは、グローバルな視点で捉えると――仮想的な「世界中央銀行」を想定すると――、一般物価が安定するための「テイラー原則」が満たされない状況に他ならない(図表11)。各国は金融政策運営にあたり自国の安定を目指すのは当然であるが、その自国の安定を考える際には、国際的波及と自国経済へのフィードバック効果を考慮に入れることも重要になっている。

3 日本の量的緩和政策採用時の各種政策措置の効果に関する研究のサーベイについては、下記論文を参照。
鵜飼博史、「量的緩和政策の効果:実証研究のサーベイ」、『金融研究』、第25巻第3号、日本銀行金融研究所、2006年
4 国際商品市況変動の背景とそれに関する政策インプリケーションについては、下記のG20報告書を参照。
Report of the G20 Study Group on Commodities under the chairmanship of Mr. Hiroshi NAKASO, November 2011.
5.おわりに――今後の金融政策運営上の課題――

以上、危機の前、渦中、後の3つのフェーズに分けてセントラル・バンキングにとっての具体的論点を提起した。最後に観点を変えて、中央銀行という組織にとっての金融政策運営面での今後の課題を2つ指摘したい。

第1の課題は、金融政策運営の枠組みに関するものである。この点については、先進国の中央銀行の間で、金融政策の枠組みの名称が異なっても、中長期の物価安定を目的として政策を遂行するということに関して、既にコンセンサスが得られている。また、物価上昇率の短期的な動向に過度に焦点を当てて政策を行うと、金融的不均衡の蓄積とその後の不可避な調整を通して、経済の振幅をより大きくしてしまう可能性があることも明らかになっている。金融的不均衡に関する状況把握など、マクロプルーデンスの視点を金融政策運営に取り入れようと試みているのは、日本銀行だけではなかろう。しかし、今なお残る課題は、そうした望ましい政策の枠組みを、経済の安定と繁栄に不可欠な中央銀行の独立性の政治的基盤に組み入れていくことである。特定の物価上昇率水準の達成について中央銀行に説明責任を負わせることは、比較的分かりやすいものである。この意味で、特定の物価上昇率水準に注目が集まることは、重要な経済政策の一部が専門家組織に委ねられることの代償といえる。これに対して、マクロプルーデンスの視点を金融政策運営に生かしていくという考え方は一般にはかなり分かりにくく――サイエンスというよりアートの側面が強く――、そうした政策運営のスタイルが民主主義社会においてどの程度受け入れられていくかが今後試されることになるだろう。

第2の課題は、最初の課題とも関連するが、中央銀行における政策決定過程や経済分析力をさらに強化することである。正しい政策決定とそれを支えるリサーチ機能は、中央銀行の独立性の実質的な基盤である。今回の危機を通じて明らかになったのは、伝統的なマクロ経済のレンズだけに頼って経済をみていると、見落とすものが多いということである。中央銀行にとって必要なのは、そうした見落としを回避し、集団思考の弊害から脱する努力をしていくことである。この点では、マクロ経済だけでなく、金融市場や金融機関に関わる情報がバランス良くインプットされ政策決定に活かされていく、組織文化を育てていくことが不可欠である。


04. 2012年4月14日 15:55:40 : mHY843J0vA

http://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2012/siten1204.htm/
支店長会議総裁開会挨拶要旨(2012年4月)
2012年4月12日
日本銀行

(1)世界経済は全体としてなお減速した状態から脱していないが、米国経済では緩やかな改善の動きが続いているほか、欧州経済も停滞感の強まりに歯止めがかかっている。

(2)わが国の経済は、なお横ばい圏内にあるが、持ち直しに向かう動きがみられている。輸出は、これまでのところ横ばい圏内にとどまっている。国内需要をみると、設備投資は、被災した設備の修復などから、緩やかな増加基調にある。個人消費は、自動車に対する需要刺激策の効果もあって、底堅さを増しているほか、住宅投資も持ち直し傾向にある。公共投資も、ここにきて増加に転じている。以上の内外需要を反映して、生産は、なお横ばい圏内にあるが、持ち直しに向かう動きがみられている。こうしたもとで、企業の業況感をみると、輸出関連業種に慎重さが残っている一方、内需関連業種は、復興関連の需要や、個人消費の底堅さなどを反映して、改善を続けており、全体としてみれば概ね横ばいとなっている。

(3)先行きのわが国経済については、新興国・資源国に牽引されるかたちで海外経済の成長率が再び高まり、また、震災復興関連の需要が徐々に強まっていくにつれて、緩やかな回復経路に復していくと考えられる。

(4)物価面では、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、概ねゼロ%となっており、当面、ゼロ%近傍で推移するとみられる。

(5)景気のリスク要因をみると、欧州債務問題の今後の展開、国際商品市況の動向、新興国・資源国の物価安定と成長の両立の可能性など、世界経済を巡る不確実性が引き続き大きい。
   物価面では、国際商品市況や中長期的な予想物価上昇率の動向などに、注視する必要がある。

(6)わが国の金融システムは、全体として安定性を維持している。そうしたもとで、金融環境は、緩和の動きが続いている。わが国の金融システムを取り巻く環境をみると、国際金融資本市場は総じて落ち着いているものの、欧州債務問題が金融資本市場の連関等を通じてわが国に波及するリスクなどには、今後とも十分な注意が必要である。

(7)日本銀行は、日本経済がデフレから脱却し、物価安定のもとでの持続的成長経路に復帰することがきわめて重要な課題であると認識している。デフレからの脱却は、成長力強化の努力と金融面からの後押しの双方を通じて実現されていくものである。そのためには、民間企業、金融機関、政府および日本銀行がそれぞれの役割に則して、日本経済の課題克服に積極的かつ強力に取り組むことが重要である。こうした認識のもと、日本銀行としては、強力に金融緩和を推進していくとともに、成長基盤強化を支援するための資金供給を通じて、日本経済の成長基盤強化に向けた民間金融機関による取り組みを支援していく。


05. 2012年4月14日 23:02:47 : ZHXjBqSsAA
デフレ脱却に日銀の決断が必要なのはそうなのだが
一点だけ白川を擁護しておくと
ようは彼は金融緩和が単に株価つり上げに利用されるだけなのが嫌なのよ
この点は白川は正しい

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