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郵便局保険も乗っ取られる? 日本で高まるFTA危機論  レッスン5 金融サービス その1
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投稿者 MR 日時 2012 年 6 月 28 日 11:17:54: cT5Wxjlo3Xe3.
 


日経ビジネス オンライントップ>アジア・国際>TPPを議論するための正しい韓米FTA講座
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20120625/233752/?ST=print

郵便局保険も乗っ取られる? 日本で高まるFTA危機論

レッスン5 金融サービス その1

2012年6月28日 木曜日 高安 雄一

(前回から読む)

 レッスン5では金融サービスを扱います。金融サービスはそれ自体サービスの一分野であるのみならず、すべての経済活動のインフラの役割をも果たす重要なサービスです。よってGATS(サービス貿易の一般協定)でも、金融サービスに関する付属書が合意され、協定の適用範囲の明確化、金融サービス分野における例外規定などを別途定めています(※1)。そして韓米FTAでも、一般的なサービスとは別に、金融サービスに関する章を独立して設けています(第13章)。

 金融サービスについては、韓米FTAによって金融及び資本市場が完全に開放されることが懸念されています。そして韓国の金融市場が現在以上に国際投機資本の遊び場になるとして、金融サービスに関する条項についても毒素条項であると主張されています。また、「協同組合が提供する保険サービスは、民間業者より有利な競争条件を与えてはいけなくなる」、「郵政事業本部は、民間と同じ競争環境に置くことが義務付けられるため、新しい商品が販売できなくなる」として、韓米FTAの金融サービスの条項が問題であるとする主張もあり、こちらは韓国よりも日本で盛り上がっています。

郵政問題にからんで日本でも反発が

 そこで今回は、まず韓国より日本で盛り上がっている、(1)「郵政事業本部は、民間と同じ競争環境に置くことが義務付けられるため、新しい商品が販売できなくなる」、(2)「協同組合が提供する保険サービスは、民間業者より有利な競争条件を与えてはいけなくなる」といった主張について取り上げ、その後、(3)「金融及び資本市場が完全に開放されてしまう」について、その真偽、また韓国経済・社会に与える影響について検討していきます。レッスン5の金融サービスは内容が盛りだくさんですので、2回に分け、その1で(1)、(2)、すなわち、郵便局保険と共済について取り上げ、その2で(3)、すなわち、金融市場開放について取り上げます。

 まず検討に先立ち、韓米FTAで金融サービスがどのように扱われているのか確認します(※2)。金融サービスについても、一般的なサービスと同様、原則的に、a:内国民待遇、b:最恵国待遇、c:市場アクセス制限措置の導入禁止、が義務づけられています。つまり別途、留保措置や具体的な約束がない限り、アメリカの金融サービス供給者は、韓国の金融市場に自由にアクセスすることが許され、外国のサービス供給者を差別できません。ただし金融委員会(日本の金融庁に相当)は、韓国もアメリカも既に開放度が高いため、追加的に開放する範囲はきわめて限定的であり、保険仲介業の国境間取引、情報処理海外委託などに限られているとの見解を示しています。

※1 外務省経済局サービス貿易室(1997)113ページ。
※2 韓米FTAで金融サービスがどのように扱われているのかについては、金融委員会「韓米FTA金融サービス分野説明資料」(2011年11月23日)により記述した。

 そして政府の規制については、金融システム安定および消費者保護を目的として、金融当局が健全性措置を取ることが可能とされ、別途留保した事項に対しては、市場アクセス制限措置の導入禁止や内国民待遇などに例外を認めています(よって金融サービスも、前回開設した「ネガティブリスト」方式です)。さらに短期セーフガード措置が設けられ、経済危機時には急激な外貨流出入をコントロールできる仕組みもあります。

 先述したように、金融サービス分野はOECD加入、1997年の通貨危機を契機に、既に大部分の分野で開放されています。特に資本市場は、国際社会の要請もあり1990年代初頭から開放が始まりました。

かつては株式・債券市場に厳しい外国人の投資規制が

 まず株式について見てみましょう。1991年まで外国人は原則として韓国の株式に投資できませんでしたが、1992年1月に株式市場が開放され、上場株式に対する投資が可能となりました。ただし銘柄ごとに外国人全体としての取得限度及び一人当たりの取得限度が定められ、それぞれ発行株式数の10%、3%とされました。この取得限度は1997年以前から少しずつですが緩和され、1998年5月には外国人全体としての限度、一人当たりの限度がともに完全に撤廃されました(※3)。

 次に債券です。外国人の韓国債券に対する投資は、債券市場が十分に成熟していなかったうえ、内外金利差も大きかったことから、通貨危機以前は株式以上に強く規制されてきました。しかし1997年12月には、上場された会社債、国公債および特殊債について、外国人の投資が全面的に許容されました(※4)。

 よって韓国の金融サービスの開放は既に進んでおり、先述したように韓国側の更なる開放の余地はそれほど大きなものではありません。ただし金融サービスに関してまったく義務を負わなかったわけではなく、(1)保険の取り扱いや保険仲介業の国境間取引の開放、(2)農協など4大共済に対して民間保険会社と同一の支払い余力基準適用、(3)郵便局保険に対する金融委員会の監督強化(2と3は後で詳しく説明します)、(4)金融情報処理の海外委託許容などが、韓米FTAによって義務づけられました。そして(1)〜(4)についてはおおむね法律改正などを行うことで、開放義務を履行しています。

 韓米FTAで金融サービスがどのように扱われているのか確認したところで、ここからは韓米FTAに対する懸念が妥当なものか否かにつき見ていきます。

※3 ただし韓国電力、デーコム、韓国通信、SKテレコム、大韓航空、韓国ガス公社などの公益サービスを提供する企業の株式には外国人の株式取得に係る限度が設定されている。
※4 Kim et.(2001)40-41ページ。

 第一に『郵政事業本部は、民間と同じ競争環境に置くことが義務づけられるため、新しい商品が販売できなくなる』についてです。これは毒素条項に関する議論では取り上げられておらず、あまり韓国では重視されていないように思えますが、日本において「大問題である」と盛り上がっており、関心を持たれている主張です。

 これに関連して、民間と同じ競争環境に置くことによって、郵便局保険が弱体化し、最終的にはアメリカの保険会社が市場を奪うとのシナリオが現実化するとの懸念もあります。さらに、郵政事業本部が金融委員会に財務諸表を提出しなければならない、保険商品の広告に当たり保険会社と同一の認可要件が必要となる、新商品の販売禁止、既存商品を修正する際には金融委員会が勧告しなければならない点などを列挙して、これらがすべて問題であるとの声もあります。

 いずれにせよ、郵政事業と金融サービスとの関係では、問題とされている点は、郵便局保険に集中しています。

ゆうちょより巨大な郵政事業本部の存在感

 郵政事業本部の沿革や郵便事業については、レッスン4の「サービス貿易」で解説しましたので、その際に取り上げなかった金融分野に関する統計について見てみます。まず預金残高は2010年の平均で50兆ウォンであり、GDP(名目。以下同じ)の4.2%に相当します。さらに保険の保有契約額は、2010年末で139兆ウォンであり、GDPの11.8%に相当します。

 これを日本と比較してみましょう。ゆうちょ銀行の2010年度における預金平均残高は176兆円であり、GDPの36.7%です。またかんぽ生命の2010年度末における保険の保有契約額は20兆円であり、GDPの4.1%に相当します。よって預金残高の対GDP比は日本の方が高く、保険の保有契約額については韓国の方が高いことがわかります(※5)。

 郵政事業本部の金融事業に関する相場観を得たところで、韓米FTAによって郵政の金融事業に課される義務、従来と変更しないとことを確認した点について見ていきましょう(※6)。韓米FTAで、郵政の金融事業に関係する部分として、(1)附属書13-d「一般人に対する郵政事業本部の保険供給」、(2)附属書簡の2つがあります。

 まず前者を見ます。附属書13-d「一般人に対する郵政事業本部の保険供給」では、郵政事業本部が提供する保険サービスに対する規制は、民間サービス供給者より競争上の恩恵を与えなければならない点が書かれています。つまり郵便局保険については、国家機関が運営するといった特殊性を尊重し、従来から行ってきた免税、政府による支払保証を認めています。また郵政事業本部が供給する保険サービスは、金融委員会が規制・監督権を行使し、民間の保険会社と同一の規則が適用されるように、実行可能な範囲で規定しなければならないとされています。

※5 ゆうちょ銀行、かんぽ生命のホームページ資料から得た数値などにより記述。
※6 韓米FTAによって郵政の金融事業に課される義務、従来と変更しないとことを確認した点を解説した部分は、ムンピョンチル(国会知識経済委員会専門委員)(2011)により記述した。

 続いて後者の、韓米FTAの附属書簡です。ここでは、(1)郵政事業本部が金融機関ではなく、政府機関として認定するとされています。これは、韓米FTAの第13条(金融サービス)で定められた義務を適用されず、知識経済部の所属機関である郵政事業本部が、郵便局保険に対する規制・監督権限を有していることを意味しています(※7)。

 また(2)金融委員会が、郵便局金融危険管理委員会及び積立金運営審議会における委員の半分以上を推薦する、(3)郵政事業本部は金融委員会に、基礎書類及び決算書類などを提出して、金融委員会の勧告事項がある場合、これに合わせる、(4)責任準備金及び保険料の適正性に対する、保険開発院または保険計理法人の確認を受けなければならない、(5)郵政事業本部の保険サービス広告に対しては、民営保険会社と同一の承認要件を適用する点が記されています。(2)〜(5)は発効日より2年後に効力を発揮します。

 さらに、(6)変額生命保険、損害保険及び退職保険を含む新しい保険商品の売り出しを禁止し、既存商品を修正する場合には金融委員会は勧告を提示する、(7)郵政事業本部は、保険価格限度を引き上げる時、金融委員会と協議して、金融委員会は引上げの公表及び意見聴取の後、意見を提示することが示されています。そして(6)(7)は発効日から効力を発生します。

「それは韓国に不利益なのか」で考えよう

 (2)〜(7)を見ると、郵便局預金や郵便局保険など金融事業は、金融委員会が規制・監督権限を有するようなったとも読めます。しかし保険消費者の保護や財務健全性に関する規制は強化されるとともに、金融委員会の関与が強まりますが、郵政事業本部が、郵便局預金や郵便局保険に対する規制・監督権限を有していることには変わりありません。

 以上で、韓米FTAによって変更されない部分を示したとともに、郵政の金融事業に新たに課される義務を確認しましたが、事実関係については、日本における主張に大きな間違いはありません。しかし新たに課されることとなった義務が問題であると主張するためには、この義務が韓国経済・社会に不利益を与えるか否かの検証が必要です。

 国会では韓米FTAの発効に備えて、「郵便局預金・保険に関する法律の一部を改正する法律案」(以下「改正郵便局預金・保険法」とします)を審議してきましたが、その検討報告書(知識経済委員会専門委員ムンビョンチル議員)が上記の検討に役立ちます。よって以下ではその記述内容を紹介しつつ検討します。なお報告書は(3)(6)について扱っていますので、検討する義務もそこに絞ります。

※7 ハンギョレ新聞「FTAで『メスを入れる法律』韓国は23、アメリカは4・・・米国法を移植」(2011年11月2日)。

 最初に実質的には新しい義務が課されたわけではないものについて説明します。まず、(3)「郵政事業本部は金融委員会に、基礎書類及び決算書類などを提出して、金融委員会の勧告事項がある場合、これに合わせる」です。政府はこの義務を果たすために、2011年12月2日に公布された、改正郵便局預金・保険法第10条に第5項を新設し、「知識経済部長官は会計年度ごとに保険に決算が終わった時、財務諸表など決算書類を金融委員会に提出して協議しなければならない」ことを盛り込みました。

 しかし、現在でも、郵政事業本部は、「郵便局保険健全性基準」(郵政事業本部公示第2010-52号)第47条及び第48条にもとづき関連書類を提出しています。よって決算書類の提出義務の根拠が法律に格上げされたとの意味はありますが、これまでも課されていた提出義務に変更を加えているわけではありません。

 次に(6)の後段の部分、「既存商品を修正する場合には金融委員会は勧告を提示する」です。政府はこの義務を果たすために、改正郵便局預金・保険法第10条に第4項を新設し、「知識経済部長官は、保険の種類を修正する場合、「保険業法」第5条第3号による基礎資料などを金融委員会に提出して協議しなければならない」ことを盛り込みました。

 しかし現行法でも、知識経済部長官が保険の種類を定めようとする場合には、金融委員会と協議するように規定されています(「郵便局保険健全性基準」第41条)。そして保険商品を金融委員会と協議する際には、保険商品の基礎資料を金融委員会に提出しなければならなくなっています。よってこの点についても、これまでも課されていた提出義務に変更を加えているわけではないと言えそうです

郵便局保険は規制強化、しかし…

 一方で実際に規制が強化されるものもあります。(6)の前段部分、「変額生命保険、損害保険及び退職保険を含む新しい保険商品の売り出しを禁止する」です。郵便局預金・保険法の第28条には、「保険の種類、契約保険料限度額、保険業務の取り扱いなどに必要な事項は知識経済部令に定める」ことが規定されています。そして同法の施行規則第35条には「法第28条による保険の種類は別表1に定める」と書かれ、別表1に、保険の種類が列挙されています。

 このようななか、政府は改正郵便局預金・保険法の付則第2条に、「この法律の施行後は、第28条による知識経済部令に新しい保険種類を新設できない」と記し、(6)の前段の義務を履行するようにしています。つまり、これまで法律上、新商品の販売が規制されなかったところ、韓米FTAによる法改正により新商品の販売が禁止されたため、郵便局保険に対する規制が強まったと言えます。

 しかし法律上の新商品の販売ができなくなったのですが、実質的には韓米FTAとは関係なく、郵便局保険が新商品を販売することは難しい状況でした。

 韓米FTAでは、変額保険、損害保険、退職保険が、新設できない保険の種類として具体的に示されています。このうち損害保険の新設ができない点については、保険業法第10条で、保険会社に対して、生命保険と損害保険の兼業を禁止しています。よって現行法においても郵便局保険は損害保険を扱うことができないので、保険会社に比べて郵便局保険が不利になることはありません(※8)。

 また情報通信政策研究院のパクジュンコン博士は、韓米FTAが発効する以前も、郵便局保険が変額保険など新商品を開発して、販売することは国内生命保険会社の反発から難しかった点を指摘しています。さらに、郵便局保険は、これまで保険本来の機能を持つ保険、すなわち保障資産を担保する商品を開発してきており、変額保険などの投資型商品を販売することは趣旨に合わないとしています(※9)。

 つまりこの主張によれば、変額保険などの新商品は、保険会社が販売する性質の保険であり、韓米FTAとは関係なく、郵便局保険が取り扱うべきではないわけです。

駐韓アメリカ商工会議所の圧力か?

 さらに最近は郵便局保険の加入限度額引上げが問題となっています。ハンギョレ新聞は「郵便局保険拡大、韓米FTAに違反」(2012年1月5日)で、知識経済部が郵便局保険の加入限度を50%引上げる改正法令案を、韓米FTAに違反するという、駐韓アメリカ商工会議所(AMCHAM)からの抗議により撤回したと伝えました。そして韓米FTAが発効された後には、郵政事業本部が加入限度額を50%引き上げることが不可能になったと主張しています。

 これに対しては知識経済部(郵政事業本部)が以下のように反論しています(※10)。まず郵政事業本部は、韓米FTAによる義務履行のため部令(郵便局預金・保険に関する法律施行規則を一部改正する部令案、以下「部令改正案」とします。ちなみに「部令」は、日本の「省令」に相当します)を改正するための立法予告2011年10月14日に行いました。

 しかし、1997年から凍結されてきた郵便局保険の加入限度額を、物価上昇率を反映して増額が必要であるとの意見を踏まえ、2011年11月11日に以前の立法予告を修正しました。立法予告とは、法令などを制定、改正あるいは廃止する場合、立法案を準備した行政機関がこれを国民に予告することで、国民からの意見を聴取する制度です。立法予告期間は、特段の事情がない限り20日以上行う必要があり、立法予告以降に内容に大きな変更があった場合は、立法予告をやり直す必要があります。ただし例外的に立法予告を20日未満に短縮することができます。

※8 ムンビョンチル(2011)9ページ。
※9 パクジュンコン(2007)「郵便局保険の韓米FTA協商結果に対する評価」(韓国情報政策研究院『専門家コラム(2007年5月14日)』).
※10 知識経済部(郵政事業本部)の反論については、知識経済部「“郵便局保険拡大、韓米FTA違反、駐韓米商工会議所、政府に抗議書簡”報道に対する解明」(2012年1月5日)。

 当初の部令改正案は、立法予告期間を20日以上確保していました。そのようななか、急遽、郵便局保険の加入限度額を引き上げる修正をしたのですが、立法予告の終了日を変えなかったため、修正後の部令改正案の予告期間が8日間だけになってしまいました。この結果、部令改正案については十分な意見集約ができていないとの批判が高まりました。

 また国内保険業界も郵便局保険の加入限度額の引上げに反対しました。これらの批判が出たことから、政府は部令改正案から、郵便局保険の加入限度額引上げ部分を削除することにしました。よって、郵便局保険の加入限度額引上げの取り下げは、駐韓アメリカ商工会議所の抗議によるものではないとしています。

 さらに郵便局保険加入限度額の引上げは、郵便局預金・保険に関する法律にもとづき、金融委員会と協議をすれば可能です。そして知識経済部は、今後、保険市場に及ぼす影響に対する総合的な検討及び関係行政機関との協議を経て、郵便局保険の加入限度額引上げを行うとしています。

抗議ではなく立法手続き上の問題だった

 つまり、郵便局保険の加入限度を引き上げるための部令改正案は、立法手続きの問題により一時的に取り下げられました。しかし、近い将来、きちんとした手続きを踏まえた上で、郵便局保険の限度額を引き上げる部令改正案を、政府が再提出すると考えられます。

 郵便局保険については以上です。ここからは、第二の『協同組合が提供する保険サービス(=共済)は、民間業者より有利な競争条件を与えてはいけなくなる』についての検討に入ります。

 これも郵便局保険と同様、毒素条項に関する議論では取り上げられておらず、あまり韓国では重視されていないように思えますが、やはり日本では問題であると盛り上がっています。

 韓米FTA付属書13-bの第6節「分野別共同組合が販売する保険」では、共同組合に関する規制は、これと同種の保険サービスを提供する民間保険会社より、有利なものであってはいけないとされています。そしてこの目的のため、金融委員会は、分野別共同組合が提供するサービスに対する規制監督権を行使しなければならないと書かれています。

 また、米FTAの発効後3年以内に、農業協同組合中央会、水産業協同組合中央会、セマウル金庫連合会、信用協同組合中央会の支払能力が、金融委員会の規制対象とされる点も規定されています。

 これら協定文からは、協同組合が提供する共済は、民間業者より有利な競争条件を与えてはいけなくなることは間違いなさそうです。ただしこの取り決めによって、韓国の経済・社会的な利益が失われるのかについては検討する必要がありそうです。

 検討に当たっては韓国の、(1)主要な共済の概要、(2)財務健全性を測る最重要な指標である支払余力比率の概要と算出方法の変更、(3)保険や共済に課される支払能力比率に関する規制の違いについて知る必要がありますので、以下では順を追って解説していきます。

 まず「主要な共済の概要」を見ていきましょう(※11)。上記の附属書で具体的に挙げられた組織が販売する共済、すなわち、水協共済、セマウル共済、信協共済が主要な共済と言えます。農業協同組合中央会が扱う農協共済が抜けているのではと思う人もいるかもしれません。しかし農協共済は、2012年3月の経済事業(農畜産物の流通や販売など)と金融事業の分離にともない、保険会社として保険業法の適用を受ける、NH農協生命、NH農協損害保険が担うこととなりました。よって共済の議論からは、旧農業共済は除外しています。

 これらの共済は民営の保険と比べて様々な違いがありますが、所管官庁と監督に絞って確認します。まず所管官庁です。保険は金融委員会ですが(信協共済も)、水協共済は農林水産食品部、セマウル共済は行政安全部です。また監督方法も異なります。信協共済は保険と同様、金融委員会の監督と金融監督院(※12)の検査を受けます。

“主要な共済”はすでに金融委員会の検査、協議を受けている

 一方で、水協共済は、農林水産食品部長官が監督し、監督上必要な時に命令を出します(※13)。ただし契約者保護などの観点から、金融委員長と協議して、監督に必要な基準を決め、これを公示する必要があります。またセマウル共済も、行政安全部長官が監督しますが、水協共済と同様、監督基準は金融委員長との協議を経て決めなければなりません。

 次に保険会社などの「財務健全性を測る最重要な指標である支払余力比率の概要と算出方法の変更」について見ていきましょう(※14)。支払能力は、契約の段階で約束された保険給付を相当程度の確度で保証するための財政的基盤がどの程度充実しているか、つまり保険会社が予想できない損失と費用が発生する場合に、バッファー機能がどの程度充実しているかで測ります。この支払能力については、水協中央会、セマウル金庫連合会、信協中央会(以下「組合中央会」とします。)に対して、保険会社と同じ規制がかけられてきました。しかし2011年4月から保険会社についてのみ、支払能力に関する規制が強化されました。

※11 オヨンスほか(2011)40-41ページ。
※12 金融委員会の傘下機関であり、金融機関に対する検査を行う。
※13 金融委員会に検査を要請することも可能。
※14 本パラグラフは、支払い能力の説明も含め、オヨンスほか(2011)62ページにより記述した。

 支払能力を測る指標の一つとして、支払余力比率があり、韓国では1999年から、この指標を使って、銀行の財務健全性を測っています(※15)。支払余力比率は、(支払余力金額÷支払余力基準額)×100、との式で算出されます。支払余力金額とは、予想外の損失が発生した、あるいは資産価値が下落した場合でも、保険契約者に対する債務を十分に履行可能なように保有している財務的能力のことです。おおまかには、自己資本に相当する額であると言えるでしょう。支払余力基準額は、契約の段階で約束された保険給付を相当程度の確度で保証するための財政的基盤を金銭換算したものであり、経験則や危険度などを考慮して合理的に金額が算出されます。

 なお保険業法施行令では、支給余力基準額を、「保険業を営むことによって発生する危険を、金融委員会が定める方法によって換算した金額」と定義しています。そして支払余力比率は、金融監督院による早期是正措置発動の基準の一つとされ、具体的には、100%を下回った保険会社に早期是正措置が発動することが定められています。なお2011年4月以前は、保険会社も組合中央会は、同じ方法で算出された支払余力比率によって支払能力が測られていたとともに、健全性に問題とされる下限がともに100%に設定されていたため、同一の規制がかけられていたと言えます。

共済は厳しい基準からまぬがれた

 しかし2011年4月に、保険会社に適用される支払余力比率の算出方法が、従来の固定比率方式から、RBC方式に変更されました(※16)。固定比率方式とRBC方式の大きな違いは、支払余力比率の分母である支払余力基準額の算出方法です。単純化して述べると、固定比率方式では、支払余力基準額を、リスクを金銭換算するのではなく、経験側などから得たリスクの代理変数により算出しています(※17)。この方式は支払余力基準額を簡単に出せるといったメリットはありますが、リスクを正確に反映した額の算出はできません。

 一方、RBC方式は、保険リスク(死亡率や事故率の変化などによるリスク)、金利リスク(金利の変化にともなう資産と負債の変動などによるリスク)、資産リスク(投資資産の価格変動などによるリスク)、信用リスク(取引相手の債務不履行などによるリスク)を金銭換算した額から、支払余力基準額を算出しています。RBC方式で支払余力基準額を算出する際には手間がかかりますが、リスクをきちんと反映した額を導き出すことができます。

 よって固定比率方式よりRBC方式で支払余力基準額を算出したほうが、保険会社の財務健全性を正確に把握することができ、アメリカを始め、日本、オーストラリア、イギリス、シンガポールなどがRBC方式を導入しています。

※15 以下、支払余力比率の算出方法に関する記述は、統計庁ホームページにより記述した。
※16 支払余力比率の算出方法、RBC方式の導入国については、金融監督院(2009)を参考に記述した。
※17 具体的には、【1】保険危険額、【2】資産運用危険額の2つに分け、前者を危険保険金の0.3%(生保の場合)、後者を責任準備金の4%に相当する額としていました。

 金融委員会は2005年6月より、RBC方式への移行を検討し始め、途中延期されたものの、2011年4月にRBC方式に移行しました。なおRBC方式は固定比率方式より厳しい規制であるとされています。保険研究院のオヨンス博士などは、固定比率方式により支払余力比率を算出する場合、RBC方式の場合より規制が緩やかになるとしています(※18)。

 また毎日経済新聞によると、2009年9月末における生保の支払余力比率は、従来基準によれば249.1%でしたが、RBC基準では218.7%となるとしています(※19)。高いリスクに直面していない保険会社は、従来基準よりRBC方式の方が有利になる場合もありますが、総じて見れば、RBC方式への移行は、規制の強化と考えてよさそうです。

 さらに「保険会社や組合中央会に課される支払余力比率に関する規制の違い」についてです。保険会社は、2011年4月よりRBC方式にもとづき支払余力比率を算出することが義務づけられましたが、組合中央会は従来の方式に変更が加えられませんでした。是正措置の発動要件となる支払能力比率の下限は100%のままですので、保険会社の支払能力に関しては、組合中央会より厳しい規制がかけられるようになりました。

財務の健全さを保つ効果も

 これについて、組合中央会は、財務健全性に対する規制が相対的に弱いため、積極的なマーケティング戦略を取ることができ、利益を高めることができるとの指摘があります。そして長期的には、支払ができない事態や破産が発生する可能性が相対的に高いのですが、短期的には競争上優位に立つことができるとしています(※20)。

 ここで韓米FTAの話に戻りましょう。韓米FTAの義務を履行するならば、組合中央会が提供する共済には、民間業者が提供する保険より有利な競争条件を与えてはいけなくなります。よって組合中央会にも保険会社と同様の規制、支払能力であれば、支払余力比率の算出をRBC方式によらなければならなくなります。つまり組合中央会に対する規制も強化されることになります。

 しかしRBC方式に移行した理由は、従来の方式では、保険会社の財務健全性が十分に測れなかったことにあります。よって組合中央会に対しても、RBC方式にもとづき支払余力比率を求めるように義務づけることは、韓国の経済・社会的な利益を増す結果となると考えることもできます。韓米FTAによって、韓国の制度が変化すること自体がけしからんという議論ではなく、組合中央会に対する規制強化が、韓国の経済・社会的利益を損なう理由を示した上で、これを韓米FTAの問題点として取り上げることが必要でしょう。

(以下次号)

※18 オヨンス(2011)77ページ。
※19 毎日経済新聞社インターネット版「上半期生保社収益急騰...純益前年比2倍」(2009年12月1日).
※20 注18と同様。

<参考文献>
日本語文献
外務省経済局サービス貿易室(1997)『WTOサービス貿易の一般協定』日本国際問題研究所.

韓国語文献
オヨンスほか(2011)『一般共済事業規制の合理化方案』保険研究院.
金融監督院(2009)『保険会社危険基準自己資本制度解説書』.
ムンビョンチル(2011)「郵便局預金・保険に関する法律を一部改正する法律案検討報告書」.

英語文献
Kim Sonyoung, Kim H. Sunghyun, Wang Yunjong (2001) “Capital Account Liberalization and macroeconomic Performance” Korea Institute for International Economic Policy.


TPPを議論するための正しい韓米FTA講座

豪州でTPP(環太平洋経済連携協定)参加国交渉が始まった。日本の交渉参加を巡る意見も参加国の間で熱を帯びる。交渉参加のための協議、そしてその後の交渉本番と、日本にはこの先、厳しい舞台が待ち受ける。TPPの正しい理解に必要な論点を3月15日に発効する韓米FTAに学ぶ。

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高安 雄一(たかやす・ゆういち)

大東文化大学経済学部社会経済学科准教授。1990年一橋大学商学部卒、同年経済企画庁入庁、調査局、外務省、国民生活局、筑波大学システム情報工学研究科准教授などを経て現職。
『知られざる韓国経済』(仮タイトル)を今年春に日経BP社から出版予定  

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