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高成長の陰で高まるアジア新興国の労務リスク〜ベトナム、インド、中国の所得格差は拡大傾向 
http://www.asyura2.com/12/hasan77/msg/250.html
投稿者 MR 日時 2012 年 8 月 03 日 23:39:40: cT5Wxjlo3Xe3.
 

高成長の陰で高まるアジア新興国の労務リスク
〜ベトナム、インド、中国の所得格差は拡大傾向〜
 アジア事業コンサルティング部 中村昌宏 労働力が豊富で賃金コストが低い国では、多くの外国企業が進出することで経済が発展するが、成長の過程では労働者が待遇改善を求めてストライキやデモを起こすケースがある。特にこの2ヵ月間では、ベトナム、インドネシア、インド等、日系企業が多く進出している国での動きが目立っている。 ベトナムでは6月7日にハノイにあるキヤノンのタンロン工場で大規模な賃上げストが発生。経営側が賃上げに応じたことで、ストは数日後には収束したが、同じ工業団地に入居している他の日系企業にもストが波及した。インドネシアでは、6月19日、ジャカルタ郊外の日系企業の集積地で労働者約6,000人がデモに参加、また、7月12日にはジャカルタ中心部で、最低賃金の算定基準改定と請負労働の廃止を求めて約2万人がデモを行った。インドでは7月18日にスズキの工場で従業員による暴動が発生し、インド人幹部1人が死亡、日本人幹部を含む約100人が負傷した。 デモやストライキの背景には、高いインフレ率による生活環境の悪化等があるが、構造的な問題として、経済水準の向上に伴って所得格差が広がっていることが考えられる。
図表1. 世界各国の経済水準と所得格差(2010年) (出所)IMF、Euromonitorより、大和総研作成
図表1では、IMFとEuromonitorの統計から、2010年の世界70ヵ国について、経済水準と所得格差の関係を示している。経済水準では1人あたりGDPを、所得格差ではジニ係数(0から1までの値をとり、0に近いほど所得格差が小さいことを表す)を用いている。 経済水準と所得格差の中央値を基にグラフを上下左右に4分割し、東アジア・東南アジアの主要12ヵ国をみると、(1)経済水準が高く所得格差も小さい右下ゾーン(日本、韓国、台湾)、(2)経済水準は高いが所得格差も大きい右上ゾーン(シンガポール、香港)、(3)経済水準は低いが、所得格差が大きい左上ゾーン(マレーシア、中国、タイ、フィリピン、ベトナム、インド、インドネシア)に分類できる。最近のストライキやデモは、(3)の「経済水準が低いが所得格差の大きい国」で起こっている。 図表1では、左上と右下のゾーンに国が集中しているため、一見すると、東南アジアや中国の経済水準が今後さらに向上すれば、所得格差が縮小するようにもみえる。しかし、1990年から2010年までの20年間の変化でみると、実際には逆で、経済水準の上昇は所得格差を拡大させたケースが多い。
図表2. アジア諸国の経済水準の発展と所得格差の変化(1990年→2010年) (出所)IMF、Euromonitorより、大和総研作成
中にはフィリピンやタイのように、経済水準が上昇する過程で、所得格差が縮小する例もあるが、これは両国が1990年時点の所得格差が他国に比べて非常に大きかったことも影響している。両国以外はおおむね右上方向に進み、特にベトナム、中国、インドでのシフト幅が大きい。これらの国では、外国資本の参入で雇用機会が増え、国民全体(平均)の所得水準は上昇しているが、同時に賃金格差が広がったことで、ストライキやデモが起きやすい状況になっていると考えられる。 また、税制の面からも、東南アジア諸国、中国、香港では相続税や贈与税がないため富が集中しやすく、所得格差の一因にもなっている(日本、韓国、台湾には相続・贈与税がある)。
IMFでは、2011年と比べた2016年の1人あたりGDPについて、中国、ベトナム、インドネシアが6割増、インド、タイが5割増、マレーシア、フィリピンが3割増と見込んでいる。過去の傾向から予想すれば、特に中国、ベトナム、インドネシア、インドでの所得格差が広がる可能性は高い。経営者は物価動向から賃金インフレを予想するだけでなく、所得格差の状況を考慮した労務リスクを念頭に入れ、事業戦略を検討する必要があろう。
ご参考

中村昌宏のコラム
アジアンインサイト
[2012.08.02] 高成長の陰で高まるアジア新興国の労務リスク〜ベトナム、インド、中国の所得格差は拡大傾向〜
[2011.09.06] お金の使い道からみたASEAN主要国の違い
[2011.06.10] 一層の拡大が期待されるASEAN自動車市場
[2010.12.27] 2011年1月11日にラオス証券取引所で株式取引が開始
[2010.11.05] ラオス:証券取引所開設により期待される長期的な経済成長
http://www.dir.co.jp/souken/asia/asian_insight/120802.html


中国経済を見る戦略キーワード(2)
―成長は保八から破八へ、そして高齢化へ3つの懸念―
 常務理事 金森俊樹 [プロフィール] 保八から破八への転換
2012年上半期の中国全土の成長率は年率で7.8%と久々に8%を割った(破八)。中国では従来、雇用への影響から8%以上の成長を維持する(保八)ことが至上命題のように考えられていただけに、にわかに中国経済の減速を懸念する声が内外で高まっている。ただ、地域別の成長率には大きなばらつきがあり、7月中旬までに発表された20の省・直轄市をみる限り、基本的に西高東低(西快東慢)である。中西部地域は大半が10%を超える一方、東部は10%以下が多く、ちょうど10%が東部と西部を分けるラインとなっており(東西部分界線、7月23日付第一財経他)、天津(14.1%)と福建(11.4%)のみがこの境界線を超えている。20の省・直轄市の中では、貴州の14.5%がもっとも高く、北京の7.2%が最も低い成長率だ。 破八をそう騒ぐ必要はなく冷静に見るべきとの指摘が、当局のみならず、一般のメディア上でも散見される(7月16日付国際金融報、31日付経済参考報他)。7%台でも、先進経済や他の新興国と比べても十分高く、世界経済をリードする成長率であること(領跑全球)、政府の当初目標7.5%よりなお高いこと、何も考えず8%以上の成長を目指して政策転換をすると、不動産バブル(房地産泡沫)を再来させることになるとの警告である。したがって、保八に固執しすぎるべきでなく(無需過于執着)、破八に対しては、落ち着いた態度を保持すべき(保持淡定)ということになる。淡定は、近年中国のネット上で頻繁に使われるようになった一種の流行語(熱詞)で、木木と称する流行作家の三部作、「誘惑的人生要淡定」、「人生要耐得住寂寞」、「淡定的人生不寂寞」から来ているようだ。誘惑の多い人生には落ち着いた態度が必要、またそうした態度をとることで人生の寂寞から解放されるというものだが、これには、達観、あきらめといったニュアンスも漂う。7%台への減速は、高度成長の中でのひと休みと考えてよいのか(舒口気)、中国経済が本格的に高度成長から中成長へ移行する長期的転換点(拐点)に立ち、経済が全体として平台整理期に入りつつあるのか、今後注視していく必要がある。
3つの養老之憂
急速に進む高齢化に対する懸念(養老之憂)がもはや無視できなくなっている(不容忽視)との議論が、専門家やメディアの間で盛んになっている。第一は、高齢化社会に対応する産業が未発達であること(産業之慮)、たとえば2010年末、養老施設のベッド数は老齢人口総数の1.59%にすぎず、先進国の5−7%はおろか、一部発展途上国の2−3%にも満たない。養老施設は全国に約38,000しかなく、専門的人材が少なく経営効率も著しく悪い。第二は、高齢者の生活環境が困難を極めていること(生存之窘)、2010年末、要介護高齢者は3,300万人、うち1,080万人は完全介護が必要、2015年には、これが各々4,000万人、1,200万人以上に増えると言われている。なかでも、一人暮らしの要介護老人(空巣老人)が急速に増えている(以上7月27日付経済参考報等)。第三は、年金財政の資金難(資金之困)だ。 資金難への対応策として定年延長が有力案として当局者から提示されているが、高齢者に対しさらにひどい扱い(雪上加霜)をするもの、高齢化からくる労働力不足を定年延長で緩和しようとするのは、西側流の場当たり的な対策(頭痛医頭脚痛医脚)で馬鹿げた考え(馊主意)と拒否反応も強い(7月3日付環球網、4日付経済参考報)。そこで、保険カバー率の向上、国有株の売却収入の社会保障基金への移転(划転)等をパッケージとした開源節流の必要性が専門家の間で主張されている(7月13日アジアンインサイト)。開源節流は、中国でも歴史上の故事に由来する。早くは、春秋時代の思想家孔丘が提起した概念で、その後、戦国時代の思想家荀況が「富国篇」の中で説いた富国戦略で用いられているという。「国を豊かにかつ強くするためには、民衆を慈しみ、国家財政の収支では開源節流、日本語で言えばまさに、‘入るを量って出ずるを制す’を心がけることが肝要、それによって国民は安心して働き生産が拡大、国も豊かになる(下富則上富)」とされる。反対に、「国が生産にかまわず物資の浪費ばかりしていると、国民は貧困にあえぐことになる(下貧則上貧)」。現代社会では「下」、「上」といった表現はなじまないが、意図は通じる。国家財政が大赤字の日本にとっても耳が痛い。 しかしより根本的な問題として、中国は途上国のままで高齢化を迎える(未富先老)可能性が高く、現役世代が支払う保険金を、その時の高齢者の年金支払いに充てる賦課方式(現収現付)が持続可能でなくなるおそれが高い。本来、当該個人の退職後の年金支払いのため積み立てられている保険金個人負担分も、現在の年金支払いに流用(挪用)され、社会科学院の推計では2011年、基本養老保険個人口座には帳簿上2.5兆元あるが、実際には現金は2,700億元しかなく、2.2兆元が空胀となっており、保険金の個人負担分と企業負担分を各々、確定拠出(完全積累)と現収現付の原資として明確に区分(做実)する必要性が指摘されている(7月23日付経済参考報)。またそもそも、改革開放の過程で西側先進国同様の全国民強制加入の基礎年金、任意の企業年金といった2層、3層建ての年金制度を導入したとされているが、役所や大学等では、なおかつての鉄飯碗(ゆりかごから墓場まで面倒を見る)が残っている。中国では、高齢化への対応で、開源節流も重要だが、それ以前にやるべきことが多い。
晒三公は触目惊心
6月、審計署は2011年審計工作報告(会計検査報告)を発表、多くの行政経費の不正使用、浪費の実態を指摘した。しかし、一般国民やメディアの反応は総じて冷ややかだ。米国をベースとする中国語サイト自由亜洲電台(6月29日付)は特に辛辣で、指摘されている例だけでも一般庶民を驚かせるものだが(触目惊心)、もちろん誰もがこれらは氷山の一角(冰山一角)にすぎないと考えており、現在すでに問題が手の施しようのない深刻なところにきている(病入膏肓)とまで指摘している。 昨年から晒三公(公用車、公務海外出張、公務接待の公開)が始まっているが、公表された数値は人々に疑念を抱かせるもの(令人生疑)と、なお批判的な声が多い(8月3日コラム)。経費の公開が問題の根本的解決につながらない背景には、自上而下(なんでも上から下へ、トップダウン、政府はお上)という、歪んだ(扭曲)社会価値観、社会権利文化と腐敗文化の交錯、政権運行と腐敗の交錯があり、三公経費の支出は権力消費に他ならず、それは自然には止まらない(自然不止)との専門家の指摘は深刻だ(7月20日付財新網)。
ご参考

金森俊樹のコラム
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[2011.12.01] 2012年に向けての人民元相場−双方向への変動拡大と上昇ペースの鈍化か
リサーチ
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[2012.08.03] 中国経済を見る戦略キーワード(2)―成長は保八から破八へ、そして高齢化へ3つの懸念―
[2012.07.13] 中国年金事情:破綻予測のインパクト
[2012.07.02] ミャンマー情勢を注視する中国―人民元の「南飛」が切り札に―
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[2012.02.03] 預金準備率操作に大きく依存する中国金融政策の背景
[2012.01.17] アジアを通して見る経済成長と貧困削減−古くて新しい問題
大和総研アジア・グローバル
[2012.03.31] 上海財経大学主催、中国の金融発展に関する国際会議に参加
[2010.11.08] 日中韓FTAと歴史問題
http://www.dir.co.jp/souken/asia/asian_insight/120803.html


中国経済:経済大国が抱える貧困と所得格差
レポートのダウンロード  >>  PDF Download 395.42KB 2012年8月1日 常務理事 金森 俊樹

【サマリー】

◆中国では昨年、貧困基準が大幅に引き上げられた。中国は、以前から明示的に貧困削減対策に取り組んできており、貧困人口の削減という点では、国際的に見ても大きな成果を挙げている。他方、貧困対策関連支出の有効性・妥当性については、その資金管理等の面で、様々な問題が指摘されている。

◆中国が貧困基準を引き上げるのは、国内的には、貧困問題に積極的に取り組んでいることを示す一方、国際的には、中国がなお多くの貧困人口を抱えた途上国であると主張する意味がある。

◆高成長の下での貧困の存在は、所得格差の拡大を意味している。格差拡大の社会的影響、今後の見通しについては、経済成長や経済発展段階との関連で検討する必要がある。

◆巨額の「隠れた収入」の存在は、貧困問題や所得格差等の面で、様々なインプリケーションを有している。特に、その存在が、貧困の緩和、ひいては社会の安定に繋がっているという皮肉な側面も考えられ、そうであるとすると、「隠れた収入」にどう対応するのか、問題は複雑である。

本稿は、外国為替貿易研究会発行「国際金融」2012年7月号に掲載されたものを加筆修正の上、転載している。

1 貧困問題への取組み
昨年11 月16 日、中国国務院弁公室は、2001 年以来10 年ぶりとなる「農村貧困削減に関する
白皮書」を発表した。高成長を続け、GDP規模で世界第二位となった中国だが、所得格差が
拡大する中で、貧困問題の解決は、依然として重要な政策課題になっていることが改めて示さ
れた。
(1)白皮書に見る中国の貧困人口、貧困対策の現状
白皮書によれば、農村貧困人口は2000 年の9,422 万人から、2010 年末には2,688 万人、対農
村総人口比で見ても、10.2%から2.8%へと大幅に減少した。同期間、592 の貧困救済重点地域
で、一人当たり生産額は2,658 元から11,170 元、年平均17%上昇、また農民一人当たり収入は
1,276 元から3,273 元、年平均11%(何れも物価上昇分未調整)の上昇と、何れも全国平均を
上回った。貧困救済目的の中央・地方の財政支出は、2001 年の127.5 億元から2010 年349.3 億
元に増加、10 年間の総支出は2,043.8 億元にのぼった。うち中央の支出は2001 年100 億元から
2010 年222.7 億元へと年平均9.3%の増加、10 年間の累計投入額は1,440.4 億元である。総支
出2,043.8 億元の71.3%にあたる1,457.2 億元は、中央・地方政府が指定した貧困救済重点地
域に投入された。その後、昨年12 月、財政部が明らかにしたところによると、貧困救済目的も
含め、農村支援の中央の財政支出は、2010 年1,618 億元、2011 年2,000 億元以上(うち貧困救
済目的は270 億元)、2012 年も大幅に増やし、特に貧困救済目的予算は前年比20%以上の増加
を示している。
白皮書では、中央・地方の貧困救済対策の特徴として、以下の3点が指摘されている。
@ 資源の開発や商品の生産増を通じ、貧困地域が市場原理に誘引されて自立的に発展でき
るようにする。
A 貧困救済開発規則に沿い、毎年、貧困救済重点地域を対象に財政資金や外部資金(援助
資金)を不断に投入し、党、中央政府、各地方政府、軍、警察など関係組織が一丸とな
って取り組む。
B 地域内の相互扶助、地域の主体的な参加を図る。
(2)貧困基準引き上げの意味
中国では以前から、急速な経済成長に比し、貧困基準の引き上げが追いついていないとの認
識から、基準は年々引き上げられてきた。以前は絶対貧困と低収入者が区分され、2007 年時点
で、年間収入ベースで、絶対貧困は785 元以下、低収入1,067 元以下とされていたが、2008 年
に貧困基準として1,067 元に統一され、2009−2010 年には、これが1,196 元に引き上げられた。
3 / 12
さらに2011 年、上記白皮書の発表後、11 月29 日の中央扶貧(貧困救済)開発工作会議で2,300
元にまで引き上げられた。2010 年末の同工作会議では1,500 元とする案が検討され、2011 年4
月に同案が国務院に提出され、その後、1,800 元、2,300 元など複数の案が検討された模様であ
るが(2011 年11 月30 日付第一財経日報評論)、最終的に、大幅引き上げとなる2,300 元が採
用された。
大幅な引き上げについては、内外で妥当と評価する声が多い。たとえば社会科学院農村発展
研究所研究員は、経済成長率との関係、また国際的水準から見ても、従来の貧困基準は低すぎ
たとしている。さらに同研究員は、最低収入保障制度(低保)の対象が1,800 元以下という現
状で、貧困基準がこれ以下であると、貧困問題はないというおかしなことになるとし、また旧
水準のままでは、所得格差が拡大し、ジニ係数が上昇しているにもかかわらず、貧困発生率は
下がっているという、実態を反映しない状況にもなってきていたので、今回の大幅な引き上げ
は適切であると評価している(上記第一財経日報)。それでも、引き上げ時の名目為替相場(1
ドル約6.3 元)で見ると、新基準は1日1ドルという国際的に見れば古い基準を前提にしてい
ることは明らかである。中国農業人文発展学院の研究者は、1 日1.25 ドルという現在の国際基
準ですら、採用しているのは最貧国等少数で、多くの国はすでに実態的には2ドル基準である
とし、その場合は、中国の貧困人口は2.35 億人になるとする。その上で、同研究者は、(中国
ではすでに貧困問題は解決されたのだから、もっと最貧国を援助していくべきだという国際的
議論になるおそれがあるという意味と考えられるが)、貧困基準が低すぎると、貧困人口が少
ないことになって、開発援助分野での中国に対する国際的圧力が増すおそれがあり、早急に貧
困基準をもっと引き上げるべきと主張している(2011 年11 月30 日付京華報)。ただし、人民
元の名目為替相場はなお過小評価されている可能性があり、基準は、見かけほどは低くないか
もしれない。以前から、中国の貧困基準は低すぎて、貧困の実態を反映していないとしていた
世界銀行のエコノミストも、2005 年購買力平価(PPP)で測ると、新基準は1日1.8 ドルに
相当し、中所得国の平均的な貧困基準になっているとしている(2011 年12 月4日付中国扶貧網)。
新基準では、白皮書で2,688 万人に減少したとされる貧困人口が、7、8千万−1億人程度
にまで増加する見込みである(前出、社会科学院農村発展研究所研究員推計)。別途、2011 年
のアジア開発銀行(ADB)の推計では、1日1.25 ドル以下では6,655 万人、2ドル以下で2
億4,300 万人とされており、正確な貧困人口はなかなか把握し難いが、基準変更で、国内的に
貧困と認定される人口が大きく増えることは間違いない。中国にとって、貧困基準の引き上げ
は、国内的には貧困問題、所得格差問題を政府が重視していることを示す意味がある一方、対
外的には、中国がなお多くの貧困人口を抱えた途上国であることを主張できるという2重の意
味がある。
(3)成果を挙げてきた中国の貧困対策
中国は1980 年代半ばから貧困削減政策を明示的に掲げ、「国家八七扶貧攻堅計画(1994−2000
年)」、「中国農村扶貧開発綱要(2001−2010 年)」、「中国農村扶貧開発綱要(2011−2020
4 / 12
年)」といった計画を策定・実施してきた。多くの人口を貧困から救済したという点では、疑
いなく国際的に見ても際立った成果を挙げてきた。2011 年世界銀行調査レポート「貧困削減:
ブラジル、中国、インド比較」では、1981−2005 年、3カ国とも、1日1.25 ドル以下で暮らす
絶対貧困層の対総人口比率は低下しているが、その程度を見ると、中国84%⇒16%、ブラジル
17%⇒8%、インド60%⇒42%と、中国のパフォーマンスが際立っている。絶対貧困人口では、
1990 年から2005 年にかけ、中国では4億75 百万人減少したが、これは同期間、世界全体で減
少した貧困人口4億44 百万人をも上回る(言い換えれば、中国以外では、むしろ貧困層が増え
た地域がある)。本年2月に開催された国連経済社会理事会、世界の貧困問題を討議する委員
会においても、中国は途上国の中で唯一、貧困削減の面でMDG(Millennium Development Goal
ミレニアム開発目標)を前倒しで達成している国であるとして、高く評価されている(2月3
日付China Radio International)。しかし、所得格差の面では、中国が3カ国の中で最も拡大
している(ブラジルは逆に縮小)。
図表1 貧困人口割合・絶対人口
(単位:百万人)
1990 2005 変動幅
世界1818 1374 -444
中国683 208 -475
インド436 456 20
その他アジア333 248 -85
貧困人口割合
16
42
8
84
60
17
0
10
20
30
40
50
60
70
80
90
1981 2005
(%)
中国
インド
ブラジル
絶対人口
(出所)世界銀行、IMF“Regional Economic Outlook (REO): Asia and Pacific, October 2011”より大和総研作成
(4)貧困対策の問題点と課題
1月30 日付中国網絡電視台等、中国の多くのサイトが、昨年11 月に貧困重点地域に指定さ
れた湖南省新邵県武陵山片区で、「国の貧困重点地域の仲間入りに成功したことを熱烈に歓迎、
地区は国家が貧困と闘う主戦場に〜新邵共産党委、人民政府宣伝部」と題した写真が微博(ウ
ェイボー)に掲載されたことを報道し、ネット上で「貧困重点地域に指定されたことが、どう
してめでたいのか」といった批判的な書き込みが多く寄せられていることを紹介した。報道に
よれば、共産党委や県宣伝部は承知していないことだったとしている。また各紙は、11 月貧困
重点地域に指定されたことが中央より県に伝達された際、県のウェブサイトには、「大変な吉
報(特大喜讯)」と記載されたことも紹介している。同県は、すでに西部大開発の重点地域、
5 / 12
砂漠化防止の試行地域等10 に及ぶ「帽子」をかぶっており、11 次5カ年計画期間中には、年平
均27.6%の伸びで、総額10.67 億元に及ぶ補助を受け取っている。全国的には、1985 年から93
年にかけ、貧困人口は減少したにもかかわらず、貧困重点地域は592 まで増加し、その後、2001
年に、沿海部の一部地域の指定が取り消されたが、中西部の地域が新たに指定されたため総数
は減らず、以後現在に至るまで見直しが行われてこなかった(以上、1 月31 日付都市快報)。
今回、貧困重点地域に指定されたことにより、同県は、毎年さらに5.6 億元支給されることに
なるという(1月31 日付中国広播網)。こうしたことから、かなりの地域で、すでに経済が良
くなって貧困から脱していても、なお貧困地域という帽子は脱がずに補助金を受け取り(脱貧
不脱貧困帽)、それを貧困救済以外に使用して、政治面での業績(政績)としているといった
例が後を絶たない(3月13 日付中国経済週刊等)。言い換えれば、貧困地域は、経済発展を志
向する一方で、貧困という帽子は絶対に手放したくないという自己矛盾的な心理を有した存在
となっている。ただし新邵県については、その後3月19 日、国務院弁公室が発表した「国家扶
貧開発工作重点県名単(リスト)」には入っておらず、貧困重点地域の総数は592 と変更ない
旨であり(3月21 日付第一財経日報評論)、本件をめぐって「声高に貧困であることを主張し
た(高調R貧)」同県(同評論)の対応、一連の混乱が影響した可能性がある1。何れにせよ、
こうした状況下で、貧困からの明確な「退出」ルールを設けるべきとの指摘(社会科学院農村
発展研究所、2011 年11 月30 日付京華報)、またそのためには、指定にあたっての客観的かつ
公正な基準が不可欠(逆に言えば、現状そういった基準がない)であるとの指摘が出されてき
ている(3月23 日付光明網)。
貧困ラインの定義見直しに合わせて、将来的に、低保のラインも引き上げられ(貧困ライン
の定義と低保のラインは自動的にはリンクしていない模様)、また、その他の一般的な貧困救
済関連支出も増加することになろう。後者は大部分(少なくとも70%以上)が貧困地域のイン
フラ整備に当てられ、農民に直接行き届く分は少ない。貧困救済重点地域への一般的な貧困救
済関連支出が、当該地域のインフラ整備に対する中央からの財政補助という色彩が強いのに対
し、低保は言わば生活保護手当で、直接貧困層に現金が支給される(はずである)ので、所得
再配分効果は高い。中国では、従来、インフラ整備に充てる貧困救済関連支出を通じて貧困救
済に一定の効果は挙げてきたものの、所得格差の是正までは図れなかった。このため近年にな
って、所得分配に直接影響を与える低保に力を入れるようになってきたというのが現状であろ
う。もとより貧困解消⇒格差是正⇒消費拡大のルートを確保することは、現行12 次5カ年計画
で目指している、内需主導型への発展モデルの転換のためにも不可欠となる政策課題である。
実際、貧困救済重点地域の2010 年消費伸びは12.4%(物価調整後でも8.5%)と、農村全体の
伸びを2.6%ポイント上回っており(2011 年11 月30 日第一財経、民生証券アナリスト)、貧
困救済が消費等内需拡大に与える効果は、ある程度実証済みと言えよう。貧困削減をめぐる中
国のこれまでの顕著な成果と、他方でその過程で生じた所得格差の拡大という現象は、貧困問
題解決のため、成長重視のマクロ的アプローチと、所得再配分効果の高いミクロ的、直接的な
1 3月23 日付光明網は、もともと同地域は、2011 年に扶貧対策の大幅見直しが行われた際に新たに設けられた
「集中連片特困地区」への指定が決まっていただけであり、これは従来からの「国家級貧困県」とは異なるも
のであることから、リストに載っていないのは当然であるとしている。
6 / 12
アプローチのバランスをどうとっていくのかという、古くて新しい、そして普遍的な問題を改
めて提起している。
中国国内には、低保も含め、貧困関連財政支出のあり方、その資金管理全般に対する問題点
を指摘する声も出てきている(3月21 日付第一財経日報評論)。それによると、貧困関連財政
支出は、国務院扶貧弁公室⇒各省扶貧弁公室⇒各市・県扶貧弁公室というトップダウン型の行
政システムによって閉鎖的に管理運営されている結果、次のような問題が生じている。
@ 貧困対策関連の官僚機構の行政経費が大きい。2011 年から開始されている「3公経費」
の公開(公用車、公用出張、公費接待)によると、一人当たり3公経費は、行政機構の
中で、国務院弁公室が最も大きい。
A 貧困対策関連予算の配布が、資金の横領を誘発している。たとえば 2009 年雲南省では、
出納担当者が、80 万人民元の貧困対策予算を横領して、宝くじ購入資金に充てたとして、
禁固13 年の判決を受けた。
B 貧困対策関連の制度の立案・執行にあたっての地方政府の権限が強く、かなりの貧困対
策予算は、実際に貧困層には行かず、地方政府が他の用途に流用している。貧困対策予
算のおよそ5分の1程度は、地方政府によって流用され、なかには庁舎建設費用に充て
られた例もある。
貧困対策予算の漏出が大きく、それが実際の貧困救済に回らないという問題が発生するのは、
財政支出の配分・移転が過度に官僚機構に依存し、その運営管理に透明性が欠けていることに
あるとし、非政府組織の活用が、予算の効果的配分や汚職の防止に有効であるとされている。
本問題が、官僚機構への一定の批判にまで繋がっていることは注目すべきであろう。
2 貧困問題をより深刻にする格差の拡大
高成長が続く一方で、貧困問題がなお存在しているということは、とりもなおさず、所得格
差が拡大傾向にあることを意味しており、これが現下の中国経済が抱えるもうひとつの大きな
問題である。特に都市住民と農民の所得格差、沿海部と内陸部の収入面での地域格差が、以前
から指摘されている。
(1)所得格差をめぐる最近の動向
中国国家統計局が発表する統計や社会科学院の推計によると、所得上位層10%の平均所得は
下位層10%の23 倍程度とされる(両端格差)。また、上位10%の人口が40−45%の富を支配
する一方、底辺10%の人口が保有する富は2%にすぎない(何れも2000 年代半ば〜後半の時期)。
また、都市部と農村部の一人当たり所得の比率は、3.23:1(2010 年)と、改革開放以来、最大
の格差となった。本年5 月に西南財経大学が発表した「中国家庭金融調査報告」で最近の状況
を見ると、2011 年時点で、世帯当たり保有資産平均額は、都市部247.60 万元(金融資産は11.20
7 / 12
万元)、農村部37.70 万元(同、3.10 万元)と、格差は6.6:1(同、3.6:1)、平均可処分年
収入では、都市部70,876 元、農村部22,278 元で、格差は3.2:1、さらに、0.5%の世帯が可処
分年収入100 万元を超えており、収入上位10%の世帯が57%の収入を支配している。金融先進
国の中で所得格差が比較的大きいと言われている米国の場合、上位所得層1%の人口が23.5%
の富を支配し(2007 年、米国議会予算局)、両端格差は14 倍、比較的格差が小さいものの、近
年は拡大傾向が見られる日本は、上位1%が9.2%の所得を支配しており、両端格差は10 倍(2008
年、OECD)と言われており、日本はもちろん、米国と比べても、中国の格差は深刻である。
現行第12 次5カ年計画(2011−15 年)では、発展方式の転換に加え、「人民生活の改善を図
ること、そのために、都市部で新たに45 百万人の雇用機会を創出し、経済成長と同程度(7%
程度)の収入の伸びを実現すること、合理的な所得分配状況を速やかに形成すること、社会保
障制度を改善していくこと」が目標として明示的にうたわれ、成長の成果が広く一般に行き渡
ることが目指されている。所得格差是正の最も有効な直接的手段は、最低賃金の引き上げであ
る。2月8日、全国ベースの5カ年計画に対応して、労働・社会保障部、財政部、発展改革委
員会、教育部等関連7部門が共同で発表した「促進就業規画(2011―2015 年)」では、計画期
間中の最低賃金水準の年平均伸び率を13%以上としているが(これによって、大部分の都市部
では、最低賃金水準の当該地区平均給与に対する比率が、現在の20−30%から40%以上にまで
上昇するという)、これは、5年で最低賃金水準がほぼ倍増することを意味する。その他、同
規画は、都市部の就業者を4,500 万人、農村から移動してくる労働者を5,000 万人増やすこと、
95%以上の都市部で、就業支援サービス・プラットフォーム(基層労働就業服務平台)を設立
すること、職員組合の形成を促進し集団交渉による賃金引上げのメカニズムを強化すること、
具体的には、現在、かかるメカニズムを有している企業は全体の50%程度だが、これを2015 年
までに80%に引き上げるとしている(発展改革委、2月9日付China daily、8日付京華報)。
しかし、格差の主たる原因が、収入にあるのか富の所有にあるのかについての認識がなお共有
されておらず、またアプローチを市場経済理論に基づくものとするのか、中国の実態を踏まえ
たものとするのかの違いもあり、格差に対する共通の認識ができておらず、是正のための方策
については、なお様々な意見があるようであり、同規画でも、「収入分配改革方案」について
は引き続き検討し、細部をまとめるのになお一定の時間が必要であるとされている(2月8日
付環球時報)。
国家統計局は、2008 年まで所得格差の程度を示す代表的指標であるジニ係数2を発表していた
が(その後発表を中止した経緯は後述)、それによると、1978 年から始まった改革開放以前は
0.16 にとどまっていた同係数は、その後改革開放の過程で一貫して上昇し、2008 年には0.47
と、一般的に社会不安等が生じやすい危険水準と言われる0.4 を大きく超えている。他方、リ
ーマン・ショックに端を発する世界的金融危機の影響に対処するため、2008 年11 月に打ち出さ
れた4兆元の大型景気刺激対策が、国際的な金融危機の影響を相対的に強く受けて成長率を落
2 所得の不平等の程度を示す代表的な指標。横軸に所得の低い人を順番に並べ、縦軸にその累積所得額の全所得
に対する比率をとり、描かれる所得分布曲線と45 度線との乖離割合を係数にしたもの。完全に平等の場合はゼ
ロ、一人に全所得が集中している場合は1になる。
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とした沿海部ではなく、むしろ内陸部のインフラ整備に向けられ、農村での雇用機会の創出、
出稼ぎ労働力の需給逼迫、賃金上昇という現象が生じたことから、近年、格差問題にやや変化
も見られる。こうした格差を巡る議論、現状をどうみるべきか。
図表2 ジニ係数の推移
時期ジニ係数時期ジニ係数
改革開放前0.16 2000年0.41
1980年0.23 2005年0.45
1985年0.34 2008年0.47
1990年0.35
(出所)中国国家統計局より大和総研作成
(2)ジニ係数とクズネッツ曲線
近年、中所得国の仲間入りを果たした中国でも、「中所得経済の罠(中等収入陥阱)」に陥
るリスクについて、昨今多くの議論がなされているが、一般的に罠に陥る大きな原因のひとつ
は、所得格差が拡大し、中間層が育ってこないことにある。いわゆるクズネッツ曲線3に沿って
言えば、格差を縮小させていくことが、罠に陥らず高所得経済へ移行していくための必要条件
ということになる。中国のこれまでの急激なジニ係数の上昇は、低所得国から中所得国へ移行
する段階で、クズネッツ曲線の逆U字曲線を上がっていった過程と捉えられるが、これがピー
クを迎えつつある可能性はある。これは、最近しばしば言及される、中国はすでにルイス転換
点4を通過したという見方とも合致する。今後、ジニ係数が逆U字曲線に沿って下がり始めれば、
高所得経済への移行の展望が開けてくる。
図表3 クズネッツ曲線
一人当たり所得
(出所)大和総研作成
3 経済成長と所得分配の関係を説明する仮説。成長の初期の段階では、うまく成長に乗る者と乗り遅れる者の間
で格差が広がるが、成長が進むに連れ、賃金が上がり、成長の恩恵が幅広く行き渡るようになって、格差が縮
小するというもの。従って、横軸に一人当たり所得、縦軸にジニ係数をとると、ちょうどU字を逆さまにした
ような曲線になる。
4 工業化の初期段階では、余剰労働力を抱えた農業部門から工業部門へ安価な労働力が移転されるが、工業化の
進展に伴い、農業部門の余剰労働力が底を尽き、労働需給が逼迫、賃金が上がり始める。この転換点を指す。
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しかし、必ずしも楽観はできない。そもそもクズネッツ曲線もルイス転換点も経験的概念で、
理論的フレームは判然としない。曲線に沿って、高所得経済への移行に伴い、特段の政策努力
なしで、格差が是正されていくというわけではなく、また、最近の先進国の状況をみると、特
に情報化や革新的金融技術の急速な進展の影響を受け、縮小し始めた格差が再び拡大する傾向
も見られる(言い換えれば、曲線は単純な逆U字型ではなく、むしろW字型)。現在の中国は、
完全に先進国の仲間入りはしていないが、情報化等、先進国と同様に進んでいる面も多く、「何
もかもが混在するmixed bag」の状態にあり、一段の政策努力がなければ、格差がさらに広がっ
ていく可能性は十分ある。
(3)パレート改善と所得格差拡大
胡錦濤政権にとって(そして、これまでの政権にとっても)の最大の政策課題は、一貫して
「社会の安定」確保であり、指導層が交代しても、この点が変わることは考えられない。胡錦濤
政権が発足以来、「和諧」(ハーシエ)社会をスローガンに掲げ、西部大開発、東北振興、中
部勃興と立て続けに相対的に遅れた地域の開発を目的としたイニシアチブを打ち出してきたの
は、まさに所得格差、地域格差の拡大が社会の不安定要因になりうるという強い懸念を指導層
が持ったためであろう。それでは、実際のところ、格差問題がどの程度、社会の安定を脅かす
要因になりうるのか?中国学者の暴動の調査等によると、格差が引き金となって暴動が発生す
るという事例がかなりみられるということだが、信頼に足る公式のデータがないのでよくわか
らない。決して楽観はできないが、基本的には、格差が広がっても、低所得者、また発展の遅
れた地域の状況が良くなっている限り(つまり、いわゆる経済のパレート改善5が進んでいる限
り)においては、そして、人々が、政府に信頼を置いている限りにおいては、格差問題が決定
的な社会不安要因になることはないだろう。中国の場合も、「社会主義市場経済」の旗の下で
市場経済を導入し高成長を遂げてきたが、そもそも市場経済はパレート改善を図りながら、経
済のパレート最適状態を達成するもので、本来、分配問題について、何か処方箋を提示するメ
カニズムではない。改革開放以来の中国の歴史も、市場経済化を通じて高成長を遂げ、全体と
して人々の生活水準が底上げされてきたことにより、格差の拡大が決定的な不安定要因になら
ずに済んできた歴史であったと言える。
結局のところ、一部の人々が貧困から抜け出していく発展過程で、格差が拡大するのはある
程度やむをえず、それが低い労働力コスト、製造業の輸出競争力強化を通じ高成長を支えた要
因でもある(有名なケ小平の‘譲一部分人先富起来’、先に一部の人を豊かにしていくという
言葉は、この点を見通したものであったと理解することができる)。かつての日本の高度成長
期も、ちょうど都市と地方の大きな格差が縮小し、地方もかなり豊かになってきた時点で、高
度成長期も終わりを迎えた。その意味では、中国の格差拡大も、ある程度、高度成長を支えて
きた必要悪と言えるかもしれない。しかし中国も今後、長期にわたって、これまでのような高
5 完全な市場メカニズムは、「他の誰かの利益を下げることなしには、誰の利益も上げることができない」とい
う、一種の最適状態(パレート最適)を達成するとされる。逆に「他の人の利益を損なうことなく、誰かの利
益を改善させる」のがパレート改善。
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成長を続けていくことはできない。成長が鈍化し始め、パレート改善を図ることが難しくなっ
てくるにしたがい、社会安定確保のため、所得格差是正への政府の取組み強化の必要性が高ま
ってくる。それに対し、人々が、政府の取組みは不十分で、信頼を置けないと感じ始めた時、
格差問題が決定的な社会不安要因になってくる危険性は排除し得えない。
3 隠れた収入と貧困・所得格差問題
中国では多くの人々が、表に出てくる正規の給料だけ見ていても、あまり意味がないと指摘
する。筆者の何人かの中国人の知り合いも、周りの友人はみな、正規の給料以上の表に出ない
収入を得ていると言う。これは、特に公務員や大型国有企業の幹部らが、給料の形ではない様々
なフリンジ・ベネフィットの恩恵を受けていること、また現金収入についても、「白色収入(合
法的な正規の収入)」以外に腐敗や汚職による非合法的な「黒色収入」、白色と黒色の中間で
ある「灰色収入」が大きいと見られるためである。そして、こうした黒色収入、灰色収入が、
表に出ない隠れた収入「隠性収入」6の大半を占めているというわけである。しかし、上記友人
らの言い振りからすると、こうした隠れた収入の存在は、中国社会の中で、より広範かつ一般
的のようであり、それだけに、その所得格差や貧困問題等に与える意味合いは複雑である。
(1)隠れた収入はどの程度なのか
隠性収入の推計を専門にしている中国人学者によると、2008 年の隠性収入総額は約9.3 兆元
(同年GDP31.6 兆元の約30%の規模)と増加傾向にある。そのうち80%は高額所得上位20%
の層、62%が上位10%の層に帰属している7。よって、通常統計では、上述のように、上位10%
の平均所得は下位10%の23 倍と言われているが、実際には65 倍の格差がある。推計の根拠と
しては、国家統計局の発表している城郷居民貯蓄増加額は3.5 兆元だが、銀行側の統計による
と、銀行に貯蓄された金額は4.5 兆元増加、この他に、個人が住宅を購入した資金が1.8 兆元、
自ら住宅を建築した資金が7千億元、個人の株式・その他金融商品への投資が1.5 兆元、実物
投資が2.5−3.5 兆元で、これらを合算すると11−11.5 兆元と、公表されている城郷居民貯蓄
増加額3.5 兆元の約3倍となり、統計局によって把握されていない貯蓄額は7−8兆元、これ
に消費遺漏分を加味すると、把握されていない収入は9.5−10 兆元、固めに見て9.3 兆元とい
うわけだ(以上、中国改革基金会国民経済研究所副所長が、上海交通大学海外教育院主催シン
ポジウムで明らかにしたもの、1月11 日付人民網)。もし、このような巨額の隠性収入が存在
するとなると、それはどのようなインプリケーションを持つことになるだろうか。
6 「隠性収入」という用語は、中国社会科学院が編集した「現代経済辞典」劉樹成主編2004 年(参考文献1.)
にも記載されており、「公の統計に入ってこない透明性の欠ける収入で、金銭収入と実物収入がある。その源
は複雑で、統計に載らない兼職収入などの合法的な収入と、賄賂等の非合法的収入がある」と定義されている。
7 別の推計では、隠性収入の80%は、人口の10%を占める特権階級に属するとされている(社会科学院人口労
働経済研究所長、5月2日付中青在线)。
11 / 12
(2)所得格差・貧困問題へのインプリケーション
上記推計を前提とすると、明らかに、隠性収入を考慮した場合、所得格差は表向きの統計で
言われている以上に大きいことになる。中国国家統計局は、いつの間にか、全国および都市部
のジニ係数を発表しなくなったが、1月17 日の記者会見で、記者の質問に答える形で、その理
由として、そもそもジニ係数は、定期的に発表すべき基礎的な統計とは性格が異なることに加
え、現状、都市部の高所得者の収入の正確な把握が困難で、そのため都市部のジニ係数が低め
に出るきらいがあるためと述べている。これは当局も、高所得層ほど把握できない隠性収入が
多い可能性を認めたことに他ならない(なお、同記者会見では、農村の2011 年ジニ係数は0.3892
で「これは、相対的に合理的な水準」だと発言されている)。しかしこれに対しては、必ずし
も隠性収入が、一方的に所得格差を拡大させているわけではないとの指摘もある。たとえば、
中国経営網評論(2011 年3月)は、多くの農民は出稼ぎで得た収入を隠性収入にしており、こ
れが考慮されていないジニ係数は、むしろ実態より高めに出る傾向にあると指摘している。筆
者の周りも含め、一般の中国人家庭が、正規の給与だけからは考えられないような豊かな生活
をしているという印象は、あちこちで聞かれる。隠
http://www.dir.co.jp/souken/research/report/overseas/china/12080101china.html


 

 

インド、さらなる景気減速リスクが高まっている
〜物価高で金融緩和も後退する中、景気の重石になる材料は山積〜 発表日:2012年8月1日(水)
第一生命経済研究所 経済調査部
担当 主任エコノミスト 西M 徹(03-5221-4522)
(要旨)
 7月31日、インド準備銀は定例の金融政策委員会において政策金利及び現金準備率を2回連続で据え置いた。景気が減速しているにも拘らず足下のインフレ率は「望ましい」水準を上回り、物価上昇リスクも燻るため、物価抑制を重視する姿勢を改めて示した。一方、供給制約が物価高や景気の重石になっているため、法廷流動性比率の引き下げにより金融機関に貸出を促す姿勢をみせたが、金融市場の混乱や資金需要が鈍化していることを鑑みれば、景気の押し上げ効果は限定的と判断される。今年は雨季の雨量が少ない上、ルピー安により輸入物価に上昇圧力が掛かりやすいため、しばらく物価高は続くと予想される。
 世界経済の低迷による外需鈍化に加え、長期の物価高や金利高は景気をけん引してきた内需の重石になっている。構造改革期待の後退や政策の不透明さは対内直接投資の足かせになってきたが、足下ではこうした状況は払拭されつつある。他方、労務管理の難しさやインフラ不足が改めて注目される事態も散見されることから、当面は景気の下押し圧力が掛かりやすい状況が続くであろう。準備銀は2012-13年度の経済成長率見通しを昨年度実績(前年比+6.5%)と同レベルに引き下げたが、足下において景気を下押しする要因が重なっていることを鑑みれば、これを下回る可能性は小さくないと判断される。
《景気の減速感は高まるが、物価上昇リスクを懸念して当局は金融引き締め姿勢の継続を決定》
 7月31日、インド準備銀行は定例の金融政策委員会(金融政策四半期レビュー)を開催し、政策金利であるレポ金利及びリバースレポ金利をそれぞれ8.00%、7.00%に、さらに現金準備率を4.75%に据え置く決定を行った。準備銀は年明け以降、現金準備率を2回(計125bp)引き下げ、4月には3年ぶりに政策金利を引き下げるなど、景気の減速懸念が高まる中で金融緩和に大きく舵を切るかに思われてきた。しかし、インフレ率の高止まりが続いたことから、6月の前回会合ではすべての金利を据え置く一方、資金需給のひっ迫緩和に向けて輸出信用の借り換え枠を拡充する規制緩和により、実質的に資金供給の拡大を図る施策を講じた。その後もインフレ率は準備銀が想定する「望ましい」水準を上回ったため、準備銀は定例会合前日に発表した『マクロ経済及び金融開発レビュー』において、「景気減速にも拘らず、モンスーン(雨季)の少雨による物価上昇リスクに加え、近年の賃金上昇を反映してコア物価を押し上げる可能性も燻り、金融政策の舵取りは困難」との認識を示すなど、追加金融緩和の可能性は後退していた。
 委員会後に発表された『金融政策レビュー』において準備銀は、「世界経済の不透明さに加え、国内景気にも減速懸念が高まっているものの、金融政策の目的は物価抑制」との考えを改めて示した。その上で「供給制約がボトルネックとなり物価上昇圧力は収まりにくい上、経済成長の足かせになっている」として、今回の金利据え置きの必要性を説明した。他方、「資金が生産工場に資する分野に適切に供給されることが物価抑制と持続的な経済成長の達成に必要」として、今月11日付で法廷流動性比率(SLR)を24.0%から23.0%に引き下げ、金融機関に対して貸出を促す姿勢をみせた。しかし、足下では国際金融市場の混乱により金融機関の資金調達環境が悪化していることに加え、国内の景気減速により資金需要も弱まりつつあることを鑑みれば、今回の措置によって金融機関の貸出態度が急速に改善するとは考えにくく、景気を押し上げる力には乏しいと予想される。準備銀は2012-13年度の経済成長率見通しを4月見通し(前年比+7.3%)から同+6.5%に▲0.8p引き下げる一方、年度末時点(来年3月)のインフレ率見通しについても4月見通し(前年比+6.5%)から同+7.0%に+0.5p引き上げており、インフレタカ派姿勢を改めて認識させる内容になっている。

 6月の卸売物価は前年同月比+7.25%と依然高止まりしており、準備銀が直近において「望ましい」とする水準(5%)を大きく上回っている。さらに、消費者物価は近年の賃金上昇などによるコア物価の高止まりも影響して、前年同月比+10.02%と卸売物価を上回る伸びが続いている。なお、足下では物価上昇率の伸びにピークアウトの兆しが窺われることに加え、過去数ヶ月の原油市況の調整はエネルギー価格を中心に伸び率の低下を促すと期待される。一方、今年のモンスーン(雨季)の雨量は長期平均を大きく下回っており、カリフ期の作物の生育に影響を与えることが予想され、穀物を中心に食料品価格の高止まりを招く可能性がある。さらに、金融市場の混乱により通貨ルピー安が進行した結果、足下では輸入物価に押し上げ圧力が掛かりやすくなっており、国際的な穀物価格の上昇も相俟って先行きは物価の押し上げ圧力に繋がると見込まれる。準備銀による物価に対する認識や当面の物価動向を鑑みれば、追加的な金融緩和を実施する可能性は後退したと判断出来る。
《景気の下振れリスクが大きくなる中、「スタグフレーション」に陥るリスクは高まっている》
 欧州問題による国際金融市場の混乱はリスクマネーの動向に影響を与えており、証券投資をはじめとする足の早い資金を中心に同国への海外資金の流入は細っている。さらに、長期に亘る物価高に加え、金融引き締めによる金利高が続いてきたことから、景気をけん引してきた個人消費は鈍化しており、企業の設備投資をはじめとする資本投資の鈍化も景気の重石になっている。一部では年明け以降の金融緩和の効果が窺われるものの、輸出の約2割を占める欧州経済の低迷や、原油市況の調整を背景に中東・アフリカの景気減速が懸念されるなど外需を取り巻く状況も厳しさを増しており、生産の足かせになっている。政府は今年度予算において公共投資の大幅増額を計上していることから、これは景気を下支えすると見込まれ、インフラの拡充は供給制約の解消に繋がると期待される一方、対内直接投資を含む民間部門による投資は鈍っている。特に、昨年末以降は期待されてきた構造改革が進展しないことに加え、税制などを巡る政策の不透明感が高まったこともこうした状況を後押ししてきた。ただし、政府内で構造改革に消極的とされてきたムカジー前財務相が大統領に転出し、チダムバラム内務相が財務相に就任することは、1990年代初めと同様に構造改革が進むとの期待を高めており、先行きの景気をみる上でプラス材料と認識出来る。
 一方、短期的には厳しい材料も存在する。先月中旬に発生した大手自動車メーカーでの労使問題を巡る暴動により、同社では未だに生産再開の目処が立っておらず、生産が大幅に下押しされる懸念が高まっている。同社では昨年10-12月にも賃上げを求めるストの長期化により生産は大きく下押しされ、個人消費などにも影響を与えた。今回は労使問題の根深さや複雑さが改めて認識され、外資企業を中心に同国への進出に影響を与える可能性もある。足下の製造業、サービス業ともにPMI(購買担当者景況感)は底堅いものの、先行指数である新規受注や輸出向け新規受注などは徐々に低下しており、先行きの生産の重石になることも予想される。さらに、労使問題がボトルネックとなり企業の景況感に悪影響を及ぼす事態となれば、工業製品の物価にも供給
制約が上昇圧力となることも考えられる。さらに、今年は電力不足が深刻化しており、長期に亘って停電が常態化すれば経済活動への影響は避けられない。金融当局は物価抑制を当面の金融政策課題に据えていることを鑑みれば、景気は一段と悪化する状況にも拘らず物価は高止まりし、金融引き締めを続けざるを得ない厳しい状況に陥ることも想定される。
 1-3月期の実質GDP成長率は前年同期比+5.3%と7年ぶりの低い水準に留まり、4-6月期についても世界経済の低迷による輸出の下押しに加え、金融市場の混乱が個人消費をはじめとする内需にも影響を与えるなど厳しい状況が続いた。さらに、7-9月期には大幅な生産下押しの影響が避けられなくなっていることに加え、雨量減少による農作物への影響も鑑みれば、今年の経済成長率に対する下押し圧力は相当規模に達する可能性がある。準備銀は2012-13年度の経済成長率の見通しを、前年実績と同じ前年比+6.5%に引き下げたものの、欧州問題の動向を含む下振れリスクが大きいことを鑑みれば、これを下回る可能性は小さくないと判断される。
以 上
http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/asia/pdf/as12_053.pdf  

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コメント
 
01. 2012年8月04日 00:55:01 : cqRnZH2CUM

アジア新興国の急成長は、そろそろ終わり

アップダウンしながら、徐々に、成長率は低下していく

適切な規制緩和と、再分配政策の適正化ができ、競争力と社会保障の両立ができる一部の国以外は、
中所得の罠を抜けることはできず、高い格差と、政治的な混乱が続くことになるだろう

日本も、衰退から反転できるかどうかは、今後の国民(特に、高齢者層)の意識改革にかかっている


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