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ギリシャの生産性の問題 
http://www.asyura2.com/12/hasan78/msg/277.html
投稿者 MR 日時 2012 年 10 月 26 日 20:48:45: cT5Wxjlo3Xe3.
 

三橋貴明
ギリシャの生産性の問題  

 EU(欧州委員会)がノーベル平和賞を受けるとは、奇妙な時代になったものである。EUから緊縮財政を強要され、国民の所得減少と失業率上昇に苦しんでいる国は、どのように反応するか注目していたところ、やはり罵声が飛び交っているようである。
 緊縮政策を推進しているギリシャの与党のPASOKは、
「EU加盟国民として誇りに思う」
と、当たり障りのないコメントを出したのに対し、野党の急進左派連合の報道官は、
「ギリシャで私たちは日々、戦争状態を経験している。(EUへの授賞)決定は賞の価値を下げる」
 と闘志むき出しの声明を発表した。
 ギリシャの一般市民の中では、
「ギリシャは今、EUのせいで厳しい状況に置かれている。なぜEUが受賞するのか理由が分からない」
 などと懐疑的な意見が少なくないようだが、それはそうだろう。現実に、EUから押し付けられた緊縮財政により、自分たちの所得が減少していっているのである。7月のギリシャの失業率は、ついに25%を上回ってしまった。さらに、15歳−24歳の若年層失業率は54%である。
 無論、政府の対外債務の返済不能に陥ったのは、ギリシャ政府及び国民の責任である。とはいえ、緊急融資と引き換えに国民に「痛み」「負担」を強制するEUのやり方に対する反発は凄まじく、特にユーロの盟主たるドイツへ怒りをぶつけるギリシャ人は多い。 
 筆者は先日、ギリシャに取材に行ったわけだが、会うギリシャ人「全員」がドイツ人(というよりは「ドイツという国家」)に対して怒っていた。まあ、怒っているとは言っても、別にギリシャ観光に来たドイツ人が怒鳴られるといった、そういった類の話にはなってまだいない。何しろ、ギリシャを観光で訪れる外国人は、実はドイツ人が一番多いのである。
 とはいえ、さすがにドイツのメルケル首相が訪れた際には、ギリシャ人も直接的に怒りをぶつけずにはいられなかったようである。

『2012年10月9日 産経新聞「独首相、債務危機以降初めてギリシャを訪問 アテネでは大規模デモ」
http://sankei.jp.msn.com/world/news/121009/erp12100923580009-n1.htm

ドイツのメルケル首相は9日、2009年に欧州債務危機が発生してから初めてギリシャを訪問した。財政危機に陥るギリシャでは、相次ぐ財政緊縮策で国民生活が疲弊し、同国に厳しい態度をとるドイツへの反発が強い。首都アテネでは、治安当局が厳戒態勢を敷く中、大規模な抗議デモが繰り広げられた。
 メルケル首相はこの日、アテネでギリシャのサマラス首相と同国の財政再建をめぐり協議した。メルケル首相のギリシャ訪問は約5年ぶりとなる。
 ギリシャは欧州連合(EU)などの支援を受け財政再建中だ。だが、次回の融資条件である追加緊縮策をめぐりEUなどとの協議が難航するとともに、一段の痛みを強いられる国民には不満が再び高まっている。
 メルケル首相はサマラス首相との会談後の記者会見で、ギリシャの取り組みを評価しつつ、「まだやるべきことがいくつかある。困難だが、ギリシャにとって報われる道だ」と財政再建の継続を要請。「われわれは友人だ」とも語り、医療分野改革などでの支援を約束した。(後略)』

 EUがギリシャに求めている各種の緊縮政策は、ドイツのメルケル政権が主導している。すなわち、ギリシャの失業者や所得が減っている人々(つまりは、ほぼ全てのギリシャ国民)にとって、メルケル首相は自分たちを苦しめている「主犯」なのだ。
 ギリシャの政治家たちは、メルケル首相のアテネ来訪について、
「両国の緊密な関係を確認し、ギリシャの財政破綻とユーロ離脱を予想する見方が誤りであることを示す必要がある(サマラス首相)」
「苦しんでいる国民に希望を与えるための措置を考える必要がある。メルケル首相の訪問を歓迎する(パプリアス大統領)」
 と、基本的には歓迎の意を表明する声明を発表した(当たり前だが)。
それに対し、怒れるギリシャ人たちはアテネ中心部だけで2万人が結集し、一部が暴徒化し、警官隊と激突した。国会前広場ではデモ隊の一部が石や火炎瓶を投げ、警官隊が催涙ガスで応酬。数十人が拘束される事態になった。
アテネ中心部を練り歩いたデモ隊は、
「お前は歓迎されていない。帝国主義者は帰れ」
「第四帝国にノー」
 といった横断幕を掲げた。さらにデモ隊の一部はナチス・ドイツの制服を着て、ハーケンクロイツを掲げ、ナチス式敬礼でメルケル首相を出迎えるというパフォーマンスを演じたわけであるから、手荒い歓迎としか表現のしようがない。
 メルケル首相は、アテネでの会談において、
「(ギリシャが厳しい緊縮政策を採っていることについて)私はこの厳しい道にはその価値があると深く信じており、ドイツはよきパートナーであることを望んでいる」
「多くのことが成し遂げられたが、まだなすべきことも多い。ドイツとギリシャは密接に協力していく」
 と発言した。
 とはいえ、現実にはメルケル首相が主導する緊縮財政政策では、ギリシャ経済を救うことはできない。今後のギリシャはこれまで以上に所得が落ち込み、税収が減る中においても輸出を拡大できず、政府の財政はさらに悪化することになる(すでに悪化している)。ギリシャの財政危機が深刻化すると、EUは再度の緊縮政策を求めざるを得ず、ギリシャ国民の所得は下がり、失業率がひたすら上昇する悪循環に陥るだろう。
 ギリシャの失業率は、ここ数年間、発表のたびに悪化(上昇)しており、一度も改善したことがない。失業率が上昇するとは、所得を得られなくなった国民が増えるという話だ。国民が所得を得ることができなければ、当然の話として税収が減る。税収が減れば、ギリシャの財政危機は間違いなく悪化するというわけで、一体、ドイツやEUの首脳たちは、いつになったらこの不毛な「政策の間違い」に気が付くのか、首を傾げてしまうほどに同じ間違いを続けている。(日本も人のことは言えないが)。
 ところで、ギリシャ人がドイツを嫌っているのは、メルケル首相の存在だけが理由ではない。主にドイツの政治家たちが、ギリシャについて口を開くたびに、
「ギリシャ人は怠け者だ。彼らが怠けていたからこそ、こんな事態に陥ったのだ」
 とコメントし、「ギリシャ人が働かない」というイメージを世界に植え付けてしまったためである。何しろ、実際にはギリシャ人の労働時間はドイツ人よりも長いのである。「ウソ」を世界に広められてしまったギリシャ人たちが怒るのは、無理もない話なのである。

ところで、ギリシャ人がドイツを嫌っているのは、メルケル首相の存在だけが理由ではない。主にドイツの政治家たちが、ギリシャについて口を開くたびに、
「ギリシャ人は怠け者だ。彼らが怠けていたからこそ、こんな事態に陥ったのだ」
 とコメントし、「ギリシャ人が働かない」というイメージを世界に植え付けてしまったためである。何しろ、実際にはギリシャ人の労働時間はドイツ人よりも長いのである。「ウソ」を世界に広められてしまったギリシャ人たちが怒るのは、無理もない話なのである。

【図176−1 2011年 OECD主要国 労働者一人当たり平均労働時間】

出典:OECD
 労働時間だけで言うと、ギリシャ人は間違いなく日本人やドイツ人よりも働いている。OECDの調査によると、2011年のドイツ人の年間労働時間が1413時間、日本人が1728時間、そしてギリシャ人が2032時間だ。
 ドイツ人が「ギリシャ人は働かない」という印象を覚えた理由は、夏の暑い時期にギリシャ人建設労働者がシエスタを取ってしまう、あるいは土日にアテネの住民が「素晴らしきビーチ」に休暇に行ってしまう、といったイメージに基づくもののようである。とはいえ、とにかく夏のギリシャの暑さは半端ない。夏の昼間に建設現場で働いた日には、能率が上がらない以前に、作業員が片端から倒れてしまう。非効率極まりないのである。
 また、土日にビーチに行くことにまで文句をつけるのは、さすがにギリシャ人が気の毒になる。あれほど素晴らしいエーゲ海のビーチが、車でアテネから30分程度のところにあるわけだ。休日にビーチで気分転換をすることまで、ドイツ人に避難される筋合いはないだろう。海水浴など不可能な北国ドイツの人々にとっては、ギリシャ人が手軽にビーチに行けるのが羨ましく、やっかみ半分で批判していたのではないかと疑ってしまう。
 もっとも、ギリシャ人が「働かない」というのは、定義によっては正しくなる。ギリシャ人の労働時間は確かに日本やドイツを上回っているのだが、国民所得(一人当たりGDP)を見ると、日本はギリシャの1.56倍、ドイツが1.48倍だ。ギリシャ人は、日独両国民よりも長い時間、働いているにも関わらず、所得が少ないのである。
 労働時間が長い割に、所得が少ない。すなわち、生産性が低いのだ。ギリシャの問題は労働時間ではなく、生産性の低さなのである。
 生産性とは、労働者一人当たりの付加価値を意味している。そして、付加価値は所得とイコールになる(GDP三面等価の原則により)。ギリシャ経済の問題は、長時間働いても国民が所得を稼げない、GDPを稼げない、と言い換えることが可能なのだ。
 ところで、ギリシャ人は消費が大好きである。同国で最も大きい産業は、実は観光ではなく「小売業」になる。
ギリシャのGDPに占める個人消費の割合は、何と74%に達している。「あの」アメリカをも上回っているわけだから、尋常ではない。ちなみに、日本を含めた先進国の個人消費がGDPに占める割合は、普通は六割程度である。
 しかも、ギリシャは公共交通機関がまだ発展しておらず、完全な車社会だ。アテネでようやく地下鉄が開通したものの、ヒトの移動は基本的には自動車と飛行機、さらに高速船で行われている。
それにも関わらず、ギリシャに「ギリシャ資本」の自動車企業は存在しない。街を走っているのは、ドイツ車、日本車、イタリア車、韓国車ばかりだ。
 車社会で消費大好きな国民が暮らすギリシャが、自動車を自国では生産しない。となると、当然ながら「外国から自動車を輸入しまくる」という話になり、貿易赤字が膨らむことになる。そして、貿易赤字は「対外純負債(対外純債務)の増加」になり、かつ経常収支の赤字をもたらす。経常収支赤字の国は国内が過小貯蓄状態になり、政府は国債発行を「国際金融市場」に頼らざるを得ない。
 ギリシャが独自通貨国だった場合、為替レートの下落により輸入が減り、輸出が増えることで貿易赤字が縮小する。ギリシャがユーロに加盟しなかった場合は、対外純負債の増加に歯止めがかかったはずなのだ。ところが、ギリシャはユーロ加盟国だったため、対ユーロ諸国で変動しない為替レートに依存し、ドイツなどから延々と輸入を続けた。結果的に、現在の危機に至ったのである。
 ギリシャのサマラス首相は、
「ギリシャは約束を守り、この危機を克服する決意だ。ギリシャ国民は苦しんでいるが、競争力を取り戻す戦いに勝ち抜く覚悟を決めている」
 と、何と言うか、威勢と悲壮感がたっぷりと詰まった発言をしている。だが、実際には現在の緊縮財政を継続する限り、ギリシャが財政問題を解決することはできない。
 ギリシャが対外債務を返済するためには、方法は二つしかない。一つ目は、国民経済を内需中心で成長させ、ギリシャ人の所得を増やし、税収増で獲得したユーロを外国に返済することだ。そして、二つ目は輸出競争力を高め、貿易収支(サービス収支含む)を黒字化することで経常収支の改善、対外純資産の増加を目指すものだ。
 ギリシャが現在の緊縮路線をひた進む限り、国内需要の拡大は起き得ない。何しろ、労働者の四分の一を占める公務員の給与が四割も削減され、さらに年金にまでメスが入っているのだ。外国人観光客だけは何とか増えているが、これはギリシャにとってサービスの輸出に該当し、内需ではない。
 そして、外国からの観光客が少々増えたところで、ギリシャ人の、
「消費は大好きだが、自国で生産しない」
 傾向が続く限り、貿易・サービス収支の黒字化はない。
 ギリシャが輸出競争力を獲得するためには、対ユーロ諸国で通貨を切り下げるしかないのだ。さもなければ、国民所得を競争力確保が可能なほどにまで「十分に小さく」しなければならないわけだが、すでにして失業率が25%を超えている国において、さらに「国民に貧乏になれ」という話である。とてもではないが、政権が持たないだろう。
 しかも、ギリシャ国民の所得を小さくすればするほど、当然の結果として税収は減る。税収減により財政危機は高まり、EUはまたもや緊急支援を要請される事態に至る。
 というわけで、ユーロに残留する限り、同国は「内需中心の成長」も「外需中心の成長」も望めないわけである。
 とはいえ、ギリシャには簡単にユーロから離脱できない「ある事情」があるのだ。
 次週もこの話を続ける。

ユーロ加盟国は、対ユーロ諸国で関税をかけることはできない。すなわち、製造業の生産性が高いドイツが、どれだけギリシャへの輸出を拡大しても、ギリシャ側は関税により防御することはできないのだ。ノーガードのまま、ドイツからの輸出攻勢を受けざるを得ないわけである。
 さらに、ユーロ加盟国間では為替レートが変動しない。ギリシャの1ユーロは、どれだけ対ドイツ貿易赤字が膨れ上がっても、常にドイツの1ユーロと一定に保たれる。
関税と為替レート下落は、生産性が低い「後発組」が「先行組」から自国市場、さらに
は雇用と所得を守る上での、二つの盾なのだ。ユーロ加盟後のギリシャは、盾を二つとも持たず、ドイツの輸出攻勢にさらされることになった。
結果的に、ギリシャ側は貿易・サービス収支が赤字化し(元々赤字だったが)、最終的には経常収支赤字が膨らまざるを得ない。経常収支が膨らんだ国は、普通は関税で外国製品を締め出すなり、為替レート下落で輸入が減るなり、バランスを取り戻そうとする動きが働く。ところが、ユーロにはこの種のバランス機能が一切存在しない。

【図177−1 ギリシャの経常収支(左軸、単位:十億ドル)とインフレ率(単位%)】
http://www.gci-klug.jp/mitsuhashi/20121022.PNG

出典:IMF

結果的に、上図の通りユーロ加盟後のギリシャの経常収支は、まるで指数関数のごとく赤字幅を拡大していった。共通通貨の恩恵でインフレ率こそ低迷を続けたが、その分、経常収支の赤字拡大に皺寄せがいったのだ。
 ギリシャが大元の問題である生産性の低さを解決しない限り、インフレ率上昇もしくは経常収支赤字の拡大が、あるいは双方が同時に発生せざるを得ない。
もっとも、ギリシャがユーロに加盟したままで、対ユーロ諸国で関税自主権や為替レートがなかった場合であっても、経常収支の赤字拡大の歯止めになるものがある。それは、政府の国債金利だ。
 経常収支赤字国は、統計的に国内が「過小貯蓄」であることを意味している。要するに、国内の貯蓄以上に消費をしているがゆえに、経常収支が赤字になるのだ。国内が過小貯蓄の国において、政府が国債を発行しようとしても、銀行側は全額を引き受ける余力がない。何しろ、過小貯蓄である。
過小貯蓄状態のギリシャにおいて、政府が国債を発行しようとすると、国際金融市場に頼らざるを得ないのだ。実際に、ギリシャ政府は国際金融市場でユーロ建て国債を発行し、財政赤字をファイナンスすることを続けてきた。とはいえ、上記の状況が続くと、ギリシャは「無限」に国際金融市場でユーロ建て国債を発行せざるを得ず、長期金利が上昇していく。
 そもそも、ギリシャはドイツの輸出攻勢により、国民所得の一部を奪い去られているわけだ。これを放っておくとGDPが縮小し、税収が減る。税収が減ると、ギリシャはまたもや国際金融市場でユーロ建て国債を発行せざるを得なくなり、長期金利はさらに上昇する。最終的には、ギリシャ政府が対外債務を返済できない(デフォルト)という形でドイツの輸出攻勢は終了することになる。
とはいえ、ドイツの輸出攻勢がどれだけ続いても、ギリシャの経済成長率が落ち込まず、税収が増え続けた場合は、果たしてどうなるだろうか。

ギリシャ人は消費が大好きだ。もっとも、ギリシャ人が消費する製品がドイツからの輸入の場合、その金額分、GDP成長はキャンセルされてしまう。ドイツからの輸入製品をギリシャ人が消費をしても、GDPは拡大せず、全体では税収も増えないのだ。
ところが、支出面のGDPは、別に「個人消費」と「純輸出」のみで構成されているわけではない。大きな需要項目だけでも、他に「政府支出」と「民間投資」があるわけだ。ギリシャ人が輸入増に基づく消費を拡大しても、同国のGDPは拡大しない。とはいえ、ギリシャ人が消費(及び輸入)を拡大させると同時に、民間投資と政府支出(特に公共投資)を増やしてくれれば、ギリシャのGDPは成長する。
 GDPが成長すれば、税収が増える。税収が増えれば、ギリシャ政府は国際金融市場に頼る必要はなく、「破綻(デフォルト)」の時期が先延ばしされるわけだ。要するに、消費が今一つGDP成長に貢献しない(輸入が増えるため)環境下でも、投資を増やせば特に問題はないという話である。
だが、民間投資や公共投資を拡大するには「お金」が必要だ。ギリシャはドイツなどの輸出攻勢により、経常収支の赤字が続き、国内は過小貯蓄状態であった。当たり前だが、過小貯蓄の国が「国内の貯蓄」で投資を拡大することはできない。ならば、誰のお金でギリシャ国内の投資を拡大すればいいのだろうか。もちろん、ドイツだ。
ドイツがギリシャに自動車を輸出する。ドイツがギリシャから代金として受け取るのは、もちろんユーロだ。ドイツはギリシャから受け取ったユーロについて、そのまま「ギリシャ国内の投資先」に投資する。ドイツがギリシャで投資をすると、ギリシャ国民の誰かの所得が増える。その所得が、次なる「ドイツ車輸入」のための資金となる。
上記の循環が続く限り、すなわちドイツがギリシャ国内に「自動車の輸出代金」として受け取ったユーロを投資し続ける限り、ギリシャは国民経済が成長を続ける(主に投資拡大により)。結果的に、ギリシャ政府の税収は減ることがなく、財政赤字拡大をある程度の水準で抑えられ(実際にはギリシャ政府は抑えていなかったが)、ドイツは延々とギリシャにお得意の自動車を輸出し続けることができる。
いわば「ギリシャ式帝国循環」の仕組みが成立していたのだ。ここでいう「帝国」はドイツではなく、ギリシャの方である。
ギリシャ(及びギリシャ以外の経常収支赤字のユーロ加盟国)の帝国循環の仕組みにおける問題は、対ドイツで為替レートの下落が発生しないという点である。「帝国循環」の本家本元であるアメリカで発生する、為替レート下落による「実質的な債務消滅」は、残念ながらユーロ諸国には決して起こらないのだ。
結果的に、あるイベントが発生すると、ギリシャ式帝国循環は破綻し、一気に「財政危機」に突入することになってしまう。あるイベントとはもちろん、バブル崩壊だ。
ユーロとは、ドイツなどの高生産性諸国が、南欧の低生産性諸国に「関税ゼロ」「為替レート固定」で輸出攻勢をかけ、相手国の貿易赤字を相手国の不動産プロジェクトなどに投資することで継続性を担保していた、いわば「バブル前提」の仕組みだったことが分かる。
 バブルが崩壊した以上、上記のギリシャ式帝国循環は成り立たず、ギリシャ政府は税収減少に、国民は所得減少に苦しみ続けることになる。この状況を打開するには、関税自主権と変動為替相場を取り戻し、外国製品から国内市場を保護するしかない。関税と為替安で自国市場を守りつつ、自国企業を育て、生産性の差を埋めていくしかないのだ。
 というわけで、少なくとも経済面から見る限り、ギリシャはユーロを離脱するべきなのだ。国民所得を増やし、税収を増やし、さらに対外債務問題を解決するには、他に方法がないのである。

『2012年10月17日 ロイター「ギリシャのユーロ離脱、世界経済危機招く恐れ=独有力シンクタンク」
http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPTJE89G00S20121017
独有力シンクタンクのベルテルスマン財団は17日、ギリシャのユーロ離脱は世界経済に多大な打撃をもたらすとして、絶対に回避すべきとの研究結果を公表した。
ギリシャのユーロ離脱による影響は「欧州だけでなく各国に波及し、世界的な経済危機を招く可能性がある」としている。
報告書では、ユーロ離脱によるギリシャの経済的損失が2020年までに総額1640億ユーロに達すると試算。(後略)』

すでに破綻してしまった「ギリシャ式帝国循環」のシステムでは、ドイツやフランスなどの対ギリシャ対外資産が積み上がっていく。ドイツは自動車に代表される製品を、フランスは農産物をギリシャに販売し、代金は「ギリシャの対外債務」として同国に投資され続けていたのだ。
というわけで、ギリシャがユーロを離脱し、為替レート暴落により政府がデフォルトすると(間違いなく、する)、ドイツやフランスの銀行に「対ギリシャ不良債権問題」が火を噴くことになってしまう。
巨額の対ギリシャ債権を持つドイツやフランスにとって、ギリシャのユーロ離脱など悪夢でしかない。というわけで、ドイツのシンクタンクなどが、盛んに、
「ギリシャがユーロを離脱すると、我が国のみならず、悪影響が世界に及ぶ!」
 と、何とかギリシャのユーロ離脱を食い止めるべく、キャンペーンを展開しているわけだ。

 もっとも、経済的にユーロ離脱が正解であっても、簡単には実行に移せない事情がギリシャにはあるのである。それは、対トルコ問題だ。
ギリシャとトルコは、500年も昔からの因縁の相手だ。ビザンチン帝国が滅ぼされて以降、ギリシャ地域は何と400年もの長きに渡り、オスマン帝国の支配を受けていた。
1830年のギリシャ王国独立後も、ギリシャとトルコは領土を巡り、何度も戦火を交えている。というよりも、現在のギリシャの領土のほぼ全ては、元々はオスマン帝国の領土だった地域なのである。アテネも、ペロポネソス半島も、クレタ島も、エーゲ海の島々も、マケドニア南部も、トラキアも、全てはオスマン帝国の一部だった。王国独立後のギリシャ人たちは、トルコとの戦争を繰り返し、次第に領土を拡張していったのである(これを「メガリ・イデア」と呼ぶ)
ギリシャ人側からしてみれば、
「四百年も支配してくれやがって!」
であるが、逆にトルコ側にしてみれば、
「よくも領土を削り取ってくれたな」
という話で、両国の国民が分かり合える日は永遠にやってこないだろう。外交とは、普通は遠交近攻が基本なので、ある意味でグローバル・スタンダードな両国なのである。
現在に至っても、キプロスやエーゲ海において、ギリシャ軍とトルコ軍は睨みあいを続けている。ギリシャにとっての仮想敵国は、文句なしでトルコなのだ。
ところで、1973年にキプロス紛争が本格化し、トルコ軍と激突した際に、ギリシャはNATOの支援を期待した。だが、NATOは動かなかった。理由は簡単で、何しろギリシャ同様に、トルコもNATOの加盟国だったのである。
NATOが自国に味方してくれないことにショックを受けたギリシャは、それ以降は「ヨーロッパ」に接近する。ギリシャは1981年にEC(現EU)に加盟し、そして2001年にはユーロに参加した。
現在、トルコはユーロ加盟を望んでいるわけだが、それに対し、ギリシャは事実上の拒否権を持っているのだ。何しろ、ユーロの基本は「全加盟国一致」が原則である。ギリシャ一国が反対する限り、トルコはユーロに加盟することができない。この現実は、ギリシャ共和国の安全保障に、相当に貢献している。
ギリシャがユーロから離脱してしまうと、対トルコのカード(しかも巨大なカード)を一枚失うことになってしまうのだ。ギリシャのユーロ離脱は、実のところ経済問題ではなく、安全保障上の問題なのである。
 というわけで、経済的な面はともかく、安全保障面からギリシャはユーロ圏を離脱することはできない。ギリシャがユーロを離脱すると、宿敵トルコが嬉々としてユーロ加盟への歩みを進めてしまうだろう。これはさすがに、ギリシャ側は甘受できない。
日本の尖閣諸島の問題が典型だが、安全保障は経済よりも優先順位が高い。経済のために安全保障を疎かにするような国は、いずれ滅びる。それを知らずに、日本国内で、
「日本経済は中国に依存している! 尖閣諸島の問題について、テーブルに載せて話し合うべきだ」
 などと言語道断な論評をする人が少なくないが、彼らは安全保障の基本すら知らないか、あるいは中国共産党の息がかかっているかのいずれかであろう。何しろ、現在の日中両国間に「領土問題」など存在しない。尖閣諸島は日本国の領土であり、そこに中国側が不法に上陸する、あるいは船舶を接近させるのを繰り返しているというのが事実なのだ。
 それにもかかわらず、「領土問題」として「話し合いのテーブル」に載せろと主張し、理由として「経済関係」を上げてくるわけだから、呆れるしかない。国家として、経済は安全保障の下位に位置づけられるのである。どれだけ多額のお金を稼いだところで、安全保障が崩れ落ちてしまえば、そんなものはただの紙切れになってしまう以上、当然だ。
 というわけで、ギリシャにとっても、当然ながら安全保障が経済に優先する。トルコ問題という解決不能な難題が存在する限り、ギリシャはユーロを離脱できない。結果、ギリシャ国民はEU(というかドイツ)から押し付けられる緊縮財政を耐え、所得減少を甘受し続けなければならないという話である。
 国家や政治とは単純なものではないということが、ギリシャの事例を見るとつくづくと理解できる。
http://www.gci-klug.jp/mitsuhashi/2012/10/25/017400.php  

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