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次世代ジャーナリズムの担い手は誰? 「ネット水軍」がマイクロブログで世論を誘導
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投稿者 MR 日時 2012 年 10 月 24 日 01:46:07: cT5Wxjlo3Xe3.
 

次世代ジャーナリズムの担い手は誰?

インターネット時代のメディア産業と広告の経済学

2012年10月24日(水)  花薗 誠

 情報通信技術の急速な発展の中で、果たして新聞社は生き残ることができるのだろうか。これはかなり深刻な問題だ。

 というのも近年、新聞・雑誌・放送業界では広告収入が激減しており、恐らくその影響で人員や編集・製作費用の削減が続いているからだ。存続が危惧されている媒体も増えている。例えば、米国の連邦通信委員会が2011年に報告したところでは、2005年から2009年のわずか5年間で新聞の広告収入(オンラインを含む)は47%も落ち込み、スタッフも2006年から25%以上も削減されている。日本新聞協会によると、日本の新聞の広告収入についても、ほぼ同じである。

 日本経済新聞電子版は2012年8月、電子版会員150万人になったと発表した。有料会員はうち22万人だという。こうした「電子版の有料会員の増加」という良いニュースがある一方で、紙面の購読者数は減少傾向にあり、全般的に見て新聞業界の経営は厳しくなってきたと思われる。

 このような傾向自体は、インターネットや携帯メディア発展による当然の帰結と考えれば、特段驚くに値しないかもしれない。問題は、つぶれるまではいかなくても、経営上の都合でこれらのメディアコンテンツの担い手であるプロの記者や編集者が少なくなることだ。結果としてジャーナリズムの質や量の低下を招き、社会的な価値の毀損が生じることが懸念される。

 本稿では、インターネットが広告に及ぼした効果とメディアのビジネスモデルについて経済学的に論じ、上述のデータに関連する広告価値の傾向についてひも解いていく。その上でインターネットがジャーナリズムに与える影響について考える。まずはメディアのビジネスモデルについておさらいしてみよう。

広告が受ける「ネットワーク効果」

 広告の目的は、メディアの利用者に企業やその商品の情報を伝えて利用者に購買を促すことであり、広告の価値はどれだけの多くの人に意図した行動を取ってもらえるかで決まる。

原理1:広告の価値はその内容を認知する人の数が増えると増大する。

 一度に多くの人に配信することが可能な新聞やテレビなどのマスメディアが高い広告価値を作り出していること、また新聞の全面広告や人気番組のテレビ広告が比較的高い価値を持つことも、この原理に基づく。新聞が発行部数を、テレビ局が視聴率を気にするのも当然である。利用者の数に応じて広告の価値が変わることを、経済学では広告が利用者から「ネットワーク効果」を受けているという。

 原理1は自明だが、メディアのビジネスモデルにおいて重要な示唆を与える。それは、利用者に課金する場合の、課金収入と広告収入のトレードオフの関係だ。コンテンツの質を所与とすれば、ネットワーク効果を生かして広告からの収入を高めるためには、利用料金を下げることが必要だが、課金からの収入は低下する。

 したがって、どちらの手段がより重要かに応じて最適な課金・広告戦略が決まる。地域の情報誌・新聞が無料配布される理由は、ネットワーク効果からの広告収入を狙っているからである一方、ヨーロッパのサッカーをケーブルや衛星放送で見るのに高い料金が課されるのは、利用料金を下げても利用者の増加が緩やかなため、ネットワーク効果があまり働かないからである(活躍している日本人がいる場合には話が別だが)。

 ここであえて原理1を漁にたとえると、広告とは網のようなもので、仕掛ける網が大きければ魚が多く取れる、ということを指す。当然、漁をするときには網をやみくもに仕掛けるのではなく、魚のいそうな場所に仕掛けることが肝心だ。広告も同様で、広告に反応して購買行動を起こしてくれそうな人々を目掛けて広告することができれば、その効果は当然高くなる。

原理2:利用者の趣向や傾向に合わせた広告を提示することが可能であれば、個別の広告の効果が高まる。

 この手法は「ターゲティング」と呼ばれて既に良く知られており、広範に利用されている。テレビ広告を番組の特長に合わせ、視聴者の趣向をある程度取り入れることはターゲティングの一例である。しかし何といっても、ターゲティングを売りにしているのはインターネット・携帯メディアだ。

 利用者がどのような検索をしたか、何を買ったか、どのようなページを見たか、どの地域にいるのかなどの情報は、利用者の欲求や必要性を相当に反映するため、ターゲティングにはうってつけである。ご存じのように、グーグルで検索をすれば検索語句に関連する広告が登場し、アマゾンで買い物をすれば様々なお勧め情報が届く。このような広告は時には疎ましく感じられるが、購買意欲をそそられる場合もあると感じる人も、少なくないであろう。

インターネットがマスメディア広告に与えた影響

 いくつかのチャネルを通じ、インターネットの発達はマスメディアの広告価値・価格を低下させた。第1に、広告の供給を非常に大きくした。多様な新しいサービスの提供――検索、ストリーミング、SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)、クラウド・コンピューティング――などには、広告が組み込まれていることが多い。したがって、広告の需要が所与ならば、広告の供給の増加は広告価格の下落圧力となる。また、ターゲティングはネット広告の効果を高め、相対的にマスメディアの広告価値を低下させた。

 さらに、多様なコンテンツを扱うサイトが増え、かつウェブ上のサービスが増えていくことによって個々の利用者の利用時間の奪い合いが激化し、結果としてマスメディアのネットワーク効果の低下を招いたと考えられる。ネット上では多様なコンテンツが日々生産されている。しかし、個々の利用者がネットや情報メディアを利用する時間は限られているため、何をどのくらい見るか個々に選択せざるを得ない。ユニークなサイトや斬新なサービスの登場は、相対的にマスメディア情報への利用時間を減らす。

 その結果、利用時間を加味したマスメディアのネットワーク効果が小さくなり、広告価値が低下したと考えられる。もちろんコンテンツ・サービスの増加やパソコン・スマートフォンの価格の低下などによって、利用者数及び1人当たりの利用時間が増える効果も期待されるが、コンテンツの質が相当高くなければ、個別のメディアがネットワーク効果を維持することは難しい。

 また、ネット利用者がどのようなコンテンツを選び、いつネットを利用するかという選択が、広告価値にさらなる負の影響を与えるということが、Susan Athey氏らの最近の論文“The impact of the internet on advertising markets for news media”で指摘されている。ここでの着眼点は、ネット利用者の広告へのアクセスを、いかに無駄なく高められるかという点にある。

 ネットサーフィンをしながらサイト間を移ろいゆく利用者に効果的に広告を打つには、取りこぼしや重複を避けることが重要である。しかし現状ではサイト内およびサイト間での利用者の追跡が完全でないために、ある程度の取りこぼしや重複は避けることができず、広告の効果が低下する傾向にある。

 この点を少し詳しく見てみる。いま、広告主が一定量の広告をネットに掲載することを考えよう。単純化すれば、広告主は広告をあるサイトに集中して打つことと、異なるサイトに分散して打つことの選択がある。同じサイトに集中して広告を打つ場合、サイト内にとどまる利用者がいると広告が重複する弊害が高まる(同じ利用者でも異なる端末やアカウントを利用することがあるため、ターゲティングは完全にはなりえないことにも注意)。

 一方で分散する場合、移ろいゆく利用者の一部に広告が重複する弊害が高まる。どちらの方法が望ましいかは、移ろいゆく利用者の割合によって決まる。ほとんどの利用者が1つのサイトにとどまっているのであれば、分散戦略が効果的で、ほとんどが移ろうのであれば、集中戦略がより効果的である。現実は中間で、いずれの場合にせよ広告の無駄が発生することになり、広告の価値がその分低下してしまう。

次なる担い手はSNSか、ネット企業か?

 これまでの議論で、経済学の理論的な観点からも、インターネット・携帯メディアの発展がマスメディアの広告収入の減少を招き、マスメディアのビジネスモデルに大きな負の影響を与えることが改めて確かめられた。既存のマスメディアから、ネットに基づくメディアへの業界の再編は避けられない潮流であろう。

 ここで大きな問題となるのは、公共的な役割を持つコンテンツの担い手が、今後も十分にその役割を発揮することが可能となるかどうか、である。特に、健全なジャーナリズムが衰退し、権力のチェック機能という特別な「公共財」の供給が過少となり、社会的な不利益が増大する可能性が懸念される。

 標準的な経済学が教えるように、公共財の供給にはいわゆるフリーライダー(ただ乗り)問題が起こるため、自発的な寄付行為では必要な資金を十分に集めることが困難である。このフリーライダー問題を解決するには、通常であれば、無私・無謬である政府が公共財供給のイニシアチブを取ればよい。だが、政府や権力に誤謬・横暴がないかをチェックするという特別な公共財であるジャーナリズムの活動を、政府が運営したり、あるいは資金援助したりすることは適さない。

 ではどのようなシナリオが待っているのだろうか。課金と広告の割合を見直しながら、また寄付も募りながらこれまで通りの形態でジャーナリズムが運営されていくことも十分あり得るだろう。しかし、その場合にはジャーナリズムの質が低下する可能性があり、何らかの方法で補われなければならないだろう。

 もしかしたらSNSによる自発的な情報の提供がその1つかもしれない。あるいは、ネット企業が新聞社を買収するというストーリーも十分にあり得る。ターゲティングに長けたネット企業でも、コンテンツが充実していなければ、結局はビジネスとして成り立たないからだ。

 つまりインターネット時代のジャーナリズムはどうあるべきか、ネット巨大企業に買収された場合には果たして機能するのかということについては、社会的な影響と同時に、ビジネスモデルも併せて議論しなければならない重要な課題といえよう。


花薗 誠(はなぞの・まこと)

名古屋大学経済学研究科准教授。1994年慶応義塾大学経済学部卒業。2000年3月同博士課程単位取得退学。2003年8月米ペンシルベニア大学経済学部から博士号(Ph.D.)取得。2007年から現職。専門は契約と組織の経済学。


「気鋭の論点」

経済学の最新知識を分かりやすく解説するコラムです。執筆者は、研究の一線で活躍する気鋭の若手経済学者たち。それぞれのテーマの中には一見難しい理論に見えるものもありますが、私たちの仕事や暮らしを考える上で役立つ身近なテーマもたくさんあります。意外なところに経済学が生かされていることも分かるはずです。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20121019/238270/?ST=print

「ネット水軍」がマイクロブログで世論を誘導

「封鎖」から「発信」へと変わる中国のネット規制

2012年10月24日(水)  福島 香織

 9月に行われた広東省深圳市の公務員採用試験の問題でおもしろいものがあった。

 「7月初めに四川省什邡市で発生したモリブデン銅精錬工場建設反対デモ工場について、あなたは政府職員としてオフィシャル微博(マイクロブログ)にどのように書きますか?」

 昨年9月に発生した広東省烏坎村の村民の自治権奪取事件についても同様の設問があったそうだ。237人の募集枠に2万177人が挑む実に競争率85倍の狭き門の試験だったのだが、はたして合格した人たちはどのような答えを書いたのだろう。

 この試験問題を見れば、目下、地方政府が公務員に求める重要な能力の1つが、微博における市民への発信力なのだということがわかる。地方政府は今、インターネットの微博の力というものを非常に重視している。それは昨年からて微博を通じて呼びかけられ、拡大する集団事件があまりに多いからだ。

 毎年9月に中国社会科学院が出している「ニューメディア発展報告2012(新媒体発展報告)」によれば、微博の利用者は今年6月の段階で2.74億人以上。しかも微博を代表とするニューメディアによって、ネットユーザーの思想表明や政治への議論参加の機能が目に見えて向上している、という。

 それを受けて、中央・地方の党・政府機関のオフィシャルアカウントが急増している。いわく「中国ニューメディアの成長は、ひとつの極めて特殊な段階に突入し、社会発展への影響力は日増しに中心化している。ニューメディアは大衆の情報伝播の枠組みを変革しただけでなく、政治、経済、文化などさまざま領域への浸透を加速化し、一種の社会の高度化への媒介となっている。ニューメディアによって引き起こされる社会問題およびリスク事件は日増しに頻発率が高くなっている。…ニューメディアユーザーが世界最大の国として、いかにニューメディアの害を避け、そのリスクを国家発展のチャンスに変えるかが中国の目下最大にして重要な問題の1つである」

 中国が恐れるニューメディア・微博について、あらためて考えたい。

烏坎村を救ったマイクロブログの英雄は15歳

 10月初め、私は広東省陸豊市烏坎村を訪れた。いまさら説明の必要もないかもしれないが、昨年9月に、村の若者たちが微博でこの村で発生した汚職役人への村民の抵抗運動を発信し、世論やメディアの後押しを受けて村民自治を勝ち取った事件の現場である。詳しくはコラム「官民衝突が“村内革命”になる時」を参照していただきたい。

 私はこの村については、報道や人づてに聞いたことしかなかったので、時間のあるときに一度村を訪れ、自分の耳で当時者の話を聞いておこうと思っていた。

 村は深圳市からバスで陸豊市まで行き、そこからタクシーで15分程度のところにある。村はかつて世界のメディアから注目を受けただけあって外国人に対してはとってもフレンドリー。まず、この事件を最初に微博で発信した16歳の少年(事件当時15歳)呉吉金君を訪ねた。

 彼は今や、烏坎村を救った微博の英雄だ。バイクにのって、待ち合わせの村の役場(党支部)の前にやってきた彼は、ずいぶん取材慣れした様子で役場の応接間で、功夫茶を淹れながら饒舌に語る。

 「僕が最初に微博で、村の騒動を発信したのは2011年9月22日のことだよ」

 村民5000人が村の党支部の周りを囲み、ついに大規模衝突がおきた日だった。警察車両が村民に突っ込み子供をはねた。「とにかく村のことを大勢の人に知らせなきゃ、と思って。衝突の様子を伝えた。するとわずか1、2時間で一万回以上、転載(ツイッターで言うリツイート)されたんだ。僕は、このとき憤怒しかなかった」

村内版のSNS革命

 「僕は中学も卒業していなくて、深圳で料理人見習いをしていた。でも故郷の村で土地収用をめぐる騒動が起きていると聞いて、8月に村に戻ってきていたんだ。村には、僕みたいな90后(1990年代生まれ)の若者が100人くらい戻ってきていた。みんな怒りに燃えていた。衝突のときは、みんなで警官が銃を構える前に立ちはだかったよ。怒りでぜんぜん怖くなかった。命なんて惜しくない、戦うぞって気分が盛り上がっていた。この村の人口は2000世帯約1万3000人だけど、若者はみんな広州や深圳に出稼ぎにいっていた。彼らがみんな村のためにかけつけて、ネット発信チームをつくったんだ」

 呉君は2011年1月に「鶏精」のアカウントネームで微博を始めた。当初はこれほど影響力のあるツールだとは思わなかったという。村の90后の若者が中心になって微博で情報を発信、なかでも呉君ともう一人の青年、張建興さんが制作した村の抗議活動ムービー「烏坎!烏坎!」を微博で発信したことは、プロ記者も顔負けと言っていいだろう。

 「僕は学歴もないけれど、みんな記者になるべきだって言ったね。たくさんの記者から取材を受けて、記者に向いているって、言われた。チャンスがあれば、写真とか映像の正式な勉強がしたいな」

 同年12月までに4回、微博のアカウントを封鎖された呉君だが、「無学の庶民一人ひとりが新聞記者になれる」微博の力はそれでは封じ込められなかった。

 これら90后の若者による組織だった微博発信が、いわゆる既得権益側の厚い情報封鎖を破り、香港や外国メディアを村内に引き入れた。そして微博の情報伝達力が世論を味方につけ、ついには既得権益者の書記らを村から追い出し、村民直接選挙によって選ばれた村長および村民委員会が自治権を奪取、広東省政府に正式な自治組織として認めさせたのだ。

 背景に、伝統的な宗族関係による結束の固さや先祖代々からの土地に対する執着などがあると言われ、これを単純に民主化と呼ぶことに疑問を持つ人も多いのだが、そのプロセスをみれば、中東などでおきたSNS革命の村内版と言っていいだろう。

 ちなみに呉君にとっての理想の民主とは「村民委員会が毎週、きちんとどういった議論をしてどういう決定をしたか、来週は何を行うかを公開し、村民の監督のもと村の自治を行ってゆくこと」というシンプルなものだ。「今はまだ村内民主は不十分」と不満に思っているそうで、18歳になったら村民代表(村議に相当)選挙に立候補して、村のために貢献したい、というのが目下の彼の目標だ。

「ネット水軍」を4部隊創設

 こういった「烏坎モデル」については、一応、国営新華社通信も肯定して中国式民主という名で報じている。しかし、それはこういった微博による草の根民主を完全に肯定しているわけではない。いやむしろ中国当局側の目には、この微博の力は脅威に映っている。

 「ニューメディア発展報告2012」では、「微博はすでに普通の大衆の政治参加への便利なツールになっている」と指摘しつつ、「中国の特色ある微博伝播現象を形成し、ニューメディア政治と社会管理の新時代を開くべし」と訴えた。「社会管理」つまり、微博によって政治に関与し政治改革を進めようとする大衆に対し当局側も微博でもって大衆を管理する方法を探るべきだ、というのである。

 この方針はすでに各レベルで通達されている。微博中で一番ユーザーが多い新浪微博だけで2011年10月末までに、1万8132の党・政府機関および公務員のオフィシャルアカウントができた。これらオフィシャルアカウントの任務は、党・政府イメージを良くし、烏坎村事件のような微博を媒介に大きく発展しそうな具体的トラブルが発生した場合の効果的な対応を行うことだという。

 従来、ネット統制といえばグレートファイヤーウォールと敏感ワードをフィルタリングする検閲システムを中心とした金盾工程でおおむねカバーできていたのだが、微博に対してはこれがもはや意味をなさなくなってきた。

 たとえば昨年7月23日に発生した温州の高速鉄道事故では発生直後の1週間で新浪と騰訊の2社の微博だけで計7億以上の情報発信がされた。これでは微博の情報伝達・拡散力を削除やアカウント封鎖などの個々の対応で完全に抑えるのは難しい。

 微博実名登録制度などを導入し中国式のより有効なSNS管理の在り方を目下模索中というが、実際には微博の情報拡散力が世論をあっという間に形成して、それが発信者の味方になるという面を考えれば、実名登録がどれほど発信抑制になるかはまだ証明できていない。とある微博記者は「もともと記者は実名登録の場合が多いし、その方がフォロワーもつくし影響力が出る。影響力が自分の身を守ることを考えれば、匿名も実名も関係ない」ともいう。

 「報告」によれば、2011年に党・政府機関におけるニューメディアおよび世論リスク対応メカニズムは徐々に進んでいる。昨年下半期のデータでみれば、微博で世論形成された事件の71.9%において、一両日内に党政府部門が対応の微博を発信し、オフィシャルアカウントから発信された情報量は全体の発信量の5割を占めている。ただし党・政府アカウントによる対応が一歩遅れると、世論を誘導しリスクを避けるベストタイミングを逸することも指摘されている。

 広東省では烏坎レベルの微博事件が起きないようにと今年2月に俗称「ネット水軍」と呼ばれる一万人規模の大オンライン・コメンテーター部隊を4部隊創設するといった通達があったと聞いている。

 一般に「ネット水軍」というのは、企業のオフィシャル部門やネットPR会社が雇ったオンライン・コメンテーター部隊で、自社商品の絶賛やライバル製品の悪評を書きこみ世論誘導を行う。五毛党(1本のネット上の書き込みに五毛=0.5元支払われるという)という呼び名もあるが、情報発信量、情報拡散量がずば抜けて多い微博においては、「ネット水軍」と呼ばれるのが普通だ。

 ちなみにリツイート数の多い人気の情報の半分はネット水軍による世論誘導という報道もある。この「ネット水軍」を政府も導入し、烏坎村のような事件が発生しホットイシューになる前に、うまく世論誘導しようというわけだ。

「発信」対「発信」の競争で何が生まれるか

 実は烏坎村周辺では今年に入り、同様の官民衝突や村民の自治権奪還要求運動が多発している。汕尾、中山市海洲村では烏坎モデル反腐敗官僚抗争が起き、大勢の村民が拘束されたままだし、深圳、仏山、東莞では工場労働者が賃金踏み倒しに抵抗して決起した。潮洲では4月に烏坎に倣え、と政府建物の前をデモ行進し、奪われた土地の返還と腐敗官僚への懲罰を訴えた。これは広東省当局が正式な調査を約束して一時的に解散させたが、問題は解決していない。これらの事件は微博で拡散されそうになりながら、烏坎村事件のように大きな世論を盛り上げることに失敗している。広東省のネット水軍がそれなりの効果を上げているのかもしれない。

 ただしここで、当局側の勝利を断定するのは時期尚早だ。ネットは双方向に影響力を発揮するのが最大の特徴。金で雇われ党や政府の手先となったオンライン・コメンテーターやオフィシャル微博の書き手ももとは庶民だ。汚職や不当な土地収用を必死に告発する微博に、逆に感化されて、公務員のはしくれとしての責任感に向きあうこともあるのではないか。

 当局の微博対策は一方的な封鎖から「発信」に重点をシフトしてきている。微博の「発信」対「発信」の競争は、いずれ対話や交流の形になるのではないか。少々甘い考えかもしれないが、微博の可能性は今後も注目に値する。


福島 香織(ふくしま・かおり)
ジャーナリスト

 大阪大学文学部卒業後産経新聞に入社。上海・復旦大学で語学留学を経て2001年に香港、2002〜08年に北京で産経新聞特派員として取材活動に従事。2009年に産経新聞を退社後フリーに。おもに中国の政治経済社会をテーマに取材。著書に『潜入ルポ 中国の女―エイズ売春婦から大富豪まで』(文藝春秋)、『中国のマスゴミ―ジャーナリズムの挫折と目覚め』(扶桑社新書)、『危ない中国 点撃!』(産経新聞出版刊)、『中国のマスゴミ』(扶桑社新書)など。


中国新聞趣聞〜チャイナ・ゴシップス

 新聞とは新しい話、ニュース。趣聞とは、中国語で興味深い話、噂話といった意味。
 中国において公式の新聞メディアが流す情報は「新聞」だが、中国の公式メディアとは宣伝機関であり、その第一の目的は党の宣伝だ。当局の都合の良いように編集されたり、美化されていたりしていることもある。そこで人々は口コミ情報、つまり知人から聞いた興味深い「趣聞」も重視する。
 特に北京のように古く歴史ある政治の街においては、その知人がしばしば中南海に出入りできるほどの人物であったり、軍関係者であったり、ということもあるので、根も葉もない話ばかりではない。時に公式メディアの流す新聞よりも早く正確であることも。特に昨今はインターネットのおかげでこの趣聞の伝播力はばかにできなくなった。新聞趣聞の両面から中国の事象を読み解いてゆくニュースコラム。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20121022/238429/?ST=print  

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コメント
 
01. okonomono 2012年10月24日 21:59:50 : ufgCmUGS6CG6M : G1hECLBIDc
花薗誠さんの記事の方は、ネット広告の効果を分析するにあたって、実情の認識がはなからまちがっているのではないか。多くのネットユーザは、ブラウザのアドオンなどを利用して、あからさまな(めざわりな)広告の大部分をとっくに遮断しているはずだ。

福島香織の中国の記事については、対岸の火事ではない。日本のインターネット空間で進行しているはずの情報統制や世論誘導にくらべたら、2ちゃんねるや阿修羅掲示板などで一生懸命に書き込みをしている「工作員」などは、かわいらしいといっていいくらいなものだろうと想像される。


02. okonomono 2012年10月24日 22:01:39 : ufgCmUGS6CG6M : G1hECLBIDc
>01

訂正: 福島香織 → 福島香織さん


03. 2012年10月24日 23:23:41 : mhhdb7lYYY
TBS、23日の放送事故で再放送検討
スポーツ報知10月24日(水)20時14分
 23日午後9時から放送されたTBS系の音楽バラエティー番組「火曜曲!」で、放送中に映像が一時停止したり、静止画に切り替わったりするなどの放送事故があった問題で24日、同局広報部は「機器のトラブルは、放送データの不具合が原因だった」と説明した。

 すでに対策は講じており、再放送については「同じ放送枠か、別の放送枠かは決まっていないが、何らかの形で検討している」とした。番組の中盤に、画面が白と黒にぼやけ、音声の途切れた状態が1分余り続いた。

COPYRIGHT THE HOCHI SHIMBUN

http://news.biglobe.ne.jp/entertainment/1024/sph_121024_0073531891.html


04. 2012年10月25日 14:28:22 : txKoq6KBVw
アサザ基金 飯島博
‏@asazaiijima 50分 今日の読売新聞朝刊に、国交省がデカデカと広告を載せていた。我々が批判している逆水門の管理や離岸堤を正当化する内容。放射能問題には一切触れず。世論の圧力を感じているんだろう。 竜動http://twitter.com/asazaiijima/status/261325164439011328/photo/1

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