★阿修羅♪ > 雑談専用40 > 214.html
 ★阿修羅♪  
▲コメTop ▼コメBtm 次へ 前へ
逃げたキリンは死んだ
http://www.asyura2.com/12/idletalk40/msg/214.html
投稿者 MR 日時 2012 年 10 月 05 日 12:50:43: cT5Wxjlo3Xe3.
 

【第4回】 2012年10月5日 降旗 学 [ノンフィクションライター]
逃げたキリンは死んだ
本当は、草原を走りたかっただろうに
 新聞とテレビのニュースが“動物園”か“動物の赤ちゃん”を報じたら、そのときはネタがない――、と相場が決まっている。よほどの珍事でないかぎり、だ。

 とりわけ週末には動物ネタが多いが、ときにはあえて“ヒマネタ”で紙面を埋めておき、その翌日にスクープを持ってきたりもするから動物ネタは要注意だ。今回はそんなこともなかったが。

 先週、イタリアの都市イモラのサーカスから逃げ出したキリンが街じゅうを走りまわり、大騒動になった記事が掲載された。これは、珍事だ。何しろ、体長三メートルで体重が九二〇キロもの大型動物が街じゅうを逃げまわったというのだから。

 逃げたキリンは四才のオスで、アレクサンドルという名前がつけられていた。

 アレクサンドルは、四時間にわたって逃げまわり、その間に数台の車を破壊したらしい。やるな、アレック。

 私はこの手の話が好きなので、不謹慎をわきまえず面白がっていたら、第七〇代横綱・日馬冨士誕生と小沢一郎の“検察審査会”結審の記事の下に、福島県喜多方市の女性が熊に襲われ死亡した事件も報じられていた。

 先週は、どうにも動物ネタが多かったような気がする。

 JR東海では、新幹線の信号機器ケーブルをネズミにかじられ、停止信号が表示されっ放しになったという記事があったり、多摩動物園(東京都日野市)では高齢になったチンパンジーにコンドロイチンのサプリメントを飲ませているとか、井の頭自然文化園(武蔵野市)でも、やはり高齢のゾウに養命酒を匂い付け程度に混ぜた特製スポーツドリンクを飲ませて長寿を図っている、というような記事もあった。

 また、今年は、サバが豊漁を通り越して“獲れすぎ”らしい。

 テレビも、たまたまつけたワイドショーや夕方のニュースが動物ネタを映し出していた。九月二六日の『スーパーJチャンネル』では、キリンの“婿入り”に密着したニュースが流れ、三〇日の『噂の東京マガジン』は、神奈川県鎌倉市で大量発生したタイワンリス被害をレポートしていた。

 特定外来生物でもあるタイワンリスは生後一年で繁殖を始め、年に二、三回出産し、一回に二匹から三匹の子どもを産む。単純計算すると、一年で約九倍に増えるのだという。民家の戸袋に巣をつくったり寺社の古木をかじるために被害が続出し、希望者に市が駆除用のネズミ取りを貸し出したところ、昨年だけで三四二〇匹が捕獲されたそうだ。

 十月一日放送の『モーニングバード』は、飼育員に恋をしたメスゴリラの話が取り上げられていた。繁殖活動をしようとしないオスゴリラに嫉妬させるため、飼育員がメスゴリラに優しくしているうちに、どうやら本当に飼育員を好きになってしまったらしい……、という内容だった。

 これは面白かったぞ。飼育員が姿を見せるとメスゴリラはすぐさま近寄ってきて、飼育員の前から離れようとしないんだな。二人は硬質ガラスで隔たれた映像だったけれど、メスゴリラは飼育員だけをじっと見つめている。

 すると、オスゴリラは嫉妬するのか、両手で胸を叩きながら突進して、ガラスに体当たりするんだね。その先には飼育員がいるのだけど。その姿を見ていると、ゴリラには申しわけないが、俺の女を取りやがって、と逆上した勘違い野郎の知能指数ってゴリラ並だな。

 などと思ってしまう。

 私は、テレビで動物を特集しているとすかさず録画し、それを一本の長〜いビデオに編集して、休日や気分転換に見ている。可愛いのだ、動物の姿は。

 肉食動物の生態が映し出され、たとえば、チビライオンの狩りがまだ未熟で獲物をうまく捕らえられなかったりすると、頑張れ、そこで仕留めろと応援するくせに、今度は肉食動物から我が子を守ろうとするシマウマの子育てが映ると、逃げろ、捕まるんじゃない、などと肉食動物の捕食を忌々しく思ったりする。

 獲物を捕らえられず、空腹でふらふらの肉食動物に憐れみをもよおし、草食動物が餌食になる姿に虚しさを覚え……、どちらの肩を持つ私は、実に優柔不断だ。野生の世界は、ときに感動的で、ときに残酷でもあるけれど、さまざまな環境で生き長らえた動物たちは、たくましく、美しい。

 転じて、動物園などで飼育されている動物たちだ。

 そのむかしに公開された映画に『猿の惑星』がある。説明するまでもないと思うが、人間に代わり猿が地球を支配するという設定でストーリーが進む。その続編にあたる『新・猿の惑星』の中にとても興味深い場面があって、貴族の猿の小さなお嬢さまが、ペットで人間の女の子を飼っているのだ。

 映画の中の猿は高い知能を持ち、言葉を喋る。人間は、言葉は話せるが原始的な暮らしをし、猿たちに従属している。古い時代のアメリカ人が、アフリカから連れてきた黒人にするような扱いだ。

 貴族のお嬢さま猿は、人間の女の子をペットとして飼っている。可愛らしい洋服を着せてやり、可愛いわねと言って頭を撫でてやる。就寝の場面で、お嬢さま猿はレースのカーテンが揺れる天窓付きのベッドで休むのだが、その前に、女の子を就寝用の“ケージ”に入れるのである。早い話が檻だ。

 飼われるとは、こういうことなのだ。

 この映画のように、もし、人間に変わる生物が地球の支配者になれば、人間は食料になるか、そのために養殖されるか、農耕馬のように働かせられるか、闘犬や競馬のような娯楽用に調教されるか、繁殖が過ぎて駆除の対象になる。

 中には、人間を虐待する輩だってきっといる。ごくごく一部の人間だけが“動物園”で飼育されるか、ペットとして可愛がられるくらいだろう。

 現実味のない空想だが、私が動物園で飼育されたら――、という物語を考える。

 寝所と呼ばれるような寝室は用意されるはずだ。布団は与えられるだろうか。食事はおそらく朝昼晩と与えられる。が、洋服は着させてもらえない。だから股間を隠すこともできないし、髭を剃ることも、髪を切ることも許されない。見栄えが悪かったら飼育員が散髪してくれるのかもしれない。

 陽が昇り、開園時間がくると高い塀か柵を張り巡らされた広場に出され、四方から入園者に見られる。あー、人間だー、人間がいるよパパ、と子どもの声が聞こえる。ときおり果物やスナック菓子が投げ込まれ、そんな珍しいものは動物園の食事では出されないから貪りつく。入園者たちに笑いが起きる。

 昼寝をすれば、あ、寝てると指さされ、一挙手一投足が見られる。用足しすら入園者の面前でしなければならない。羞恥心というものを、私はいつしか忘れる。

 ある日のことだ。私の“住まい”に、前触れもなく同い年くらいの女性が連れてこられた。私はひとりでいたいのに、密室でその女性と二人っきりにされる。飼育員は、さぁお嫁さんを連れてきたぞ、と言った。

 残念ながら、その女性は、私の好みではなかった。

 私はもっと×××で、××××な女性が好きなのだ。彼女は、まったくと言っていいほど違う。会話は弾まないし、趣味も全然違う。私はごろごろするのが好きなのに、どうして同じように過ごせないのだ。そのうち私は、あたかもその女性がいないかのように振る舞い始めた。

 飼育員はひっきりなしに私たちの様子を見に来て、何やらひそひそ声で話し込んでいる。相性が悪いのかな〜とか、なかなか繁殖活動に入らないなとか。

 何を言ってるんだあいつらは、と私は思う。

 日が昇っては入園者に見られ、寝所に戻っては気のあわない女性と無為の時間を過ごす……、私には自由というものが全くない。私は、何のために生まれてきたのだろう。

 それでも、と思い直す。私はまだいいほうなのだ。同じ集落に住んでいた友人は、捕らえられたあと別の施設に入れられ、そこでは火の輪をくぐったり綱渡りをしないと、しかも、うまくいかないと食事をもらえないらしい。

 失敗すれば殴られ、芸を覚えるまで食事はおあずけだ。それに比べれば、飼育員が私に手を挙げることはないし、食事だってちゃんと出してくれる。友人に比べれば、私ははるかに恵まれている――。

 というようなことをときどき空想するのだが、だからといって動物園やサーカスの否定派というわけではない。物事を反対の立場から考えたり、裏側から見る練習をしているようなものだ。

 以前にお目にかかった動物園の飼育員は、仕事だから動物を飼育しているのではなく、動物が大好きで仕方がないというような人たちばかりだった。誰もが勉強家で、動物たちをこよなく愛していた。

 十年ちょっと前に、屠畜場の取材をしたことがある。関東近県の屠畜場にはことごとく取材を断られ、有吉佐和子さんが『複合汚染』を書かれたときにアドバイザーを務めた獣医さんにお力添えをいただき、やっと取材を果たせた屠畜場だ。

 私は、連れられてきた牛が食肉に変わるまでの工程を全て見学させてもらった。

 ちょうどBSEの問題が取りざたされていた時期で、小脳のあたりにあるプリオンを取り出す作業も見せてもらった。専用のヘラで一つひとつ取り出し、ヘラは一体ごとの使い捨てだった。そのたびに外科医が使うようなゴム手袋も取り替えていたようにも思う。

 牛の頭部は、それだけで二〇キロ以上もあるらしい。プリオンを取り出す作業をしていたのは華奢な女性で、両手で牛の角をつかむと、うん、と持ち上げ、どん、と作業用にテーブルに置き、ヘラでプリオンを取り出していた。

 その女性は、これまでに出会った女性の中でもトップスリーに入るぞ、と思えるような美人さんで、どうやら職場のマドンナのようだった。男性職員が、老いも若きも中年も、誰もが彼女のそばを通りかかると一言二言話しかけ、彼女もまたそのたびに微笑みながら言葉を返していた。

 誰もが朗らかなのだ。屠畜場というところは、もっと陰湿で、筋骨隆々の強面ばかりが働いている職場だと勝手に思い込んでいた私には、彼らのやり取りがあまりにも自然で明るく、おまけにこんな美人さんまでいる――、というようなことを記事中に五行ほど書いたら担当編集者に全部削除された。

 あのときの取材で、職員のひとりが言った言葉を、私は忘れられない。その人はこう言ったのだ。私たちは、あなたたちよりずっと、牛や豚や鶏に感謝しながら肉を食べてますよ、と。

 動物園の飼育員たちも、おそらく気持ちは同じだと思う。彼らは、動物たちから野生で生きる自由を奪っていることを自覚していて、だからこそ我が子同然に動物たちを飼育しているのだ。

 そして、彼らに飼育される動物たちも幸せなのだと私は思いたい。

 イタリアのサーカスから逃げ出したキリンのアルフレッドは……、どうだったのだろう。キリンの四才を人間に置き換えると何才くらいになるのかわからないが、二十歳くらいにはなるのだろうか。

 サーカスの関係者は、何者かが故意にロープを切ったと説明している。
だから、アルフレッドは逃げた。

 逃走は四時間にも及んだ。人間で言えば青年くらいの若さだ。車を何台も破壊するくらいアルフレッドは勇ましい。でも、アルフレッドが得た自由は四時間だった。天敵のいないサーカスにいた彼には、彼を追い詰めた警察隊が肉食動物のように思えたのかもしれない。

 アルフレッドは、鎮静剤を打ち込まれて捕獲された。

 長時間の逃走が心臓に負担をかけ過ぎたのか、それとも鎮静剤が原因なのか、捕獲された数時間後にアルフレッドは死んだ。死因は特定されていない。

 アルフレッドは幸せだっただろうか。アルフレッドがどこで生まれたキリンなのかは定かではないが、アフリカ生まれなら、逃げながら、故郷の草原を駆ける感覚を思い出していただろうか。

 アフリカの大地を知らないイタリア生まれなら、逃げながら、本能で大地を蹴り、風のように草原を駆ける疾走感に浸れただろうか。

 できることならば、アスファルトなんかじゃなくて、広い草原を駆けさせてやりたかったな。

(文中一部敬称略)
http://diamond.jp/articles/print/25869


#注:
作業者がヘラで取り出しているのは、プリオンが含まれる可能性がある組織部位であって、プリオンではない
そもそもプリオンは分子が凝集した病原因子だから、目に見えないし、取り出した組織にも存在していない場合がほとんど


 

  拍手はせず、拍手一覧を見る

この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます(表示まで20秒程度時間がかかります。)
★登録無しでコメント可能。今すぐ反映 通常 |動画・ツイッター等 |htmltag可(熟練者向)|(各説明

←ペンネーム新規登録ならチェック)
↓ペンネーム(なしでも可能。あったほうが良い)

↓パスワード(ペンネームに必須)

(ペンネームとパスワードは初回使用で記録、次回以降にチェック。パスワードはメモすべし。)
↓画像認証
( 上画像文字を入力)
ルール確認&失敗対策
画像の URL (任意):
  削除対象コメントを見つけたら「管理人に報告する?」をクリックお願いします。24時間程度で確認し違反が確認できたものは全て削除します。 最新投稿・コメント全文リスト
フォローアップ:

 

 次へ  前へ

▲このページのTOPへ      ★阿修羅♪ > 雑談専用40掲示板

★阿修羅♪ http://www.asyura2.com/ since 1995
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。

     ▲このページのTOPへ      ★阿修羅♪ > 雑談専用40掲示板

 
▲上へ       
★阿修羅♪  
この板投稿一覧