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自由非自在 じゆうはじざいにあらず
http://www.asyura2.com/12/idletalk40/msg/215.html
投稿者 あやみ 日時 2012 年 10 月 06 日 07:19:19: oZZpvrAh64sJM
 

つれづればなhttp://turezurebana2009.blog62.fc2.com/blog-entry-99.htmlより転載

わが国において「自由」という言葉が湯水の如く使われているため、その語意について疑いの目が向けられることは少ない。必要さえ見当たらない。
おおよその解釈は、「自らの選択で行動あるいは思考することができる状態、しかしそれは他人に迷惑をかけない範囲でのこと」、または単に「束縛や強制を受けていない状態」である。

これは近代とともにわが国に定着した言葉であるが古来はほとんど使われた形跡がなく、あったにせよ今とはだいぶ違う意味で使われていた。古くは日本書紀に見られ後の徒然草にも現れる「自由」は、「傍若無人」「我儘勝手」といった悪い形容に使われるのみであった。


ひとまず話を近代以降に絞るとする。
「生」に対し「死」があるように、「天」に対し「地」があるように、「自由」の対極には「不自由」がある。つまり自由が存在するためには不自由がなければならない。

現実の不自由が支配や拘束や虐待などの形でまず存在し、そこからの脱却によってもたらされるのが自由である。

これとは別に他者に現実におこった「不自由」を見てしまうか、話に聞くか、学校で教わるか、テレビのCGに吸い込まれるかして疑似体験した「「不自由」に恐怖、戦慄し、それから逃れることを「非・不自由」すなわち「自由」と定義してしまっている。
たとえば非民主主義国である某国には人権など存在せず非道が横行しているが民主国家である某某国国民は自由に生きている、結婚して子供ができると家庭生活に全てを注ぎ込むことになるが独身でいれば自由に生きられる、あるいは原発がなくなると景気が落ち込み身動きができなくなるが原発さえあればバブルの頃のような自由な暮らしがもう一度やってくる…

さまざまな権利が確立した(はずの)今日の日本では前者(不自由からの脱却)はもはや当然、いまさら「自由」などとは呼ばないほど軽んじられているかのように思える。むしろ日本を闊歩する「自由」とは後者(具現化された不自由から逃避)のほうではないか。


明治までの日本は封建制度と後に呼ばれる枠組みがあり人々はその枠組みの中で生きていた。武家に生まれたものは武士となり、職人の子は親の職を継ぎ、農村に生まれれば百姓となるのが普通だった。百姓の数が減ることは国の衰退につながる一大事、そのため公儀の許しなく農村を離れることは罪とされた。逆に武士として生まれた者がその身分を捨てることも武家社会の体面を傷つけるものとして制限されていた。身分の自由と呼べるものはなかった。
もちろん例外はある。江戸や大阪で労働力が必要になると農村の男たちが駆り出されそのまま人足や職人として都市に居つくこともあり、商才があれば商売をはじめることも稀ではなく中には豪商にのし上がる者まであった。貧農に生まれた河村瑞賢は江戸で人足をしながら商売を覚え材木商となり財を成した。そして後に幕府の公共工事に関わるようになるとさらにその才覚をあらわし多くの御用を預かった。淀川の治水工事、航路開拓など、その功績を以って晩年にはその名を旗本に列ねるまでとなった。吉原での豪遊ぶりも紀伊国屋文左衛門とともに今に語られている。
しかしこれは例外中の例外、多くの人にとって生まれを越えることなど夢にも勝る絵空事、それを受け入れて生きていた。

同じ頃の西洋。航海航路の開拓から通商がおこり流通業と金融業が発達した。当然生まれる摩擦により武器の需要も跳ね上がり、喉から手が出るほど兵器が欲しい王侯貴族たちにカネを貸付る金融業者は資本を確立し、現代に至るまで世界を支配する資本主義経済がここに芽生える。

キリスト教社会では金融につきものの「利息」はもともと禁忌でありカネを扱う金融業を忌み嫌う風潮が強かった。そのため銀行も両替商も「ベニスの商人」のシャイロックのような特殊な人種に任されていた。専横されていたとも言える。教会や王侯貴族たちは富をいつのまにか金融業者たちに吸い上げられやがて衰退していった。
しかし世の実権を誰が握ろうと民衆の暮らしは変わらずに困窮を極め、とうとう18世紀の終わりには革命の火がつき、炎となって専制制度を焼き落とした。虐げられる民衆が「自由」を手に入れつつあった。

われわれ日本人が学校で習う「自由」のお手本はフランス革命である。専制主君から政治を奪い取り議会を立ち上げ、憲法を作り、周辺諸国ともども産業革命の波に乗って近代社会を築いてゆく流れを自由と呼ばせている。ただし民衆からむしりとったものが王侯貴族を経由してどこに行ったのか、または欧州の奴隷や農奴を開放する傍らで新航路の果てにある国の肌の色の違う人々を捕まえ苦しめたことからは意図的に目を逸らし、産業革命がもたらしたのは軍事産業ではなく豊かで便利な暮らしと教えている。いずれも中世から近代に移行する折に浮き出た錆を覆い隠すに便利な言葉、それが「自由」であった。


本稿は「ほんとうの自由とは」などを熱く語るものではない。むしろそのようなものはどこにもないことを申し上げたい。


人は生まれながら自由などではない。空気と水がなければ一刻とて生きて入られない。生まれる国を、家を、親を選べない。男は男として、女は女として生きることを余儀なくされている。あめつちとわたつみの恵みに養われ、そしてあるひ必ず死ぬ。生まれたそのときに死の宣告をうける。これを覆そうとすれば必ず恐ろしい罪を犯すに至るであろうことは、われわれ日本人であればなぜが、教わらずとも知っている。それを忘れさせるために外からに押し付けられているのが「自由」なる言葉である。


日本人に「自由」をもたらしたのが明治維新、それに先行する「不自由」を因習ずくめの悪しき時代である江戸時代と見立ててのことである。しかし江戸時代がそんなに悪い時代だったかは評価が分かれる。そして明治から今に至る近現代がそんなに薔薇色の時代であるかどうかも然り。

黒い船に乗ってやってきた西洋人が我々に「自由」もたらしたのは親切心からではなくあくまで経済戦略である。日本の黄金、生産力と労働力、蒸気船を稼動するための豊富な森林資源を狙うもので、日本は世界の経済を牛耳るための重要な足がかりであった。特に日本人の器用な手指と勤勉さは工業生産の担い手として好都合と考えられ、また航海術にも武術にも秀でた日本人は武力で殲滅するより仲間として懐に抱えるべきと判断された。ともあれ日本には選択肢などなかった。黒船以前から日本に外国船が近寄っては通称を求められていがその都度やんわり拒んできた幕府であるが、とうとう江戸前に陣取る艦隊に大砲を構えられ、アヘン戦争後の清国の惨状を知ったうえでは「降伏」するしかなかった。

貿易の障害になるものを取り払い自由に取り引きできるようにすれば当然力の強いものが上に立つことになる。この場合の力とは競争力のことを指すのであろうが結局は腕力につながる。つまり武力を笠にきていくらでも弱いものいじめをすることができる。それを自由経済という。「鎖国」という障壁を取りはらわされた後、露骨な不平等条約を呑まされながらも勤勉に働き続けた日本人は条約改正にまで漕ぎ着けるが、そのころには完全な軍国となり常に欧米の切り込み役を買っていた。気がつけば極東の大悪党にされていた。

やや遅れて日本と似たような道を歩んだのがオスマントルコ帝国である。内から病み、外から攻められて崩壊しつつあった国を救ったとされるケマル・アタテュルクは「自由」の象徴として、逆に旧帝国は暗黒時代の象徴として定義された。第二次大戦後、欧州は足りなくなった労働力をトルコからの移民で補った。欧州の復興に大きな役割を果たしたトルコ人労働者が祖国に持ち帰ったのは外貨、そして欧州至上主義であった。「悪い皇帝を追っ払ったアタテュルク、自由をくれたアタテュルクばんざい」ほんの数年前まで子供たちはこんな歌を音楽の授業で歌わされていた。西欧列強は自らに都合のよい傀儡を送り込み古い政権を悪者に仕立て上げることでこの国の人心を改造した。

市井の人々を含む国民の識字率と書物の量、ともにずば抜けて高かったのが江戸時代の日本とオスマン帝国時代のトルコである。人々の闊達で明るい暮らしぶりは文学や絵画から知ることができフランス革命のころの欧州とは比較の余地はない。欧州で相次いだ革命の背景に似たものは日本にもトルコにもなかった。だがそれでも近代は、甘く芳しい「自由」という言葉をつれて訪れた。世界の中心を作り出すために。


いわば「自由」とは軍事・経済用語のひとつである。それを芸術や思想や教育の世界に持ち込んでしまったのはこの言葉に幻想を抱いた我々の勝手な思い違いからである。


心の内側から迸るものを形や色彩で、旋律や調べ、時には文字をちりばめて外に訴える、それは何者からも制限を受けることのない思いのままの世界である。それを自由と言はずしてなんと言う、そう問われるだろう。あるいは世のしがらみから自らを解き放ち、裸足で波と戯れ、ひとり風に身を任せることができたのならばそれを自由と呼ばずして、いったい何と呼ぶべきか。

「自在」という日本語があったことを思い出そうではないか。辞書にある言葉の意味こそは「自由」とかわらぬものの本来は別のことばである  

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コメント
 
01. 2012年10月06日 11:55:49 : FfeqBqwjzE
あやみさん
安芸ガラスです。

トルコがシリアに砲撃しましたね。
国内は戦争体制が牽かれましたか。

>黒船以前から日本に外国船が近寄っては通称を求められていがその都度やんわり拒んできた幕府であるが、とうとう江戸前に陣取る艦隊に大砲を構えられ、アヘン戦争後の清国の惨状を知ったうえでは「降伏」するしかなかった。

武士と公家は、攘夷を掲げて一連の条約を締結しました。
その条約の政治的意味は、夷荻のすきをみて、戦争をする合意がありました。
その政権公約を降ろさないで、夷荻に降伏しました。
ここから、住民のエネルギーの発散が、歪んだ形に、過剰になります。


>「鎖国」という障壁を取りはらわされた後、露骨な不平等条約を呑まされながらも勤勉に働き続けた日本人は条約改正にまで漕ぎ着けるが、そのころには完全な軍国となり常に欧米の切り込み役を買っていた。

世界システムとしての自由貿易体制の秩序は、文明・半開・野蛮の政治的・軍事的・経済的・文化的秩序でした。
夷荻への降伏は、その秩序に参入する政治的行為でした。
条約改正とは、文明の位置にたどりつく政治的意味でした。
この政治的意味を忘れると、日本を相対化できなくなりますね。


>いわば「自由」とは軍事・経済用語のひとつである。それを芸術や思想や教育の世界に持ち込んでしまったのはこの言葉に幻想を抱いた我々の勝手な思い違いからである。

同意します。


「自在」
勉強しました。
ありがとうございます。


02. 宮島鹿おやじ 2012年10月06日 13:10:54 : NqHa.4ewCUAIk : LCezg03HLQ
あやみ様

拝見しました。
「自由」という言葉の幻想

>本稿は「ほんとうの自由とは」などを熱く語るものではない。むしろそのようなものはどこにもないことを申し上げたい。

ほぼ、全面的に同意いたします。
また、繰り返し読ませていただきます。
この投稿からは、連想(イマジネーション)する言葉が多々あります。
お話しさせてください。

では、後ほど。


03. 蒲田の富士山 2012年10月06日 21:43:16 : OoIP2Z8mrhxx6 : 9ztdKLNcuK
あやみ様
 
元祖「馬鹿」なので、「馬鹿のひとつおぼえ」を、ひとつ、以下引用。
 
黒船を撃ち攘い、国を守ることこそ、維新回天の大業の目的だったではないか。しかるに今や、「天子」と皇族と政府の「姦謀」は、自らの手でこの日本の津々浦々に黒船を導き入れ、国土を売り渡そうとしているではないか。西郷はそれが赦せない、しかるが故に立ったのだと。
 
当方は、あいかわらずですが、お久しぶりです。

04. ろうし力学 2012年10月07日 00:11:09 : riuSNxeQ9qjU6 : V6T1vDv3zU
あやみ様

>いわば「自由」とは軍事・経済用語のひとつである。
>それを芸術や思想や教育の世界に持ち込んでしまったのは
>この言葉に幻想を抱いた我々の勝手な思い違いからである。

言葉には、手垢がまみれます。
パソコンが好きな人間が、アップルと聞くのと、パソコンに縁のない農家の方がアップルと聞くのでは、当然イメージするものがまるで違います。

この言葉に幻想を抱いた我々の勝手な思い込み、それによって、人類は意思の疎通を分断されています。共通認識を得ようと言葉を尽くすと、ますます乖離する。

自由という言霊は、そこに込めらた意味からして、自在とセットになっている文字です。

自由自在、で一つ言葉です。
ここに既に、分断があります。半分なわけです。

「自らに理由ありて、自らの存在あり」

自分という意思が世界にあり、それが理由で世界は存在している。

これは存在世界の真理です。
量子力学では、観察者の観察によって、事象は確率を収縮させて、実存となるという解釈があります。この解釈は、観察された事実をそのまま脚色なしで、見つめている姿勢です。

観察者というワタシが、「見る」という意識を行為に転じたことで、確率の海に漂っていた量子が、観察と同時に物理世界となっているということです。

見ている世界が目の前にあるその理由とは、「自分」であり、自分の意思であり、自分の意識であります。それが「自由」です。
それは同時に対化として、自在、つまり世界を「在る」、自分を「在る」状態たいにしている、その理由とは全て「自分」だということです。

支配体制が、世界をコントロールするのに、人類に受け入れやすく、だれもそれを否定せず、むしろ喜んで受け入れる、けれども、それを人類が一度受け入れてしますと、人類は混乱を引き起こし、困惑し、不安定となり、その不安を回復させようと、他者(自分と敵対する)をコントロールする選択をする=戦争です、そのために世にはなった言葉、「自由、平等、博愛」です。

このセットは、決して相容れない三つ巴であるため、一つ一つはだれも反対せず、否定しないにも関わらず、3つを一纏めにした途端に、戦争を生み出す隠れた機能を持っている時限爆弾です。

言葉に付与される「意味」とは、物質を主とし、精神を従とする認識において、本来とは正反対のイメージにまみれていく宿命があります。

言葉に付託される意味の再発見は、精神を主として見て、物質を従としてみる視力の回復と、不可分に行われるものです。

我在りと、我思う、故に我在りと、我思う、それが世界では無いでしょうか。


05. あやみ 2012年10月07日 15:02:47 : oZZpvrAh64sJM : dFfcNxEaVE
安芸ガラスさま こんにちは。

コメントいただいたようにシリアの方角から砲弾が飛んできて国境の町から多くの死傷者が出ました。これには裏があり、西欧はトルコをどうしてもシリア+ロシア+イラン+中国+に対しての戦争に先鋒として担ぎ出したいのです。また、政府のいうことを聞かないトルコ軍(イスラエルの飼い犬)も緊張状態が続くことを大変歓迎しています。メシの種ですから。
トルコの首相は以前から、カダフィにもアサドにもこの避けようのない戦争ゲームについて注意喚起し、戦争回避が先決と説得していました。ですがこの国は中東のかじ取り役をこなすにはまだ力不足でした。下手をすれば自国が焼け野原にされてしまうのです。国連とMATOに加盟するということはこういうことです。

明治維新のころ、いえ大航海時代と今を比べると何一つ変わっていないと感じます。むしろ支配者が市民に対して犯した罪を我々は自分の子供たちに犯すようになっています。感染です。

嘆いてばかりもいられないのでこんなブログを書くようになりました。
この投稿には続きがあります。「自在」について書きたいと思います。


06. あやみ 2012年10月07日 15:26:46 : oZZpvrAh64sJM : dFfcNxEaVE
宮島鹿おやじさま ありがとうございます。

人間は言葉を与えられて以来、言葉をとおして意思の疎通を図ってきました。
ではその言葉の意味を捻じ曲げたり、新しい言葉を生んで人々にそれを使うことを強制する力があったとすれば、それは人心を動かし世を操ることができることを意味するでしょう。

これは私の勝手な考えですが、維新の頃に活躍した文化人たちの結社である「明六社」の面々はそれを十分心得ており、西洋人の入れ知恵も手伝って新たな日本語を生んだのです。自由、平和、健康、人権…これらは明治の新語です。古い文献から拾い出すか新しく生成するかして、開国後に西洋からやってきた価値基準を日本人に押し付けることに成功しました。

いま我々の心はこの明治の新語に支配されていると感じています。


07. あやみ 2012年10月07日 15:27:26 : oZZpvrAh64sJM : dFfcNxEaVE
お返事が遅れがちになりますが、どうかさらなるコメントをお願いいたします。

08. あやみ 2012年10月07日 16:32:19 : oZZpvrAh64sJM : dFfcNxEaVE
蒲田の富士山さま、こちらこそお久しぶりです。

蒲田さんが「あいかわらず」なのはなぜかとても嬉しいです(笑)。

日本に、「公家」と「武家」の二つの支配者がいたことが維新を成功させたのだと思います。皇室と明治新政府は旧幕府を悪者にすることで国民の支持を取り付けました。仮に公家しかなかったとすれば「維新」が「寝返り」であったことを国民にはやく気づかれ多くの反乱が起きたことでしょう。そして多くの西郷が生まれたとおもいます。


09. あやみ 2012年10月07日 17:11:05 : oZZpvrAh64sJM : dFfcNxEaVE
ろうし力学さま ようこそおいでくださいました。

仰るとおり「自由、平等、博愛」の言葉がどれほどの血を流したことでしょう。
「博愛」は誤訳だそうです。明治を迎えた時点の日本になかった概念なので当然ですが、もとは「友愛」、価値観を共有しない人種は「友」と認めず従って殺そうが喰おうがお構いなしなのです。まさに近代を裏付ける言葉です。

「自由」は「自」を取り巻く世界をどうにかして「自」に合わせて切り開くこと、「自在」は逆に「自」を取り巻く世界にたいし「自」を制限することで得るものです。互いに似ているようでそのベクトルは真逆です。この投稿は次号「自在非自由」に続きます。

観測者、いえ人の数だけ世界があると考えるほうが、たった一つの世界で力比べと殺し合いをすることのみ考えるよりよほど素晴らしいのに、残念なことです。


10. 宮島鹿おやじ 2012年10月08日 09:45:16 : NqHa.4ewCUAIk : LCezg03HLQ
あやみ様

「自由」という美辞麗句が、市民革命によってもたらされた宝物という「装飾」として、実は、その裏側に存在した植民地支配・軍事衝突を隠蔽するために機能した。

本当に同意します。私たちは、本当に、「甘美なもの」「きらびやかなもの」、外見的に強く何かを押し出してくるものについては、よほど、注意をするべきでした。

良薬口に苦し、とはいいますが、人生において、ほとんどの場合、教訓となるものは、何らかの葛藤を経たものであると感じています。

なにやら、へつらい、ねぎらいの言葉を述べつつ接近してくる奴にろくな奴はいません。そういう意味では私はディズニーランドが大嫌いなのです。(かなりずれますが。)


<神殿の写真>
http://pds.exblog.jp/pds/1/200906/06/53/d0080653_1285928.jpg


11. ろうし力学 2012年10月08日 13:21:58 : riuSNxeQ9qjU6 : FVfQJ8R1lU
あやみさま

おやじさま

ろうし力学です。当方も、ネズミーランドに行きましたが、ありゃあすごいです!日本人の若年層を根こそぎノータリンに改造できますよ!

マトリックスです、ばーちゃるわーるど。まさに夢の世界。


12. あやみ 2012年10月08日 17:43:51 : oZZpvrAh64sJM : 3W02S8R9dk
東京(千葉だってば)ディズニーランドができたのは私が中学のころ。当時の女子学生の神殿とも言える施設でした。女子だけで行く(詣でる)のは恥ずかしいことで必ず男子と行くべしという不文律がありました。ちょうど「デザイナーズブランド」という言葉がはやりだしたころで、流行の服を着ていかないとコケにされたものです。

わたしたちは「シンデレラ」「白雪姫」「人魚姫」をきいて育ちました。いずれも王子様との結婚こそが女の幸福だという物語です。そんな娘たちが成長し、夫を選ぶ歳になったとき子供時代の「刷り込み」が頭をもたげるのだと思います。

魔法使いが姿かたちを整えてくれる、王子様が自分を見つけ出してくれる、自分を見下していた人たちは歯噛みをして悔しがる。

そんなことを望んでしまった娘たちは多かれ少なかれ「不自由」を味わうでしょう。整形をしたり、異性の気を引く装いをしたり、いろいろ大変だと思います。


13. 宮島鹿おやじ 2012年10月08日 18:17:20 : NqHa.4ewCUAIk : LCezg03HLQ
あやみ様
ろうし様

ディズニーについて言及していただきありがとうございます。話を横道にそらしてしまいました。しかし、今回の「自由」という言葉のように「態はいいが裏がありそうなもの」とくれば、やはり、ディズニーランドだろうと思います。

>わたしたちは「シンデレラ」「白雪姫」「人魚姫」をきいて育ちました。

まだ、息子が幼かったころ、読み聞かせの絵本を図書館で借りて、また、近くの本屋にいったのですが、絵本のコーナーをざっとみたところ、桃太郎も浦島太郎もいないのです。そこには、「ミッキーの・・・」とか「ドナルドの・・・」といったディズニー絵本ばかりで、唖然としました。その頃から、これは「文化侵略だ」というふうに思っていました。

また、結婚前だったか、妻と一緒に行った時、アトラクションの進行を務める係員(それらしいコスチュームを着ていましたが)が、「やぁ、キミ達ィ〜」見たいな明らかに不自然なノリで迫ってこられたことに強い違和感を覚えました。

「あの絵」といい、そういったノリといい、とにかく、「押し付けがましい」のです。

そういったところを、江戸〜明治期の日本人は「バタ臭い」といったのでしょうか。父もこの言葉を使っていましたね。


14. 2012年10月09日 13:15:27 : slQ2xrmAzA
あなた方の住まうべきとする場所が夢の世界の対にあたるのだとするならば
それは一体どういった思い込みに満たされた世界だと言えるのでしょうね
私が思うにそこもまたあなた方に批判される世界同様に
似かよった認識によってお集りの方々が自己満足出来る夢の世界であり
そこに浸ってそれが正しいと言い張って居られるだけではないかと思えるのですが

仮にも夢の世界が実現したものがあのアトラクションパークであり
それをひとりの人間が夢見てその夢に協賛するもの達がそれを実現したのであり
そこに集う者もまたそれを夢見て訪れる訳です
そうして彼らは多くの国々の文化の懐に飛び込み
そこで受ける刺激に新しい夢を更に抱いて
常に新たなものを目指して生まれ変わりつづけています

それに対してあなた方は何も学ぶ所が無いと仰るだけではないですか?

あなた方は既にあるものにただすがりつづけようとするばかりで
それを脅かす存在を怖れるあまり過敏に反応し
何にでも理由を付けて敵対し続けているだけのようでもあり
それはもう開拓すべき新しいものなど自分の中に何もないと
感じているが故の行動ではないかと見受けられます

あなた方は途方もなく凝り固まった観念を生み出し続ける世界に住んでいますが
その観念はひとつの世界に共有されているものなどでは在りません
それらはすべて単に個人の思い込みによってうまれているものです
あなた方は「幻想の共有化」という幻想を個々に持ち
それに遵って何かを捉えてそこに感情を紡ぎ出しているに過ぎません
それは個の力を認めないからこそ生まれている思い込みです

その思い込みが実現化する現実を生むのです
つまりここで言えばあなた方の他国に対する敵対心の強化そして具現化です


15. あやみ 2012年10月09日 18:10:07 : oZZpvrAh64sJM : 3W02S8R9dk
14さま

私の日頃から書くことは、「自由」や「近代」を信じる方々からすれば「不自由」のひとつに過ぎませんので、それに対する反論などはあって当然と心得ております。私は主張を人様に強要するつもりなどありませんのでそれはご理解いただきたと思います。

アトラクションパークをどのように捉えるかは無論その人次第です。私がディズニーランドやショッピングセンターなどを見て物悲しさの他に何の感情ももてないのは私の知覚能力の欠如でしょう。そういったものに夢を抱き文化を見出し刺激を受ける能力がないのです。

学ぶことがないとは申し上げていません。反面教師という意味でいろいろ学ばせてもらっています。

「個の力」とは何を以っておっしゃっているのでしょう、世に言う経済力、腕力、学力、創造力のことでしたらお察しのように大して認めてません。
ついでに申し上げれば「文化」「開拓」などの言葉も嫌いなので日頃から使わないように気をつけています。あしからず。


しかしあなた様のコメントの中で明らかに間違っていることをひとつだけ記しておきます。
私は今のところ日本の外の国に対して「敵対心」などは持ち合わせておりません。違う国が何を考えようと何を押し付けてこようと知ったことではありませんしどうしようもない。怒りを感じているのはそれに疑いもせず諸手を挙げて追いかける同胞たちにです。自分の親も、かつての自分も含めて皆にです。つまり身内に対する怒りであって「敵対心」などの安物ではありません。

「自在」を求めるためには敵愾心なるものは早々に捨てるべきものと存じます。そして、ひとつの世界にしがみついているのは私どもと反対の他考えをされている方々です。


16. 宮島鹿おやじ 2012年10月09日 22:29:24 : NqHa.4ewCUAIk : LCezg03HLQ
slQ2xrmAzA さん

>仮にも夢の世界が実現したものがあのアトラクションパークであり

ディズニーランドは、あなたにとって「夢の世界」なのですね。
それはそれでいいでしょう。私にとって極めて不自然なものでも、あなたにとってはすでに懐かしいものなのかもしれません。

ただ、私たちが問題としているのは、単に、ディズニーランドという遊園地だけではありません。

明治維新以降に日本に流入してきた西欧文化の特性について、いわば「自由」や「平等」「博愛」といった概念を元に照射してみようという試みを行っているわけです。

まあ、ディズニーランドを持ち出したのは私ですが、これを持ち出した意図としては、「口当たりはいいが、何かを隠蔽しているもの」という意味でディズニーを取り上げました。お話しているうちにいろいろと紡ぎだされることもありましょう。

あなたはディズニーランドのどんなところを、「夢の世界の実現」と呼べるほど愛しているのですか。よかったらお聞かせください。


17. ろうし力学 2012年10月10日 00:39:54 : riuSNxeQ9qjU6 : Db98fPXi8E
あやみ様

宮島鹿おやじ様

>あなた方の住まうべきとする場所が夢の世界の対にあたるのだとするならば
>それは一体どういった思い込みに満たされた世界だと言えるのでしょうね

と、slQ2xrmAzA さまがお書きになったのですが…

「夢の世界の対に」あたるのだと「すれば」の「すれば」。

この時点で「エラー」があるのですがね。

つまり「対」じゃないんですよ。世界は同じ世界なんで、対ではない。

だから、その後に論じられていることが、そもそもカテゴリーエラーになっていきますよね。同じ土俵にないってやつで。

映画MATRIXの構図に置かれているのが自分達だ、とは、バーチャルワールドの住民には、全く気が付かないことじゃないですか。

映画では、ワタシ本体は、全然別の場所で、寝ているんですが、電脳世界(というか、夢の中ですか)に置いて、寝て起きて食べて働いて遊んで、ってやっているが、それこそが

「どういった思い込みに満たされた世界」そのものだったわけです。

我々はお互いに等しく「思い込みに満たされた世界」の住人に違いありません。

その意味でslQ2xrmAzA さまの言っていることは間違いはありません。slQ2xrmAzA さまも含んで、実は同じ世界ですから。

>あなた方は途方もなく凝り固まった観念を生み出し続ける世界に住んでいますが
>その観念はひとつの世界に共有されているものなどでは在りません
>それらはすべて単に個人の思い込みによってうまれているものです
>あなた方は「幻想の共有化」という幻想を個々に持ち
>それに遵って何かを捉えてそこに感情を紡ぎ出しているに過ぎません
>それは個の力を認めないからこそ生まれている思い込みです

>その思い込みが実現化する現実を生むのです

ってね、まさにそのとおりですから〜

「個の力を認めない」、っていうのが、MATRIXで、本体が本当は寝ているんだよ、って認めない、バーチャルワールドの住人なんですね。

この世界こそ本当の実存世界なんだ!っていう「思い込みが実現化する現実を生む」MATRIXの住人、それが我々全員なんですよね。

そのバーチャルワールドの中で、その欺瞞性に気が付かせないように、本当のところに目覚めないように、情報を操作して、先回りして見えないように画策しているエージェントの仕事が、ネズミーランドだってことです。

このバーチャルワールドの中に置いては、

>それをひとりの人間が夢見てその夢に協賛するもの達がそれを実現したのであり
>そこに集う者もまたそれを夢見て訪れる訳です
>そうして彼らは多くの国々の文化の懐に飛び込み
>そこで受ける刺激に新しい夢を更に抱いて
>常に新たなものを目指して生まれ変わりつづけています

とは、まさに「真実」なんですね。

人生の成功を願う多くの人々が、創立者の残した哲学に学んで、「夢」を実現しようと努力しています。
「常に新たなものを目指して生まれ変わりつづけています」よね、絶えなき努力により、成功者が生まれ続けています。

彼らは言うのです。「変化し続けること。それが成功につながる」とね。
それは真理です、宇宙は変化そのものです。
スピンが止まったら、無、です。世界は成り立たなくなるです。

ですから、この「リアルワールド(実はバーチャルワールド)」において、我々人間が必死に努力して、成功を目指し、幸福を目指すのが、どこがいけないの?と言うのが、社会のコンセンサスであるのは当然であるでしょう。

でもね。

必ず、私達は、死ぬんです。

死んで、それで消滅して無、なのか。

それは単に、部屋を変える、服を着替える、ということなのか。

その立ち位置が違っていたならば、「夢」の実現について論じても、ハナからカテゴリーエラーだということです。

ただね…
「つまりここで言えばあなた方の他国に対する敵対心の強化そして具現化です」って、ココがなければ、大体において良いこと言うな〜って気にもなったんですけどね。

矛盾なんです。

結局、「その敵対心が…」って、その姿勢を批判されているんですが、その姿勢って、「鏡」じゃないですか?
まるで同じように、敵対しての論調を展開してしまっていて、それって矛盾でしょう?、ってことなんです。

「帝国を倒すものは必ずまた帝国となる」

同じ穴の狢、とはこういうことを言っています。

あやみ様、おやじ様、当方には、他国に対する敵対心、これはないんですよ。
日々意見を交換しあって、互いに分からないけど「おもしろい」って思っている人同士、そいう他国へなんとかって、無いよね〜ってわかりますが、

「持ってる人」
はどうしたって、他者を自分のものさしで測るんですからね、当たり前に。

ご本人もバーチャルワールドの住人よろしく、己が敵対心をむき出しにしいることに気が付かない、それが「眠ってしまっている」ってことなんです。

心が眠ってしまっていると、ネズミーランドはディズニーの夢の実現だと、理想の顕現なんだと、その視点から見ていて、背景に何があるのか、見えているモノたちににじみ出ている「意図」には盲目にならざるえない。

「アナタもワタシも、自分が眠っていることに気がつくこと。」
それが今一番大事なことなんではないでしょうか。


18. 蒲田の富士山 2012年10月10日 22:08:03 : OoIP2Z8mrhxx6 : HUce9UOTEs
>14
「黒船」とは、「他国」ではなく、国際主義である。
国際主義とは、必ずしもひとつに集約できるものではなく、何百、何千の、国際主義を生み出すことが可能だ。
私は、若い頃、たまたま高田安馬(戦前の京大の人)という人の本を読んだことがあって、それに、国際主義とは民族主義の変形の一形態、とゆう意味のことが書かれてあって、今でも覚えている。
中央図書館にあるかどうかわからないけど、もしあったら、また、加筆なり訂正いたします。

19. 本能知 2012年10月11日 07:03:08 : UhMfn7fAFMbC. : Xs0Gj9F23E
あたしゃーディズニーランド大好きっす。いい思い出がいっぱいあるし。ハートがあったまってワクワクするんだもん。

でも、ディズニーランド信者とか中毒者ってのが思いっきり存在してるんですが、そういうのはキモいです。まじ、やばいことになってる。。


20. 蒲田の富士山 2012年10月11日 10:33:59 : OoIP2Z8mrhxx6 : DtX6A7loLI
訂正
高田安馬→高田保馬
以上
読みは「たかだやすま」でした。

21. 宮島鹿おやじ 2012年10月11日 18:08:48 : NqHa.4ewCUAIk : JaizKhSkh2
本能知さん

ま、たしかに、結婚前に妻と行ったときは、日本の遊園地(よみうりランド、多摩テック、富士急ハイランドなど・・・)とは違った、コンセプトの明確さ、そして、ディティールへのこだわりなど「これはすごい」と思ったものでした。
たとえでいうならば、日本の特殊撮影映画(オリジナルのゴジラとかガメラ)を見て育った人間が、「スターウォーズ」を見たときの衝撃に近いものがありましたね。

それ以来、模型をワイヤーで吊るような特撮は完璧に駆逐されていきました。すべてCG化されていったと。

はじめのうちは、むさぼるように、ハリウッド製のCG映画を見たものでした。しかし、あるとき、ふと、「飽きた」のです。ああ、もういいや、と思ったのが、「トランスフォーマー」。見ているうちに飽きるんですね。

CG「どうです。すごいでしょう。」
私 「うんうん、すごい。」
CG「やっぱりすごいでしょう。もっと驚きなさい。楽しみなさい。」
私 「はいはい。・・・でもねえ。」

CGをうまい具合に織り込んだ映画(例えば歴史的建造物を再現するなど)ならいいですが、はい!CGです!バトルです!中身はありません。どうせ、あなたも頭カラッポでしょ! というのはもう見る気がしません。 ちょっとディズニーとはずれましたが。


22. あやみ 2012年10月11日 19:02:45 : oZZpvrAh64sJM : 3W02S8R9dk
CGの話が出たところで。

設計ソフトで建物を設計しそれを3D化することでどんな滅茶苦茶な構造の建物でも本物のような映像で再現できます。それを「夢」と呼ぶか「嘘」とよぶかは場合によって変わってきます。たとえば建築家が施主に対してこれを行えば「嘘」、映画などの娯楽の世界では「夢」になります。

しかし、たとえば「教養番組」ではどうなるのでしょう。恐竜が滅びた理由をCGで製作すれば、宇宙の誕生を、キリストの生涯を、製作者の意図に従って作り放送するとどうなるでしょう。

地球温暖化問題があれだけの支持をえたのは元・大統領候補の例の映画のおかげです。

わたしは子供たちにナショナル・ジオグラフィック・何ちゃらは見せません。あれは「大切な嘘のためにどうでもいい事実をみせる」からです。


本能知さま、コメントありがとうございます。中毒者というものはとかく当事者以外からすればキモチワルい存在ですね。ディズニー如何というより普段の生活に問題がありそうな…

おやじさま、ずれてませんよ。ディズニーは遊園地の経営よりもメディアの征服が本職でしょうから。



23. 2012年10月14日 16:55:18 : ytttIRkaeM
そもそも進歩とは何なのだろうか?
縄文期に比べれば江戸期の方が文明的に遥かに進歩しているはずである。
しかし、社会は既に権力に支配され切っており、何の自由もない!
中国でも朝鮮でも、先史→都市国家→国家と進むにつれて益々権力支配は強固になり、
益々権力者と非和解的な立場があるにも関わらず、強制同化を強いられ自由を奪われていく。
文明が進むとは自由でなくなっていく事なのか?

24. あやみ 2012年10月14日 23:56:13 : oZZpvrAh64sJM : PYsMFsIHH2
23さま コメントありがとうございます。

>文明が進むとは自由でなくなっていく事なのか?

いま次号をかいてます(苦戦中)。
お答えになるかはわかりませんが、どうぞ。


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