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あなたにとって周囲の人々とは
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投稿者 金十字架 日時 2013 年 1 月 29 日 20:34:22: mfAWtS4GF8MpY
 

(回答先: 意識の広場20:13 投稿者 金十字架 日時 2013 年 1 月 29 日 19:53:46)

「周囲の人々」とはあなたを「安心させる為に存在する訳では無い」と云う事だ

あなたの子供もあなたの親もそしてペットも
あなたを「安心させる為」に従事者の様に存在している訳ではない

周囲に対して「私を安心させる行動だけをとってくれ」と叫ぶあなたを
心から安心させる事など
どこの誰にも無理な話で
誰に与えられた義務などもないのである

その事を論理的にまずは認める事は出来るだろうか
それが他者を支配しようとする思考以外の何ものでもないと云う事を
だが「あなたに安心して欲しい」とは願っていると言えるのではないだろうか
あなたもまたそうしてあなたを心配する者を傍らに感じ取る時
そうまずは心で呼びかけていることだろう

あなたを安心させる事が出来るのは唯一「あなただけ」であるのだ

そしてそれを十分に理解する時には
あらゆる心配事から離れていると言えるだろう

この先に進むにはその事を取り違えないことだ
 

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コメント
 
01. 2013年1月30日 12:26:51 : nBs0yiTpZk
天上天下唯我独尊でなおかつ周りの者から神々しい人になったね。金の輪が頭の
上にある感じ。こうなることが一番悟った状態でしょうかね。
ありがたいことだ。アーメンです。感謝します。

02. 2013年1月30日 15:38:52 : q931E3NW4E
>01

あなたもまた愛の化身である
だがその愛の表現が歪みきったものとしてある事は残念だ

あなたのそうした反発(反応)もまたこの世界では間違ったものではない
先の私の言葉をそのように感じる者は
そのように反応してくれることだろう
それを敢えて望んでいる

私はこの内容を伝えられる様に努力している
理解出来る段階にあるものの中にもまた多く真意を取り違えているものがいるからだ

これ迄の善悪の概念や矮小的道徳観念を捨てなければ
ここでの話の内容はおおきく取り違えて吸収する事になる

言葉をやや変えてもう一度言う
「誰もがひとりとして皆あなたひとりの気分の良い状態をつくり出してくれる為に存在する訳ではない」

あなたが不幸なのは周囲が不幸だからではない
あなたが倖せでないのはニュースに取り上げられる周囲の状況の所為では無い

世の中に不幸が蔓延しているように感じられるのはひとりひとりの責任だ

各々が自分自身を又は自分の外に嫌悪する存在を見つけているのである
だがそもそも不幸とは何か
何が蔓延していると?
そんな話を納得顔で受けとる方もおかしな話なのだが

あなたは自分のつらさ悲しさを周囲の所為にしては居ないだろうか
何かを恨みつらみ赦さぬまま来たのではないだろうか

ひとりひとりが唯我独尊でありあなたはそれを取り違えたまま来ただけだ
あなた自身がそれを拒否して受け容れてこなかっただけなのである
よってすべてを取り違えてここまで来た
いつか変える時が来るだろうがそれまではずっとそのままだろう

だがあなたが倖せな至福の感情に浸りたいのならば私は此処に方法論を指摘して認めて来た

あなたが人に施す事そして愛し愛でる事
そしてそれを強く望む事によってそれは可能であると言おう

残念ながら何かを嫌悪したままではあなたは倖せには成れない
そして誰をもしあわせにする事などできない

もし出来たとするならばそれもまたあなたの中の自己満足に過ぎないだけだ

あなたの言い分ではあなたが気分よくなる為には
誰かを貶めて批判や嫌悪を繰り返して
あなたがそのものをコントロールすることによってということになる

力で何かを抑えつけて勝利したいと願う者達に向けて私はこの話をしていない

だが何故そこにそうした者達が抵抗を見せるかと言えば
そうした者たちの中に機動力として回り続けている常識といった観念と
その産物である不安な感情の所為である

そしてそこにその者達を繋ぎ止めておくのが恐怖心である

あなたの怖れること全般があなたをより高みにいく事を引き止めておくのである

だがあなたもまた他の誰かもすべて中身はそっくりそのまま
誰一人何一つ変わりがないということだ

ひとりひとり誰一人蔑まれる者など居らず対等な存在としてある
何一つ受入れられない事などない
すべての存在は普く変化を受け容れている


03. 2013年1月30日 19:13:10 : nBs0yiTpZk
キリストは「自分を愛するように自分の隣人を愛せよ!」と言われた。
これが全ての律法を完成させると。人間は人の間と書くように人と人の間の
存在ですね。いつも意識するのは周りの人間の動きです。周りの人間が良け
れば幸せである。周りの人間が悪くおかしければ不幸せである。だから良く
なってくれと。

04. 2013年1月31日 23:38:21 : q931E3NW4E
私に至らない点がある事は認める
だがそこにだけ着目して嫌悪し続けて欲しいとは願わない
この二極性の中に済む限りはすべての存在は「+」「-」どちらの極性も持っている
単純にもあなたが「-」の視点で他者をみる時
必ずその対象の「-(ネガティヴ)」な面だけが呼び起こされてあなたに向けて整列する
勿論此処に書かれているような事はその類いの陳列棚を本屋に望めば
同質の内容の著書はずらりと並ぶことだろう
私のしている事はそこに興味を持つ為の一端を担うだけの行為である
私は私の書いている事が正しいとも言っていない
そして何を選ぶのもあなた方次第であり私はそこに干渉をしていない
そして私は私であって誰でもありはしない
名前なども必要としないのだ
>03
あらゆる価値観をもって後に多くの人々により
言葉に残されたそれら書物のエピソードは解釈された
そしてそれら数多の解釈が整列する中に事実はたったひとつだけである
つまり言い難い事だがその解釈は間違っている
ただしどのようにも解釈を良い方向に解釈する事自体は
何も間違っていると言える事ではない
言葉とはこのように解釈次第で受け手の感じ方が真逆にも変化する
よって文言による教義を残す事つまり組織立った宗教化というものを
古今東西の賢人は皆望まなかったのである
キリストも多くの教師が指摘しているのはその点である
ではどのような意味かと言えば私の察する所で恐縮だが
「隣人を愛せよ」はそのまま受け容れて愛するという事であって間違いはないが
そこにあるのは「他人を救え」というメッセージではなく
「その事によって何よりも救われるのはあなたである」ということを言っているのである
すべての祈りは意識の作用である
あなたが人を愛せばあなたにとって人は敵にならない
あなたが人を怖がればその者はあなたにとって脅威を齎すものである
「右の頬を打たれたら〜」はそのように「あなたを打ち付ける者をも心から愛せ」
「何故ならその者はやがて自分自身を打ち付けている事に気づくだろう」という意味である
つまり人を愛すとは自分を愛すことと同義であるからである
つまり人に与えれば自分に与える事になるのである(今の社会経済はどうまわっているか)
人に教えれば自分がそこに教わるのである
あなたが満ち足りていれば「人の動きのおかしさ」を意識し指摘する事もない
あなたが既に満ち足りた心的状態にあるのならば
何を見ても心動かす事なく適切な対応だけを見出すのである
キリストだけでなく賢人の教えに
「人をコントロールせよ」「人に干渉せよ」と云う教えは一つも無い
あなたの意識の中にあるのはあなたの問題だけなのである
他者を利用してあなたは自己の中に問題を築くのである

人は「条件づけられた倖せ」を求めるが
それは常に満たされる事はない
そうした望みは次から次へと生まれるからである
だが心的に満ち足りた状態でいれば
何ら条件付けを見出す必要性なく即境地に至る
そしてまたすべてのあなたにとって倖せだとするものに手が届くようになり
そこに至る迄のプロセス全般もまたしあわせな状態になるのである(喜びの持続する感情の状態)

条件づけられた倖せとはあなたがそこで言っているような
つまり「私が倖せである為には周囲が倖せである事が条件だ」と云うような事である
あなたはその境地即ち「しあわせな状態」を他者に理解させる事は出来ない
その者にとって適切な時にその者は体験に依って得る事だろう
だがあなたがその「境地」から眼差しを向けつづけていれば
人はまことの愛の力を自ずとあなたの視線に感じとるのであり
しいてはそれが人を導く手がかりとなるのである
そしてその祈りは常にあなたの「現在」の状態として
眼に見えぬとしても確かに周囲に(世界に)放出されているのである
だから今一度言いたい
あなたがどうありたいかは「今どうあるか」(という状態)に尽くせるのだ
初歩的な事もまた今だから言うが
あなたが「倖せでありたい」と祈るとき
そこでどんな間違いが起きているかをここで指摘するならば
「私は今しあわせでない(から倖せになりたい)」という感情の状態になっているという事だ
そこでは「私は倖せになる必要がある(だが今そうなっていない)」と叫んでいるのであり
未来を憶って「今」がないのだ
あなたの祈りは常に叶えられているがいつ叶えられているかと言えば「今」である
そしてそこに何が叶えられているかと言えば
「私は今倖せではない」状態と「私は常に何か必要な状態である」という状態が叶えられているのである

そこには確かに求めた感情(何かが足りて居ないと云う状態)が続々と叶えられ続けていると云う訳である
「求めよされば与えられん」というのは何も言葉の文言が人の耳に依って解釈されていて
あなたの都合通りに与えられるという訳ではない
だがその言葉は何の解釈も挟まずそのまま事実なのである

あなたが意識して居る事を確認出来るのは「常に今」だけであるのだから
あなたの未来もまた「今」の創造行為の中に在るということだ

あなたが常に誰も彼もを無条件の愛で愛す時(勿論本音で)
あなたは「今」に在りそして「倖せ」で満ち足りてあるといった状態を味わい続ける事になる
何をも嫌悪せず全てを赦し受け容れる事のみに依って
つまり諦めに似た状態にも似てすべてを投げ打つかのように
「川の流れの様に時の流れに身を任せ」る様に居れば
あなたのもとには倖せだと言える事が流れ込んで来るのである
(勿論あなたの受け容れている観念に従ってということになるが)
(倖せとは苦労して掴むものだと云う観念を持っていればそれに従って倖せは訪れるということだ)
あなた方の常識からすれば奇跡的なことが起こると云う事なのである
だがそれは奇跡でもなんでもない訳だ
あなたが望むものは与えられている すべて
あれこれ要らないと嫌悪しつづければ 嫌悪する事が続々生まれてくる それが求めるという行為なのだ
つまり人の作り上げた言葉や概念とは現実の事実たる根本の在り方をねじ曲げているのだよ


05. 2013年2月01日 05:26:06 : nBs0yiTpZk
全て自分の周りの現象は自分の中にあると悟れば楽になるということですね。
それによって周りの人間や社会の問題点も分かると。
問題を解決させるには時間がかかります。一生かかる場合も珍しくありま
せんね。それは一生もんだよと。社会問題は一人や二人、少数ではどうしょう
もありません。
今、が大事であるとうのはその通りですね。今、今、今に集中しなければ大した
成功は得られないのは事実ですね。

06. 2013年2月01日 13:11:48 : q931E3NW4E
>05
そういえますね
問題点はたったひとつ「ひとの意識の向き」に在ると言えます
問題を解決するには「既に解決した」と同じエネルギー量であることだけが大事で
その間の数式と云ったプロセスは本来どうでも良いものです
あなたの中ではまだ「人の意識に訴えかけて良い方向に"人心をコントロールすればいいのでは?"」といった問いかけが浮上しています
一人が良いと思うものを他者がどう思うかはわかりません
独善的な発想はそれぞれの判断で常にひっくりかえります
なんにせよ人々が自発的でなければ功を奏しはしません
皆にとってそれぞれの価値観が守られ、その上で全体が倖せな状態を目指すと云う事が本来の自然の在り方だと思います
現在はそのようになって居らず
ひとつの方法だけが正解で皆それに習えと押し込まれてそれぞれの個性は潰されてしまっています
そこに大きな問題が生まれます
つまり社会の在り方として根本的に目指す方向性を誤っている結果だと云う事です
何もない所に問題が生まれたというのならば
そのように互いの価値観をぶつけた結果生じた「ねじれ」であるように思います

問題が生まれるのはあなた方一人一人の観念に作用した結果の抵抗です
人は解決を行動によって、つまり、他者を支配コントロールする事によって出来ると確信している節があります
そうした信念が、またそれらの一向に解決を見せぬまま難問とされている多くの問題を棚上げにしているとも言えるのです


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