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話し言葉としての「ヘブライ語」の復活
http://www.asyura2.com/12/idletalk40/msg/365.html
投稿者 矢津陌生 日時 2013 年 2 月 04 日 13:06:31: fqfGCq6zf5Uas
 

古代ヘブライ語を日常語として復活させるのに大きな役割を担ったユダヤ人のエリエゼル・ベン・イェフダは1858年にリトアニア(当時帝政ロシア領)で生まれた。世界各地に散らばったユダヤ人はそれぞれが住む国の言葉を使っていた。ヘブライ語は聖典の中だけの文字の言葉になっており、ヘブライ語で日常生活をする話者は存在しなかった。祖国の復活を夢見て、そのためには、共通の言語としてヘブライ語を復活させることが最も必要であると考えるに至った。医学を学ぶためソルボンヌ大学に留学するが、ヘブライ語で授業が行われるクラスに出会ったのが「ヘブライ語復活」への決意につながったそうだ。

エリエゼルは離散したユダヤ民族を統合させようと考えた。エリエゼルは14歳の時に引き取られたヨナス家にデボラという女性の同志がいた。エリエゼルはデボラと結婚して子供が生まれたら、ヘブライ語だけで育てようと壮大な決心をした。1881年23歳の時、オスマントルコ統治下だったパレスチナに移住する。古代ヘブライ語を日常語として復活させようとする試みである。かつて話者を失った言語が再び話者を取り戻したことはない。言葉は生身の人間が喋り、次代に引き継いでいくことでしか生き残れない。人類史上初めてとも言える大それたことをしようとしたのである。

デボラは結婚してからは、母語のロシア語を使わなかったそうだ。長男のベン・ツィオンは家からも出してもらえず、三歳のころ言語障害の兆候が現れたそうだ。いまなら確実に幼児虐待だ。さらにユダヤ教の聖職者の多くは、ヘブライ語は聖書の言葉・神の言葉であり、世俗的な言語として使用するのは冒涜であるという考えが大勢であった。それでもエリエゼルはヘブライ語の復活に邁進した。

生きた言語として使われていない期間が長すぎた古代ヘブライ語は、日常語として使うためには当時の生活に対応する語彙が不足しすぎていた。エリエゼルはこの空白を埋めるためにはどうすればいいかさらに考えた。先ず、古代ヘブライ語の語幹を見極める。見当たらない場合は、ヘブライ語に近いアラム語(アラム語はシリア・ダマスカス近郊に暮らす少数民族がいまも使う)や、セム語族と同系のアラビア語から探した。膨大な作業量である。

そうこうするうち、ヘブライ語だけで子供を育てているというベン・イェフダ家は、近隣で有名になり、興味を持つ多くの人が訪れてくるようになった。一方、ユダヤ教の聖職者(ラビ)は相変わらず「エリエゼル一家はヘブライ語を冒涜している」と非難した。それでも、エリエゼルはわが子の習得したヘブライ語の純粋性を保つため、他の子供と遊ばせることはなかったそうだ。傍目には狂人としか言いようがない。

エリエゼルはヘブライ語の新聞を発行していたが、3人の子供が産まれ生活は困窮する一方であった。長男のベン・ツィオンは、ようやく普通の学校に行くことになった。しかし、ヘブライ語だけしか喋れないので当然話し相手はいない。学校の先生がフランス語の習得をすすめ、ようやくコミュニケーションができるようになった。1882年に生まれのベン・ツィオンは、およそ2000年を隔てて最初の「復活ヘブライ語を母語とする子供」となった。

困窮の中、妻のデボラが結核で亡くなり、5人の子供のうち3人が亡くなってしまった。デボラの遺言で彼女の妹ヘムダがエリエゼルと再婚し、彼を支えることになる。ヘムダの援助もあり、エリエゼルは現代語としてのヘブライ語辞書の編纂し、「ハビーヴ小学校」(ヘブライ語のみで授業する)のために教科書を執筆し、教壇にも立って子供を教えた。1890年、「ヘブライ語委員会」(後に「ヘブライ言語アカデミー」に改組)が設立されるとその代表に就任した。

その後も、エリエゼルは同胞の反感を買い投獄されるなどしたが、紆余曲折の末1914年2月、「ヘブライ語復活」に勝利した。ヘブライ語はパレスチナに住むユダヤ人の中で主要な言語となり、1919年パレスチナを治めていたイギリスの委任統治当局は、ヘブライ語をパレスチナにおける公用語の一つと宣言。1948年のイスラエルの建国へとつながる。

エリエゼルは23歳のとき、結核で2~3年の命と医者に宣告されながら、我が子を最初の「復活ヘブライ語母語話者」とした。母国語としてのヘブライ語を、人為的につくりだそうという彼の決心は、普通の人間には到底理解できない。60歳を過ぎるまで生き抜いた。その使命感は何とも凄まじい執念である。彼は神の声を聞いたのだろうか?

矢津陌生ブログ http://yazumichio.blog.fc2.com/blog-entry-313.html より転載  
 

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コメント
 
01. 2013年2月04日 19:29:39 : DAnMs0K5ys
矢津さん、どうもです。

いつもの突っ込み力の問題は避けることと致しました。

「ユーロ連邦」が脱エセ福祉国家できるための方法としての

1、過密都市の中心部住民、と古典好きのインテリのために、

  ラテン語を公用語の一つとして復活すること

2、欧州在住の、「言語障害者につくられた人々(佐藤友之風に)」と、

  地方在住で方言癖が抜けきらない人々、のための

  公用語としてのエスペラントの運動再建の 


意味アリとして、投稿を読ませていただきました。

これからも投稿を楽しみにしております。


02. 2013年2月04日 22:48:08 : UlhYxgOfl2
なにを仰りたいのか、どうもよくわからない文だが、もしや、ヘブライ語そのものに何かしらの神秘性があるという前提の上のお話だとしたら、そのあたりの思いをまず語られるのが筋ではないかと。

かりにそうだとしても、
申し訳ないが、ヘブライ語にそのような神秘性などは感じはしない。
以下はその簡単な理由だ。

もちろん、ここでヘブライ語のウンチク競争などするつもりは無い。
だが、少ない知識ながら、古いヘブライ語表記には、母音を指す記号が無いというぐらいは知っている。

この、母音を記さない言語とは、つまりヘブライ語話者は、言語学で云う音韻、つまり音を記号として捉える意識には、子音しか記号性をもたないということを意味する。母音は、聞いていたとしても、単なる雑音(言語学で言う「異音」の類い)として聞き流されるということでもある。

これが意味するのは、ヘブライ語が原始の言葉などではなく、高度に分化した果てに、子音の記号性のみが残留し、母音を喪失したという、かなりの文化的摩耗というか、分別・分類性向が極まった言語であるということだ。
そんな言語に神が感応するとは信じがたいし、したとしても、このような分別性の極限にある、良否や善悪の区別に容赦しない、まさに旧約聖書のような、了見の狭隘な神?が応ずるのではないかとも思う。

こうしたヘブライ語に対して、ちょうど対極にあるのが大和言葉だ。
大和言葉は、子音と母音が未分化のままの太古の形式を保っている。例えば、子音の連続する英語「straight」なら、冒頭の“str..”に日本人はわざわざ“su”と“to”と母音を付けた音として認識してしまう。このような大きな音節で音を認識する言語こそ、太古の原始性を備えたコトバとして、大いに神秘性が語られるべきではなかろうかと思う。


03. 矢津陌生 2013年2月05日 14:29:27 : fqfGCq6zf5Uas : GlxJVggAm6
01さま コメントありがとうございます
申し訳ないのですが、コメントに書かれておられるようなこととは全く無関係です。
単に2000年も前の話し言葉を復活させた人たちの執念に感服しているだけです。信じ難い執念です。こういうことをできる国単位での集団は他にはいないのではないかと思います。
恐ろしやユダヤの一言です。ところで、国際ジャーナリストで明治天皇の孫を自称する中丸薫氏は「日本の天皇はスキタイ、ユダヤの流れを引く」とその著書で何度か書かれています。真偽のほどは分かりませんが…何点か不思議な一致があるのは間違いないようです。
私にとっては「ユーロ連邦」より日本のことの方が心配です。


02さま コメントありがとうございます
わたしには「ヘブライ語のウンチク」などありません。何年も前に仕事上の関係で十人前後のユダヤ系の方とお話したことがあるだけです。上記したように、ただ単に感服しただけです。
もうひとつ、言葉に「神秘性」があるということはあながち間違いではないとは思いますが、母語の「神秘性」を進んで語るひとにはその「神秘性」を別の目的に使いたい意図があるではないかと警戒してしまいます。現代では「言語学」が言葉の分析や研究を引き受けており、その「神秘性」とやらは「おひさま」に晒されると、住める場所が限られてくるのではないかと思っております。


04. あやみ 2013年2月06日 06:04:29 : oZZpvrAh64sJM : 4mRsIHSkjw
矢津さま

やや複雑な気持ちで読ませていただきました。
私は日本で育ったので日本語ができますが、私の子供たちはそうではありません。
長男は三歳半まで日本にいたのでそのときの記憶が生きており、たどたどしい日本語を話すことができます。下の子たちはダメですね。私がきちんと教えていないからに違いないのですが…

私以外にもこちらで生活する日本人女性が何人もおり、たいてい国際結婚をして家庭をもっています。彼女たちはかなり真剣に日本語を教えており、子供たちは日本語を日本の子供同様に話しています。しかしトルコ語が殆どできないのです。学校に行くようになってようやくちゃんとできるようになります。ちなみに日本人学校などはここにはありません。

母親たちのトルコ語はといえば、旦那さんがたが日本語をはなせることが多いのであまり上達しないようです。彼女たちの家庭は「日本国内」であり、精神的に日本で生活し育児しているように思えます。裏を返せはトルコでの暮らしをあまり楽しんでいないともいえます。

欧米で育児をしている日本の母親たちはたぶんこうではないと思うのです。
母親たちにとって、移住先の国が日本の前を行くか、後ろにあるかで言語に対する態度が変わってくるのだと思います。母親というものは子供のためにあらゆる打算をするものです。あくまで私の意見ですが。

エリゼルという人は男性ですからまた違う意識でそうしたのだと思います。より理想主義的なものでしょうか。
私は暮らしている土地のものをその季節に食べるのがいちばん理に叶うというのと同じ理由で子供たちをトルコ語で育てています。基礎言語が豊かであればあとでいくらでも追加はできるでしょう。もちろん本人たち次第と考えています。


05. 矢津陌生 2013年2月06日 11:50:01 : fqfGCq6zf5Uas : GlxJVggAm6
あやみさま
日本人に限らず在外に暮らすと大きく二つに分かれると思います。所属する社会の中にいる自分に中心を置くか、自分自身に中心を置くかで生き方が変わると思います。個人的にはどちらもありだと思いますが、自分が選択するとすれば、後者に比重を置きたいと思います。

ところで、ユダヤ人になる第一条件をご存知ですか?
母親がユダヤ人であれば父親が何人であれ、その子供はユダヤ人とみなされます。
母親がユダヤ人(非教徒)の場合は大変難しく、ユダヤ教の正統・保守派は非教徒の母親から生まれた子供をユダヤ人と認めない。改革派のみが条件付きで認めるそうです。
社会と個人の関係をずっと考えてきた集団だと思います。

「基礎言語が豊かであればあとでいくらでも追加はできるでしょう。もちろん本人たち次第と考えています。」は全く同意見です。
母親(父親もそうですが)は我が子に辛い思いはして欲しくないけど、成功して欲しいと望むのは当たり前だと思います。この折り合いをどうつけるかがすべての親が悩むところです。


06. 聖書フリーク 2013年2月06日 12:12:23 : ur6qn/fzG5bFA : DsyruJaNCY
>04 あやみ
飛び入り失礼。わたしは日本でうまれ、日本で育ち、いまも日本で生活しているしがない男性です。おそらく日本の地で死んでいくでしょう。
 昔はアメリカに旅行しアメリカという国を見物してきましたが、貧富の差が激しく人種差別のひどい国だと思い、晩年はヨーロッパを中心に旅行しました。英語が少し話せるのですが、現地の人達とのコミュニケーションはボディ・ランゲージになってしまったようです。ドイツ語圏はほとんどドイツ語がわかりません。学校でならったドイツ語が役にたちません。フランス語圏はまったく話が通じません。英語で話すこと自体がきらわれているのかと感じました。今の日本の英米偏重がわたしにも染み付いているが反発を買うのかもしれません。特にフランス人はフランスを愛してくれている人を歓迎するようです。
 キリスト教という共通の宗教の国は共通の言語、たとえばラテン語で話したらコミュニケーションに不自由しないと感じます。現在は英語が国際的な共通の言語なので世界の各国が英語で話せる環境作りをすればいいなーと感じます。国連ではヨーロッパの主要言語のほかに、エスペラントを公用言語としてるようですが、あまり普及しないようですね。
 聖書によればバベルの塔の崩壊以前は世界中は共通の言語ではなしていたといってます。どんな言語だったのでしょう。ユダヤ教徒はそれはユダヤ語に違いないといってます。かれらはユダヤ語こそ神と人とが会話できる唯一の神聖な言語と主張してます。ユダヤのアルファベット22文字は、人間の染色体の数と同じで、カバラというユダヤの神秘思想にでてくる生命の木も22のパスを持っているから、ユダヤ語こそ神聖な言語といってます。カバラ自体が天使語であるエノク語と関連してるそうです。
 しかし古代にすたれたというユダヤ語を復活させようとした努力と運動は驚くべきものでしょう。特に世界の共通言語がユダヤ語でなければならない理由はありませんね。バベルの塔の物語のように世界の言語が統一されるような自体になれば、再び人類は神に反逆するようなバベルの塔のような建造物を作るかもしれません。
 これは陰謀論からいうと、イルミナティが世界を統一しワン・ワールドの世界を実現するようになると、ユダヤ語のような世界統一言語が強制され、シェケルというイスラエルの通貨が世界共通の通貨として強制されるという世界ができるかもしれません。
 聖書というのは陰謀論の観点からも恐るべき書物といえるでしょうね。


07. 聖書フリーク 2013年2月06日 13:20:28 : ur6qn/fzG5bFA : DsyruJaNCY
06>
 バベルの塔の物語を知らない人たちのためにあまり有能でないわたしですが、説明をしてみます。詳しくは旧約聖書を見てください。

http://www.jiten.info/dic/baberu.html
 創世記の記述では世界の全ての人々が同じ言語を持ち、同じ言語で会話していたと伝える。その人々がシナルの地に平野を見つけそこへ住み、この地で塔を建てた。
 ラビ伝承によるとニムロデの指揮で多くの民族が協力して建設を始めた。塔は「自分たちの名声を高め、そこを中心にして人々が大地の上で散り散りにならないように」するための物だったが、ニムロデには「天の神に戦いを挑む」という本当の目的があった。そのため彼らは手に剣を持ち、天を威嚇する像を塔の頂上に建てた。
 神ヤーヴェは同じ言語を持った一つの民が最初に始めたこの仕事を見、彼らのやる事に不可能はないと考え言語を混乱させ言葉が通じないようにした。さらに地上のあちこちに人間を分散させたので、都市は放棄された。そのため都市の名を「乱れ(バベル)」と呼んだ。そこでヤーヴェが言語を乱し(バーラル)したからだと言う。


08. 2013年2月06日 13:25:35 : DAnMs0K5ys
>>02さん

一度、ご自分の耳をかっぽじって(齧って)自分の発音を

聞き返してみたら?日本語でも早口だと、子音だけ連続で通じる場合が

大きい比率占めますよ、特に続く母音がUとかIの場合にね。

更に東京ヤンキー(不良)弁だと母音が連続すると

これも省略パターンになること多い。


>>02さんは、本を読みすぎて、現場が見られないバカになった人か

関西(西日本)ビイキで関東(東日本)キライな辛い体験でもあるのかな?

警察の工作員養成課程では「本の中毒になって、現場での

工作が出来ないバカになってはいけない」が金言ですよ。


09. 聖書フリーク 2013年2月06日 14:57:23 : ur6qn/fzG5bFA : DsyruJaNCY
 ヘブライ語に関係ないですが、人工言語としてのエスペラント語の危険性について。

http://structure.cande.iwate-u.ac.jp/miyamoto/esperanto.htm

危険な言語とみなされたエスペラント語

Urlich Lins著 栗栖継訳 岩波新書 946 危険な言語  1975

原書はエスペラント語で書かれている。1887年 ワルシャワの青年医師ザメンホフが発表した。
それ以来、各国の独裁者や圧制者はエスペラント語を危険なものとみなし、その言語を学んだり使ったり広めようとするエスペランチストたちを
妨害し、逮捕し、投獄した。


10. あやみ 2013年2月06日 21:19:37 : oZZpvrAh64sJM : sPAxhnstCY
矢津さま

子供に家族の習慣を伝える役割を背負うのは特殊な場合を除いて女親(あるいは乳母)です。男が外で働いて女が家と子供の世話をするという構造があるかぎり変わりません。家族の習慣とは民族の習慣であり、共同体原理でもあるでしょう。ユダヤ社会の母親のユダヤの血を重視した考えはやはりこのあたりにあるのではと思うのです。ユダヤの場合そこからヘブライ語というものが欠落していたことになりますね。あえてヘブライ語を遠ざけたと考えることもできます。聖典に書かれていることを「封印」することも可能です。

02さんのコメントにもありましたがヘブライ語は子音のみで母音を文字で表さないのですが、あらわさないだけで母音は間違いなく存在しています。そして子音のみで書き表された単語に別の母音を与えることで意味は変わります。格変化や単・複数の変化もあれば、かなり違う意味の単語に変わることもあります。(じつはやまとことばも同様です。表記文字がなかったとされているので検証は難しいのですが。)
そのため、旧約聖書は他言語に翻訳されたものを読んでも「一種類」の理解しかできないのです。ヘブライ語に精通していればこの入れ子状になった聖典の行間のそのまた行間までもを汲むことができるでしょう。ラビたちはそれをあえて拒否したのでしょうか。

アラビア語も母音表記がされません。よって聖典クルアーンはいろいろな解釈が成り立ちます。「鳥たちが焼け石を空から落とした」という文を「戦闘機郡が砲弾を落とした」とも読めるのです。カリフたちがクルアーンの他言語訳を固く禁じたのは、いろいろな母語を持つ教徒たちがアラビア語に精通しあくまで原本の読解を後の世まで続けることを意図したからです。(イスラム勢力は、改宗を迫ることも母語を捨てることも強制しませんでした)


11. あやみ 2013年2月06日 21:43:35 : oZZpvrAh64sJM : sPAxhnstCY
聖書フリークさま

トルコは欧州と違って、もともとが多民族国家ですし、外から来た者たちに対して極めて寛容です。トルコ語ができなくてもそれほど不自由なく暮らしていけるのです。まあ生活の仕方にもよります。

ヘブライ語はイブラヒム語とも呼ばれ、すなわち預言者アブラハムの話していた言葉です。アブラハムの時代はバベルの塔の崩壊よりも後の話なので、バベル以前の言葉ではない筈です。なーんて言ってもユダヤの皆様は聞く耳も持たないでしょうが。

カバラは拝金主義と黒魔術の融合です。触らぬかバラに祟りなし、くわばら。


12. 2013年2月06日 21:57:43 : L6oDxu3XxY
>>08. さん

>一度、ご自分の耳をかっぽじって(齧って)自分の発音を
>
>聞き返してみたら?日本語でも早口だと、子音だけ連続で通じる場合が
>
>大きい比率占めますよ、特に続く母音がUとかIの場合にね。

それは別の話。

喋った結果、子音の連続になったという事と、どの音を自身の声から聞いて(聴こうとして)いるかとは別の話だ。
詳しく言うなら、音声学的な議論と、音韻論的な議論をごちゃ混ぜにされているようだね。

音声学的な結果論でみたなら、地方の方言のみならず、外人が聞いても子音の連続だと解るような発音を日本語話者がしていることはよくあること。

しかし、02の例で言うなら、日本人は“straight”を常に「ストレート」と、母音が介在した音節の連なりと意識して発音しているはずで、発音が結果的に子音の連続になるかどうかは瑣末な話。それが日本語話者の音韻を子音化させているわけではない。


>関西(西日本)ビイキで関東(東日本)キライな辛い体験でもあるのかな?
>
>警察の工作員養成課程では「本の中毒になって、現場での…

意味不明?
どうして、関西びいきになるのか。

どうもこの種の方々こそ、日ユ同祖論とか、大和政権侵略説とか、その種の本の虫になって、現実が見えなくなっているのではないかと心配する。

かりに、日ユ同祖論が根底にあるのなら、
日ユ同祖論の、特に、ユダヤが起源だと言う説の矛盾点を挙げておこう。

日本語のような、母音で終わる音節をメインの音韻としている音素体系から、分化が進んでヨーロッパ諸語や、くだんのヘブライ語にみるような、母音が分離された音素体系への変化、つまり大きな音の塊から、小さな音の塊を区分する体系に変化してゆくのは、容易に起こりうるが、この逆はなかなか起こりにくい。

つまり、日本とユダヤがかりに何らかの縁があるとしても、言語体系でみるなら、日本語→ヘブライ語、はあり得るが、逆の、ヘブライ語→日本語は難しいということ。

巷で聞く日ユ同祖が、なぜか、ユダヤから日本へ来たという議論ばかりに偏向しているのは、何かの工作でも働いているのではないかとも思えて仕方が無いが、どうだろうか。
科学的に言うなら、どちらの可能性もあるわけで、一方に偏るその理由を知りたいものだ。


13. 聖書フリーク 2013年2月06日 23:31:26 : ur6qn/fzG5bFA : DsyruJaNCY
11>
> ヘブライ語はイブラヒム語とも呼ばれ、すなわち預言者アブラハムの話していた言葉です。アブラハムの時代はバベルの塔の崩壊よりも後の話なので、バベル以前の言葉ではない筈です。なーんて言ってもユダヤの皆様は聞く耳も持たないでしょうが。

 バベルの塔の舞台がユーフラテス川より東のバビロニアやシュメールなので、バベル以前の世界共通の言葉とはおそらくバビロニアかシュメールの言語なのでしょう。バベルの塔の言語の乱れの後でも、この共通の言葉を保っていたのが古代ヘブライ語なのでしょう。「エデンの園で神と話すのに用いられた人類共通の言語がヘブライ語だ」とユダヤ教のラビ達は主張してゆずらないでしょうね。

>カバラは拝金主義と黒魔術の融合です。触らぬかバラに祟りなし、くわばら。
 カバラにはヘブライのカバラと中世以後のクリスチャン・カバラがあり、黒魔術と関係のあるのはクリスチャン・カバラのほうだそうです。本当のタルムードは拝金主義そのものらしいですが、世に出回っているタルムードはゴイム専用だそうです。カバラ自体はタルムードのような拝金主義でないはずです。


14. 2013年2月07日 01:23:39 : EzFOmQdHvU

>>13.
横から失礼。

>「エデンの園で神と話すのに用いられた人類共通の言語がヘブライ語だ」とユダヤ教のラビ達は主張してゆずらないでしょうね。

なるほど、だが、それは誰も証明できない神話だろう。
ヘブライ語が、バベルの塔崩壊前の、太古の言葉を維持しているか否か。エビデンスはどこにも無い。全てが知ったかぶりの伝聞情報でしかない。
その種の迷信を信ずるかどうかは、自己責任だし、個人的には、そんなファンタジーを楽しむ分は、人は皆んな自由だろう。

しかし、今ある判断材料である言語学的特徴をみたら、少なくとも、母音を表記しないなど、かなりな文化的な摩耗を経た言語だとみえるヘブライ語は、往時はかなりなドグマティズム(教条主義)的傾向に陥っていたのではないかとも思う。ナザレのイエスがそれを批判したというのなら、さもありなんというところ。
言い換えるなら、イエスが批判するほど(パリサイ人、つまりユダヤ教保持者達の)その言葉そのものが、神から隔たっていたということにもなろう。

それと、
「人類共通の言語がヘブライ語だ…」という主張は、お国自慢の類いと同じで、むしろ真実は彼らの主張と真逆だからこそ、彼らは主張しなければ居られないのではないかとも思える。

よく、隠された歴史云々とかいうが、それは単に、過去の事実を直視できず、都合の良い幻想と装飾で記憶を糊塗してきた結果が、そうした歴史の隠匿を生んでいるに過ぎない。それは、とりもなおさず人間の弱さでしかないが、どうも、そんな胡散臭さを「人類共通の言語がヘブライ語だ…」に感じてしまうのは私だけだろうか。


15. mainau 2013年2月07日 08:09:57 : GgaPs4QXWLwO2 : 85rTG3hiJk
שְׁמַע יִשְׂרָאֵל יְהוָה אֱלֹהֵינוּ יְהוָה אֶחָד‎
schəma jisrael adonai elohenu adonai echad

聞け、イスラエルよ、われらの主なる神は、唯一の神である

ヘブライ後の母音表記は、あくまでも書かれた言語としてのそれであって、もちろん太古の昔から今日に至るまで、きちんと母音が子音と共に発生されている。上に挙げたのはもっとも有名な祈りの個所で、アルファベット表記つけたが、もちろん母音が入っているを。子音だけ見れば、母音をどう読むのかは、もう伝承されているのだから、子音のみが表記される。発生のときには、もちろんろうろうたる母音が入りますよ、もちろん。

現代ヘブライ語の復興は、たしかにイスラエル国家建設のうえで、強力な民族的な支柱となった。その意味で、エリエゼル・ベン・イェフダの果たした功績は大きい。

なお、イエスのもともとのヘブライ語での名前はヨシュアであり、マリアのそれはミリアムである。いかに、イエスがこの伝統の中で育ったかが、よくわかる。イエスが話したのは、ヘブライ語の方言にあたるような、アラム語であった。彼の思索と表現はアラム語であった。


16. mainau 2013年2月07日 08:19:40 : GgaPs4QXWLwO2 : 85rTG3hiJk
誤字訂正
母音が子音と共に発生されている → 母音が子音と共に発声されている
もちろん母音が入っているを → もちろん母音が入っているのがわかる。

なお、現代において旧訳聖書が朗読される時、マソラ本文とよばれる中世時代の表記法に基づいて、発音される。
マソラ本文には、聖典としての子音のみならず、注釈のように書き加えられた母音記号があり、これに基づいて母音を発生する。


17. 2013年2月07日 08:25:43 : DvSSeCgNhk
יְהוָה を adonai と訳するほうが問題だ。

18. mainau 2013年2月07日 08:59:40 : GgaPs4QXWLwO2 : 85rTG3hiJk
だれがそのように訳しているといったか。
シナゴーグで、このように発声されている、というまでだ。
だれも四文字神名 の本当の発声法を正確には知らない。
聖書学者が、おそらくヤハウェーだと言っているまでのこと。
アドナイとは、読替えによる発声法だ。
現代日本語聖書でも、"主"として読みかえられている。

19. 聖書フリーク 2013年2月07日 10:29:30 : ur6qn/fzG5bFA : DsyruJaNCY
14>
>しかし、今ある判断材料である言語学的特徴をみたら、少なくとも、母音を表記しないなど、かなりな文化的な摩耗を経た言語だとみえるヘブライ語は、往時はかなりなドグマティズム(教条主義)的傾向に陥っていたのではないかとも思う。ナザレのイエスがそれを批判したというのなら、さもありなんというところ。
言い換えるなら、イエスが批判するほど(パリサイ人、つまりユダヤ教保持者達の)その言葉そのものが、神から隔たっていたということにもなろう。

 パリサイ人については新約聖書のあちこちに散見されます。なにが問題かというと、当時のユダヤの民衆はローマ帝国からの重税に加えて、パリサイ人からの過酷な重税に苦しんでいたそうです。現代の一部のキリスト教会での収入の1/10を教会に納めるという1/10税に名残が見られます。

 あるサイトからの引用です。ユダヤ陰謀論、特にシオニズムに関するサイトは消えるのが早いようなので、ソースは示しません(あしからず)。ソースを発表した次の日にそのサイトが消されたりしたら他の人に迷惑ですから。

 イエスの教えるところ、パリサイ派の思想とは、神の御名を唱えて神を冒涜し、祭壇をマーモン(金権)で汚し、よろづに於いて慈悲を排斥し「金力こそ真の権力」とばかりに蓄財に励み、行く手を遮る者には徹底報復あるのみを良しとするするサタニズム思想に犯されたもう一つの原理主義信仰であった。精緻な学的体系と伽藍を構築している故に手強く、そうであろうとも磔にされるまで挑まねばならない難敵であった。イエスは、最後まで論難し続け、我が率先すると云うメッセージを残して刑場に赴(おもむ)いている。これについて詳論はサイト「イエス教」に記す。
  磔刑に処せられたイエスの言行録はイエス教として確立されるべきであった。ところが史実は、ユダヤ教学に深く汚染された福音者によりイエスの言行を散りばめてはいるがイエスの御教えとは別系の教義として編纂され、キリスト教として継承されて行くことになった。キリスト教の不正がここに認められる。キリスト教は、イエス教をユダヤ教の再臨思想をベースに焼き直したもので、「イエスの御教えとパリサイ派教学の絶対的二項対立」を曖昧糊塗させた折衷宗教でしかない。このことを確認しないと有益なキリスト教論にはならない。
 昨今の原理主義キリスト教なるものは、より一層ユダや教ナイズ化されたキリスト教方向のものであり、そもそも胡散臭い。本来の方向はイエス教の再興であるところの逆方向すり替えでしかない。原理主義キリスト教なるもののイカガワシサはここに淵源がある。かく確認しておく必要がある。

 イエス在世前後のユダヤ教勢力は、パレスチナの地に住み、信仰に於いても政治に於いても各派に分裂対立しており、内部抗争に明け暮れていた。かってのユダヤ王国は外敵と内部溶解により崩壊しており、その末裔としてローマ帝国の支配下にあった。当時のユダヤ教徒は、この惨状に対して、如何にしてユダヤ王国を再興するのかが関心事であった。この過程で原理主義的急進主義派としてのパリサイ派が台頭し、凄惨な内部抗争を経つつ、時機を見て幾度もローマ帝国に反乱し続けたが最終的に敗北する。その過程での悪知恵と残虐非道、執念に手を焼いたローマ帝国は遂に、エルサレムの地からの所払いを命ずる。
 これにより、ユダヤ教勢力は世界中へ離散し、キリスト教国化した各国の社会の一隅で非融和的社会を形成し生息した。後にこれがゲットーと云われることになるが、ゲットー的生息は単に弾圧された姿ではなく、好んでそうすることにより独特の宗派生活を維持し得たという事情も絡んでいる。この間、パリサイ派は、いわゆる旧教に代わるタルムードなるユダヤ教の手引き教義を生みだしている。中身が公開されていないが、筆者の知るところ世界に類例のない悪徳本となっている。この時期、ユダヤ教勢力は結果的にいわば雌伏した。この期間を、彼らの世界史では中世と云う。


20. 2013年2月07日 11:17:05 : EzFOmQdHvU
>>15.

>ヘブライ後の母音表記は、あくまでも書かれた言語としてのそれであって、もちろん太古の昔から今日に至るまで、きちんと母音が子音と共に発生されている。

それはそのとおり。母音を発声しない言語などおそらく無いだろう。
問題は、それが意味をもつ音として認識されているか否か、つまり音声記号として捉えられているかだ。それが表記に反映して母音の表記が無くなったのだから。

こうした実際の音声と、記号としての音とを混同している方が多い。それは日本の学者さんにさえもだ。
百年ほど前に音韻論が学ばれ始めて、ようやくこの誤解の霧が晴れ始まったが、巷ではずっとつきまとってきたし、このスレッドでも既にみえるというのが現状だろう。

繰り返しになるけれど、
記号として母音を捉えていないという事と、発声しないかどうかは別の話だ。
おそらく母音は、音韻論で云う「異音」として、知らぬ間に発声されているというだけだろう。

解りにくい話なので、「異音」の例を挙げてみよう。
例えば、英語の“L”と“R”。この二つの音素を英語話者は別の音(符号)として聴くが、日本人は一般に区別できないし、記号としても「R」だけを用いる。つまり“L”が異音化しているということ。
また、鼻濁音の「んが‥」と、頑張るの「が」は、外国語話者には別の音(符号)にしか聴こえないけれど、日本語話者には同じ「が」と聴き、両者を区別しない。これも異音の例だろう。

個人的には、母音には、話者の感情など記号化されにくい付帯情報を担っているように思う。言語学でいうパロールだ。
そのパロールにこそ神の情愛が宿るように思うだけに、母音の意識を喪失したヘブライ語表記は、(発話ではなく)表記そのものを主体として、重んじられれば重んじられるほど、神から隔たる性質をもつように思えてならない。
その、表記が重んじられた末期症状を、警告するために神が使わしたのがイエスだと思えなくもない。


21. 2013年2月07日 12:05:39 : EzFOmQdHvU
20に追記したい。

また、全く別の見方をするなら、
ヘブライ語は、母音の神聖さを知るが故に、あえてそれを表記しないという道を選んだ言語なのかも知れない。もしそうなら、それはそれで実に神々しい言語であとも言えよう。

もしこの仮説が正しいとするなら、
彼らは、その神聖なる母音を表記しない書き言葉、つまり文書のみを重んじてはならないという禁忌が、当初から伝承されていたのではないか。そして、詩歌の唱和を欠かさず励行させたのではないかとも思う。
そうだとすると、そのような禁忌を失ってしまったところに、ヘブライ語の命脈が尽きた原因があるとも言えようか。


22. 2013年2月07日 12:09:50 : EzFOmQdHvU
失礼、
“それはそれで実に神々しい言語であとも言えよう。”は、
“それはそれで実に神々しい言語であるとも言えよう。”が正しい。

23. 矢津陌生 2013年2月07日 13:03:12 : fqfGCq6zf5Uas : GlxJVggAm6
あやみさま
話がすごい高みまで行ってしまってついていけません。
以下の質問だけさせて下さい。ご存知の範囲で教えていただけますでしょうか。
よろしくお願いします。

>ユダヤの場合そこからヘブライ語というものが欠落していたことになりますね。あえてヘブライ語を遠ざけたと考えることもできます。聖典に書かれていることを「封印」することも可能です。

実際はどうだったのでしょうね。離散してそれぞれの土地で生活する必要から住んだ土地の言葉には堪能ですね。彼らの語学に対するセンス(習得能力)は凄いものがあるとおもいます。ヘブライ語が話し言葉でなくなった経緯は何だったのでしょうかね。話し言葉として残すことにこだわれば2000年後に復活させるより、ずっと楽だったような気もします。それともイスラエル国の再建を予見しての復活なのでしょうか。

ヘブライ語とアラビア語が近い言葉だと言うことは知識としてありましたが、具体的には分かりません。退職して時間ができればアラビア語をちょっと齧って見ようかと思っています。
不倶戴天の敵同士であるユダヤ教とイスラム教は同族と言ってもいいぐらい近いのですね。(両方からお叱りを受けそうですが)

>カリフたちがクルアーンの他言語訳を固く禁じたのは、いろいろな母語を持つ教徒たちがアラビア語に精通しあくまで原本の読解を後の世まで続けることを意図したからです。(イスラム勢力は、改宗を迫ることも母語を捨てることも強制しませんでした)
ムスリムになるには最低限クルアーンのアラビア語を解さないといけないというわけですか?教義の話をするときもアラビア語を使うのですか?クルアーンの内容について理解するための他の言語への翻訳はすべて解説書扱いですか?


24. 聖書フリーク 2013年2月07日 13:31:35 : ur6qn/fzG5bFA : DsyruJaNCY
ロバート・セントジョン著 島野信宏訳『ヘブライ語の父ベン・イェフダー』(ミルトス 1988年

ヘブライ語は、話者数約500万人をほこるイスラエルの公用語です。一見自然言語だから、人工言語と比べたらいけないと思われる人もいると思いますが、はっきり言って130年ぐらい前に、一人の病弱系狂信者が41年にわたり一日17時間労働という超人的なド根性のすえに作り出した究極のアポステリオリ型自然派人工言語です。ヘブライ語はもはや紀元前200年ごろから話し言葉としてはほぼ死亡していて、ただシナゴーグ内で祈りをささげるときや、聖書やタルムードを読むときの読み書きの言葉、つまりヨーロッパのラテン語とほぼ同じ扱いの言葉でした。日常語は大抵、いろんな国に定住したユダヤ人がその土地の言葉を話したり、その土地の言葉に若干のヘブライ語の単語を混ぜた言語を話していました。有名な混成言語としては、スペイン語系のラディーノ語やドイツ語系のイディッシュ語があります。紀元前200年ごろに死亡した言語なので、それ以後に発明されたものや概念の語彙は不足していて、はっきり言って使い物になりませんし、それ以前に資料が限られているため、語彙数が圧倒的に足りません。だから、古代の膨大な情報を調べたり、姉妹語のアラム語やアラビア語から借用したり、なんとか古代の語形から派生させた現在の生活で使えるような新語の創造という恐ろしく膨大な作業を41年も続けなければならなかったようです。だからこそ、事実上のアポステリオリ型人工言語なのです。
 それをやったのがエリエゼル・ベン・イェフダーという1858年生まれのロシア帝国領リトアニア出身の病弱系で医学系のユダヤ人でした。ラザロ・ルドヴィコ・ザメンホフとかなり経歴が似ている人物です。ザメンホフは1859年生まれ、ロシア帝国領ポーランド出身でさらに30代以後は病弱系で医学系のユダヤ人で、母語もロシア語でインテリでシオニズム運動経験ありという、かなりかぶった人物です。言葉に関する情熱の尋常でない部分も。ただ、ベクトルは違っていました。一方は、世界全体の協調のためのヨーロッパ系アポステリオリ人工言語をつくり、もう一方は世界全体のバラバラの言葉を話す「ユダヤ人」の協調のために古代のヘブライ語を話し言葉として復活させようとしました。そして片方は民族主義の荒波に消えてもはや無害な古典芸能と化し、もう一方は過激なシオニズムの潮流に乗って現在まで力強く民族間の悲劇を生産しています。


 結局、エリエゼル・ベン・イェフダーはシオニストであって、ロスチャイルド男爵などから経済的援助を受けていたようです。
 シオニストのプロトコルに従い行動した結果が、ヘブライ語を話し言葉としてイスラエルに普及させたというだけのようです。
 ロスチャイルドはシオニストに資金を提供して、異常な国家のイスラエルの建国に寄与した財閥です。ヘブライ語を話し言葉
にしたのは、実質的にはロスチャイルドのようですね。


25. 聖書フリーク 2013年2月07日 15:15:11 : ur6qn/fzG5bFA : DsyruJaNCY
 イスラエルが異常な国であるのは、現代ヘブライ語という話し言葉が強制的に使用させられているが、古代のこのパレスチナ地方で使用された話し言葉はアラム語だというのが通説であるそうな。
 しかも、現在イスラエルに住んでいるユダヤ人と自称する人たちは、聖書にでてくるユダヤ人、すなわちアブラハムの子孫でないということである。

 以下、引用です。
 彼はその当時のイスラエル国内の60%以上、西側諸国に住むユダヤ人の90%以上は、何世紀か前にロシアのステップ草原を徘徊していたハザール人の子孫であり、血統的に本当のユダヤ人ではないと言ったのである。
 イスラエルでは本当のユダヤ人たちが、どれほど惨めな生活を強いられていることか……アシュケナジームを名乗るハザール系ユダヤ人たちが、スファラディムすなわちアブラハムの子孫たちを二級市民に叩き落としているのである。
 東ヨーロッパ及び西ヨーロッパのユダヤ人たちの正統な先祖は、8世紀に改宗したハザール人たちであり、このことはシオニストたちのイスラエルへの執着を支える一番肝心な柱を損ねかねないため、全力を挙げて暗い秘密として隠され続けて来たのである。
 ユダヤ人の国は70万人のパレスチナ人を根こそぎ追っ払わなければ誕生しなかっただろう。それは必要だった。パレスチナ人を追放する以外に選択はなかった。後背地を浄化し、国境を浄化し、主要道路やイスラエル人の入植地や入植部隊に発砲する村々を浄化することはさけられなかった。


26. 矢津陌生 2013年2月07日 15:53:25 : fqfGCq6zf5Uas : GlxJVggAm6
聖書フリーク さま
これって、栗本 慎一郎著の「パンツを脱いだサル―ヒトは、どうして生きていくのか」に出ているやつですか?

27. 聖書フリーク 2013年2月07日 18:12:04 : ur6qn/fzG5bFA : DsyruJaNCY
26>
>これって、栗本 慎一郎著の「パンツを脱いだサル―ヒトは、どうして生きていくのか」に出ているやつですか?

 違います。でも栗本 慎一郎さんの影響があるのかもしれません。
 エリエゼル・ベン・イェフダーもアシュケナジームを名乗るハザール系ユダヤ人であったということになります。


28. 2013年2月07日 21:40:07 : ExZXGYLA8Q
>>24. 聖書フリーク さん

21に追記した者だが、以下の引用のとおりだとすると、思いっきりヘブライ語を買いかぶっていたことになる。謹んで訂正したい。
あまりに表記システムが奇怪なので、一つの思考実験をしてみたに過ぎない。

>ヘブライ語は、話者数約500万人をほこるイスラエルの公用語です。一見自然言語だから、人工言語と比べたらいけないと思われる人もいると思いますが、はっきり言って130年ぐらい前に、一人の病弱系狂信者が41年にわたり一日17時間労働という超人的なド根性のすえに作り出した究極のアポステリオリ型自然派人工言語です。

なるほど、勉強になった。どうりで奇怪なわけだ。


29. あやみ 2013年2月08日 05:07:38 : oZZpvrAh64sJM : vCrRBIIeQg
矢津さま

>ヘブライ語が話し言葉でなくなった経緯は何だったのでしょうかね。

離散したユダヤ人たちは殆どが商人として存続しました。各地でコロニーを築き黄金の取引を頂点とする商業網が次第に発達していきました。それは両替商、つまり金融業の始まりで、「利息」の概念が教義違反であるため手を汚したくなかったキリスト教徒たちはその汚れ仕事をユダヤ人たちにまかせたのです。(その結果が今のザマです)なぜならユダヤ教では「異教徒からは利息を取ってもよい」という教えがあると世に言われています。ここがポイントです。

混同しがちですが、そういった都合のいいことが書かれているのは後代に書かれたユダヤ教実践書の「タルムード」で「旧約」のほうではありません。原本の教義と実践書のあいだの微妙な矛盾をぼやかすためには言葉をわからなくしてしまうのが近道です。つまり、異教徒から高利を搾り取るためには旧約原本を理解しにくくしておくほうが好都合だったのでしょう。「旧約聖書」の言葉を話し言葉にするのは冒涜としたのは、そのような経緯が「予想」されます。

さらに可能性の話ですが、こうしておけば旧約原本も書き換えてしまうこともできるのです。どこまでが純粋なものであるかは誰にもわからないのです。


>不倶戴天の敵同士であるユダヤ教とイスラム教は同族と言ってもいいぐらい近いのですね。

イスラム教とユダヤ教とキリスト教の神様は同一です。キリストもモーゼもダヴィデもイスラームの大預言者たちです。神様は世の中を見て「だめだこりゃ」と思ったときに預言者を遣わして何度も同じ教えを与えたのです。近いどころか「同じ」だったのです。与えられた側がその後どう「運営」したかで、現在にそれぞれ異なるかたちで至っています。「旧約聖書」はモーゼの没後に、「聖書」はキリストの没後にそれぞれ書き著されているのですがクルアーンだけはムハマンドの存命中に書き残されたものです。サハーブ(側近)たちの書記と暗記により文字と音の両方で残されたのがクルアーンです。

>ムスリムになるには最低限クルアーンのアラビア語を解さないといけないというわけですか?

いいえ、そんなことはなく、信仰告白さえすればムスリムになれます。般若心経のはの字も知らなくても仏教徒でいられるわけですから、それと同じで技術的な問題はありません。
「政教分離」がすっかり定着した近代に生きる私たちにはピンと来にくいのですが、イスラームが共同体原理そのものだった訳ですから法律や取引や軍事や福祉、そのほか思いつく限りの行政がイスラームにのっとって行われたのです。膨大な専門用語がアラビア語によって流通しました。(律令制を布いた大和朝廷のよう)ですから、そこで生活していればアラビア語はすぐに五臓六腑に染み渡ってしまうのです。ヘブライ語とは違いアラビア語を神の御言葉として封印してしまわなかったため、クルアーンの理解も逆に保たれたのです。


>教義の話をするときもアラビア語を使うのですか?

アラビア語単語抜きでは難しいです。前述のとおり、イスラム圏にはたとえ公用語でなくてもアラビア語の単語が外来語として浸透しているので、現地語の文のなかに外来語がとしてのアラビア語が介在する形で説法が行われます。

>クルアーンの内容について理解するための他の言語への翻訳はすべて解説書扱いですか?

そうです。またさらに前述したように、アラビア語はひとつの単語に多様な意味がこめられた言語なので完全な翻訳は難しいのです。クルアーンの場合はとくに韻律が厳密に整った「詩」としての要素が強いので日本の和歌や俳句を外国語訳するよのと同様、不可能です。不完全なものを「クルアーン訳本」として流布させることは教義違反になるのであえて「解説書―タフシール」という範囲の中で出版できます。
正確にいえば、「できました」です。今はイスラム世界は野放しに近い状態です。カリフも存在しません。アラブの王様がマカオの賭博場に投資したりしてるぐらいですから。

ちなみに栗本氏はキライです。むかし神楽坂の酒場で働いていたときに同氏が学生をいっぱい引き連れて飲んでいったのですが、さんざん散らかした上に大皿を灰皿にしてくれたからです。サル並みの品性です。その後モスクワの空港で見かけましたが、そこで「パンツはいてますか?」と訊かなかったことを後悔しています。

コメント欄でお答えできるのはせいぜいこの範囲です。もうしわけありません。


30. mainau 2013年2月08日 13:57:06 : GgaPs4QXWLwO2 : 85rTG3hiJk
先に引用したのは、聖書の古代ヘブライ語であったが、現代ヘブライ語の発声を聞いたこともない人もいるだろうから、リンクをつける。
これは、オフラ ハザという女性歌手が歌う、「黄金のエルサレム」である。彼女の持ち歌の中でも、もっとも優れた歌唱法で歌われている。日本語の訳詩を添えておく。

「黄金のエルサレム」 ירושלים של זהב, Jeruschalajim schel Sahav

1番
 山々の空気は葡萄酒のごとく澄み
 松の香は 鐘の音とともに
 黄昏の風にのる
 その内に城壁をいだき
 ひとりたたずむ その町は
 樹と石がまどろむとき
 夢の中に捕らわれる

(繰り返し)
 黄金のエルサレムよ
 銅と光のエルサレムよ
 わたしはあなたの調べを奏でる
 竪琴ではないか

2番
 いかにして貯水槽は乾き
 広場や市場は空になってしまったのか
 旧市街の神殿の丘を顧みるものは
 一人もいない
 岩の洞窟には風の音が響き
 エリコを通って死海に下るものは
 一人もいない

3番
 しかし今日 わたしはあなたに歌を捧げ
 冠を結ぶために来た時
 わたしはあなたの子の最も若いものより小さく
 あなたの詩人たちの最後の者より小さく感じた
 あなたの名はセラピムの口づけのように
 わたしの唇を焦がすだろう
 もし 全てが黄金につつまれる
 このエルサレムを わたしが忘れるなら

4番
 ああ今 わたしたちは貯水槽に
 この市場に、この広場に 帰ってきた
 旧市街の神殿の丘には
 角笛の音が響きわたる
 岩の洞窟には
 幾千もの太陽が輝いている
 さあ エリコを通って
 再び死海へ下ろう

http://www.youtube.com/watch?v=uWGoPdKC4q0


31. 矢津陌生 2013年2月08日 14:16:19 : fqfGCq6zf5Uas : GlxJVggAm6
あやみさま
丁寧なご説明ありがとうございます。
この記事やコメントを書くに当たり、いろいろ調べていたら1947年から1956年にかけて「死海文書」なるものがたくさん発見されて、日本語のウィキペディアには「二十世紀最大の考古学的発見」とさらりと書いてありますが、発見当初からユダヤ教とキリスト教世界では一大騒動になったようです。たくさんの学者や研究者が入り乱れて壮絶な論争が今もされているようです。正統ユダヤ教やローマ・カトリック(バチカン)にとっては、今までの権威が覆さたとかなんとか、他にも終末の予言とか、知らないことがたくさんありました。今度図書館にでも入門書を見に行こうかと思っています。本当に複雑怪奇ですね。
また質問させていただくかもしれませんが、その時はよろしくお願いします。

ここに書いたエリエゼル、佐藤優(外務省のラスプーチン)やこの栗本氏など、近くで同じ空気を吸いたくないひとが必ずいますよね。上半身と下半身が違うとか、生活している身体と脳のなかが乖離しているとか。いわゆる天才といわれる人たちのことはもちろん、こういう人たちについても人格と制作物(著作)はとりあえず別物と思うようにしています。


32. mainau 2013年2月09日 06:33:32 : GgaPs4QXWLwO2 : 85rTG3hiJk
誤解を防ぐために言っておくが、私はユダヤ教とその伝統が有する精神的文化的価値を認めるが、現在、イスラエルにおいてシオニストがやっていることを肯定する者ではない。
なお、世界にいる多くのユダヤ人が、実はシオニズムに反対していることを日本人はあまりに知らない。
実際、オランダに住んでいる、パレスチナで生まれたユダヤ人の律法学者、ラビ ヨゼフは、シオニズムを批判してやまない。イスラエル国家がパレスチナの民を残酷に取り扱っていることを非難している。彼は小さいころから、パレスチナのアラブ人たちと仲良く暮らし、大きくなったからだ。
ラビ ヨゼフはその後、おそらくイスラエルから送られたと思われるシオニスト刺客に、オランダのアムステルダムにある自宅で襲撃され、拷問された。その結果、今、身体障害者となって、車椅子生活を送っている。
彼によると、ユダヤ教はあわれみと人類愛に満ちているが、シオニズムはユダヤ教の反対の精神、暴力と憎しみに満ちていると主張する。
彼によると、世界中にはシオニストに批判的なユダヤ人が多くいるが、権力を握るシオニストを恐れて、口にできないのだと言う。

ラビ ヨゼフはシオニストらによって拷問を受けた (英語)
http://www.youtube.com/watch?v=DIT9sLz29iQ&list=PLD6F0865FD7CAC7DF&index=1


33. 聖書フリーク 2013年2月09日 13:31:29 : ur6qn/fzG5bFA : DsyruJaNCY
 はなし言葉としてヘブライ語を復活させたエリエゼル・ベン・イェフダーは、アシュケナジームを名乗るハザール系ユダヤ人(偽ユダヤ人)であり、シオニストらによって拷問を受けたオランダのユダヤ人の律法学者ラビ ヨゼフも偽ユダヤ人ということになります。イェフダーはシオニストであり、ラビヨゼフはシオニストでありません。したがって、「偽ユダヤ人と非難することはまちがいだ」ということになります。
 シオニストはユダヤ教改革派の流れをくんでいて、しかも(マルクス主義唯物論的)無神論者が多いので、敬虔なユダヤ教徒といっしょにしないほうがよいようです。
 結局シオニストはパリサイ人に扇動され(イエスを十字架にかけろとさけんだ)ユダヤの民衆の末裔なのでしょう。そしてイルミナティこそパリサイ人の末裔なのでしょう。ヨーロッパの中世だけでなく現代も、パリサイ人の司令塔であったサンヒドリン(ユダヤ最高評議会)は存在するといわれてます。

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