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"現況"を言い表す言葉/書籍「自然は脈動する」より抜粋
http://www.asyura2.com/12/idletalk40/msg/383.html
投稿者 金十字架 日時 2013 年 2 月 15 日 23:41:58: mfAWtS4GF8MpY
 

以下抜粋
(日本教文社刊/"HIDDEN NATURE STARTLING INSIGHTS OF VIKTOR SCHAUBERGER/
 邦題「自然は身躍動する"ヴィクトルシャウベルガーの驚くべき考察"」
 アリック・バーソロミュー著/より)

p.357/

人類がいずれ正気に戻ると云う事もなく、知的指導者に誤った方向に導かれ、
間違った情報を教えられていることに気づかないなら、
あまねく存在する自然の法則は、
この歪(いびつ)になってしまった文明に
必ずやふさわしい結末をもたらそうとするだろう。
残念ながら、破滅は自らの過ちが招いたものだと気づく迄に、
必ずや極めて恐るべき破局が起こったり,恥ずべき事実が明るみに出るだろう。
この状況を変えるには避けがたく多大な困難が伴うだろうが、
それはまさに過ちを犯しているのがおもに権力の座にある者だからである。
自分達の利益を守ってきた制度や人物は、自分達に非があるなどとは考えず、
同胞たる人間が数百万の規模で死ぬような事がない限り自分達の過ちを認めはしないだろう。

いわゆる専門家の多くは、
このような間違いを正そうとするいかなる系統立った試みにも団結して抵抗する。
彼らは自分達が認められた道を弁護せざるを得ないのだが、
それは、その道こそが彼らの食いぶちであり、
自分たちが死ぬその日まで面倒を見てもらう事を望んでいるためである。
それでも、過ちが特定の産業部門だけのものであれば
この難題も克服されるかもしれない。
数世紀にわたってなされてきたもっとも普遍的な過ちを徹底的に分析すれば、
間違った原理と正道を踏み外したやり方から生じた問題の根の深さが明らかになる。
そこで明らかになるものは、きわめて重大な文化的、技術的、経済的違反行為であり、
いかなる産業部門も無関係なものはない。
専門分野がなんであれ、必ずしも悪意のない専門家であっても、
罪を免れることはできないのだ。

まず、強い抵抗を覚悟しなければならない。
このような状況では専門家は殆ど一人残らず脅威に晒されることは明らかなので、
彼らからはいかなる支援を受けることも望めないだろう。
だがこの障害に脅えてはならない。
というのも私たちが問題にしているのは少数の人間の食いぶちではなく、
目くらましされた人類全体の存続だからである。
今日の多くの若い人たちの考え方をみれば、
なおも人類が倫理的に健全であることは明らかである。
彼らは至る所で生じつつある腐敗の兆候に強く反発し、
経済的、文化的な袋小路に迷い込む(……)道を考えもなく進み続けることを拒む。
しかしながら、反発するだけでは何も成し遂げることはできない。
原因を突き止め,先行する世代や私たちが犯し、
世界を破滅に導きつつある過ちを明らかにしてこそ、
若い人達の努力は現実に成功を収めることができるのだ。

(「我らが無益な骨折り」)

p359/

(著者)ヴィクトルはもっと裾野の広い知識に通じていたことから、
現代社会の世界観が狭くなっている大きな原因は現在の教育システムにあると考えた。
彼はこの点についてはとくに記していないが、
最近の教育研究からもたらされた以下の文章は
彼が感じていたことを端的に代弁して居おり、
どのように事態を変えていくべきかを理解するのに役立つ。

* * *
現在のご自慢の教育システムは、既に知られていることを教え込むことに長けている。
その特徴として、知る過程に対する認識についてははなはだ不足していることが多い。
真の知者の真価は、ほぼどんな教育システムにおいてもなかなか認められない。
自ら知ることは、現実には、分割、分離し、
此所の部分に囲い込む心性助長従来の教育方法の中では軽んじられてしまう。
知識は、真の知者から大きくかけ離れ、
世界の現実的生活とのつながりから切り離された、
たがいに孤立した個々の学問から得られる。
その結果、生徒が学校を卒業するときには、
幸運であれ頭脳はかなり研ぎ澄まされているかもしれないが、
それは専門化や特殊性に焦点が合ったもので、
知識の広大な裾野に開かれているというより、
ものごとにラベルをつけて整理することに長けているだけである。
彼らのエネルギーはうまく道筋をつけられているかもしれないが、
小さな子供の示す無垢の創造性や、生きることへの渇望、
学ぼうという渇望はごくわずかしか持ち合わせていないいない。

―ジャン・アーデュイ、ピーター・ウリクザ著
「開いていく方法(The Way of Unfolding)」


********


以上抜粋おわり

意識の欲するままに自分を解放しようと決めれば
そこに必要なものから必ず導かれる
そのようにしてこの本を購入することを決めたのは今日である
読み終える自信が無かったため購入に至らずじまいだったが
(私は何度かそう書いているが元々本嫌いで
自分の直感だけを信頼していたいと感じていたため
闇雲に他人の考えを受入れない性格であった
それは今も大差ないが故にあくまで本の方から呼びかけて来ると言えるような
タイミングと衝撃を伴って本とは出会うのである)

手に取って本を開いたそのページに上記の文章が眼に飛び込んで来たからである

それはまさに私のここ数日間
衝動的に頭の中に湯水の様に湧いてくる言葉の群の一片を
適格に代弁しているもののように思えた

特に教育に関しての箇所はまさに今日頭の中に蠢いていた内容の後ろ盾となるものである
そこに私自身の考えとして自身の言葉を重ねることも
書き足せる部分とわずかに修整できる表現があるが別記にしたいと考える

これはまた真の知者として自分を理解しようと努力するもの達(この言葉を贈りたい者たち)に託したいと思う
あなた方はさらなる高みからここにある言葉を十分に咀嚼して吸収してくれることだろう
あなた方はすべての領域に満足するもの達であるのだから
そのように心に決めると宣言すればあとはそのようにただ振る舞うことだ

反発するのではなくどう行動するのが良いかについての方法論は
次回に展開したいと思う

衝動に流されるままに私は私の言葉が口をついて出るのをただ楽しんでいる
あなた方もまたそうなのだと思っている
 

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コメント
 
01. 2013年2月17日 01:03:32 : q931E3NW4E
記述間違い
「此所の部分」×→「個々の部分」○
に訂正
…* *
現在のご自慢の教育システムは、既に知られていることを教え込むことに長けている。
その特徴として、知る過程に対する認識についてははなはだ不足していることが多い。
真の知者の真価は、ほぼどんな教育システムにおいてもなかなか認められない。
自ら知ることは、現実には、分割、分離し、
*個々の部分*に囲い込む心性助長従来の教育方法の中では…

02. 2013年2月25日 23:56:45 : q931E3NW4E
この本を楽しむには純粋にヴィクトルの研究文献だけに留めおく方がいいかもしれない
そしてそれだけで十分に楽しめる内容である
この研究内容だけを純粋に取り出してなおかつそこに独自の解釈を交えてみるのもよいかも知れない

一方それらを取りまとめる著者の道理的に導き出す独自の趣旨論調の方向性へは
一定の理解を示す事は出来るが多少つんのめり気味に強引に読者を誘導している印象を受ける
(私からみれば)「ほんとうにそうとだけ言えるだろうか」とつっこむ箇所もまた随所に見受けられるものである


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