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先入観が洗い流される『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』(BLOGOS)
http://www.asyura2.com/12/idletalk40/msg/532.html
投稿者 会員番号4153番 日時 2013 年 7 月 20 日 07:24:07: 8rnauVNerwl2s
 

BLOGOSから
http://blogos.com/article/65821/


先入観が洗い流される『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』

■いち早く拝読した!
先週、ゲンロンカフェで、『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』*1をいち早く入手して拝読したので、感想文を書いておこうと思う。これは、思想家の東浩紀氏を中心に立ち上がったプロジェクトである、『福島第一原発観光地計画』の一環として、1986年に史上最悪の事故を起こしたチェルノブイリ原子力発電所を東氏、ジャーナリストの津田大介氏、社会学者の開沼博氏らが訪問してその記録をまとめたレポートである。

■個人的には賛成だが・・
最初に『福島第一原発観光地化計画』のことを聞いた時には、実は私は比較的自然にその発想はありだなと思った。というのも、ちょうど廃墟の観光がちょっとしたマイブームになっていたこともあるし、仕事でポーランドに駐在していた友人から、ナチスのホロコーストの舞台となった、アウシュビッツの強制収容所に訪れる話を聞いたりしていたということもある。私自身、かつてアジアビジネスの担当をしていて、現地を訪問する際には、日本人が現地人を虐殺したような場所が観光地化されていて、そういう場所には何度も訪れた経験がある。現地ガイドがニコニコしながら案内してくれる度にいつも強い違和感が拭えなかったものの、『観光』というカテゴリーの中には、このような悲劇のモニュメントが含まれていて、観光の動機が何であれ、訪れた者にその場所の歴史や出来事の意味を深く考えさせずにはいない。だから、福島原発こそ、そのような『ダークツーリズム』*2の対象として相応しいと思えたからだ。

■忘れるのが美徳?
だが、少し考えてみればわかることだが、日本文化というのは、忘れることを美徳と考えているのではないかと思われるようなところがある。例えば、『水に流す』という言い方があるが、これは辞書どおりの意味で言えば、『過去のいざこざなどを、なかったことにする』という事なので、英語では、Let bygones be bygones. とでも訳すことになるのだろうが、含意はまったく違う。日本でいう『水に流す』の意味は、過去のいざこざやわだかまりも、一度水に流すと決めれば、『全くなかったことにする』ことで、一度水に流せば、理由の如何を問わず二度と言及しないことが潔い態度とされる。論理的というより感覚的/観念的な概念といえる。これは日本人の美意識といってもいいし、宗教意識の顕現と考えられるふしもある。

■穢れの思想
宗教意識といえば、日本古来の習俗が仏教によって体系的説明がなされたといわれるものに「穢れ(ケガレ)の思想」がある。Wikiepediaに載る説明を要約すると、穢れとは、不潔・不浄等、清浄ではなく汚れて悪しき状態のこと(死に直面するもの、死に携わるもの、死を持ち込むもの、天災、伝染病、殺しあうもの等はすべて対象となる)だが、観念的な不潔感であるため「清め」「お祓い』等の儀式を執行しなければ除去されない。穢れが身体につくと、個人だけでなくその人が属する共同体の秩序を乱し災いをもたらすと考えられた。穢れは普通に生活しているだけでも蓄積されていくが、死・疫病・出産・月経、また犯罪によって身体につくとされ、穢れた状態の人は祭事に携ることや、宮廷においては朝参、狩猟者・炭焼などでは山に入ることなど、共同体への参加が禁じられた。さすがにもはやこのような観念が公式に日本人を拘束することはないが(大相撲等にはこの残滓が見られるが)、日常生活の裏面や日本人の潜在意識には、いまだに濃厚に伏流し、ことあることに日本人の行動を左右し続けている。

■予想される感情的反発
だから、福島原発のケースでは、日本人が自然にイメージする対処法は『清めの儀式を執り行い、原因追及よりすべてを水に流し何もなかったことにしてしまう』ということではないだろうか。まして、地元の住民の感情をおもんばかれば、『観光』のような宗教的な厳粛さとは対極にある(と日本人が感じてしまうような)活動には、感情的な反発を感じてしまうことは容易に推察される。

■無かったことにしたい原発利権関係者
さらにいえば、そのような厳粛な心性とは何ら関係なく、一刻も早く論理的な追求から逃れ、なかったことにしてしまいたい『原発利権』関係者の『強い要望』も、陰に陽に、『水に流される』ことを後押しするだろうから、すでに『何もなかったことにする』ための非常に強い『脈動』は少し気をつけていれば随所に感じることができる。事故からわずか2年あまりで、まだ解決とはほど遠い現段階ですでに『風化』の兆しが濃厚といわざるをえない。

■この機会を逃しては・・
だが、それでは、典型的な人災といっていい原発事故の再発を阻止することはできないし、そもそもそのような日本人の性向こそ、この事故の根本原因だったはずだ。この機会に、『過去の悲劇や失敗から論理的に学ぶことができない日本人的性向』からの脱却が望まれたはずが、今回もまた先送りされ、次の更なる事故や悲劇を準備することになってしまいかねない。だから、『福島第一原発観光地化計画』が如何に日本人の無意識を逆なでし、ドン・キホーテ的に見えようが、何としてもやり遂げて欲しいと思うし、応援したいと思っていた。だから、その前段階として、チェルノブイリ原発を訪ねて、施設や周辺を視察したり、関係者をインタビューして、現実のチェルノブイリの様子をまとめるという計画を聞いたときから、本書の出版を大変楽しみにしていた。

■想像とはまったく違う
実際に読んでみると期待以上で、単に未来のフクシマ、もうひとつのフクシマをイメージするという以上の、大変意義深いドキュメンタリーに仕上がっている。

現地に訪れたスタッフが一様に驚いているように、私も、今のチェルノブイリの様子には、率直なところ大変驚いた。そもそも危険な放射能が大量かつ広範囲に散蒔かれ、多くの死者も出たチェルノブイリは、原発施設はもちろん周辺も広範囲に打ち捨てられて廃墟になっているものと思っていた。実際には、事故が起きて石棺で覆われた部分はともかく、今でも現役の電力関連施設であること、原発から30キロ圏内(ゾーン)でも、ゾーン内の帰還で働く人々だけではなく、強制避難後、勝手に帰還した住民(サマショール)、『ストーカー』と呼ばれる禁止地域への『案内人』とスリルを求める『旅人』の存在、そして何より公式に認められた『観光ツアー』・・

何もかも自分の想像とはまったく違っている。

さらには、地元民も、好奇や物見遊山のような動機であれ、娯楽ゲーム(何とPCゲームにもなってる!)を通じた興味であれ、チェルノブイリの名が忘れられるより、一人でも多くの人に感心を持ってもらうことに意味があるとする人が少なくないということも、日本にいてはおよそ想像しにくいことといえる。やはり現地に実際に足を運ぶことの意味は限りなく大きいことを再認識した。

■最後の審判が近い?
新約聖書のヨハネの黙示録は、新約聖書の中の一番最後の書で、著者のヨハネが神に見せてもらった未来の光景とされ、戦争や飢饉、大地震など、ありとあらゆる禍い、最後の審判の様子が記されている。その8章、10-11に、「第三の御使がラッパを吹き鳴らすと、苦よもぎというたいまつのように燃えている大きな星が落ちて、水の3分の1が苦くなり、そのため多くの人が死ぬ」という預言がある。『チェルノブイリ』がウクライナ語で、『苦よもぎ』の一種のことであることから、当時から、この原発事故こそ、第三の御使のラッパで、最後の審判が近いという、一種の都市伝説が流布した。『原罪』意識の強いキリスト教圏では、日本では想像しにくい衝撃があったと米国の友人に聞いたことがある。

■宗教観の違い
興味深いことに、キエフにある『ウクライナ国立チェルノブイリ博物館』のスタッフは、『事故を通じて生まれた、人類が抱える哲学的な問題を多くの人に考えてもらいたい』というモチベーションに支えられているという。チェルノブイリツアーを扱う会社の社長も、『ツアーにおいてもっとも重要なのは参加者への哲学的な問いかけだ』と語る。それこそ、あまり先入観で語るのも気が引けるが、やはりキリスト教圏特有の使命感が、チェルノブイリの観光化の背景にあるように思える。ここでも彼我の差は大きいといわざるをえない。原罪を背負い贖罪することに宗教的な意義を見いだすキリスト教と、ケガレは呪術的な儀式で無くしてしまうことをよしとする日本の神道/仏教的な世界観の違いは、思った以上に大きいと考えられる。今後、福島第一原発の観光地化の実現にあたり、その差異を随所に感じることになるだろう。チェルノブイリにできて、福島にできないことに戸惑うこともあるかもしれない。若干不謹慎ないいかたかもしれないが、日本人の宗教意識が顕在化する局面となるかもしれず、それはまた別の意味でも意義深い機会になるように思うのは私だけだろうか。

■事実に基づいて
だが、観光地化を通じて情報の透明化が実現されれば、結果的に福島でも放射能に対する過剰な恐れとそれに伴う風評被害を払拭することにも寄与すると考えられる。観念的な哲学だけではなく、現実にチェルノブイリや福島に住む人に覆い被さる差別や経済的損失という暗雲を祓うことも大事だ。哲学も観念的な恐れではなく、事実に基づいてこそ行われるべきだろう。

■思想や哲学を喚起する書
ここまで考えて来て、はたと気づいた。この本、編集責任者の東浩紀氏は、本書ではあまり思想的なことを語らず、あくまで淡々とレポートしているように見えるが、実は驚くほど思想や哲学を喚起する書になっている。私自身、いつも以上に観念的な語り口になってしまったのも、いつのまにかそのしかけに乗った故かもしれない。この続編となる『福島第一原発観光地化計画 思想地図βvol.4-2』も7月下旬には発売予定だという。楽しみに待ちたいと思う。

*1:


チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド 思想地図β vol.4-1

作者: 東浩紀,津田大介,開沼博,速水健朗,井出明,新津保建秀
出版社/メーカー: ゲンロン
発売日: 2013/07/04
メディア: 単行本(ソフトカバー)
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コメント
 
01. 2013年7月27日 14:51:45 : X8K3Jt2Lhg
福島ではいまだに事故を修復し終えてないばかりか、排出される放射能の量が増えてるんですよ?

02. 2013年8月01日 17:00:41 : 3nTXkp9TvA
>>01さんに同意

まだまだこんな構想を立てるのは早過ぎる。

せめて50年か100年は待て、
本当に「水に流されたり」「無かった事」かのごとく軽く扱われ、
危険性を訴える人間の方がいつまでも化石のような
古い考えを持つ者として奇異な目で見られそうで怖い。


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