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酒は意味がまったくないのがいいのである。 (おっさんひとり飯)
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投稿者 五月晴郎 日時 2014 年 2 月 27 日 01:34:22: ulZUCBWYQe7Lk
 

http://ossanhitorimeshi.net/?p=5428


昨日はとろろ昆布のうどんで昼酒をし、生節と豆腐の煮物で晩酌をした。


酒は意味がまったくないのがいいのである。

昼酒の満足感といったら、実際のところ夜に飲む酒の6倍はいくだろうと思えるほどで、つくづく気分がいい。


明るい昼間、ぼんやりと酒を飲むのはこれ以上ない幸せである。

おなじ一杯でも昼のほうが満足感が高いのだから、だったら昼に飲んだほうがいいだろう。

夜の酒も飲みすぎず、サックリ寝られるようになるし、昼酒はいいことずくめだ。


昨日のアテはとろろ昆布のうどん。


あっという間に出来てうまい。

どんぶりにとろろ昆布とうすくち醤油、みりんをいれておき、ゆでて戻した冷凍うどんをお湯ごと注いでよくまぜる。

卵を割りおとし、かつお節と青ねぎをふって、一味をかける。


昨日は昼寝から覚めたら、引越し準備を少しした。

引越しは明日に予定しているから、あまりゆっくりしていられない。

サイズが変わって着られなくなった服や、もう読まない本など大量に捨てた。

捨てたもののほうが、運ぶものより多いくらいだと思う。


あとは食器と調理器具を梱包し、大掃除するだけのところまでやって、やればまだ、やることはいくらでもあるけれど、7時になったから酒を飲むことにした。

まずは焼酎のお湯わりを、ダラダラと2杯くらい飲むのだが、この時間も気分がいい。

早く風呂に入り、食事の支度をすればいいのに、しないのである。

ぼうっとして、まったく何もせず、考えずに時が流れる。


さて晩酌は、生節を豆腐と炊くことにした。


さっぱりとした生節は、春の味なのである。

長くつづいた厳しい寒さもようやく緩み、春がはじまり出している。

春は春で、食べるものが色々あるのが嬉しいところだ。


生節はすでに火が通されていて、ショウガ醤油でそのまま食べたり、ツナのようにサラダにいれたりしてもいい。

だから炊く場合には「煮すぎない」のが大事になる。

鍋にだし昆布を敷き、生節と、生節とおなじくらいの高さに切った焼き豆腐をならべたら、生節と豆腐がちょうどかぶるくらいの水を入れる。


中火にかけ、煮立ったら弱火にし、2〜3分、かつおの香りがぷんとしてくるまで煮る。

そうしたら、いれた水が2カップなら、酒と砂糖、みりんをそれぞれ大さじ3いれ、さらに2〜3分、酒の匂いがしなくなるまで煮る。


最後に醤油大さじ3をいれ、ひと煮立ちさせて火を止める。

フタをして、30分ほど煮汁にひたしておくあいだに味がしみ込むことになる。

食べる前にあたため直し、最後に水菜をサッと煮て添える。

ほっくりとした生節と、味がしみた豆腐はしみじみとした酒の肴だ。


水菜のシャキシャキも、また嬉しい。


昨日はさらに春のものを用意した。


新子(シンコ)。

「新子」は東日本ではコハダの子供をさすと思うが、こちらではイカナゴの子供である。

おなじものが、東日本では「コウナゴ」と呼ばれるらしい。


ショウガに味ポン酢で食べる。

こんなに小さな体なのに、しらすとはまったく違い、驚くほど濃厚なうまみがある。


あとは水菜の吸物。


吸物だしで油あげとしめじ、水菜をサッと煮る。


長芋千切り。


わさび醤油。

すぐき。


酒はぬる燗。


これを飲みながら、

「酒は意味がまったくないところがいい」

と思ったのである。


酒を飲むにはそれなりに金がかかるが、その対価として、これほど何も残らないものは世の中に珍しいのではないだろうか。

ぼくもこれまで、酒には千万単位の授業料を払っているが、もちろんのことすべて泡と消えている。

酒は飲まなくても生きていけるものだから、「趣味」の一つと捉えることができるだろう。

趣味はどんなものであっても、内的であれ外的であれ、お金に見合った「成果」を問うことになると思う。


酒を飲んでも、たとえば酒の種類に詳しくなり、利酒大会に出るなどする人もいるだろうが、それは酒の飲み方としては、どちらかといえば特殊だろう。

「カラオケ」が上手くなるなどということもあると思うが、それは酒に付随するものであり、酒の楽しみそのものではない。

趣味をとおしての人間関係はどんな趣味でも得られるだろうし、あえていえば「きれいな飲み方」が出来るようにはなるが、それはほとんど自己満足の世界だ。

「酒をとおして得られるもの」は、ほとんど思い付かないのである。


にも関わらず、人類がこれだけ長いあいだ酒を飲みつづけ、今でも膨大な数の人が、莫大なお金を使いながら酒を飲むのは、しかしこの「無意味さ」こそが貴重だからではないだろうか。


大なり小なり生産活動をしなければならない人間にとって、ここまで意味のないことができるのは、酒を飲むときくらいである。

すべてに意味がつけられている世界で、無意味な行いをするのは「快感」である。

結局のところ、酒を飲む楽しみとはそこにあるのではないかという気が、ぼくはする。


*


(投稿者)
Sarah Vaughan - Quiet Nights of Quiet Stars (Corcovado) 1964

 

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コメント
 
01. マカネ 2014年2月27日 23:01:48 : 3cXQMtBfx0FjI : fJEnU1uisc
酒を呑むことに意味が無いことが良い。全く同感。

しかしながら、カツオを煮て食すということを全くご存じない方も
私の周りに存在することは、いささか驚きであるが実際は結構な数の人がいる。

しかもカツオほど、スーパーと釣ってきた代物との歴然とした違いのでる
魚も珍しい。その差を埋めるために生節なる代物が生まれたのかもしれぬ。

小女子の釜揚げは春の訪れを告げ、ついつい酒がすすんでしまう。
小女子、イカナゴの呼称、数々あれど東西せめぎあう地域では
これも混在している。

しかしながら、貴方は水菜のシャキシャキ感とここで記しているが
昨今の水菜にそんな食感はあるのだろうか。

我が家の料理人に、水菜と油揚げ、豆腐の煮付けを注文し
出来上がった完成品は、とてもとてもシャキシャキ感とは程遠い代物である。

なにこれと料理人に質問すれば、今、スーパーで売っている水菜はサラダ用と
なっているらしい。水菜を生で食すのか。まったく不思議な感覚である。
せめて塩漬けにして、醤油をちょいとつけて酒のアテにあのシャキシャキ感を
味わいたいもいのだが、これも無理な話か。
なにせ、スーパーではサラダ用の水菜しか売っていない。

ぼやいていても一日は過ぎるが、私も貴方のように昼酒とやらをやってみたいが
当面は無理か。貴方が羨ましい。

一月もすれば、今度はホタルで一杯か。また酒がすすむ。


02. 2014年3月01日 10:18:45 : QUVGBiiaQc
五月晴朗さんファンであるがゆえの、しつこい鈍感教の布教w

酒に意味はあるさ。
鈍感で在るべき時に鈍感であることの良さを、教えてくれる。
転んでもそんなに痛くない


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