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一方的な真理を愛さないものとして
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投稿者 金十字架 日時 2014 年 6 月 17 日 16:53:14: mfAWtS4GF8MpY
 

この世界には、一つの物事から必ず両面のことがうまれます

「正しい在り方と誤った在り方のことか」と言えばそうではありません
成功といえるもの、そして失敗のことです

しかし、どちらからも必ず学ぶものが在ります

互いに批判を繰り返していれば、
どちらも互いから悪しき部分としての利点だけを抽出し、
模倣して行くと云う事を私は知っています

ですから、ひとつの宗教批判も、対立する側の宗教批判も私はしません

ですが、どちらからも、その両面としての足跡は汲み取れます
そしてその事実だけを私は視て行きたいと思っています

あなた方が、儀式的な死を迎えて、物理的肉体からその意識が離れたとき、
そこであなた方が信仰していたものがそこに姿を見せ、
あなたを助けてくれる場合も在りますが、
そうでない場合、つまりあなたがそこに苦しめられる場合も在ります

あなたにとっての罪悪感はそのまま自然と消え失せる事は在りません

あなたが信仰している教えが、あなたにとって試練を与えるものであったならば、
あなたはそれを死後も通じて、自ら自分に試練を課す必要性を求めるのです

生きたい所に自由に行けないと云う想いがそこに具現化します
そしてあなたが何かに気付いた時に、やっとそこから解放されるのです

救いを求める事があなた方に苦を授けるものになる、
と云う事が皮肉にも、その信仰過程を通じて理解されるのです

それはそもそも生きている間に気付く事が出来るものです

ですから、信仰とは他者に対しても同じ事を学ばさせて、
同じ事をさせる事が正しい、と云う事にはなりません

単にお題目をもくもくと唱え日々を消化したとしても、
水行を日課として日々のストレスを昇華したとしても
その背景に在るものを理解しない限りそれらは何の意味も持ちません

せいぜい自己更新記録でもつくって嫌気がさす迄の間そこに満足するだけです

勿論それが続いている間はそれなりの自信を持つ事でしょうが、
今度はそこから離れる自由に怖れを抱き、自らそこに縛られて行くのです

あなた方の生み出した概念に従って作られたすべての物事は、
あなた方自身で幾らでも解釈を変える事が出来ます

つまり元から、そこに正しいも誤りも無いのです

何かに気付く迄、そこに、暫定的なあなたの求める在り方が在るだけです

ただ言える事は、人の美しい心とは、
宗教から学びえる以前に在るものだと云う事です

次の事を考えてみて下さい

あなた方がペットを虐待するのが人として間違っていると云えば、
その人の中には苛立や人に対する憎しみや怒りが込み上げてきます

何故そこにそれら感情がこみ上げて来るのか、
どうした考えが骨組みとしてあって、それらが働いて、
自分の中にそうした感情が生まれるのか気付いていますか

もう一方では、人が今尚、生きる為に食べるものに困らなくなっても、
その嗜好から、捕鯨や、家畜を食用の為にすることを辞めません

誰かが昔からの決まりだと言えば、そこへは何の感情も挟みません
何故でしょうか?
どうした考えがあなた方の中にあるのだとお考えでしょうか?

あなた方は自らの主張の正しさ、そしてその正当性を外側に求めて、
常に一方の考え方を他者に迫って理解を求めたり
また、自身が他者の考えを装うなどして、意見を統一しようとすることがあります

そしてもしそこに同意が得られないと、憤慨したり、差別意識をもったりします

こうした事を誰にも納得する様に説明出来るのが宗教である筈ですが、
誰か説明出来る方はここに居られますか?

それぞれの宗教は戒律もまちまちで、統一することは無理の様です

もし上記の考えとは正反対で、ペットを虐待する事に何の罪悪感も持たず、
捕鯨することや、食肉として生き物を育む事に猛反対するものが居たとしても、
それもまた同様に人から生まれた考え方である以上、ひとつの正解ではないです

しかしそれはそう心から思うのであれば、それはその人間に齎すものは大きい
それを実践したいものが実践すればよろしいのです

ただし、そう云うものだから守らなくてはならないと云うものではないのです

あなた方は変化を怖れても居ます
そして守るものに依って守られる事の必要性を感じています

どちらも矛盾した生命としての葛藤がそこに描かれています

あなた方が死して肉体を離れても、
其処にあるあなたの在り方になんら変化は在りません

事故や事件といった大きなイベントががあなたを変えるというのは本当です

ですが、それは、あなたが自身の在り方から目を背け、
そこから気付くべき事を十分に見つけ出そうとしていなかった、
そうしたあなた自身に気付くからなのです

あなた方の信仰はいまや空虚なものでしかありません

つまりあなた方の社会全体が押し付けがましい巨大な宗教そのものだからです

思考自体が生命であるのです

生まれたひとつの考えは多数の人々を通じて自己を培養する働きを持つのです
 

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