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ボアテング、国連のイベントで人種差別根絶を訴える  AFP
http://www.asyura2.com/12/kokusai7/msg/358.html
投稿者 ダイナモ 日時 2013 年 3 月 22 日 18:42:25: mY9T/8MdR98ug
 

【3月22日 AFP】ファンからの差別的発言に抗議して試合中にピッチから立ち去り称賛された、イタリア・セリエAのACミラン(AC Milan)に所属するケヴィン・プリンス・ボアテング(Kevin Prince Boateng)が21日、伝染病に例えて、試合を台無しにするスポーツ界での差別根絶を訴えた。

 ガーナ国籍で26歳のボアテングは、スイス・ジュネーブ(Geneva)で行われた国連(UN)の反差別会議で、ファンからの執拗な差別的発言を無視しようと試みたが、解決のための唯一の道は正面から戦うことだと気づいたと発言した。

「差別が消滅することはありません。我々が立ち向かわなければ拡大する一方です。差別の大きな問題はワクチンのような特効薬が無いことです。抗生物質もありません。それはまるで、私たちの無関心と無為によって活性化する、とてつもなく危険で感染力の強いウィルスのようなものです」

 ドイツ・ベルリン(Berlin)でドイツ人の母とガーナ人の父の間に生まれたボアテングは今年1月、イタリア4部のプロ・パトリア(Pro Patria)との親善試合の前半途中にファンの発した差別的発言に怒りピッチを立ち去り、世界中の新聞の見出しを飾った。チームメイトは彼の行動を理解し、その後に続いた。

 ボアテングは21日の発表で、今まで一度も抵抗を試みたことはなく、キックオフからずっと止むことの無い侮辱に接した後は怒りに震えていたと語り、自身の行動が象徴化されたことに感謝の念を示した。

「私たちのように常に公衆の目にさらされている立場の者は、そうではない人たちよりも責任が重いと思います。無頓着でいたり、言いなりになるわけにはいかないんです」

 ボアテングの抗議行動の後、リーグ側は規則では主審の同意なくピッチを後にするは許されないものの、肌の色に関する罵りを受けた選手に対して制裁を下すことはないと発表した。

 ドイツの各年代のユース代表を経験し、2010年W杯ではガーナ代表として招集されるまでに至ったボアテングは、差別への立ち向かい方を病気との戦いに例えた。

「ガーナ代表としてプレーしたとき、マラリアとどのように闘うのかを学びました。単純にワクチンを接種している人が少ないのです。そして、沼地を乾燥させてマラリアの感染源となる蚊を発生させないことも必要です。マラリアと差別はたくさんの共通点を持っていると思います」

「スタジアムは様々な民族的背景の人々が集まってひいきのチームを一緒に応援する場所にもなりえますし、健康な人々が差別という病気に感染してしまう危険な沼地にもなりうるのです」

「私たちは目の前で差別が拡大していくことを許すことは出来ません。スタジアムや、他の多くの場所には若い人たちが溢れています。もしも私たちが沼地を乾かさなければ、今はまだ健康な人たちでも、現代の最も危険なウィルスの一つに感染してしまうでしょう」


http://www.afpbb.com/article/sports/soccer/soccer-others/2935123/10476738  

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コメント
 
01. 2013年3月25日 11:25:37 : GnRfb4ci8o
【第3回】 2013年3月25日 開沼 博,初沢亜利
なぜ、北朝鮮や被災地の日常を切り捨てるのか?
日本の報道から抜け落ちた彼らの素顔に迫る
【写真家・初沢亜利×社会学者・開沼博】
原発立地地域をはじめ、売春島、偽装結婚、ホームレスギャル、シェアハウスと貧困ビジネスといった、好奇の眼差しにさらされる、あるいは、「見て見ぬふり」をされている存在に迫り続ける社会学者・開沼博。同じく、イラク戦争、北朝鮮、被災地のように、決まりきったストーリーでしか語られない事象の真実を切り取る写真家・初沢亜利。
日本の報道に働く意図とは何か?初沢氏との対談最終回では、北朝鮮や震災報道から抜け落ちたものの核心へと話は深まる。

批判的なメッセージを伝えるつもりはない

開沼 写真集には地方の写真がありますよね。北朝鮮で「地方」といったら、そこにいる「飢餓に苦しむ人々」が描かれがちだったのかもしれません。でも、亜利さんが描くのは少し違った。


『隣人。38度線の北』(徳間書店)より
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初沢 2012年の8月、中朝国境から東海岸まで2週間かけて撮影をしました。どんな状況にカメラを向けるにしても、案内人の目は気になります。撮っても大丈夫そうな建物にレンズを向けるふりをして、トラックの荷台に乗っている人をパッと撮影したり。数日は様子を見ながら、徐々に大胆になっていったかな。「撮っていいですよ」とは言いませんが、僕が牛舎や行商のおばちゃん、浮浪児などを撮っていることを案内人は薄々気づいているんです。数日に一度、夕食後に焼酎を飲みながらパソコンで彼らに写真を見せました。隠したがっていると思われるよりも、情報を開示していったほうがいい、と判断したからです。


『隣人。38度線の北』(徳間書店)より
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 彼らにすれば、トラックの荷台に大勢の人が乗っている様子も、そこかしこにしゃがみ込んでいる貧しい身なりの群衆も、当たり前の日常風景なんです。「個人的には撮らせてもいいと思うが、国としてはそうはいかない」と彼らも随分迷っていました。本当は、「何を撮ってはいけないか」より「それがどう日本に伝わるか」のほうが彼らにとっては重要な問題なんです。彼らが最も危惧しているのは、貧しい生活の絵に体制批判的なキャプションが加わることです。『隣人。』にはキャプションが一切ついていません。写真をどう見るかは読者に委ねられています。

開沼 機関銃を持った軍人の写真もあります。


初沢亜利(はつざわ・あり)
1973年フランス・パリ生まれ。上智大学文学部社会学科卒。第13期写真ワークショップ・コルプス修了。イイノ広尾スタジオを経て写真家としての活動を開始する。
写真集・書籍に『隣人。38度線の北』(徳間書店)、イラク戦争の開戦前・戦中のバグダッドを撮影した『Baghdad2003』(碧天舎)、衆議院議員・福田衣里子氏の選挙戦から当選までを追った同氏との共著『覚悟。』(徳間書店)、東日本大震災の発生翌日から被災地に滞在し撮影した『True Feelings』(三栄書房)。
初沢 「軍人は絶対に撮らないでくれ」とかなり厳しく言われました。しかし、街中のどこを見渡しても軍人がまぎれているんですよ。旅の途中からは、「たまたま軍人が写ってしまった、というなら大丈夫です」と案内人の言葉も軟化してきました。「平壌だけの写真集であれば日本人は納得しないでしょうね。プロパガンダだと批判されるのでしょう。ただ、初沢さんの発表の仕方次第では、逆に我々のクビが飛ぶことになります。次回訪朝された時に我々はいないかもしれません」と深刻な顔をして言われました。平壌の空港で見送られる時まで、彼らの表情は不安に満ちていました。「クビ」というのが単に職を失うことなのか、それ以上のことなのかはわかりませんが、信頼してくれた人たちへの責任感を持って最終的に形にしていかなければ、と思いましたね。

 北朝鮮の写真集は実はこれまでに何冊も出ているんです。僕自身も調べて取り寄せるまではその存在を全く知りませんでしたが。はじめて見た時はかなり驚きましたよ。テレビや新聞とまったく同じ方向性で作られていたので。もちろん、批判的でなければ出版ができなかったのかもしれませんが、フリーランスのフォトジャーナリストが、大手メディアと100%同じ論調というのは気持ちが悪い。フリーであるからこそ、自分の感覚に忠実に伝えるべきではないでしょうか。「北朝鮮はこういう国」という前提で撮影していることがよくわかる写真集ばかりでした。 被災地に行こうが北朝鮮に行こうが、目の前に広がっているのは日常以外の何ものでもないんです。

開沼 そうですね、どんなところにも日常生活があります。もしそこに「描かれている人々」が下世話に見えたとしても、「描かれている人々」が本当に下世話だとは限らない。多くの場合、「下世話なものを見たい」という見る側の欲望が「描かれている人々」に投影されているにすぎません。その欺瞞に自覚的になることは『漂白される社会』(ダイヤモンド社)でも重要なポイントでした。亜利さんを見た現地の人の反応はどうでしたか?

初沢 「日本から来たのか」と顔をしかめるのは、かなり年配の方ですね。植民地時代を経験している人には「何だ、お前」という強烈な視線を向けてくる人もいました。同時に、案内人に対しても「なんでこんな国のカメラマンを連れて来たんだ」と。案内人たちの仕事はそういう意味でも肩身が狭いんだと思います。

開沼 一方で、若い人もいるわけですよね。彼らは日本に対してどういうイメージを持ってるんですか?


初沢 現実的には、どの街にも日本からの帰国者がいます。万景峰(マンギョンボン)号に乗せて、文房具から洋服、冷蔵庫に至るまで様々な物資を日本の家族が運んできます。彼らは現地の人たちが身に付けられないようなものを着ているので、「日本はすごく発展していてお金がある」という一種の憧れがあるようです。

開沼 「憧れていても実際にそこに行くことができない」という感覚は、現代の日本にいると経験できませんよね。そこは想像してもしきれない。

初沢 何しろ、街と街の移動すら簡単にできない。平壌にもよっぽどのことがないと入れませんよ。「行けたらいいな」「行ってみたいな」という気持ちがあるのかないのか。他の国の人はこんなに来ているのに、なんで自分たちは国の外に出られないのかなという気持ちは多少あるのかな。口にはしませんけどね。

開沼 平壌にも行けないんですか?大学進学や仕事でなら行けるけど、基本的には行くことはできない?

初沢 親戚を訪ねるとか、葬式があれば行けるんでしょうけど。僕たちが移動する時も、案内人が、関所のようなところで「彼らは日本の代表団です」と言っているのを聞きました。

日本の報道から抜け落ちた北朝鮮の姿を伝えたい

開沼 街の移動をさせないのは、何らかの理由があるんでしょうね。例えば、余計な情報に触れさせたくない、秩序が乱れるとか。平壌の街並みはきれいだと聞きます。

初沢 きれいですよ。ゴミ1つ落ちていません。北朝鮮は明確な階級社会です。労働党の党員などはある程度自由に行き来もできますが、自分の街で生涯過ごす人も多いみたいです。平壌は「北朝鮮のショーウィンドウ」と言われますが、いまだに停電は多いですね。こちらもあまり大げさに驚かないように務めますが、外国人が食事をするようなレストランでも頻繁に停電します。それでも、90年代後半に北朝鮮に行った人たちの話と比較すると、ずいぶん電力事情は良くなっているみたいです。あと、ここ10年で大きく変わったのは中国製品が一気に流入してきたことでしょう。デパートにはテレビやベッド、炊飯器などの中国製品が溢れています。


開沼 博(かいぬま・ひろし)
社会学者、福島大学うつくしまふくしま未来支援センター特任研究員。1984年、福島県いわき市生まれ。東京大学文学部卒。同大学院学際情報学府修士課程修了。現在、同博士課程在籍。専攻は社会学。学術誌のほか、「文藝春秋」「AERA」などの媒体にルポルタージュ・評論・書評などを執筆。読売新聞読書委員(2013年〜)。
主な著書に、『漂白される社会』(ダイヤモンド社)、『フクシマの正義「日本の変わらなさ」との闘い』(幻冬舎)、『「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか』(青土社)など。
第65回毎日出版文化賞人文・社会部門、第32回エネルギーフォーラム賞特別賞。
開沼 中国の景気が良くなったから、中国が経済をコントローするために流している側面もあると。

初沢 北朝鮮は軍事的には独立していますが、経済的には事実上の中国による植民地化が進んでいます。そのため、一方ではアメリカや日本などとの関係を改善してバランスをとろうとしている。核開発によって交渉のテーブルにつかせようというのは、かなり荒っぽい手法だとは思いますが。

開沼 中国が北朝鮮を植民地化しないのはなぜですか?

初沢 事実上植民地化された状況になっています。北朝鮮はあまりよろしくないと思っているので、とにかくアメリカとの平和協定を結びたいという意思をアメリカに投げかけています。

開沼 写真に写った平壌の街並みを見ると、いくつかのビルには金日成の肖像が掲げられてるんですね。これは自主的なのか、それとも義務ですか?

初沢 学校や家庭には金日成主席と金正日総書記の写真があります。強制的に掲げているというよりも、生活と一体化してるのではないでしょうか。すべての国民が金王朝を心底支持しているとは思えませんが、「恐怖政治に怯えて仕方なく支持している」ということでもない。国民心理としては戦前の日本に近いと思います。

開沼 それで国内全体を統治しているわけですね。とはいえ、都会と田舎では北朝鮮への印象に違いはありませんでしたか?


『隣人。38度線の北』(徳間書店)より
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初沢 写真集をめくってみても、平壌編から地方編に入ると一気に色調が変わります。土埃が舞っているような。でも、考えてみれば中国やタイ、フィリピンの農村部とそう変わるものではないでしょう。極端に痩せている子供や身長のわりに頭部の大きな大人を見かけることはありました。90年代後半に食料がない環境で育ったのでしょう。地方に行けば一定の現実は見えてしまいますが、それらをすべて隠し切っているかと言えばそうでもないんですよ。

 北朝鮮が良い国であるというつもりはことさらありませんけど、悪い国であると言うつもりもありません。しかし、日本の報道が偏りすぎていた部分に対して、抜け落ちている北朝鮮の姿を伝えようと思ってバランスをとる必要があるかなとは思いました。これだけ北朝鮮の有事報道が増えてくると、この写真集はどう理解されるかなぁ。

肩身の狭い思いをする案内人

開沼 本を刊行すると多かれ少なかれリアクションがありますよね。写真集の反響はどうでした?

初沢 新聞や雑誌のインタビューは20件以上受けました。「伝える意義のある写真集だ」と思っていただいたからだと思います。あとは在日の人たちがずいぶんと喜んでくれています。会ったことのない人、地方の朝鮮学校の先生からもFacebookにメッセージ付きの友達申請がかなりの数ありました。「兄弟2人が帰国したが、万景峰号の入国が禁止されてからは行けていない。久しぶりに朝鮮の姿を見て涙が流れました」という切実なメッセージが付いていたり。あくまで日本人に向けた写真集ではありますが、在日の方からの反響はとても勇気づけられます。

開沼 そういった方々は、日本と北朝鮮を行ったり来たりするように、北朝鮮との関係が近い方が多いんですか?


『隣人。38度線の北』(徳間書店)より
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初沢 2006年以降、万景峰号の行き来ができなくなりました。飛行機ではまずものが運べません。あと、万景峰号はとても安かったみたいですね。金銭的にも割高になるので、以前のようには行き来していない方が多いと聞いています。

開沼 万景峰号はどこから出航するんでしたっけ?

初沢 新潟から元山(ウォンサン)港です。

開沼 写真集の1枚目は万景峰号ですよね?

初沢 そうです。夜9時くらいに星空を写し込みながら撮ったのですが、案内人とはかなり激しいトラブルになりました。「見回りをしている公安に呼び止められたらただじゃ済まない」と本気で怯えていましたね。

開沼 それは万景峰号が有名で、ただの船にはない政治的なメッセージが絡むからということですかね?

初沢 実際、その辺のことはよくわかりません。本当に公安が周囲にいるのかも、声をかけられて拘束されるのかも。あるいは大したことはないのかもしれない。ただ、案内人の青ざめた顔を見ていると「ただ事ではないな」という気はしましたが。

 街中の人ごみでカメラを向けて撮ると、地元の人たちはまずビックリします。ぱっと見た瞬間に僕が日本人だとわかります。そこに韓国の人はいないわけですから。まずは僕に対して厳しい目があり、次に案内人を見て、その次に車のナンバーをチェックしたりしていました。

開沼 それは、例えば相手が現地のホワイトカラーの時も、地方の貧しい人の時も同じ反応でしたか?

初沢 ホワイトカラーの人も同じですね。それから、軍人がとにかく街にまぎれてたくさんいるので、「何を撮らせてんの?」という話もありました。案内人はものすごく肩身が狭いですね。

「がんばろう!日本」震災ナショナリズムへの違和感

開沼 被災地の写真は2012年に出版されました。短期間で北朝鮮の写真集も出版されていますよね。

初沢 行ったり来たりでした。気仙沼から東京に戻り、翌日の飛行機で経由地の北京に向かうという感じです。当初、2つのテーマはまったくの別物として取り組んでいました。東京から見れば、どちらも「極限」として認識されている場所ですが、両者に共通項があるとは考えていませんでした。 震災数日後、避難所のラジオで初めて「がんばろう!日本」という言葉を耳にして、「あれ?」と思いましたね。なんでナショナリズムになっちゃったんだろう、と。

 地域の問題が国家の問題に取って代わられた瞬間から、被災事実も復興物語もすべて中央の論理で動き始めていったように思います。原発事故は別としても、今回の震災はやはり1つひとつの地域、それぞれの町や村の問題なんですよ。 2、3ヵ月経って物資は足りているにもかかわらず、全国から届く支援物資が体育館に山のように積み上げられていきました。あまりの量に引き取り手がいないんですよ。暴力的なものを感じました、恩や同情という暴力を。「いったい誰のための“震災ナショナリズム”だったんだろう?」と今でも腑に落ちないですね。

 被災地の復興と日本経済の再生をリンクさせて、日本復活の高揚感を煽ったのは誰の仕業なのか?それはメディアとも言えるし、手前勝手な復興物語を押し付けながら、結局は国民が実態のない団結感に酔いしれていったとも言えます。被災地が見る側の都合で消費されていくなかで、誤解を恐れずに言えば、震災は「国民的エンターテイメント」と化してしまいました。「震災復興チャリティーワイン会」や同窓会の類いが連日催されて、バカ騒ぎをしてましたよね。東京、あるいは中央の論理の中で、客体としての被災地が消費されていく構造を肌身で感じることになりました。ただ、ずっと被災地を回っていると、やはりそれぞれの地域の問題にしか見えないんですよ、どう考えても。

開沼 その通りだと思います。亜利さんの写真を表紙に使わせていただいた『フクシマの正義』(幻冬舎)では、ひたすらそのことを問い続けました。震災から早々に東京の論理で「フクシマ」という記号を弄び、自らの恣意的な“正義”を振り回すゲームが始まった。それを止めることはできなかったけど、冷静に省みる態度は必要です。

初沢 一方で、被災者自身もあまりに取材をされすぎていて、「自分で自分の街をなんとかしないといけない」という気持ちが段々と薄れ、舞台の中心でスポットライトを浴びているような感覚に陥っていきました。震災の半年後くらいから、徐々に“被災者アイデンティティ”が過剰に増幅していくことに対してイライラし始めたんです。 中央の視点を彼らが内面化して、自分たちを「被災者」と呼び特権化し始めることに強い違和感を覚えていました。


開沼 支配する眼差しを内面化するところはありますよね。それが北朝鮮に向いた場合、どういった構造になっているんでしょう。圧倒的に支配しようとする一方的な眼差しがあり、でも実際に現地に行ってみると、当然そこからズレるリアリティがある。こちらの影響力などないわけですよね?日本のメディアの報じ方が彼らに影響力を持つことはないので、内面化どころではない。

初沢 その通りだと思います。「震災」によって一層浮き彫りになった中央と地方の問題は、日本と北朝鮮では語れないですよね。支配と非支配という文脈での共通項はありますが、基本的にはまったく別なこととして取り組んだつもりです。国家間の敵対心ほどメディアとして煽りやすいものはありません。対話を促す論調は、激情型のナショナリズムの前ではかき消されてしまいます。

 北朝鮮写真集の取り組みは、多様性を担保する抗い、というよりはもっとシンプルなメッセージです。他者不在の外交交渉、右傾化する国民心理への警鐘、というような。北朝鮮と関わっていくなかで、西洋型の資本主義・民主主義がどの程度日本に馴染んでいるのか馴染んでいないのかということを考えざるを得ない状況にありました。そして、彼らの独裁・社会主義国家を眺めた時に、「彼らが何をもってそこに棲息しているんだろう」あるいは「彼らから見て日本という国がどう映っているのかな」と興味があったんです。

「なぜ3万人も自殺するのか?」日本への素朴な疑問

開沼 結局、実際に行ってみてもっとも率直にどんなことを感じましたか?

初沢 もっともっと資本主義・民主主義に対して憧れているだろうと行く前には思っていました。言論の自由もないところから解放されたくて、その時を待っていると。ところが案外そうでもない、というのが実感です。この点に関しては「そんなはずはない」と反論は免れないでしょうが……。55年体制が崩壊した後、「二大政党制が本当に日本に根付くのか」といった民主主義の問題や、「長引く不況を経て日本人の幸福度がどのような変化を辿ってきたか」という資本主義の問題を平壌のエリートは冷静に見ているように感じました。


『隣人。38度線の北』(徳間書店)より
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 しかし、そんな優秀な彼らにもどうしてもわからないことがあるようです。「日本人は買いたい物は何でも買えるし、言いたいことも言える。なのに、なぜ1年で3万人も自殺しちゃうんですか?」と現地の外務省の人にも旅行社の人にも訊かれました。これは彼らにとって本当に理解できない疑問なんだそうです。 「我々世代がこういう状況にあって、それ故にこういう人たちがこういうふうに自殺をしていくんだよ」と部分的に説明はできても、彼らが「そういうことなんだ」と納得できるほどまで僕には説明することができませんでした。

開沼 なるほど。

初沢 資本主義・民主主義の功罪を見極めつつ、自分たちのシステムが絶対的に、未来永劫ダメな政治体制なのかを冷静に考えている人たちがあの国にはかなりいるのではないか、と感じました。

開沼 当然、北朝鮮で生きる自分たち自身の社会を相対化もしている。逆に、日本に生きていると北朝鮮を絶対的にダメだと思ってしまうし、その半面で自分たちの社会を絶対的に“マシ”だと思ってしまっているのかもしれません。でも、なぜ北朝鮮より“マシ”なはずの日本で3万人を越える自殺者や、ワケのわからない不幸が起こっているのかということですよね。そこは日本に生きる人が向き合いきれていないことでしょう。

初沢 そういえば、つい先日沖縄に行ったんですよ。右翼の方20人に紛れて戦没者の遺骨の収集をしてきました。夜みなさんと食事をしたのですが、さすがに20人もいると考え方も多様で段々と議論になっていきます。途中で、「北朝鮮についてはどう思われますか?」とおもむろに写真集を見せたら、案外みんな興味深そうにページをめくってくれました。「拉致問題は許せないけど、人権問題を考えると援助したほうがいいだろう」と言う人が多かったのには驚きましたね。もちろん全員ではないですが。

 その中の1人は、「日本の援助によって北が経済的に持ち直して南北統一が実現することで、南との争点になっている従軍慰安婦や竹島問題に北朝鮮が加勢することなるのであれば、北朝鮮への援助は躊躇せざるを得ない。ただ、現状の北朝鮮そのものは、我々からすると理解できる部分もあるんだ」と。彼らの怒りの矛先は、現状では北朝鮮よりも韓国に向いていることを改めて知りました。

単一的なメッセージで描かれる被災地と北朝鮮

初沢 すでにお話しましたが(第1回参照)、私が「私」であり続けること、つまり「我々」にならないことは大事だと思います。「我々」とは、被災地における「東京人」だったり、北朝鮮における「日本人」であったりと恣意的に母体を形成し得るわけですが、私は「私」でしかありません。もちろん、責任の所在も「私」です。

 そうすると、「我々」にとって都合の悪い、切り捨てられていく現実の中にも、興味深い要素が無数にこぼれ落ちていることに気がつきます。その要素を1つひとつ拾い集めていくことで、どのように全体を描くことができるか。当然、対象を一面的に切り取っていくことはできなくなります。その点では開沼さんと一致する見解だと思います。

 ただ、僕の場合は非言語的な拾い集め方になるので、向き合ううえでの視座のようなものがどこか曖昧なんですよ。撮った写真を見て「世界はこれでいい」と安心感を覚える作品を増やしていければいいかな、と。

開沼 視点を固定化する、「私」がどこに立ち位置をとっているかを明確にする。一見すると「偏った視点」で「偏った素材」しか集まらないように見えますが、実際は、視点を固定化するからこそ世界の多様性が見えてくることもあります。むしろ、立ち位置を曖昧にして「客観的な観察者」を装ってしまったほうが、「偏った素材」だけ集めてもそれを読者に気づかせることなく、隠蔽できてしまう。


『隣人。38度線の北』(徳間書店)より
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初沢 ただ、北朝鮮で「私」を保つのは案外楽ではなかったように思います。「日本人が北朝鮮にいる」という事実がこちらの脳を突き刺してくる。さらに、撮影そのものに圧倒的な制限がかけられているわけです。「世界はこれでいい」なんていう凝縮された絵を探し求める時間も、心の余裕もありません。

 被災地では、朝7時から夕方5時まで、街中を歩いたり港に行ったり、 1日500枚くらいの写真を撮ります。その中で選ばれるのは多くて1枚。世界の複合性をきちんと映し出しながら、技術的にも完成度の高いものを追求できます。北朝鮮では、滞在日数を考えると1日10枚は“オッケー”なカットを作らなければなりません。「日本人から見て共感できるポイントを探す」というように視点をある程度絞り込むことで、撮影をこなすことができました。

開沼 なるほど。前提条件が違うと作り方もだいぶ違うわけですね。

初沢 被災地も北朝鮮も同じスナップという手法をとってはいますが、撮り手の意識も本の構成も違います。北朝鮮の写真集は誰も撮れなかったものを見せているので、見る側はどうしても情報に目がいってしまう。写真が良いか悪いかを感じる人はほどんどいなくて、「こんな生活があるんだね」と写真の中に入ってしまいます。

 転がっているいろんなものをそのまま出してしまうと「何が言いたいんですか?」と言われることもあります。だけど、「いやいや、世界が多面的であることは大切で、実はそのまま受け止めることが唯一の平和的解決策です」と提案を続けるしかないんでしょうね。

開沼 この写真集1回でその提案を終わらせないことが重要ですよね。でも普通に考えたら、1回で終わってしまうとも思います。例えば、テレビで北朝鮮特集を行うときも、「軍国化を目指す政府」「貧困にあえぐ庶民」という単純化したフレームによる北朝鮮像をそう簡単には手放せないでしょう。

 多面的に取り上げる枠組みを社会に向けていくためには、もちろん、亜利さんのように写真を撮って公開する方法もあると思います。そこから後追いで、北朝鮮をこの枠組みで見ていこうという人が増えるためにはどうすればいいと思いますか?

初沢 まったく増えないでしょうね。う〜ん、諦めのため息しか出てこない……。開沼さんもそういうため息つくことはありませんか?

開沼 ありますね。『「フクシマ」論』(青土社)でも『漂白される社会』でもフレームを壊し続けていますが、増えないですから。

初沢 なかなか解決策というのは、ね。どうしても単一的なメッセージを発する人には適わないですよね。どうしたらいいのかなって。わかりやすく単一なメッセージに必ず戻っていくんでしょうね。なんだか希望がない話ですね(笑)。

公安調査庁から突然送られてきたメール

開沼 亜利さんはこのまま北朝鮮に関わるんですか?一度形にしてるので、かなり信頼関係ができていると思いますが。

初沢 次は別のことに取り組もうかなと考え始めています。具体的には沖縄ですかね。中央と地方の関係を考えた時に真っ先に出てくるのは沖縄ですから、一度はちゃんと向き合わなければと思っています。ただ、北朝鮮との関係が今後さらに緊張感を増すような事態になった場合には、もう少し北朝鮮問題をやり続けたほうがいいのかなという感じもしますよね。日本の外務省の人や国会議員、北朝鮮ウォッチャーと話をしても、誰もあの国には入れないので。

 たかだかいち写真家に何かができるわけでもないんですけど、どこかのポイントで単に写真を撮って伝える以外の役割を思いついたり、あるいはその役割を期待されたりとしたら、それはそれで買って出ようと思います。「写真集を出したのであとは関係ありません」ではもったいないかな、色々な意味で。とにかく、もう1回は行ってみたいですね。案内人に「この写真集どうですか?」と訊いてみたい。

開沼 最後に、写真集の「あとがき」に公安調査庁からの接触があったと書いてありますが、公安調査庁からその後の連絡はありませんでしたか?

初沢 むしろ、「あとがき」に公安調査庁の話を書いてしまったら、急に連絡がとれなくなってしまいました。

開沼 そうなんですか。

初沢 どうしてだろう?そんなに悪く書いたつもりはないんだけど。

開沼 彼らは当たり障りもない内容のメールをしてコンタクトをとってくるそうですね。携帯のメールアドレスから。

初沢 そうそう。ソフトバンクの携帯メールから僕のパソコンにメールがきて、「最近北朝鮮行かれましたよね?ぜひお話をうかがいたんです」って。しばらくは無視していたんですが、ちょっと話をしてみるかと会ってみました。そこから2、3年です。結局こちらは何の情報も提供しなかったんですけど、写真展やトークショーにも来てくれました。

「今日は公安調査庁の方も、総聯の方もいらっしゃってくれていますが」と前フリで触れると「誰だ?誰だ?」という状況になりましたよ(笑)。ところが、「あとがき」で書いちゃったからかな、初沢なんか相手しなくていいよってなったんでしょうね。寂しいですね、最近公安の人が来てくれないので。

開沼 総聯の人は写真集に対してどういう反応でしたか?

初沢 気に入られすぎて怖いくらいです(笑)。あと、いわゆる“ネット右翼”からもほとんど批判はきていませんね。肩透かしにあったような気分です。相手にされていないだけかもしれませんが。

開沼 北朝鮮に偏っているわけでないからですよね。写真からどんなメッセージを読み取るかは、読者の判断に任されている印象です。

初沢 任されています。北朝鮮の人が海で楽しそうに泳いでいる写真を見ることで、「自分たちがさんざん見ている報道とはなんでこんなに違うんだろう?」という疑問が頭をよぎり、「報道にはどんな意図が働いているのか?」「日本はこの国とどうしていきたいのか?」と次の段階に少しでも深めていってもらえたら嬉しですね。ささやかな導入としての役割が果たせれば、いち表現者としては十分なのかな、とも思っています。

※対談を記録した動画を下記↓よりご覧いただくことができます。
 


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