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再審を認めた裁判官は出世コースから外れてしまう
http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/279.html
投稿者 中川隆 日時 2012 年 5 月 26 日 08:02:32: 3bF/xW6Ehzs4I
 

(回答先: 名張ぶどう酒毒殺事件の真犯人は? 投稿者 中川隆 日時 2012 年 5 月 16 日 00:38:59)


   ┌○┐     
   │奥│
   │西│
   │再│
   │審 |∧,,∧
   │不 |`Д´#>
   │可│ ノノ
   └○┘(⌒)
      し⌒

名張毒ブドウ酒事件、再審請求認めず 名古屋高裁 2012年5月25日10時11分

三重県名張市で1961年、5人が死亡した名張毒ブドウ酒事件で、名古屋高裁(下山保男裁判長)は25日、奥西勝(まさる)死刑囚(86)の再審請求を棄却する決定をした。
弁護側は今回の決定を不服として、最高裁に特別抗告する方針。

奥西死刑囚は全国の確定死刑囚の中で2番目に高齢で、確定からの収監期間も42年8カ月間と2番目に長い。


389 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/25(金) 13:52:48.58 ID:???

最高裁が差し戻した場合は、結果的には被告人に有利になる結果になるケースが多いけど、
この事件に関しては、名古屋高裁はかなり抵抗するよなぁ


364 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/25(金) 10:06:48.47 ID:cJbt+fqX

しかし裁判所も検察も、なぜここまで死刑に固執してんのかね?
もう40年経ってんだからどうだっていいだろ
いい加減釈放してやれよ

365 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/25(金) 10:08:48.27 ID:ST9xCooU

争点は自白って言ってるけど、その自白が強要されたんじゃってなってるんでしょ

http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/archives/1318440442/

203 :名無しさん@12周年:2012/05/26(土) 07:40:55.55 ID:HBN3/Cg5P

去年かな?特番やってた
http://www.fujitv.co.jp/b_hp/fnsaward/15th/06-204.html

裁判所もムラ社会とかわらないんだな
再審を認めると出世コースから外れてしまうらしい

204 :名無しさん@12周年:2012/05/26(土) 07:43:01.47 ID:ymvfRSqZ0

これ、鑑定人がまだ生きてるからな。
最高裁クラスじゃないと、鑑定人に遠慮して元の判決を破棄するのは、
出世の道を閉ざす覚悟ないと無理だよ。

205 :名無しさん@12周年:2012/05/26(土) 07:45:13.18 ID:vNFfYOic0
>>203
今回の無茶な論理は特別抗告してねってことなのか?


206 :名無しさん@12周年:2012/05/26(土) 07:49:53.38 ID:AbsrKVWf0
>>204
それ、富山の事件だったか足利事件だったかの時にも言われたな。
とっくに冤罪だとわかってたのに関係者が全員退職するまで放置。

http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1337954853/l50


昭和36年、三重県名張市で起きた「名張毒ぶどう酒事件」。


 奥西勝死刑囚(80)は独房から無実を訴え続け、昨年4月、ついに再審開始決定を勝ち取った。事件から44年目のことだった。この間、奥西は何を思い、何を失ったのか。

 7月8日(土)放送の第15回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品『「重い扉」〜名張毒ぶどう酒事件の45年〜』(東海テレビ)<深夜3時10分〜4時05分>では、事件直後から東海テレビが追い続けた貴重な映像をもとに、死刑囚と家族の苦しみや支援者の思い、弁護団の努力、そして、なぜ裁判官と検察官(国家権力)が再審開始を拒むのか、その理由について考える。

【番組の狙い】

 「名張毒ぶどう酒事件」の奥西勝死刑囚に対し、名古屋高裁は去年4月、「再審開始」=「裁判のやり直し」の決定を出した。逮捕から実に44年後の決定。

 しかし3日後、検察は異議を申し立て、現在も再審裁判は行われていない。なぜ再審の扉は重く、そして長い時間がかかるのか。そこには、現在の司法制度の問題点が浮かび上がる。

 たとえば、裁判所に横たわるタテ社会。裁判所も所詮、ひとつの役所に過ぎず、最高裁判所で確定した有罪判決を、覆すことは極めてむずかしく、その判断をした裁判官は“コース”から外れる。

 また、現在の制度では検察は、不利な証拠を提出しなくてもいいことになっていて、検察に不利な証拠、つまり被告人の無罪につながる証拠を提出する義務はない。まるで、裁判官も検察官も“間違いはしない”との前提で、組織と制度が組み立てられているかのようだ。

 折りしも今、司法改革が叫ばれている。裁判員制度の導入もいいが、どこか本質を置き去りにしていないのか…。

 「名張毒ぶどう酒事件」の再審開始決定をきっかけに、司法の問題を考えた。

【番組内容】

 「再審」とは有罪の確定判決に対し、裁判のやり直しをすること。これまで死刑確定後に「再審」で無罪となった事件は4件ある。

 松山事件(逮捕から28年7ヵ月)、財田川事件(逮捕から33年11ヵ月)、免田事件(逮捕から34年6ヵ月)、島田事件(逮捕から34年8ヵ月)。

 そして、5件目となる可能性が高いのが「名張毒ぶどう酒事件」だ。

 昭和36年3月、三重県名張市の小さな村の懇親会で、農薬入りのぶどう酒を飲んだ女性17人が中毒症状を起こし、うち5人が死亡した。

 事件から6日後、逮捕された奥西勝(当時35歳)は裁判で無実を訴え、1審は無罪だったものの、2審で逆転死刑判決を受け、昭和47年、最高裁で死刑が確定した。

 その後も奥西は無実を訴え続けて再審請求を繰り返し、事件から44年後の去年4月、7度目の請求で再審開始が認められた。しかし、その3日後、検察は異議を申し立て、再審は先送りとなった。あまりにも長き、「再審」までの道のり。その理由は何なのか?

 徳島ラジオ商事件で再審開始の決定を下した元裁判官の秋山さんは「裁判所のタテ社会」が原因だと証言する。

 裁判官のポストは「最高裁判所長官」を頂点に「最高裁判事」、その下に8つの「高等裁判所の長官」、そして全国50の「地方裁判所の所長」が出世ポスト。

 これらの人事はすべて最高裁が握る。出世コースから外れた裁判官は地方の支部を転々と異動し、給料でも差がつく。そのため、一度、最高裁で確定した判決を覆してまで、再審決定を決断する裁判官が少ないのが実情だと話す。

 検察幹部として松山事件や財田川事件の再審請求に関わった元仙台高検検事長の小嶌さんは、検察官が証拠の一部のみを裁判所に提出する「最良証拠主義」が問題だと指摘。検察官は自分が起訴した事件を守ろうとするがために、「検察の不利な証拠」=「被告に有利な証拠」があったとしても、裁判所に提出しないことがあると言う。


 実際、4つの死刑冤罪事件では、検察の未提出記録が再審無罪につながっている。まさに国家権力が再審の扉を閉ざしている現状があるのだ。

 この間、奥西の無実を信じ続けた両親は死亡。事件当時、幼かった二人の子供は、その後、死刑囚の父を拒絶し、村を離れ、いまも息を潜めて暮らしている。

 事件直後から東海テレビが追い続けた貴重な映像をもとに、45年間の死刑囚の苦しみや肉親や支援者の思い、再審開始を勝ち取った弁護団の努力、そして再審を拒む国家権力の理由に迫る報道ドキュメントをお届けする。


<制作担当者のコメント>

 「名張毒ぶどう酒事件」をご存知ですか。ワインがぶどう酒と呼ばれていた昭和36年、今から45年前の事件です。奥西勝死刑囚(80歳)は、逮捕後から無実を訴え続け、昨年4月ようやく裁判のやり直し=再審が認められました。

 35歳で逮捕された奥西死刑囚。当時、中1の長男と小学校入学を控えた長女がいました。事件が起きたのは3月28日。奥西死刑囚は警察で昼夜、厳しい取調べを受けました。事件で妻を亡くし、早く家に戻り、長女の入学準備をしたかったそうです。そして警察から「自白すれば家に帰してやる」と言われ、自供したといいます。逮捕された奥西死刑囚がその後、二人の子供と再会したのは、警察の現場検証の時でした。手錠引き縄姿の父をみて「お父ちゃん、お父ちゃん」と何度も叫び、駆け寄ってきた二人の姿が今でも頭から離れないそうです。事件後、家族はバラバラとなり、二人は名張から遠く離れた地で今も息を潜めて暮らしています。

 そして、今年1月、80歳になった奥西死刑囚。3年前、ガンで胃を3分の2切除しました。再審開始決定からまもなく1年が経ちますが、検察の異議申し立てにより、再審裁判はいまだ開かれていません。毎日、死刑の恐怖に怯え、人生の半分を拘置所で暮らした男。なぜ、日本の司法は長い間、彼に手を差し伸べなかったのでしょうか。その理由をぜひ番組で確かめて下さい。

(東海テレビ報道部・斉藤潤一)
http://www.fujitv.co.jp/b_hp/fnsaward/15th/06-204.html

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関連投稿

裁判官がミラーマンを無罪にできなかった理由
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/300.html

 

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コメント
 
1. 中川隆[-5760] koaQ7Jey 2017年12月10日 10:22:46 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

名張毒ぶどう酒事件に関する映画について

2012年公開、約束・名張毒ぶどう酒事件・死刑囚の生涯 動画
https://www.youtube.com/watch?v=CSXhi51sbkU

出展: http://www.47news.jp/movie/treasure_international/326/

名張毒ぶどう酒事件に関する映画は東海テレビが制作しています。映画の制作にあたり名張毒ぶどう酒事件についてすべての裁判資料を読み、たくさんの関係者に取材し、その事実関係を理解したうえで奥西死刑囚は無実で、これは冤罪事件であることを確信したと映画制作者は述べています。


映画の内容


それらのことから映画は、「名張毒ぶどう酒事件は冤罪事件である」とした明確な立ち位置での内容になっています。

一審では無罪判決、二審では有罪・死刑判決と真逆な判決を下され最高裁判所で死刑が確定し、確定死刑囚となった奥西勝死刑囚が独房から自分の無実を訴え続け、何度も何度も再審請求をする心情に深く入り込み、そこに「冤罪」を風刺させています。

「再審」とは、裁判所が確定した判決に重大な瑕疵がある場合に裁判をやり直すという制度です。ということは、裁判所がその瑕疵を認めない限り再審への道は開くことはありません。

「昼食の配給があるとホッとし、それ以外の時間帯は地獄の中で生きているようなもの」
まさしくこれこそが確定死刑囚の心情そのものでしょう。映画は確定死刑囚の心情から「司法制度の在り方」というものをわれわれに訴えています。

名張毒ぶどう酒事件は「冤罪」の可能性が高い。このことを伝えなくてはならない。それが、われわれの使命だと映画制作者は語っています。


名張毒ぶどう酒事件の裁判官について

出展: 空撮映像で巡る現在と過去 震災から4年迎える被災地 : 動画 - 47NEWS (よんななニュース)

名張毒ぶどう酒事件は、現段階で第10次の再審請求がされていますので、裁判に関係した裁判官の数も多いといえます。その中から、印象的な裁判官についてみてみましょう。


印象的な裁判官


1964年12月23日
一審:津地方裁判所
小川潤裁判長:証拠不十分で無罪判決
       「疑わしきは被告人の利益」の刑事裁判の鉄則が適用されています。

1969年9月10日
二審:名古屋高等裁判所
上田孝造裁判長:一審の無罪判決を覆して有罪・死刑判決を下しました。

1972年6月15日
最高裁判所
岩田誠裁判長:上告を棄却し、死刑を確定しました。

2005年4月5日
名古屋高等裁判所刑事1部
小出じゅん一裁判長:再審開始を決定し、死刑執行の仮処分を命じました。

その後、20006年2月依願退職しています。

2006年12月23日
名古屋高等裁判所刑事2部
門野博裁判長:再審開始決定を取り消す決定を下しました。(死刑執行停止も取り消し)

その後、2007年東京高等裁判所への栄転を果たしています。

専修大学教授

差し戻しや棄却


2010年4月5日
最高裁判所第三小法廷
堀籠幸男裁判長:再審開始決定を取り消した名古屋高等裁判所決定を審理不尽として破棄し、審理を名古屋高等裁判所に差し戻しました。

2012年5月25日
名古屋高等裁判所
下山保男裁判長:捜査段階での被告人の自白に信用性が固いとし、検察側の異議申し立てを認めて、再審開始の取り消しを決定しました。

2013年10月16日
最高裁判所第1法廷
桜井龍子裁判長:名古屋高等裁判所の再審取り消し決定を支持し、第7次再審請求にかかる特別勧告について棄却する決定を下しました。このことで、再審の道はまた閉ざされてしまいました。


封鎖的な縦社会


以上のように名張毒ぶどう酒事件にはたくさんの裁判官が関わっていることがわかります。司法の世界は封建的な縦社会だと言われています。

裁判官が再審の道を開くということは、自分の出世を諦めることに繋がります。
前任裁判官たちの決定を全否定することは、裁判所を否定することになり上級の裁判所に席を置かせてはもらえなくなります。法の番人である司法は官僚社会と言えます。


学び考えることとは?

出展: 非母国語圏の英語勉強法 スペインの教育事情を紹介 - 経済・トレンドニュース一覧 - ORICON NEWS - エンタメ - 47NEWS(よんななニュース)

名張ぶどう酒事件の裁判および再審請求が、社会に与えた影響は大きいといえます。その理由は物的証拠もなにもない状況にもかかわらず、司法はただ本人の透明性にかける自白のみを根拠に死刑判決を下している点です。

死刑判決を下した後、再審請求が認められたのは一度きり、それもすぐに取り消されています。その後、何度再審請求を起こしてもその厚く重い扉は開くことはありません。そして現在、第10次再審請求を起こしている状態にあり、司法との闘いは今なお続いています。

こうした司法の現実をわれわれは知って、学んで、考えて、そして行動に移すことで社会に変化が生まれ、冤罪により塀の中で生涯を終える受刑者や死刑囚の数は減ることでしょう。
https://uranaru.jp/topic/1009051


2. 中川隆[-13723] koaQ7Jey 2018年12月01日 21:58:11 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-21517] 報告

閉ざされた再審請求審を裁判員裁判にしてオープンに!〜名張毒ぶどう酒事件の再審請求棄却決定から考える
江川紹子 2017/12/8
https://news.yahoo.co.jp/byline/egawashoko/20171208-00079067/


決定を受けて裁判所を出る弁護団


 56年前、三重県名張市で地域の懇親会に出されたぶどう酒を飲んだ女性5人が死亡した「名張毒ぶどう酒事件」で、名古屋高裁(山口裕之裁判長、出口博章裁判官、大村陽一裁判官)が8日、第10次再審請求を棄却する決定を出した。三者協議もやらない裁判所の姿勢から、この結論は予想していたが、様々な証拠に照らして確定判決を検討することにも拒否的で、毒物鑑定の検証実験などを「無意味」と突き放すなど、「これ以上裁判所の手を煩わせるな」と言わんばかりの拒絶感に満ちた態度が決定要旨からあふれているのには、唖然とさせられた。

三者協議さえ開かず

弁護人が描いた晩年の奥西さんの似顔絵。よく似ている
弁護人が描いた晩年の奥西さんの似顔絵。よく似ている

 本事件で起訴された奥西勝さんは、一審の津地裁は無罪だったが、二審の名古屋高裁で逆転有罪で死刑を言い渡された(このため、再審請求は地裁ではなく、高裁に提出することになる)。奥西さんは、判決確定後も無実を訴え続け、裁判のやりなおしを求めてきた。第7次再審請求で、ようやく名古屋高裁刑事第1部(小出じゅん一裁判長、「じゅん」はカネヘンに「享」)が再審開始を決定したが、検察の即時抗告による異議審で取り消された。第9次請求の最中に、奥西さんは死亡。第10次請求は、実妹の岡美代子さんが請求人となった初めての再審請求である。

奥西勝さんの遺影と共に記者会見する岡美代子さん
奥西勝さんの遺影と共に記者会見する岡美代子さん

 弁護側は使われた毒物が確定判決で示されたニッカリンTとは別の農薬であるとする主張を補強するため、事件当時の鑑定方法を再現する実験を行う一方、ぶどう酒の瓶の封緘紙ののりの成分を分析。製造過程で使用されたのとは異なる、一般家庭などで使われているのりが付着していたとして、奥西さん以外の誰かが、事前に開栓して毒物を入れた後に、再び封緘紙を貼り直した可能性があると主張した。 

 弁護側は鑑定を行った科学者の話を直接聞く機会を設けるよう、再三要請したが、裁判所は受け付けなかった。裁判所、弁護人、検察官による三者協議は、途中で請求を取り下げ第9次請求審に切り替えたために短期間で終わった第8次請求審でも行われたが、今回は一度も行われていない。

 決定では、毒物に関する再現実験は、当時の器具は入手不能などとして「再現を試みたところで、何の意味も持たない」「かかる再現実験をいくら重ねても無意味である」と切り捨てた。のりの成分についての再現実験でも、「意味をなさない」「意味をもたない」という言葉が繰り返された。

 専門的な知識や経験が必要な分野について、鑑定人の詳細な説明を求めることもなく、他の専門家の見解も聞かずとも、裁判官の非科学的な頭で科学鑑定の是非を判断できるんだと言わんばかりの対応は、傲慢の極みを言えよう。

証拠の吟味も行わず

 今回の決定は、確定判決を支えた証拠だけをつまみ食いしたうえ、当時の状況をまったく無視した評価をしている。

奥西さんの死後も支援活動は続くが…
奥西さんの死後も支援活動は続くが…

 確定判決は、ぶどう酒に毒を入れる機会があったのは、懇親会会場の公民館で奥西さんが10分間1人でいた時間帯だけである、と認定した。ただ、このぶどう酒はその前に、懇親会を主催する生活改善クラブの会長Nさん宅に一定時間置かれていた。ぶどう酒の購入は、事件当日の朝にNさんが決めたこともあり、当初はNさんにも強い疑いが向けられていた。ところが、ぶどう酒到着時刻に関する関係者の供述は、途中ですべて、一斉に不自然な変化を遂げ、N宅に置かれていた時間がぐんと短くなり、ここで毒を入れる機会はないことになった。

 これによって、犯行の機会があった者は奥西さんのみだと主張する検察側に対し、一審の無罪判決は、証言の変遷は「検察官のなみなみならぬ努力の所産」と皮肉っている。

 しかし、今回の決定はそうした経緯は一切無視し、確定判決に合う証言のみをつまみ食いした。そのうえ、当時の状況は一切無視している。

 たとえば、ぶどう酒到着時刻に関する証言をしているT女の供述について、決定は「明確で一貫しており、うそをつく理由もない」と断言した。しかし、捜査の初期のT女供述は証拠として提出されていないので、果たして一貫しているのか不明だ。しかも、T女はNさんの実の妹である。

 第7次の再審開始決定では、T女ら関係者の供述の取扱いについて、次のような注意を述べている。


〈重要な供述者全員、特にNをはじめその家族(K女、T女)が、いずれも事件との強い利害関係を有する複雑な立場であって、供述の対象事項が、自らや親族らの嫌疑に直接、間接に関係し、虚偽供述を行いやすい強い動機が認められる〉

〈特にN女は嫁ぎ先から実家に帰っておりぶどう酒を一時的に保管していた家族として強い利害関係を有する者であり、兄Nとは供述当時の時点で同居していたこと(中略)などの背景事情があった〉

〈このような当時の背景事情を念頭に置いた上で、各供述の信用性の判断に当たり、供述の変遷、その理由、供述内容の自然さ、他の証拠との整合性などの観点から、慎重な検討を要する〉

2005年に再審開始決定が出たのだが……
2005年に再審開始決定が出たのだが……

 こうした「慎重な検討」もなく、証拠を十分に吟味しないまま、T女供述が「明確で一貫しており、うそをつく理由もない」などと断定した今回の決定は、控えめに言っても、あまりに軽率だ。こんな軽率な判断は、裁判記録全体を読み直し、これまでの再審請求審で明らかになった事実(弁護人が書面で丁寧に解説している)を新証拠とともに総合して検討していればできないだろう。今回の裁判所が、まともに再審の訴えに向き合っていなかったことが、ここに現れている、と思う。

歴史に学ばない裁判官

 自白の取扱いもひどいものだ。

 決定は、捜査段階の自白について次のように認定している。

〈身柄拘束前の任意調べで犯人と供述した。本件のような重大な事犯について特段の強制もなく自白した以上、任意性に問題がないことはもとより、信用性も高いと考えられる〉

 本件被害者の中には、奥西さんの妻も含まれている。まもなく小学校に上がる娘を含め、2人の子供がいた。そういう状況下で、奥西さんは連日警察に呼び出されて深夜まで厳しい追及を受け、「新聞記者がうるさいから家に帰ってはいかん」と近くの宿屋に泊まるよう求められた。なんとか頼んで自宅に帰らせてもらっても、刑事がついてきて家の中まで強引に上がり込み、トイレもドアを開けたまま用を足させるなど、徹底的な監視をした。果たしてこれが、「任意」の取り調べと言えるだろうか。

 逮捕前の「任意捜査」の段階で、虚偽の自白に追い込まれた事例は、過去にいくつもある。足利事件で菅家利和さんは、午前7時に自宅にやってきた刑事に警察署に連れていかれ、自白の強要を受け、午後10時頃には虚偽自白に追い込まれた。それでも、警察に連れて行ったのは「任意同行」であり、自白強要は「任意の取り調べ」で、「任意捜査」による「任意」の自白として扱われた。

松橋事件では、連日の「任意」での取り調べの末にとられた「自白」の信用性を裁判所も否定した
松橋事件では、連日の「任意」での取り調べの末にとられた「自白」の信用性を裁判所も否定した

 先日、熊本地裁に続いて福岡高裁が「自白」の信用性を否定して再審開始を認めた松橋事件でも、事件発生後13日間に9日もの取り調べを受け、「ポリグラフ検査で陽性反応が出た」などと告げられ、取り調べがない日も自宅待機を命じられるなど、完全に捜査当局の支配下に置かれた状況が続く中で、「自白」に追い込まれた。

 冤罪の歴史から、名古屋高裁の裁判官はまったく教訓を学んでいない。こういう裁判官が、刑事司法の現場にいて、今日も人を裁いているのである。

「自白」に引きずられる裁判官

名古屋地・高裁
名古屋地・高裁

 ただ、こうした姿勢は、今回の裁判体に限ったものではない。第7次請求審での再審開始決定をひっくり返し、再審請求を棄却した2006年の名古屋高裁刑事2部(門野博裁判長)による異議審決定でも、自白が「任意捜査の段階」で行われたことを重視し、「そう易々とうその自白をするとは考えにくい」として、長々と自白を引用している。

 裁判所が、このように自白に引きずられて有罪認定するからこそ、刑事訴訟法の改正によって捜査段階での可視化が導入されるに至ったのだ。ただ、それだけでは過去の事件は救われない。しかも、多くの裁判官は、再審に対しては極めて消極的だ。今回の裁判所に至っては、様々な証拠から確定判決を見直すことさえ拒否するような態度で事件に臨んでいる。

再審請求制度改革私案

 こういう裁判官たちが、密室で判断を下しているのが、今の再審請求審だ。公開の法廷で証人尋問を行うなど、一部の過程をオープンにすることは、今の法律でもできる。過去には、日産サニー事件の再審請求審で福島地裁いわき支部は証人尋問を公開の法廷で行った前例もある。けれども、多くの裁判所は、国民の目が届かない密室を好む。名張事件でも、ずっと密室審理が行われてきた。

 このような状況では、よほど奇特な裁判官に当たらない限り、救われるべき者も救われない。そろそろ、本気で再審請求制度の見直しが必要ではないか。

 私の提案はこうだ。


1)名張事件のように、現在であれば裁判員裁判で行われるような重大事件に関しては、職業裁判官のみではなく市民を入れた裁判員方式で審理する。

2)公開の法廷で請求人・弁護人、検察側の主張を述べ合う。

3)証人尋問などは公開の法廷で行う。

 再審請求審の取材は、多くの場合、検察が非協力的なので、報道陣は弁護人からしか情報を得られない状況だく。提供される情報には弁護人というバイアスがかかっているという前提で報道しなければならない。しかし、公開の法廷で双方のやりとりや証人尋問が行われれば、客観的な立場で取材し、だからこそ確信を持って報道できる。国民も、傍聴席に座って、あるいは報道を通して、再審請求審がどのように行われているかを確認することができる。

 憲法で裁判の公開が決められているのは、裁判の公正さを担保し、それによって国民の司法への信頼を確保するためだ。

 再審請求審も、国民の目に、審理の過程がある程度見える状況が確保されてこそ、裁判官も緊張感をもって、公正な態度で審理に取り組むだろうし、その姿勢が見えることで国民の司法への信頼も醸成されるだろう。 
https://news.yahoo.co.jp/byline/egawashoko/20171208-00079067/

3. 中川隆[-11053] koaQ7Jey 2020年10月02日 12:47:46 : EF1PnyRTuQ : OHNEQ3VoSXdGWG8=[19] 報告
ヒラメ判事が制覇した裁判所<本澤二郎の「日本の風景」(3862)
http://jlj0011.livedoor.blog/archives/26472322.html
2020年10月02日 


<法務検察の腐敗と連動、憲法に向き合えない司法>

 目の前の重罪事件から目を背ける日本の法務検察、憲法・正義を貫こうとしないヒラメ判事が制覇した裁判所。議会・官邸は、政治屋と売国奴のような官僚が支配する異様な永田町を、真っ向から批判できない言論界。この現状に異論をさしはさむ識者はいるだろうか。一皮むくと、戦前の特務機関・電通(財閥)が支配する日本を、コロナが教えてくれた。

 昨日は前橋地裁のヒラメ判事の判決が、世上を賑わせている。良心に従い、独立して職務を果たせる正義の判事がいない日本に、これまた希望が見えない。身もふたもない分析に、人々の共感が集まる現代である。

 今朝ほどの事情通の電話は「学術会議の人事まで口ばしを入れる菅内閣は、学問の自由を認めないのだから、とても長持ちしない政権だ。昨日は、菅が安倍事務所に行って、もう上川の法務省がしっかりやっているので、事件の心配は不要だと報告して、安倍を安心させたものだ」という官邸の内情に通じている鋭い分析を披歴した。

<三権分立を回避、議会・政府を抑制できない最高裁>

 権力の独占は、不正腐敗の温床となる。それを回避する手段が三権分立の導入だった。司法・立法・行政に分立、お互いに抑制均衡を図ることが、近代国家の基本原理であって、これが正常に機能していれば、不正腐敗は最小限に抑え込むことが出来る。

 だが、悪しき政権は議会を牛耳り、司法の分野も抑え込む。日本の戦後は、この司法権が全く機能していない。国際社会が韓国の民主主義を評価する理由である。特に検察は、行政府も立法府にも、不正があれば、容赦なく捜査を開始、裁判所が適切に判決を下す。

 日本の検察は、政府に操られ、議会へのメスもよほどのことでないと入れない。河井事件の根源は、安倍や菅・二階らの政党助成金1・5億円の投入である。河井夫妻逮捕でも、ごく一部しか発覚していない。公明党創価学会や安倍の懐にいくら流れたか、に国民の関心が集まっている。

 安倍がヒラの議員になったいま検察は、捜査を開始する時だが、その気配がない。第二の黒川弘務の林真琴検察の可能性が濃厚である。「林を検察官適格審査会に掛けろ」の合唱が、徐々に拡大してきている。

 具体化すれば、林検察は致命的な痛手を被ることになる。

 最高裁が動くべき時でもあるが、現実は「沈黙して10年間、高給を食んで居眠りしている判事ばかりだ」となると、この国の統治機構が破壊されて、機能していないことになろう。

 行政府・議会の腐敗に目もくれず行動しない裁判所では、売国奴司法のそしりを免れないだろう。それでもいいのか。

<憲法・正義を貫けない司法に善良国民は裁判回避>

 いま政府・議会人を尊敬する国民が、どれほどいるだろうか。一部の利権屋や宗教の信者に存在するだろうが、1億2000万人の多くは失望している。

 それは憲法や正義を貫けない裁判官を、日本国民は毎年見せつけられているからである。「さすが見事な判決」と感心する判決を、この50年、30年の間にあったろうか。国民のために蛮勇を振るった判事を見つけることは、暗闇で星を見つけるようなもので、到底不可能であろう。

 かくして筆者もそうだが、出来るだけ司法を遠ざけている。ヒラメ判事を敬遠する国民は、多いに違いない。東芝医療事故死事件の刑事告訴の場面で、東京地検の松本朗による不起訴と、続く検察審査会の正体を知り、司法に希望を失ってしまった。

 時々、紙面を飾ってくれる御仁は、義弟の医療事故死の問題で、最高裁まで争ったものの、裁判所は強いものに味方して押し切った。また、夫を医療事故死させられた夫人から「医療弁護に強い弁護士を紹介して」と言われ、息子のことで「名古屋の有能な人物だ」と、名古屋市長に紹介されていたものだから、彼女も彼を信じて最高裁まで戦ったが、それでも彼女の正義の夢は実現しなかった。

 国民の多くは、泣き寝入りしている。司法が、国民に奉仕していることはない、と言い切っていいくらいである。

 ヒラメ判事と無能弁護士の狭間で弱者は、無念の涙を呑んでいる。善良な国民は、司法にあきらめに似た思いを抱いている。日本に限らないようだが、弁護人も金儲けで行動して恥じない。

<哀れ前橋地裁の渡辺ヒラメ判事の自衛隊参戦法合憲判決>

 司法の現状についてペンを動かしている理由は、昨日10月1日の前橋地裁の判決を、ネット情報で確認したためだ。例の安倍・自公内閣最大の負の実績となった憲法違反法である戦争法(安全保障関連法)に対する市民の訴えに対して、渡辺和義という裁判長が、典型的なヒラメ判事よろしく、違憲判決をせずに逃げたことに怒りを覚えた。

 このヒラメ判事は、極右政府と一体化しているのであろう出世志向の、石ころのような判事だと断罪したい。

 証人となった元内閣法制局長官・宮崎礼壺は、ごく当たり前に「憲法9条に明白に違反する」と常識論を披歴したのだが、ヒラメ判事は、安倍・自公の方に体を向けて、自衛隊参戦法を容認した。実に情けない判事であろうか。

<砂川米軍基地違憲判決、長沼自衛隊違憲判決から目を背ける判事>

 戦後75年の間に真っ当な判決を下した判事は、たったの二人である。

 「米軍基地は9条に違反する」と憲法と正義を貫いた、砂川事件の伊達秋雄判決。もう一つが「自衛隊は憲法に違反する」と断罪した、長沼判決の福島重雄である。共に一審判決で、ヒラメの最高裁で却下された。今から60年ほど前のことである。

 二人は、最高裁人事で左遷されたが、良心を貫いたことから、戦後の裁判史に記録された。俸禄と官職に生きがいを求める人間に、人々の尊敬は集まらない。分かっていても政権に寄り添って、国民と憲法・正義に従えない裁判官は、売国奴のそしりを免れない。

 いま言論界ではヒラメ記者が跋扈、国民を欺いて恥じない。世も末か、であきらめるわけにはいかない。国民・正義・憲法に殉じる反骨の士が、今ほど求められる時はないだろう。

2020年10月2日記(東京タイムズ元政治部長・政治評論家・日本岸クラブ会員)

4. 2021年3月18日 22:31:43 : dzHoUYWlyY : RjZTcGp4cTNLSms=[24] 報告
「不倫に陰口、いばる妻たち」年収1000万超の裁判官たちのオンボロ官舎生活
瀬木 比呂志 2021/03/18

法の番人である裁判官は、どんな生活を送っているのだろうか。明治大学法科大学院教授の瀬木比呂志氏は「法と良心に従う人物像をイメージするかもしれないが、実情は官舎と裁判所を往復する人生で、暮らしぶりは意外と小市民的だ」という——。
※本稿は、瀬木比呂志『檻の中の裁判官 なぜ正義を全うできないのか』(角川新書)の一部を再編集したものです。

裁判官の世界は「官僚型ムラ社会」

裁判官といえば、普通の人々にはまずは黒い法服を着た姿しか思い浮かばないし、それは諸外国の裁判官と同じことなので、日本の裁判官も、「法と良心に従って裁きを下す独立の判断官」なのだろうと考えている人々が多い。

しかし、実際には、日本の裁判官は、その精神のあり方からみても、果たしている機能からみても、「閉じられた世界の役人」という部分が非常に大きい。つまり、一枚岩の性格の強い「司法官僚」であり、「裁判所という組織、機構、権力の(重要な)一部」なのである。

もちろん、個々の裁判官の中には、公的には独立心をもって職務を行い、私生活では普通の市民であるような裁判官のかたちをめざしたいと考えている人々もおり、私もその1人だった。しかし、現実には、司法エリートによって構成される強固なムラ社会、しかも裁判所当局の厳重なコントロール下にある官僚型ムラ社会の中でそのような志向を不断にもち続けるのはきわめて難しい。それが、日本の裁判官の「リアル」なのである。

官舎と裁判所を往復するだけの人生
私の知っている80年代以降の裁判官の生活といえば、それは、驚くほど変化や起伏の少ない、かつ小市民的なものであった。

日本の訴訟の進め方は、多数事件の同時並行審理方式であり、個々の事件については1カ月ごとぐらいに期日が入ることもあって、審理裁判は、いきおい訴訟記録に頼ることになる。つまり、書面重視の傾向が強い。だから、裁判官は、法廷のない日には、裁判所で記録を読んでいる。家にも記録を持ち帰って読み、審理のためのメモ(手控え)を作ったり、判決を書いたりする。

法廷、和解(民事の場合)、記録読み、判決起案、民事執行・民事保全・破産等の民事訴訟以外の民事事件、令状処理。裁判所で仕事が終わらなければ、家へ帰ってまた記録読み、判決書作成。だから、職場からの帰りにどこかに寄ることも少ない。官舎と裁判所、後には自宅と裁判所の往復でほぼ人生が終わる。それが日本の裁判官である。

昇進を待ち望むような精神状態におちいっていく
記録を家に持ち帰る場合には、なくすと大変なことになるから、電車の中でも気が抜けない。大きな記録を風呂敷等に包んで網棚に載せていて貴重品と思われ盗まれる例があるためだ。

こうして何年も単調な生活を続けるうちに、多くの人々は、次第に、地家裁所長や高裁長官になって、記録から解放されてほっと一息つけ、同時に居並ぶ裁判官や職員たちから頭を下げられる時期を楽しみに待つような精神状態におちいってゆく。

しかし、そうした管理者裁判官としての期間も、確かに昼間は楽だが、夜はあちこちと会合に引っ張りまわされ、あいさつと宴会の連続なのである。また、最高裁や上位の裁判所からは、管理者として有能かどうか、裁判官や職員をきちんとコントロールできているかを監視され続けている。だから、権力をもつことを好む人間以外にとっては、それほど楽しいわけではない。

転勤がとにかく多い裁判官の異動
日本の裁判官の特異な精神構造の形成に大きく影響しているのが、官舎生活だろう。人間は要するに意識をもった動物にすぎないのだから、その精神生活も、身近な環境から大きな影響をこうむることは否定できない。

日本の裁判官生活になぜ官舎がつきものかといえば、日本の裁判官には異動、転勤がつきものだからである。そして、実はこうした裁判官の異動、転勤は、日本特有のものなのだ。少なくとも欧米では、裁判官は「空きができる裁判所の裁判官」として任用されるのであって、原則として異動はしない。

裁判官のこうした異動システムは、これも後に論じるが、裁判所当局にとって、裁判官たちを地域社会から隔離し、かつ、いつどこへ転勤させられるかわからない根無し草の不安な状態に常時置いておけるという意味で、きわめて都合のよいものなのである。

裁判官は、3、4年程度で転勤を繰り返す(なお、検察官は、より異動の頻度が高い)。東京中心に勤務する裁判官でも、事務総局等の勤務が特別に長い人でない限り、裁判長になるまでに、3回ぐらいは地方に出る。これでも往復で6回の転勤になる。多くの裁判官ではそれ以上であり、8つある高裁管内のうち6つ、7つまでまわったという人も少なくない。「自分はずっと特定の地方勤務でいいからなるべく遠方には動かさないでほしい」といった希望すら、若いころには絶対に聞き入れられない。

大型官舎での生活はすごく息苦しい
今はもうさすがにそこまでのことはないと思うが、昔は、裁判官が自宅をもって官舎を出ると遠くの裁判所に異動させられるといった意地悪人事が多かった。これは、「まだ若いくせに家なんかもつとこうなるよ」という見せしめだ。そして、周囲の裁判官も、その多くは、陰で、「それみたことか」と面白がっている。実に日本的な、抑圧された感情の発露である。

以上のような理由で、多数の裁判官は、40代後半ぐらいまでは自宅をもちにくく、官舎生活が長くなる。

この官舎生活は、外の世界から完全に隔離されていて、近隣との付き合いは一切ない。精神的な壁で周囲から隔てられた集合住宅なのである。そうはいっても、地方であれば、官舎の規模もしれているから、その中での付き合いもまずまず常識的なもので、それほど特異なものはない。

しかし、東京の大型官舎は別である。4棟、5棟のアパート群となり、住んでいるのは裁判官とその家族だけだから、右のような官舎の特質が、何倍にも濃密になる。個々の裁判官やその妻の抱えている精神的なひずみも、同様に増幅される。もちろん本当に問題のある人々の割合はそれほど大きくないはずだが、何というか、総体としての閉塞感、息苦しさが非常に強くなるのだ。

いばる妻、高級車に傷、子どもの陰口…
まず、夫が事務総局の課長や調査官(最高裁判所調査官。最高裁における裁判について補佐的な調査をする人々。以下、「調査官」という)でえらいのだからといって自分もいばり、判事補の妻たちに命令口調で接するようなエリートの妻たちがいる。

一方、判事補でも、夫婦とも裁判官で官舎に入っている人々には、自分たちはほかの夫婦より一段上だという奇妙な思い込みをもったカップルもいて、家の前に停めてある高級車に傷が付けられたのは自転車の子どもたちの仕業だなどと言って大騒ぎしたりする。

傷のかたちを確認してみると、釘(くぎ)状のものによる横に長いひっかき傷で、明らかに、高級車が時々される悪意あるいたずらによるものであり、子どもの自転車運転の過失で付けられるような傷ではないのだが、本人たちはそう言い張って聞かないのだ。仕方なく、彼らの先輩まで含めた裁判官の妻たち(子どものいる人)が、集団で謝りにゆくことになる。

裁判官の妻にはお金持ちのお嬢さんもいて、そういう人が高級な服を着、高そうな犬を連れて優雅にあたりを散歩したりすると、陰でいろいろ言う人が出てくる。子どもの成績がそれほどよくなければ「あの子はできないのよ」と言われるし、逆に、特別よくできたりすれば、「あの子はできるけど性格が悪いのよね」と言われる。

年収1000万円を超える人々が住んでいると思えない
右陪席クラスの判事補(非常に温和な人だった)が婚約者を官舎に連れてくると、「あの人は官舎に女の子を連れ込んでいる」などと中傷する人がいる。大型官舎では、こんなばかげた中傷がより上位の裁判官の耳に入った末にその人の評価にまで影響しかねない場合があるから、「好きなように言っていれば」と一笑に付することもできないのだ。

これは地方のことだが、一棟の官舎内で不倫が発生し、当事者たちが相手の家に入ってゆくのをほかの住人たちが見とがめ、やめるように忠告していたが、結局一方が引っ越すまで終わらなかったなどという話も、その住人たちの1人だった判事補から聞いたことがある。狭い閉鎖空間では、普通では考えられないようなことが起こりうるものだが、その一例といえる。

また、官舎の建物自体についても、建築時期が新しいものを除けば、大変みすぼらしく、外見は古い都営・市営住宅等と変わらない。内部も、たとえば浴槽は浴室と一体型ではなく打ちはなしのコンクリート床に設置されていることが多いし、壁もしばしば汚れていてわずかな凹凸があり、大雨が降ると天井や壁の亀裂から漏水が発生することさえある有様だ。

環境調査にやってきた市の職員が、私の先輩裁判官の妻が答えた年収に対し、建物の中をぐるっと見回した上で、「奥さん。これは公的な調査ですから、ご冗談は抜きにして、本当のところを教えてくださいな」と応じたという話を聞いたことがある。実際、そういう印象の建物なのであり、とても、年収1000万円を超える人々が住んでいるとは思えない。

今では賃貸住宅を借りる裁判官も
私は、日本の上級公務員の精神性が貧しくなり、既得権確保に血道を上げるようになる理由の一つが、こうした貧しい住環境、官舎生活にあるのではないかという気がしている。肩書きと現実の落差ということだ。

もっとも、こうした官舎生活が楽しいという夫婦も中にはいる。しかし、そのような人々はおおむね「当局に期待される裁判官とその妻」的な人間であって、まともな人々、特に妻のほうは、「本当にいやだ。いつになったら家をもって、ここから出られるの?」と思っているのが普通だ。

ただし、上のような官舎事情については、近年、変化している。まず、公務員全体の官舎整理統合の動きが大きく、裁判官だけの官舎で大規模なものはあまりなくなったという。東京でも、地方でも、公務員一般の合同宿舎に入ることが多くなっているのだ。

また、官舎に入らないで民間の賃貸住宅を借りる裁判官も増えている。これについては、昔と違って官舎の利用料が高くなった、一般賃貸住宅並みになったという事情も大きいだろう。なお、地方の裁判所官舎は、簡裁判事や幹部職員も利用するようになっているらしい。

以上のようなところが、日本の裁判官生活の実像、その概観である。

「法の番人」、憧れを感じますか?
いかがでしょうか? 憧れを感じますか? 想像していたものとはかなり異なっていませんか?

欧米との大きな違いとしては、書面読みの時間が長いこと、全体として画一的な仕事・生活という印象が強いこと、外の世界との隔離、そして、このことと関連するが、一般市民としての普通の生活や楽しみには乏しいことなどが挙げられるだろう。

たとえば、アメリカの裁判官などは、法曹一元制度(前記のとおり、相当の期間弁護士等の在野の法律家を務めた者の中から裁判官を選任する制度)がとられているため、法廷を出れば、友人知人である弁護士たちと気軽にあいさつし、同輩として交わる。また、「一般市民としての普通の生活や楽しみがない」などというのはアメリカ人には到底耐えがたいことだから、普通の市民が楽しめることは大いに楽しむ。

実際、「裁判官も法廷を出れば一市民」というのは、今ではもうアメリカに限らない世界標準になっている考え方だと思う。また、そうでなければ、一般市民と同じ視線を共有しながら彼らの紛争を裁くことも、できにくいのである。

---------- 瀬木 比呂志(せぎ・ひろし) 明治大学法科大学院専任教授 1954年、愛知県名古屋市生まれ。東京大学法学部在学中に司法試験に合格。79年以降、裁判官として東京地裁、最高裁等に勤務。2012年より現職。14年上梓の『絶望の裁判所』が大反響を呼ぶ。続編『ニッポンの裁判』、『檻の中の裁判官』ほか著書多数。 ----------

https://www.msn.com/ja-jp/money/career/%E4%B8%8D%E5%80%AB%E3%81%AB%E9%99%B0%E5%8F%A3-%E3%81%84%E3%81%B0%E3%82%8B%E5%A6%BB%E3%81%9F%E3%81%A1-%E5%B9%B4%E5%8F%8E1000%E4%B8%87%E8%B6%85%E3%81%AE%E8%A3%81%E5%88%A4%E5%AE%98%E3%81%9F%E3%81%A1%E3%81%AE%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%83%9C%E3%83%AD%E5%AE%98%E8%88%8E%E7%94%9F%E6%B4%BB/ar-BB1eHW9I?ocid=msedgntp

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