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生きていたフェニキア人・dion(ここらへんが古代イスラエルの歴史をパクッた連中の分岐点のようです)
http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/696.html
投稿者 小沢内閣待望論 日時 2013 年 3 月 09 日 19:19:10: 4sIKljvd9SgGs
 

http://blogs.dion.ne.jp/tanpopo0817/archives/7983470.html
2009年01月08日
生きていたフェニキア人
最近の調査で古代フェニキア人のDNAを受け継ぐ人間が、地中海周辺の人口の6%に及ぶことが明らかになった。
私は前回ギリシャのヘルメス神が、その古代フェニキア人であることを書いた。

古代フェニキア王国は、現在のレバノンやイスラエルの沿岸地帯に実在した海洋王国で、屈指の航海術と貿易力を誇り、ヘブライ王国(古代のイスラエル)と組み、地中海の商業を支配した。
しかし、パートナーのヘブライ王国が、暴君レハブアムの失政により、北のイスラエル王国と南のユダ王国に分裂してしまう。
連合が弱体した結果、フェニキア本国と北王国イスラエルは、大帝国アッシリアの属領とされ衰退、やがて滅んでゆく。

この時、南のユダ王国はアッシリア側に加担し、同胞を裏切った。
私はこの出来事こそ、新約聖書の記述にある、イエスを売ったユダ(ユダ王国)の裏切りであると本に書いた。
新約聖書とは、ユダ王国とフェニキア王国、イスラエル王国の関係を寓話化し、書き記した本であると。
この説だと聖書の記述と古代史がぴたりと一致する。
なぜなら、神話とは古代に起きた出来事の寓話化であり、
日本でもイスラエルでもそれは変わりはない。
やがてキリスト教がヨーロッパを席巻すると、ユダヤ教徒は迫害された。
イエスを殺した裏切り者、そして自ら神になろうとした存在として。

―けれど、ユダヤ民族の執念と努力は恐るべきものがあった。
人間は迫害されれば迫害されるほど、雑草のように強く逞しく成長してゆく。
ユダヤ人はその最もよい例である。
彼らは国家を持たなかった。
しかし欧米政府の指導者となり、力によって世界を席巻し、キリスト教、そして世界にその存在を認めさせた。
その最大の転機となったのが、コロンブスによるアメリカ大陸侵略だったと考えられる―

イエスは実在の人物ではなく、フェニキア王国を擬人化したもので、生き残ったフェニキア人が、ユダ人(ユダヤ人)に対し、あらためて律法の遵守を迫った、それが新約聖書と呼ばれる書物だ。
フェニキア王国は、国家として姿は消したが、実はキリスト教として生き残ってきたのだ。
今回のDNA鑑定結果は、その説を裏付けるものである。

やがてフェニキアの有力植民地であるカルタゴもローマに滅ぼされ、フェニキア王国は歴史から姿を消す。
しかし、地中海全体に植民地を広げていたフェニキア人のすべて消えてしまう事はありえない。
彼らは表舞台から消えたように見せかけ、再びローマに潰されぬように、国家を捨てて、見えざる政府(宗教)を選択した。
それは聖書や哲学における、受肉(国家)と精神(宗教)の理論と捉えることができる。

ギリシャ神話も歴史上の出来事を寓話化したものである事は前回書いた。
神話の中で、ヘルメス神(フェニキア人)は姿を消す事が出来る帽子を持っているとされている。
それこそフェニキアが消えてしまったかのように装い、実は生き残っていたことの寓話であろう。

フェニキア人は商品を考案し、運び、売る技術に図抜けていた。物質の特性に詳しく、一般人が見向きもしないような物を高値で売りさばいた。
けれど異邦人を信用しない性格で、極端な秘密主義であったために、植民地の数が多くても人口が少なく、謀略に長けてはいたが、軍事力で劣っていた。
経済・政治・宗教の技術の流出を防ぎ、少数で多額の利益を分配するために、閉鎖的な国家を築いたと考えられる。
その武力を補っていたのがヘブライ王国だった。
しかしヘブライ王国は分裂してしまい、守護者としての役割を果たせなくなった。

ヘブライ王国に貿易や商業の知識を与え豊かにしたのは、
このフェニキア王国だった。
現代のユダヤ人の世界的繁栄の土台は、この時に築かれたものである。
古代フェニキア王国が、ユダヤ人を大いなる民に引き上げたのだ。

旧約聖書にもその記述が残っている。
ユダヤ人の太祖アブラハムは、エルサレムに攻めてきたバビロニアなどの連合国を闇討ちし、撃退したとされる。
その時、エルサレムの王だったメルキゼデクに祝福を受けるが、このメルキゼデクがフェニキア王であるとされている。
メルキゼデクは、現代でもイエスキリストと並び称される最高神官である。
メルキゼデクはイエスの前触れであり、同じフェニキア人であったからだろう。
また、イエスキリストは神の子ではなく、フェニキア出身のローマ兵パンテラの子供であると言う説も、
フェニキア人の血流であることを仄めかしているものだ。
メルキゼデクの祝福の直後、アブラハムは神から奥義を授けられる。
ダビデのルールを。

いずれにしても、古代フェニキア王国は国家としては滅んだが、宗教として復活を果たした。
それはイエス・キリストの復活と呼ばれている。
 

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コメント
 
01. 2013年3月09日 20:04:43 : W18zBTaIM6

また嘘言ってる(呆れ)


古代フェニキア人のDNAを受け継ぐ人間なんか居ない。

地中海やメソポタミアの民族のY-DNA は J と E1b1b の混合だ:


■J
・中東のハプログループで、北方のJ2と南方のJ1に分かれる。

J2の分布図


・J2はメソポタミア北部で誕生し、西はアナトリアからヨーロッパ南部、東はペルシアからインドまで広がっていった。古代のエトルリア人・ミノア人・アナトリア人(南方)・ポエニ人・アッシリア人・バビロニア人がそれに当たる。

・J2はギリシャに数多く見られ、特にJ2bはギリシャで誕生したと思われる。また、J2aが最も集中しているのはクレタ島であり、この地に起源を持つものだろう。興味深いことに、J2aはインドのカースト上位者にも多く見られる。バラモンは主にR1a・R2・J2aで構成されている。これら3つのハプログループがアーリア人の侵入における遺伝子の移動経路を示している。

J1の分布図

・J1はアラビア半島の人々のほとんどに見られ、中でも72%に達するイエメンが発祥の地と思われる。中世のイスラム人の侵攻によって中東・アフリカ北部からスペイン南部まで広がった。

■E1b1b

E1b1bの分布図

・最後にアフリカからヨーロッパへ大規模移動をしたのがE1b1b(公式にはE3b)である。26000年前にアフリカの角あるいはアフリカ南部で登場し、新石器または旧石器時代に中東に進出した。

・ヨーロッパ〜近東で最も多いEのタイプがE1b1b1a(またはE-M78、E3b1a)である。新石器時代初期にエジプトからレバント・アナトリア・ギリシャに進出し、J2と混血した。

・E-V13はレバントで興った農業の伝播を担った部族である。ギリシャ北部のテッサリーが伝播の起点であり(約8000年前)、バルカン半島やドナウ盆地からフランス北部、ロシアまで広がっていった。

・E-V22はレバントに在住していた部族のものであり、フェニキア人やユダヤ人に多い。フェニキア人が地中海沿岸で活発に活動したため、E-V22がその領域に広がった。
http://blog.livedoor.jp/nandeya_umeda/archives/51174468.html


フェニキア人とユダヤ人とは何の関係もない。


02. 仙芳丸 2013年3月20日 17:46:08 : tfZsKI4/C.rBA : bQNPdDA01w
事実確認の詰めが甘いように感じます。
新約聖書の時代は、「神話」化される程古くなく、他の資料・史料も豊富なため、一定の集団(フェニキア人)を、擬人化したものだ、というのは、無理があるように考えます。

>>01 さんのように、理詰めで返答も出来ませんが、感想としてはそのような印象を受けます。


03. 2013年10月09日 00:27:30 : AzEIYK9yFI
>古代フェニキア人のDNAを受け継ぐ人間なんか居ない。

それは、フェニキア人は全滅したということなのでしょうか?
レスを読んでも今一つ腑に落ちませんでした。

聖書は一つの神話ですから、
古代史の概要を凝縮したものという考え方は成り立ちえると思います。
ただ、ユダは実在人物であって国のことではないと思いますけどね。
(真偽のほどはともかくユダの福音書も出ましたから)

他の使徒たちに憎まれていたため、名前が消されて
「ユダ」という通りのいい名で書き残された可能性はあるかもしれませんが・・


4. 中川隆[7363] koaQ7Jey 2017年3月27日 11:34:49 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[7840]
カルタゴのフェニキア人と目される遺骨のミトコンドリア遺伝子解析の結果、彼らが紀元前6世紀末に西欧から北アフリカに渡って来たことが判明した。

現在、一番近いのは、フェニキア人の故郷だったレバノンの人々ではなくポルトガル人達(の一部)だと。https://www.genomeweb.com/sequencing/dna-sequencing-traces-ancient-phoenician-rare-european-ancestral-group

2016年Sep28日 19:46
http://twitter.ohtan.net/archives/201609-1.html


5. 中川隆[7364] koaQ7Jey 2017年3月27日 11:38:43 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[7841]
>イエスは実在の人物ではなく、フェニキア王国を擬人化したもので、生き残ったフェニキア人が、ユダ人(ユダヤ人)に対し、あらためて律法の遵守を迫った、それが新約聖書と呼ばれる書物だ。


妄想が酷過ぎるんだ。

キリストの実在を示す直接的史料、アレキサンドリアでキリストの名前が刻まれた世界最古の壷が発見【Technobahn 2008/10/2 21:04】


イエス・キリストに関して直接言及した記述が残されたものとしては世界最古の壷がアレキサンドリアの海中遺跡で発見されていたことが1日までに、この壷の発見に成功した発掘調査グループの発表によって明らかとなった。


この壷の発見に成功したの水中考古学の分野では世界的権威となるフランス人考古学者のフランク・ゴディオ氏を中心とする発掘調査グループ。


発掘調査グループはアレキサンドリアの海底遺跡の発掘の過程でこの壷を発見。その後の調査によりこの壷は紀元前2世紀から紀元1世紀のものであること、更に、壷の表面には古代ギリシャ語で

「DIA CHRSTOU O GOISTAIS(魔術師たるキリストによるもの」という意味)」

という文字が刻み込まれていることを突き止めた。


発掘調査グループではこの壷はキリストについて直接言及した史料としては世界最古のものとした上で、この壷によってキリストが実在した人物であること、更に、

キリストの同時代にはキリストは「魔術師(magician)」的存在として見なされていた貴重な史料だと述べている。


新約聖書「マタイによる福音書」には「東方のマギ(magi=magusの複数形、英語のmagicの語源)」と呼ばれる賢者達が壷を使って儀式を行ったという記述が残されており、発掘調査グループでは今回、発見された壷に刻まれた「GOISTAIS(magician)」という表現もこのマタイ伝にあるマギの由来する可能性を指摘、その上で当時のマギは壷にキリストの名前を刻み込むことで彼らの神秘的能力を正当化していたのではないかと見ている。


キリストと同時代のキリストに関わる史料の発見に成功したことは、キリスト教文明を知る上で近代考古学史上、稀に見る成果となりそうだ。
http://kurokamenews.blogspot.com/2009/06/blog-post_30.html


6. 中川隆[7366] koaQ7Jey 2017年3月27日 12:08:04 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[7843]

ドイツ(ビンガーブリュックの町)にはイエスの実父のお墓があるとも伝えられています。
イエスはタルムード(ユダヤの律法とその解説)によると、ローマ兵の射手(姓:Panthera)とマリアの間の私生児でした。

教会はそれを否認しましたが、パンテラのお墓が発見されたことにより、タルムードの中のこの話の信憑性が高くなりました。

墓碑銘によると、パンテラは西暦9年までシドンというフェニキアの町(現在レバノン)に派遣されていて、その後ライン地方へ転勤させられたそうです。
http://kobe.cool.ne.jp/daini_densho/page010.html


ナザレのイエスのY染色体ハプログループが判明しました。

ここで、神にY染色体なんてあるのか、神の子にY染色体なんてあるのか、と思った人は熱狂的なキリスト教徒です。


ナザレのイエスのY染色体グループが判明しました。ちゃんと根拠のある確かな学説です。


フェニキア人・ティベリウス・ユリウス・アブデス・パンテラ(Tiberius Iulius Abdes Pantera, 紀元前22年頃-紀元後40年)の

Y染色体は、ハプログループJ2(J-M172)であると推定される。

ティベリウス・ユリウスは、フェニキアのシドン出身で、約40年にわたりローマ帝国の兵士として、

第一コホルス弓隊に属し、積年の功によってローマ市民権が与えられた(注3)。

パンテラ(注4)とは「豹」を意味し、アブデスは「神のしもべ」を意味する。

彼は「アブデス・パンテラ」という名であったが、

ローマの市民権が与えられた際に「ティベリウス・ユリウス」というローマ人名に創氏改名する栄誉を得た。


このアブデス・パンテラのY染色体ハプログループがわかったのです。

アブデス・パンテラと同一人物なのかはわかりませんが、二世紀の学者がイエスはローマ兵士パンテラの息子であると主張している文献は存在します。


このパンテラがナザレのマリアと子をなして、イエスを生んだという一つの有力な学説であります。


この学説によると、イエスのY染色体ハプログループはJ2ということになり、中東系であるということになります。


ただし、あくまでも学説の一つです。、ぼく自身はあくまでもイエスはマリアの夫ヨセフの息子と信じていますから、J1に属すると思っています。


まあ、イエスのY染色体ハプログループに関してこんな学説もあるんだよということを知っていただければと思います。キリスト教会がどんな対応をするか楽しみです。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054881148365/episodes/1177354054881541891

Y染色体ハプログループJ2系統 【中東系】

ティベリウス・ユリウス・アブデス・パンテラ

フェニキア人・ティベリウス・ユリウス・アブデス・パンテラ(Tiberius Iulius Abdes Pantera, 紀元前22年頃-紀元後40年)のY染色体は、ハプログループJ2(J-M172)であると推定される(注1)(注2)。

ティベリウス・ユリウスは、フェニキアのシドン出身で、約40年にわたりローマ帝国の兵士として、第一コホルス弓隊に属し、積年の功によってローマ市民権が与えられた(注3)。

パンテラ(注4)とは「豹」を意味し、アブデスは「神のしもべ」を意味する。

彼は「アブデス・パンテラ」という名であったが、ローマの市民権が与えられた際に「ティベリウス・ユリウス」というローマ人名に創氏改名する栄誉を得た(注5)(注6)。


巷間では、アブデス・パンテラの息子とされるナザレのヨシュア(イエス, イェースース/Ίησοῦς)が、キリスト教の開祖とされる。

キリスト教(キリストきょう、基督教、ギリシア語: Χριστιανισμός、ラテン語: Religio Christiana、英語: Christianity)とは、「ナザレのイエスをキリスト(救い主)と信じ、イエス・キリストが、神の国の福音を説き、罪ある人間を救済するために自ら十字架にかけられ、復活したものである」と信じる宗教。世界における信者数は20億人を超え、すべての宗教の中で最も多いと言われる。

しかし、一方でイエスはキリスト教を説いておらず、あくまでユダヤ教の一派として教義を説き、それを、ユダヤ教と異なる教義として体系化したのは、彼の弟子であるペテロであるとする主張も存在する。

ナザレのイエスが救い主であるとする確証は現在のところ発見されておらず、聖書の記載内容に関して疑問視する人々が、欧米を中心として増加傾向にある(注7)。


注1)"Identifying Genetic Traces of Historical Expansions: Phoenician Footprints in the Mediterranean"
http://www.cell.com/ajhg/abstract/S0002-9297(08)00547-8?cc=y=

注2)"Haplogroup J2, Romans, Viticulture and Christianity."
http://www.anthrogenica.com/showthread.php?1614-Haplogroup-J2-Romans-Viticulture-and-Christianity

注3)P.Haupt/S.Hornung, "Ein Mitglied der Heiligen Familie! Zur Rezeption eines römischen Soldatengrabsteines aus Bingerbrück", Kr. Mainz-Bingen. In: Archäologische Informationen 27/1, 2004, S.133-140.

注4)パンサー(panther, 豹)を意味するラテン語。

注5)Marcello Craveri, La vita di Gesù, Feltrinelli, Milano, 1966, 466 pp

注6)Origenes Adamantius, Contra Celsum, AD 248

注7)『イエス・キリストはキリスト教の創始者ではありません』(2017.1.6)
http://oyakochoco.jp/blog-entry-1659.html?sp


http://famousdna.wiki.fc2.com/wiki/Y%E6%9F%93%E8%89%B2%E4%BD%93J%E7%B3%BB%E7%B5%B1

ティベリウス・ユリウス・アブデス・パンテラ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%99%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%A6%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%96%E3%83%87%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%91%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%A9


アブデス・パンテラの墓碑(バート・クロイツナハのローマンハレ博物館所蔵)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%99%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%A6%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%96%E3%83%87%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%91%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%A9#/media/File:R%C3%B6merhalle,_Bad_Kreuznach_-_Tiberius_Iulius_Abdes_Pantera_tombstone.JPG

発掘当時に描かれたアブデス・パンテラの墓石の絵(左端)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%99%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%A6%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%96%E3%83%87%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%91%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%A9#/media/File:Pantera_Grabstein.jpg


ティベリウス・ユリウス・アブデス・パンテラ(Tiberius Julius Abdes Pantera、紀元前22年頃 - 40年)は、古代ローマの兵士である。

2世紀のギリシア哲学者、ケルススがイエス・キリストの実父だと主張したとされるローマの兵士「パンテラ(Panthera)」を、彼に比定する説がある[1][2]。


発掘当時に描かれたアブデス・パンテラの墓石の絵(左端)

1859年、ドイツのビンゲン・アム・ライン近郊の村ビンガーブリュックで行われていた鉄道工事の際、ローマ時代の墓石が発見された。そこにはラテン語で下記の碑文が記されていた。

Tib(erius) Ivl(ius) Abdes PanteraSidonia ann(orum) LXIIstipen(diorum) XXXX miles exs(ignifer?)coh(orte) I sagittariorumh(ic) s(itus) e(st)

ティベリウス・ユリウス・アブデス・パンテラシドニア出身、62歳かつて弓兵第一コホルスにて軍旗手(?)を務め40年軍務に服した者ここに眠る

この碑文から、アブデス・パンテラの出身地はフェニキアのシドンと解釈される。また、長年の兵士としての貢献により彼にはローマ市民権が与えられたと考えられ、ティベリウス帝治下にあって、ティベリウス・ユリウスというローマ人の名を授かったと推定された。

マリアがイエスを身籠もった時期、アブデス・パンテラの所属する弓兵第一コホルスはユダヤの地に駐屯していたことから、彼も同地で軍務に就いていたことが推定される。このことから、その際にマリアとの間で不貞を行い、彼女を孕ませたのではないかとする説が生まれた。

しかし、このような推定は、上記の碑文が唯一の論拠である上に、文は短く簡潔で解釈の余地が多々あり、推論に推論を重ねているに過ぎない。また、ケルススの主張自体もその著書『真言(Logos Alēthēs)』が湮滅し内容が伝存しておらず、オリゲネスの反論文 『ケルスス反駁(Contra Celsum)』に引用される形で現存するのみであり、明確な学術的根拠がある訳ではない。


脚注

1.^ イエスの父についてのケルススの主張
http://jewishchristianlit.com//Topics/JewishJesus/celsus.html

2.^ La vita di Gesù, 1966, 466 pp


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%99%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%A6%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%96%E3%83%87%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%91%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%A9


7. 中川隆[7372] koaQ7Jey 2017年3月27日 14:02:35 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[7849]

ヨーロッパY-DNA遺伝子調査報告 セム度・メソポタミア農耕民度 調査


10-7. セム度・メソポタミア農民度調査 Y-DNA「J 」 rev.3

  ヨーロッパ人の遺伝子Y-DNA「I 」の兄弟遺伝子は「J 」です。「J1」はセム種です。ヨーロッパ人にとって、セム語族は極めて重要です。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、 この3つの宗教全てを始めたのはセム語族だからです。欧米の宗教はセム種によって開示されたのです。 当時ローマ人以外は野蛮だったヨーロッパ人は宗教なんて高尚な概念はなかったのです。ただの未開集団に過ぎませんでした。しかしローマがキリスト教を受け入れて変化が起きたのです。

  そのローマ人は地中海系民族だったのでやはり野蛮なヨーロッパ人とは一線を画していたのです。そしてヨーロッパに農耕文明をもたらしたメソポタミア文明人は 「J2」遺伝子集団と考えられています。農耕技術を持ってヨーロッパ大陸に拡散をしていったためほとんどの欧州人に「J」遺伝子が交配されています。 「J」はラテン遺伝子の「E1b1b」と共にヨーロッパ人の重要な遺伝子なのです。「J」は「G」と同様にコーカサス発祥の遺伝子です。コーカサスはヨーロッパの母なる土地です。

  欧米では、世界最古の民族はアルメニア人だと、以前言われていましたが、Y-DNA遺伝子の調査では、シーラカンス古代遺伝子のY-DNA「D」と「C」以外の新世代遺伝子Y-DNA「F」の中で 最も古いタイプがコーカサス遺伝子Y-DNA「G」ですが、その頻度が最も高いグルジア人が最古のような気がします。いずれにせよアルメニア人も発祥の地であるコーカサス一帯が 現代文明人の故郷のような気がします。実は「G」遺伝子を持つコーカサス民族には農耕をヨーロッパにもたらしたメソポタミア遺伝子「J2」の頻度も高く、 当時最先端の文化を誇っていたはずなのです。

____

3-7. Y-DNA「J 」   セム度・メソポタミア農民度調査 rev.4

  ヨーロッパ遺伝子度調査で最もアクセスが多いのはY-DNA「J」と「R1a」です。訪問者の方々は世界を揺り動かしているイスラム教とアラブを含むY-DNA「J1」のセム族に非常に 興味がおありのようです。そこで当ガラパゴス史観はEupediaからヨーロッパの情報を転載したいと思います。次に「R1a」情報をお伝えします。Exiteの機械翻訳なので オリジナルが読みたい方はEupediaをどうぞ。


Y-DNA「J1」 アラブ度調査

Y-DNA「J1」遺伝子の現在の分布です。アラブ人の基幹遺伝子ですが、ヨーロッパに意外に浸透していることが良くわかります。

  Y-DNA「J1」は、恐らく東アナトリアのクルディスタン中部のヴァン湖の近くで始まった中東のハプロタイプです。 東アナトリアは ヤギ、羊および牛が中東で最初に飼育された地域です。Y-DNA「J1」は、中東とヨーロッパの至る所で牧羊者の生活様式の拡大にほとんど確実にリンクされます。

  ヨーロッパと西アジアのY-DNA「J1」の出現頻度は、ある1つの地域社会と隣の地域社会では相当に変わる傾向があります。

  ヨーロッパで最も高い国毎の頻度が、ギリシャ、イタリア、フランス、スペインおよびポルトガルで見つかりますが、人口の5%を滅多に超えることはありません。
  しかしながら、イタリア・フランスおよびスペインは、Y-DNA「J1」が全く出現しないエリアを持っています。

  北ヨーロッパでさえ「J1」の頻度は0.5%未満ですが存在します、「J1」の非常に局所的な出現地域がスコットランド、イングランド、ベルギー、ドイツおよびポーランドで観察されました。

  Y-DNA「J1」のより明確な分布図を得るにはより大きなサンプル・サイズが必要です。

  驚いたことに、このY-DNA「J1」が起こったと思われる地域、コーカサスとアナトリアでさえ、地方間に広い不一致があります。

  例えば、北東のコーカサスのダゲスタンのKubachi人およびDargin人はY-DNA「J1」が80%以上ありますが、北への200kmしか離れていない隣人のイングーシの「J1」出現頻度は かろうじて3%に過ぎません。

  ヴァン湖の周囲の東アナトリアのY-DNA「J1」の出現頻度は30%以上ですが、しかし南西アナトリアにはわずか2%しかありません。

  クルディスタン内でさえ頻度は大幅に変わります。

  地域のサンプル・サイズの小ささが確実に問題となります(特定の集団のみを調査している可能性があり地域の平均ではないかもしれない)。

  アラブの国々の中で、南イラクのマーシュアラブ人(81%)(湿地のアラブ人:チグリス-ユーフラテス湿地の住民)が最大頻度になります。スーダンのアラブ人(73%)、イエメンの住民(72%)、 ベドウィン人(63%)、カタール人(58%)、サウジ人(40%)、オマーン人(38%)およびパレスチナのアラブ人(38%)と続きます。

  他に、アラブ首長国連邦(35%)、湾岸アルジェリア(35%)、ヨルダン(31%)、シリア(30%)、チュニジア(30%)、エジプト(21%)およびレバノン(20%)で高頻度で観察されます。

  アラブ人の大部分はY-DNA「J1c3」小亜型に属します。

___


10-7. Y-DNA「J 」   セム度・メソポタミア農民度調査 rev.4

世界の主要な宗教であるユダヤ教も、ユダヤ教から生まれたキリスト教もイスラム教も全てセム系Y-DNA「J 」が興した宗教です。

ただしヤーヴェやキリストが「J1 」か「J2 」かは 現在の遺伝子調査では定かではありません。

イスラム教のムハンマド(マホメット)は成立年代から見てアラブ系のY-DNA「J1 」と思われますが。


Y-DNA「J2」 メソポタミア農耕文明民度調査

  Y-DNA「J2」遺伝子の現在の分布です。チグリス・ユーフラテス川の肥沃な三角地帯で農耕革命を興しヨーロッパに農耕を伝えた集団なのでほぼヨーロッパ全土に浸透しています。

http://garapagos.hotcom-cafe.com/3-7.htm

  ローマ帝国の最大版図です。ローマ帝国の拡大とともにY-DNA「J2」メソポタミア農耕文明の農民が拡大していったことが良くわかります。

http://garapagos.hotcom-cafe.com/3-7.htm

  ローマ時代のキリスト教徒の分布図だそうです。Y-DNA「J2」の分布と重なります。

「J2」農民がローマ帝国の拡大とともにキリスト教を拡大していったことが分かるそうです。 つまり先住民がキリスト教に改宗したと言うより、ローマ人が進出したと考えられるようです。(現代の中国の少数民族政策に似ています、漢族を大量に少数民族の多い地域に送り込み、 地域ごと漢族で乗っ取るやり方です。)


  Y-DNA「J2」は、最後の氷河期の終わりごろ15000年〜22000年前に間で、中東のどこかに現われたと思われます。

  その現在の地理的な分布は、肥沃な三日月地帯からの新石器時代の拡大を支持していると議論されています。

  この(第一次の)拡大はY-DNA「G2」とY-DNA「E1b1b」に関連ずけられるレヴァント地域での穀物農業の開発より、むしろ紀元前8000年〜9000年ごろから始まったZagros山脈および 北メソポタミアからの牛およびヤギの飼育法の拡散と恐らく関連付けられます。

  第二次の「J2」の拡大が、銅の製作という冶金法の到来(ドナウ谷の低地、アナトリア中部および北メソポタミアから)と最も古いいくつかの文明の興隆で生じたのかもしれません。

  ほとんどの古代の地中海・中東の文明はY-DNA「J2」が優勢だった領域で繁栄しました。

  これはハッチ人、フルリ人、エトルリア人、ミノア人、ギリシャ人、フェニキア人(とそのカルタゴの支流)、イスラエル人の場合と、より低い程度ですがローマ人、アッシリア人および ペルシャ人もです。

  中期青銅器時代から鉄器時代までの偉大な船乗り集団の文明はすべてY-DNA「J2」男子によって支配されました。

  雄牛崇拝を伴った古代「J2」文明の別の関連付けがあります。

  雄牛のカルトの最も古い証拠は、新石器時代のアナトリア中部、特にCatalhoyukおよびAlaca Hoyukの遺跡に遡ることが出来ます。

  雄牛描写はクレタでミノア文明のフレスコ画およびセラミックスに遍在しています。

  雄牛仮面のテラコッタ小像および雄牛角のある石の祭壇は、キプロス(新石器時代までさかのぼった西アジアからのY-DNA「J2」の第一次と思われる拡大)で見つかりました。

  ハッチ人、シュメール人、バビロニア人、Canaait人およびカルタゴ市民にはすべて雄牛崇拝(インドヨーロッパ語族か東アジアの地方と対照的に)がありました。
  シヴァ神またはパールヴァティー女神に専心的なすべての寺院で示されるヒンズー教の脅えた雄牛、白い雄牛、はインドヨーロッパ語族に起源を持っていないが、インダス渓谷文明まで さかのぼることができる。

  ミノア人のクレタ、ヒッタイト人のアナトリア、レヴァント、バクトリアおよびインダス渓谷は、さらに雄牛を飛び越える伝統(雄牛の突進をよける儀式)を共有しました。

  それは、Y-DNA「J2」頻度の高い頻度の2つの地方、スペインのアンダルシアおよびフランスのプロバンス地方で伝統的な闘牛として今日まで残存しています。

  Y-DNA「J2」の世界で最も高い頻度は、北東のコーカサスのイングーシ人(男性のY-DNAの88%)およびチェチェン人(56%)に見られます。

  両者はNakh民族グループに属します。彼らは少なくとも紀元前3000年以来その地域に居住しています。

  彼らの言語は他の言語のグループではなく、離れているダゲスタンの言語と関係があります。

  しかしながら、ダゲスタン民族(Dargin人、Lezgin人、アバール人)は、Y-DNA「J1」(Dargin人では84%)に属し、ほとんど完全にY-DNA「J2」は欠損しています。

  Y-DNA「J2」の他の高い出現頻度は、Azeri人(30%)、グルジア人(27%)、Kumyk人(25%)およびアルメニア人(22%)を含む他の多くのコーカサス民族中に見られます。

  しかしながらこの地域の低い遺伝的多様性のために、コーカサス一帯でY-DNA「J2」が始まったとはほとんどありえません。

  ほとんどのコーカサス民族の人々は同じY-DNA「J2a4b」(M67変異)子亜型に属します。

  観察された高い局所的な頻度は、むしろ創始者効果(例えば一夫多妻の長い伝統による首領および王の血統の増殖、ロシア人が19世紀にコーカサスの征服以来抑えこもうとしたこと)の結果に なるでしょう。(貧民が自由に結婚できる現代と異なり、古代は権力者のみが女性を独占し自分の子孫のみを世に送り出してきた事実、このため権力者のY-DNAのみが長い間受け継がれてきた。 中央アジアのジンギスカンの子孫1500万人現存が良い例)

  コーカサスの外で、Y-DNA「J2」の最も高い頻度は、キプロス島(37%)、クレタ島(34%)、イラク(28%)、レバノン(26%)、トルコ(マルマラ海沿岸地域およびアナトリア中部ではピークで30%)(24%)、 ギリシャ(23%)、イタリア(23%)、シシリー(23%)、南イタリア(21.5%)中部北部)等で観察されます、 そしてアルバニア(19.5%)、ユダヤ人の人々(19?25%)も同様です。

  ワラキア人の人々の4分の1(バルカン諸国のロマンス語話し手の孤立したコミュニティー)はY-DNA「J2」に属します。彼らが住んでいるマケドニアおよび北ギリシャでは平均以上になります。

  これは彼らがラテン語から伝わった言語を話すという事実に組み合わせられます、ということは彼らの大部分がバルカン諸国の他の民族グループよりローマ人(あるいは少なくともイタリア人)を 祖先に持つことを示唆します。
http://garapagos.hotcom-cafe.com/3-7.htm


8. 中川隆[7375] koaQ7Jey 2017年3月27日 14:13:47 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[7852]

地中海沿岸 の Y-DNA遺伝子

ギリシャはヨーロッパなのか?? 地中海とバルカン半島
http://garapagos.hotcom-cafe.com/1-14.htm

  集めたY-DNAデータの中から地中海周辺とバルカン半島、旧オスマン帝国領土に絞りまとめて見ました。先ずはインターネットから借用した地中海周辺の地図を頭に叩き込んで下さい。 そのあとでY-DNA頻度データを見て下さい。 地中海の北岸と南岸に限り、東岸の近東諸国のデータは省きました。


結果をまとめて見ました。


1.ギリシャ
  予想通りラテン系Y-DNA「E1b1b1」が主要で、次いでメソポタミア農耕民系Y-DNA「J2」やアナトリア系Y-DNA「R1b」やスラブ系Y-DNA「R1a」、クロマニヨン系Y-DNA「I」等が続いています。

  またY-DNA「J2」と共にメソポタミア農耕を興したらしいY-DNA「G」もある程度残っています。 このアナトリア系のY-DNA「R1b」はロシアのバシキ―ル人がほぼ純系で、恐らくアフリカのチャド系Y-DNA「R1b」も同系ではないかと推測しています。


2.トルコ
  最も多いのはメソポタミア農耕民系のY-DNA「J2」です。テュルク民族のオリジナル遺伝子と思われるY-DNA「N」(ヤクート人の遺伝子)が、 西に民族移動を進める過程でイスラム化すると同時に各地の遺伝子を取り込み 最後に到達したアナトリアで東ローマ帝国を形成していた先住民のY-DNA「J2」と「R1b」と「 I 」、更にラテン系の「E1b1b1」を取り込み成立したのがセルジュクトルコと 後継のオスマントルコなのでしょう。 調査の対象によって出現頻度がかなり異なることがわかります。現代トルコ人は均質ではなく調査対象の選び方でかなり変わるか、地域差がかなりあるのでしょう

  またオスマン帝国時代にアフリカ北岸も領土にしたため、アフリカ系Y-DNA「A」や東ユーラシア時代に取り込んだと思われるY-DNA「C」(タタール系でしょう)も現存しています。


3.バルカン諸国家
  アルバニア人だけがラテン系遺伝子を強く残していますが、他は見事にバルカン系遺伝子のY-DNA「 I2」が主要遺伝子となっており、旧ユーゴースラヴィアの国名にもなった スラヴ系Y-DNA「R1a」が続きます。

  どうやらアルバニア人だけが極めて特徴的な遺伝子構成のようです。他の諸国は遺伝子構成は現代では基本的に似通っているのですが、宗教と言語の違いが極めて厳しく、 紛争地帯の最大の要因のようです。


4.バルカン周辺諸国家(旧オスマン帝国の影響があった諸国)
  バルカン系遺伝子Y-DNA「 I2」とスラヴ系遺伝子Y-DNNA「R1a」が核の民族群のようです。


5.イタリア
  ここではイタリア北部の遺伝子調査結果は出てきません、キチンと系統的に調査されたデータは意外にないのです。

  研究者の注目はやはりイタリアらしいラテンの色彩の強い地中海ど真ん中のイタリア靴のつま先最南端部のカラブリア州や島々のようです。 Y-DNA「E1b1b1」が核のシシリー島とバイキングY-DNA「 I1」が核のサルディニア島の違いがはっきりとわかります。恐らく島民の気質も大きく違うのでしょう。 特に不思議なのはマルケ方言を話すイタリア中央部のMarchigiano方言民の人々で、非常に希少なY-DNA「T」がほぼ100%なのです。 勿論ジェファーソン元アメリカ大統領(Y-DNA「T」)の出身地なのでしょう。このようにイタリア半島部と島々は遺伝子的にかなり面白い国なのです。


6.フランス・プロバンス地域
  フランスの地中海沿岸部のため、もう少しラテン系遺伝子の割合が多いのかと推測をしていましたが、ケルト系Y-DNA「R1b」が60%近くを占める典型的な北欧系地域でした。 恐らくイタリア北部も同じような傾向ではないかと推測できます。つまりヨーロッパ大陸部は北欧で、バルカン半島やイタリア半島、イベリア半島のような地中海に飛び出した地域と島々のみが南欧 つまり地中海地域なのでしょう。もう少しイタリア研究論文の調査を進めて見ます。

7.スペイン
  スペインは各地方がスペインからの分離独立を声高に叫ぶような不思議な国家なのです。スペインを統一したのはカスティーリャ王国ですが、 現代にいたっても国家への帰属意識は意外に低いのだそうです。 それぞれの州が好き勝手に叫んでいるようなのです。実は予想に反してラテン度は低くケルト度が高いのです。スペインのY-DNA「R1b」はラテン気質をみても ゲルマン系ではなくケルト系に近いと思われます。

  バスク人はイギリスのケルト系と並ぶほぼ純系のケルト系遺伝子集団です。
  ガリシア州はスペインの中で最もラテン系遺伝子が多い州。
  アラゴン州はバルカン系遺伝子が最も高い州。
  独立の声が最も大きいカタルーニャ州はバスクの次にケルト度が高い州です。
  ポルトガルは独立していますが、遺伝子的にはイベリア半島民の一部です。


8.ベルベル人
  アフリカ北岸一帯に分布するベルベル人は見事にラテン系遺伝子Y-DNA「E1b1b1」の民族です。アフリカ北岸はカルタゴやハンニバル将軍などの歴史があり、 恐らく古代ローマ時代は当時の文明の先端に位置していたと思われます。 特にトゥアレグ族はほぼ純粋なY-DNA「E1b1」遺伝子集団です。


9.アラブ人
  サラセン帝国など、アラブY-DNA「J1」の拡大でアフリカ北岸はアラブ一色に染まりY-DNA「E1b1b1」はひっそりとわき役に落とされました。 しかし遺伝子調査は極めて明快に今でもY-DNA「E1b1b1」が民衆の遺伝子の核であることを示しています。 つまりアラブの文化を取り入れイスラム教に改宗した集団はイスラム・アラブ人の一員となり改宗せずに独自の信仰を守った集団はベルベル人として非定住・遊牧の生活を選んだものと思われます。

  これは中国で中華文明に取り込まれた異遺伝子集団は漢民族に取り込まれ、そうでない集団は辺境の少数民族化したのと同じような様相です。

  ベドウィン人はアフリカ北岸のアラブ人の中でも古いアラビア語を話す集団らしいですが、ラテン度はほとんどなくアフリカの主要遺伝子の一つであるY-DNA「E1a」を多く含み、 恐らく交易を通してだろうと推測できますが、むかなり特殊な交配を行ってきた民族集団のようです。
http://garapagos.hotcom-cafe.com/1-14.htm


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