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水俣病のチッソと、放射能汚染加害者・東電。放射能禍による国民の健康被害等の責任は全て東電にある(徳山勝)
http://www.asyura2.com/12/senkyo125/msg/796.html
投稿者 判官びいき 日時 2012 年 2 月 07 日 10:47:42: wiJQFJOyM8OJo
 


2月4日毎日新聞朝刊1面に、「水俣病・申請7月末期限表明」とのタイトルの記事があった。今では【水俣病】と言ってもピンと来ない人が多いのではないだろうか。日本の「公害の原点」と言われるのが水俣病である。この水俣病は、チッソ叶俣工場の排水に含まれていた水銀が原因だと、最終的には断定された。だが、その一部の被害者に対する補償が未だなされていない。そのことを示すのがこの記事である。

そのような記事を今、ここでなぜ取り上げたのか。それは、福島原発からの放射能汚染による被害者の、何年か何十年か先の姿と、筆者には重なって見えるからである。水俣病の発端は、昭和20年代後半の「猫おどり病」と呼ばれる猫の奇病に始まる。次いで、手足のしびれ、ふるえ、脱力、耳鳴り、視野狭窄などに罹る人が、熊本県八代海近辺・水俣周辺に増えてきた。当時の新聞報道では原因不明の奇病とあった。

この奇病の原因は、魚介類に蓄積されたメチル水銀を、体内に摂取することによる中毒であった。だが、チッソ水俣工場から排出されていたのが無機水銀だったことと、同工場が戦前から操業していたこともあって、当初は、水銀以外の重金属中毒の疑いが持たれた。政府が、この奇病と工場廃水の因果関係を認めたのは、最初の発症患者が出てから15年後の昭和43年(68年)であった。

科学的に、無機水銀がメチル水銀に変わる化学変化が明らかでないことが、被害者救済に遅れをとった。この遅れを招いた陰には、中毒の原因として、「有毒アミン説」「腐敗アミン説」などの非水銀説を唱えた御用学者が居たことを指摘しておきたい。原発事故直後に、テレビに出演し、盛んに「安全」とか「直ちに健康に影響はない」と唱えた御用学者の姿と重なるだろう。御用学者は昔から居たのである。

また、当初「奇病」と呼ばれたことと、原因が不明であったことが、水俣病患者と水俣出身者への差別を招いた。この差別と言う点では、震災直後に茨城県つくば市役所が、福島県から避難して転入する人たちに、放射能汚染の有無を確認する検査を受けた証明書の提出を求めたことや、福島ナンバーの自動車が放射能汚染の有無に拘わらず、嫌われていることなどと相通じる点がある。

水俣病の原因が工場排水からの水銀によるものと断定されてから、40年以上経過しても、なお全被害者の救済が終わっていない。それにはいろいろな理由がある。最大の理由は、被害者と水銀中毒の因果関係の証明にあったようだ。同様に、放射能による人体への影響は、予測がつかないし、顕れるまでに時間がかかる。また、健康被害と放射能との因果関係の認定も難しい。そういことが今から重なって見えるのだ。

そして、今一つ指摘しておきたいことがある。それは、これらの被害者に支払われる補償金は、全てチッソが負担することだ。なお、その支払総額は2000億円を超えるようである。放射能汚染の確かな加害者である東電だが、例えば放射能汚染で休業中のゴルフ場が、東電に除染完了までの維持費用を求めたのを拒否したように、その損害補償を全て、東電が負担するとの意思は見られない。

電力事業は産業に欠かせない事業であるが、それは、チッソも同じであった。チッソの前身は日本窒素株式会社という、戦時中は国策会社であった。旭化成や積水化学などが、チッソから分かれた企業であることからも分る。そのチッソは、被害者の救済担当をする旧チッソと、事業を継続する新会社に分けることになった。このような公害とその被害者に対する賠償補償の事例があることを、多くの人に知って貰いたい。

東電は、原発事故により避難した人たちに対する目先の被害の賠償は行なっている。だが、放射能の除染については、国に任せ、「我関せず」のようである。国が率先して除染をするのは、国民を放射能から守る意味で、喫緊の課題として行なっているのであって、東電が免責された訳ではない。除染費用は東電が負担すべきものである。将来を含め、放射能禍による国民の健康被害などの責任も全て東電にある。

放射能による被害金額がどれだけ大きくなろうが、除染のような対策費用や損害補償金などに税金を使うことは、許されることではない。全て東電負担だ。そのために、現東電が、賠償補償事業に特化し、電力事業は全く別企業が行なう。そういう選択肢もある。そういう前例があるということを知って貰いたい。
http://www.olivenews.net/news_30/newsdisp.php?m=0&i=1
 

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コメント
 
01. 戦争とはこういう物 2012年2月07日 11:51:05 : N0qgFY7SzZrIQ : eHUBmOQ49s
> 放射能による人体への影響は、予測がつかないし、顕れるまでに時間がかかる。また、健康被害と放射能との因果関係の認定も難しい。

イラクでは戦争5年後くらいから白血病などが急増したと聞く。後4年のうちに、因果関係が証明できなくとも保証が受けられる体制作りを急ぐべきだ。


02. 日高見連邦共和国 2012年2月07日 12:08:02 : ZtjAE5Qu8buIw : Ihir5pcR5A
カネミ油訴訟団も忘れないでー!!

03. 2012年2月07日 13:14:06 : EszHBBNJY2
C型肝炎訴訟は?

04. 日高見連邦共和国 2012年2月08日 16:00:37 : ZtjAE5Qu8buIw : Ihir5pcR5A
03様。勿論です。

俺の『我が事のような怒り』は決して納まっていません!


05. 2012年6月12日 18:55:07 : oraY8fZ8uE
原田正純医師死去

公害の原点と言われる「水俣病」の研究と患者の診察を半世紀あまりにわたり続けてきた医師の原田正純さんが、11日夜10時過ぎ急性骨髄性白血病のため熊本市内の自宅で亡くなりました。77歳でした。
原田正純さんは、昭和9年、鹿児島県生まれ。昭和34年に熊本大学医学部を卒業し医師となり、翌年から医学部の研究室で水俣病の研究に携わりました。
患者の自宅を1軒1軒訪問して診察を行い、昭和37年に、母親の胎内で有機水銀の影響を受けた「胎児性」の水俣病患者の存在を発表。
水銀が母親の胎盤を通ることはないとされていた、当時の世界的な医学の定説を覆しました。
患者の診察を始めた当初、水俣に通う中で、患者が補償を受けられない現実や患者が差別を受けるのを目の当たりにした自身の経験から、「水俣病は単なる病気ではない。企業と行政による犯罪行為であり、事件だ」と発言。
有毒な水銀を含む排水を流した原因企業のチッソや、被害の拡大を防ぐことができず被害の全容把握のための健康調査を行ってこなかった国と熊本県を厳しく批判してきました。
平成11年に熊本大学を助教授で退官したのち、熊本学園大学の教授に就任。平成14年からは負の遺産としての公害を将来に生かすことを目的として「水俣学講義」を開講し、学生や一般の人に向けた講義に取り組んできました。
一方で、水俣病患者の診察も続け、最近まで水俣市の胎児性患者の家に通って診察を続けるなど50年以上にわたって一貫して患者の立場に立ち医師として水俣病に関わり続けました。
去年、血液のがんを発症。入退院を繰り返しながら熊本市の自宅で治療を続けていました。
           

06月12日 01時16分

http://www3.nhk.or.jp/lnews/kumamoto/5005762051.html

孫の手握り静かに息引き取る

原田医師がおととしまで教授を務めた熊本市の熊本学園大学の水俣学研究センターが、きょう会見を開き花田センター長が「孫の手を握り静かに息を引き取った」となくなった時の様子を伝えました。会見では水俣学研究センターの花田昌宣センター長が亡くなった様子について家族から聞いた話を伝えました。
それによりますと原田医師は、昨夜、自宅で家族の問いかけに最後までうなずきながら、家族に囲まれ、孫の手を握り、静かに息を引き取ったということです。
原田医師は、亡くなる直前まで、連日、自宅を訪れる見舞い客を笑顔で迎え話していました。
また、
原田医師は、こども向けの絵本の出版に向け準備を進めているところだったということで、花田センター長によると、本人は生前、「やりたいことはすべてやった。やり残したことがあるならば、それは、次の世代の子どもたちに自分の見てきたこと経験したことを伝えることだ」と話していたということです。
花田センター長は「原田先生は弱者の立場に立って患者とともに生きる反骨の人だった。先生がやり残したことを我々が引き継いでいきたい」と話していました。
       

06月12日 12時01分

http://www3.nhk.or.jp/kumamoto/lnews/5005760321.html

お別れ会は14日

原田医師の葬儀にあたる「お別れ会」は14日、正午から熊本市東区の玉泉院月出会館で行われます。参加は誰でも出来るということです。
住所)熊本市東区月出8−1−5問) 096−382−6668   

06月12日 11時56分

http://www3.nhk.or.jp/kumamoto/lnews/5005766341.html

原田医師の死を悼む声

常に現場から学ぼうと半世紀水俣病の診察と研究を続けた原田正純医師の死を悼む声が各地から聞かれています。
胎児性水俣病患者の1人で、幼い頃から原田医師の診察を受けていた水俣市の坂本しのぶさん(55)は「知人から一報を聞き、驚きました。原田先生はわたしが生まれた時から知っている人で、何でも話せる友達のような医師でした。私達胎児性患者の言葉を何でも一番真剣に聞いてくれて最後に会った時も私たちのことをずっと心配してくれました。今はただありがとうと言いたいです」と話していました。
40年以上に渡り共に水俣病を研究してきた法学者で熊本大学の富樫貞夫名誉教授は「患者や被害者のために医師として何が出来るかを常に考え続け、患者の側に立つというスタンスは生涯変わらなかった。
2度と原田さんに代わる人が出てくるとは思えないほど水俣病にとってかけがえのない大きな存在だった。カナダなど外国でも公害に苦しむ人たちの診察を行うなどの活動も精力的に行い水俣病の伝道師の役割も十分に果たしたと思う」と話していました。

06月12日 11時05分

http://www3.nhk.or.jp/kumamoto/lnews/5005762111.html

石牟礼さん「名残惜しい」

原田医師と同様に水俣病患者の目線で執筆活動を続け、生前、交流のあった作家の石牟礼道子さん(85)は「原田さんとは、水俣病が正式な病名ではなく、まだ『奇病』と言われていた頃からの付き合いでした。何とも言えない安心感があり、伸びやかな気分にさせる方で、ありがとうございましたの一語に尽きます。そして、お名残惜しい」と話していました。
また、石牟礼さんは「原田さんの存在が自分の作品の中に穏やかな陽光のように映っています。原田さんが胎児性患者の子どもたちと戯れていた楽しそうな姿がどんなに私の執筆活動の助けになり、私の作品にとってどんなに良かったことか。そして、原田さんに作品を読んでいただくのが喜びでした」としみじみと語っていました。
            

06月12日 16時59分

http://www3.nhk.or.jp/kumamoto/lnews/5005764421.html

大臣「感謝し冥福祈る」

細野環境大臣はきょうの会見で
「心より感謝を申し上げるとともにご冥福をお祈りしたい」と追悼のことばを述べました。
細野環境大臣は12日朝の会見で、「お会いする機会には恵まれなかったが、原田先生はこの分野の大家でずっと問題に取り組んでこられた先生だった」と述べました。その上で、「水俣病は政府がもっと早い段階で被害者に寄り添って対応していれば状況は違っており、反省の多い歴史だと思うが、そういう中で原田先生は政府に対して厳しい見解含め、様々な指摘をしてくれた方で、心より感謝を申し上げるとともにご冥福をお祈りしたい」と述べました。

06月12日 12時13分

http://www3.nhk.or.jp/kumamoto/lnews/5005764761.html

知事「人間として尊敬」

医師の原田正純さんが、昨夜、亡くなったことについて、熊本県の蒲島知事は「水俣病を通して公害問題に世界的に貢献した原田先生が亡くなられたのは大変残念に思う。人生をかけて水俣病とりくんでいた姿に、同じ学者として人間としてとても尊敬している」と話しました。


06月12日 12時11分

http://www3.nhk.or.jp/kumamoto/lnews/5005765421.html


06. 2012年6月12日 20:00:38 : oraY8fZ8uE
水俣病研究の原田医師死亡

公害の原点と言われる「水俣病」の研究と患者の診察を半世紀にわたって続けてきた、鹿児島県生まれの医師、原田正純さんが、11日夜、急性骨髄性白血病のため熊本市内の自宅で亡くなりました。77歳でした。
原田正純さんは、昭和9年、鹿児島県生まれ。
昭和34年に熊本大学医学部を卒業し医師となり、翌年から水俣病の研究に携わりました。
患者の自宅を1軒1軒訪ねて診察を行い、昭和37年に、母親の胎内で有機水銀の影響を受けた「胎児性」の水俣病患者の存在を発表。水銀が母親の胎盤を通ることはないとされていた当時の世界的な医学の定説を覆しました。
鹿児島県内でも平成18年にさつま町で水俣病の歴史を振り返って講演を行うなど、水俣病について環境汚染と食物連鎖によって引き起こされた世界で最初の公害だと説明し、同じ過ちを繰り返してはならないと訴えてきました。
「水俣病出水の会」の尾上利夫会長(74)は「先月19日に原田さんの自宅で話をしたばかりなので、亡くなったと聞いてびっくりした。水俣病問題に私たち被害者団体と一緒に取り組んできた第一人者のひとりだった。水俣病に関して右に出る人はいないという人で本当に残念でなりません」と話していました。

06月12日 13時16分

http://www3.nhk.or.jp/kagoshima/lnews/5055763961.html


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