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「南京事件なかった」 河村市長、日中討論会提案   
http://www.asyura2.com/12/senkyo126/msg/549.html
投稿者 びっくりカメラ 日時 2012 年 2 月 20 日 22:37:58: J0cB34o5BCnvo
 

「南京事件なかった」 河村市長、日中討論会提案
2012年2月20日
中日新聞 http://www.chunichi.co.jp/s/article/2012022090140720.html

名古屋市の河村たかし市長は20日、市役所を訪れた中国共産党の南京市委員会幹部らに、戦時中の旧日本軍の行為に関し「通常の戦闘行為はあったが、南京での(大量虐殺)事件はなかったのではないか」と述べた。その上で「真実を明らかにするためにも、討論会を南京で開いてほしい」と求めた。

河村さんは「南京で終戦を迎えた父は、現地の人からラーメンの作り方を教わるなどのもてなしを受けた。本当に事件があったなら、日本人にやさしくできるものか、理解できない」と大量虐殺に懐疑的な考えを示した。

名古屋市と南京市は1978年に姉妹都市となり、交流を続けている。南京市側の劉志偉・常務委員は8人の訪問団を代表して「教育の中で歴史を強調するのは憎しみからではなく、平和を大切にしたいからだ」と述べ、河村さんの発言に対する明確な返答はなかった。

河村さんは2月上旬、南京市を訪れた名古屋市議を通して、討論会開催の意向を伝えていた。訪中した山本久樹市議は「南京側は討論会に前向きだ。今後、事務レベルで日程を詰めることになる」との見通しを語った。

南京事件は、日中戦争初期の37年に日本軍が南京で投降した兵隊や一般市民などを殺したとされる事件。日中で死者数などの見方が分かれている。

日中両国の有識者が2010年にまとめた日中歴史共同研究では、日本側は死者数を「20万人が上限。4万人や2万人とする推計もある」と指摘。中国側は「30万人以上」との見解を示した。  

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コメント
 
01. 2012年2月20日 22:48:55 : h9GIqDHotE

http://image.search.yahoo.co.jp/search?ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&p=massacre+iraq
沖縄の軍事基地を認めるということは
イラクやアフガン、朝鮮、ベトナムなどでの米軍による多くの家族虐殺の共犯者、犯罪的な傍観者になるということだ。
自分の家には「犯罪者や犯罪共犯者はいない」と思っていたら大間違いだ。

http://esashib.web.infoseek.co.jp/kenpo05.htm
沖縄の米軍基地は世界中で多くの家族を虐殺している。
自衛隊もその共犯者として同盟している。
家族殺しの血に塗れた歴史が厳然としてある。

http://www.jca.apc.org/~yyoffice/Son%20My/Part2.htm#2.
http://blog.livedoor.jp/genkimaru1/archives/1319480.html
トゥルオン・ト〔Truong Tho〕さんは72歳だった。米兵たちは、彼の顎鬚をつかんで庭に引きずり出し、ひどく殴りつけた。そのあと、米兵はトゥルオンさんの顎鬚をあごまで一緒に切り落とし、井戸へ突き落とした後、爆薬を投げ込んだ。



02. 2012年2月20日 22:49:30 : SuFGbm4i5Y
ドイツでは、ネオナチがアウシュビッツは無かったと主張している。

さすがナチ民主党出身者、ナチ振りを発揮だな。

今でも南京城の城壁のあった辺りを掘り返すと累々たる白骨が出て来る。
終戦直後に発行された、従軍写真家が密かに持ち帰った南京大虐殺当時の写真集を見たことがあるが、
それはそれは大変なものだったよ。

因みに、南京大虐殺の司令官は、昭和天皇の伯父の朝香の宮と言う奴だ。
 


03. 2012年2月20日 23:06:22 : Ql4JUZpkn6
ヒトラーはシオニストが放ったトロイの木馬だろう。
英国人説もある。
南京事件もシオニストのでっち上げではないか。

04. 2012年2月20日 23:48:30 : IiKTelVENM
アウシュヴィッツはなかったと主張するネオナチなんているのかよ。
それじゃあ「南京」の町はなかったと主張するネトウヨもいるのか?

05. 2012年2月21日 00:00:51 : KvacDP9duk
>>02. 2012年2月20日 22:49:30 : SuFGbm4i5Y
今でも南京城の城壁のあった辺りを掘り返すと累々たる白骨が出て来る。
終戦直後に発行された、従軍写真家が密かに持ち帰った南京大虐殺当時の写真集を見たことがあるが、
それはそれは大変なものだったよ。

ぷっ!ぶはははっそんなネタの割れた手品を。
「それはそれは大変なものだったよ。」だって。うはは。
終戦直後に発行された、従軍写真家ってあんた…


06. 2012年2月21日 00:01:04 : c1E9zM7KjA
河村、バカなネトウヨ変わらん。愚かなり!

07. 2012年2月21日 00:57:50 : IiKTelVENM
>>05
しかし、中国の都会を掘り返すと出てくる死体の山は
流行の疫病の使者なのだ、などと言っても、
口が上手の中国人は「それは日本人の使った細菌兵器だ」とか
言い出すんじゃないかな。

08. 2012年2月21日 06:50:57 : A8UwGNW9tA
「通州事件」
1937年(昭和12年)7月29日。北京郊外の通州において、数百人超の日本人居留民が虐殺された。大東亜戦争の一つのきっかけになったとも言われる。
 通州の日本人居留民は、日本軍守備隊の留守をねらった支那の保安隊、学生により、世界の歴史上、類例を見ないほどの残虐行為を受け、虐殺されました。さらに支那人達は、殺した日本人に対して一片の同情も哀れみの心もなく、その屍体までもいたぶっているのです。かけつけた日本軍がそこで見たものは、言語に絶する惨状であった。
 支那人は南京で日本軍が大虐殺を行い、妊婦の腹を裂き、胎児を銃剣で突き殺すなど、悪逆非道の限りをつくしたとデッチあげて日本を非難していますが、通州事件を見ますと、日本軍が行った行為と言っているのは、支那人自身が行ったことに他ならないことが解る。
 今でも内陸部では「人肉を喰う」村があると言う。YOUチューブで見たことがある。

09. 2012年2月21日 07:23:21 : cmTEaHFJ2w
>>07, 08

いいかげん、Vakaみたいなコメントここに書くなよ。

そんなのは、2ちゃんの櫻井よしこファンクラブにかき込んでくれ。

そんな言い分が通るんなら、東京大空襲は日本軍が焦土作戦としてやったもの、と言われるのがオチだぜ。

エセ右翼め。



10. 2012年2月21日 07:25:04 : wj8MsUAcRc
南京大虐殺がなくても国際法では、有罪死刑は正しい。

当時の昭和大室軍部が戦意高揚の目的でマスコミに命じて合成写真入りで書かせた

「匪賊討伐記事」での南京付近での日本側の合計発表者数は40万人だった。

人一人虐殺されていなかったとしても

当時の大室帝国軍人は昇進と昇給と勲章を受け取ったのだから

新しい無罪の証拠を提出できない限り当時の権力者が有罪になるのが国際法の常識。

これはユダヤ人600万人虐殺の証拠が、ナチス第三帝国の

ヒムラー親衛隊長からヒットラー大総統あての上奏文書にしか

ないという川尻徹(かわじりとおる)説が事実だとしても

国際法が適用されて有罪になるのと同じ国際的な常識である。



11. 2012年2月21日 10:03:56 : XJL2YLIhEs
わざわざ南京くんだりから来てくださった友好姉妹都市の代表にケンカ売るなら、『虐殺があったと主張するなら、姉妹都市提携やめるぞ』って言えばいいのに。
それだけのことじゃん。
名古屋市長として逢ってんだから、市長の仕事しろや。

12. 2012年2月21日 10:35:50 : bW0kgIpTJg
河村市長は苦労人だけに本当によく仕事してますよ 橋下なんかとは大違い
名古屋市民は河村さんが大好きだ!!!なので 多分、、、名古屋市民でもない
であろう方から、仕事しろやとは大きな世話だ。
、、、11さんの発言をわざと取り違えておきました、あしからず。

13. 2012年2月21日 11:08:11 : XJL2YLIhEs
たしかに....関西人ですんで。大きなお世話です(笑)
幸い大阪府民ではありません。
河村はNHKの『大地の子』なんか見なかったんでしょうね。ラーメンの作り方教えるくらいナンだってんでしょう。残留日本人孤児が誰のおかげで大きくなったと思ってるんでしょう。
中国人の心の広さを誉めるネタにはなりこそすれ。ラーメンごときで詐欺師呼ばわりは本末転倒。日本は中国と戦争しなかったんですかね?


14. 2012年2月21日 12:51:01 : 8rNCXQYiW2
名古屋在住者ですが、河村さんの父のような意見はその世代の兵隊経験した人から多く聞いた。また南京へ仕事に行ったら中国人通訳が「大虐殺はオーバーだ。そもそも南京大虐殺とは、中国共産党員家族に対して国民党兵士が起こした事件を言う。そう書いてある記念碑も現存している。アメリカは、冷戦時に中国をソ連側に付けないために日本に命じて日本の資金で中国に財政支援させた。その時にでっち上げられた外交上のキヤンペーンだ。」と言ってくれた。私は河村説を支持する。

15. 2012年2月21日 13:45:53 : MGmbqp2lxA
>>05
何にも知らないお子ちゃんが、右翼が立てた嘘サイトの戯言に操られているのか?
実際にその写真を見たことも無いお子ちゃんに何が分かる?

南京城後から出て来る遺骨には、首が切り落とされた後や銃剣で突き刺された跡が付いている者が数多くある。
また、帰還した兵士の証言もある。

ドイツではネオナチと言うらしいが、差し詰め日本ではネトウヨと言ったところか。
 


16. 2012年2月21日 15:43:02 : hFNlE8FoOA
まあ、どう考えても攻めにいったのは日本人で、被害を受けたのは中国人。

中国人が攻めに来たわけではない。(中国人って歴史上一度も日本に攻めに着てないよね。)わざわざ大陸にまで侵略したのは日本人。

この前提で考えたらネトウヨの中国批判は厚顔無恥すぎて話にならない。

まあ、ネトウヨは自分の家に他人が入ってきて暴れまわっても許してくれる人種なんでしょう。


17. 2012年2月21日 15:59:48 : E7ZPPZeQEy

南京虐殺事件は、戦後になってGHQが、米軍のやらかした無差別爆撃や原爆投下(これらはジュネーブ条約違反)を矮小化するために、朝日新聞を使ってでっちあげたもの。


18. 2012年2月21日 16:38:49 : BnPQDnro5g
>> 05
「実際、チャンコロ(中国人の蔑称)は、もう絶対に甘やかしてはいかんと、我々は厳命されてましたからなあ。
どんなヤツでも捕虜で引っ捕らえたら、先ず殺すのが原則でしたからね・・・・
今盛んに言われてる、南京事件をはじめ各地の残虐行為なんかも、そうです。
全部本当の話だったんですよ!
まあ、戦犯なんかに引っかかったヤツらは、よっぽどツキガ悪かったんでしょうなあ、ハッハッハツハッ・・・・・・・」

(1955〜'60年当時、自称元シナ派遣憲兵大尉と称する、父親が使っていた公認会計士の男から、しばしば聞かされた、反吐の出る所謂「大戦中の懐旧談」の一部。
昨今のウヨクどもとは異なり、あらゆる極悪行為まで得意げに吹聴、肯定していた。)


19. 2012年2月22日 02:56:20 : IiKTelVENM
>>16
>中国人って歴史上一度も日本に攻めに着てないよね。

と言ってるところが素晴らしい。


20. 森羅万象 2012年2月22日 05:09:31 : GlKbpqVjZUBgc : LHH7RnBmIA
日本はナチスでは無い。似ているのかどうかは別として明らかに別。
だから、ナチスがどうだから同じと言うのは、明らかな摩り替え。
その取るに足らないコメントは無視しましょう。

日本が虐殺があったのか、否か、
互いの思っている歴史とその証拠を淡々と互いに検証すればいいだけの事。
もし、事実であるなら、それが、後世の日本人の胸にも刻まれ易い。
一方、歴史的な検証はもう済んで必要無い、冒涜だとの意見は、検証すると
不都合があるのであろう。
友好関係を凍結? 河村市長の指摘が、図星だった様です。
どの世界でも脅しに屈したら、そこから負け街道の始まりです。
そう言わないで、日本人は馬鹿だから、もう一度、刻み込む為に合同で検証
しましょうと言って引っ張り込んでやればいいんです。

河村市長、応援してます。 国民の生活第一で、力を合わせて頑張りましょう。



21. 2012年2月22日 10:42:23 : BnPQDnro5g
>> 20

あのずるずる敗戦亡国へと陥れた、所謂自称「大本営発表」の超巨大ウソ洗脳!
近くは「沖縄密約」の大ウソ、マヤカシ!
執拗極まる、小沢バッシング策動の大ウソ捏造裁判!etc

共にどれほどバレバレで検証されようが、されまいが、テメーらに不都合な事実は、一切受け付けないのがウヨクどもの、サイコバス脳細胞の仕組み!!!


22. 2012年2月22日 18:42:26 : 56JEEon1vQ
河村説支持派及びネトウヨ/ブサヨ一般は短慮。
>>18氏のコメントは局部的描写だが、言っていることは正しい。
---
>>20
>日本側の虐殺があったのか、否か。

説教を垂れる前に、下に添付のコメント#41を読めば「不都合な真実」の概略がわかるだろう。
http://www.asyura2.com/12/senkyo126/msg/533.html?c#c41


23. 2012年2月22日 21:33:07 : LHH7RnBmIA
>>22
そういう事も含めて検証すればいいのでは?

何、ムキになってるの(笑)


24. 2012年2月28日 00:59:34 : 1BHyEc81RE
南京事件否定発言 撤回求め抗議文(毎日)というシナ人ならびに南京ゴネしている国際特亜ヤクザ共の戯言について
http://www.asyura2.com/12/china3/msg/117.html

25. 2012年2月29日 22:39:05 : esmsVHFkrM

南京虐殺は歴史的事実だ。これを否定できるなどと思っている日本人がいること自体が信じられない。そんな連中は、知的能力に劣っているのか、、道義に欠けるか、たとえ不都合で不面目な事実であってもそれを受け止める勇気と誠実さにかける卑怯者だ。

事実は事実だ。

事実について話そう。

南京虐殺については、発生直後から報告され、政府、軍部の上層部はそれを認識していた。具体的には発生と同時に南京の日本領事館から外務省に報告が送られ、それらは陸軍省、海軍省へ送付されている。

当時外務省東亜局長であった石射猪太郎は、戦後1947年東京裁判において、弁護側証人(注目)として以下の証言をしている。

「(1937年)12月13日頃、わが軍が南京に入場する、そのあとをおってわが南京総領事代理(福井敦氏)も上海から南京に復帰した。同総領事代理から本省への最初の現地報告はわが軍のアトロシテーズ(残虐行為)に関するものであった。この電信報告は遅滞なく東亜局から陸軍省軍務局長宛に送付された。当時、外務大臣はこの報告に驚きかつ心配して、私に対し早く何とかせねばならぬとお話があったので、私は電信写はすでに陸軍省に送付されていること、陸海外三省事務当局連絡会議の席上、私から軍当局に警告すべきことを大臣にお答えした。
その直後、連絡会議が私の事務室で行われ(中略)、その席上、私は陸軍軍務局第一課長にたいし右アトロシテーズ問題を提起し、いやしくも聖戦と称し皇軍と称する戦争においてこれは余りにもヒドイ、早速厳重処置することを切実に申し入れた。同課長もまったく同感で、右申し入れを受け入れた。
その後いくばくもなくして在南京総領事代理から書面報告が本性へ到着した。それは南京在住の第三国人で組織された国際安全委員会が作成した我軍アトロシテーズの詳報であって、英文でタイプされてあり、それをわが南京総領事館で受付け、本性に輸送してきたものである。私は逐一これに目を通し、その概要を直ちに大臣に報告した。そして大臣の意を受けて、私は次の連絡会議の席上、陸軍軍務局第一課長にその報告を提示し、重ねて厳重措置方要望したが、軍はもはやすでに現地軍に云ってやったとの話であった」。(桐富雄『日中戦争 南京大虐殺事件資料集 第1巻』青木書店 1985年)

このうち、「軍はもはやすでに現地軍に云ってやった」ことの中には、参謀総長閑院宮載仁親王から中支那方面軍に1938年1月4日付けで下達された訓示を、中支那方面軍参謀長塚田攻少将から各部隊に向けて下達した「軍紀風紀に関する通牒」があり、それは以下の通りである。

「軍紀風紀において忌まわしき事態の発生近時ようやく繁を見、これを信ぜざらんと欲するもなお疑わざるべからざるものあり、惟うに一人の失態は全隊の真価を左右し一隊の過誤もついに全軍の聖業を傷つくるに至らん。(中略)軍紀を厳正にし戦友相戒めてよく越軌粗暴を防ぎ、各人みずから矯めて全軍放縦を戒むべし」。(『続・現代史資料(6)軍事警察』)

さらに陸軍上層部の南京虐殺認識について傍証を続けたい。

当時陸軍軍事課長であった田中新一大佐は、詳細な『支那事変記録』を記していて、その中で、1938年1月12日の陸軍省局長会報において、中国戦線から帰国した陸軍省人事局長阿南惟幾少将が中支那方面軍の軍紀について次のように報告したと述べている。

「軍紀風紀の現状は皇軍の一大汚点なり。強姦、略奪たえず、現に厳重に取り締まりに努力しあるも部下の掌握不十分、未教育補充兵等に問題なお絶えず」。(『支那事変記録 其の四』防衛研究所図書館蔵)

また、当時陸軍省兵務局防諜班長であった宇都宮直賢少佐はその回想録において、陸軍中央の南京虐殺対応について以下の通り記している。

「南京の暴行残虐事件についても私は帰京後に聞いた。(中略)私は参謀本部の本間(雅晴)第二部長、渡(左近)支那課長、米(アメリカ)班の西(義章)班長以下に会ってこれらの事件の対策について諮問におよばずながら応えいろいろ進言した。
米班長で大本営参謀の西中佐(31期陸代同期)が実地調査のため直ちに南京へ急行することとなり、広田大佐と協同して事件の究明と解決に努力した。次いで杉山陸相の要請で、本間第二部長も急遽南京に向かい事情調査を実施することとなった。
南京の暴行虐殺事件のニュースについては、日本側はこれを発表することを禁止したが、全世界に知れわたって轟々たる非難の的となったことはまことに遺憾千万だった」。(『黄河・揚子江・珠江 − 中国勤務の思い出』 非売品 1980年)

ここにある本間雅晴参謀本部第二部長の調査結果を受けて、陸軍中央は松井石根中支那方面軍司令官の不作為による南京虐殺発生を確認、松井を処分する方針となったが、それはあくまでも内部処分の形(直接その責任を問わない)をとり、1938年2月14日松井を中支那方面軍司令官から解任して日本に召還した。

このようなことなかれ主義的処分には陸軍中央内部にも不満が残り、田中隆吉は1939年に1月に兵務局兵務課長となって以後憲兵隊の調査報告書の提供も受けて、松井石根ら中支那方面軍幹部を軍法会議にかけて裁くように提案したが、参謀総長らに拒否されたという。(『東京裁判資料 田中隆吉尋問調書』大月書店 1994年)

一方松井も、南京虐殺が国際的な非難をあびて自分の更迭につながるであろうことは認識していたと見えて、1938年2月7日に行われた慰霊祭(1973年12月18日の第一回とは別の2回目)において、全部隊長を集めて行った訓示でみずからの悲憤の心中を吐露している。それを目撃した上海派遣軍参謀課長飯沼守少将はその日記に以下の通り松井の言葉を記している。

「南京入場の時は誇らしき気持ちにて、その翌日の慰霊祭(1973年12月18日の第一回)またその気分なりしも、本日は悲しみの気持ちのみなり。それはこの50日間に幾多の忌まわしき事件を起こし、戦没将士の樹てたる功を半減するにいたりたればなり、何をもってこの英霊に見えんや」。(「飯沼守日記」『南京戦史資料集』偕行社 1989年)

さらに、この南京虐殺は南京に総司令部を置いた中支那派遣軍幹部の間では歴代一大不祥事として語り伝えられていたようで、昭和天皇の末弟である三笠宮崇仁はその自叙伝において次のように述べている。

「1943年1月、私は支那派遣軍参謀に補せられ、南京の総司令部に赴任しました。そして1年間在勤しました。その間に私は日本軍の残虐行為を知らされました」。(『古代オリエント史と私』学生社 1984年)

以上、南京虐殺発生直後から政府、陸軍中央には報告が行われ、その存在は認識され、その抑制が指示され、将官を派遣した現地調査が行われ、それに基づいて松井石根中支那方面軍司令官の更迭が行われ、松井自身はそれを悔い、南京虐殺自体がその後の中支那派遣軍幹部の間で語り継がれたことが事実として確認される。

当時の日本政府および陸軍中央が「ある」ものとして調査、認識、対処、処分を行っていたものを、今になって「なかった」と強弁するのは、いったいいかなる精神によるものであろうか。歴史的事実を正しく客観的に認識できない知的障害があるのであろうか。自己の主張に都合の悪い事実は知らない、無視する、という道義的退廃があるのであろうか。

右翼保守のデマ本を読んで南京虐殺はなかったと信じ込まされてきたネトウヨは今からでも遅くはない。右翼保守のデマゴークが都合が悪くてその本に決して書かない事実を知ってほしい。世界はそれを知っているから、一部日本人の「南京虐殺はなかった」との主張に対して冷笑と軽蔑を返しているのだ。

ここまで書いて、どうせ「そのような不祥事が一部にあったとしても、その犠牲者数はわずかで虐殺と呼ぶには値しない」との右翼保守デマゴークの受け売りが出てくるだろうから、あらかじめ、述べておけば、

南京虐殺はなかったとの主張を行うものの内唯一歴史学者と呼べる秦郁彦でさえ、その主著『南京事件 − 虐殺の構造』(中公新書 1986年)において、南京虐殺の犠牲者数を3万8千から4万2千人と推計し、これは「あくまで中間的な数字に過ぎない」、「新資料の出現で動くこともある」としている。

秦の計算は、戦意を完全に失って逃げ回っている「敗残兵」や「投降兵」の殺害を「戦闘の延長として見られる要素もある」として虐殺とみなさないこと、また生存と逃走のため軍服を脱ぎ捨てて民間人の服装をした「敗残兵」がいるはずで、これらは「便衣兵」とみなせるとして、そのような「敗残兵」およびそのような「便衣兵」の容疑をかけられて殺された民間人をすべて虐殺から除くなどの操作を行って算出した数字で、とても妥当な計算であるとは言えないことは明らかだ。

しかし、その秦をしても3万8千から4万2千人という不法殺害の犠牲者数を認めている。これだけでも立派な「南京大虐殺」だ。

以上、長々と述べたが、これを読む人には「南京大虐殺などありえねーよ」という主張がどれほど荒唐無稽なものであるか事実に基づいてよくお分かりいただけるものと思う。

誇りあるまともな日本人は「南京大虐殺などありえねーよ」などという戦前の亡霊の復活を許してはならない。ほとぼりが冷めたからなかったことにしようなどという卑怯で女々しいまねを許してはならない。さもなければ、日本人は世界に特にアジアに友人を失ってしまう。

南京虐殺はあった。それは確かにあった。



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