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江藤淳と小沢一郎が「共有するもの」―安全保障と憲法改正論 (ブログ『毒蛇山荘日記』)
http://www.asyura2.com/12/senkyo130/msg/393.html
投稿者 メジナ 日時 2012 年 5 月 21 日 21:26:04: uZtzVkuUwtrYs
 

江藤淳と小沢一郎が「共有するもの」―安全保障と憲法改正論
 2012-05-21 :(山崎行太郎の政治ブログ『毒蛇山荘日記』)


江藤淳と小沢一郎が共有するもの、あるいは一致するところは少なくないが、私は、共有し、一致するところと言っても、政策や思想の一致など、意識レベルのものはあまり重要だとは思わない。むしろ重要なのは、人間本質にかかわる部分であり、体質や心情、生活態度など、無意識レベルの一致、共有の方であると考える。

本居宣長は、「意は似せ易く、姿は似せ難し」と言っているが、本居宣長の言う「意」とは、政治に換言してみれば、政治思想や政治的政策や理念などであろう。こんなものは、誰にでも簡単に真似できると本居宣長は言っているわけである。

「姿」とは、物まねしようと思っても簡単にまね出来ないもののことである。
たとえば、立ち居振る舞い、あるいは顔かたち、生き方のスタイル・・・は容易には真似できないものである。
したがって、政治思想や政策、理念を、私はそれほど重視しない。

しかし、江藤淳と小沢一郎の共有するもの、一致するもので、政策や理念にかかわる問題で、忘れてはならない問題がある。
それは憲法問題である。

小沢一郎が、「小沢調査会」以来、若い時から、安全保障問題を中心に憲法問題に取り組んできたことはよく知れている。
最近の「米軍は第七艦隊で十分だ」発言とか、「沖縄米軍海外移設論」などは、物議をかもしたけれども、あれは、小沢一郎の思いつきの発言ではなく、長年にわたる研究、熟慮の上での発言である。
つまり、小沢一郎は、「憲法改正」と「日本独立」を早くから模索し続けてきた政治家である。

ところで、江藤淳はどうだろうか。実は、江藤淳こそ、元祖「憲法改正論者」なのである。
江藤淳の仕事の重要な分野の一つが、戦後、アメリカ占領軍に押し付けられた「日本国憲法」の研究である。
『一九四六年憲法―その拘束』や『忘れたこと忘れさせられたこと』『閉ざされた言語空間』などの著書は、その成果である。

江藤淳は、1979年(昭和54年)に、戦後憲法研究と米占領軍の検閲問題の研究のために、ワシントンのウッドロー・ウイルソン国際学術研究所に、研究員として赴任している。
そこで、明らかになったことの一つが、米軍による検閲は、憲法の成立過程の内情を隠蔽し続けるという検閲だったということであった。

そこで、江藤淳は、憲法成立過程において、何が起こったのか、何がわれわれ日本人に隠されたのかを明らかにしたうえで、憲法改正という問題を提起したのである。しかも、江藤淳の憲法論も、小沢一郎と同じように、アメリカからの軍事的独立を模索する「日本独立」を視野に入れた憲法改正論であり、その中身は対米独立論であり、自主防衛論であると言っていい。たとえば、田久保忠衛との対談で、こう言っている。

問題は冷戦後の世界だと思います。
(中略)戦後の第一の敗戦から今日までの歴史を振り返ると、日本は防衛、安全保障、国際政治の面では一人前ではなかった。しかし経済は別だ。
(中略)しかしこれからは列強の時代ですから当然列強の一つに日本はまた戻る。そうなれば憲法問題がまず出てくる。
日米同盟は大事にしても「自国の防衛は主として自国が負担する」という国民的合意の形成に政治は動かなければいけない。
それを前提にしたうえで、たとえば国連安保理の常任理事国になる。

そこで初めて戦後が終わる。
そして「新しい時代が二十一世紀に向けて始まるんだ日本はやっと大人になれる機会がきたんだ。
さあ、日本の政治はどうするだろう」と思っていたのです。

江藤淳が言っていることは、憲法改正を通じての対米自立、自主防衛ということである。「冷戦終結」は、そのいい機会になるというわけである。

しかし、その後の日本の歴史は、そうはならなかった。文字通り「足踏み」状態であり、むしろ「逆戻り」しつつある。

そこで、日本の独立、自主防衛を実現してくれるかもしれない政治家として、江藤淳が期待した政治家が小沢一郎だったように見える。そのためには、小沢一郎の「剛腕」も「権力闘争」に賭ける情熱も、あるいは場合によっては「金権体質」さえも、必要になるかもしれない、と江藤淳は考えていたのではないか。

■平野貞夫氏との対談「小沢裁判は政治謀略だ!」(「月刊日本」6月号)が発売されました。是非、ご一読を。

月刊日本6月


(続きは、『思想家・山崎行太郎のすべて』が分かる!!!有料メールマガジンで)


元記事リンク:http://d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/20120521/1337565281

 

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コメント
 
01. 乃依 2012年5月21日 22:20:10 : YTmYN2QYOSlOI : daIqGm7mrE
>対米自立、自主防衛
核を抜きにして、これをなしとげるにはいかにすべきか。

02. 乃依 2012年5月21日 22:30:31 : YTmYN2QYOSlOI : daIqGm7mrE
そして、この"人間本質"の小沢氏が、
なぜ、管理主義、新自由主義の榊原英資氏を
起用することとなったのだろうか?

榊原氏は、政治家が減って、政治資金も減らして、政治家は、国民の機嫌をとっていれば良い、政策の内実は、テクノクラシー(官僚専門家)が断定していけば良いと考える人です。彼は、昨今(2011.2012)の著書でそう言っています。

小沢支持者の感じる彼の"人間本質"と、
政治的現実がどうもかみ合わないのは、なぜなのだろう?


03. 乃依 2012年5月21日 22:57:36 : YTmYN2QYOSlOI : daIqGm7mrE
小沢氏の信条とは真逆のことを、
著書では真顔で語る、榊原英資とはなんなのだろう。
そして、小沢氏の真意はどこにあるのだろうか?

04. 2012年5月21日 23:35:18 : rWmc8odQao
本田宏氏
「消費税増税、原発再稼働の政府の対応を見て思いだす。「指導者に求められる資質は、次の五つである。知力。説得力。肉体上の耐久力。自己制御の能力。持続する意思。カエサルだけがこのすべてを持っていた。」(イタリアの普通高校で使われている歴史教科書より)」
https://twitter.com/#!/honda_hiroshi/status/204560721172901888

最初の3つは説明を省略します。
自己制御能力…「(山崎行太郎氏の言う)生き方のスタイル」
持続する意思…「憲法に対する思い」
と(無理矢理)考えると小沢氏や江藤氏にも当てはまるかもしれません。

さて、野田クンは…シロアリ街頭演説で、説得力ゼロですね。持続する意思がないことも証明されました。


05. 2012年5月22日 06:56:10 : 9lp4vyZPfI
江藤淳なんかしらねえよ。
江頭ならしってるが。w
いつまでもインテリぶったドヤ顔記事書いてんじゃねえよ。

06. 2012年5月22日 07:53:41 : CYuyi1Zke6
>>05様

江頭ならぬ江藤淳の『閉ざされた言語空間』、是非ご一読をお勧めします。
現在に至る戦後日本の従米関係について、深く考えさせられる一冊です。


07. 2012年5月22日 08:49:29 : t3OuS3nAYI
江藤淳の本名は江頭だったとおもう。
5さんは山崎氏のブンガクシャ的こだわりが鼻についたんじゃないかな。

08. 2012年5月22日 09:04:43 : W9GX7w3KuU
>>06

おれが江藤淳をきらいなのはかれの女々しい飼い犬根性だ。
かつて堀江謙一が世界初のヨットによる太平洋横断を成し遂げたとき
江藤はこういうようなことをいった。
「きみがそんな実生活にはなんの意味もないことをやっているあいだにも、世間の若者は一生懸命勉強して将来の生活にそなえている。きみはそれで将来、どうやって食っていくつもりか? 冒険? そんなことに何の意味がある」うんぬん。
これを聞いて、ああ、こんなやつは願い下げだなとおもった。
「冒険」という概念がこの男の精神からはまったく消去されている。というかもともと「冒険」という概念が生成されなかったんだろう。
「冒険」とは何か?
それはたんに危険を冒すということではない。
命を担保になにものかをめざす。
小沢一郎だっていま一種の冒険をやっている。
江藤と違ってさすがに小林秀雄はこういっている。


「世間は新事件と新理論を捜していて、青年なぞ必要としていないのではなかろうか」
(=ヨット好きが高じて太平洋単独横断を敢行した堀江謙一に対し、何千回も「なぜ、こんな冒険を行ったのか」と繰り返し聞く世間を評して。「青年と老年」より)

「青年」とは冒険家の別名だ。
江藤は生まれてから死ぬまで「青年」ではなかった。
こういうバカが多かったから、こんな日本になったのだともいえないか。


09. 2012年5月22日 10:25:23 : t3OuS3nAYI
>>8

江藤の文章よりいい。
というか、江藤の書いたのを読んだことはあるけど、えー山本権兵衛だったかな、途中で読むの止めちゃった。私の知能にも問題があるのだろうけど、辛気くさくて。


10. 2012年5月22日 10:52:34 : t3OuS3nAYI
>>7で言ったように私も山崎氏のこだわりが鼻につく時がある。

それはなんなのか想ってみたのだが、↓の指摘しているところだ。

『加藤典洋の論は、やはりどこかで江藤淳的な姿勢を引きずっている。つまり、行政レベルの目的限定的なエゴの調整機関(=国家・公)の問題と、自己同一性という個人を支える良心の問題(=私情・私)とを二重化し、またはどこかで結べるものと考えている節がある。筋を通そうとする姿勢は評価できるが、己の筋を通した結果、それが飽くまで“己の筋”である限りで、滅ぶなら、滅んでもいいという諦念(=外部への開け)をどこかで持ち合わせない限り、それは「公」を偽装した自己絶対化とほとんど変わらなくなる。』

日常茶飯事(2007-10-13)http://d.hatena.ne.jp/daily-komagome/20071013/p1


11. 2012年5月22日 11:36:17 : t3OuS3nAYI
つまり私は、山崎氏の評論家批評家としての小沢氏への論考は、政治への言及とは別な次元での仕事と思っている。

10で引用したように「自己同一性という個人を支える良心の問題(=私情・私)」を「行政レベルの目的限定的なエゴの調整機関(=国家・公)の問題」と「どこかで結べるものと」考えるのは、私はどうかと思う。
だから、>>2 >>3さんの言う違和感は、個人的な違和感文学的な違和感だと思う。

なので、私は小沢支持者だが、おまえらは小沢教で小沢信者かよいう批判には(荒らしID達の鸚鵡のような口真似は勿論批判ではないので除外)納得してしまうことが多い。そして、このような感覚の小沢支持者が多数と思う。

つまり、今の状況で、ある程度の情報を得て考えたらガチガチの既得特権者でもないかぎり小沢支持になるのはふつーと考えていて、たまに阿修羅でも、私は目覚めた目覚めない人には内面の良心の問題がある風な言を見るが、宗教団体系政治団体かよと苦笑してしまう。


12. 2012年5月22日 11:40:23 : t3OuS3nAYI
>>11

「そして、このような感覚の小沢支持者が多数」とは

私のような感覚の、ということです。

「たまに阿修羅でも、私は目覚めた目覚めない人には内面の良心の問題がある風な言を見るが、」
             
                ↓


「たまに阿修羅でも、【小沢支持を語る人の】私は目覚めた目覚めない人には内面の良心の問題がある風な言を見るが、」



13. 乃依 2012年5月22日 19:54:27 : YTmYN2QYOSlOI : VS4SoShVcE
民主党は張りぼてで細部の調整ができていなかったのだと思う。

14. 2012年5月23日 18:50:22 : l2wLeeJmIs
とりあえず、
小林秀雄はすべてを凌駕するよ。
人に勧めるなら小林の本だね、


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