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21世紀大恐慌が逆進性大衆課税=消費税が中心の国:欧米そしてイエスマン亡国野田総理??の日本を狙っている!!
http://www.asyura2.com/12/senkyo130/msg/881.html
投稿者 アサマタロー 日時 2012 年 6 月 05 日 11:41:55: UiY46YlCu.Moc
 

私事で恐縮:
私は広島県立高校2年の旺文社:文理分割直前模試で全国28位だったので、周りから東大受験を当然視され、1969年3月春休みに、兄が武蔵野の社員寮に居たので、安田講堂と東大入試中止の大学を見に上京した。以来、天命と思っていた運命が狂った。無理して貧乏人が上京して大失敗だった。直前に先生に勧められた広大医学部を受けず、高校3年の1970年に再開した東大文一に失敗、早稲田政治に。雄弁会オルグで国立大学授業料3倍化法案反対デモに連れて行かれ、1976年再受験合格。半年間もの訳の分からない教養部ストに疲労困憊。東京出身者は普段の生活の継続。上京者は田舎にも帰れず、世田谷桜ケ丘4丁目の下宿で洗濯と食事と遠くの風呂行きで、緊張感も消滅。その間、『日本沈没』と【地震】、日本列島改造と狂乱物価。参考書の値段が1週間に2〜3回張り直された。酷い門出上京の始まりだった。
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上京し、日本人は単一民族では無いと思い出した。意見が全く違う人種に多く遭遇。
十人十色。人様々。話が通じない。だから、上京の東京は正に外国遊学だった。
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それも、
考えれば分かる事!!だった。終戦後の東京はアメリカの植民都市だった。日本の中の外国だった。今丁度、【梅ちゃん先生】を見て、上京時を思い出している。
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日本は戦後、明治絶対王政=天皇軍国主義崩壊から民主化され、急速に欧米化した。良い事も悪い事も。国粋主義者ブル三宅久之さんらが一番の従米主義者なのが私には解からなかった! 

天皇主義=保守主義=国粋主義=従米主義なのか?!

何故?=最近2004年以降【日本神社連盟は女系天皇に反対します!とのポスターを諏訪大社で見て気付く】は日本支配階層が渡来ヘブライ人【神道は古代ヘブライ教】主流で、敗戦後、ユダヤアメリカに国体護持等で救われ、アメリカ命になったのだと思い出した。
【男系継承は天皇家とユダヤ教司祭だけの風習】だと知り確信になった。

それにしても、アメリカの対日要求事項を日本に導入処理するだけの日本総理の役割が腑に落ちなかった。戦後賠償を取られなかった?から半永久的に奴隷国家にされた?そんな気分になっていたら、免責?コーチャン証言?で一国の総理角栄が潰されて、露骨な政変が民意を潰す。今回も民意の鳩山・小沢を従米権力=官僚・財界・自民・第2自民=民主偽装簒奪政権が潰した。日本人は支配階級と被支配階級の階級社会であり、本当の民主主義の国民国家では無いと確信し出した。

そして、
欧米ともに消費税=付加価値税中心になり、富裕者の減税が戦後行われた。所得減税・資産課税を緩和させた。アメリカに貰った理想的なシャープ税制の日本さえもレーガノミックス以降、アメリカの真似をさせられて、第2の【経済】敗戦を喫した。何故だ???

米国に毒入り金融詐欺商品を勧められた欧米日等は景気も可笑しくなった。アメリカ主導の強欲富裕者優遇【改悪】税制が世界経済を狂わせている。オバマが是正しようにも邪魔される。

ラビ・バトラーの言うとおりだ!!!!!1%と99%の戦い?私は彼の本を初めから読んでいるが、皆さんはどうか??!!一度、彼の経歴を引用するから歴史認識を共有化して欲しい!!!!
今回、改めて彼の経歴を初めてウイキペディアで見て驚いている。是非、共有下さい!
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜引用〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

ラビ・バトラ(Ravi Batra、1943年6月27日 - )はアメリカ合衆国の経済学者、サザンメソジスト大学(Southern Methodist University)の教授である。本名はRaveendra N. Batra。パキスタンの古都ムルタン近郊に生まれる。家族はパキスタンのインドからの分離時にデリー近郊に移り住み、父はサンスクリット語の教授であった。デリー大学卒業後の1969年に渡米し[1]、米国サザンイリノイ大学で博士号を取得した[2]。
青年時代から哲学者であるサーカーを師とし、彼はサーカーが1959年に提唱した進歩的活用理論(PROUT=プラウト理論)を継承する一人である。
目次 [非表示] 1 理論2 業績と予測3 評価4 著書5 脚注6 関連項目7 外部リンク
理論 [編集]
ラビ・バトラの恩師であるサーカーの階級循環論を歴史に適応している。端的に述べると社会は戦士(Warrior)、知識人(Intellectual)、資本家(Acquirer)が順別に支配することによって歴史が展開されるというものである。これによって革命前のイランと崩壊前のソビエトは戦士によって支配されている社会であり、次には知識人により支配させる社会が生まれるであろうと予言した。一方の西側先進国は資本家が支配しており、崩壊後は戦士(軍人)が支配する社会が生まれるであろうと予言した。
業績と予測 [編集]

国際的にベストセラーとなった『1990年の大恐慌(The great depression of 1990)』(1987年出版、和訳本:勁草書房)、『1990年世界恐慌を生き残る(Surviving the great depression of 1990)』(1989年出版、和訳本:光文社)など5つの著書を上梓している。
1978年12月、オクラホマ大学における講演で、1979年にイランで革命が起こり、パーレビ国王が退位するであろうと予測した。そして彼の予測通り、実際に翌年の1979年1月に、パーレビ国王は退位し、2月にはホメイニ氏をリーダーとするイスラム僧侶が政権を掌握したのである[3]。
1979年秋、サザンメソジスト大学の講義において、1980年からイランとイラクとの間に7年間に及ぶ長期間の戦争が勃発するだろうと予測した。それから約1年後の1980年9月に、イラン・イラク戦争が勃発した。アメリカ国務省はイスラム神権政治の転覆のためにイラク側に軍事援助を行う。また数多くの専門家達を招聘して分析を行った。先の革命により軍の士官階級および官僚が一掃されていたイランは戦争に対応する状態ではなく、この戦争は数ヶ月程度で終息するだろうと予測されたが、その予測に反してイラン軍が奮戦した為に、戦争は短期間で終息するだろうというアメリカ国務省の予測は外れ、彼の予測通りに戦争は長期化し、7年以上もの間続くこととなったのである[3]。
1978年出版の著書『資本主義と共産主義の終焉』(The Downfall of Capitalism and Communism: A New Study of History)において「西暦2000年前後までに共産主義と資本主義の双方が崩壊するだろう。」との予測を述べた[4]。(もっともその彼の予測以前に彼の恩師サーカーが「共産主義は早死にするだろう。資本主義は爆竹のように弾けて終焉するだろう」と述べ、共産主義と資本主義の崩壊を予測している[5]。)共産主義の崩壊を予測していた人物はほぼ皆無であり、この為共産主義の崩壊を予測していた彼は世間から注目されることになる。特に東欧諸国の崩壊など考えていなかった西欧で彼の予測は注目され、彼の「ソビエト共産主義崩壊」の予測を的中させた業績により、彼は1990年にイタリア政府から勲章を授与されている[3]。
この次にラビ・バトラをもっとも有名にした著書が1987年に出版された『1990年の大恐慌(The great depression of 1990)』(1987年出版、和訳本:勁草書房)である。この著書において彼は先の予測を早め、1990年の前後に世界の株式市場で大暴落がおこり、前述の書、『資本主義と共産主義の終焉』で予言した資本主義の崩壊が起こると主張する。実際彼は『1990年の大恐慌』において「1990年1月から3月の第1四半期の間に東京株式市場で株価の大暴落が起こるだろう。」との予測を述べたが、実際に彼の予測通り、1990年の2月頃から東京株式市場は暴落局面に入り、いわゆる「バブル崩壊」が発生したのである[5]。さらにソビエトと東欧の共産主義が崩壊したため、彼の著作がベストセラーとなり大いにもてはやされることとなった。
もっとも実際に不景気が長引いたのはバブル景気が崩壊した日本だけで、他の主要欧米諸国の景気は回復して行く。また崩壊した共産圏では一時期は彼が予想したように、軍国主義の台頭がロシアでは心配されたが、クーデターは失敗し、東欧は急速に資本主義化する。ラビ・バトラの予測の核心である「共産主義の崩壊」と対になる「1997年までに資本主義は崩壊する」は起こらなかった。また1997年にはアジア通貨危機が発生し、アジア経済が大混乱に陥るが、これまた資本主義の崩壊までには至らなかった。
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しかしラビ・バトラには彼なりの理屈が有り、「本来アメリカで起こる筈であった大恐慌が、アメリカが日本やアジア諸国に資本を移動させ、日本のバブル景気崩壊やアジア通貨危機を発生させることによって、アメリカ発の大恐慌をあくまで一時的に先送りさせただけであり、最終的には間違いなく大恐慌がアメリカを襲うだろう。」と彼は述べている[3]。
=============そうだ!!そうだ!!=================

ラビ・バトラの最後にして最大の予測と言われているのが、彼の1994年に出版された著書『1995→2010世界大恐慌−資本主義は爆発的に崩壊する』(総合法令出版)において述べられている「西暦2010年までに発生する世界同時大恐慌による資本主義の崩壊」、そして「資本主義崩壊後のプラウト主義経済の世界的な台頭[5]」である。
2006年にラビ・バトラは日本の経済ジャーナリストである浅井隆と共に『日本と世界は同時に崩壊する!』(あ・うん出版)を著し、その著書において「西暦2010年までに『アメリカ住宅バブル』と『原油バブル』の2つの投機バブルの崩壊が世界同時大恐慌を発生させ、資本主義の崩壊を招くだろう。」と述べている。ちなみに彼は、恩師サーカーが前述の通り「資本主義は爆竹のように弾けて終焉する。」と言った如く、数々の著書で「資本主義は花火のように爆発する。」という彼独特の言い回しで資本主義崩壊の形態を予測している。すなわち彼の予測によれば、資本主義の崩壊はあたかも風船が弾けるように一瞬で起こるということである[6]。実際2007年から始まった世界金融危機以降、アメリカ合衆国における住宅価格は下落の一途を辿り、原油価格についても、NYMEXにおける2008年7月11日の取引において一時1バレル=147.27ドルまで上昇して最高値を付けた後、2010年現在において、原油価格は最高値から大幅に下落している。
また、2008年9月のリーマン・ショック以降、大暴落していた世界各国の株価が2009年の3月頃から急激に回復しつつあり、2010年を迎えた現在、世界各国において「不況の最悪期は脱した。」「景気は回復し始めた。」等の分析も大いに出るようになりつつあるが、このような楽観論に対して、ラビ・バトラは2009年7月に出版された著書『大恐慌2009〜2010 資本主義最終章の始まり』(あ・うん出版)において、「現在の見せ掛けの株価回復は単なる大暴落後の一時的なリバウンドに過ぎず、最悪期、すなわち資本主義崩壊の本番を迎えるのはこれからである。」と予測している。
資本主義を根本的に崩壊させる主因となるものとして
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ラビ・バトラは「富の過剰な集中」と「自由貿易」という2つの要因を挙げている。彼は「現在の世界ではごく少数の資産家に富が偏り、その偏った富が世界の金融経済を動かしている。そして、その一方では明日の生活の糧を得ることもままならない貧しい人たちが数多く存在している。富の集中しているごく少数の資産家たちは、自分たちが大量に貯めた金を使おうとせずに、より金持ちになろうとするがためにただひたすら貯蓄に励み、消費活動をあまり行わず、その一方で貧しい人たちはもともとお金がないため、無い袖は振れず、消費活動を活発に行うことが出来ない。消費活動が鈍化すれば、いくら供給を喚起しても無駄なのである。」と主張している[7]。
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現にラビ・バトラによると「現在の日本では1%の資産家が、日本の25%の富を所有し、アメリカでは1%の資産家がアメリカの40%もの富を独占している。」という[3]。
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更にラビ・バトラは「国際間の競争が激しくなると、生産者は競争力をつけるためにコストを下げざるを得ない。コストを下げるためには人件費、=====つまり労働者の賃金を低く抑えざるを得なくなる。労働者の賃金を低く抑えれば、無い袖は振れないので結局消費活動は鈍化してしまう。消費活動が鈍化すると不況の原因になる。」と述べ、自由貿易に反対の姿勢を示している[7]。
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更にラビ・バトラは「健全な経済は需要と供給のバランスを必要とする。需要=供給。このバランスが失われると、高い失業率や高いインフレを引き起こす。供給の主要な源泉は労働生産性であり、需要の主要な源泉は賃金ないしは購買能力である。生産性が上がり、賃金が上がり、消費が増大して、投資が拡大する。この投資と生産性の拡大によって、供給が増大する。故に、経済バランスを維持するためには、需要も比例して、増大しなくてはならない。つまり、生産性に比例して、実質賃金が増大しなくてはならない。」と述べており、この経済の根本を無視して、借金経済を作ったのがグリーンスパンであると指摘し、彼を手厳しく批判している[8]。彼のグリーンスパンに対する批判は、彼の著書『グリーンスパンの嘘(GREENSPAN’S FRAUD)』(2005年出版、和訳本:あうん出版)等で顕著に見られる。
資本主義崩壊後に誕生する経済社会システム、とラビ・バトラが予測している「プラウト主義経済」とは、
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大まかに言えば均衡貿易、賃金格差の縮小、均衡財政、自国産業保護、終身雇用、環境保護、銀行規制等による「所得格差の少ない安定した共存共栄の社会」のことを指す。  ========================================

彼は昭和30年代中盤頃〜昭和40年代頃の日本社会がプラウト主義経済に最も近い理想的な社会だったと述べており[9]、当時「一億総中流社会」を実現していた日本を絶賛している。彼は恩師サーカーと同様に、数々の著書で「必ずやプラウト主義経済は過去に一億総中流社会を実現していた日本から始まるだろう。」と述べている[5]。
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1993年に「世界的な経済の崩壊を防ぐために、充分な数の本を売ったことに対して」という理由で、ラビ・バトラはイグ・ノーベル賞の経済学賞を受賞している。
2008年2月に出版された著書『2010年資本主義大爆裂! 緊急!近未来10の予測(The fatal explosion of capiatalism in 2010)』(あ・うん出版)において、ラビ・バトラは「2008年のアメリカ合衆国大統領選挙は民主党候補が勝利を収めるだろう」と予測したが、実際に選挙では彼の予測通り、民主党のオバマ候補が共和党のマケイン候補に勝利し、オバマ候補が2009年1月にアメリカ合衆国第44代大統領に就任した。もっとも2008年12月に出版された彼の著書『2009年断末魔の資本主義 崩壊から黎明へ光は極東の日本から』(あ・うん出版)によれば、「オバマは大多数のアメリカ国民から大いに期待されて大統領に就任するものの、彼は世界金融危機に対する抜本的な対策は行うことができず、彼の行う経済政策は大多数のアメリカ国民にとっては期待外れの、中途半端でお粗末な対症療法的なものに終始するだろう。」と彼は予測している。
評価 [編集]

『ラビ・バトラは人を動揺させるような世界規模の予言をして、誰にも聞き入れられないことに慣れていた。そして予言が次々と実現し始めたのだ。』(AP通信社 チップ・ブラウン)[10]
『この広く尊敬されているサザン・メソジスト大学経済学部教授のこれまでの予言の的中率の高さは、多くの実用主義的投資専門家たちの輝かしい賞賛を勝ち得ている。』(「シカゴ・トリビューン」トム・ピーターズ)[10]
『彼は1980年代初期に、低インフレ、石油価格低下、合併の波を予言し、長年嘲られていたが、結局、ほとんどその通りになった。』(「ニューヨーク・タイムズ」トーマス・C・ヘイズ)[10]
『怖くて刺激的。この優秀な教授は、学問的にも非常に大きな評価を受けており、私の知るところでは、彼のこれまでの予言の的中率の高さは感動的である。』(モーガン・スタンレー銀行 バートン・ビックス)[10]
『ラビ・バトラは貿易専門家として多大な評価を受けている学者である』(「ワシントン・ポスト」アルバート・クレンショウ)[10]
『ラビ・バトラは伝統的方法論に基づく国際的経済理論家として、アメリカで優れた名声を得ている。』(「ニューヨーク・タイムズ」レオナード・シルク)[10]
『経済学者たちが大いに好むファンダメンタルズについて言えば、経済的諸事象の規則的循環を考察することで、それらについて多くのことが学べる。ラビ・バトラはその規則的循環について、斬新で際立った注釈を加えている。』(レスター・C・サロー)[10]
著書 [編集]

ラビー・バトラ名義 『1990年の大恐慌』 佐藤隆三訳、オータス研究所、1987年10月。ISBN 4-326-95096-X。
『マネー・インフレ・大恐慌 景気循環の経済分析』 山田正次訳、東洋経済新報社、1987年10月。ISBN 4-492-31170-X。
『大恐慌との対決』 佐藤隆三、実業之日本社、1988年7月。ISBN 4-408-10071-4。
『1990年大恐慌を生き残る 財産と投資をいかに守るか』 鈴木主税訳、光文社、1989年3月。ISBN 4-334-96043-X。
『貿易は国を滅ぼす』 鈴木主税訳、光文社、1993年12月。ISBN 4-334-96072-3。
関口宏共著 『ラビ・バトラの世紀末大予言 TBS「関口宏のサンデーモーニング」発』 徳間書店、1994年2月。ISBN 4-19-860072-4。
『1995-2010世界大恐慌 資本主義は爆発的に崩壊する』 藤原直哉・ペマ・ギャルポ共訳、総合法令出版、1995年1月。ISBN 4-89346-403-5。
『ラビ・バトラの世界経済大崩壊 資本主義は救われるか?』 松本道弘監訳、徳間書店、1995年3月。ISBN 4-19-860256-5。
『ラビ・バトラの大予言』 ペマ・ギャルポ・藤原直哉共訳・解説、総合法令出版、1995年7月。ISBN 4-89346-458-2。
江本勝共著 『宇宙意識と波動 困難な時代の幸福の哲学』 呉春美訳、PHP研究所、1995年11月。ISBN 4-569-54902-0。
『Japan繁栄への回帰』 青柳孝直・山田智彦共訳、総合法令出版、1996年3月。ISBN 4-89346-506-6。
『株式大暴落 世紀末の危機はこう生き抜く 1998-2000』 島津友美子訳、たちばな出版〈未来ブックシリーズ〉、1998年1月。ISBN 4-88692-842-0。
『神との約束 真実の幸福にいたる道』 斎田智彦・早田奈達成共訳、PHP研究所、1999年5月。ISBN 4-569-60551-6。
『ラビ・バトラの大予測・世界経済 2000年から2030年まで』 島津友美子訳、たちばな出版〈未来ブックシリーズ〉、1999年12月。ISBN 4-8133-1180-6。
『ラビ・バトラ20世紀最後の大予言』 ペマ・ギャルポ・藤原直哉制作、神保出版会、1999年5月。ISBN 4-88074-025-X。
『新世紀の大逆転 夜明けは日本から始まる』 ペマ・ギャルポ・藤原直哉監訳、さんが出版、2000年3月。ISBN 4-88096-034-9。
『2002年の大暴落 60年に一度の国難が日本を襲う!』 ペマ・ギャルポ・藤原直哉監訳、あ・うん、2001年7月。ISBN 4-901318-02-0。
『サーカーの予言 資本主義は花火のように爆発する』 ペマ・ギャルポ・藤原直哉監訳、あ・うん、2002年6月。ISBN 4-901318-09-8。
『世界同時大恐慌 資本主義崩壊、光は極東の日本から 2005〜2010』 ペマ・ギャルポ・藤原直哉監訳、あ・うん、2004年7月。ISBN 4-901318-17-9。
『グリーンスパンの嘘』 ペマ・ギャルポ・藤原直哉監訳、あ・うん、2005年7月。ISBN 4-901318-37-3。
『資本主義消滅最後の5年 ラビ・バトラ緊急予告』 ペマ・ギャルポ・藤原直哉監訳、あ・うん、2006年2月。ISBN 4-901318-39-X。
『日本国破産のシナリオ 破滅から黎明へ―光は極東の日本から ラビ・バトラ緊急予告』 ペマ・ギャルポ・藤原直哉監訳、あ・うん、2006年3月。ISBN 4-901318-40-3。
浅井隆共著 『日本と世界は同時に崩壊する! looming global recession;no longer avoidable ラビ・バトラとの対話』 あ・うん、2006年6月。ISBN 4-901318-41-1。
『新たな黄金時代 腐敗政治と経済混乱が新時代の革命を生む』 ペマ・ギャルポ・藤原直哉監訳、あ・うん、2007年5月。ISBN 978-4-901318-53-2。
『2010年資本主義大爆裂! 緊急!近未来10の予測』 ペマ・ギャルポ・藤原直哉監訳、あ・うん、2008年2月。ISBN 978-4-901318-64-8。
『2009年断末魔の資本主義 崩壊から黎明へ光は極東の日本から』 ペマ・ギャルポ・藤原直哉監訳、あ・うん、2009年1月。ISBN 978-4-901318-80-8。
『大恐慌2009〜2010 資本主義最終章の始まり』 ペマ・ギャルポ・藤原直哉監訳、あ・うん、2009年7月。ISBN 978-4-901318-87-7。
『史上最悪の大破綻!! 2010年〜2015年緊急!近未来10の新予測』 ペマ・ギャルポ・藤原直哉監訳、あ・うん、2010年9月。ISBN 978-4-904891-01-8。
『セカンドボトム 世界大恐慌 2012年ラビ・バトラの大予測!!』 ペマ・ギャルポ・藤原直哉監訳、あ・うん、2012年2月。ISBN 978-4-904891-08-7。
脚注 [編集]

^ moto (2004年2月9日). “ラビ・バトラ”. しらべる. 2011年5月7日閲覧。
^ 船井幸雄 (2006年3月17日). “予測名人の新著”. 船井幸雄.com. 2011年5月7日閲覧。
^ a b c d e “これから起こること ラビ・バトラ氏の予言”. 本山よろず屋本舗 (2002年7月7日). 2011年5月7日閲覧。
^ “Dr. Batra's Forecasts” (英語). Dr Ravi Batra. 2011年5月7日閲覧。
^ a b c d 宮本貞雄 (2001年10月15日). “ポスト資本主義の時代――プラウトの原理――”. 大和. 2011年5月7日閲覧。
^ “今の世は2043年に終わる”. コミュニティ「癒しの郷」を創ろう (2007年10月5日). 2011年5月7日閲覧。
^ a b “529.プラウトについて”. 日本国際戦略問題研究所. 2011年5月7日閲覧。
^ “興味深い、ラビ・バトラ博士のインタビュー:供給⇔需要バランスと差異共鳴経済”. protophilosophy's Blog (2009年2月8日). 2011年5月7日閲覧。
^ “JAPAN繁栄への回帰”. 太陽と月のソムリエ. 2011年5月7日閲覧。
^ a b c d e f g “経済改革<最終章>”. 大和. 2011年5月7日閲覧。
関連項目 [編集]

イグ・ノーベル賞
拡張プラウト主義
外部リンク [編集]

Ravi Batra. “Ravi Batra´s homepage” (英語). Ravi Batra. 2011年5月7日閲覧。
Raveendra Batra. “Southern Methodist University Ravi Batra´s homepage” (英語). Southern Methodist University. 2011年5月7日閲覧。
カテゴリ:アメリカ合衆国の経済学者イグノーベル賞受賞者南メソジスト大学の教員パキスタンの人物1943年生存命人物
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流布させたい!!角栄失脚以前=1975年以前の日本社会税制・法制に戻したい!!戻して欲しい!!そして納税者番号=社会保障番号【スウエーデン・デンマーク・韓国・米国等】を世界標準仕様で導入頂きたい。

以降は悪いアメリカにヤラレタのだ。岸信介・福田赳夫・小泉系に!!歴史認識を是非、共有頂きたい!!!BACK TO 1975 BEFORE!!
 

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コメント
 
01. 2012年6月05日 12:04:53 : 8CYIP2OzWI
1951年9月生まれの自分が小中高大と社会を初めて見始めた頃:昭和30年代中頃〜40年代49年まで=1960〜1974年=自分の9歳〜23歳の日本がやはり黄金期だった。庶民も貧乏人も本当に希望が有って元気で良かった!!今は60歳を超えたが、若者の虚ろな目が今の悲惨さを証明している。今元気な人は人を騙して詐欺している人だ!!



02. 2012年6月05日 12:27:26 : 8CYIP2OzWI
そして『世界経済を破綻させる23の嘘』ハジュン・チャン:ケンブリッジ大経済准教授:韓国人:徳間書店2010.11.30初版

アメリカ・シカゴ学派等の大嘘が解かります。今の社会は悪貨が良貨を駆逐して居る社会です。無理が通れば道理が引っ込む社会です。一人一票なのに何故?????
マスコミが酷いから!!


03. 2012年6月05日 16:06:02 : 8CYIP2OzWI
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国粋主義(こくすいしゅぎ)とは、ある国家に固有の文化・伝統を礼賛することで国家意識の発揚をはかる思想や運動。
目次 [非表示] 1 日本における国粋主義2 関連項目3 脚注4 参考文献日本における国粋主義 [編集]

この節の内容の信頼性について検証が求められています。確認のための文献や情報源をご存じの方はご提示ください。議論はノートを参照してください。このタグは2009年12月に貼り付けられました。

近代日本の民間運動としては、明治時代の半ばに鹿鳴館外交に象徴される欧化政策に対峙するものとして登場した。政教社と民友社に代表される。政教社の三宅雪嶺・志賀重昂らは「国粋保存主義」を掲げ、日本の伝統文化の優秀性を論じ、欧化一辺倒の社会風潮に反し、自文化を西欧文化と同等に相対化して見直そうとした。民友社の徳富蘇峰らは平民主義の立場から、貴族的な欧化主義に反発し、日本の文化に根ざした平民のレベルでの欧化を目指した。これらの運動の中で「西洋」に対する「東洋」という語が一般化した。
欧化政策の代表例として、西欧貴族文化を日本文化として取り入れようとした鹿鳴館時代がある。当時は、西洋中心主義の風潮から「日本語を捨てて英語化すべし」とか、白人至上主義の影響から「西洋人との混血を進め人種の改良をすべし」などという極端な主張もあった。明治期に起こった国粋主義はこのような風潮に反発し、日本の文化を西欧文化と対等に比較できるものとして捉えようと試みた。従って、その主導者たちは西欧文化に対する理解も相当に持っており、排外的な意味での自文化至上主義を唱えたわけではない。
国粋主義の原義に於いては、全体主義・ファシズム・人種差別・民族差別・排外主義など、いわば右翼的国体論とは路線が異なる。しかし、日露戦争以後、対外膨張政策の精神的支柱だった皇国史観の高まりにより、自文化至上主義が形成されるようになった。政府の対外膨張の国策と連動し、国粋主義の西洋文化との相対化といった価値観は、他文化に対する優越性という価値観に変異し、ついには広義のファシズムと同一視されるに至るのである。
関連項目 [編集]
ウィクショナリーに国粋主義の項目があります。
ナショナリズム  保守主義  国家主義  民族主義  攘夷  エスノセントリズム
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04. 2012年6月05日 16:23:04 : 8CYIP2OzWI
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保守(ほしゅ、英: conservative)、あるいは保守主義(ほしゅしゅぎ、ラテン語: conservare、英: conservatism)とは、古くからの習慣・制度・考え方などを尊重し、急激な改革に反対すること[1]。対義語は革新若しくは進歩主義。
目次 [非表示] 1 概要2 政治的保守主義・近代保守主義2.1 思想の歴史2.1.1 イギリス2.2 思想の特徴2.3 知識人による解説2.3.1 マイケル・オークショット
2.3.2 ヒュー・セシル2.3.3 サミュエル・P・ハンティントン2.3.4 ヘイルシャム
2.3.5 カール・マンハイム2.3.6 シーモア・M・リプセット2.3.7 丸山眞男3 宗教的保守主義3.1 アメリカ3.2 西方教会における自由主義神学と福音主義
3.3 カトリック教会の保守派3.4 東方教会(正教会・東方諸教会)4 脚注5 参考文献6 関連項目7 外部リンク概要 [編集]

保守主義は伝統に倣い、これを墨守することを重要視する政治思想である。伝統とは何かに関しては、能や歌舞伎のような実体を伝統とする説から、生き方・精神の形・言葉遣いの規則のような形式を伝統とする説まで諸説ある。
ただし、伝統主義と対立しやすい新自由主義を標榜する経済保守、伝統や文化を重んじる伝統保守、国益や国家への奉仕を尊重する国家保守主義は、それぞれが目指す目標が異なる。
フランス革命当時の保守主義は「今あるアンシャン・レジームとレッテル貼りされた諸制度は、遠い過去からの取捨選択に耐えてきたものであり、これを維持存続させることが国民の利益になる」(とする主義)と定義されていた。
「維持せんがために改革する」というディズレーリの言葉や「保守するための改革」というエドマンド・バークの言葉からも明らかなように、保守主義は漸進的な改革を否定しない。
保守主義は政治および社会の哲学の一つであり、この哲学は伝統的制度の維持を奨励し、社会の変化については最小で漸進的なものだけを支持する。保守主義者たちの中には、現在のものを維持しようとし安定性と連続性を強調する者たちがいる一方で、近代主義に反対し過去のものへ戻ろうとする者たちもいる。現在確認されているところでは、フランソワ=ルネ・ド・シャトーブリアンがフランス革命をうけて1819年にこの用語を用いたのが、政治的脈絡でのこの用語の使用の最初だとされている。[2]それ以来、この用語は広範囲の見解を記述するのに用いられてきた。
政治学はしばしば、今日「保守的」と呼ばれている考えの多くはアイルランド人の政治家エドマンド・バーク(彼はイギリスの下院議員を務め、フランス革命に反対した)に由来するとみなす。[3]
アメリカの共和党、日本の自民党、イギリスの保守党、オーストラリア自由党、台湾の中国国民党、カナダ保守党、パキスタン・イスラム連盟、インド人民党が保守政党として挙げられる。
しかし、保守主義と一言で言っても、保守の意味が多様化した現代はその定義は様々である。
政治的保守主義・近代保守主義 [編集]

思想の歴史 [編集]
政治思想としての保守主義は、政治的保守主義ないしは近代保守主義と呼ばれ、コモン・ローの法思想を中心として発展してきた。17世紀に、イギリスのエドワード・バークは中世ゲルマン法を継承したコモン・ローの体系を理論化した。18世紀には、バークがコモン・ローの伝統を踏まえて著書『フランス革命についての省察』を公表し、保守主義を大成した。この著書は、フランス革命における恐怖政治に対する批判の書でもある。バークが英国下院で革命の脅威を説いた1790年5月6日が近代保守主義生誕の日とされる。このような経緯からバークは近代保守思想の祖と呼ばれている。
バークは「保守する」という言葉は用いたものの、「保守主義」という用語は使っていない。保守主義という言葉は、シャトーブリアンが王政復古の機関紙を、Le Conservateurと名付けたことに由来する。
アメリカでは、コモン・ローの法思想が、ウィリアム・ブラックストンの『イギリス法釈義』を通じて、そのままアメリカの保守主義としてアレクサンダー・ハミルトンら「建国の父」たち(ファウンディング・ファーザーズ)によって継承された。そして、この法思想はアメリカの憲法思想となった。
このように保守主義はもともと英米の政治思想であるが、その影響を受け、フランス、オランダ、スペイン、ドイツ、イスラエル、ロシア、日本、韓国、インドなどにも保守思想家が存在する。
イギリス [編集]
かつてトーリー主義と呼ばれていたイギリスの保守主義は、王政復古時代(1660年–1688年)に生まれた。神授王権によって統治を行う君主をともなう階級社会をイギリス保守主義は支持した。しかし立憲政府を確立した名誉革命 (1688年)は、トーリー主義の再公式化をもたらした。再公式化後のトーリー主義においては統治権は国王、上院、下院の三つの身分に与えられたと現在ではみなされている。[4]
保守派の歴史家たちによると、リチャード・フッカーは保守主義の創始者であり、ハリファックス侯爵は彼のプラグマティズムが賞賛されるべきであり、デイヴィッド・ヒュームは政治における合理主義を保守的に信用しなかったことが賞賛されるべきであり、エドマンド・バークは初期の指導的な理論家とみなされる。しかし、その歴史家たちは保守主義についての穏健で擁護可能な見解を著した著作家たちの選び方を批判されてきた。例えば、フッカーは保守主義が出現する前に生きていた人物である、ハリファックスはどの政党にも属していなかった、ヒュームは政治に関与しなかった、バークはホイッグ党員だった、といった具合に。19世紀には、保守主義者たちはバークがカトリック解放を擁護したことから彼を拒絶し、代わりにブリングブローク(Bolingbroke)からインスピレーションを受けた。フランス革命に対するトーリー党の反応について書いたジョン・リーヴズ(John Reeves)は顧みられなかった。[5]保守主義者たちはバークがアメリカ独立革命を支持したことに反対しもした。例えば、トーリー党員のサミュエル・ジョンソンは著書『暴政なき課税』(Taxation No Tyranny)の中でそれを非難した。
保守主義はイングランドの王政復古の過程で王政主義から発展した。王政主義者たちは絶対君主制を支持し、国王は神授王権によって統治しているのだと論じた。主権は人びと、議会の権威、信教の自由に由来するという考えに彼らは反対した。ロバート・フィルマー(Robert Filmer)の著書『パトリアーチャないしは国王の自然権』(Patriarcha or the Natural Power of Kings)――本書はイングランド内戦以前に書かれた――は彼らの見解を述べたものとして受け入れられるようになった。1688年の名誉革命を受けて、トーリー党員たちとして知られていた保守主義者たちは国王、上院、下院の三身分が主権を共有するということを受け入れた。[6]しかし、トーリー主義はホイッグ党が優勢だった長い期間の間にすみへ追いやられるようになった。[7]1830年代に保守党と改名したこの政党は、不安に思いながらも協力し合った家父長的な貴族たちと自由市場における資本家たち両方の本拠地となったのちに、主要な政治勢力として復帰した。[8]
思想の特徴 [編集]
保守主義者たちは、基本的には人間の思考に期待しすぎず、「人は過ちを犯すし完全ではない」という前提に立ち、そして謙虚な振るまいをする。さらに、彼らは「先祖たちが試行錯誤しながら獲得してきた知恵、すなわち伝統が慣習の中に凝縮されている」と考え、伝統を尊重する。また彼らは、「伝統は祖先からの相続財産であるから、現在生きている国民は相続した伝統を大切に維持し子孫に相続させる義務がある」と考える。その結果、彼らは過去・現在・未来の歴史的結びつきを重視する。このように保守主義は懐古趣味とは異なる未来志向の要素も含んでいる。また、彼らは「未来を着実に進むためには、歴史から学ばなければならない」と考える。これは、歴史とは先人たちが試行錯誤してきた失敗の積み重ねの宝庫だからだとされる。
また西ヨーロッパの貴族出身の保守派の多くは、自らを騎士道精神の継承者と自負しているので、共産主義、ファシズム、そして国粋主義などの思想に対して、祖先から相続した郷土を踏みにじるものとして反発する。
保守主義は基本的に過去と現在との歴史的結びつきを重視する。ただし伝統の定義が明晰ではないため、いつどの伝統を保守すべきと主張するかによって立場が異なってくる。
保守主義者達は理性を懐疑する。彼らがフランス革命で理性主義を掲げたジャコバン派が議会を暴走させ、道徳を退廃させ、そして自由を軽視させる過ちを犯したと看做している事が、そのように懐疑される理由の一つである。同様の事態はロシア革命など多くの革命にも見られる。
こうして保守主義者たちは伝統保守や漸進的変革をとなえ、左翼革命を否定的に見る。
日本・ドイツ・イタリアなどの旧枢軸国やスペインなどの後進資本主義国では外圧によって伝統的な暮らしや文化などが失われた。そのためにかえって、それらの国では国家への帰依(国粋主義)を求める声が強く起こり、20世紀前半のファシズム・全体主義の台頭につながった。ただし、戦時中は右翼内部においても大川周明など国体を強化するための国家革新を唱えた「革新右翼」の動きがあり、そのことが日本において革新およびこれと対をなす保守の概念を混乱させる一因となっている。英仏の貴族や特権階級などを中心とする保守主義は、国粋主義を否定する。
一方でアメリカにおいては家族を基本的な価値として尊重し、政府は家族や私有財産を脅かす存在として警戒の対象になる反連邦主義の伝統がある。ロナルド・レーガンが所得税を減税しジョージ・H・W・ブッシュが遺産税の廃止を推進したのは、こうしたアメリカの保守思想に基づいてのことである。それゆえ、アメリカの保守は国家主義的な日本・フランス・ドイツ・イタリアなどの保守とは対極的な面がある(リバタリアニズムも参照)。ただし、日本やイギリスの保守派は軍事・外交・教育・治安維持では国家の役割を強調するものの、経済政策や社会政策においては小さな政府を唱える傾向も強く、特に家族の価値を唱え、育児や介護の社会化には慎重、もしくは積極的に反対する。この面では欧州大陸諸国よりもリバタリアニズム的で、アメリカの保守との共通点が見られる。
保守主義は、伝統との親和性が高い農業などの第一次産業にたずさわる人たちが多く住む農村部や、都市部の自営業者、キリスト教・イスラム教・仏教や民族宗教(ヒンドゥー教、神道、ユダヤ教)などの宗教組織を支持母体とすることが多い。また、資本主義化した社会では大企業経営者・資本家、中小企業経営者も既得権益を持つものとして保守主義を支持する傾向がある。
イラン革命後のイランのようなイスラム法社会では、保守主義とはウラマーなどの宗教的指導者による政治を支持する立場のことを指す。
知識人による解説 [編集]

新聞コラム、ブログで公開されたエッセイの類いを無作為に蒐集するのではなく、専門書や論文など、学術テーマを採録している百科事典のページが参照するに値する引用元を用意してください。
マイケル・オークショット [編集]
マイケル・オークショット(Michael Joseph Oakeshott)によれば、保守的であるとは『見知らぬものよりも慣れ親しんだものを好むこと、試みられたことのないものよりも試みられたものを、神秘よりも事実を、可能なものよりも現実のものを、無制限なものよりも限度のあるものを、遠いものよりも近くのものを、あり余るものよりも足りるだけのものを、完璧なものよりも重宝なものを、理想郷における至福よりも現在の笑いを、好むことである。得るところが一層多いかも知れない愛情の誘惑よりも、以前からの関係や信義に基づく関係が好まれる。獲得し拡張することは、保持し育成して楽しみを得ることほど重要ではない。革新性や有望さによる興奮よりも、喪失による悲嘆の方が強烈である。保守的であるとは、自己のめぐりあわせに対して淡々としていること、自己の身に相応しく生きていくことであり、自分自身にも自分の環境にも存在しない一層高度な完璧さを、追求しようとはしないことである。或る人々にとってはこうしたこと自体が選択の結果であるが、また或る人々にとっては、それは好き嫌いの中に多かれ少なかれ現れるその人の性向であって、それ自体が選択されたり特別に培われたりしたものではない。』とする [9]。
ヒュー・セシル [編集]
イギリス保守党の理論家であったヒュー・セシル(Hugh Cecil)によると、コンサーヴァティズムには政治的保守主義・近代保守主義以外に自然的保守性がある[10]。自然的保守性とは、新しいもの・未知なるものへの恐怖と、現状を積極・消極両面で維持することを欲する感情のことである。これは慣れたものに愛着を持つという人間の性質であり、思想的な主義主張ではない。
サミュエル・P・ハンティントン [編集]
サミュエル・P・ハンティントン(Samuel Phillips Huntington)によると、保守主義には次の三つの定義がある。
貴族的定義
歴史の中の特殊な運動として定義。保守主義は、フランス革命、自由主義、あるいは18世紀の終わりから19世紀前半のブルジョワジー勃興に対する、封建的勢力・貴族階級・地主階級による反動であるとする。この解釈では保守主義は封建主義、地位、そして旧体制と結びつき、中間層、労働者、商業主義、産業主義、民主主義、自由主義、そして個人主義と対立する。
自律的定義
その思想の内容、固有の観念・価値などによる定義。保守主義は正義、秩序、平衡、そして穏健などといった普遍的価値の自律的体系であるとする。
状況的定義
いつの時代にも見られる、歴史を越えた存在として定義。保守主義は、どんな社会秩序であろうと、それを正当化しようとするものであるとする。この定義によると、保守主義の本質は現存する制度の価値を情熱的に肯定することにある。ただし、この定義によると、保守主義はあらゆる変化に反対するわけではなく、社会の根本的要素を残すために第二義的変化を黙認することもある。
ハンティントンは、このうち1と2の定義は不適切であると考え、「保守主義の性格は静態的なものであり、同様の社会状況が生じた場合に見られる反復的なものであり、そして進歩的なものではない」としている。
ヘイルシャム [編集]
ヘイルシャム(Hailsham)はイギリスの保守党の元チェアマンであるが、彼によると「保守主義は態度ないしは定常的な精神の作用(constant force)以上のものをさす哲学ではなく、自由社会が発展する過程で時代に左右されない働きをするものであり、人間本性それ自体が心の底から恒常的に要請するものである。」[11]
カール・マンハイム [編集]
カール・マンハイム(Karl Mannheim)によると、保守主義はそれ自体として存在するものではなく、何かの変革(たとえば革命)が起こったあとでそれに対する反応として形成される。
シーモア・M・リプセット [編集]
シーモア・M・リプセットは次のように書いている。リベラルと保守は「しばしば平等や自由といった問題に関しては反対の立場を取るわけではない。そうではなく、両サイドは自由と平等のどちらかの核となる価値へ訴える。たとえばリベラルは平等主義の卓越性や無制限の個人主義から生じる社会的不公平を強調するのに対して、保守は個人の自由という価値や流動性および努力による達成の社会的必要性という価値をリベラルな特効薬に含まれる集団主義によって『危険にさらされる』価値として大切にする、といった具合である。」[12]
丸山眞男 [編集]
丸山眞男によれば、「日本の保守主義とはその時々の現実に順応する保守主義で、フランスの王党派のような保守的原理を頑強に固守しない」[13]とされる。これについて中村宏は「日本人の多くに伝統的に共有されてきた、状況ないし事態の流れに順応し、権威主義的でそのときどきの権力に従う処世観「従う政治文化」」が日本の政治風土の特徴であり、価値観を持たない「仕方がない」と「状況と立場」の文化があると説明する[14]。
宗教的保守主義 [編集]

アメリカ [編集]
宗教的保守主義という言葉がとくに頻繁に使用されるのはアメリカ合衆国である。宗教右派(キリスト教右派)の台頭にともなって、キリスト教原理主義などプロテスタントの神学の内の聖書主義的な意味での保守主義、つまり聖書の記述をそのまま遵守しようとする潮流が保守主義と呼ばれる。この意味での保守主義者たちは、聖書に基づいて、「人々はキリストの十字架による身代わりの贖罪によって救われる」という教理を強調する。この立場から、彼らは福音派(エヴァンジェリカル)、あるいは伝道派と自称しており、またそのように呼ばれることもある。
アメリカ南部バプティスト派などがこの保守主義の最大勢力である。福音派は南部の所得・教育水準の低い白人層(レッドネック等)からは一定の支持を得ることができているが、それ以外の地域では、特に東部の高学歴・高所得層からはカルト扱いされており、支持されていない。また、伝統的なプロテスタント諸派においても上記南部バプティスト派以外では福音派の立場をとる派は少ない。
西方教会における自由主義神学と福音主義 [編集]
自由主義神学の立場は、一つに、道はちがえども全ての宗教は人々を救いに至らしめるものであるという考え方に近く、二つに、思想的哲学的潮流に影響されやすく、そして三つに、神学的に聖書を尊重しない傾向がある。この立場は福音派には受け入れがたい。同派は、そのような立場を潔しとしないキリスト教徒の集まりである。一方、反福音派(反エバンジェリカルズ)である伝統的プロテスタント諸派は、福音派を聖書の文言にのみ拘泥しその趣旨を歪曲していると批判している。
ただし、神学的に保守主義であるからといって、政治的にも保守派でありタカ派であるとは限らない。 核兵器使用賛成・反共・国粋主義に偏りがちなファンダメンタリストから一線を画し、核兵器使用と戦争に反対の立場をとっている保守派のキリスト教徒も多い。彼らは、キリストが十字架の死をもって伝えたかったことは何かということと、聖書の伝えたかった使信とは何かということにかんする追求に基づいて、「キリストの十字架のメッセージは、神と人との和解あるいは人と人との和解であり、平和主義である」との考えを持っていることから、そのような立場をとっている。だが、そんな彼らも中絶には反対する。
カトリック教会の保守派 [編集]
カトリックの保守派はプロテスタントの上記保守派とは神学的に正反対であり相容れないが、中絶には反対する。
東方教会(正教会・東方諸教会) [編集]
上述の自由主義神学と福音主義の対比は、西方教会、そのうち主にプロテスタントに当てはまる分類であり、宗教改革や自由主義神学の興隆の歴史を有さない東方教会(正教会・東方諸教会)においてはこのような分類に当てはまる潮流が歴史上存在しておらず、神学的見解・奉神礼形式・社会問題に対する態度における「保守的」「革新的」の語も、西方教会とは異なった意味で用いられる。
神学、および教会と社会の関係を考察する領域において、西欧・西方教会における論理の枠組みの段階から根本的に疑問の対象とし、ここから距離を取ろうとする聖職者、神学者、哲学者が正教会には多く生み出されている。
「ドシセオス2世 (エルサレム総主教)」、「アレクセイ・ホミャコーフ」、および「ウラジーミル・ロースキイ」も参照
神学的に保守的であるからといって政治的に保守的・タカ派的であるとは限らないのは西方教会でも同様であるが、アメリカのファンダメンタリストなどのように神学的見解と政治的姿勢が結び付いているような例は、東方教会では殆ど皆無である。
脚注 [編集]
^ 保守(goo辞書より)
^ The Scary Echo of the Intolerance of the French Revolution in America Today(英語)
^ BBC: エドマンド・バーク (1729年 - 1797年)(英語)
^ Eccleshall, p. ix, 21
^ Eccleshall, p. 2
^ Eccleshall, pp. 21-25
^ Eccleshall, p. 31
^ Eccleshall, p. 43
^ マイケル・オークショット「保守的であるということ」(『政治における合理主義』所収、石山文彦訳、勁草書房、1988年、200頁)
^ 原語では前者がConservatism、後者がconservatism 違いは固有名詞と普通名詞
^ Viscount Hailsham. The Conservative Case. Middlesex: Penguin Books, 1959. (英語)
^ http://www.ppionline.org/documents/equality_lipset.pdf(英語)
^ 「日本人の政治意識」『集』第3巻328ページ
^ 中村「占領下での「民主化」と日本の「従う政治文化」」(神戸学院法学第34巻第1号2004-4)[1]
参考文献 [編集]

中川八洋『保守主義の哲学 知の巨星たちは何を語ったか』PHP研究所、2004年
中島岳志【連載】「私の保守思想」『表現者』2010年1月号〜
西部邁『保守思想のための39章』ちくま新書、2002年、ISBN 9784480059666
野田裕久編『保守主義とは何か』 ナカニシヤ出版、2010年
Behrens, R. 1980. The conservative party from Heath to Thatcher: Policies and politics 1974-1979. London: Saxon House.
Burke, E. 1976. Reflections on the revolution in France. ed. C. C. O'Brein. London: Penguin.
半沢孝麿訳『フランス革命の省察』みすず書房、新装版版1997年
Eccleshall, Robert. English Conservatism since the Restoration: An Introduction and Anthology. London: Unwin Hyman, 1990 ISBN 0-04-445346-9
Epstein, K. 1966. The genesis of German conservatism. Princeton: Princeton Univ. Press.
Gottfried, P., Fleming, T. 1988. The conservative movement. Boston: Twayne.
Hoover, K., Plant, R. 1989. Conservative capitalism in Great Britain and the United States: A critical appraisal. London and New York: Routledge.
Hayyek, F. 1960. The constitution of liberty. London: Routledge; Chicago: Univ. of Chicago Press.
Huntington, S. 1957. Conservatism as an ideology. in American Political Science Review 51:454-73.
Kirk, R. 1962. A program for Conservatives. Chicago: Regnery.
Kirk, R. 1986. The conservative mind: From Burke to Eliot. 7th edn. Chicago: Regnery.
Kristol, I. 1983. Reflections of a neoconservatives: Looking back, looking ahead. New York: Basic Books.
Lawson, N. 1980. The new conservatism. London: Center for Policy Studies.
Nisbet, R. 1979. The conservatism. Minneapolis: Univ. of Minnesota Press.
Oakeshott, M. 1962. Rationalism in politics. London: Methuen.
嶋津格、森村進訳『政治における合理主義』勁草書房、1988年
O'Sullivan, N. 1976. Conservatism. New York: St Martine's Press.
Reichley, A. 1981. Conservatives in an age of change: The Nixon and Ford administrations. Washington, D.C.: Bookings Institution.
Scruton, R. 1980. The meaning of conservatism. London: Macmillan.
Wills, G. 1979. Confessions of a conservatives. London: Penguin.
関連項目 [編集]慣習 行動する保守 国民保守主義 社会保守主義 親米保守
新保守主義 創生「日本」小さな政府 伝統 伝統に訴える論証 伝統保守主義
日米保守戦略協議会 反米保守 文化保守主義 保守王国 保守革命 保守政党
保守合同 保守本流 緑の保守主義 歴史 右翼 極右 外部リンク [編集]

保守主義 - コトバンク
保守主義 - Yahoo!百科事典
保守主義 - Weblio
「保守」が何であるのかを教えましょう - 富岡幸一郎・秋山祐徳・西部邁
保守主義(英語) - ブリタニカ百科事典
保守主義の十原則(英語) - ラッセル・カーク
[隠す]表・話・編・歴 政治思想 自由主義 古典的自由主義 - 個人主義 - アナキズム(個人主義的無政府主義) - 社会自由主義 - 新自由主義 - リバタリアニズム

民主主義
直接民主主義 - 間接民主主義 - 自由民主主義 - 社会民主主義 - キリスト教民主主義 - ブルジョア民主主義 - プロレタリア民主主義 - 人民民主主義
資本主義
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社会主義
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権威主義
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集団主義
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環境主義
みどりの政治 - 緑の保守主義
政治的スペクトル
革新
社会改良主義 - 進歩主義 - 急進主義 - 左翼 - 極左
中道
中道左派 - 中道右派
保守
社会保守主義 - 緑の保守主義 - 国民保守主義 - 新保守主義 - 右翼 - 極右
その他
第三の道 - 政治的シンクレティズム
統治体制
支配者の種類
君主制 - 貴族制 - 神権政治 - 共和主義
権力者の特徴
寡頭制 - メリトクラシー - ポリアーキー
国家様態
単一国家 - 連邦制 - 国家連合 - 国際主義 - スープラナショナリズム - コスモポリタニズム
その他
啓蒙思想 - 混合経済 - 現実主義 - ポピュリズム - 教条主義 - 原理主義 - フェミニズム - 多元主義 - 結果責任
Portal:政治学 - 政治思想の一覧 - 政治思想で分類した政党の一覧
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カテゴリ:価値観社会理論政治思想哲学の学派保守保守主義保守(ほしゅ、英: conservative)、あるいは保守主義(ほしゅしゅぎ、ラテン語: conservare、英: conservatism)とは、古くからの習慣・制度・考え方などを尊重し、急激な改革に反対すること[1]。対義語は革新若しくは進歩主義。
目次 [非表示]
1 概要
2 政治的保守主義・近代保守主義
2.1 思想の歴史
2.1.1 イギリス
2.2 思想の特徴
2.3 知識人による解説
2.3.1 マイケル・オークショット
2.3.2 ヒュー・セシル
2.3.3 サミュエル・P・ハンティントン
2.3.4 ヘイルシャム
2.3.5 カール・マンハイム
2.3.6 シーモア・M・リプセット
2.3.7 丸山眞男
3 宗教的保守主義
3.1 アメリカ
3.2 西方教会における自由主義神学と福音主義
3.3 カトリック教会の保守派
3.4 東方教会(正教会・東方諸教会)
4 脚注
5 参考文献
6 関連項目
7 外部リンク
概要 [編集]

保守主義は伝統に倣い、これを墨守することを重要視する政治思想である。伝統とは何かに関しては、能や歌舞伎のような実体を伝統とする説から、生き方・精神の形・言葉遣いの規則のような形式を伝統とする説まで諸説ある。
ただし、伝統主義と対立しやすい新自由主義を標榜する経済保守、伝統や文化を重んじる伝統保守、国益や国家への奉仕を尊重する国家保守主義は、それぞれが目指す目標が異なる。
フランス革命当時の保守主義は「今あるアンシャン・レジームとレッテル貼りされた諸制度は、遠い過去からの取捨選択に耐えてきたものであり、これを維持存続させることが国民の利益になる」(とする主義)と定義されていた。
「維持せんがために改革する」というディズレーリの言葉や「保守するための改革」というエドマンド・バークの言葉からも明らかなように、保守主義は漸進的な改革を否定しない。
保守主義は政治および社会の哲学の一つであり、この哲学は伝統的制度の維持を奨励し、社会の変化については最小で漸進的なものだけを支持する。保守主義者たちの中には、現在のものを維持しようとし安定性と連続性を強調する者たちがいる一方で、近代主義に反対し過去のものへ戻ろうとする者たちもいる。現在確認されているところでは、フランソワ=ルネ・ド・シャトーブリアンがフランス革命をうけて1819年にこの用語を用いたのが、政治的脈絡でのこの用語の使用の最初だとされている。[2]それ以来、この用語は広範囲の見解を記述するのに用いられてきた。
政治学はしばしば、今日「保守的」と呼ばれている考えの多くはアイルランド人の政治家エドマンド・バーク(彼はイギリスの下院議員を務め、フランス革命に反対した)に由来するとみなす。[3]
アメリカの共和党、日本の自民党、イギリスの保守党、オーストラリア自由党、台湾の中国国民党、カナダ保守党、パキスタン・イスラム連盟、インド人民党が保守政党として挙げられる。
しかし、保守主義と一言で言っても、保守の意味が多様化した現代はその定義は様々である。
政治的保守主義・近代保守主義 [編集]

思想の歴史 [編集]
政治思想としての保守主義は、政治的保守主義ないしは近代保守主義と呼ばれ、コモン・ローの法思想を中心として発展してきた。17世紀に、イギリスのエドワード・バークは中世ゲルマン法を継承したコモン・ローの体系を理論化した。18世紀には、バークがコモン・ローの伝統を踏まえて著書『フランス革命についての省察』を公表し、保守主義を大成した。この著書は、フランス革命における恐怖政治に対する批判の書でもある。バークが英国下院で革命の脅威を説いた1790年5月6日が近代保守主義生誕の日とされる。このような経緯からバークは近代保守思想の祖と呼ばれている。
バークは「保守する」という言葉は用いたものの、「保守主義」という用語は使っていない。保守主義という言葉は、シャトーブリアンが王政復古の機関紙を、Le Conservateurと名付けたことに由来する。
アメリカでは、コモン・ローの法思想が、ウィリアム・ブラックストンの『イギリス法釈義』を通じて、そのままアメリカの保守主義としてアレクサンダー・ハミルトンら「建国の父」たち(ファウンディング・ファーザーズ)によって継承された。そして、この法思想はアメリカの憲法思想となった。
このように保守主義はもともと英米の政治思想であるが、その影響を受け、フランス、オランダ、スペイン、ドイツ、イスラエル、ロシア、日本、韓国、インドなどにも保守思想家が存在する。
イギリス [編集]
かつてトーリー主義と呼ばれていたイギリスの保守主義は、王政復古時代(1660年–1688年)に生まれた。神授王権によって統治を行う君主をともなう階級社会をイギリス保守主義は支持した。しかし立憲政府を確立した名誉革命 (1688年)は、トーリー主義の再公式化をもたらした。再公式化後のトーリー主義においては統治権は国王、上院、下院の三つの身分に与えられたと現在ではみなされている。[4]
保守派の歴史家たちによると、リチャード・フッカーは保守主義の創始者であり、ハリファックス侯爵は彼のプラグマティズムが賞賛されるべきであり、デイヴィッド・ヒュームは政治における合理主義を保守的に信用しなかったことが賞賛されるべきであり、エドマンド・バークは初期の指導的な理論家とみなされる。しかし、その歴史家たちは保守主義についての穏健で擁護可能な見解を著した著作家たちの選び方を批判されてきた。例えば、フッカーは保守主義が出現する前に生きていた人物である、ハリファックスはどの政党にも属していなかった、ヒュームは政治に関与しなかった、バークはホイッグ党員だった、といった具合に。19世紀には、保守主義者たちはバークがカトリック解放を擁護したことから彼を拒絶し、代わりにブリングブローク(Bolingbroke)からインスピレーションを受けた。フランス革命に対するトーリー党の反応について書いたジョン・リーヴズ(John Reeves)は顧みられなかった。[5]保守主義者たちはバークがアメリカ独立革命を支持したことに反対しもした。例えば、トーリー党員のサミュエル・ジョンソンは著書『暴政なき課税』(Taxation No Tyranny)の中でそれを非難した。
保守主義はイングランドの王政復古の過程で王政主義から発展した。王政主義者たちは絶対君主制を支持し、国王は神授王権によって統治しているのだと論じた。主権は人びと、議会の権威、信教の自由に由来するという考えに彼らは反対した。ロバート・フィルマー(Robert Filmer)の著書『パトリアーチャないしは国王の自然権』(Patriarcha or the Natural Power of Kings)――本書はイングランド内戦以前に書かれた――は彼らの見解を述べたものとして受け入れられるようになった。1688年の名誉革命を受けて、トーリー党員たちとして知られていた保守主義者たちは国王、上院、下院の三身分が主権を共有するということを受け入れた。[6]しかし、トーリー主義はホイッグ党が優勢だった長い期間の間にすみへ追いやられるようになった。[7]1830年代に保守党と改名したこの政党は、不安に思いながらも協力し合った家父長的な貴族たちと自由市場における資本家たち両方の本拠地となったのちに、主要な政治勢力として復帰した。[8]
思想の特徴 [編集]
保守主義者たちは、基本的には人間の思考に期待しすぎず、「人は過ちを犯すし完全ではない」という前提に立ち、そして謙虚な振るまいをする。さらに、彼らは「先祖たちが試行錯誤しながら獲得してきた知恵、すなわち伝統が慣習の中に凝縮されている」と考え、伝統を尊重する。また彼らは、「伝統は祖先からの相続財産であるから、現在生きている国民は相続した伝統を大切に維持し子孫に相続させる義務がある」と考える。その結果、彼らは過去・現在・未来の歴史的結びつきを重視する。このように保守主義は懐古趣味とは異なる未来志向の要素も含んでいる。また、彼らは「未来を着実に進むためには、歴史から学ばなければならない」と考える。これは、歴史とは先人たちが試行錯誤してきた失敗の積み重ねの宝庫だからだとされる。
また西ヨーロッパの貴族出身の保守派の多くは、自らを騎士道精神の継承者と自負しているので、共産主義、ファシズム、そして国粋主義などの思想に対して、祖先から相続した郷土を踏みにじるものとして反発する。
保守主義は基本的に過去と現在との歴史的結びつきを重視する。ただし伝統の定義が明晰ではないため、いつどの伝統を保守すべきと主張するかによって立場が異なってくる。
保守主義者達は理性を懐疑する。彼らがフランス革命で理性主義を掲げたジャコバン派が議会を暴走させ、道徳を退廃させ、そして自由を軽視させる過ちを犯したと看做している事が、そのように懐疑される理由の一つである。同様の事態はロシア革命など多くの革命にも見られる。
こうして保守主義者たちは伝統保守や漸進的変革をとなえ、左翼革命を否定的に見る。
日本・ドイツ・イタリアなどの旧枢軸国やスペインなどの後進資本主義国では外圧によって伝統的な暮らしや文化などが失われた。そのためにかえって、それらの国では国家への帰依(国粋主義)を求める声が強く起こり、20世紀前半のファシズム・全体主義の台頭につながった。ただし、戦時中は右翼内部においても大川周明など国体を強化するための国家革新を唱えた「革新右翼」の動きがあり、そのことが日本において革新およびこれと対をなす保守の概念を混乱させる一因となっている。英仏の貴族や特権階級などを中心とする保守主義は、国粋主義を否定する。
一方でアメリカにおいては家族を基本的な価値として尊重し、政府は家族や私有財産を脅かす存在として警戒の対象になる反連邦主義の伝統がある。ロナルド・レーガンが所得税を減税しジョージ・H・W・ブッシュが遺産税の廃止を推進したのは、こうしたアメリカの保守思想に基づいてのことである。それゆえ、アメリカの保守は国家主義的な日本・フランス・ドイツ・イタリアなどの保守とは対極的な面がある(リバタリアニズムも参照)。ただし、日本やイギリスの保守派は軍事・外交・教育・治安維持では国家の役割を強調するものの、経済政策や社会政策においては小さな政府を唱える傾向も強く、特に家族の価値を唱え、育児や介護の社会化には慎重、もしくは積極的に反対する。この面では欧州大陸諸国よりもリバタリアニズム的で、アメリカの保守との共通点が見られる。
保守主義は、伝統との親和性が高い農業などの第一次産業にたずさわる人たちが多く住む農村部や、都市部の自営業者、キリスト教・イスラム教・仏教や民族宗教(ヒンドゥー教、神道、ユダヤ教)などの宗教組織を支持母体とすることが多い。また、資本主義化した社会では大企業経営者・資本家、中小企業経営者も既得権益を持つものとして保守主義を支持する傾向がある。
イラン革命後のイランのようなイスラム法社会では、保守主義とはウラマーなどの宗教的指導者による政治を支持する立場のことを指す。
知識人による解説 [編集]

新聞コラム、ブログで公開されたエッセイの類いを無作為に蒐集するのではなく、専門書や論文など、学術テーマを採録している百科事典のページが参照するに値する引用元を用意してください。
マイケル・オークショット [編集]
マイケル・オークショット(Michael Joseph Oakeshott)によれば、保守的であるとは『見知らぬものよりも慣れ親しんだものを好むこと、試みられたことのないものよりも試みられたものを、神秘よりも事実を、可能なものよりも現実のものを、無制限なものよりも限度のあるものを、遠いものよりも近くのものを、あり余るものよりも足りるだけのものを、完璧なものよりも重宝なものを、理想郷における至福よりも現在の笑いを、好むことである。得るところが一層多いかも知れない愛情の誘惑よりも、以前からの関係や信義に基づく関係が好まれる。獲得し拡張することは、保持し育成して楽しみを得ることほど重要ではない。革新性や有望さによる興奮よりも、喪失による悲嘆の方が強烈である。保守的であるとは、自己のめぐりあわせに対して淡々としていること、自己の身に相応しく生きていくことであり、自分自身にも自分の環境にも存在しない一層高度な完璧さを、追求しようとはしないことである。或る人々にとってはこうしたこと自体が選択の結果であるが、また或る人々にとっては、それは好き嫌いの中に多かれ少なかれ現れるその人の性向であって、それ自体が選択されたり特別に培われたりしたものではない。』とする [9]。
ヒュー・セシル [編集]
イギリス保守党の理論家であったヒュー・セシル(Hugh Cecil)によると、コンサーヴァティズムには政治的保守主義・近代保守主義以外に自然的保守性がある[10]。自然的保守性とは、新しいもの・未知なるものへの恐怖と、現状を積極・消極両面で維持することを欲する感情のことである。これは慣れたものに愛着を持つという人間の性質であり、思想的な主義主張ではない。
サミュエル・P・ハンティントン [編集]
サミュエル・P・ハンティントン(Samuel Phillips Huntington)によると、保守主義には次の三つの定義がある。
貴族的定義
歴史の中の特殊な運動として定義。保守主義は、フランス革命、自由主義、あるいは18世紀の終わりから19世紀前半のブルジョワジー勃興に対する、封建的勢力・貴族階級・地主階級による反動であるとする。この解釈では保守主義は封建主義、地位、そして旧体制と結びつき、中間層、労働者、商業主義、産業主義、民主主義、自由主義、そして個人主義と対立する。
自律的定義
その思想の内容、固有の観念・価値などによる定義。保守主義は正義、秩序、平衡、そして穏健などといった普遍的価値の自律的体系であるとする。
状況的定義
いつの時代にも見られる、歴史を越えた存在として定義。保守主義は、どんな社会秩序であろうと、それを正当化しようとするものであるとする。この定義によると、保守主義の本質は現存する制度の価値を情熱的に肯定することにある。ただし、この定義によると、保守主義はあらゆる変化に反対するわけではなく、社会の根本的要素を残すために第二義的変化を黙認することもある。
ハンティントンは、このうち1と2の定義は不適切であると考え、「保守主義の性格は静態的なものであり、同様の社会状況が生じた場合に見られる反復的なものであり、そして進歩的なものではない」としている。
ヘイルシャム [編集]
ヘイルシャム(Hailsham)はイギリスの保守党の元チェアマンであるが、彼によると「保守主義は態度ないしは定常的な精神の作用(constant force)以上のものをさす哲学ではなく、自由社会が発展する過程で時代に左右されない働きをするものであり、人間本性それ自体が心の底から恒常的に要請するものである。」[11]
カール・マンハイム [編集]
カール・マンハイム(Karl Mannheim)によると、保守主義はそれ自体として存在するものではなく、何かの変革(たとえば革命)が起こったあとでそれに対する反応として形成される。
シーモア・M・リプセット [編集]
シーモア・M・リプセットは次のように書いている。リベラルと保守は「しばしば平等や自由といった問題に関しては反対の立場を取るわけではない。そうではなく、両サイドは自由と平等のどちらかの核となる価値へ訴える。たとえばリベラルは平等主義の卓越性や無制限の個人主義から生じる社会的不公平を強調するのに対して、保守は個人の自由という価値や流動性および努力による達成の社会的必要性という価値をリベラルな特効薬に含まれる集団主義によって『危険にさらされる』価値として大切にする、といった具合である。」[12]
丸山眞男 [編集]
丸山眞男によれば、「日本の保守主義とはその時々の現実に順応する保守主義で、フランスの王党派のような保守的原理を頑強に固守しない」[13]とされる。これについて中村宏は「日本人の多くに伝統的に共有されてきた、状況ないし事態の流れに順応し、権威主義的でそのときどきの権力に従う処世観「従う政治文化」」が日本の政治風土の特徴であり、価値観を持たない「仕方がない」と「状況と立場」の文化があると説明する[14]。
宗教的保守主義 [編集]

アメリカ [編集]
宗教的保守主義という言葉がとくに頻繁に使用されるのはアメリカ合衆国である。宗教右派(キリスト教右派)の台頭にともなって、キリスト教原理主義などプロテスタントの神学の内の聖書主義的な意味での保守主義、つまり聖書の記述をそのまま遵守しようとする潮流が保守主義と呼ばれる。この意味での保守主義者たちは、聖書に基づいて、「人々はキリストの十字架による身代わりの贖罪によって救われる」という教理を強調する。この立場から、彼らは福音派(エヴァンジェリカル)、あるいは伝道派と自称しており、またそのように呼ばれることもある。
アメリカ南部バプティスト派などがこの保守主義の最大勢力である。福音派は南部の所得・教育水準の低い白人層(レッドネック等)からは一定の支持を得ることができているが、それ以外の地域では、特に東部の高学歴・高所得層からはカルト扱いされており、支持されていない。また、伝統的なプロテスタント諸派においても上記南部バプティスト派以外では福音派の立場をとる派は少ない。
西方教会における自由主義神学と福音主義 [編集]
自由主義神学の立場は、一つに、道はちがえども全ての宗教は人々を救いに至らしめるものであるという考え方に近く、二つに、思想的哲学的潮流に影響されやすく、そして三つに、神学的に聖書を尊重しない傾向がある。この立場は福音派には受け入れがたい。同派は、そのような立場を潔しとしないキリスト教徒の集まりである。一方、反福音派(反エバンジェリカルズ)である伝統的プロテスタント諸派は、福音派を聖書の文言にのみ拘泥しその趣旨を歪曲していると批判している。
ただし、神学的に保守主義であるからといって、政治的にも保守派でありタカ派であるとは限らない。 核兵器使用賛成・反共・国粋主義に偏りがちなファンダメンタリストから一線を画し、核兵器使用と戦争に反対の立場をとっている保守派のキリスト教徒も多い。彼らは、キリストが十字架の死をもって伝えたかったことは何かということと、聖書の伝えたかった使信とは何かということにかんする追求に基づいて、「キリストの十字架のメッセージは、神と人との和解あるいは人と人との和解であり、平和主義である」との考えを持っていることから、そのような立場をとっている。だが、そんな彼らも中絶には反対する。
カトリック教会の保守派 [編集]
カトリックの保守派はプロテスタントの上記保守派とは神学的に正反対であり相容れないが、中絶には反対する。
東方教会(正教会・東方諸教会) [編集]
上述の自由主義神学と福音主義の対比は、西方教会、そのうち主にプロテスタントに当てはまる分類であり、宗教改革や自由主義神学の興隆の歴史を有さない東方教会(正教会・東方諸教会)においてはこのような分類に当てはまる潮流が歴史上存在しておらず、神学的見解・奉神礼形式・社会問題に対する態度における「保守的」「革新的」の語も、西方教会とは異なった意味で用いられる。
神学、および教会と社会の関係を考察する領域において、西欧・西方教会における論理の枠組みの段階から根本的に疑問の対象とし、ここから距離を取ろうとする聖職者、神学者、哲学者が正教会には多く生み出されている。
「ドシセオス2世 (エルサレム総主教)」、「アレクセイ・ホミャコーフ」、および「ウラジーミル・ロースキイ」も参照
神学的に保守的であるからといって政治的に保守的・タカ派的であるとは限らないのは西方教会でも同様であるが、アメリカのファンダメンタリストなどのように神学的見解と政治的姿勢が結び付いているような例は、東方教会では殆ど皆無である。

脚注 [編集]

^ 保守(goo辞書より)
^ The Scary Echo of the Intolerance of the French Revolution in America Today(英語)
^ BBC: エドマンド・バーク (1729年 - 1797年)(英語)
^ Eccleshall, p. ix, 21
^ Eccleshall, p. 2
^ Eccleshall, pp. 21-25
^ Eccleshall, p. 31
^ Eccleshall, p. 43
^ マイケル・オークショット「保守的であるということ」(『政治における合理主義』所収、石山文彦訳、勁草書房、1988年、200頁)
^ 原語では前者がConservatism、後者がconservatism 違いは固有名詞と普通名詞
^ Viscount Hailsham. The Conservative Case. Middlesex: Penguin Books, 1959. (英語)
^ http://www.ppionline.org/documents/equality_lipset.pdf(英語)
^ 「日本人の政治意識」『集』第3巻328ページ
^ 中村「占領下での「民主化」と日本の「従う政治文化」」(神戸学院法学第34巻第1号2004-4)[1]
参考文献 [編集]

中川八洋『保守主義の哲学 知の巨星たちは何を語ったか』PHP研究所、2004年
中島岳志【連載】「私の保守思想」『表現者』2010年1月号〜
西部邁『保守思想のための39章』ちくま新書、2002年、ISBN 9784480059666
野田裕久編『保守主義とは何か』 ナカニシヤ出版、2010年
Behrens, R. 1980. The conservative party from Heath to Thatcher: Policies and politics 1974-1979. London: Saxon House.
Burke, E. 1976. Reflections on the revolution in France. ed. C. C. O'Brein. London: Penguin.
半沢孝麿訳『フランス革命の省察』みすず書房、新装版版1997年
Eccleshall, Robert. English Conservatism since the Restoration: An Introduction and Anthology. London: Unwin Hyman, 1990 ISBN 0-04-445346-9
Epstein, K. 1966. The genesis of German conservatism. Princeton: Princeton Univ. Press.
Gottfried, P., Fleming, T. 1988. The conservative movement. Boston: Twayne.
Hoover, K., Plant, R. 1989. Conservative capitalism in Great Britain and the United States: A critical appraisal. London and New York: Routledge.
Hayyek, F. 1960. The constitution of liberty. London: Routledge; Chicago: Univ. of Chicago Press.
Huntington, S. 1957. Conservatism as an ideology. in American Political Science Review 51:454-73.
Kirk, R. 1962. A program for Conservatives. Chicago: Regnery.
Kirk, R. 1986. The conservative mind: From Burke to Eliot. 7th edn. Chicago: Regnery.
Kristol, I. 1983. Reflections of a neoconservatives: Looking back, looking ahead. New York: Basic Books.
Lawson, N. 1980. The new conservatism. London: Center for Policy Studies.
Nisbet, R. 1979. The conservatism. Minneapolis: Univ. of Minnesota Press.
Oakeshott, M. 1962. Rationalism in politics. London: Methuen.
嶋津格、森村進訳『政治における合理主義』勁草書房、1988年
O'Sullivan, N. 1976. Conservatism. New York: St Martine's Press.
Reichley, A. 1981. Conservatives in an age of change: The Nixon and Ford administrations. Washington, D.C.: Bookings Institution.
Scruton, R. 1980. The meaning of conservatism. London: Macmillan.
Wills, G. 1979. Confessions of a conservatives. London: Penguin.
関連項目 [編集]

慣習
行動する保守
国民保守主義
社会保守主義
親米保守
新保守主義
創生「日本」
小さな政府
伝統
伝統に訴える論証
伝統保守主義
日米保守戦略協議会
反米保守
文化保守主義
保守王国
保守革命
保守政党
保守合同
保守本流
緑の保守主義
歴史
右翼
極右
外部リンク [編集]

保守主義 - コトバンク
保守主義 - Yahoo!百科事典
保守主義 - Weblio
「保守」が何であるのかを教えましょう - 富岡幸一郎・秋山祐徳・西部邁
保守主義(英語) - ブリタニカ百科事典
保守主義の十原則(英語) - ラッセル・カーク
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政治思想
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権威主義
独裁主義 - 専制主義 - 絶対主義 - ファシズム - ナチズム - 全体主義 - 軍国主義
集団主義
国家主義 - 地域主義 - ナショナリズム - 民族主義 - 共同体主義 - コーポラティズム - 集産主義 - 統合主義 - イスラム主義(イスラム原理主義) - キリスト教原理主義
環境主義
みどりの政治 - 緑の保守主義
政治的スペクトル
革新
社会改良主義 - 進歩主義 - 急進主義 - 左翼 - 極左
中道
中道左派 - 中道右派
保守
社会保守主義 - 緑の保守主義 - 国民保守主義 - 新保守主義 - 右翼 - 極右
その他
第三の道 - 政治的シンクレティズム
統治体制
支配者の種類
君主制 - 貴族制 - 神権政治 - 共和主義
権力者の特徴
寡頭制 - メリトクラシー - ポリアーキー
国家様態
単一国家 - 連邦制 - 国家連合 - 国際主義 - スープラナショナリズム - コスモポリタニズム
その他
啓蒙思想 - 混合経済 - 現実主義 - ポピュリズム - 教条主義 - 原理主義 - フェミニズム - 多元主義 - 結果責任
Portal:政治学 - 政治思想の一覧 - 政治思想で分類した政党の一覧
この「保守」は、哲学に関連した書きかけ項目です。この記事を加筆・訂正して下さる協力者を求めています(Portal:哲学)。
カテゴリ:価値観社会理論政治思想哲学の学派保守保守主義保守(ほしゅ、英: conservative)、あるいは保守主義(ほしゅしゅぎ、ラテン語: conservare、英: conservatism)とは、古くからの習慣・制度・考え方などを尊重し、急激な改革に反対すること[1]。対義語は革新若しくは進歩主義。
目次 [非表示]
1 概要
2 政治的保守主義・近代保守主義
2.1 思想の歴史
2.1.1 イギリス
2.2 思想の特徴
2.3 知識人による解説
2.3.1 マイケル・オークショット
2.3.2 ヒュー・セシル
2.3.3 サミュエル・P・ハンティントン
2.3.4 ヘイルシャム
2.3.5 カール・マンハイム
2.3.6 シーモア・M・リプセット
2.3.7 丸山眞男
3 宗教的保守主義
3.1 アメリカ
3.2 西方教会における自由主義神学と福音主義
3.3 カトリック教会の保守派
3.4 東方教会(正教会・東方諸教会)
4 脚注
5 参考文献
6 関連項目
7 外部リンク
概要 [編集]

保守主義は伝統に倣い、これを墨守することを重要視する政治思想である。伝統とは何かに関しては、能や歌舞伎のような実体を伝統とする説から、生き方・精神の形・言葉遣いの規則のような形式を伝統とする説まで諸説ある。
ただし、伝統主義と対立しやすい新自由主義を標榜する経済保守、伝統や文化を重んじる伝統保守、国益や国家への奉仕を尊重する国家保守主義は、それぞれが目指す目標が異なる。
フランス革命当時の保守主義は「今あるアンシャン・レジームとレッテル貼りされた諸制度は、遠い過去からの取捨選択に耐えてきたものであり、これを維持存続させることが国民の利益になる」(とする主義)と定義されていた。
「維持せんがために改革する」というディズレーリの言葉や「保守するための改革」というエドマンド・バークの言葉からも明らかなように、保守主義は漸進的な改革を否定しない。
保守主義は政治および社会の哲学の一つであり、この哲学は伝統的制度の維持を奨励し、社会の変化については最小で漸進的なものだけを支持する。保守主義者たちの中には、現在のものを維持しようとし安定性と連続性を強調する者たちがいる一方で、近代主義に反対し過去のものへ戻ろうとする者たちもいる。現在確認されているところでは、フランソワ=ルネ・ド・シャトーブリアンがフランス革命をうけて1819年にこの用語を用いたのが、政治的脈絡でのこの用語の使用の最初だとされている。[2]それ以来、この用語は広範囲の見解を記述するのに用いられてきた。
政治学はしばしば、今日「保守的」と呼ばれている考えの多くはアイルランド人の政治家エドマンド・バーク(彼はイギリスの下院議員を務め、フランス革命に反対した)に由来するとみなす。[3]
アメリカの共和党、日本の自民党、イギリスの保守党、オーストラリア自由党、台湾の中国国民党、カナダ保守党、パキスタン・イスラム連盟、インド人民党が保守政党として挙げられる。
しかし、保守主義と一言で言っても、保守の意味が多様化した現代はその定義は様々である。
政治的保守主義・近代保守主義 [編集]

思想の歴史 [編集]
政治思想としての保守主義は、政治的保守主義ないしは近代保守主義と呼ばれ、コモン・ローの法思想を中心として発展してきた。17世紀に、イギリスのエドワード・バークは中世ゲルマン法を継承したコモン・ローの体系を理論化した。18世紀には、バークがコモン・ローの伝統を踏まえて著書『フランス革命についての省察』を公表し、保守主義を大成した。この著書は、フランス革命における恐怖政治に対する批判の書でもある。バークが英国下院で革命の脅威を説いた1790年5月6日が近代保守主義生誕の日とされる。このような経緯からバークは近代保守思想の祖と呼ばれている。
バークは「保守する」という言葉は用いたものの、「保守主義」という用語は使っていない。保守主義という言葉は、シャトーブリアンが王政復古の機関紙を、Le Conservateurと名付けたことに由来する。
アメリカでは、コモン・ローの法思想が、ウィリアム・ブラックストンの『イギリス法釈義』を通じて、そのままアメリカの保守主義としてアレクサンダー・ハミルトンら「建国の父」たち(ファウンディング・ファーザーズ)によって継承された。そして、この法思想はアメリカの憲法思想となった。
このように保守主義はもともと英米の政治思想であるが、その影響を受け、フランス、オランダ、スペイン、ドイツ、イスラエル、ロシア、日本、韓国、インドなどにも保守思想家が存在する。
イギリス [編集]
かつてトーリー主義と呼ばれていたイギリスの保守主義は、王政復古時代(1660年–1688年)に生まれた。神授王権によって統治を行う君主をともなう階級社会をイギリス保守主義は支持した。しかし立憲政府を確立した名誉革命 (1688年)は、トーリー主義の再公式化をもたらした。再公式化後のトーリー主義においては統治権は国王、上院、下院の三つの身分に与えられたと現在ではみなされている。[4]
保守派の歴史家たちによると、リチャード・フッカーは保守主義の創始者であり、ハリファックス侯爵は彼のプラグマティズムが賞賛されるべきであり、デイヴィッド・ヒュームは政治における合理主義を保守的に信用しなかったことが賞賛されるべきであり、エドマンド・バークは初期の指導的な理論家とみなされる。しかし、その歴史家たちは保守主義についての穏健で擁護可能な見解を著した著作家たちの選び方を批判されてきた。例えば、フッカーは保守主義が出現する前に生きていた人物である、ハリファックスはどの政党にも属していなかった、ヒュームは政治に関与しなかった、バークはホイッグ党員だった、といった具合に。19世紀には、保守主義者たちはバークがカトリック解放を擁護したことから彼を拒絶し、代わりにブリングブローク(Bolingbroke)からインスピレーションを受けた。フランス革命に対するトーリー党の反応について書いたジョン・リーヴズ(John Reeves)は顧みられなかった。[5]保守主義者たちはバークがアメリカ独立革命を支持したことに反対しもした。例えば、トーリー党員のサミュエル・ジョンソンは著書『暴政なき課税』(Taxation No Tyranny)の中でそれを非難した。
保守主義はイングランドの王政復古の過程で王政主義から発展した。王政主義者たちは絶対君主制を支持し、国王は神授王権によって統治しているのだと論じた。主権は人びと、議会の権威、信教の自由に由来するという考えに彼らは反対した。ロバート・フィルマー(Robert Filmer)の著書『パトリアーチャないしは国王の自然権』(Patriarcha or the Natural Power of Kings)――本書はイングランド内戦以前に書かれた――は彼らの見解を述べたものとして受け入れられるようになった。1688年の名誉革命を受けて、トーリー党員たちとして知られていた保守主義者たちは国王、上院、下院の三身分が主権を共有するということを受け入れた。[6]しかし、トーリー主義はホイッグ党が優勢だった長い期間の間にすみへ追いやられるようになった。[7]1830年代に保守党と改名したこの政党は、不安に思いながらも協力し合った家父長的な貴族たちと自由市場における資本家たち両方の本拠地となったのちに、主要な政治勢力として復帰した。[8]
思想の特徴 [編集]
保守主義者たちは、基本的には人間の思考に期待しすぎず、「人は過ちを犯すし完全ではない」という前提に立ち、そして謙虚な振るまいをする。さらに、彼らは「先祖たちが試行錯誤しながら獲得してきた知恵、すなわち伝統が慣習の中に凝縮されている」と考え、伝統を尊重する。また彼らは、「伝統は祖先からの相続財産であるから、現在生きている国民は相続した伝統を大切に維持し子孫に相続させる義務がある」と考える。その結果、彼らは過去・現在・未来の歴史的結びつきを重視する。このように保守主義は懐古趣味とは異なる未来志向の要素も含んでいる。また、彼らは「未来を着実に進むためには、歴史から学ばなければならない」と考える。これは、歴史とは先人たちが試行錯誤してきた失敗の積み重ねの宝庫だからだとされる。
また西ヨーロッパの貴族出身の保守派の多くは、自らを騎士道精神の継承者と自負しているので、共産主義、ファシズム、そして国粋主義などの思想に対して、祖先から相続した郷土を踏みにじるものとして反発する。
保守主義は基本的に過去と現在との歴史的結びつきを重視する。ただし伝統の定義が明晰ではないため、いつどの伝統を保守すべきと主張するかによって立場が異なってくる。
保守主義者達は理性を懐疑する。彼らがフランス革命で理性主義を掲げたジャコバン派が議会を暴走させ、道徳を退廃させ、そして自由を軽視させる過ちを犯したと看做している事が、そのように懐疑される理由の一つである。同様の事態はロシア革命など多くの革命にも見られる。
こうして保守主義者たちは伝統保守や漸進的変革をとなえ、左翼革命を否定的に見る。
日本・ドイツ・イタリアなどの旧枢軸国やスペインなどの後進資本主義国では外圧によって伝統的な暮らしや文化などが失われた。そのためにかえって、それらの国では国家への帰依(国粋主義)を求める声が強く起こり、20世紀前半のファシズム・全体主義の台頭につながった。ただし、戦時中は右翼内部においても大川周明など国体を強化するための国家革新を唱えた「革新右翼」の動きがあり、そのことが日本において革新およびこれと対をなす保守の概念を混乱させる一因となっている。英仏の貴族や特権階級などを中心とする保守主義は、国粋主義を否定する。
一方でアメリカにおいては家族を基本的な価値として尊重し、政府は家族や私有財産を脅かす存在として警戒の対象になる反連邦主義の伝統がある。ロナルド・レーガンが所得税を減税しジョージ・H・W・ブッシュが遺産税の廃止を推進したのは、こうしたアメリカの保守思想に基づいてのことである。それゆえ、アメリカの保守は国家主義的な日本・フランス・ドイツ・イタリアなどの保守とは対極的な面がある(リバタリアニズムも参照)。ただし、日本やイギリスの保守派は軍事・外交・教育・治安維持では国家の役割を強調するものの、経済政策や社会政策においては小さな政府を唱える傾向も強く、特に家族の価値を唱え、育児や介護の社会化には慎重、もしくは積極的に反対する。この面では欧州大陸諸国よりもリバタリアニズム的で、アメリカの保守との共通点が見られる。
保守主義は、伝統との親和性が高い農業などの第一次産業にたずさわる人たちが多く住む農村部や、都市部の自営業者、キリスト教・イスラム教・仏教や民族宗教(ヒンドゥー教、神道、ユダヤ教)などの宗教組織を支持母体とすることが多い。また、資本主義化した社会では大企業経営者・資本家、中小企業経営者も既得権益を持つものとして保守主義を支持する傾向がある。
イラン革命後のイランのようなイスラム法社会では、保守主義とはウラマーなどの宗教的指導者による政治を支持する立場のことを指す。
知識人による解説 [編集]

新聞コラム、ブログで公開されたエッセイの類いを無作為に蒐集するのではなく、専門書や論文など、学術テーマを採録している百科事典のページが参照するに値する引用元を用意してください。
マイケル・オークショット [編集]
マイケル・オークショット(Michael Joseph Oakeshott)によれば、保守的であるとは『見知らぬものよりも慣れ親しんだものを好むこと、試みられたことのないものよりも試みられたものを、神秘よりも事実を、可能なものよりも現実のものを、無制限なものよりも限度のあるものを、遠いものよりも近くのものを、あり余るものよりも足りるだけのものを、完璧なものよりも重宝なものを、理想郷における至福よりも現在の笑いを、好むことである。得るところが一層多いかも知れない愛情の誘惑よりも、以前からの関係や信義に基づく関係が好まれる。獲得し拡張することは、保持し育成して楽しみを得ることほど重要ではない。革新性や有望さによる興奮よりも、喪失による悲嘆の方が強烈である。保守的であるとは、自己のめぐりあわせに対して淡々としていること、自己の身に相応しく生きていくことであり、自分自身にも自分の環境にも存在しない一層高度な完璧さを、追求しようとはしないことである。或る人々にとってはこうしたこと自体が選択の結果であるが、また或る人々にとっては、それは好き嫌いの中に多かれ少なかれ現れるその人の性向であって、それ自体が選択されたり特別に培われたりしたものではない。』とする [9]。
ヒュー・セシル [編集]
イギリス保守党の理論家であったヒュー・セシル(Hugh Cecil)によると、コンサーヴァティズムには政治的保守主義・近代保守主義以外に自然的保守性がある[10]。自然的保守性とは、新しいもの・未知なるものへの恐怖と、現状を積極・消極両面で維持することを欲する感情のことである。これは慣れたものに愛着を持つという人間の性質であり、思想的な主義主張ではない。
サミュエル・P・ハンティントン [編集]
サミュエル・P・ハンティントン(Samuel Phillips Huntington)によると、保守主義には次の三つの定義がある。
貴族的定義
歴史の中の特殊な運動として定義。保守主義は、フランス革命、自由主義、あるいは18世紀の終わりから19世紀前半のブルジョワジー勃興に対する、封建的勢力・貴族階級・地主階級による反動であるとする。この解釈では保守主義は封建主義、地位、そして旧体制と結びつき、中間層、労働者、商業主義、産業主義、民主主義、自由主義、そして個人主義と対立する。
自律的定義
その思想の内容、固有の観念・価値などによる定義。保守主義は正義、秩序、平衡、そして穏健などといった普遍的価値の自律的体系であるとする。
状況的定義
いつの時代にも見られる、歴史を越えた存在として定義。保守主義は、どんな社会秩序であろうと、それを正当化しようとするものであるとする。この定義によると、保守主義の本質は現存する制度の価値を情熱的に肯定することにある。ただし、この定義によると、保守主義はあらゆる変化に反対するわけではなく、社会の根本的要素を残すために第二義的変化を黙認することもある。
ハンティントンは、このうち1と2の定義は不適切であると考え、「保守主義の性格は静態的なものであり、同様の社会状況が生じた場合に見られる反復的なものであり、そして進歩的なものではない」としている。
ヘイルシャム [編集]
ヘイルシャム(Hailsham)はイギリスの保守党の元チェアマンであるが、彼によると「保守主義は態度ないしは定常的な精神の作用(constant force)以上のものをさす哲学ではなく、自由社会が発展する過程で時代に左右されない働きをするものであり、人間本性それ自体が心の底から恒常的に要請するものである。」[11]
カール・マンハイム [編集]
カール・マンハイム(Karl Mannheim)によると、保守主義はそれ自体として存在するものではなく、何かの変革(たとえば革命)が起こったあとでそれに対する反応として形成される。
シーモア・M・リプセット [編集]
シーモア・M・リプセットは次のように書いている。リベラルと保守は「しばしば平等や自由といった問題に関しては反対の立場を取るわけではない。そうではなく、両サイドは自由と平等のどちらかの核となる価値へ訴える。たとえばリベラルは平等主義の卓越性や無制限の個人主義から生じる社会的不公平を強調するのに対して、保守は個人の自由という価値や流動性および努力による達成の社会的必要性という価値をリベラルな特効薬に含まれる集団主義によって『危険にさらされる』価値として大切にする、といった具合である。」[12]
丸山眞男 [編集]
丸山眞男によれば、「日本の保守主義とはその時々の現実に順応する保守主義で、フランスの王党派のような保守的原理を頑強に固守しない」[13]とされる。これについて中村宏は「日本人の多くに伝統的に共有されてきた、状況ないし事態の流れに順応し、権威主義的でそのときどきの権力に従う処世観「従う政治文化」」が日本の政治風土の特徴であり、価値観を持たない「仕方がない」と「状況と立場」の文化があると説明する[14]。
宗教的保守主義 [編集]

アメリカ [編集]
宗教的保守主義という言葉がとくに頻繁に使用されるのはアメリカ合衆国である。宗教右派(キリスト教右派)の台頭にともなって、キリスト教原理主義などプロテスタントの神学の内の聖書主義的な意味での保守主義、つまり聖書の記述をそのまま遵守しようとする潮流が保守主義と呼ばれる。この意味での保守主義者たちは、聖書に基づいて、「人々はキリストの十字架による身代わりの贖罪によって救われる」という教理を強調する。この立場から、彼らは福音派(エヴァンジェリカル)、あるいは伝道派と自称しており、またそのように呼ばれることもある。
アメリカ南部バプティスト派などがこの保守主義の最大勢力である。福音派は南部の所得・教育水準の低い白人層(レッドネック等)からは一定の支持を得ることができているが、それ以外の地域では、特に東部の高学歴・高所得層からはカルト扱いされており、支持されていない。また、伝統的なプロテスタント諸派においても上記南部バプティスト派以外では福音派の立場をとる派は少ない。
西方教会における自由主義神学と福音主義 [編集]
自由主義神学の立場は、一つに、道はちがえども全ての宗教は人々を救いに至らしめるものであるという考え方に近く、二つに、思想的哲学的潮流に影響されやすく、そして三つに、神学的に聖書を尊重しない傾向がある。この立場は福音派には受け入れがたい。同派は、そのような立場を潔しとしないキリスト教徒の集まりである。一方、反福音派(反エバンジェリカルズ)である伝統的プロテスタント諸派は、福音派を聖書の文言にのみ拘泥しその趣旨を歪曲していると批判している。
ただし、神学的に保守主義であるからといって、政治的にも保守派でありタカ派であるとは限らない。 核兵器使用賛成・反共・国粋主義に偏りがちなファンダメンタリストから一線を画し、核兵器使用と戦争に反対の立場をとっている保守派のキリスト教徒も多い。彼らは、キリストが十字架の死をもって伝えたかったことは何かということと、聖書の伝えたかった使信とは何かということにかんする追求に基づいて、「キリストの十字架のメッセージは、神と人との和解あるいは人と人との和解であり、平和主義である」との考えを持っていることから、そのような立場をとっている。だが、そんな彼らも中絶には反対する。
カトリック教会の保守派 [編集]
カトリックの保守派はプロテスタントの上記保守派とは神学的に正反対であり相容れないが、中絶には反対する。
東方教会(正教会・東方諸教会) [編集]
上述の自由主義神学と福音主義の対比は、西方教会、そのうち主にプロテスタントに当てはまる分類であり、宗教改革や自由主義神学の興隆の歴史を有さない東方教会(正教会・東方諸教会)においてはこのような分類に当てはまる潮流が歴史上存在しておらず、神学的見解・奉神礼形式・社会問題に対する態度における「保守的」「革新的」の語も、西方教会とは異なった意味で用いられる。
神学、および教会と社会の関係を考察する領域において、西欧・西方教会における論理の枠組みの段階から根本的に疑問の対象とし、ここから距離を取ろうとする聖職者、神学者、哲学者が正教会には多く生み出されている。
「ドシセオス2世 (エルサレム総主教)」、「アレクセイ・ホミャコーフ」、および「ウラジーミル・ロースキイ」も参照
神学的に保守的であるからといって政治的に保守的・タカ派的であるとは限らないのは西方教会でも同様であるが、アメリカのファンダメンタリストなどのように神学的見解と政治的姿勢が結び付いているような例は、東方教会では殆ど皆無である。

脚注 [編集]

^ 保守(goo辞書より)
^ The Scary Echo of the Intolerance of the French Revolution in America Today(英語)
^ BBC: エドマンド・バーク (1729年 - 1797年)(英語)
^ Eccleshall, p. ix, 21
^ Eccleshall, p. 2
^ Eccleshall, pp. 21-25
^ Eccleshall, p. 31
^ Eccleshall, p. 43
^ マイケル・オークショット「保守的であるということ」(『政治における合理主義』所収、石山文彦訳、勁草書房、1988年、200頁)
^ 原語では前者がConservatism、後者がconservatism 違いは固有名詞と普通名詞
^ Viscount Hailsham. The Conservative Case. Middlesex: Penguin Books, 1959. (英語)
^ http://www.ppionline.org/documents/equality_lipset.pdf(英語)
^ 「日本人の政治意識」『集』第3巻328ページ
^ 中村「占領下での「民主化」と日本の「従う政治文化」」(神戸学院法学第34巻第1号2004-4)[1]
参考文献 [編集]

中川八洋『保守主義の哲学 知の巨星たちは何を語ったか』PHP研究所、2004年
中島岳志【連載】「私の保守思想」『表現者』2010年1月号〜
西部邁『保守思想のための39章』ちくま新書、2002年、ISBN 9784480059666
野田裕久編『保守主義とは何か』 ナカニシヤ出版、2010年
Behrens, R. 1980. The conservative party from Heath to Thatcher: Policies and politics 1974-1979. London: Saxon House.
Burke, E. 1976. Reflections on the revolution in France. ed. C. C. O'Brein. London: Penguin.
半沢孝麿訳『フランス革命の省察』みすず書房、新装版版1997年
Eccleshall, Robert. English Conservatism since the Restoration: An Introduction and Anthology. London: Unwin Hyman, 1990 ISBN 0-04-445346-9
Epstein, K. 1966. The genesis of German conservatism. Princeton: Princeton Univ. Press.
Gottfried, P., Fleming, T. 1988. The conservative movement. Boston: Twayne.
Hoover, K., Plant, R. 1989. Conservative capitalism in Great Britain and the United States: A critical appraisal. London and New York: Routledge.
Hayyek, F. 1960. The constitution of liberty. London: Routledge; Chicago: Univ. of Chicago Press.
Huntington, S. 1957. Conservatism as an ideology. in American Political Science Review 51:454-73.
Kirk, R. 1962. A program for Conservatives. Chicago: Regnery.
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Kristol, I. 1983. Reflections of a neoconservatives: Looking back, looking ahead. New York: Basic Books.
Lawson, N. 1980. The new conservatism. London: Center for Policy Studies.
Nisbet, R. 1979. The conservatism. Minneapolis: Univ. of Minnesota Press.
Oakeshott, M. 1962. Rationalism in politics. London: Methuen.
嶋津格、森村進訳『政治における合理主義』勁草書房、1988年
O'Sullivan, N. 1976. Conservatism. New York: St Martine's Press.
Reichley, A. 1981. Conservatives in an age of change: The Nixon and Ford administrations. Washington, D.C.: Bookings Institution.
Scruton, R. 1980. The meaning of conservatism. London: Macmillan.
Wills, G. 1979. Confessions of a conservatives. London: Penguin.
関連項目 [編集]

慣習
行動する保守
国民保守主義
社会保守主義
親米保守
新保守主義
創生「日本」
小さな政府
伝統
伝統に訴える論証
伝統保守主義
日米保守戦略協議会
反米保守
文化保守主義
保守王国
保守革命
保守政党
保守合同
保守本流
緑の保守主義
歴史
右翼
極右
外部リンク [編集]

保守主義 - コトバンク
保守主義 - Yahoo!百科事典
保守主義 - Weblio
「保守」が何であるのかを教えましょう - 富岡幸一郎・秋山祐徳・西部邁
保守主義(英語) - ブリタニカ百科事典
保守主義の十原則(英語) - ラッセル・カーク
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この「保守」は、哲学に関連した書きかけ項目です。この記事を加筆・訂正して下さる協力者を求めています(Portal:哲学)。
カテゴリ:価値観社会理論政治思想哲学の学派保守保守主義
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜引用終わり〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


05. 2012年6月05日 16:25:55 : EszHBBNJY2
>>01
いい時代でしたね。毎年生活が向上していく実感があった。

でも年収は少ないけど今の生活のほうが当時と比べて良いと思う。
もちろん一概には言えないけど、生まれたときから充分贅沢な環境にいるから
実感はないのかもね。
この不況も恐らく気分のものだね。財務省主導の財政危機にマスコミが広報して
国民に刷り込んでいる。これでは投資も躊躇するから、全国的に中央官僚主導での
俺俺詐欺だわ。シロアリの為のシロアリの財政危機演出を20年も続けているけど
いつ危機がきた? こういう演出がなければ、もっと早くにデフレを脱却できていた。 あと10年は大丈夫だけど、時間は限られてきたな。



06. 2012年6月05日 18:00:37 : SV0bXd9WQ6
 wikiは満腹でござる。

 "コピペ"でなく自分で咀嚼してね。


07. 2012年6月06日 00:12:22 : eEdDplVwaI
「消費憎ゼイ」も破たんし、国家予算7割減が待っている。

みんなの未来。年金「ゼロ」、医療は全額自費。

ギリシャ危機とは、地球に80億人が暮らすには・・・、生活保護は出来ないと云う事の、啓示。

腹をくくれる人が時代を生きれる。

そうでしょう、浅間太郎君。

以上


08. 2012年6月06日 07:26:20 : 3qy2Nm5Zfw

21世紀大恐慌

何事も広域化、世界化、はあやうい。

経済破綻でドミノ倒し「21世紀大恐慌」か。

いやな予感する。都会人は餓死者続出か・・・・


09. アサマ親方ファン 2012年6月07日 22:45:52 : QsXX8BfvFvw8U : I1L3gDda7M
F銀行時代より変わらぬ自己中な親方。お見事です。

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