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自民党が公式に国民の基本的人権を否定し、さらに改憲案で日本国憲法第18条「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない」を削除。
http://www.asyura2.com/12/senkyo140/msg/436.html
投稿者 gataro 日時 2012 年 12 月 05 日 13:23:49: KbIx4LOvH6Ccw
 

http://togetter.com/li/414355

自民党が公式に国民の基本的人権を否定し、さらに改憲案で日本国憲法第18条「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない」を削除してしまいました

『『日本国憲法改正草案』がヤバすぎだ、と話題に・・・』
http://www.geocities.jp/le_grand_concierge2/_geo_contents_/JaakuAmerika2/Jiminkenpo2012.htm

自民党のトンデモ改憲原案はもはや「憲法」とは言えない この国にはまともな政党はないのか
http://blogos.com/article/33462/

日本国憲法と大日本帝国憲法条文比較
http://tamutamu2011.kuronowish.com/kennpoujyoubunnhikaku.htm

まとめ

自民党改憲案Q&
http://www.jimin.jp/policy/pamphlet/pdf/kenpou_qa.pdf

Q2 「今回の「日本国憲法改正草案」のポイントや議論の経緯について、説明してください。」

答 「今回の草案では、日本にふさわしい憲法改正草案とするため、まず、翻訳口答調の言い回しや天賦人権説に基づく規定振りを全面的に見直しました。」

Q13 「日本国憲法改正草案」では、国民の権利義務について、どのような方針で規定したのですか?

答 「権利は、共同体の歴史、伝統、文化の中で徐々に生成されてきたものです。したがって、人権規定も、我が国の歴史、文化、伝統を踏まえたものであることも必要だと考えます。現行憲法の規定の中には、西欧の天賦人権説に基づいて規定されていると思われるものが散見されることから、こうした規定は改める必要があると考えました。」


(以下略)

 

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コメント
 
01. 日高見連邦共和国 2012年12月05日 13:27:46 : ZtjAE5Qu8buIw : mFuG9qQlTk

どうも、維新・橋下さんの『最低賃金廃止』なんかと“セット”のような気がする。
薄ら寒く感じるのは私だけか?

02. gataro 2012年12月05日 13:27:50 : KbIx4LOvH6Ccw : HRV6c5GuLE
リンクの不正がありました。訂正:

自民党のトンデモ改憲原案はもはや「憲法」とは言えない この国にはまともな政党はないのか
http://blogos.com/article/33462/


03. 2012年12月05日 13:35:44 : cWIBtbognM
自民党は時代を戦前に戻し国民から自由を奪い奴隷にして
戦争できる憲法改悪を作ろうとしています。自民が与党に復活したら
軍国主義、命よりお国教育、米国の傭兵と危険な法案てんこ盛りです。

04. 2012年12月05日 13:36:11 : 7oSKGju5kA
政治犯収容所作るんでしょ 阿部ジョンイルさん 橋ジョンウンさん
こりゃあ今のうちにラジオを地面に埋めて隠しておかにゃいかんがね

05. 無段活用 2012年12月05日 13:46:25 : 2iUYbJALJ4TtU : pnFKtUyAeE
「何人も、その意に反すると否とにかかわらず、社会的又は経済的関係において
身体を拘束されない。」

とあるので、「奴隷的拘束」の文言の有無は問題でない。

問題は、国家観、歴史観そのものの認識に、勉強不足の点が見られること。

例えば、前文に

「日本国民は…基本的人権を尊重するとともに」とあるが、基本的人権とは、
本来、国家と人との関係において成り立つもので、国民相互で尊重し合う性格
のものではない。憲法とは、国民が国家に基本的人権を守らせるために、
制定するものだ。

また、「日本国民は、良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、ここ
に、ここの憲法を制定する。」とあるが、私たちが継承すべき伝統と国家につい
て、検討した形跡が前文に見られない。

前文を一読したとき、日本は1945年に建国されたのかと、一瞬思った。そうで
はないだろう?

うがった見方かも知れないが、一言、述べさせていただいた。


06. 2012年12月05日 13:54:16 : QmyrjoZuIs
自民党の改憲案はヤベ〜総裁の祖父岸信介が考えていた、狙っていたそのままの事だ。
不思議でもなんでもない。
ヤベ〜総裁はそれを狙っている訳だ。

アメリカの意向に従い、イシハラ、ヤベ〜総裁などはアメリカの手先として戦争を出来る国にしようとしている。
尖閣問題で国民をあおって昔の日本の様に容易に政府マスゴミの言う事を信じ込ませようと懸命だ。
アホな日本人は真実のも居るだろう。
だが今の情報社会でそんなに簡単にだまされて洗脳されるかな。


07. 2012年12月05日 15:11:23 : esmsVHFkrM

「権利は、共同体の歴史、伝統、文化の中で徐々に生成されてきたものです。したがって、人権規定も、我が国の歴史、文化、伝統を踏まえたものであることも必要だと考えます。現行憲法の規定の中には、西欧の天賦人権説に基づいて規定されていると思われるものが散見されることから、こうした規定は改める必要があると考えました。」

とは、自民党は天賦人権論を明確に否定するわけだ。

天賦人権論否定がまかり通る民主主義国家もそんなことを主張する民主主義政党もありえない。

なぜなら、民主主義とは、自然権としての基本的人権を生まれながらに持つ人民が社会契約として国家を作り、その中でよりよく自らの基本的人権を実現していく政治のやり方のことだからだ。どこに生まれようとどの民族に属そうと生まれながらに基本的人権を持つ、これが民主主義の基本原理であり常識だ。世界中どこでもそうだ。これを否定するものは民主主義者とは呼ばれない。

この天賦人権を「共同体の歴史、伝統、文化」を理由に制限しようとする試みは、それが国家主義であろうとプロレタリア独裁であろうと反民主主義だ。基本的人権が制限される体制は恣意的な国家権力行使を許すことになり、基本的人権が保障されない個人はそのような国家権力の恣意的な行使の前に無力だ。それがナチであり、ソ連共産主義であり、戦前日本の天皇制国家主義だ。

日本人はその恐ろしい体験から、戦後民主主義国家として日本を再興することを決意し、民主主義の常識どおりの天賦人権論に基づく憲法を作ったはずだ。これが現行憲法だ。

それを公然と否定するなんて、自民党は民主主義政党ではなくファシズム政党だ。ドイツであれば反憲法的な政治団体として非合法だ。

いま、自民党がファシズム政党であることが明らかになった。

すべての日本の民主主義者は一致団結して自民党を倒さなければならない。われわれの生まれながらの自然権としての基本的人権、生まれた場所や民族やその歴史等等によって一切制限されたり限定されることのない天賦人権をファシストから守らなければならない。

自民党はファシストだ。

日本の民主主義はファシストに負けない。



08. 2012年12月05日 15:14:18 : BDDFeQHT6I
天孫降臨で日本人は皆天皇の僕とか既定されているのか、読む気も起きないので内容は見ていないが、この記事の最後の方にある人権に関する記事のようなものなら時代錯誤も甚だしいと言わざるを得ない。

09. 2012年12月05日 15:44:22 : vQbBv9OPUk
> 自民党が公式に国民の基本的人権を否定し、さらに改憲案で日本国憲法第18条「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない」を削除。

現在の憲法で「いかなる奴隷的拘束も受けない」が、改正案では「身体を拘束されない」に変わっているが、「身体を拘束されない」点では同じ。
単に形容句「いかなる奴隷的」が省かれただけ。

アメリカや朝鮮には奴隷が居たが、日本に奴隷が居たという話は聞いたことはない。
在日韓国・朝鮮人は「いかなる奴隷的」が削除されると、奴隷にされるだろうと恐れるのだろうか。

現在の憲法
第十八条 何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。

改憲案
(身体の拘束及び苦役からの自由)
第十八条 何人も、その意に反すると否とにかかわらず、社会的又は経済的関係において身体を拘束されない。
2 何人も、犯罪による処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。
http://www.jimin.jp/policy/pamphlet/pdf/kenpou_qa.pdf
ーーーーーーーー

しかし、小沢一郎と小沢工作員や民主党は外国人地方参政権が完全に否定されること、朝鮮学校へ公金支出が禁止されたことに怒るだろう。

更に、外国人への生活保護費の支給も禁止すべきである。

外国人地方参政権について
Q32
日本国憲法改正草案では、94 条(地方自治体の議会及び公務員の直接選挙)
2 項で「地方自治体の長、議会の議員及び法律の定めるその他の公務員は、当
該地方自治体の住民であって日本国籍を有する者が直接選挙する」と規定し、
「日本国籍を有する者」という文言を挿入することによって、外国人に地方選挙権を認めないことを明確にしました。

私学助成に関わる規定(89 条)を変えたのは、なぜですか? p.25
Q28
現行憲法89 条では、「公の支配」に属しない教育への助成金は禁止されてい
ます。
ただし、解釈上、私立学校においても、その設立や教育内容について、国や地方公共団体の一定の関与を受けていることから、「公の支配」に属しており、私学助成は違憲ではないと考えられています。
しかし、私立学校の建学の精神に照らして考えると、「公の支配」に属するというのは、適切な表現ではありません。そこで、憲法の条文を改め、「公の支配に属しない」の文言を、国等の「監督が及ばない」にしました。


10. 日高見連邦共和国 2012年12月05日 15:51:08 : ZtjAE5Qu8buIw : Ihir5pcR5A

>09 ID=vQbBv9OPUk=『ほい出たマンセーくん』

はいはい、今日も“隠れ小沢一郎ファン”の破壊活動、ご苦労さんです。
何よりご自身の“精神”が破壊されませんように!!


11. 2012年12月05日 16:16:40 : esmsVHFkrM

見ろ、これが安倍自民党支持者だ。

>>09のvQbBv9OPUkは、

「現在の憲法で「いかなる奴隷的拘束も受けない」が、改正案では「身体を拘束されない」に変わっているが、「身体を拘束されない」点では同じ。
単に形容句「いかなる奴隷的」が省かれただけ」

と強弁する。

「いかなる奴隷的」が「単なる形容句」か。「奴隷的拘束を受けない」と「身体を拘束されない」は同じか。「身体を拘束される」ことだけが「奴隷的拘束」か。

みんな違うじゃないか。大事なのは「奴隷的拘束」という概念だ。「身体の拘束」は「奴隷的拘束」の一部をなすに過ぎない。「奴隷的拘束」は単なる「身体の拘束」を超えた広範で包括的な人間の基本的人権の侵害状態だ。

だから、現行憲法規定の

「第十八条 何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。」

と自民党の草案である

「第十八条 何人も、その意に反すると否とにかかわらず、社会的又は経済的関係において身体を拘束されない。
2 何人も、犯罪による処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。」

は大違いだ。

そのいい例が徴兵制だ。

徴兵制では「身体の拘束」を受けないが(兵営に鎖でつながれているわけではない)そこから逃げられない。徴兵拒否や兵営からの脱走は犯罪となるからだ。国家権力の暴力装置である警察からは逃げられない。おとなしくそれに屈服して徴兵という奴隷労働(しかも死の危険が伴う)に従うしかない。これが「奴隷的拘束」だ。

だからこそ、内閣法制局ですら現行憲法第18条が存在する限り徴兵制は不可能であるとの解釈をとっている。

これが、自民党草案のようになれば徴兵制は可能だ。自民党憲法で禁止されているのは「奴隷的拘束」ではなく単なる「身体の拘束」であるからだ。

江戸時代の遊女は「身体の拘束」がなかったから自由だったみたいな詭弁を弄するのは止めろ。遊女は「奴隷的拘束」の中にあったわけでまったく自由じゃない。

>>09のような詭弁が自民党支持者の中から出てくることの意味するところは明らかだ。

自民党はその「奴隷的拘束」を憲法上可能にしようとしているということだ。「奴隷的拘束」である徴兵制を狙っているということだ。

自民党はファシズム政党だ。自民党の政治家も党員もその支持もみなファシストだ。

ファシストの思いとおりにさせるな。

日本の民主主義者は今こそ立ち上がって自由と民主主義を「自由民主党」というファシストから守らなければならない。


12. 2012年12月05日 16:27:39 : vQbBv9OPUk
本投稿の元記事には次の文がある。

http://togetter.com/li/414355
> 自民改憲案が「第18条 何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない」を削除
> 自民の改憲案では18条から奴隷的拘束の禁止が削られている。実質これで徴兵への最大のハードルが外れている。
> 9条は想定の範囲内だけど、97条(基本的人権)のフル削除と18条の「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない」の削除には心底恐怖せざるを得ない

つまり、「いかなる奴隷的拘束も受けない」が、改正案で「身体を拘束されない」となると「底恐怖せざるを得ない 」だと。
息を吐くように嘘を吐く韓国・朝鮮人は改正案で「身体を拘束されない」とあるのを故意に無視し、「底恐怖せざるを得ない 」と大嘘を吐く。

改正するのは日本国憲法であり、韓国や北朝鮮憲法ではない。
それでも在日は、自民党の憲法改正に「底恐怖せざるを得ない 」と大嘘を喚く。

大体、在日に日本国憲法に対して文句を言う権利はない。
本当に「底恐怖せざるを得ない 」のならば、さっさと半島へ帰国すればよい。


13. 日高見連邦共和国 2012年12月05日 16:32:37 : ZtjAE5Qu8buIw : Ihir5pcR5A

>12 ID=vQbBv9OPUk=『ほい出たマンセーくん』

>息を吐くように嘘を吐く

この“常套句”にも食傷だよ。もっとアイデア絞らなきゃ!!
手持ちの『テンプレート』貧弱すぎんぞ?


14. 2012年12月05日 18:32:00 : esmsVHFkrM

>>09>>12のvQbBv9OPUk、

ファシスト。
排外主義者のファシスト。
他人を奴隷的苦役(徴兵)や戦争に引きずりこまずにはいられないファシスト。
安倍自民党支持者のファシスト。

恥を知れ。


15. 2012年12月05日 19:37:40 : YxpFguEt7k
千葉麗子氏
「自民党は、性的マイノリティーへの差別/社会的排除をなくすことに「反対」と。うちらの業界、カメラマンもスタイリストもヘアメイクもあたしの友達たちやスタッフたちにもゲイなんて当たり前にもはやこの時代いっぱい。
 こりゃ皆入れないな、自民党には。」
https://twitter.com/CHIBAREI_DURGA/status/276268187996262403

ジェンダー平等政策アンケート 各党からの回答
http://p-wan.jp/site/modules/d3blog/details.php?bid=36

52点 … 社民党、緑の党 
51点 … 国民の生活が第一
50点 … 共産党
11点 … 自民党
 9点 … 日本維新の会
−2点 … 国民新党

右翼は総じて頭悪いなぁ。とくに国新、勉強しろ!


16. 無段活用 2012年12月06日 03:24:20 : 2iUYbJALJ4TtU : pnFKtUyAeE
天賦人権論を否定するならするで、それに代わる法理を示さなければならない
わけでしょう?その検討の跡も全くない。

本文の条項を読んで見ると良い。「日本国憲法」をワープロで編集して、語句を適
当に加除しただけであることがよくわかる。

「作りました」と言いたいがためだけの、手抜き仕事。


17. 日高見連邦共和国 2012年12月06日 08:40:15 : ZtjAE5Qu8buIw : Ihir5pcR5A

>>09>>12 ID=vQbBv9OPUk=『ほい出たマンセーくん』

何か言え!(苦笑)


18. 2012年12月06日 13:27:22 : EYHTwT0u8w
『奴隷的拘束』のままでは自民党に不都合があるから身体的拘束に変えようってんじゃないのか?
あってもなくても変わらないってんなら、なくさなくてもいいじゃん。
意図があってつけたであろう一語を、意図もなく外すのか?
『単に形容を省いた』?
嘘くせー。
と思ったらお約束の在日『ばーかばーか、お前の母ちゃん出べそォ』認定。
小学生にも失笑されるぞ。

19. 2012年12月06日 14:03:00 : jTmoDZQGDY
日本人なんてアメリカの奴隷にするつもりでしょ!
自民党って
そんなの安倍の顔を見ていたらわかること

又腹痛おこして!


20. 2012年12月08日 15:39:06 : y7RX6qcUrQ
https://twitter.com/katayama_s/status/276893074691604481

> 片山さつき@katayama_s
>
> @taiyonokokoro50国民が権利は天から付与される
> 、義務は果たさなくていいと思ってしまうような天賦人権論をとるのは止めよう、
> というのが私たちの基本的考え方です。
> 国があなたに何をしてくれるか
> 、ではなくて国を維持するには自分に何ができるか
> 、を皆が考えるような前文にしました!


21. 2012年12月10日 14:57:46 : Hh4TqK75Eo
かの有名なケネディ大統領は言った。

 国が自分に何かしてくれるのを待つのではなく
自分が国になにができるかを問うべきだ。

米国民はこれを支持した。

だが日本国民はどうだ。
この掲示板の住人は
大半が逆思想ではないか。

国が勢いを失えば基本的人権なんて絵に描いた餅ではないか。
国が勢いを失えば国内は本当の弱肉強食の世界が出現する。

ユダヤ人やクルド人がなぜ必死になって戦うのか。
他国の中では不利益な扱いを受け
人権も何もないからではないのか
民族の誇りで戦っているわけではない
極めて現実的な問題で戦っていると断言できる。



22. 2012年12月10日 19:56:55 : esmsVHFkrM

>>21. 2012年12月10日 14:57:46 : Hh4TqK75Eo、

ジョン・F・ケネディの大統領就任演説であるいわゆる「松明演説」についてそういう大嘘を言うのは止めてほしい。

よく国家主義者が国家への滅私奉公義務を主張してケネディの演説のその部分だけを抜き出して引用するが、ケネディの演説の全体が主張するのはそれとはまったく正反対のことだ。

以下長くなるので全文は引用しないが、わたしがこれから指摘することが嘘だと思う人がいるなら全文を参照してほしい(日本語訳は、http://ja.wikisource.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BBF%E3%83%BB%E3%82%B1%E3%83%8D%E3%83%87%E3%82%A3%E3%81%AE%E5%A4%A7%E7%B5%B1%E9%A0%98%E5%B0%B1%E4%BB%BB%E6%BC%94%E8%AA%AC、原文英語は、http://avalon.law.yale.edu/20th_century/kennedy.asp)。

ケネディは、その演説の冒頭で彼が大統領に就任する1961年1月の世界をどう認識するかについてこう述べる。

「今や世界は、大きく変貌している。何故なら人類は、あらゆる形の貧困をも、そしてあらゆる形の人命をも消滅させ得る力を手に入れたからである。だが、我々の父祖らが掲げた革命的信条――人間の権利は、国家の厚意によってではなく神の手によって与えられるとの信条――は、今なお世界中で争点となっている。」

''The world is very different now. For man holds in his mortal hands the power to abolish all forms of human poverty and all forms of human life. And yet the same revolutionary beliefs for which our forebears fought are still at issue around the globe--the belief that the rights of man come not from the generosity of the state, but from the hand of God.

1961年は核戦力下の東西冷戦の真っ只中だ、彼はその時代を、「われわれの父祖らが掲げた革命的信条」が「世界中で争点」となっている時代だというのだ。

その問題の「われわれの父祖らが掲げた革命的信条」(''the same revolutionary beliefs for which our forebears fought'')とは「人間の権利は、国家の厚意によってではなく神の手によって与えられるとの信条」(''the belief that the rights of man come not from the generosity of the state, but from the hand of God'')だ。

こう言われれば、その「革命的信条」が何であるかは、アメリカ国民ばかりでなく世界中の民主主義を愛する人間には明白だ。これが理解できないのは反民主主義者だけだ(例えば日本の国家主義者のような)。それはアメリカ独立革命によってアメリカ建国の父たちが打ち立てた民主主義の大原則である「天賦人権論」だ。

天賦人権論とは、基本的人権は国家によってその国民に与えられる恩恵ではなくそれは神によって国家以前の人間に与えられた自然権だという考え方だ。それゆえに地上の何者によっても、国家によっても、恣意的に与えられたり奪われるするものではないとの思想だ。ケネディがここに簡潔なレトリックで述べているのはこの天賦人権論だ。

そもそもアメリカ独立戦争は単なる独立戦争ではない。それは英国王政の植民地抑圧に抗してそれに代わる天賦人権論に基づく自由民主主義を思想としてまた体制として確立するための革命戦争であったのだ。それだからこそ、この戦争は「独立革命」(''Independence Revolution'')と呼ばれる。これは世界の常識だ。

この天賦人権論による自由民主主義の思想は、アメリカ独立宣言を読めばよくわかる。翻訳は、http://www.h4.dion.ne.jp/~room4me/america/declar.htm、原文は、
http://www.ushistory.org/declaration/document/を参照されたい。

だからこそケネディはこう続ける、

「我々は、最初の革命を今日受け継いでいるのが己であることを忘れてはならない。今ここから、味方にも敵にも、次の言葉を伝えよう。「松明(たいまつ)は新世代の米国民に引き継がれた」と。今世紀に生まれ、戦争によって鍛えられ、厳しく苦い平和によって訓練され、古き伝統に誇りを持つ我々米国民は、この国が常に擁護に努め、今も国の内外で擁護に努めている人権が、次第に剥奪されてゆくのを傍観も容認もする気はない。」

''We dare not forget today that we are the heirs of that first revolution. Let the word go forth from this time and place, to friend and foe alike, that the torch has been passed to a new generation of Americans--born in this century, tempered by war, disciplined by a hard and bitter peace, proud of our ancient heritage--and unwilling to witness or permit the slow undoing of those human rights to which this Nation has always been committed, and to which we are committed today at home and around the world.''

アメリカ独立が独立革命であったからこそ 「最初の革命を今日受け継いでいるのが己である」(''we are the heirs of that first revolution'')と言える。アメリカ独立革命が「最初の革命」であるのはそれ(1776年)がフランス大革命(1789年)に先立つからだ。

さらに、それを受けてケネディは「松明(たいまつ)は新世代の米国民に引き継がれた」(''the torch has been passed to a new generation of Americans--born in this century'')と宣言する。ここで言う「松明」(''the torch'')が天賦人権論自由民主主義の隠喩であることは明白だ。

だからこそ、この天賦人権論という松明を受け継いだ現代の米国民は「この国が常に擁護に努め、今も国の内外で擁護に努めている人権が、次第に剥奪されてゆくのを傍観も容認もする気はない」(''unwilling to witness or permit the slow undoing of those human rights to which this Nation has always been committed, and to which we are committed today at home and around the world'')のだとケネディは述べる。

すなわち、ケネディがここまで格調高いレトリックをもって述べていることを要約すればこうだ。

1961年1月時点の世界とは、圧倒的破壊力の核戦力を背景に東西で冷戦が闘われている世界であり、その対立の焦点は天賦人権論自由民主主義の成否だ。ケネディを代表とするアメリカの新しい世代は、天賦人権論自由民主主義革命の後継者であり、彼らにその思想と決意(松明は)はしっかりと受け継がれた。したがってこのアメリカの新しい世代は、この世界においてソ連共産主義によってその天賦人権論自由民主主義が侵害されていくことを黙認も許容もしない。

このような世界認識とアメリカの新世代の自己認識を前提に、ケネディは国の内外に新しい大統領としてのケネディの決意、それは取りも直さず松明を受け継いだアメリカの新世代の決意であるわけだが、をこう表明する。

「友好国か敵対国かを問わず、全ての国に知らしめよう。自由の存続と発展を保証するために、我が国はあらゆる国に如何なる代償をも払い、如何なる負担にも耐え、如何なる困難をも乗り越え、如何なる友をも支え、如何なる敵にも対峙するということを。」

''Let every nation know, whether it wishes us well or ill, that we shall pay any price, bear any burden, meet any hardship, support any friend, oppose any foe, in order to assure the survival and the success of liberty. ''

そしてケネディは、彼の政権のさまざまな方針を敵味方を問わない諸国民への「誓い」(''pledge'')として表明し、その最後を、アメリカ国民に対しての呼びかけ、それは他国民に対する呼びかけに呼応するが、で演説を締めくくる。問題の呼びかけが出てくるのはこの部分だ。それはこうだ。

「国民諸君よ。我々の進む道が成功に終わるか失敗に終わるかは、私自身よりも諸君に懸かっている。建国以来、各世代の米国民は国家への忠誠の証を示すよう求められてきた。召集に応じた若き米国人らの墓が、世界中に建っている。

今、再びトランペットが我々を召集している。だがこれは、武器を取れとの合図ではない――我々は武器を必要としてはいるが。戦をせよとの合図でもない――我々は戦に備えてはいるが。そうではなく、今後とも「希望に喜び、苦難を忍び」、長い薄明かりの中での苦闘に耐えよとの合図なのである――圧政、貧困、疾病、そして戦争そのものといった、人類共通の敵との闘いに耐えよとの合図なのである。

これらの敵に対して、我々は世界の南北、東西に及ぶ大同盟を創り、全人類の生活をもっと実りあるものにしよう。この歴史的取り組みに参加して欲しい。

最も危険な時代に自由を守る役割を与えられた世代は、世界の長き歴史においてもほとんどない。私は、この責任を恐れず、むしろ歓迎する。他の者や他の世代と立場が替われたらと考える者などいまい。我々が活力、信念、献身をもって行う取り組みは我が国を照らし、そして我が国に奉仕する者全てを照らすであろう――その炎の輝きは、真に世界を照らすはずである。

だから国民諸君よ。国家が諸君のために何ができるかを問わないで欲しい――諸君が国家のために何ができるのかを問うて欲しい。

世界の市民諸君よ。米国が諸君のために何ができるかを問うのではなく、我々が人類の自由のために共に何ができるのかを問うて欲しい。」

'' In your hands, my fellow citizens, more than in mine, will rest the final success or failure of our course.  Since this country was founded, each generation of Americans has been summoned to give testimony to its national loyalty.  The graves of young Americans who answered the call to service surround the globe.

Now the trumpet summons us again--not as a call to bear arms, though arms we need; not as a call to battle, though embattled we are--but a call to bear the burden of a long twilight struggle, year in and year out, "rejoicing in hope, patient in tribulation"--a struggle against the common enemies of man: tyranny, poverty, disease, and war itself.

Can we forge against these enemies a grand and global alliance, North and South, East and West, that can assure a more fruitful life for all mankind? Will you join in that historic effort?

In the long history of the world, only a few generations have been granted the role of defending freedom in its hour of maximum danger.  I do not shrink from this responsibility--I welcome it. I do not believe that any of us would exchange places with any other people or any other generation.  The energy, the faith, the devotion which we bring to this endeavor will light our country and all who serve it--and the glow from that fire can truly light the world.

And so, my fellow Americans: ask not what your country can do for you--ask what you can do for your country.

My fellow citizens of the world: ask not what America will do for you, but what together we can do for the freedom of man. ''

ここでケネディがアメリカ国民、それも彼の世代であるアメリカの新しい世代、に対して呼びかけていることは、「この歴史的取り組み」(''that historic effort'')を傍観することなくそれに積極的に参加してほしいということだ。

そしてこの「この歴史的取り組み」(''that historic effort'')とは、彼の演説の中で示されたような、世界中の天賦人権論自由民主主義を共産主義全体主義による侵害から守るためのすべての努力だ。

そのような取り組みへのアメリカ国民、特に新世代、の参加を要請して、ケネディは、

「だから国民諸君よ。国家が諸君のために何ができるかを問わないで欲しい――諸君が国家のために何ができるのかを問うて欲しい。」

''And so, my fellow Americans: ask not what your country can do for you--ask what you can do for your country.''

と呼びかけるのだし、それは引き続き同じ趣旨の諸国民への呼びかけに呼応する。

「世界の市民諸君よ。米国が諸君のために何ができるかを問うのではなく、我々が人類の自由のために共に何ができるのかを問うて欲しい。」

''My fellow citizens of the world: ask not what America will do for you, but what together we can do for the freedom of man. ''

つまり、ケネディはその就任演説において、天賦人権論自由民主主義という「松明」はアメリカの新しい世代に受け継がれ、彼らによって引き続き高く掲げられるその光は世界中の人々に届いてそれを否定する闇を駆逐する、だからそんな歴史的偉業にアメリカの新しい世代はこぞって参加してほしいと呼びかけたのだ。

以上がジョン・F・ケネディの1961年1月の就任演説だ。

これは、安倍自民党のような、権利を主張するばかりの天賦人権論は誤りで基本的人権は国情によって制限されるのが当然でありむしろ憲法は基本的人権を制限的に規定すべきだし国民の国家に対する義務が強調されるべきだとの主張とはまったく違う。むしろその正反対だ。

ケネディは、東西冷戦をソ連全体主義との天賦人権論をめぐる対決であるとして、ソ連全体主義による天賦人権論自由民主主義の「剥奪」を阻止する取り組みに国民が傍観することなく参加してほしいと呼びかけているのだから、安倍自民党による天賦人権論の否定と「剥奪」の企みは、むしろケネディとその新しい世代のアメリカ国民によって阻止されるべき対象だ。アメリカ独立革命の成果である天賦人権論を否定するものはソ連と同じで自由民主主義の敵なのだ。

>>21のHh4TqK75Eo氏は、

「米国民はこれを支持した

だが日本国民はどうだ。
この掲示板の住人は
大半が逆思想ではないか。」

と堂々と書いているが、その「米国民はこれを支持した」ケネディの呼びかけは安倍自民党のような天賦人権論の否定と「剥奪」への対決とそれへの勝利への参加であったのだから、「逆思想」であるのは安倍自民党と>>21のHh4TqK75Eo氏の方だ。

と言うわけだ。

天賦人権論の否定は自由民主主義の否定だ。天賦人権論とそれに基づく自由民主主義はアメリカ独立革命やフランス大革命で流された血によって贖われた人類政治思想の貴重な成果だ。それがどんなに貴重かはいま日本国民が実感しているところだ。

安倍自民党は、天賦人権論を否定して、基本的人権とはその民族の歴史や文化によって規定されるものでそれゆえに「日本型の基本的人権」があると主張する。したがって日本において基本的人権は「公益及び公の秩序」によって限定されるのが当然だと主張する。つまり人間の基本的人権とは時の政権とか権力の意向しだいでその内容や範囲が変化して当然だと主張されているわけだ。これでは絶対王政時代やナチスやソ連共産党の基本的人権の恣意的かつ欺瞞的な定義と同じだ。その当然の帰結が基本的人権の過酷な侵害となることも同じだ。

なるほどこれが安倍自民党の主張する戦前(軍国主義ファシズム)への復帰なのか。

基本的人権とは天賦(人が生まれながらに持つ自然な権利(自然権))であるが故になにものによっても、すなわち安倍自民党政権によってもそのような政権が支配する国家によっても、自由に否定されたり「剥奪」されたりするものではない。だからこそこれが自由民主主義の不動の礎であるのだ。

ケネディの就任演説が明確に主張するように天賦人権を否定するものは自由民主主義の敵だ。だから安倍自由民主党は自由と民主主義の敵なのだ。

これで、>>21のHh4TqK75Eo氏には自分の誤りがよくお分かりいただけたものと思う。



23. 2012年12月11日 10:14:39 : BEUMPlxzYo
22さん

 では日本はどの様な価値観の国になれば
現時点で価値観の違う国の圧力から逃れて
安全平和で恵まれた国を維持できる
と思いますか?。
一部の人達は日本など崩壊しても
国外で快適に暮らせるかもしれませんが
大多数の日本人は国外では絶対暮らせません。
国の存在無くして人権などは全く成り立たないのが
世界の常識だと思います。
自由主義資本主義だけでは成り立たないから
日本は自称社会主義国よりよっぽど進んだ
社会制度も入れています。
中国共産党も共産主義だけでは成り立たないから
資本主義経済を入れています。
国が生き残る為には
国内を締めなればならないこともあるし逆に緩めなければならないこともある。

国民は何でも反対非難することではなく
情勢を見極めてコントロールするために
参政権があるわけでしょう。
B層がどうのこうのとバカにする人達も居ますが
利口ぶってい余計な事を勘ぐる人間より
偏見が少ない分
意外と情勢を肌で感じていると思います。

現在の情勢を鑑みて理想論ではなく
現実的な意見をお願いいたします。


24. 2012年12月14日 02:13:43 : ET2bIiReqI
>>19
一説には前総理大臣をいきなり辞めたのは腹痛なんかじゃなく、脱税がばれたからだそうですよ

25. g034j8gj51P 2012年12月14日 13:58:13 : rdVlQOl.1ZMuY : f71bsa1vqI
天賦人権説は王権神授説への反論として生まれたもので、宗教的要素が強いからもっと論理的な定義づけにした方がいいと思うけどな。自民の定義づけも曖昧な感じだが、今回天賦人権説を変えようとしているのは昨今の一部での過剰な人権擁護の弊害が目立つからだろう。

国に金があって、犯罪加害者を過剰に守るようなことがなければこういう話はそうそう出てこないと思うけど。本来無宗教なはずの共産主義論者から天賦人権説に基づく主張がなされるのは面白いね。


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