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人はなぜ遺影を飾るのか、動画は遺影になるか 研究室に行ってみた 国立歴史民俗博物館 日本の葬儀と死生観 山田慎也(5
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投稿者 軽毛 日時 2016 年 5 月 14 日 18:49:28: pa/Xvdnb8K3Zc jHmW0Q
 

人はなぜ遺影を飾るのか、動画は遺影になるか

研究室に行ってみた

国立歴史民俗博物館 日本の葬儀と死生観 山田慎也(5)
2016年5月14日(土)
川端 裕人
いま日本の葬儀が急速に変わりつつある。と同時に「死」の受け止め方も変容しており、日本の葬儀と死生観はある意味で混乱期にあるという。民俗学の立場から、日本の葬儀と死の受容を見つめ続ける山田慎也先生の研究室に行ってみた!

(文=川端裕人、写真=内海裕之)
 葬儀のフィールドワークという非常に繊細で困難なことを長期間続け、民俗学に新境地を切り開いた山田さんだが、2008年に突然、転機が訪れた。


国立歴史民俗博物館准教授の山田慎也さん。机の上にある補聴器を使って取材に応じてくれた。
「急に耳が聞こえなくなりまして、今も聞き取りがすごい苦手です。単にボリュームが落ちたんではなくて、子音が聞き分けにくいので、一日中、ヒアリングテストみたいな状態になりまして。補聴器をつけてお葬式に行くと、音楽を聞いてると思われるんですよ。それと、気配がわかんなくなっちゃって。お葬式の調査で、すごい神経遣うのは、どこに自分が立つかなんですよね。目立たないよう、気配を感じて、誰かがひそひそ言っていたら、あいさつをすべきか、むしろ、その場を避けたほうがいいのか、咄嗟に判断しながらやってきたんですけど、もう、それが本当に、耳が聞こえなくなったらできなくなったので、フィールドワークはあきらめて。でも、素朴にやりたいことをやるしかないのかなって思って、それではじめたひとつがこれですね──」

遺された影

 山田さんが、差し出したのは「近代における遺影の成立と死者表象」という論文の別刷りだ。

 遺影の成立、という言葉に意表をつかれた。

 遺影というのは、生前に撮られた写真を、死者の表象として飾ったもののことだ。

 遺された影、というのは、なんと絶妙な表現だろうか。


 そして、「成立」と言われてあらためて気づくのは、写真が一般社会にも普及をしたのは20世紀になってからで、まだ百年そこそこの歴史しかないということだ。つまり、それより前、世界中のだれも、死んだ人をあらわすものとして「遺影」を使うことはなかった。

 今では葬儀の祭壇はもちろん、自宅の仏壇やそれぞれの宗教、信条に応じた場所に、近親者の遺影が飾られている場合は多いだろう。そして、その遺影に向かって「おじいちゃん」とか「おばあちゃん」とか話しかけたりもするわけだ。

 いったい遺影はいつ成立したのだろう。前回までの話とあちこちつながりつつ、すごく身近なのに謎に満ちた新たなテーマの出現である。


ナショナル ジオグラフィック日本版2016年4月号でも、独特な葬儀と死生観をもつトラジャの特集「インドネシア 亡き家族と暮らす人々」を掲載しています。Webでの紹介記事はこちら。フォトギャラリーはこちらです。
「明治・大正の頃によく作られた葬儀写真集というのがあります。1回の葬儀でひとつ写真集を作るわけです。私、元々、別の目的で集めていまして、たぶん日本で一番のコレクターだと思いますけど(笑)。たとえば、これなんか15代の住友家当主の葬儀写真集とか、明治36年(1903年)に亡くなった小説家の尾崎紅葉のものなんかが興味深いです」

 尾崎紅葉の葬儀写真集は、たしかに興味深い、というか衝撃的だった。


 今で言う遺影的なものはあって、上に戒名が綴られている。ここにはなんの違和感もない。

 ページを繰ると、壮健時、というキャプションが付けられた写真がある。葬儀写真集に、元気な時の写真が掲載されているわけだ。これも……分からなくないかもしれない。もしも、今、だれか亡くなった方を偲ぶ冊子を作るとしたら、壮健時の写真を掲載するのは充分アリだろう。

壮健から葬儀まで

 しかし、さらに進むと、ちょっと感覚が変わってくる。山田さんが指差す写真に、ぼくの目は吸い寄せられた。

「壮健時から始まって、次は『入院中』。しかも、今度は『退院後』。やせてるんですよね。で、『往生』まである。そして、『解剖』」


ページ上から「退院後」「往生」「解剖」。山田さんの論文「近代における遺影の成立と死者表象」の1ページ。
 ええっ! 解剖!

 ショッキングにもほどがある。実際の掲載写真は、人がたくさん集まっていて、解剖中の遺体は写っていない。この時代なりの撮り方、あるいは、編集方針で、ここから先はダメと線を引いたようだ。

「このシーンって、何も尾崎だけ特別じゃなくて、他にもあるんです。で、その後に、『葬列』があって、その次に『青山』。青山墓地ですね。結局、葬儀写真集って、壮健の時から葬儀が終わるまでのプロセスを載せる。今でいう遺影もその1つだったんですよ」

 なにかびっくりしてしまい、言葉を失った。

 尾崎紅葉といえば『金色夜叉』。俳人としては、正岡子規と並ぶ新派。

 くらいのことしか知らないが、この若くして亡くなった文人とこんな形で再会することになろうとは思いもしなかった!

 ちょっと内心取り乱しつつ、先へ進む。

「葬儀写真集には遺影も使われていますが、そこに何年何月と時間のキャプションがありました。もともと、葬儀写真集にはモデルがあって、江戸時代からある葬儀絵巻なんです。それが、写真を使うことで少しずつ違ったものになっていくわけです。そして、大正期になると、その時間のキャプションが落ちるんです。つまり、ある意味、生前から葬儀までも時系列を記録に残すことが、追善の目的だったのに、そこからいつの時点の写真かという情報が落ちる」

 古くからの葬儀絵巻というのが気になるが、とにかくここは先へ。

死者を見つめる

「時系列を入れるっていうのは、あくまでも生前の一記録なんですよ。で、時系列がとれると、生前の一シーンではなくて、死者、人格そのものを表象する姿。それは、ある意味、死後の存在に変わっていくわけですね。要するに、死んだ後もこの人がこういう形でいるんだって、生前の記憶をベースとしたもの。そうすると、そこで遺影を見つめる視線が、実は変わる。死者を見つめることになる」

 昔の写真だったものが、生前の記憶をべースにしたその死者の人格を表象するものへと変化すれば、すなわち、遺影の誕生だ。

 遺影はただの写真ではない。なにか、亡くなった当人の「すべて」につながるよすがとしてそこにあって、ぼくたちは、やっぱり語りかけてしまったりするものだ。今、ぼくたちは葬儀やそれに類する場、そして、仏壇などに写真が立ててあると、遺影だろうと認識する。頭の中に遺影に対する振る舞いの回路ができていて、そこにすとんと落ち着く。


大正15年に亡くなった15代住友家当主である住友友純(ともいと)の葬儀写真集より。すでに遺影が飾られていた。
 遺影である画像と、遺影ではないものの違いについて、山田さんはこんなエピソードを紹介してくれた。

「最近、面白いなと思ったのは、動画なんです。都内のホテルで行われたある会社の社葬の後の追悼パーティでのことです。16面のマルチビジョンに、亡くなった創業者の静止画が映されました。そうすると、経団連とか関係者のスピーチは、画面に向かってやるんです。つまり、遺影として見てるんです。ところが、途中で動画に変わっちゃった。すると、2人目の人は、今度は聴衆に向かって話し出した。ところが、途中でまた静止画に変わっちゃうと、ああーみたいな感じで迷って。で、3番目の人は、また静止画の方を向いて話し始めたんですが、途中で動画に変わっちゃったら、何かすごい居心地が悪いみたいで……」

 動画が死者の表象になりうるかどうか、というのは、また別のテーマかもしれない。とにかく、静止した写真はただ記録を超えて、死んだ人を表す表象になった。ぼくらはそう受け入れている。こういうことは、今、ぼくたちは当たり前に思っていても、実は時間とともに変わり続けている。

 次回、山田さんが企画して作った国立歴史民俗博物館の常設展を歩きつつ、このあまりにも大きな議論の締め、としよう。


最終回は「民俗」をテーマにした国立歴史民俗博物館の第4展示室へ。
つづく

山田慎也(やまだ しんや)
1968年、千葉県生まれ。国立歴史民俗博物館准教授および総合研究大学院大学准教授を併任。社会学博士。専攻は民俗学。葬送儀礼の近代化と死生観の変容を主な研究テーマとする。1992年、慶応義塾大法学部法律学科卒業。1997年、慶応義塾大大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学後、国立民族学博物館COE研究員、国立歴史民俗博物館民俗研究部助手を経て、平成19年8月に現職となる。単著に『現代日本の死と葬儀 葬祭業の展開と死生観の変容』(東京大学出版会)、共編著に『変容する死の文化 現代東アジアの葬送と墓制』(東京大学出版会)、『冠婚葬祭の歴史』(水曜社)、『近代化のなかの誕生と死』(岩田書院)などがある。
川端裕人(かわばた ひろと)
1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、少年たちの川をめぐる物語『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、天気を「よむ」不思議な能力をもつ一族をめぐる壮大な“気象科学エンタメ”小説『雲の王』(集英社文庫)『天空の約束』、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』『風のダンデライオン 銀河のワールドカップ ガールズ』(ともに集英社文庫)など。近著は、知っているようで知らない声優たちの世界に光をあてたリアルな青春お仕事小説『声のお仕事』(文藝春秋)。
本連載からは、「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめたノンフィクション『8時間睡眠のウソ。 ――日本人の眠り、8つの新常識』(日経BP)、「昆虫学」「ロボット」「宇宙開発」などの研究室訪問を加筆修正した『「研究室」に行ってみた。』(ちくまプリマー新書)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)がスピンアウトしている。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。

このコラムについて

研究室に行ってみた
世界の環境、文化、動植物を見守り、「地球のいま」を伝えるナショナル ジオグラフィック。そのウェブ版である「Webナショジオ」の名物連載をビジネスパーソンにもお届けします。ナショナル ジオグラフィック日本版公式サイトはこちらです。
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