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ロシアで失脚した家具屋 セルジュコフ国防相の解任とその周辺(1)
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投稿者 MR 日時 2012 年 11 月 14 日 08:37:14: cT5Wxjlo3Xe3.
 

JBpress>海外>ロシア [ロシア]
ロシアで失脚した家具屋
セルジュコフ国防相の解任とその周辺(1)
2012年11月14日(Wed) 小泉 悠
 今月7日、ロシアのセルジュコフ国防相がウラジーミル・プーチン大統領によって解任された。(敬称略)

 発端は、先月、ロシア国防省傘下の国営軍事役務企業「ロシア国防サービス(ロスオボロンセルヴィス)」を巡る巨額汚職事件が明らかになったことだった。

 ロスオボロンセルヴィスは2008年に設立された官営軍事企業で、ロシア軍の兵士たちのための給食・洗濯・清掃や整備・燃料供給、果ては軍の機関誌発行や売店の運営、農業生産、ホテル経営まで請け負う。

汚職を減らすための組織で発生した大がかりな汚職

 これによって兵士たちを雑務から解放して戦闘訓練に専念させるほか、各種業務の質の向上や効率化を図ることが設立の目的であった。

 また、整備業務の発注に関する官民の汚職や燃料の横領など、ロシア軍を蝕む深刻な汚職を減らすという役割も期待されており、いわば軍改革の目玉の1つであったと言える。

 ところが、そのロスオボロンセルヴィスが汚職の舞台となっていたというのだ。

 当初の報道によると、国防省の土地を管理している資産管理部という部署がロスオボロンセルヴィスの管理している土地や株式を国有資産を不法に国有資産から登録解除し、そこに国防省の金で保養施設等を建設したうえで市価よりも安く売り払っていたらしい。

 明らかに国防省ぐるみの組織的な汚職だ。

 事態が公になった当初、連邦捜査委員会(SK)が明らかにしたところでは、この事件で国庫が被った損害は30億ルーブル(約75億円)以上ということだったが、その後も余罪が出てきているので、汚職の総額はさらに大きくなりそうだ。

 この事件により、資産管理部の部長らが連邦捜査委員会に身柄を拘束されていたが、ついに国防相本人にまで飛び火したことになる。

 この事件にセルジュコフ本人がどこまで関わっていたのかは明らかでないが、ロシアでは政府高官の汚職は珍しいことではない。

 ロシア政府高官の資産公開を見ると、多くの高官は報酬の他に妻をバイパスにして多額の収入を得ているケースが多く、これ以外にも海外に隠し資産を持っているとの噂は絶えない。

 言うなればセルジュコフはその中の1人であったに過ぎず、今回の解任劇にはもっと深い裏がありそうだという見方が圧倒的である。

セルジュコフという人物

 そこに迫っていく前に、まずはセルジュコフという人物について簡単に紹介しておこう。

 アナトリー・セルジュコフは1962年にクラスノダール州で生まれ、プーチンやドミトリー・メドベージェフと同じサンクトペテルブルク大学法学部を卒業した。

 兵役を済ませた後に家具会社に就職し、同社の社長となったが、2000年に連邦税務庁に転じ、最終的には同庁長官となる。

 2003年に石油企業ユコスを巡る巨額脱税事件が浮上すると、セルジュコフは同社CEOのホドルコフスキー訴追のための捜査に協力し、プーチンの目にとまった。

 ホドルコフスキーはソ連崩壊後に台頭してきた新興財閥オリガルヒの1人で、プーチンの宿敵と見られていた人物である。さらに2007年には国防相に任命され、軍改革を一気に進展させた。

 これまでの国防相は軍や情報機関の出身者であったために出身母体の意向に左右されるところがあったが、兵役以外には軍と接点のないセルジュコフならばしがらみなく改革手腕を振るえるというプーチンの思惑があったのだろう(ただし2007年に軍事アカデミーで国防相としての教育を受けてはいる)。

 ロシア軍改革については本稿で何度か紹介したことがあるが、巨大なロシア軍をコンパクト化し、地域紛争に対処可能な機動的な軍事力へと転換させるのがプーチン政権成立以来の目標であった。

 だが、これに対して巨大な軍事組織を維持したいロシア軍上層部は激しく抵抗しており、前任のイワノフ国防相の下では中途半端な改革しか進んでいなかった。

 これに対してセルジュコフは抵抗勢力の最右翼であったバルエフスキー参謀長ら軍幹部をことごとく粛正することで応じた。

 その凄まじさはセルジュコフの「アルバート街掃除」(国防省はクレムリンにほどちかいアルバート街にある)とも呼ばれ、最初の数年間で軍・国防省高官の半数が入れ替わったとも言われる。

スターリン以来の変革

 さらに2008年のグルジア戦争での苦戦によってロシア軍の近代化の遅れが明らかになると、セルジュコフは2009年から本格的な軍改革計画を始動させ、わずか数年間でロシア軍の機構やドクトリンを一挙に変革してしまったのである。

 その規模は、「ピョートル大帝の近代軍創設以来」とか「スターリン以来」とも言われるほどだった。

 もちろん、「ピョートル」云々は多分に修辞的なものにせよ、スターリン時代以来の大量動員軍をポスト冷戦型の軍事力へと変貌せしめたことは確かだ。

 以上の経歴からも分かる通り、セルジュコフは優秀な行政手腕を持ち、しかもプーチンから与えられた課題をがむしゃらにこなす忠実な人物であるというのが大方の評価であった。もちろん、それだけに敵も多かった。

 退職を迫られる側の高級軍人たちはセルジュコフの経歴を揶揄して「家具屋」と陰口を叩き、ことあるごとにセルジュコフに反発した。

 2010年には空挺軍(精鋭のパラシュート部隊で、陸軍からは独立して最高司令部の直轄下に置かれている)のアカデミー校長を叱責した、しないとの騒動が退役軍人たちの街頭デモにまで発展している。

 だが、それでもプーチンやメドベージェフはセルジュコフを擁護し、彼の地位を守ってきた。

 今年2月の大統領選最中にプーチン大統領が新聞紙上に掲載した国防政策論文の中でも、セルジュコフが成し遂げた改革を高く評価しており、懸案であった軍改革を推し進めた成果は政権内でも高く評価されていたことは間違いない。

 それでも、任命から5年が過ぎていたことと、改革が一段落してセルジュコフ型の「豪腕」からマネジメントの段階へと移るに至り、プーチンは後継人事を模索してはいたようだ。

メドベージェフ降ろしという見方も

 また、セルジュコフも今年5月のプーチン大統領復帰にあたり、そろそろ退任を考えていたと言われる。

 こうしたわけで、ロゴージン副首相やパトルシェフ安全保障会議議長などを候補として春頃にセルジュコフ後継人事が取りざたされたが、結局、適任者が見つからなかったようで、プーチンはセルジュコフを慰留して留任が決まった。

 要するにセルジュコフはプーチンにとってなくてはならない人材であったわけで、普通ならば退任させるにしても、今回のようなスキャンダラスなやり方は絶対に取らなかったはずである。

 今回の件を巡っては、ボブルン地域発展相の解任と関連づけたうえで、最終的にプーチンがメドベージェフ降ろしを狙っているのではないかとの見解も見られるが、筆者はこの見解を取らない。

 プーチンは基本的に家父長的な人物であって、自分に忠実な人間は、外す場合にもまず閑職に回すなどして穏便に済ませるのが普通だ(これはプーチン自身もメディアのインタビューなどで常々言っていることである)。

 実際、ロスオボロンセルヴィスのスキャンダルが持ち上がってからプーチンがセルジュコフを解任するまで2週間程の空白期間があったが、この間、セルジュコフ降ろしを図った誰かとプーチンの間で激しいやり取りがあったのではないかと推測する向きもある。

 今回の件はむしろ、プーチン以外の誰かが不名誉な形でセルジュコフを追い落とそうとした政治的キャンペーンではないか。

(2)へ続く
http://jbpress.ismedia.jp/articles/print/36534  

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